2013/04/29

原発再稼動に向う「日本の流れ」を変えうる重要な本

原発事故を過小評価し、原発再稼動に向う「日本の流れ」を大きく変えうる重要な本がついに出版されました。調査をまとめてくれたヤブロコフ博士、2人のネステレンコ博士、非常に難しい内容を正確に翻訳してくれたチェルノブイリ被害実態レポート翻訳チームの皆さん、そして、監訳された星川 淳さんに感謝します。

調査報告  チェルノブイリ被害の全貌
アレクセイ・V.ヤブロコフ,ヴァシリー・B.ネステレンコ,アレクセイ・V.ネステレンコ,ナタリヤ・E.プレオブラジェンスカヤ
星川 淳 監訳 チェルノブイリ被害実態レポート翻訳チーム 訳
■体裁=B5判・並製・400頁
■定価 5,250円(本体 5,000円 + 税5%)
■2013年4月26日

大惨事から27年,北半球全域を覆った放射能による死者数は約百万にのぼり,その環境被害は今も進行中である――.多年にわたる調査研究と五千以上の文献資料に基づき,被害の全貌を示すデータを系統的に呈示した本書は,衝撃的な真実を告げる警鐘の書であり,フクシマ以後を生きる私たちにとって必携の報告書である.

『チェルノフ?イリ被害の全貌』書影_s

チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト

1986年4月26日に起きたチェルノブイリ事故の被害をめぐっては、国連、IAEA(国際原子力機関)、WHO(世界保健機構)などにより「直接的な死者は50人、最終的な死者は4000人」といった過小評価が公式化されてきましたが、実態ははるかに深刻です。なかでも、ゴルバチョフの科学顧問を務めたロシアの科学者アレクセイ・ヤブロコフ博士を中心とする研究グループが2009年にまとめた報告書『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響』(Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment)は、英語だけでなくロシア、ウクライナ、ベラルーシ現地の膨大な記録や文献から、(2004年時点で)犠牲者数を少なくとも98万5000人と見積もっています。

ヤブロコフ博士 来日講演のお知らせ

本書の主著者であり、翻訳作業の2年間、ずっと翻訳チームからの質問に答え、サポートしてくださったアレクセイ・V・ヤブロコフ博士が来日され、東京・盛岡・郡山・京都の4か所講演を行います。

【東京】 5月18日(土)午後6時30分~
【盛岡】 5月19日(日)午後1時30分~
【郡山】 5月20日(月)午後6時30分~
【京都】 5月22日(水)午後6時15分~

星川淳さんとヤブロコフ博士
(写真:福島県での講演翌日、星川淳さんとヤブロコフ博士)

2011年4月16日 ヤブロコフ大写真沖縄タイムス
(写真:2011年4月16日 沖縄タイムス)

「放射能被害を過小評価」 ロシアの科学者 福島原発を懸念
(2011年3月27日 西日本新聞)から抜粋

 旧ソ連で1986年に起きたチェルノブイリ原発事故について、人や環境に及ぼす影響を調べているロシアの科学者アレクセイ・ヤブロコフ博士が25日、ワシントンで記者会見し、福島第1原発事故の状況に強い懸念を示した。

 福島第1はチェルノブイリより人口密集地に位置し、200キロの距離に人口3千万人の巨大首都圏がある。さらに、福島第1の3号機はプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を使ったプルサーマル発電だ。もしここからプルトニウムが大量に放出される事態となれば、極めて甚大な被害が生じる。除去は不可能で、人が住めない土地が生まれる。それを大変懸念している。

 チェルノブイリ事故の最終的な死者の推定について、国際原子力機関(IAEA)は「最大9千人」としているが、ばかげている。私の調査では100万人近くになり、放射能の影響は7世代に及ぶ。

 セシウムやプルトニウムなどは年に1~3センチずつ土壌に入り込み、食物の根がそれを吸い上げ、大気に再び放出する。例えば、チェルノブイリの影響を受けたスウェーデンのヘラジカから昨年、検出された放射性物質の量は20年前と同じレベルだった。そういう事実を知るべきだ。

 日本政府は、国民に対し放射能被害を過小評価している。「健康に直ちに影響はない」という言い方はおかしい。直ちにではないが、影響はあるということだからだ。

2013/04/23

福島民報<子どもの甲状腺がん 放射線「影響せず」>と報道

通常、子どもの甲状腺がんは「100万人に1人か2人」ですが、福島県では「3万8000人に3~10人」 この数字は、通常の約80倍~260倍に相当します。これだけの異常な数値を<放射線「影響せず」>とだけ書いています。本当に放射線が影響してないのなら、何が原因かを追究する必要があります。
福島で、子ども3人が甲状腺がん、7人にがんの疑い

子どもの甲状腺がん 放射線「影響せず」
(2013/03/06 福島民報)

2011年3万8千人186人二次検査 甲状腺がん3人疑い7人 12年9.5万.人中549人二次検査jpg

 東京電力福島第一原発事故によって、放射性ヨウ素や放射性セシウムなどの放射性物質が県内に拡散した。事故直後、第一原発周辺とその北西方向に高い放射線量が記録され、避難区域などが設定された。一定範囲を超えた場合、人体に有害とされる放射線。学校の校庭など屋外から子どもの、はしゃぎ声が消え、事故から2年を経ようとする今、運動不足による肥満化などの影響も浮かび上がる。県は全県民を対象にした外部被ばくの調査に乗り出しているが、問診票の回収率は芳しくない。内部被ばくを調べるホールボディーカウンターの設置も十分とはいえない。県民の健康をいかに管理していくか。本県は大きな課題に直面している。

福島の小児甲状腺検査で11年度より12年度の「2次検査必要」が増えているのが心配です。
2011年度 38.000人―186人(2次検査必要=0.489%)・・・186人のうち3~10人が甲状腺がん
2012年度 95.000人―549人(2次検査必要=0.577%)・・・まだ不明だが、2011年度と同じ比率でがんになると、「549人のうち30人が小児甲状腺がん」ということになります。

また、チェルノブイリの場合、子どもの甲状腺がん患者のうち6人に1人が肺に転移していますから、早急に福島全体と宮城、栃木、群馬、茨城、千葉などの高汚染地域でも検診をすべきです。

「菅谷昭医師×落合恵子さんの対談」と山下俊一氏の発表

健康管理調査委員会の座長である山下俊一氏は、福島県の健康管理アドバイザーという立場にいながら、「100ミリシーベルトまでは問題ない。子どもは外で遊んでいい」などと発言して、多くの子どもと福島県民の被ばく量を増やしたことで、市民や研究者などから告訴されています。

その山下俊一氏が、今年3月11日にアメリカの米国放射線防護・測定審議会で講演を行い、驚くべき発表を行いました。それは「3万8000人のうち10人が小児甲状腺がん」という内容でした。日本国内では未発表のまま、米国では重大な発表をしているのです。

2013/04/21

「菅谷昭医師×落合恵子さんの対談」と山下俊一氏の発表

◆落合恵子の深呼吸対談  第17回 原発連続講座
(2013年5月15日発行 通販生活No248)から抜粋

落合:菅谷さんはいま松本市の市長(3期目)ですが、もともとは甲状腺の専門医で、1986年のチェルノブイリ原発事故以降、現地で子どもの甲状腺がんの治療をされてきました。

