2018/11/01

「森を守り森をつくるコーヒー」とは何か メキシコの森林農法研究者に学ぶ

11月12日東京 13日横浜 16日熊本で 森林農法研究者のパトリシア・モゲルさんと対談します。
パトリシアさんは、11月11日に開催される「しあわせの経済」フォーラム2018 in 東京でも講演します。


 生物多様性の豊かな森林農法の農園で有機コーヒーの花の蜜を吸っているハチドリ

◆2018年11月12日(月)カフェスロー(東京・国分寺)
森を守るコーヒー」を飲みながら学ぶ 森林農法  メキシコからパトリシア・モゲルさんを招いて

今、世界的に注目されているアグロフォレストリー(森林農法)研究者をメキシコから招いて、森林農法の素晴しさを学びたいと思います。


 先住民のアグロフォレストリー(森林農法)概念図

前半は「森を守り、森を育てる」森林農法について、メキシコの事例を中心にわかりやすくお話いただき、後半は、メキシコやエクアドルなどから森林農法の有機コーヒーをフェアトレードで輸入しているウインドファームの中村隆市さんとの対談をコーヒーを飲みながらお楽しみ下さい。

<日時>
2018年11月12日(月)19:00-21:00(開場18:00)
※18-19時の飲食タイムには、中村隆市さんが「森林農法の有機コーヒーを手煎り焙煎」して「美味しい有機コーヒーを淹れて」参加者の皆さんに提供する予定です。(カフェインレスのコーヒーも抽出しますので、お好きな方をお選び下さい)

<会場>
カフェスロー(東京・国分寺駅南口徒歩5分)

<参加費>
1,000円(森林農法コーヒー付き)
※特製カフェローカル弁当1,000円(要予約6日(火)まで)

<プログラム>
19:00-20:10
ゲストスピーチ パトリシア・モゲルさん「森を守るコーヒー」
20:15-21:00
クロストーク パトリシア・モゲルさん × 中村隆市さん

<お申込み>
◎お申込みフォームからはこちらから 
◎お電話の方は「お名前、人数、ご連絡先、お弁当の数」をお伝えください。
 電話:042-401-8505(カフェスロー・月曜定休)

<主催>
 カフェスロー

<協力>
 ウインドファーム、ワールドエコロジーネットワーク、カフェローカル、ナマケモノ倶楽部

<トークテーマ>
●アグロフォレストリー(森林農法・森林農業)とは
農業(Agriculture)と林業(Forestry)を組み合わせた言葉です。一つの土地に多様な樹木と果樹やコーヒー、農作物、家畜などが混在する自然と調和した持続可能な農法です。

一方で、熱帯・亜熱帯地域では特に、森林を伐採して単一の商品作物を大量に栽培するプランテーション農法が大きな問題になっています。森林破壊に加え、農薬や化学肥料の大量使用によって生態系を破壊し、「生物種の絶滅」や「気候変動」を拡大させる一因になっています。


 先住民の森林農法コーヒー園とプランテーション農法のコーヒー園

今、世界各地で「気候変動」が大きな問題になってきていますが、日本でも今年7月に埼玉で国内最高気温となる41.1度を記録して熱中症が過去最多となったり、観測史上例のない規模の集中豪雨や台風の記録的な風速も観測されています。そうした激しさを増す気候変動や生物種の絶滅を抑制する森林農法が今、世界から注目されています。

<出演者プロフィール>
●パトリシア・モゲル(メキシコ・生物学者)

【専門分野・活動分野】:
アグロフォレストリー、民族生態学、生態学と社会、先住民族による生物多様性の保全と管理、持続可能なコーヒー生産、フェアトレード、環境教育、アグロエコロジー、人間とコミュニティの持続可能な発展
ミチョアカン大学、イベロアメリカーナ大学、ラテンアメリカ大学の教授を経て、現在は主に環境教育の指導者として大学、その他の教育機関、NGO、市民団体などでコース、ワークショップを担当。

【先住民族との活動】
30年に渡り、メキシコ国内の先住民族の生産者やグループのアドバイザーを務めてきた。特に、トセパン協同組合では1999年よりアドバイザーを務め、環境教育プロジェクトのコーディネートを担当。現地でアグロフォレストリーの研究を行うと同時に、組合員にアグロフォレストリーの重要性についても指導を行ってきた。
今年12月1日より発足するロペスオブラドール氏による新政権では、環境教育国家プランの作成を行うチームにコンサルタントとして関わる。また、次期政権によるアグロフォレストリーを取り入れた100万ヘクタールの植林計画でアドバイザーを務める。

●中村 隆市(なかむら りゅういち)
1955年福岡生まれ。23歳で山村に移住。無農薬で米と野菜をつくり、鶏を飼いながら有機農業の普及活動に取り組む。1987年からフェアトレード事業を開始。98年にコロンビアで開催された「第1回 国際有機コーヒーセミナー」でフェアトレードについて講演。同じセミナーで講演したパトリシア・モゲル氏から森林農法の重要性を学ぶ。2000年、ブラジル初のオーガニックカフェ『テーハベルジ』を開店。2004年、有機農業とフェアトレードの普及によりブラジル・マッシャード市から名誉市民章受章。環境=文化NGOナマケモノ倶楽部世話人。
(有)有機コーヒー(有)ゆっくり堂(株)ウインドファームの代表取締役。


*この写真は、メキシコで森林農法を普及させているトセパン協同組合を2005年に訪問した中村隆市さんの手に奇跡的にとまったハチドリ。

   *   *   *

◆2018年11月13日(火)カフェゆっくり堂(横浜・戸塚)
「森を守るコーヒー」を飲みながら学ぶ 森林農法(アグロフォレストリー)
     メキシコのパトリシア・モゲルさんを招いて

日時:11月13日(火)19:00-21:00(開場18:00)
*18-19時は「美味しい有機コーヒーの淹れ方教室」も同時開催予定。
会場:カフェゆっくり堂(JR戸塚駅東口より徒歩7分)
参加費:1000円+ワンオーダー
ゲスト:パトリシア・モゲルさん(生態学者、メキシコ)
    中村隆市(ウインドファーム代表、ゆっくり堂代表)
主催:ナマケモノ倶楽部
協力:カフェゆっくり堂、ウインドファーム
※詳細はコチラ

  *   *   *

◆2018年11月16日(金)国際交流会館(熊本市)
コーヒーを飲みながら学ぶメキシコの森林農法 
パトリシア・モゲル+スペシャルゲスト!

前半(17:30-18:10)は、三角エコビレッジSAIHATE/コミュニティマネージャーの坂井勇貴さんのトークと中村隆市さんとの対談を行います。

後半(19:00-21:00)は、メキシコより森林農法研究者のパトリシア・モゲルさんをお招きして、森林農法についてお話いただきます。パトリシアさんと共にメキシコ・トセパン協同組合と彼らの作るコーヒーをサポートされている中村隆市さん、熊本にて長年フェアトレードの普及・アジア初のフェアトレードシティくまもとの立役者である明石祥子さんとの対談も行ないます。

詳細は、近日中にアップされます。


11月16日 熊本チラシ

2018/10/19

メキシコの森林農法研究者、パトリシア・モゲルさんが11月に来日

今から20年前の1998年にコロンビアで開催された「第1回国際有機コーヒーセミナー」で出会い、メキシコのトセパン協同組合を紹介してくれた森林農法(アグロフォレストリー)研究者のパトリシア・モゲルさんの来日が決定しました。

パトリシアさんは、11月11日に開催される「しあわせの経済」フォーラム2018 をはじめとして、東京、横浜、福岡などで講演する予定です。後日、詳しい日程などをお知らせします。

前回の来日(2005年6月)から13年が経ちましたが、今もパトリシアは「行動する研究者」として、変わらぬ情熱で、自然と共に生きる先住民文化や環境の保護活動に取り組み続けています。そうした彼女の活動は、12月1日から発足するロペスオブラドール新政権に認められ、環境教育国家プランの作成を行うチームにコンサルタントとして関わることになりました。また、新政権は、生態系や文化面における多様性を守るという観点から、アグロフォレストリーに焦点を当てた100万ヘクタールの植林計画を進めようとしており、この計画のアドバイスも行うことになっています。

   *   *   *

2005年にパトリシアさんを紹介した記事を再掲します。

メキシコ有機コーヒー栽培の現場を訪ねて

世界で最初に有機コーヒー栽培に取り組んだ国、メキシコ。この国では、 30部族以上もの先住民族が、伝統的にコーヒーを栽培してきたと言われている。彼らは、豊かな森でコーヒーを育てながら、独自の文化や伝統を築いてきた。
しかし、コーヒーの国際市場価格の低迷や大企業による買い叩き、それに加え、貧困などの社会問題によって、こうした伝統的な栽培方法や文化は失われつつある。


  プエブラ州の雲霧林
 
そんな中、コーヒー生産者たちと共に豊かないのちの森を守ろうと闘う一人の女性がいる。彼女の名前は、パトリシア・モゲル。生物学者でもあり、環境活動家でもある彼女は、メキシコの「アグロフォレストリー(森林農法)」(※注1参照)研究の第一人者であり、現在は、メキシコのプエブラ州ケツァーランにあるトセパン・ティタタニスケ協同組合と共に、持続可能なコミュニティづくりに向けて活動している。

私は、パトリシアに案内され、このトセパン組合を訪れた。
(文/岩見知代子:ウインドファームスタッフ)


  パトリシア・モゲルさん

トセパンは、5,300世帯もの生産者からなる組合で、メンバーは皆ナワット族である。彼らは、ケツァーランの町を中心とした7地域66のコミュニティに暮らし、アグロフォレストリーによる有機コーヒー生産をベースに、コショウ、 ナッツ、キノコの栽培や畜産にも取り組んでいる。

特徴的なのは、これらの活動が、地域内で資源をすべて循環させて行われているということだ。また、トセパンでは、組合設立当初から女性たちが組合の活動に積極的に参加してきた。女性グループによるパン屋、雑貨店運営やトルティーヤ(とうもろこしの粉からつくられたメキシコの主食)販売が行われており、女性の自立を目指した多様な取り組みが活発に行われている。この他に環境教育やエコツアーの取り組みも数年前から始めている。

トセパンが設立されたのは、今から28年前。自分たちの作ったコーヒーを仲介業者に買い叩かれる現状に対抗するためだった。そして、この設立の時からトセパンに深く関わり、技術面だけでなく、組合運営全体のアドバイザーを行っている人物がアルバロ・アギラルである。アルバロは、ナワットの人たちを救いたいという強い思いからこの地へ移り住み、組合をここまで引っ張ってきた。彼は、組合で唯一ナワット族ではないのだが、組合の代表と並ぶほどメンバーの信頼と尊敬を集めている。


