メキシコが国策として森林農法を推進、植林エリアを拡大

HAPPY NEW YEAR 2020
年始にあたって、今年も皆さまと共に歓びを分かち合いたいことがあります。
昨年の年始ごあいさつで「メキシコの新しい大統領が国策として、森を再生する森林農法(アグロフォレストリー)をメキシコ全土に広めると表明したこと。それを推進する大臣として、私たちが長年フェアトレードで提携してきたトセパン協同組合スタッフのマリア・ルイサさんが就任したこと」をお伝えしました。


真ん中のA.M.ロペスオブラドール(愛称アムロ)大統領の左がマリア・ルイサ厚生大臣


マリア・ルイサさん


先住民の圧倒的な支持を受けるアムロ大統領夫妻

森林農法を拡大する「センブランド・ヴィダ(いのちの種をまく)」と呼ばれるプロジェクトは、100万ヘクタール(東京、神奈川、千葉を合わせたより広い面積)で森林農法の森を増やすという壮大な計画であり、「本当に実現できるのか」という声もありました。

しかし、実際にプロジェクトが始まると、参加を希望する先住民や小農民が予想以上に多く集まり、目標の年間50万ヘクタール(2年で100万ヘクタール)植林する予定が1年も経たないうちに、およそ60万ヘクタールも植林されたのです。

【いのちの種をまく「森林農法プロジェクト」100万ヘクタールをさらに拡大】
さらにうれしい出来事が起こっています。近年、メキシコも含めた中南米から米国への移民問題が大きくなっていますが、「センブランド・ヴィダ」が始まったことでメキシコを離れることを思い留まり、プロジェクトに参加する人が増えています。また、貧困や治安の悪化により近隣諸国からメキシコに逃れて移住している人たちの参加希望も増えています。
彼らの多くは南部のチアパス州に暮らしており、困難な状況にある彼らにもプロジェクトに参加してもらいたいということから、チアパス州に割り当てられていた植林面積に加え、新たに20万ヘクタールを植林予定面積として追加しました。

いのちの種をまくプロジェクトに参加した人たち(生産者)は、25名で1つのグループをつくり、各グループには技術指導者が1人、ソーシャルワーカーが1人加わって、グループごとに定期的に役所へ現状報告を行います。生産者には給与としてひと月に5000ペソ(約3万円)が振り込まれ、そのうち500ペソは貯蓄されます。これはトセパン協同組合の銀行「トセパン・トミン」をモデルにしています。

【森林農法プロジェクトが中米に広がる】
さらに、このプロジェクトは、国連の協力も得ながら移民問題の対策として、グアテマラやエルサルバドル、ホンジュラスにも広がり始めています。これらの国々においては、特に雇用を増やすことで貧困や治安悪化の状況を変えることを目指していますが、森が増えることで気候変動の抑制に貢献するという目的もあります。

特に、エルサルバドルでは、気候変動の影響だと言われる火事が頻繁に起きており、国土が荒廃してきています。これら3ヶ国はコーヒー生産国でもあるため、特に森林農法の広がりと雇用を生む「センブランド・ヴィダ」によって、小規模なコーヒー生産者がより安定した収入を得られることが期待されています。

ロペス・オブラドール大統領は、「センブランド・ヴィダは生産性と収入をもたらすだけではない。生まれた場所で働き、家族と共に生活し、幸せに暮らすことができる」と人々に伝えています。


(前列左から4人目)アムロ大統領とマリア・ルイサ大臣(前列右から4人目)

「いのちの種をまく」プロジェクトは、経済的に貧しい人たちや小規模生産者を助けるための政策であり、森林の再生を柱として、農地の再生、地域社会の再生、地域経済の活性化をも目指しています。※2019年12月14日 大統領はプロジェクト予算が2019年の130億ペソから2020年は260億ペソ(約1500億円)になると発表