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落合:いま福島県では、原発事故が起きたときに福島に住んでいた方たちの「県民健康管理調査」が行われています。特に子どもの甲状腺検査について心配している保護者がたくさんいらっしゃいます。今日は菅谷さんにチェルノブイリでの経験を踏まえて、甲状腺検査などについて具体的に教えていただきたいと思います。

福島県の甲状腺検査の結果を見ると、「結節や嚢胞(のうほう)を認めなかったもの」をA1判定とし、「5.0ミリ以下の結節や20.0ミリ以下の嚢胞を認めたもの」をA2判定と分類しています。そして2次検査が必要なものをB判定、C判定としています。

この判定基準については色々な意見がありますが、特に評価が分かれるのは40%以上もいるA2判定についてです。福島県は、A2判定は2次検査の必要なしとし、「次回(2014年度)の検査まで経過観察」としています。結節や嚢胞があるのにこれでよいのでしょうか

菅谷:そのことを福島のお母さん、お父さんに判断していただくためには、結節や嚢胞についてもう少し説明する必要があります。(中略)医学的には腫瘤(しゅりゅう)と言いますが、結節も嚢胞も「しこり」です。かんたんに言いますと、液体だけが溜まっているしこりが嚢胞で、肉のかたまりが結節と考えて下さい。その結節にも良性と悪性の腫瘍があり、悪性が甲状腺がんです。

落合:結節は悪性のものだけが問題だと考えてよいのでしょうか。

菅谷:基本的にはそれでけっこうです。ただ厳密に言うと、いま福島では超音波検査で嚢胞あるいは結節と判定していますが、これは最終診断ではありません。悪性の疑いがある結節でも、手術をして、その組織を顕微鏡で見て初めてがんかどうか確定できるのです。

落合:はい。それで最初の質問に戻りますが、A2判定は20.0ミリ以下の嚢胞や5.0ミリ以下の結節があっても2次検査の必要なしとされています。子どもが2次検査の必要なB、C判定と診断されても保護者はもちろん心配でしょうが、嚢胞や結節があるのに2次検査の必要なしと言われてもまた心配になる方もいると思います。

菅谷:いま、福島の子どもの甲状腺に関して心配しなくてはいけないのは甲状腺がんで、嚢胞は心配しなくていいと思います。僕も福島の方から相談を受けることがありますが、「子どもに嚢胞があると診断されたのですが、どうしたらいいのでしょう」と心配される方もいます。そのとき僕は「嚢胞でよかったじゃないですか」と言うんです。完全な液体のかたまりである嚢胞は本来がんになることはあり得ませんからね。

落合:嚢胞はどう対応すればいいんですか。

菅谷:そのまま置いておけばいいんです。検診は2年に1度でいいし、大きい嚢胞でも1年に1度でいい。嚢胞は成長と共に消えることもあるので手術も必要ありません。

落合:嚢胞が大きくなっても大丈夫なのですね?

菅谷:例えば針を刺して液体を抜けばいいのですから心配はいりません。ただし、A2と判定された人の中には結節が見つかった方もいますので、これはいずれがん化する可能性もありますから、検査は1年に1度などこまめにする必要があります。

落合:結節と嚢胞の違いをそのように説明していただけると、安心される保護者の多いでしょうね。最近は福島県による甲状腺に関する説明会などが開催されていますが、検査開始当初は結果を書いた紙を送るだけで「説明不足」と批判されました。

説明不足ということで言えば、「自分の子どもが超音波検査を受けているとき、甲状腺の状態を映した画面を見せてもらいながら説明してほしい」という保護者の要望も数多くあります。できればその画像も印刷して手元に置きたいという方もいるのですが、いまのところその場での説明も画像の受け取りもできない。画像がどうしても欲しければ情報公開請求をするしかないのですが、自分の甲状腺の画像を見るためにわざわざそんなことをするなんておかしいですよね。せめて、その場で詳しい説明をするぐらいはできないのでしょうか。

菅谷:甲状腺の状態を超音波検査しながら説明するのは、そんなに手間のかかることではありません。画面を見ながら嚢胞や結節の大きさや数などを説明してあげれば保護者の不安も少なくなるでしょう

確かに36万人の子どもを2年半で検査するのですから、これは大変な作業です。もし、検査や丁寧な説明をするためのマンパワーが足りないんだったら、できれば日本全国の甲状腺の専門医に福島へ行ってもらえばいいんですよね。チェルノブイリ事故当時はソ連というある種の独裁国家だったということもありますが、原発事故を受けて非常事態省という役所ができて医師たちは半強制的に現地に行かされました。申し訳ないけれども、日本も全国の甲状腺の専門医たちに福島に行っていただき、それぞれが検査して保護者に丁寧に説明すれば、多くの人が早く安心できたのではないかと思います。

落合:私も国が主導してもっと人手をかけて検査や説明を丁寧に、そして早くすべきだと思います。保護者の気持ちを考えれば2年半もかけて検査するのは遅すぎます。福島県で」甲状腺検査を主導する方たちはチェルノブイリを例に出して「原発事故の影響による甲状腺がんは事故後4~5年して現れた。だから急ぐ必要はない」と言います。そういう考えがマンパワー不足や対応の遅れにつながっているのではないでしょうか。

そもそも、甲状腺がんは原発事故から4~5年後にしか現れないという説ですが、チェルノブイリでは事故の翌年やその次の年にも甲状腺がん患者が多少ながら増えています。4~5年後からがんが増えたのは、事故直後のソ連では甲状腺がんについて詳細に調べようがなかったということではないでしょうか。

菅谷:事故当初、高汚染地域の一部では超音波検査はやっていましたが、国全体が経済的に厳しい状態でしたから福島のような系統的な形での検査はできていなかった。僕がベラルーシに行った当初も、大きな病院には超音波検査機はありましたが、地方の病院にはありませんでした。90年代に入ってからようやく海外のNGOが超音波検査機を持ち込み、徐々にしっかりした検査ができるようになりました。いまの日本のような高性能の機器を使っていたら、もっと早く多くのがんのケースが発見された可能性は否定できないと思います。

落合:2月13日に福島県が発表した健康調査の結果を見ると、2011年度に検査した3万8114人の中から甲状腺がんの子どもが3人出ました。県の発表では、あと7人も約8割の確率でがんの可能性があると言われています。自然発生する子どもの甲状腺がんは100万人に1~2人と言われていますが、約3万8千人に3人という確率をどう考えたらよいのでしょうか。

菅谷:これは単純に比較してよいかどうかやや難しい面があります。ただ、福島県も発表しているように、3人の子ども以外にさらに7人の子も8割の確率でがんの疑いがあるわけですから問題ないとは言えません。僕はがんの疑いがある7人の子どもの治療状況が非常に気になっていて、早く手術をして結果を出してあげてほしいと思います。もうすでに手術をしているのかもしれませんが。

落合:手術を急ぐ理由は何なのですか

菅谷:チェルノブイリでは、国立甲状腺がんセンターだけで子どもの手術をしましたので、データが非常にしっかり残っています。それによると、子どもの甲状腺がん患者のうち6人に1人が肺に転移しているんですね。ですから、甲状腺がんの疑いがあるのだったら早く手術をした方がいいと思うんです。一般的に甲状腺がんは予後のよい病気だと言われていますが、臓器転移に関しては配慮すべきです。