  コーヒーの樹と生産者

そして今では、トセパンは、メキシコにおける有機コーヒー生産者グループのモデル的存在にまでなっており、実際、その多様で持続可能な取り組みは、メキシコ政府からも高い評価を受け、1995年には、「フォーレスト賞1995」を、2000 年には「環境賞2001」を受賞している。

組合名「トセパン・ティタタニスケ」は、ナワット語で、「団結すること。 それが、皆が幸せになる唯一の道である」ということを意味する。その名の通り、トセパンをここまで団結させてきたのは、良きアドバイザー、アルバロの指導力と愛情に満ちた人間性ばかりでなく、ナワットの人たちが昔から大切にしてきた「協力」「分かち合い」という考え方、生き方なのである。

ケツァーラン一帯は、生物多様性が非常に豊かな熱帯雲霧林に属しており、 いつも湿度が高い。雨が降ると、雲が低く降り、それと同時に、森からは深い緑の香りが立ち上る。私がケツァーランで過ごした4日間、霧がかからない日はなかった。さまざまな植物や動物が暮らし、豊かな土壌が広がるこの森は、コーヒーに豊かなコクと香りをもたらし、ナワットの人たちの文化と伝統を育んできた。

滞在中、アルバロと共にトセパンを案内し、コーヒーの森のことを話してくれたパトリシアは、森を守りながらコーヒーを栽培するアグロフォレストリーによっ て、この地に住む生物だけでなく、そこで育まれてきたナワット族の生活や生き方そのものが守られてきたのだと教えてくれた。アグロフォレストリーの重要性を指摘する研究者たちは、生物多様性を守るということを強く訴えても、それが この地で生きてきた人たちの文化の多様性をも守っているということにはあまり注目しない。けれど、それがとても大切なのだとパトリシアは言う。

そして、それを守るため、彼女は生産者たちと闘っている。「研究は頭だけでなく、心でするもの」。そう言い切るパトリシアが、単なる研究者ではなく、自ら現場で行動する活動家である所以はそこにある。

パトリシアの父親は、貧しい人たちのためには、無償で弁護を引き受けていたという社会派の弁護士だった。その影響から、幼い頃より社会問題や環境問題に触れてきた。「分かち合うという気持ちを持つこと。そして、社会に矛盾や疑問を感じたら、それをはっきりと訴え、行動することが大切だ」という父親の教えを、彼女はいつも心の中に置き、大切にしてきた。

「今、世界で起こっている環境問題はとても深刻で、どうしようもないところまで来ているのかもしれない。それを考えると悲観的になってしまうこともありました。でも、今は違います。私は、ずっと先の世代のために自然や文化を残したいと闘っているメキシコの生産者たちと、日本の人たちとの強い絆をつくっていきたいのです。持続可能な社会を目指し、私は大きな希望を持ってこれに取り組んでいきたいと思っています。これからもつながっていきましょう。その夢に向かって。」

私がメキシコを去る日、彼女が笑顔で語ったその言葉を今でもよく覚えている。
そのとき、私は初めて「一杯のコーヒーから始まる物語」の原点を見たような気がした。
そしてこの6月、その夢をたくさんの人と分かち合うため、パトリシアとアルバロが来日する。私が彼らやトセパンとの出会いで感じたつながりを、コーヒーを飲んでくださる皆さんにもぜひ感じてもらえたらと心から思う。
豊かないのちの森から始まるこのコーヒー物語は、きっとあたたかさとやさしさに満ちているはずだから。

   *    *    *

2005年来日前のメッセージも再掲します。

パトリシアからのメッセージ

*日本の消費者のみなさんへ

世界で最初に有機栽培のコーヒーを生産したのはメキシコです。この有機栽培という生産システムは、地域レベルで見ても国際レベルで見ても、環境に対して多くの利益をもたらしています。例えば、生物多様性の保全、土壌の保全、気候の改善、地球温暖化の影響の削減、洪水、火災といった自然災害の軽減といったことです。

また、メキシコでは、有機栽培に基づくコーヒー生産は、毎年300万に近い雇用を生み出しています。例えば、有機栽培でコーヒーを生産する場合、慣行栽培よりも多くの土地を耕作する必要が出てきます。平均して1ヘクタール当たり160日間の雇用が必要となるのです。


 パトリシア・モゲルさん

 しかし、私が日本の消費者のみなさんにお願いしたいのは、メキシコでのコーヒーの有機栽培(これは、伝統的に日陰樹を利用した栽培方法を取り合わせたもの、アグロフォレストリーシステムを含む)を、単に環境にやさしいとか、お金や雇用を生み出すものとしてだけ見ていただきたくないということです。

これはどういうことかと言いますと、コーヒーの有機栽培には、さまざまな文化や信念、そして知恵や知識が凝縮されており、社会や文化面から見てもその利益、恩恵は計り知れないということです。

メキシコでは、約32族もの先住民がコーヒー生産に従事しており、彼らはそれぞれに伝統や慣習、代々受け継がれてきた人生観などを持っています。つまり、コーヒー生産の周辺地域では、それぞれの先住民族が織りなす文化の多様性を見ることができるのです。

こうしたことから、先住民族が伝統的に行ってきたアグロフォレストリーを維持し、その生産物であるコーヒーをフェアに取引するということは、単に生物多様性や環境を保全しているというだけでなく、先住民族が現在まで守り続けてきた文化の多様性を保護することにもつながるということです。

そして、この文化の中には、「分かち合い」、「協力」、「尊敬と連帯」といった言葉に代表される先住民の考え方や姿勢も含まれています。近頃、メキシコでは、生物多様性の保全に関してその重要性を指摘する研究者は多くいます。
しかし、こうした文化の多様性に目を向けている研究者はいないのではないでしょうか。重要なのは、生物だけでなく先住民族たちの文化の多様性をいかにして守り続けていくかということなのです。

そして、これができるのは、フェアトレードやこれと似たような取引―自由貿易に取って代わる貿易―を通してだけだと私は思うのです。このためには、生産者と消費者の連帯を築いていくことが必要となってくるでしょう。

生産者と消費者がお互いの立場を理解し、共に協力しあっていくことが大事なのです。 私は今回、中村隆市さんと一緒に2つの生産者グループを訪ねました。彼らは常に「協力し、分かち合う」という姿勢を大切にしていました。彼らのこうした姿勢は、フェアトレードに取り組む上で、また、さまざまな社会問題と闘っていく上でとても大切な考え方だと思っています。

最後に、もう1つ聞いていただきたいことがあります。私が今まで述べてきたコーヒーは、単なる”オーガニック(有機栽培の)コーヒー”ではありません。確かに生産方法としては有機栽培です。しかし、前にお話しましたように、この生産方法には生態系や環境だけでなく、先住民族の文化や信念をも持続的に守り続けていこうという姿勢が含まれています。

そこで私は、このコーヒーを確信を持ってこう呼びたいと思っています。「サステイナブル(持続可能な)コーヒー」 と。これには、次に述べる4つの要素が含まれています。まず環境の豊かさ、2つめが生活や人生の豊かさ、そして3つめが生産物の質の高さ、4つめが精神的な豊かさです。この「サステイナブル」という考え方は、とても大切なことなので、ぜひ皆さんに知っておいていただきたいと思うのです。

今後は、研究のみならず、消費者の立場にある中村さんとともに、協力しあい、同じ経験を分かちあいながら、メキシコの生産者と日本の消費者のみなさんとの連帯を築いていきたいと思っています。それが、私の夢なのです。

2005年4月
パトリシア・モゲル

   *   *   *

●パトリシア・モゲル・ビベロス(2018年10月現在のプロフィール)
(メキシコ・生物学者)

【専門分野・活動分野】:
アグロフォレストリー、民族生態学、生態学と社会、先住民族による生物多様性の保全と管理、持続可能なコーヒー生産、フェアトレード、環境教育、アグロエコロジー、人間とコミュニティの持続可能な発展

長年に渡って、メキシコ国内や海外のさまざまな大学や教育機関で研究を行い、教鞭をとってきた。ミチョアカン大学、イベロアメリカーナ大学、ラテンアメリカ大学の教授を経て、現在は主に環境教育の指導者として大学、その他の教育機関、NGO、市民団体などでコース、ワークショップを担当する他、各地の先住民コーヒー生産者グループのアドバイザーも務めている。

2018年、グローバルかつローカルに社会・環境問題に取り組む環境リーダーの育成や教育を行う目的で、ECOFE(アートエコロジー文化センター)を設立。物質的で大量消費の社会、一部の人間が支配する資本主義社会やグローバル経済から持続可能な社会(生物多様性を守り、みな同じ人間として互いにつながり、助け合うという意識を持った社会)、及び幸せで尊厳ある生き方をうみだす経済へのシフトには、先住民族や祖先から授かった知恵や伝統から学ぶことが必要と考え、より多くの環境リーダーを生み出すことに力を注いでいる。そのためには正しい情報を持ち、社会的かつ心に働きかけるホリスティックな方法を学ぶ必要があると考え、エコダンスを取り入れたワークショップや講演、コースも行っている。

(※エコダンス:医療人類学者のロランド・トーロ・アラネーダ氏が構築したダンスワーク”ビオダンサ“を自身で発展させたもの。普段の生活や教育面ではあまり重視されない文化や芸術こそ、人の心に訴え、内面に意識を向けることができると感じ、それを体の動きとして取り入れ、講演などで話す際に行うことで参加者の心を開き、気づきを与えることにつなげている。)

【先住民族たちとの活動】
この30年に渡り、メキシコ国内の先住民族の生産者やグループのアドバイザーを務めてきた。
 特に、トセパン協同組合では1999年よりアドバイザーを務め、2005~2010年には、トセパンにおける環境教育プロジェクトのコーディネートを担当。現地でアグロフォレストリーの研究を行うと同時に、組合員たちにアグロフォレストリーの重要性についても指導を行ってきた。近年の鉱山開発問題に関するさまざまな問題に際しても、組合をサポートしている。

その他、先住民権利委員会(チアパス州)アドバイザー(1998~)、ミチョアカン州先住民大学創設委員(2004-2008)やベラクルス州、オアハカ州における先住民コーヒー生産者のアドバイザーも務めている。

トセパン協同組合を始めとするこれらの生産者グループにおいては、そのプロモーター、技術者、アドバイザー及び生産者に対し、「持続可能なコミュニティの発展」、「フェアトレード」、「持続可能な住宅」、「有機栽培」などに関する教育も行ってきた。
 UNAM(メキシコ国立自治大学)と世界銀行が作成した“メキシコ及び中米における民族生態学アトラス”の研究員も務めた。