植林は森林農法を基本として、何をいつどこに植えるかを短期、中期、長期の3つの段階に分けて計画しています。最初に植えるのは、伝統的な「ミルパ」と呼ばれる農法で、自分たちが食べるためのトウモロコシ、豆、カボチャを中心とした野菜類を植えます。次に植えるのは、3~4年で実をつける果樹(ここにコーヒーやカカオも含まれる)が植林され、最後に生育期間が長い木材となる樹木が植えられます。

このプログラムで実施される森林農法とミルパにより得られる農作物は、主に地域における流通と生産者の食糧になります。次の段階においては、トセパンのような組合を設立し、トセパン・トミンのような小規模金融(マイクロクレジット)システムも取り入れ、販売の知識なども学びながら地域経済を活性化させていきます。つまり、政府はトセパン協同組合がやってきたことをモデルにしてこのプロジェクトを推進しているのです。


アムロ大統領とマリア・ルイサ大臣

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トセパン協同組合で働いていた頃のマリア・ルイサさん


後列右から2人目がマリア・ルイサさん


前列中央がマリア・ルイサさん(赤い服)

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【パトリシアさんの夫が環境大臣に就任】
そして、もう一つ驚きの出来事がありました。私たちに森林農法の重要性を教えてくれて、トセパンを紹介してくれたパトリシア・モゲルさんの夫であり、私たちの友人でもあるビクトルさんが、メキシコの環境大臣に就任したのです。
2019年5月27日、ロペス・オブラドール大統領は定例記者会見において、環境・天然資源大臣として、ビクトル・マヌエル・トレドを任命したと発表しました。ビクトルさんは、メキシコ国立自治大学で博士を取得し、先住民と生物多様性の関係を主な研究分野として、これまでに200件以上の研究を発表しているほか、12の著書を出版しています。大統領は、ビクトルさんが豊富な経験を有する専門家であることに加え、公共政策を行う上で最も必要な誠実さを兼ね備えていると評価しています。


アムロ大統領(左)とビクトル環境大臣

一年前に大統領に就任したロペス・オブラドール大統領は、素晴しい就任演説を行いました。
「私たちは自然を破壊することなく生産性を向上させる森林農法を推進します。遺伝子組み換え種子の導入および使用は認めません。フラッキングのように、自然に影響を及ぼし、水源を枯渇させるようなガス、石油あるいはいかなる自然資源の抽出産業も認めません。環境に影響を与える経済、生産、商業は認めません。土壌、水および空気の汚染はくい止めます。動植物は保護します。水は民営化させません」と明言しました。

この演説にある自然保護政策を中心的に担っているのがビクトルさん率いる環境省になります。そして、森林農法の研究者としても著名なビクトルさんは、パトリシアさんと共にセンブランド・ヴィダ(森林農法)の推進、普及にも協力しています。


センブランド・ヴィダ発表:(左から)アムロ大統領(1人おいて)マリア大臣、ビクトル大臣

じつは、昨年11月にパトリシアとビクトル夫妻を日本に招待する予定だったのですが、ビクトルさんが環境大臣に就任したため来日できなくなりました。しかし、パトリシアさんは約束通りに来日してくれて、九州、関西、関東で講演や対談を行いました。

最初に訪問したのは熊本でした。その理由は、熊本で長年フェアトレードの普及に努め、熊本市を「アジア初のフェアトレードシティ」に導いた明石祥子さんを応援するためでした。
明石さんは2016年の熊本大地震で被災し、ようやく再建した店舗兼住宅を2018年の火災で全焼してしまいました。
そんな度重なる苦難にもかかわらず、今も焼け跡にテントを張ってフェアトレードの普及活動を続けています。その姿に感銘を受けたパトリシアさんは、2年続けて「フェアトレードシティくまもと」で講演してくれたのです。


(左から)パトリシアさん、明石さん


(2019年11月5日朝日新聞)