・・・・・・・・・・記事の転載はここまで・・・・・・・・・・・

2011年3万8千人186人二次検査 甲状腺がん3人疑い7人 12年9.5万.人中549人二次検査jpg

子どもの甲状腺異常は、2011年度の検診人数約3万8千人中「2次検査必要」が186人そのうち「3人が甲状腺ガン+7人がガンの疑い」と福島県から発表されました。この調査をした福島県の「県民健康管理調査」検討委員会は、情報の隠ぺいや「秘密会」を開催するなど、さまざまな問題をひき起こしています。

福島健康調査で秘密会 県、見解すり合わせ 会合シナリオ作る

福島健康調査:「秘密会」で見解すり合わせ(毎日新聞2012年10月3日)

健康管理調査委員会の座長である山下俊一氏は、福島県の健康管理アドバイザーという立場にいながら、「100ミリシーベルトまでは問題ない。子どもは外で遊んでいい」などと発言して、多くの子どもと福島県民の被ばく量を増やしたことで、市民や研究者などから告訴されています。

その山下俊一氏が、今年3月11日にアメリカの米国放射線防護・測定審議会で講演を行い、驚くべき発表を行いました。それは「3万8000人のうち10人が小児甲状腺がん」という内容でした。日本国内では未発表のまま、米国では重大な発表をしているのです。

山下俊一・米国講演・小児甲状腺がんグラフ

「3万8000人のうち10人が小児甲状腺がん」という情報は、日本のマスコミでは、ほとんど報道されていません。山下氏が発表した「3万8000人のうち10人が小児甲状腺がん」という数字は、通常の小児甲状腺がん発生率「100万人に1人か2人」の約130~260倍に相当します。

さらに心配なのが、2011年度より2012年度の方が「2次検査が必要」という比率が高くなっていることです。

2011年度 38,000人―186人(2次検査必要)・・・0.489% 
2012年度 95,000人―549人(2次検査必要)・・・0.577% 

もし、2011年度の「186人のうち10人がガン」だった比率(10/186=5.376%)と2012年度の2次検査が必要な549人が同じ比率でガンだった場合、約30人がガンになります。「9万5000人で30人」というのは、通常の「100万人で1人か2人」の157~315倍になります。

https://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-12800
 

加藤登紀子さんとニコルさんから 緑の政治へのメッセージ

友人からのメッセージを転送します。

◆昨日(4月20日)から代々木公園でアースデイ東京がはじまり、
雨交じりの天気でも、ほんとうに大勢の方が代々木公園につどい交わり
この10数年の私たち市民の場づくりの広がりを実感する1日でした。

そして今日(4月21日)急遽なのですが、加藤登紀子さんとニコルさんから
緑の政治へのメッセージが発信されることになりました。
311大震災以来のこの混沌とした私たちの世界の
新しい希望の一歩につなげたい動きです。ぜひ見守って下さい!!

加藤登紀子・CWニコル

■「緑の政治へのよびかけ」が発信!!
■ニコルさんと加藤登紀子さんから
●今日21日18時@代々木公園アースデイステージで

10 万人の市民の場「アースデイ東京」の
代々木公園野外ステージでの最後を飾ります。
ぜひ、皆さんアースデイで
ニコルさん登紀子さんからのメッセージを受け取って下さい。

311 大震災復興への努力は今も続き、福島第一原発炉心事故に端を発した
官邸前抗議には 20 万人が集まり、
さらに過去最大級の応募があったパブリックコメントや、
各地での対話の場づくりなどの【国民的議論】など、
2012年は市民の動きが活発化し、大きなうねりが起きました。

そして 2013 年、夏の参議院選挙も近づきつつある今、
日本最大の市民の祭典のステージで、
この場を市民とともに作り続けてきた2人による、
「緑の政治へのよびかけ」メッセージが発信されます。

お二人の語る、今の日本での、  
緑の政治の必要と結集への想いにご注目ください。

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名称:アースデイ東京
日時:4 月 20 日(土)、21 日(日) 各日 10ー19 時 参加:無料
会場:代々木公園イベント広場、他 参加予定数:12 万人
http://www.earthday-tokyo.org/
ーーーーーーーーーーーーーーーーー

■この情報呼びかけは、
アースガーデン代表 南兵衛@鈴木幸一の責任により
発信ししてます。本件についての問い合わせは
アースガーデン:03-5468-3287 info@earth-garden.jp
南兵衛@鈴木幸一 080-4438-3804 まで、
お願いいたします。
(アースデイ東京事務局では対応できません。ご注意下さい)

2013/04/11

2011年 NHKで放映した重要な番組 「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」

<2011年12月にNHKで放映された重要な番組>
追跡!真相ファイル「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」
今、世界各地で低線量被ばくの脅威を物語る、新たな報告や研究が相次いでいる。アメリカでは原発から流れ出た微量の放射性トリチウムが地下水を汚染し、周辺地域でガンが急増。チェルノブイリ原発事故で、大量の放射性セシウムが降り注いだスウェーデンでは、ICRP基準を大きく上回るガンのリスクが報告されている。

いま、誰もが不安に感じている「低線量被ばく」による健康被害。
国際基準をつくるICRPの知られざる実態を追跡する。

NHK 2011年12月28日放映 番組紹介サイト】から

生涯100ミリシーベルトとされる被ばくの基準で、本当に健康への影響はないのか?
福島をはじめ、全国の人々が現実に直面している放射能の脅威。
国は「直ちに体への影響はない」と繰り返すばかりだ。その拠り所としているのが、ICRP(=国際放射線防護委員会)の勧告。広島・長崎の被爆者の調査データをベースに作られ、事実上の国際的な安全基準となっている。

しかし関係者に取材を進めると、1980年代後半、ICRPが「政治的な判断」で、被ばくでガンになるリスクを実際の半分に減らしていた事実が浮かびあがってきた。当時ICRPには、原子力産業やそれを監督する各国の政府機関から、強い反発が寄せられていたのだ。そしていま、世界各地で低線量被ばくの脅威を物語る、新たな報告や研究が相次いでいる。

アメリカでは原発から流れ出た微量の放射性トリチウムが地下水を汚染し、周辺地域でガンが急増。25年前のチェルノブイリ原発事故で、大量の放射性セシウムが降り注いだスウェーデンでは、ICRP基準を大きく上回るガンのリスクが報告されている。

いま、誰もが不安に感じている「低線量被ばく」による健康被害。
国際基準をつくるICRPの知られざる実態を追跡する。

—————————————–
この番組の重要な部分を以下に書き起こしました。

(ナレーション)
国が根拠としているのがICRP(国際放射線防護委員会)が定める基準です。100ミリシーベルト以下の低線量の被曝のリスクは極めて小さく、ほとんど影響がないとしています。本当にそうなのか?