【AMLO政権での今後の活動】
12月1日より発足のロペスオブラドール氏による新政権では、環境省が作成する環境教育国家プランの作成を行うチームにコンサルタントとして関わる。この環境教育プランは、政権内のあらゆる政策に関係してくるものであり、メキシコ国内の公式、非公式の教育プランの一部となるものである。

また、次期政権は、遺伝学的、生物学的そして生態学や文化面における多様性を守るという観点から、アグロフォレストリーに焦点を当てた100万ヘクタールの植林計画を進めようとしており、この計画においても、アドバイスを行うことになっている。夫のビクトル・マヌエル・トレド氏も環境大臣のアドバイザーに就任予定で、夫婦でともに新政権の環境分野における政策に取り組むことになっている。

この他、長年アドバイザーとして関わってきたトセパン協同組合で働いていたマリア・ルイス・アルボレス・ゴンザレスさんがBienestar省(幸福、厚生に関する省)の大臣に就任することが決まっており、彼女や彼女の担当する政策に関しても、夫婦でコンサルタント的に関わっていくことになっている。

2018/06/05

米企業CEOと従業員の報酬格差(361倍)消費者に「嫌われる」原因に

◆米国 CEO報酬は従業員の361倍 平均15億円超
(毎日新聞2018年5月23日)

AFL・CIOが発表
 全米最大の労働団体である米労働総同盟産別会議(AFL・CIO)は22日、米主要企業の最高経営責任者(CEO)が2017年に受け取った報酬の平均は1394万ドル(約15億4000万円)で、従業員の稼ぎの361倍だったと発表した。

 ニューヨーク株式市場の主要株式指数の一つで、幅広い銘柄を含むSP500種の構成企業を対象に調査。17年のCEOの平均報酬は前年比6.4%増加した。これに対し、生産部門などで働く平均的な従業員の年収は2.6%増の3万8613ドルにとどまった。

 SP500種企業で格差が大きいのは、玩具大手マテルの4987倍だった。(共同)

米企業CEOと従業員の報酬格差、消費者に「嫌われる」原因に
( 2018/05/23 Forbes Japan )

2018年5月1日メーデーに行われた抗議デモ

米国の中間層が消えつつあるということに関して疑念を持つという人は、企業の最高経営責任者(CEO)と一般従業員の賃金の格差を確認してみればいい。1950年代には20倍程度だったその差は、昨年にはおよそ361倍に広がっていたことが明らかになった。

米労働総同盟産別会議(AFL-CIO)が5月22日に公表した「Executive Paywatch(エグゼクティブ・ペイウォッチ)」によると、S&P500種株価指数を構成する企業のCEOの報酬(中央値)は昨年、前年比6%増の1394万ドル(約15億3900万円)に上った。一方、生産部門の一般従業員の年収(同)は、わずか3万8613ドル(約425万円)だった。

AFL-CIOの発表に関連して何か良いニュースがあるとすれば、企業には金融規制改革法(ドッド・フランク法)に基づき、2017年分からCEOと一般従業員の年収の差を開示することが義務付けられたということだ。それらのデータは、CEOたちが受け取る報酬がどれほど制御不能なものになっているかを示している。インフレ調整後の一般従業員の年収は、50年以上変わっていないのだ。

AFL-CIOが公表したデータからは、以下の点も明らかになった。

CEOの報酬に男女間の格差もあることが分かったのは、「ナビスコ」の菓子を手掛けるモンデリーズ・インターナショナルだ。米証券取引委員会によると、女性の前CEOのアイリーン・ローゼンフェルドは昨年、一般従業員の年収の403倍となる1730万ドルの報酬を受け取った。一方、昨年就任した新CEOのディルク・バン・デ・プットは4240万ドル以上を受け取った。一般従業員とは989倍以上の差があったことになる。

また、S&P500企業のうち、CEOと一般従業員の年収の格差が最も大きかったのは、玩具メーカー大手のマテルだ。マレーシアの製造部門で働く従業員の年収は、6271ドル。CEOの年収は、その4987倍だった。

著名投資家ウォーレン・バフェットが率いるバークシャー・ハサウェイのCEOと従業員の年収の差は、S&P500企業の中で最も低い2対1だった(バフェットの根強い人気を説明するものかもしれない)。

消費者に嫌われる原因

金融情報サイトのマーケットウォッチによると、多くの人たちが最もいら立ちを感じるのは、仮に自社が経営破綻したり、公的資金(税金)による救済措置を受けたりしても、あるいは不正行為によって何百万ドルもの罰金を支払うことになっても、CEOが多くの場合、報酬の全額とボーナス、「ゴールデン・パラシュート」(他社に買収された場合の高額の退職金)を受け取るということだ。

米公共放送PBSが放送したある番組によれば、CEOと従業員の報酬の大幅な格差は、その企業に対する「消費者の嫌悪感を増す大きな要因」だ。番組内で紹介されたハーバード・ビジネス・スクールのオンライン調査の結果によると、米国の消費者はタオルからテレビまでのあらゆる製品について、たとえ高額でも、CEOと従業員の年収の差が比較的少ない企業の製品を購入したいと考えているという。

報酬に関して協議する次の会議で、この点について検討してみたいと考えるCEOもいるかもしれない。

世界で最も豊かな8人が世界の貧しい半分の36億人に匹敵する資産を所有
(2017/01/16 オックスファム・ジャパン)から抜粋

最新報告書では、富める者と貧しい者の間の格差は、これまで考えられていたよりも大きく、世界で最も豊かな8人が世界の貧しい半分の36億人に匹敵する資産を所有していることが明らかになりました。

1988年から2011年にかけて、世界人口の最も貧しい1割の人々の収入増は、65ドルにすぎませんでしたが、同時期に、最も豊かな1割の人々の収入増は、11,800ドル、彼らのおおよそ182倍も増加しています。

世界では、10人にひとりが一日2ドル以下でしのぐことを余儀なくされている中、ごく一握りの人たちが莫大な富を有しています。2015年9月の国連総会で合意された持続可能な開発目標(SDGs)は、「誰一人取り残さない」を合言葉に、格差問題をはじめとした地球規模課題への取り組みのための枠組みですが、今日の世界経済は、何億もの人々を取り残しながら回り続けています。格差拡大は、何億もの人々を貧困の中に封じ込め、社会に亀裂をつくり、民主主義をも脅かしています。

納めるべき税金はなるべく回避する。支払うべき賃金はなるべく抑える。カネの力で政治を動かし、経済のルールを自分たちの都合のよいように書き換える。こうした方針を取る大企業や大富豪が、格差の拡大を加速させています。経済によってごく少数の幸運な人々だけではなく、すべての人々が恩恵を受けるためには、その仕組みとあり方に根本的な変革が必要です。

格差に関する2018年版報告書を発表「資産ではなく労働に報酬を」
(2018/01/22 オックスファム・ジャパン)

2018/05/07

自然を守り続けてきた先住民を応援して下さい

一度、破壊された自然を「森林農法」によって再生しながら40年も森を守ってきたメキシコ、プエブラ州のトセパン協同組合の皆さん(大半が先住民のナワット族とトトナカ族)。しかし今、その豊かな自然環境が「鉱山開発」という自然破壊の危機に直面しています


(鉱山開発の例)

このブログを読まれて、鉱山開発から森を守ろうとしている彼らを応援したいと思われた方は、署名サイト(コチラ→http://bit.ly/tosepan1804)で賛同の意思表示をお願いします。

この森を守っている人々を紹介した番組が2006年にNHKで放送されています。
その一部を抜粋します。

コーヒーを育てる恵みの森 〜メキシコ〜

モリゾー・キッコロ地球環境の旅
『コーヒーを育てる恵みの森 ~メキシコ~』から抜粋(1)
(語り: 竹下 景子)

[ ナレーション ]
今回の舞台は先住民の文化が残るメキシコ。一風変わったコーヒー作り。
森の豊かな自然を生かした農業を進めるメキシコの先住民たちのお話です。

[ ナレーション ]
この森は森林農法をしている農園です。背の高い作物や低い作物を一緒に植え、自然の森と同じような環境を作ってする農業なんです。もちろん、農薬も化学肥料も使いません。栄養の元は、降り積もった落ち葉です。虫や微生物が落ち葉を分解して豊かな土を作るんです。

今、地球の温暖化や木の伐採によって世界中で森が減っています。この森林農法。自然を守りながら進める新しい農業として期待を集めています。

[ ナレーション ]
メキシコにヨーロッパからコーヒーがもたらされたのは、今から300年前。山岳地帯の気候がコーヒー栽培に適していたため、20世紀にはメキシコ全体に広がりました。しかし、森林農法によるコーヒー栽培が始まったのは、実は最近のことなんです。

クエツァランの町に森林農法を広めたドン・ルイスさんです。以前はコーヒー協会という全国組織の指導で全く違った栽培をしていました。

ドン・ルイス「収穫量が増えるという栽培方法をコーヒー協会が教えに来たんだ。私たちは何も知らずに教えられた通りにやったんだよ。」

[ ナレーション ]
30年前(注:1976年)メキシココーヒー協会が農家に配ったテキスト。コーヒーの木の周りは、草を刈るように書かれています。また、化学肥料を使ったり、農薬を撒いて害虫を駆除するように教えていました。

コーヒー園での農薬散布・メキシコ

こうした、森を切り開いてつくる農園をプランテーション農園と呼び、これが世界のコーヒー作りの主流なんです。しかし、この方法は、収穫量が増えますが、自然を破壊する恐れがあります。コーヒー以外の木が切られると、露出した地面は荒れてしまいます。下草の生えない地面には虫はいなくなり、鳥などの生き物たちも姿を見せません。

ルイスさんも、一度はプランテーション農園にしましたが、収穫量は減っても自然に優しい森林農法に切り替えたんです。研究機関の教えも受け、ルイスさんは、町中に森林農法を広めました。

ドン・ルイス「収穫量がもっと上がれば、森林農法を選ぶ人は世界中に広がり、自然を守る意識も高くなると思います。私たち農家が森を守らなければ、誰が守るというのでしょうか。」

*** 動画の書き起こしは、ここまで ***

この番組では、ドン・ルイス(ルイス・フスティニアノ・マルケスさん)個人の経歴について触れていませんが、彼は40年前に大農園主、仲買人、高利貸しなどが利益を独占し、先住民の大半が極貧状態にあった地域に協同組合を創立した中心人物であり、仲間から尊敬され慕われています。その理由を森林農法の生産者が次のように語っています。