横浜の明治学院大学で開催された「しあわせの経済 国際フォーラム」では講演だけでなく、対談も行われました。タイの先住民カレン族のスウェさんと先住民ナワット族の祖父を持つ生態学者のパトリシアさん、そして、フェアトレード会社を経営する私の3人で「森林農法と地域経済」という鼎談も行ないました。


(左から)スウェさん、パトリシアさん、中村

今、世界中で貧富の格差が広がり、農村地域の貧困が深刻化する中で、生態系の破壊と汚染が広がっています。タイでは、巨大企業が進める遺伝子組み換えトウモロコシと農薬使用がセットになった農業が、これまで自然と共生してきたカレン族の村にも広がってきています。そうした状況に危機感を抱いたスウェさんは、カレン族の村々で、「トウモロコシの単品大量生産ではなく、森と共生しながら多様な食物を栽培できる森林農法をベースにして、コーヒー栽培を加える形で地域経済を活性化させていこう」と呼びかけ、2年前から有機コーヒーをフェアトレードで輸出し始めています。


 タイ・カレン族のノンタオ村にて、村人に呼びかけるスウェさん(背中)

一方、メキシコでは先住民ナワット族が42年前に設立したトセパン協同組合が近代農業によって破壊された自然を森林農法で再生してきた実績があります。1年前に誕生したメキシコの新政権は、それを高く評価し、メキシコ全土で森林農法の拡大プロジェクトを展開しており、「22万人を超える先住民や小農民がプロジェクトに参加している」というパトリシアさんの話は、スウェさんを大いに勇気づけました。

パトリシアさんの話を聞いた感想を問われたスウェさんは、「私の先生になってほしい」と答えました。

【今秋、メキシコで「しあわせの経済 国際フォーラム」を開催】
こうした流れを受けて、今年11月にメキシコで開催される「しあわせの経済 国際フォーラム」には、スウェさんも参加することが決まりました。メキシコの森林農法や環境政策、協同組合の取り組みなどから多くの学びが得られることでしょう。
ウインドファームでもその時期に合わせてスタディツアーを企画します。国際フォーラムへの参加とトセパン協同組合の訪問、そして「いのちの種をまくプロジェクト」に参加している地域を訪問する予定です。(※追記:新型コロナウイルスにより開催延期になりました)

帰国前日に、ウインドファームの社員に対して、およそ3時間に及ぶ特別講義と質疑応答に応じてくれたパトリシアさんは、帰り際にこう話してくれました。「おそらくビクトルやマリア・ルイサもメキシコでのフォーラムに参加してくれると思います」と。

パトリシア・モゲルさんと私が初めて出会ったのは22年前、1998年のコロンビアでした。
中南米で初めて開催された「国際有機コーヒーセミナー」に招かれた私は、ブラジルのカルロスさんとのフェアトレードについて講演したのですが、私自身がそのセミナーで最も学ぶことができた講演が、パトリシアさんの「森林農法の重要性」でした。


コロンビアの国際有機農業センター(CIAO)にて 


パトリシア&ビクトル夫妻と

その出会い以来、私たちは互いの国を何度も訪問し合って交流を深めてきました。2000年にはブラジルで、2002年にはエクアドルで開催した「有機コーヒーフェアトレード国際会議」に招聘して、森林農法の重要性について講演してもらいました。

パトリシアさんの素晴しさは、優れた森林農法研究者であるだけでなく、メキシコの先住民や世界の生産者と共に「行動する学者」であることです。


「しあわせの経済 国際フォーラム」に参加したゲストと交流するパトリシアさん(右側中央)
(横浜市戸塚・善了寺にて)立っている2人は、左が辻信一さん、右が成田住職

ウインドファームは今年で創業33年になりました。
年を重ねるほどに「持続可能な地球を子どもたちや未来世代に残したい」という思いが強くなっています。

皆様と共に、今年も有機農業や森林農法、フェアトレードを通してそうした取り組みに参加できることを有難くうれしく思っています。

ありがとうございます。

株式会社 ウインドファーム
代表取締役 中村隆市

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