低線量被曝の実態を調べるため、追跡チームは海外を取材しました。チェルノブイリ原発事故の影響を受けた北欧スウェーデン。放射線のレベルはあまり高くなかったこの地域でも、ガンが増えていました。食べ物を通して被害が広がったと見られています。

住民:
私たちは何も悪くないのに、なぜこんな目に遭うのでしょうか。

(ナレーション)
さらに国際基準を作ったICRPの当事者たちにも取材。低線量のリスクはどう決められたのか。驚くべき事実が明らかになりました。

ICRP名誉委員:
「低線量のリスクはどうせわからないのだから、半分に減らしたところで大した問題はない。」「科学的な根拠はなかった。我々の判断で決めたのだ」

(ナレーション)
揺れ動く国際基準。知られざる低線量被曝の実態とは・・・追跡が始まる。これまで、ほとんど影響がないとされてきた低線量被曝。それに疑問を投げかける事態が世界で起きています。スウェーデン北部ベステルボッテン県。古くから少数民族サーメの人々が暮らしてきました。

住民:
いま周辺でガンが増えています。放射能が原因ではないかと疑っています。

(ナレーション)
原因と見られているのは、25年前に起きたチェルノブイリ原発事故。放射性物質を含んだ死の灰は、1500キロ離れたサーメの町まで降り注ぎました。当時の放射線レベルは、年間およそ0.2ミリシーベルト。国際基準の5分の1程度の低いレベルでした。

しかし今、ガンになる住民が増えています。事故の前と比べると、34%増加しました。事故直後スウェーデン政府は、食べ物に含まれる放射性物質の安全基準を設けました。人々がよく食べるトナカイの肉は1kgあたりの上限が300ベクレル。

サーメの人々は食べる肉の量も減らし、身体への影響を抑えようとしてきました。

住民:
いつガンになるかわからないし、子や孫への影響も心配です。

(ナレーション) 
なぜガンが増えたのか。住民の調査を続けてきたマーティン・トンデル博士は汚染された食べ物を体内に取り込んむことでリスクが高まったのではないかと見ています。トンデル博士は汚染地域で暮らすすべての住民110万人のデータを解析。

ガンになった人の被曝量を調べると、事故後10年間の積算でいずれも10ミリシーベルト以下だったことがわかりました。ICRPがほとんど影響がないとしている低線量でも、ガンになる人が増えていたのです。

トンデル博士:
この結果に驚きました。明らかになったリスクがICRPより高かったからです。リスクは外からの被曝だけでなく、内部被曝に左右されるのです。

(ナレーション)
次に追跡チームが向かったのは、世界一の原発大国アメリカ。ここではより影響を受けやすい子供たちに深刻な問題が起きていました。イリノイ州シカゴ郊外。周辺に3つの原発が集中しています。原発から排出される汚水には放射性トリチウムが含まれていますが、アメリカ政府は国際基準以下なので影響はないとしてきました。しかし近くの町では子供たちがガンなどの難病で亡くなっていました。

6年前に建てられた慰霊碑。足元のレンガにはこれまでに亡くなった100人の名前が刻まれています。

住民:
これが亡くなった息子の写真です。この痛みは誰にも伝えずに抱えてきました。

(ナレーション)
住民を代表し、被害を訴えている親子がいます。シンシア・ソウヤーさんとその娘セーラ(18)さんです。セーラさんは10年前、突然脳腫瘍を患いました。治療の後遺症で18歳になった今も身長は140cmほどしかありません。

セーラ:
みんな死んでしまったのに、私だけが生きていて悲しいです。

(ナレーション)
セーラさんが脳腫瘍になったのは、この町に引っ越してきて4年目のことでした。

シンシア:
セーラはあの井戸の水をまいて遊び、食事をしていたんです。病気になってからはシカゴから水を取り寄せるようになりました。怖かったので、その水で料理をし皿を洗い、歯を磨かせていました。

(ナレーション)
ソウヤーさん夫妻はガンと原発との関係を証明するため、州政府からあるデータを取り寄せました。過去20年間、全住民1200万人がどんな病気にかかったかを記した記録です。小児科医の夫ジョセフさんが分析したところ原発周辺の地域だけが脳腫瘍や白血病が30%以上増加。なかでも小児ガンは、およそ2倍に増えていました。

ソウヤーさん夫妻は全住民の徹底的な健康調査を求めました。しかし国は「井戸水による被曝量は年間1マイクロシーベルトと微量で健康を脅かすことはない」と回答してきました。

シンシア:
あまりに多くのものがセーラから奪われてしまいました。低線量の被曝が何をもたらすのか知ってほしいのです。

<NHKのスタジオ>

室井:いまのVTRはショックでしたね。基準値内だと「リスクは低い」って言い方をするんですけど、ガンにかからない人もいるだろうけど、セーラさんみたいにかかってしまう人もいるわけで。だから「リスクは少ない」という言い方は、逆にして言うと「リスクを背負い込む人もいる」ということですね。

鎌田:彼女の場合は具体的にどのくらいの量の被曝をしたと考えられているんですか?

西脇:それが彼女がどれだけ被曝したのかはわかっていないんですね。政府や電力会社は「基準以下だったので健康被害はない」として、実際の被曝量を測っていないんです。

室井:そんなの、すごくわかりづらいですね。子供が病気になったとしたら、別に損害(賠償)を求めたいんじゃなくて、病気にかかる前の健康な状態に戻してもらいたいと思うけど…それは、かかってからだと無理な話じゃないですか。

西脇:これはどれだけ被曝したらガンで亡くなるリスクが高くなるかということを示したグラフです。ICRPでは100ミリシーベルトでは0.5%ガンになるリスクが高くなるとしています。一見すると「大したことないじゃないか」と思われるかもしれませんが、例えば1万人の人がこれを浴びた場合は、50人が、100万人の人が浴びた場合は5000人がガンで亡くならなくてもいい方がリスクを負ってしまうと。

鎌田:我々がいつも疑問なのは、じゃあこれ(100ミリシーベルト)より低い場合は、これが正しいかどうかも含めて、本当にこれでいいのかどうかわからない。

室井:しかも幼児や子供はもっとリスクが上がるじゃないですか。

西脇:まさにそこのところはVTRで見ていただいた通りに、内部被曝の影響とか感受性の高い子供への影響ということで。やはり低線量であっても影響が高いのではないかという意見もある一方で、少しずつ浴びていく場合には細胞が放射線に対して抵抗力を持つとか、そういうような理由で低いんじゃないかという意見もあって、ここ(低線量被曝)での意見は分かれているわけなんですね。

鎌田:意見が分かれているという現状について、ICRPは今どういうことをやろうとしている?