「ドン・ルイスの一族は、かつて裕福でした。なぜなら仲買人をしていたからです。地域の貧しい農民達は、遠く離れた町まで農作物を運ぶことはできませんでした。道路事情が悪い上に、輸送手段がなかったのです。そのため、トラックを持つ仲買人に買い叩かれていました。地域の発展のため、ドン・ルイスはその仲買人の仕事を辞めようと、家族に提案したそうです。もちろん、家族は大反対でした。兄弟はその後、ドン・ルイスと口をきくことは無かったそうです。」

1977年に設立されたトセパン協同組合は、日本の生協と農協が合体したような協同組合になり、森林農法を普及、店舗を増やし、銀行の設立2017年、ヨーロッパ・マイクロファイナンス賞を受賞)幼稚園、小学校、中学校をつくり、昨年は組合ができて40周年で初の女性代表が誕生しました。

40年前に姿を消した鳥たちを呼び戻したドン・ルイス

子ども時代から鳥が大好きだったルイスは、1970年代にある異変に気づきました。「コーヒーの収穫量が増える」というコーヒー協会の指導に従って「農薬と化学肥料を多用する近代農法」が地域に広まるにつれて、鳥が激減していることに気づいたのです。
「鳥がいない人生ほど寂しいことはない。鳥がいなくなる農法は間違っている」と確信したルイスは、鳥を呼び戻すために勉強し、森や森の生き物たちと共生する「森林農法(アグロフォレストリー)」を地域に広めました。40年後の今、この地域の森には、渡り鳥もたくさん飛来し、年間200種類ほどの鳥を見ることができます。

鳥が戻ってきたことを喜ぶドン・ルイスは「クエツァランという地名は、世界で最も美しい鳥とも言われているケツァール(注:手塚治虫が描いた火の鳥のモデルとなった鳥)に由来しています」と嬉しそうに語ってくれました。

笑顔のドン・ルイスと中村
(ドン・ルイスと中村隆市 2003年)

トセパンを訪ねるといつも満面の笑みで出迎えてくれたドン・ルイスは
2013年3月9日、鳥たちの鳴き声に包まれて82年の人生を終えました。

火の鳥 ケツァール

ケツァール(みどり系胸は赤)

ドン・ルイスが他界して5年が過ぎた今、彼が創立したトセパン協同組合のメンバーが、鉱山開発から自然を守る活動の前面に立っています。

よろしければ、署名サイトで賛同の意思表示をお願いします。とても簡単な署名で、彼らを励まし、彼らを応援することができます。

2018/03/31

有機コーヒーの焙煎選手権を初開催(毎日新聞 2018/03/26 東京朝刊)

「毎日新聞 2018年3月26日 東京朝刊」に、昨年開催した「第1回オーガニックコーヒー手煎り焙煎選手権大会」の記事が掲載されたのでご紹介します。

有機コーヒーの焙煎選手権を初開催
 「単なる腕比べではなく、環境に配慮しながらコーヒー豆を栽培する生産者たちとの出会いを目的にした」と語るのは、フェアトレード(公正貿易)の有機コーヒーなどの輸入販売を手がける「ウインドファーム」(福岡県水巻町)代表の中村隆市さん(62)だ。東京都国分寺市の「カフェスロー」で昨秋、有志と「オーガニックコーヒー手煎り焙煎(ていりばいせん)選手権大会」を初開催。森の中で多種類の樹木や果樹などと混植する「森林農法」に取り組むメキシコやエクアドル、タイの生産者らが審査に加わった。

 ウインドファームが昨年、創業30周年を迎えたのを記念して企画した。東京や横浜などでの予選(計約30人参加)を経て5人が決勝に進出。森林農法で育てられた生豆をじっくりと煎り、コーヒーを抽出した。

 生産者や中村さんらが味や香りを評価した結果、一般社団法人「日本焙煎技術普及協会」(東京都杉並区)の理事で焙煎士の竹林利朗さん(52)が優勝した。「生産者と知り合ういい機会になった。今後も交流を深めていきたい」と竹林さんは話していた。【明珍美紀】

2017/12/30

トセパンが「ヨーロッパ・マイクロファイナンス 賞 2017」を受賞

【トセパン協同組合の金融機関(銀行)トセパントミンが
ヨーロッパ マイクロファイナンス アワード2017を受賞】

森林農法によって、森を守りながら有機コーヒー栽培を行っているトセパン協同組合(以下、トセパン)。彼らにとって森林農法による有機栽培は大変重要な活動ですが、その他にもさまざまな持続可能な地域づくりの取り組みを行っています。その代表的なものが、1999年に組合内に設けられた独自の金融機関(銀行)「トセパン・トミン」です。
今年、このトセパントミンが「ヨーロッパ マイクロファイナンス アワード2017」を受賞したとの嬉しい知らせが届きました。


       賞状を持つトセパントミン代表のアルバロ・アギラルさん

トセパンは、1999年に組合内に自分たちの「小さな銀行」をつくりました。貧困であるために、一般の銀行から融資を受けることができなかった組合員(99%以上が先住民)が、事故や病気などでお金が必要になったときに「高利貸し」からではなく、低利でお金を借りられるように、みんなで少しずつお金を出し合って自分たちの銀行をつくったのです。

今ではトセパントミンは、少額の融資を始め、預貯金、保険、送金といった金融サービスを提供すると共に組合が目標とする「生活の質の向上」のために金融以外のサービスも行っています。トセパントミンという名称は、先住民ナワット族の言葉で「みんなのお金」を意味します。組合のあらゆる活動の基本にある「連帯」「助け合い」といった意識が、このトセパントミンの活動を支えています。今回の受賞の決め手となったのは、この10年間、トセパンが取り組んできた「地域住民の住宅の質を改善するプロジェクト」でした。

●トセパントミンの住宅改善プロジェクトとは?
メキシコでは、およそ3500万人が良い住宅環境にないと言われています。新築の半分、また既成住宅の3分の2が自分で建てた家で、多くの住居は質の悪い資材を使っていたり、きちんとした建築技術もなく建てられており、問題も多くかかえています。

トセパンがあるクエツァラン市一帯でも、トウモロコシの茎とトタンで作った雨風もあまりしのぐことができないような住宅に暮らす生産者が多数いました。隙間だらけのため、雨が降ると家の中が濡れるという始末で、この地域は特に雨が多いことから多くの人たちが常に濡れた、また湿った住宅で生活していました。

その上、家庭で使用するカマドも昔からの非効率なつくりであったため、多くのマキ(木材)が必要になる他、主に女性たちがカマドから出る多量の煙を毎日吸うことで、肺の病気にかかるという状況でした。


       旧式のカマド

そこで2007年から国のサポートも受けて住宅プログラムを開始。まず、住宅のための建材を調達・製造する組合が新たにトセパン内に作られました。その組合が一括して外部から建材やその材料を仕入れることで、組合員たちに安く提供できるという利点とともに、新たな雇用も生み出しました。

こうして組合員たちは、トセパントミンから融資を受けて建材を購入し、家を建てることができるようになったのです。ただ、組合員の多くは、これまでお金を借りて何かに取り組むといった経験がありません。そこで、トセパントミンは(これが「助け合い」の精神が根付いているトセパンらしい方法なのですが)ただ融資するだけではなく、あらゆる面で組合員をサポートする方法で改築プロジェクトを進めてきました。

まず建替えが決まった時点で、トセパントミンがその予算組みから設計、施工に至るまですべての段階においてアドバイスを行い、組合員と共に建替えに向けて取り組みます。設計においては、環境にやさしい技術やリサイクルエネルギーなどの設備を取り入れたものになっています。また、施工が始まってからは、建築家や建築を勉強したトセパントミンのスタッフが、各工程でチェックに入り、きちんとした住居が予定通り建設されているかも確認します。


       改良型のカマド

そして、トセパンの「助け合い」の精神がさらに垣間見られるのは、実際に建替え工事を行うスタッフが他の組合員だということです。大工さんにすべて依頼して任せるというのではなく、皆がそれぞれ助け合おうという意識から、他のメンバーの家を建て替える時には手伝い、自分の番が来たら手伝ってもらう。こうした相互扶助でプロジェクトが進められています。

中央政府からは重視されていない地方の農村地域におけるトセパントミンの住居改善プログラムが、マイクロファイナンスの分野においてヨーロッパで高い評価を受け、今回の賞を受賞するに至りました。

この10年(2007年-2016年)に及ぶ住居改善プロジェクトによって、実際に家を建設した組合員は7,463世帯、改築を行ったのは8,770世帯。合わせて16,233世帯に及ぶ組合員がこれによってよりよい環境で生活できるようになりました。また、プロジェクトに関連して1,500名の新たな雇用も生み出す結果にもなっています。

このプロジェクトによって住居環境を改善できた組合員たちは、口をそろえて生活環境が向上したことに満足感を示し、トセパン組合に参加した意義を感じていると話してくれました。

未来を見据え、持続可能な地域づくりを組合員自らが組合員自身のために活動を続けているトセパン。森林農法のコーヒー栽培に限らず、実に多様な分野で自然や環境に寄り添いながら自分たちの生活を高めていく姿勢と理念に、改めて学びを得た受賞報告でした。
(※一部、European Microfinance Awardのホームページより情報抜粋)

メキシコ中部地震の被災者支援「仮設住宅建設プロジェクト」

そんな彼らは、これまでの経験を活かし、2017年9月におきたメキシコ中部地震で被災した人々のために地域の竹を活用した仮設住宅の建設を進めています。トセパンのある地域と同じく、行政サービスが行き届かない先住民が多く暮らす貧しい農村地域で、「助け合い」の精神で住宅建設を進めています。トセパンが資材調達から建設まですべてボランティアで行っているため、資金が不足している状況です。

そこでウインドファームでも、トセパンの支援活動を応援したいとの思いから、現在この「竹の仮設住宅建設」へのご支援を募っています。よろしければ、ご協力お願いいたします。

★詳しくはこちら → メキシコ中部地震トセパン支援プロジェクト

今年11月「しあわせの経済 世界フォーラム」や「第1回オーガニックコーヒー手煎り焙煎選手権大会」に出席するため来日したトセパンのレオナルドさんから竹の仮設住宅に関する追加情報と写真が届きました。


   左端がトセパンのレオナルド・ドゥランさん

現在、プエブラ州サンタクルス・クアウトマティトラ村で、12棟目を建設中だそうです。
また、この村の再建を担うとのことで、残り88棟、計100棟を建設する予定です。
やはり、長期的な支援が必要になります。

プエブラ州サンタクルス・クアウトマティトラ村
子どもは十分に学校にも行けず、貧しい生活をしている地域に地震の被害が集中していることが
推測されます。また、政府の支援はほとんど届いていないようです。

2017/11/11

トセパン協同組合に初の女性リーダー誕生!