西脇:そうですね、実はそのICRP自身がこの基準を見直すべきかどうか議論を進めていることがわかってきたんです。

<再びVTR>

(ナレーション)
10月、アメリカでICRPの会議が開かれました。ICRPはおよそ30カ国250人の科学者や政府関係者でつくるネットワークです。会議の一部だけが音声での取材を許可されました。福島第一原発での事故を受けて低線量被曝のリスクの見直しを求める意見が相次ぎました。

会議での発言:
8歳や10歳の子供がなぜ原発労働者と同じ基準なのか。福島の母親や子供たちは心配している」「ICRPの低線量リスクがこのままでいいのか、大きな疑問が持ち上がっている

ICRPは低線量のリスクをどう見直そうとしているのか。カナダのオタワにある本部に直接聞くことにしました。事務局長のクリストファー・クレメンス氏です。すでに作業部会を作り、議論を始めているといいます。

クレメンス:
問題は低線量のリスクをどうするかです。

(ナレーション)
クレメンス氏は私たちに驚くべき事実を語りました。これまでICRPでは低線量の被曝のリスクは低いとみなし、半分にとどめてきたというのです。

クレメンス:
低線量のリスクを半分にしていることが本当に妥当なのか議論している

(ナレーション)
低線量のリスクをめぐる議論は、実は1980年代後半から始まっていました。基準の根拠となっていた広島・長崎の被爆者データがこの頃修正されることになったのです。それまで原爆で1000ミリシーベルトの被曝をした人は5%ガンのリスクが高まるとされてきました。

それが日米の合同調査で、実際はその半分の500ミリシーベルトしか浴びていなかったことがわかったのです。半分の被曝量で同じ5%ということは、リスクは逆に2倍になります。(※)しかしICRPは、低線量では半分のまま据え置き、引き上げないことにしたのです。

クレメント:
この問題は何度も議論されてきた。なぜ引き上げなかったのかは、私が委員になる前のことなので詳細はわからない。

(ナレーション)
なぜ低線量のリスクを引き上げなかったのか。私たちは議論に関わったICRPの元委員に取材することにしました。調べてみると、ある事実がわかりました。当時の主要メンバーは17人。そのうち13人が核開発や原子力政策を担う官庁とその研究所の出身者だったのです。その一人、チャールズ・マインホールド氏。アメリカ、エネルギー省で核関連施設の安全対策にあたっていた人物です。電話での交渉を重ねて、ようやく私たちの取材に応じました。チャールズ・マインホールド氏、1970年代から90年代半ばまでICRPの基準作りに携わってきました。

低線量のリスクを引き上げなかった背景には、原発や核関連施設への配慮があったといいます。

マインホールド:
原発や核施設は、労働者の基準を甘くしてほしいと訴えていた。その立場はエネルギー省も同じだった。基準が厳しくなれば核施設の運転に支障が出ないか心配していたのだ。

(ナレーション)
マインホールド氏は自らも作成に関わったという、エネルギー省の内部文書を取り出しました。1990年、ICRPへの要望をまとめた報告書です。低線量のリスクが引き上げられれば、対策に莫大なコストがかかると試算し、懸念を示していました。

マインホールド氏はアメリカの他の委員と協力し、リスクの引き上げに強く抵抗したといいます。

マインホールド:
アメリカの委員が低線量では逆に引き下げるべきだと主張したのだ。低線量のリスクを引き上げようとする委員に抵抗するためだった。

(ナレーション)
その後ICRPは、原発などで働く労働者のために特別な基準を作ります。半分のまま据え置かれていた低線量のリスクをさらに20%引き下げ、労働者がより多くの被曝を許容できるようにしたのです。

マインホールド:
労働者に子供や高齢者はいないので、リスクは下げてもよいと判断した。科学的根拠はなかったが、ICRPの判断で決めたのだ。

(ナレーション)
いまアメリカでは原発や核関連施設で働いていた人たちが、相次いで健康被害を訴えています。女性たちは核燃料の再処理施設で、長年清掃の仕事をしていました。体に異変が起きたのは、仕事を辞めてしばらく経ってからのことでした。

元労働者:
乳がんと喉頭がん、そして顔に皮膚がんを患っています。健康への影響はないと信じて働いてきた女性たち。いま国に対して補償を求める訴えを起こしています。

元労働者:
私たちはモルモットでした。どんなに危険かも知らされませんでした。

  <NHKのスタジオ>

室井:
ICRPの人が出てきましたけど、「根拠がない」って。「半分に減らしてもかまわない」みたいなことを言ってましたけど、「根拠がない」って初めて聞いたんで驚いちゃったんですけど。

西脇:
ちょっとこちらをご覧いただきたいんですけど、これは2010年のICRPの予算がどこから来ているのかを示したものなんですけども、アメリカの原子力規制委員会を筆頭に、原子力政策を担う各国の官庁から・各国政府からの寄付によって成り立っているんですね。

西脇:
日本も原子力を推進する日本原子力研究開発機構が毎年それなりの額を寄付していると。

室井:
そうするとICRP自体が原発を推進したい人たちの側が作ったものだから、安全基準値を決めるわけだから、それじゃいけないんですよね。

西脇:
ICRPというと日本では科学的な情報を提供してくれるイメージがあるんですけれども、彼ら自身も繰り返し言っていたんですけれども、彼らは政策的な判断をする集団だと。どこまでが許容できて許容できないのかを、政治的に判断する組織だと。

室井:
ということは、自分で判断していくしかないと思うんです。しかも安全な方に。どれだけ取らないようにするか、自分で決めっていった方がいいのかなと思いますね。

鎌田:
低線量でも実は被害が出ているんじゃないかという海外のケースをこれまで見てきたんですけれども、いまの我々と決定的に違うのは、彼らはこういうことだと全く知らなかったわけですね。その基準自体も曖昧だ、あるいは基準に沿っていればいいわけではないということを彼らは知らなかった。

<最後のVTR>

 (ナレーション)
原発の近くで暮らし、幼いころ脳腫瘍を患った18歳のセーラさんです。治療の後遺症で右手が麻痺し、いまも思うように動かすことができません。被曝から健康を守るための基準があるのに、自分のような被害が後を絶たないことにやりきれない思いを感じています。

セーラ:
科学者には私たちが単なる統計の数値でないことを知ってほしい。私たちは生きています。空気と水をきれいにして下さい。たくさんの苦しみを味わいました。誰にも同じ思いをしてほしくはありません。

(全文はコチラ

※関連情報
ノーベル平和賞の「社会的責任を果たすための医師団」が警告

日本で危機が続く中、人に発がんの危険が生じるのは最低100ミリシーベルト(mSv)被曝したときだという報道が様々なメディアでますます多くなされるようになっている。これまでの研究で確立された知見に照らしてみると、この主張は誤りであることがわかる。100 mSv の線量を受けたときの発がんリスクは100人に1人、10 mSv では1000人に1人、そして1 mSV でも1万人に1人である。

2013/04/02

4月2日福岡で、サティシュ・クマールと対談します。

【現代世界を代表する思想家 サティシュ・クマール】
1936年、インド北部の村でサティシュ・クマールは生まれた。父を4歳で亡くしたサティシュは、死というものがもたらす悲しみを超える道を模索し始めた。そして、9歳にして出家、ジャイナ教の教えを実践した。しかし、1954年、ガンジーの非暴力思想に魂を揺さぶられ、自ら僧衣を脱ぎ、還俗する。それは、18歳のことだった。1961年、ノーベル文学賞受賞者のバートランド・ラッセルが、核廃絶を求める座り込みに参加して 逮捕されるというニュースが世界を駆け巡る。「90歳の老人が、世界平和のために闘って投獄されているときに、若者の自分は一体何をやっているのか?」と考え、立ちあがる決心をする。