トセパンコーヒーやハチドリコーヒー、カフェインレスコーヒーでお馴染みのトセパン協同組合が設立40周年を迎えた2017年、トセパンの歴史で初めて女性の代表が誕生しました。これまで自然と共存する先住民文化を大事にしながら、森林農法によって有機農業を広めてきたトセパン協同組合は、女性の自立も大きな目標の1つと考えて女性の社会進出を後押ししてきました。そのトセパンに女性のリーダーが誕生したのです。彼女の名は、パウリーナ(パウリーナ・ガリード・ボニージャさん)。


パウリーナさん

トセパンでは、6年に一度、組合の代表を決める投票が組合員によって行われます。
パウリーナさんは、子どもたちの教育支援を目指すトセパン基金を提案した人で、これが多くの人の評価を得ました。

トセパンでは、組合内に自らの学校を設け、言葉、文化・伝統、宇宙観など先住民としての教育と、国の教育カリキュラムを合わせた独自の教育プログラムを行っています。そして、これを充実されるために設立されたのがトセパン基金でした。これまで、トセパンの学校や教育活動の運営には、組合の主な活動であるコーヒーやオールスパイスなどの生産・販売によって得られた収入が使われていました。しかし、数年前に鉱山開発の問題がピークに達し、開発の危機が間近に迫りました。その時、「たとえ開発が強引に進められてコーヒー栽培が出来なくなったとしても、なんとかして子どもたちの教育は守りたい、学校だけは残したい」という強い思いから、学校の自立運営を目指すことを提案したのがパウリーナさんでした。今回の代表選での公約にも学校の自立運営を掲げ、これが多くの人から賛同を得ることとなったのです。


      トセパンの小学校

トセパンと子どもたちの未来を考え、子どもたちの教育の重要性を改めて皆に示したパウリーナさんの提案は、女性ならではの視点ともいえる重要なものでした。


小学校での農作業の授業

トセパン基金は元々、教育を充実させるために設けられた非営利団体ですが、今年9月のメキシコ中部地震以降、被災地を支援するプロジェクトの窓口としても機能しています。ここを窓口に、トセパンではメキシコ政府の手が届かない貧しい被災地に仮設住宅を建設する支援プロジェクトを展開しているのです。

トセパン基金を通じ、自分たちの組合の未来を作る子どもたちだけでなく、トセパンと同じく先住民が多く暮らす地域の未来を作るための活動に取り組むトセパンの人たち。そこには、いつものように彼らの「助け合い」と「分かち合い」の温かい思いが強く感じられます。

これからパウリーナさんを中心に進む女性ならではの活動と、今後のトセパンの取り組みを私たちスタッフもとても楽しみにしています。


      中央がトセパン協同組合の代表に選ばれたパウリーナさん

*現在ウインドファームでは、トセパンの地震被災地支援プロジェクトである「竹の仮設住宅建設」へのご支援を募っています。頂いたご寄付は「トセパン基金」へ送らせていただきます。ご支援のほどよろしくお願い致します。
詳しくはこちら→トセパン基金寄付

2017/10/07

第1回オーガニックコーヒー手煎り焙煎選手権大会

今年、ウインドファームは創業30周年を迎えることができました。私のようなナマケモノで、いい加減な社長を抱える会社がよく30年も続いたものです。有機栽培に取り組んでいただいた生産者の皆さん、コーヒーや紅茶を購入して下さった皆さん、ウインドファームで働いてくれたスタッフをはじめとするご縁があるすべての皆さんのお陰で、そして、水、空気、食物、美しい自然まで与えてくれる生態系と母なる地球のお陰で、ウインドファームはこれからも仕事を続けていくことができます。
みなさん、ほんとうにありがとうございます。

その30周年を記念して、ちょっと面白いことを企画しました。
「第1回オーガニックコーヒー手煎り焙煎選手権大会」です。
そのホームページができましたので、みなさんにお知らせします。
以下は、ホームページからの抜粋です。

ごあいさつ

普段コーヒーは焙煎されたものを買って飲むのが一般的ですが、手煎り焙煎器があれば、自分で簡単に焙煎することができます。好きなコーヒーの生豆を必要な量だけ、自分好みの焙煎度合で煎ることもできます。毎日、手煎りすることは難しくても、休日や来客を手煎り焙煎コーヒーでもてなすことはとても楽しいことです。

中南米やアジアで有機農業とフェアトレードを広めてきたウインドファームが創業30周年を迎えた今年、海外から有機コーヒー生産者の代表を日本に招きます。この機会に全国の友人たちの協力を得て、有機農業とフェアトレードの更なる普及を願ってオーガニックコーヒー手煎り焙煎選手権大会を開催します。

10月中旬から全国5カ所で予選を行い、大会の決勝(11月14日)には有機栽培&森林農法でコーヒーを栽培している生産者団体の代表がメキシコ、エクアドル、タイから来日して審査に加わります。

森林農法は、一般的な「森を伐採して単一作物だけを大量に栽培するプランテーション農法」とは異なり、森の中でコーヒーを栽培したり、森を破壊された土地に多種類の樹木と果樹、コーヒーや農作物を混植することで、生物多様性の豊かな森を再生しながら生活の糧を得られる農法です。世界の森が減少し、生物種の絶滅が加速したり、気候変動が大きくなる中で、「森を守り森を育てる農業」「自然と共生する農業」として世界から注目されています。

3カ国の代表は、11月11日12日(土日)に東京で開催される「しあわせの経済 世界フォーラム 2017」や13日に横浜の善了寺でも講演されます。

オーガニックコーヒー手煎り焙煎選手権大会を通して有機農業や森林農業、フェアトレードをより多くの方々に身近に感じていただければ幸いです。

みなさまのご参加お待ちしております。

第1回オーガニックコーヒー手煎り焙煎選手権大会

2017/04/07

30年を振り返って:サンパウロ新聞 1998年 有機農法に携わる人々

ウインドファームの創立30年を振り返って(その1)

有機農法に携わる人々(前篇)(1998年11月サンパウロ新聞)より抜粋

 農薬や有害化学物質などによる環境汚染、自然破壊が侵攻する今日。特に開発途上国などでは、海外からの企業進出がその要因の一つになっているケースも少なくない。そうした中で、身体に害の無い安全な生産物をつくり、消費者に提供するという動きが世界中で目立ってきている。ブラジルでも農薬の使用を減らし、有機農法を実践する人たちがいる。ここでは有機農業などに携わり、身の周りから環境破壊を防ごうとする人々を紹介する。

(1)

農場スタッフと交流する中村さん(右)

 生産者との公正な貿易(フェアトレード)を目指し、ミナス州マッシャード市の「ジャカランダ農場」で栽培されている無農薬有機コーヒーの日本での輸入販売を、93年から始めた(有)有機コーヒー社長の中村隆市さん(43、福岡県出身)。
 地元の高校を卒業後、映画監督になることを希望していたが、水俣病との出会いにより、公害、環境問題に興味を持ち、有機農産物の産直活動に取り組んでいく。

 86年に発生したチェルノブイリ原発事故で被爆した、隣国ベラルーシ共和国の人々への支援を行うための運動を90年から並行して展開。その支援金を捻出するためにも、有機無農薬コーヒーの日本での販売は欠かせなかった。何より、ジャカランダ農場で働く人々との出会いが、現在の中村さんの活動を支えている。農場主のカルロス・フェルナンデス・フランコさん(七一)の無農薬の土地づくりを推進する思いが、中村さんの気持ちと一致したためだ。 

 今年5月末に来伯した中村さんは、農場の状況視察とともにコロンビアで初めて開催された国際有機コーヒーセミナーに出席。研究者だけでない生産者との交流を行い、現場の声を目の当たりにした。

 また、10月12日からは「消費者に実際の生産現場を見てほしい」との考えから、来年から本格的に行われるジャカランダ農場の「スタディー・ツアー」の準備を兼ねて約一週間滞在。再び農場を訪問し、生産者との交流も行なった。
 さらに、同じミナス州のラゴア村も訪問し、フェアトレードの可能性も探った。

 中村さんによると、現在の日本では有機無農薬産品について「一過性の健康ブームという訳ではなく、総合的な環境問題を含めて、当たり前といった意識になってきている」という。

 それだけ環境問題について、人々の意識が高まってきたとも言えるが、「身体に害のない美味しいものを食べたい」との考えが、消費者の中に芽生えてきたのも確かなようだ。

 「ジャカランダ農場とのつながりは、単に売る人と買う人の関係だけではなく、一緒に有機農業を広げていく仲間でもあります。農薬による被害で中毒になったり、亡くなったりしている人の問題を取り上げ、環境に対する一般の意識をさらに高めていきたい」(中村さん)

 中村さんの挑戦はさらに続く。

(2)

 中村さんがミナス州ラゴア村の小農民の状況を視察した翌日の10月8日、有機農法博士の宮坂四郎さん(74、北海道出身)の案内でモジダスクルーズへと向かう車に記者も同行させてもらった。

 宮坂さんは、7月のコロンビアでの国際有機コーヒーセミナーにブラジル代表として参加。炭を焼くことによって採取され、害虫の忌避剤にもなる「木酢(もくさく)」の効用について講義した。自然農法生産者協会(APAN)やブラジル有機農業協会(AAO)の創立に携わるなど、「有機農法の伝道師的存在」(中村さん)となっている。

(3)

 「ここでは、ハウス(栽培)内に鳥が巣を作ってますよ」―。
 こう語るのは、モジ群ビリチバ・ミリンでトマトを生産する鈴木啓三さん(61、山形県出身)。農薬を使用していない証拠だ。

 鈴木さんは、9年間11回にわたって、同じ場所でトマトの連作を行なっている。作っているのは「桃太郎」と言われる大玉の種類だ。化学肥料を使った場合、土地が疲弊するために休ませるのが普通だが、籾殻(もみがら)を焼いた煙炭、砂糖きびの絞りかすやボカシなどの有機肥料を使用することで、土地自体に持続力が付いていく。


有機トマトについて説明する鈴木さん

 自然農法生産者協会(APAN)にも89年頃から入会している鈴木さんだが、それ以前から有機農法には興味を抱いていたという。「大抵の生産者は、トマトを育てることに一生懸命になっていますが、私の場合は、土地を作りあげることに力を入れてきました」