ガンジーの非暴力思想を受け継ぎ、環境と平和の融合、いのちを大切にする世界を広げるために76歳になった今も「歩き続ける」サティシュ・クマールが、九州初上陸。

脱原発を願う「100人の母たち」と共に4月2日、サティシュと対談します
通訳は、文化人類学者で「スローライフ」の提唱者でもある辻信一さんです。

【サティシュ・クマールのプロフィール】
1936年、サティシュ・クマールはインド北部のラジャスタン地方の村でジャイナ教信徒の両親のもとに生まれた。父は、サティシュが4歳のとき、家族 を遺して亡くなった。幼少期のサティシュは、母と多くの時間を過ごしながら、インドの古典や自然の摂理、道徳を口承で学んだ。同時に、母から瞑想や手を使ってものを作ることの歓びを学んだ。

父の死を契機に、死というものがもたらす悲しみを超える道を模索し始めたサティシュは、9歳にして出家、トゥルシー導師の元でジャイナ教の教えを実践した。しかし、1954年、ガンジーの非暴力思想に魂を揺さぶられ、自ら僧衣を脱ぎ、還俗する。18歳のときのことだった。

その後、ガンジー主義者のヴィノーバとともに土地改革運動に携わりながら、現実世界での個人的精神性と社会的精神性の統合に想いを巡らせた。また、ヴィノーバから『バガヴァッド・ギーター』で説かれている自然と社会と利己の相関性・全体性について学ぶ。そこでの気づきは、後にサティシュの思想の根幹を成す「ソイル(土)・ソウル(心)・ソサエティ(社会)」論へと発展する。

1961年、ノーベル文学賞受賞者のバートランド・ラッセルが、核廃絶を求める座り込みに参加して 逮捕されるというニュースが世界を駆け巡る。「90歳の老人が、世界平和のために闘って投獄されているときに、若者の自分は一体何をやっているのか?」と考え、立ちあがる決心をする。

サティシュは友人とともに、当時4つだった核保有国(ロシア、フランス、イギリス、アメリカ)の首 都へ平和のメッセージを届ける平和巡礼に旅だった。インドからワシントンDCまで1万4000キロの道を、一銭も持たず、徒歩で山や砂漠を越え、嵐や吹雪に見舞われながら、ときには投獄されたり、銃での脅しを受けたりしながらも、2年半かけて踏破した。

この平和のための巡礼の途上、サティシュはバートランド・ラッセルやマーチン・ルーサー・キング牧師をはじめとする数々の思想家や活動家との出会いを果たした。さらに1968年、後に『スモール・イズ・ビューティフル』を発表し、人類を破滅に導きつつある経済システムに警鐘を鳴らした経済学者、E.F.シューマッハと出会い、意気投合する。

シューマッハの依頼を受け、1973年、サティシュは『リサージェンス』誌の編集主幹となる。以 来、現在に至るまで、『リサージェンス』は、西洋と東洋の思想を融合するエコロジー思想の知的拠点として、また環境と平和、科学とスピリチュアリティ―を めぐる世界的な議論の場であり続けている。

また、サティシュは「土と心と社会」という哲学思想にもとづく教育運動を主導してきた。1982 年、自宅のあるイギリス南西部ハートランドに10代を対象とする「スモール・スクール」を創設、自然から学び、スピリチュアリティを重んじ、衣食住における自らの実践を通して生き方を会得するという、その先駆的なカリキュラムが注目を集めた。

1991年には、「スモール・スクールのような大人の学び場を」という要望に応え、エコロジカルで スピリチュアルな学びを総合的に習得できる場として、宿泊施設も兼ね備えた「シューマッハ・カレッジ」を開校。以来、世界中から集まる人々が、ホリス ティックな世界観を学び、自己と社会の経済中心から自然中心への転換を模索する場となっている。現在は「ホリスティック科学」の大学院も設置されている。

サティシュの名言録 ポスト311のメルクマール サティシュ・クマール

2013/03/29

福島の汚染地の小児甲状腺がん発生率は、通常の130倍‐260倍

通常、子どもの甲状腺がんの発生率は100万人に1人か2人ですが、福島県の子どもたち3万8000人のうち3人の小児甲状腺がんの患者が見つかり、7人の小児甲状腺がんの疑いがあると福島県の県民健康管理調査検討委員会が発表していました。その後、甲状腺がんの疑いがある7人の結果は日本では報道されていないままでした。ところが、検討委の座長である山下俊一氏は、アメリカでの講演で「3万8000人の中で10人が小児甲状腺がん」と発表しています。これは通常の小児甲状腺がん発生率の130倍~260倍になります。

山下俊一米国講演グラフ

こうした生命に関わる重要な問題が日本で発表されないのを見て、思い出すことが2つあります。1つは、放射能汚染地で子どもたちに心臓病が急増しているという非常に重要なことをマスメディアがほとんど報道しないという問題です。

昨年12月、茨城県の放射能汚染地の小中学校24校の心臓検診で、「要精密検査」と診断された児童・生徒の数が急増し、前年度の2.6倍、中学生だけで見ると3倍強に増えています。心臓に何らかの既往症が認められる児童・生徒も10年度の9人から11年度21人、12年度24人と推移。突然死の危険性が指摘される「QT延長症候群」とその疑いのある診断結果が、10年度の1人、11年度の2人から 8人へと急増しています。(チェルノブイリと同様に、日本の放射能汚染地で心臓病が急増

もう一つは、福島原発事故で放出された放射性物質の量に関する報道の問題です。
国際的な原発事故評価尺度(INES)では、事故のレベルを放出された放射性物質の量で決めており、レベル5は数百~数千テラベクレル(テラは1兆倍)であり、数万テラベクレル以上はレベル7に相当します。

3月11日の原発事故直後、「レベル4」としていたINESの評価のレベルを「レベル5」に引き上げたのは、原発事故から1週間も経った3月18日で、「レベル7」に引き上げたのは、なんと原発事故から1ヶ月が過ぎた4月12日でした。この時点で、保安院と原子力安全委員会は、放出された放射性物質の総量は、37万~63万テラベクレルと発表しました。(後日、その数値は77万、90万テラベクレルと増えていきます

一方、オーストリア気象地球力学中央研究所は、事故から12日後の3月23日に福島第1原発の事故後3~4日間に放出されたヨウ素131とセシウム137の量が、チェルノブイリ原発の放出量の約20~50%に相当するとの試算を発表しています。(つまり、この時点で「レベル7」だと認めています)

また、世界的な学術誌として名高い『ネイチャー』2011年10月27日号(Nature 478, 435-436)によれば、Stohl らが推定した放出キセノン133の量は1.7×1019Bq、セシウム137の量は3.5×1016 Bqで、キセノン133の放出量は、チェルノブイリの総放出量1.4×1019Bqよりも多いことになり、セシウム137はチェルノブイリ事故での放出量の約1/2に相当します。

さらに、4号機の使用済み核燃料プールに貯蔵されていた核燃料が、莫大な量のセシウム137を放出していた可能性を指摘しています。日本政府はこれまで、プールからは放射性物質はほとんど漏れ出していないと主張してきましたが、プールへの放水をきっかけに原発からのセシウム137の放出が激減したことが、はっきり示されています(図「原発事故の経過」参照)。つまり、もっと早い段階から4号機プールへの放水を行っていれば、放射性物質の放出をもっと抑制できたかもしれないとしています。

さらに分析は、もう1つ重要なデータを提示しています。地震の直後、津波が福島第一原発に襲いかかる前から、キセノン133が漏れ始めていたというのです。つまり、原発は、津波が襲来する前から、地震によって損傷していたことになります。

このような重要な情報を日本のメディアが「あまり追求しない」ということが、非常に心配です。なぜなら、それらの情報は、いのちを守る上で、とても重要な情報だからです。


福島原発事故、最悪「レベル7」 チェルノブイリ級に
(2011年4月12日 朝日新聞)全文

 福島第一原発の事故について、経済産業省原子力安全・保安院と原子力安全委員会は、これまでに放出された放射性物質が大量かつ広範にわたるとして、国際的な事故評価尺度(INES)で「深刻な事故」とされるレベル7に引き上げた。原子力史上最悪の1986年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故に匹敵する。放射性物質の外部への放出量は1けた小さいという。12日午前に発表した。

 保安院は3月11日の事故直後、暫定評価でレベル4としていた。放射性物質が原子力施設外に放出されるような事故はレベル4になり、それ以上は、外部に放出された放射性物質の量でレベルが決まってくる。

 18日に79年の米スリーマイル島原発事故に匹敵するレベル5に引き上げた。レベル5は放射性ヨウ素に換算して数百~数千テラベクレル(テラは1兆倍)の放出が基準だ。その後、放出された放射性物質の総量を推定したところ、放射性ヨウ素換算で37万~63万テラベクレルになった。INESの評価のレベル7にあたる数万テラベクレル以上に相当した。東京電力によると、全放射能量の1%程度にあたるという。福島第一原発では今でも外部への放出は続いている。

 チェルノブイリ事故では爆発と火災が長引き、放射性物質が広範囲に広がり世界的な汚染につながった。実際の放出量は520万テラベクレルとされている。福島第一原発の事故での放出量はその1割程度だが重大な外部放出と評価した。評価結果は国際原子力機関(IAEA)に報告した。

 福島第一原発では、原子炉格納容器の圧力を逃がすため放射性物質を含む水蒸気を大気中に放出した。さらに地震後に冷却水が失われ核燃料が露出して生じたとみられる水素によって、1、3号機では原子炉建屋が爆発して壊れた。

 2号機の格納容器につながる圧力抑制室付近でも爆発が起こったほか、4号機の使用済み燃料貯蔵プールでの火災などが原因で放射性物質が大量に放出されたと見られている。内閣府の広瀬研吉参与(原子力安全委担当)は「3月15~16日に2号機の爆発で相当量の放出があった。現段階は少なくなっていると思う」と話した。

 東京電力原子力・立地本部の松本純一本部長代理は会見で「放出は現在も完全に止まっておらず、放出量がチェルノブイリに迫ったり超えたりする懸念もあると考えている」と話した。

 ただ、原発周辺や敷地の放射線量の測定結果は3月15~21日に非常に高い値を示していたものの、その後低下している。4月10日に非公開で開かれた安全委の臨時会で保安院の黒木慎一審議官は「最悪の事態は今は脱した」と報告している。(香取啓介、竹石涼子、小堀龍之)


福島原発の放射性物質、チェルノブイリを下回る=オーストリアの研究所
(2011年3月24日 ロイター)

 [ウィーン/オスロ 23日 ロイター] オーストリア気象地球力学中央研究所は23日、福島第1原発の事故後3─4日間に放出されたヨウ素131とセシウム137の量が、旧ソ連チェルノブイリ原発の事故後10日間の放出量の約20─50%に相当するとの試算を明らかにした。

 日米の測定結果を基に算出した。

 同研究所によると、事故後3─4日間のヨウ素131の放出量は、チェルノブイリ原発の事故後10日間の放出量の約20%

 セシウム137の放出量は、同約50%に達する可能性があるという。

 フランスの放射線防御原子力安全研究所(IRSN)は22日、福島原発の事故で漏えいした放射性物質の量はチェルノブイリ事故の約10%との見解を示している。 

 チェルノブイリの事故では原子炉が爆発したが、福島原発の事故では放射性物質が比較的ゆっくりと漏えいしている。

 一方で、放射性物質が陸上に拡散したチェルノブイリとは異なり、福島原発の事故では放射性物質の多くが太平洋上に飛散しており、両事故の比較は難しい。


放射性物質はどのくらい放出された?
(2011年10月27日号 Nature 478, 435-436)から抜粋

ノルウェーの研究チームにより、新たに福島第一原発事故で大気中に放出された放射性物質の総量が計算され、政府が6月に発表した推定放出量よりもずっと多いという報告があった。

Geoff Brumfiel

世界各地で観測された放射能データを組み合わせて大気中の放射性物質の量とその流れを推定した結果、福島第一原子力発電所の事故では、政府の推定よりもはるかに大量の放射性物質が放出されていたという研究が、Atmospheric Chemistry and Physics に発表された1。さらに、日本政府の主張とは裏腹に、4号機の使用済み核燃料プールから大量のセシウム137(半減期が長く、長期にわたって環境を汚染する物質)が放出されていたとも報告しており、もっと迅速に対応していれば、これほど大量の放射性物質が放出されずにすんだかもしれないと述べている。論文はオンライン掲載され、現在、公開査読を受けている。

研究チームを率いたのは、ノルウェー大気研究所(シェラー)の大気科学者 Andreas Stohlだ。Stohlは、自分たちの分析は、これまで行われてきた福島第一原発から放出された放射性物質の量についての調査研究の中で、最も包括的なものであると自負している。スウェーデン防衛研究所(ストックホルム)の大気モデル作成の専門家 Lars-Erik De Geerは、今回の研究には関与していないが、「非常に価値のある成果です」と評価している。

原発事故による放射性物質の放出過程の再現は、日本国内をはじめ世界各地にある数十か所の放射性核種モニタリングステーションで観測されたデータに基づいて行われた。その多くは、包括的核実験禁止条約機構(オーストリア:ウィーン)が核実験の監視のために運用している世界規模での観測ネットワークに属する。このデータに、カナダ、日本、ヨーロッパの独立観測ステーションのデータも付け加え、これらをヨーロッパと米国が保管している広域気象データと組み合わせた。

ただし、Stohl は、自分たちが作成したモデルは完全にはほど遠いものだとして注意を促している。原発事故発生直後の測定データが非常に少ないうえ、一部のモニタリングポストは放射能汚染がひどく、信頼できるデータが得られなかったからである。より重要なのは、原子炉から何が放出されたのかを知るためには、原子炉内で何が起きたのかを厳密に知らなければならないのだが、いまだ明らかになっておらず、永久に謎のままかもしれないという事実である。「チェルノブイリ事故から25年後もたった今でも、その推定値は不確かな部分が非常に多いのです」と Stohl は言う。

それでも、今回の研究は、福島第一原発事故を全般的に調査したものであり、De Geer は、「Stohl らは真に地球規模の視点から、現在入手できるかぎりのデータを利用して推定しています」と話す。

政府の発表

3月11日の地震後に原発で起こった出来事については、すでに日本の研究者たちが詳細な経緯を推定している。福島第一原発電の6機の原子炉が激しい揺れに見舞われた50分後、巨大津波が襲来し、緊急時に原子炉を冷却するための非常用ディーゼル発電機が破壊された。それから数日の間に、地震発生時に稼働していた3機の原子炉が過熱して水素ガスを発生し、次々に水素爆発を起こした。定期点検のために停止していた4号機では、核燃料は使用済み核燃料プールに貯蔵されていたが、3月14日にこのプールが過熱し、おそらく数日にわたり建屋内で火災が発生した。