 実際、鈴木さんが栽培しているハウスの中には籾殻を焼いた煙炭が一面に撒かれている。
 しかし、そんな鈴木さんも有機農法に切り替えた当初は、害虫の被害にもやられた。土地自身に害虫をはねつける力が無かったことが原因だ。それ以来、農道にだけ使っていた除草剤もいっさいの使用を止めた。
 「色々な人に会って話を聞いたり、有機関係の本は片っ端から読みましたね」

 少しずつだが、土地に変化が現れ出した。農薬を使用する一般のハウス内には飛ぶことのなかった小鳥が飛び、巣を作るようになった。その積み重ねが、今の鈴木さんの考えを強固なものへと変えた。
 「この周辺では有機栽培をやっている人はほとんどいませんね。ハウスは二、三年やるとほとんどの人は資材などの費用がかさんで続けられなくなります。化学肥料を使っていることが、却って自分を苦しめることになるのです」

 現在では、化学肥料を使っていないのが「売り」となっており、市販のものより多少値段は高くても、自然な甘さが消費者に受けている。記者自身も賞味させてもらったが、まだ表面は青さが残っていたものでも、内部は柔らかく、濃い甘みがあるのが印象的だった。

 ブラジルではまだ有機農法は一部にしか認識されていないが、鈴木さんは「『有機農産物を作るのは当たり前』という方向に必ずなるでしょうね」と自信を見せる。
 「土壌を作るといっても、実際には微生物がやるんです。それをいかに我々が手を加えてやるかなんです。今まで多かれ少なかれ、いじめてきた土地を元に戻す作業を今やっている訳です」

 「桃太郎」種のトマトは最近ブラジルでも値段も安定し、美味しいのが定評となっているが、生産が難しいという。
 「難しければ難しいほど、またそれが面白くなって止められないんですね」と鈴木さんは笑う。心から農業を大切にし、楽しんでいる姿がそこにはあった。
 
(4)

 モジダスクルーゼスで有機農法に携わる人たちを訪ねて同行した記者は最後に、ビリチーバ・ウス郡にある宮坂氏の別荘に案内してもらった。

 そこには現在、宮坂氏の娘のロザーナさん(34、二世)と夫で大工仕事を行う海老根盛人(えびね・もりと)さん(32、栃木県出身)が住んでいる。場所は「人里離れた森の中」といった感じで、旧家を建て直して生活しているという。

 海老根さんは元々、家具職人として神奈川県で職業訓練校の教師を養成する「職業訓練大学校」に勤めていたが、本格的に家具作りに取り組むため、栃木に移り住んだ。その合間に「創造の森」という有機農業による畑を自ら作り、野菜など40種類におよぶ生産物を栽培していた。その時に日本に就労していて知り合ったロザーナさんと結婚。並行して、有機生産物を使用したレストランも経営した。

 その後、96年にブラジルに移住する決意を固め、現在の場所で大工仕事の注文を受けながら生活している。
 しかし、移住した当初やりたかった有機栽培は仕事が忙しいために中断しており、「暇を見つけて続けたいのですが」と海老根さんは苦笑する。

 自然とともに生きることをモットーとする「シュタイナー教育」に「少なからず影響された」という海老根さんは、少しずつ自分の考えを実践する。

 海老根さんは家具職人としてブラジルで働く中で、一つのポリシーを貫く。それは、「無垢」(むく)と呼ばれる一本木を使うことだ。


海老根さんの作品

 「ブラジルで販売されている家具はそのほとんどが、合板が使用されています。表面は見栄えがいいですが、良い接着剤を使わなければすぐに剥がれてきます。それに比べて無垢では、五十年、百年たっても壊れません」

 さらに海老根さんは、釘やネジなどを使わない日本建築の手法を重視する。例えば、机などはネジでとめると割れたり、素材そのものが曲ったりするが、木を組み合わせることによって、気候の変化に対応して伸び縮みできるようにできるという。そのためにも、無垢の素材を探し、保管・使用することは海老根さんにとって、最大のテーマでもある。

 また、海老根さんが作業場を山中に選んだのは無垢によって出る木クズを畑の肥料などに再利用することにある。
 「都会で大工仕事をしていると、木クズが大量に出てその処理に困りますが、ここでは畑の肥料としても使えるし、一石二鳥ですよ」と海老根さんは、限りある資源を再生することを重視する。

 海老根さんは、障子の桟(さん)を削る鉋(かんな)など日本でも最近では使用されなくなった大工道具も、ブラジルに持参してきた。「昔は手作りの道具もたくさんあったのですが今ではブラジルでも電動工具が主流になり、職人のレベルが低くなっています」

 いかに、自然の理にかなった家具づくりを行うか。仕事だけでなく、日々の生活の中で海老根さんは、常にこのことを考えている。(つづく)
                    (1998年11月サンパウロ新聞掲載)

有機農法に携わる人々(後篇)

(5)

 モジを訪問した翌朝、無農薬コーヒーを生産する「ジャカランダ農場」を訪ねるべく、中村さんたちと一緒にミナスジェライス州マッシャード市に向かった。

 この日、同行したのは、ジャカランダ・コーヒー友の会会長で、来年の農場への「スタディー・ツアー」を前に、「ぜひ現場を見てみたい」と自費参加した村田久さん(63)と和子さん(52)夫妻と農場には初めて行くという宮坂さん。それに(有)有機コーヒー社のブラジル側スタッフで、ミナス州ラゴア村の小農民に有機農業による自立支援に力を入れているクラウジオ牛渡さん(29、二世)というメンバー。 

 サンパウロ市内のチエテ・バスターミナルから約三時間半。マッシャードに着いた我々を農場主のカルロス・フェルナンデス・フランコさん(71)がスタッフとともに出迎えてくれた。

 農場近くにあるカルロスさんの別荘で休憩したあと、午後から市内の農業大学とジャカランダ農場のコーヒーが選別・保管されている「DINAMO社」に案内される。

 大学内にはコーヒーの苗木も育てられており、カルロスさんの口添えにより、ジゼリー・ブリガンテ学長が校内を案内してくれる。


DINAMO社を訪問した一行

 続いて見学させてもらった「DINAMO社」には、マッシャード周辺の五十におよぶ生産農家のコーヒーが保管されている。会社側の説明では、有機無農薬のものを扱っている生産者は、わずかに数家族に満たないという。

 その中でもジャカランダ農場から出荷されるコーヒーは、品質もトップクラスで、化学肥料を使用したコーヒーと混ざらないように配慮されている。

 昨年、ジャカランダ農場では、天候不順とコーヒーの木の老朽化で四百俵しか収穫できなかったが、今年は二千俵と元の収穫量を取り戻した。現在、カルロスさんは、DINAMO社に日本への輸出向けに千二百俵を預けているが、それらはすべて、中村さんの有機コーヒー社に直接送られる。

 中村さんとカルロスさんの「環境保護を通じて次世代に希望をつなぎたい」との共通した考えが二人の人間関係を、より強固なものにしている。

 最近では、マッシャード周辺の小農民の間でも有機農業に関心を寄せる動きにあり、そのことをカルロスさんは、自分のことのように喜ぶ。

 夜、カルロスさんの別荘での夕食のあと、改めて各自が自己紹介を行なった。村田夫妻と宮坂さんは、訪問させてもらったことへの感謝をそれぞれ述べる。

 カルロスさんは席上、農場の現状や自分の身の周りからできる環境保護の重要性を切々と語る。
 「有機農業を行なっていくうえで、技術の面だけでなく、考え方も変えていかなければならない」とカルロスさん。地球の汚染が進む中で、一人でも多くの人々の環境に対する理解が必要だと強調した。

(6)

 翌日、朝から待望のジャカランダ農場を見学する。総面積は273ヘクタールあり、その内の80ヘクタールが、コーヒーの生産地。残りはバナナなどが植えられている。

 はじめに、カルロスさんが一日のスケジュールを確認するため皆を呼び集め、見学する行程を説明する。
 天日干し場に着くと、農場で働くスタッフがトラクターに繋いだ小型のトレーラーを用意していた。その上にスタッフやカルロスさんの家族を含めた十人ほどが乗り、農場内を見て回る。

 カルロスさんはポルトガル系移民の6代目。(株)ウィンドファーム社発行の「ジャカランダコーヒー物語」によると、この地でのコーヒー栽培の歴史は、1856年に入植したカルロスさんの曾祖父にあたるジョン・マノエル・フランコ氏から始まるという。それから数えて四代目となるカルロスさんは、現在でも、祖父の時代からの農場のスタッフとのつながりを大切にする。

 「5年前に初めてカルロスさんに出会った時、農場で働く人々との交流があったことが一番嬉しかった」と中村さんは、生産元にジャカランダ農場を選んだいきさつを目を細めて語る。


OC地区で農場スタッフと記念撮影する一行

 カルロスさんの指示により、OC(有機コーヒー)地区で下車する。農場には無農薬だが有機肥料を使用していない地域もあるが、ここは100%有機無農薬の土地だという。現在のコーヒーは96年に植えられたもので、森のように茂っている。
 実際に足を踏み入れて感じるのは、土の柔らかさだ。ブラジルに多い赤土の「テラ・ロッシャ」とは違い、全体に黒い土で覆われている。

 カルロスさんによると、はじめのころは堆肥を撒いていたが、昨年からは撒いていないという。土中に含まれる「みみず」などの益虫や微生物が害虫の発生を防ぎ、土が柔らかいことで根が深くまで入り、水分の吸収を良くしている。また除草剤を使わずに草を刈ることで、天然の肥料となり、全体のバランスが取れるようになるとも。

 この日、カルロスさんを訪ねて同行し、20年間コーヒー仲買商に携わっているという中島エジソン・サライバさん(43、三世)は「15年前のコーヒーは、その匂いを嗅いだだけで、大体の品質が分かりましたが、農薬使用して以来、試飲してみないと判断できなくなりました。しかし、カルロスさんのは、銀行融資を受ける際にも、匂いを嗅いだだけで良いものだとの信用を得ました」と品質の高さを保証する。

 OC地区には、1.8ヘクタールに1万7000株のコーヒーを植えた「ジャカランダコーヒー友の会」の土地がある。
 日本に出荷される高品質の有機コーヒーはすべてこの土地から採れる。

 ブラジル国内では皮肉にも、これらの高品質の製品は実際には飲めないという事実がある。

 カルロスさんはこのことについて、「私たちが努力して作ったコーヒーを日本の理解ある皆様に飲んでもらうことは、最高の喜びです」と意に介さない。

 良いものを良い仲間と作り、理解のある人に飲んでもらいたいとの気持ちが、カルロスさんを支配している。

(7)

 日本から中村さんとともにジャカランダ農場を訪問した村田夫妻。ブラジルに来たのも、初めてだ。
 福岡県に会社がある中村さんの近所に在住し、その意気を感じて、カルロスさんの農場を支援する「ジャカランダコーヒー友の会」会長にもなっている。また、消費者に現場の生産作業を見てもらうことにより、「より生産者のことを知ってもらいたい」とする考えから来年、本格的に始まるジャカランダ農場への「スタディーツアー」の準備や下見も兼ねての来伯だ。
 しかし、それ以上に村田夫妻がこの地を訪れたかった理由は、ほかにある。


農場スタッフと談笑する村田夫妻(中央と右)

 村田夫妻は、マレーシア・イポー市のブキメラ村に進出していた日本企業が不法で出した産業廃棄物の影響で病に苦しむ子供たちの医療援助を個人ベースで続けており、その支援金確保のためにジャカランダ農場の有機無農薬コーヒーを販売している。かねてから中村さんに、農場の話は聞いていたが、「消費者に品質の良い品物を販売する以上、ぜひ自分の目で生産現場を見てみたかった」というのが、村田夫妻の考えだ。

 村田夫妻は、福岡県北九州市にある三菱化成黒崎工場(現・三菱化学黒崎事務所)に勤務していたが、3年前に久さんが定年退職。和子さんも今年10月31日に退職した。

 1982年4月、三菱化成は、マレーシアのブキメラ村に合弁会社を設立。現地住民には産業廃棄物の恐ろしさが知らされないまま、働く場所があるというだけで、200人の労働者が集まった。

 翌83年、「ゼリーベビー」と呼ばれる骨無し状態の子供が産まれたことことから、住民の会社に対する反対運動が起きた。
 三菱化成は、「モナザイト」と呼ばれる物質から自動車部品やカラーテレビのブラウン管の蛍光塗料などに使用される希土類を抽出していたが、その抽出過程で「トリウム232」という放射性物質が出ることを知っていたにもかかわらず、産業廃棄物のずさんな管理を行なっていた。

 「トリウム232」の半減期は141億年もかかり、これらの事実を85年に知った村田夫妻は「まさか、自分の働いている会社がそんな危険なことをしているとは信じられなかった」とショックの色を隠せなかった。

 住人は85年に住民側8人の原告により提訴。92年7月にイポー市高等裁判所で勝訴したが、翌93年12月に逆転敗訴となった。陰でマレーシア政府が圧力をかけたと見られている。

 91年、村田夫妻は会社への内部告発とともに年に一回、現地を訪れ、ブキメラの子供たちへの支援活動を行うようになった。「現地で望んでいるのは、ブキメラの村内に病院を建て、せめて週に3回でもいいから、簡単な診療をしてもらいたいということなのです」(和子さん)

 現在、ブキメラ村には診療所はあっても医者が常駐していない状態で、村田さん夫妻は会社を辞めた今でも支援活動を続けている。

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 農場を隅々まで見学したその日の夜、カルロスさんから一人一人感想を聞かれた。
 村田久さんは、日本で市民団体が活動するために、物販活動を行う経緯について説明。熊本県の「チッソ」工場から排出されて人体に被害を及ぼした「水俣病」の例を話した。

 それによると水俣病の支援活動者は、30年以上にわたって柑橘類の一種で熊本特産の「甘夏」を販売しているという。しかし、甘夏の味が良くなくても、消費者は支援のために買っていた人が多かった。そのため、初めは支援の気持ちを持った人でも、時が経つにつれて、その気持ちが薄れてくると売れないようになるという。

 「ブキメラの支援運動も今年で七年目ですが、最初はマレーシアからカレー粉やTシャツを買ってきては販売していました。良い品物を売るというよりも、支援のために買ってもらっていた感じでした。しかし、ジャカランダのコーヒーを扱うようになってからは、いつの間にか、美味しいから買うという人が増えました。それが、そのままブキメラ村の資金援助に役立っているのです」(久さん)

 また、和子さんも「中村さんからカルロスさんの話を聞いてコーヒーの販売を始めましたが、累計で100万円以上の収益をブキメラに送りました。直接ここに来てみて、益々ジャカランダのコーヒーを自信を持って売ることができるます。人間関係がうまくいかないと、仕事もうまくいかないのだと実感しました」と率直な気持ちを語る。

 これまで、通訳に徹してきた牛渡さんに意見を求めた。

 牛渡さんは「消費者が、『誰が作っているのか』という生産者の顔を知ることが重要だと思います。私にとっていい仕事とは、いい気持ちでやることです。その意味で中村さんとカルロスさんという二人の人間関係の中で仕事をしていることに喜びを感じます」と述べた。

 しかし、農場経営が苦しいのも事実だ。今年は平年並みの収穫があったものの、ジャカランダ農場は昨年、大きな危機に見舞われた。コーヒーの木の交換時期と不作とが重なり、農場で働くスタッフの生活にも支障をきたした。

 そうした中、彼らを支えたのは、日頃から行なってきたコーヒーの品質に対する自信とカルロスさんへの信頼感だった。
 「スタディーツアー」の目的は、ジャカランダ農場の支援と同時に、中村さんをはじめとする関係者の新しい挑戦でもある。


カルロスさん宅で感想を述べ合う

 この日遅くまで話し合いは続けられた。今後の農場こと、来年から始まる「スタディーツアー」のこと。果ては、原発問題から環境問題にまで至った。

 同席していたカルロスさんの次女テルマさんが冗談めかして言った。
 「父はマサチューセッツ(工科大学)やハーバード(大学)よりも進んでいる」

 有機農業を実践しているという意味では、確かにそうかもしれない。
 人類がこれから迎える21世紀にあって、環境保護は自然なあり方として見られるようになってきた。しかし、それを良い方向に継続して進めていくか否かは、一人一人の考え方による。

 今回、有機農業に携わる人々を取材する中で、そのことを強く感じた。(おわり) 
               
              (1998年11月サンパウロ新聞掲載)

2017/01/28

「大人の人に伝えたいこと」 小学6年生 鷲野天音

福島原発事故前の2010年に、小学6年生の鷲野天音君が書いた「大人の人に伝えたいこと」

◆「大人の人に伝えたいこと」 小学6年生 鷲野天音

 僕が住んでいる愛媛県には原子力発電所があります。
 去年、ぼくが5年生の時、その原子力発電所に、フランスからMOX燃料が来ました。プルサーマル発電のためです。プルサーマル発電というのは、広島の原ばくウラン(一般の原子力発電所の燃料)と長崎の原ばくプルトニウム(高速増殖炉の燃料)をいっしょに核分れつさせて、タービンをまわす発電です。ウランもプルトニウムも危険な放射能を持っています。放射線というものは細胞の中の遺伝子をばらばらにしてしまうもので、ガンや白血病の原因となります。広島や長崎には、まだ今も後遺症で苦しんでいる人たちがいます。それなのに日本は世界第3位の原子力発電の国です。しかも、日本は世界第3位の火山国です。火山国だということは、地かく変動もよく起こります。もし、地しんが起きたらどうなるのでしょう。日本に原子力発電所は望ましいのでしょうか?

 もしなにも起こらなかったとしても、未来に、核のゴミとして残ってしまいます。

 CO2を出さないという理由で、原子力発電がさらに新しく建とうとしています。新しく作ると、きれいな海を埋め立てて、たくさんの命をうばい、住む所をなくします。それに原子炉を冷ますために、1秒で70トンの海水を、7度上げて、海に戻すことになります。もうこれ以上ぼくたちの環境をこわすのはやめてください。ぼくたちこどもも、あと何年かすれば、大人になります。ぼくたちの未来に汚れた海や山、空気や水、核のゴミを残さないでください。

 ぼくたちの未来に残してほしいのは、生き物のくらせる森、川、命、希望、そして大きくなったら、こんなことがしたいという夢が叶えられる社会です。

 地球の体積の99%は1000度以上あります。発電でいえば、この地球の熱を使う、地熱発電がいいとぼくは思っています。

 ぼくたちも一緒にやるので、大人の人も、勉強してほしいです。

 大人の人にやってほしいのは
●やりはじめたことの責任をとること。
●前のひとのやった無責任を、解決するようにがんばること。
●こわれてしまった自然を、元に戻す努力をすること。
●それから、これ以上自然をこわさないこと、です。

 未来に続く命のために美しい地球を創りましょう。
 よろしくおねがいします。

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★はじめよう!地熱発電 子ども署名から未来への提案

情報を発信するにあたって

この度は、息子天音の行動にご協力いただきありがとうございます。

彼がMOX燃料(プルトニウム・ウラン混合燃料)のことに関心を持ち、感じ、調べ始めて請願にいたるまで本当にあっという間でした。

普段は本当に普通の小学5年生ですが、ことMOX燃料を使うプルサーマル計画については納得がいかず、何とかしたいと思う非常に強い意志が、私たち両親を巻き込みながら展開していきました。

彼が今回の行動を起こしたことについては、ことのはじめから彼の気持ちに寄り添ってきた家族でも正確に説明するのは難しく、そしてなお、文章で簡単に説明できるものではないと感じています。本人はあくまでも、感じたことを純粋に行動に移しただけなのですから。

そこで父親の立場から、今回のことを振り返って整理したいと思います。

私たちは四国の山の中に住んでおり、「自然と人の相互依存・共生関係の本来の姿を求め」、仲間と共に里山づくりをしています。私たちが生活しているこのスペースを「人を含めた生き物が安心して暮らせる場所を目指している」と訪問者に説明していることを、天音はよく知っています。このことと、伊方に原爆の材料のプルトニウムがやってきたということが大いに矛盾していると感じたようで、彼はこのことに納得しませんでした。

「世界は良くなって行っていると思っていた」と彼が言ったとき、

「お父さんに任せとけ!」と言えなかった自分は困り果てていました。

核の問題にまったくの無知ではないつもりでいましたが、原子力発電の問題に関しては、あまり知りたくないし、自分は関わりたくないとも思っていました。電気を使っているのだから、この事はなんとも言えないと考えていたのです。

そこで息子の「世界は良くなって行っていると思った」発言です。

私たちは原子力発電やプルサーマル計画について正確な情報を持っておらず、

妻とも相談し、MOX燃料を怖がっている彼に、できるだけ考えが偏らないように天音が欲しがる情報を集める手伝いをしていきました。図書館ではエネルギー関係や原子力の本、原発反対派の方が出しているブックレット、インターネットの情報。賛成派の人の意見、反対派の人の意見など…。

同時に、私たち両親も彼に続いてプルサーマル問題の学習を始めました。

本人が納得するまで、彼に寄り添いながら家族の問題として取り組みました。

ここではっきりしておきたい事があります。11歳の息子の署名活動や請願といった行動は、彼自身がプルサーマル問題についてのいろいろな考え・情報・選択肢の中から、彼の純粋な思考・判断において、責任を持って今回の行動にいたる選択していったということです。数日前に兄弟のように共に生活をしていた子ヤギが、病気で苦しみながら息を引き取った時に立ち会ったことも、彼の中の何かに影響したようです。

その時我々夫婦は、恥ずかしながら彼に代わって事を進めていける知識や意志・勇気・強さを持ち合わせていませんでした。

彼は本当にたくさんの思いを「言葉」にして我々に伝えましたし、私たち家族はそれについて話し合いをしました。彼の言葉と純粋さに何度も涙したことを覚えています。

彼の決断と普段には見られない非常に強い意志・使命めいた眼差しに、夫婦そろって困惑しました。そして夫婦で話し合った結果、このことに関しては、彼の踏み台になり、盾になり、彼の思いを遂げさせようと決断しました。

今回,開設したこのページは、「大人たち、ことに親や周囲の原発反対派と呼ばれる人が子どもを使ったのではないか・・」という憶測や、さまざまな意見が交錯する中、「プルサーマルはやめてください」といった、小学5年生の子どもとその家族として、私たちに起こった事実と、その経緯。 それから、未来につなぐ今後の展望をささやかながら、当事者としてきちんと記しておこうと考えたからです。彼の思いはあくまでも、今も変わっていません。「伊方のプルサーマルは何としても止めたい」ということです。彼の請願提出後、多くの大人たちが動き始めてくれたことを知って心強く感じています。一緒に学習をしてきた私たちも、今はプルサーマルについて知り、現時点での装荷、プルサーマル発電の開始は中止すべきだと思っています。

6月議会以降、プルサーマルに変わるエネルギーを家族で考え、学習しています。署名を集めているときに、たまたま、NHKの放送で知った地熱発電を中心としたクリーンエネルギーが基幹電力供給に繋がるのではないか、と今考えています。我々大人がプルサーマル発電に代わるものとして提案しながら、行動をしていこうと思っています。

子どもに教えられました。正しいと思うことに臆病にならず、勇気を持って安心して暮らせる未来のために考え、行動していきたいと思います。

       *        *

核のごみ 地層処分ムリ 人が20秒で死亡
   (2012年6月19日 東京新聞)

以下は、放射性廃棄物に関する参考情報です。

10万年の安全は守れるか 行き場なき高レベル放射性廃棄物
(2012年10月1日(月)放送 NHKクローズアップ現代)から抜粋

原発が生むゴミ 高レベル放射性廃棄物

先月(9月)、日本学術会議が原子力委員会に出した報告書。
高レベル放射性廃棄物の地層処分の方針を白紙に戻すべきだという重い提言でした。

原子力委員会 近藤駿介委員長「大変、ありがたく思っています。よく勉強させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。」

現在、高レベル放射性廃棄物の多くは青森県六ヶ所村に集められています。

地層処分が行われるまでの間、この貯蔵施設で一時的に保管しています。

「オレンジ色のふたがありますが、9個ずつ(廃棄物が)入っています。
1,400個ほどがもう入っています。」

高レベル放射性廃棄物は原発で使い終わった使用済み核燃料から生まれます。
日本では使用済み核燃料を再び燃料として使用するとされていますが、その処理の過程で極めて強い放射能を持つ廃液が出てしまいます。この廃液に高温で溶かしたガラスを混ぜステンレス製の容器に入れるとその後、固まった状態で閉じ込められます。

ガラス固化体と呼ばれる物質。
これが高レベル放射性廃棄物です。
一体、どれほどの放射能を持つのか。

発電に使われた核燃料の放射能は使用前の1億倍に増えます
ガラス固化体にした時点で放射能は少し下がりますがそれでも人が近づけば20秒で死亡するほど危険なものです。もとのウラン鉱石と同じレベルにまで低下するには10万年もの歳月を必要とします。

原発が生むゴミ 高レベル放射性廃棄物 10万年

そのため日本では地下300メートルより深い地層に埋め込む地層処分という方法が国の方針となっています。

地層処分 10万年の安全は

岐阜県瑞浪市。
ここで地層処分の研究が進められています。

地震国日本 問われる地層処分

しかし今回、日本学術会議は地層処分を行うのは地震の多い日本では困難だと結論づけました。

日本学術会議 検討委員会 今田高俊委員長
「千年から万年、10万年先なんていうのは、責任もって大丈夫と言えるような状況ではない。」

学術会議が一つの参考としたのは、地震学を専門とする神戸大学の石橋克彦名誉教授の意見です。

それまで、地震を起こす活断層を避けて処分すれば安全としてきた国の方針に対し、石橋さんは、活断層が見つかっていない場所でも大地震は起きると主張してきました。その根拠の一つとしたのが鳥取県西部地震です。

震度6強の大地震。
起きたのは活断層がないと考えられていた場所でした。

神戸大学 石橋克彦名誉教授
「第2次取りまとめ(1999年)の段階で日本列島の活断層は赤い線が引かれていて、地震の起こらない真っ白な土地が広大にあると言っているわけですけれども、2000年の鳥取県西部地震というのは、赤い活断層がまったく引かれていない所で、マグニチュード7.3の地震が起こってしまったわけですから。」

さらに東日本大震災から1か月後、福島県いわき市で起きた震度6弱の地震。このとき石橋さんが指摘していた、もう一つの問題が発生していました。地震による地下水の変動です。地震があったその日から住宅街の真ん中で大量の地下水が湧き出てきたのです。

「毎秒4リットルぐらい。」

産業技術総合研究所 地質情報研究部門 風早康平博士
「全然終わる気配がなくて1年半経っても出続けているということになっています。」

活断層がずれたことによって地下水の道に大きな力が加わり水を地表まで一気に押し上げたと考えられています。大きな地震が起きると岩盤という天然のバリアが機能しなくなる可能性があると石橋さんは指摘しています。

神戸大学 石橋克彦名誉教授
「今現在われわれの世代で『ここなら10万年間大丈夫です』という場所を選べるか具体的に指定できるかというとそれはできない。一言で言えば、この日本列島で地層処分をやるというのは未来世代に多大な迷惑をかけるかもしれない、かける可能性のある非常に無責任な巨大な賭けだと思う。」

ゲスト植田和弘さん(京都大学大学院教授)

●“原発のゴミ”問題 なぜ置き去りに?

これはやはり、放射性廃棄物だけ特別扱いするというか、そういうことが続いてきたことが、結果的にこういうことになったと思うんですね。実は一般の廃棄物については、1970年、公害国会のときに廃棄物処理法が出来ていますけれども、考え方としては、その廃棄物、生産をするというのは廃棄物が出るわけですが、その廃棄物をちゃんと処分できるという状況が作られないと、生産はできないんだと、こういうことだと思うんですね。

今、日本の工場で、最終的な処分の廃棄物の処分場所が決まってない工場はないと思います。あるとしたらそれは法律違反だと、こういうことになる訳ですね。

ところが、放射性廃棄物だけは1957年に、放射性廃棄物については、原発の場所で管理すると、こういうふうにされたままで、ずっとそれがそのまま続いてきてて、それが2000年のときに、やはりあふれ出そうになるわけですから、最終処分を決めないといけないという法律が出来て、2002年から公募するというようなこともしますけれども、結果的には全く応募もないということで、ずっと放置されてきたと、こういうことかと思います。

●福島第一原子力発電所の事故で見つめざるをえなくなったのか

福島の原発事故というのは、もちろん、事故リスクの問題をね、原発の事故リスクを大きく顕在化させたと思いますが、同時に、原発という技術の持っているいろんな問題を表に出したと、その一つとして、放射性廃棄物の問題はあったと思いますね。

これは、私は廃棄物の問題を考えるときの原則なので、これは産業廃棄物に共通していると思うんですが、やっぱり何か生産するというときは、廃棄物がどうなってるかというのが、明確にならないと本当は生産してはいけないと、そういう原則が本当は確立しないといけない、適用されるべきだったと思うんですね。

でも、放射性廃棄物の問題は、やはり私たちも電気の、コンセントの向こう側のことをあまり考えないまま、電気を使ってた面がやはりあったと、そういうこともあったと思います。

http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3254/1.html

人間が20秒で死ぬ「ガラス固化体」管理は10万年!?〈週刊朝日〉
(2012年10月26日号 週刊朝日)から転載

 日本学術会議が高レベル放射性廃棄物をパックしたガラス固化体の地層処分の見直しを提言し、原子力委員会に報告した。早稲田大学国際教養学部教授の池田清彦氏はそのニュースを聞いて、学術会議もようやくまともなことを言い出したという想いと、人類は10万年も先まで生存しているのだろうかという想いが錯綜し、ちょっと複雑な気持ちになったという。

*  *  *

 御承知の方も多いと思うが、ガラス固化体は使用済み核燃料を再処理する際に必ず生産されるもので、極めて強い放射能を有し、そのすぐそばに人間が立つと約20秒で致死量の放射線を浴びるというすさまじい物体だ。現時点までに日本国内の原発で使用された核燃料をすべて再処理した場合、約2万6000本のガラス固化体になると推定される。

 問題はガラス固化体の放射能は10万年経たないと安全なレベルにならない点だ。そこで30~50年ほど冷却しながら保管したあとで、地下300メートル以深の地層に埋めてしまおうというのが地層処分だ。しかし、地震のみならず、火山大国日本で、10万年も安定した地層を探すことは不可能であり、別の方法を考えろと学術会議は言っているわけだけれど、別の方法はあるかと言うと、どう考えてもないんだよね。

 原発を動かす限り、放射性廃棄物はどんどん蓄積し、未来世代は膨大な国の借金のみならず、膨大な量の放射性廃棄物に悩まされることになりそうだ。借金はハイパーインフレを起こせばチャラにできるが、放射性廃棄物にはいかなる手段をもってしてもチャラにできない。日本の政策を決定する議員や官僚は、今さえ凌げれば後は野となれ山となれと思っているのであろう。

 それにしても10万年も管理しなければ安全にならない装置って、いったい何なんだろう。現生人類はわずか1万年。化学燃料を大量に使い出してから200年しか経っていない。10万年とは言わず、1万年後のガラス固化体の面倒を誰が見るのだろう。自民党も民主党も電力会社もまず間違いなく消滅していると思いますがね。

池田清彦

福島のフレコンバッグの山

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