一方で、原発から放出された放射性物質の量の解明は、事故の経過の再現に比べてはるかに難しい。政府が6月に発表した『原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書 ―東京電力福島原子力発電所の事故について―』では、今回の事故により放出されたセシウム137は1.5×1016ベクレル(Bq)、キセノン133は1.1×1019Bqと推定している2。セシウム137は半減期30年の放射性核種で、原発事故による長期的汚染のほとんどの原因となっている。一方、キセノン133はウラン235の崩壊によって放出される半減期約5日の放射性核種であり、原発事故や核実験の際、初期に観測される。

ところが、Stohl らが原発事故の再現結果に基づいて推定した放出キセノン133の量は1.7×1019Bq、セシウム137の量は3.5×1016 Bqで、政府の見積もりよりキセノンが約1.5倍、セシウムが約2倍となった。

キセノン133の放出量は、チェルノブイリの総放出量1.4×1019Bqよりも多いことになる。だが、De Geer によれば、チェルノブイリでは爆発した原子炉が1機であったのに対して、福島の事故では3機も水素爆発したことで説明できるという。また、キセノン133は生体や環境に吸収されないため、健康に深刻な影響を及ぼすおそれはない。 問題なのは、数十年にわたり環境に残存するセシウム137だ。Stohl らのモデルの値は、チェルノブイリ事故での放出量の約1/2に相当する。De Geer は、このような高い値が出たことを懸念している。今後、セシウム137が人々の健康に及ぼす影響を明らかにするためには、現在行われている地表での測定を進めていくしかない。

さらに、Stohl らは、4号機の使用済み核燃料プールに貯蔵されていた核燃料が、莫大な量のセシウム137を放出していた可能性を指摘している。政府はこれまで、プールからは放射性物質はほとんど漏れ出していないと主張してきた。しかし、研究チームのモデルでは、プールへの放水をきっかけに原発からのセシウム137の放出が激減したことが、はっきり示されている(図「原発事故の経過」参照)。つまり、もっと早い段階から4号機プールへの放水を行っていれば、放射性物質の放出をもっと抑制できたかもしれないのだ。

しかし、政府は、使用済み核燃料プール自体に大きな損傷はなく、使用済み核燃料が重大な汚染源になったとは考えられないと主張している。政府による公式推定値の算出にかかわった日本原子力研究開発機構(茨城県東海村)の茅野政道(ちのまさみち)は、「4号機から放出された放射性物質は多くはなかったと思います」と言う。だが De Geer は、核燃料プールの関与を含めた今回の新しい分析は、「説得力があるように見えます」と語る。

さらに今回の分析は、もう1つ新たなデータを提示している。地震の直後、津波が福島第一原発に襲いかかる前から、キセノン133が漏れ始めていたというのだ。つまり、原発は、津波が襲来する前から、地震によって損傷していたことになる。政府の報告書でも、福島第一原発電を襲った揺れの大きさが、原発設計時に想定されていた揺れを上回っていたことを認めている。反原発の活動家は、以前から、政府が原発を認可する際に地質学的な危険を十分に考慮していないと主張しており(Nature 448, 392-393; 2007)、今回のキセノンの大量放出は、原発の安全性についての評価方法の再考を促すことになるかもしれないと、山内は言う。

この事故で、首都圏はどうだったのか。実は、原発事故により甚大な被害を受けるおそれがあった。事故直後の数日間は、風は海に向かって吹いていたが、3月14日の午後、風向きが変わって陸に向かって吹き始め、セシウム137が東北南部から中部地方にまで広がっていった(図「放射性物質の拡散」参照)。実際、15日夜から16日未明にかけて雨が降った栃木県と群馬県の山間部では、のちに土壌から比較的高濃度の放射性物質が検出された。一方、首都圏では、そうした高濃度の放射性物質が上空を通過したときに、たまたま雨が降らなかったことが幸いした。「この時期に雨が降っていたら、東京も今よりずっと深刻な事態になっていたかもしれません」と Stohl は言う。(編集部註:ただし、(独)国立環境研究所の空間線量測定とシミュレーションによれば、21日から22日にかけても放射性物質が南関東に流れ込んだことが示されている。このときは、雨が降っていたため、南関東でも一部の地域で比較的高い線量が観測されていると思われる。)

(翻訳:三枝小夜子)

Nature原文 

2013/03/28

福島原発事故で放出された放射能 90万→360万テラベクレルか?

福島原発事故で「放出された放射性物質の量」の発表数値がだんだん増加している。また、海外では、福島の放出量をセシウム137がチェルノブイリの50%で、キセノン133の放出量は、チェルノブイリの総放出量よりも多いと発表している研究所もある。

大気中への放出量
37京ベクレル→63京ベクレル→77京ベクレル→90京ベクレル
(東電発表 大気中90以上+海15以上=105京ベクレル以上

NHKの報道によれば、(東電発表で)2011年3月に大気中に放出された放射性物質の量が「90京ベクレル」3月から半年間に海に放出された放射性物質の量が「15京ベクレル」合計すると少なくとも原発事故から半年間のうちに合計で「105京ベクレル以上」が放出されている。

1、事故の翌日から3月末まで(約20日間)に大気中に放出された放射性物質の量=90京ベクレル
2、海水データがある2011年3月下旬から半年間に海に放出された放射性物質の量=15京ベクレル

仮に海への放出が同じペースで続いていた場合、2年間で15京ベクレルの4倍の「60京ベクレル」になる。

90京ベクレルは、旧ソ連チェルノブイリ原発事故での放出量の約17%で、105京ベクレルは20%、150京ベクレルは29%にあたる。海外の研究所では、セシウム137がチェルノブイリの50%で、キセノン133の放出量は、チェルノブイリの総放出量1.4×1019Bqよりも多いと発表している。

熊日新聞 90万テラベクレル


東電 90京ベクレル放出を公表
(2012年05月24日 NHK「かぶん」ブログ)を要約

東京電力は、事故の翌日から3月末までに外部に放出された放射性物質の量について、試算した。その結果、ヨウ素131とセシウム137の放出は合わせて90京ベクレルで、原子力安全委員会や保安院が公表した値よりも多く、チェルノブイリ原発事故の放出量の17%余りとなっている。一方、海に放出された放射性物質の量については、海水の放射性物質の濃度などから推定し、海水のデータのある去年3月下旬から半年間の放出量を15京ベクレルとしている。


【過去に発表された数値の振り返り】

放射性物質放出量はチェルノブイリの1割 37万~63万テラベクレル
(2011/04/12 11:17 共同通信)

 原子力安全・保安院によると、福島第1原発事故による放射性物質の放出量はチェルノブイリ原発事故の1割とみられる。大気中への放出量について原子力安全・保安院は37万テラベクレル、原子力安全委員会は63万テラベクレルと推定。レベル7の基準である数万テラベクレルを大きく上回る

放出77万テラベクレルと修正 第1原発、推計の2倍強
(2011/06/06 21:50 共同通信)見出しのみ

大気放出は90万テラベクレル 原発事故の放射性物質  東電試算、事象ごと量も
 (2012年5月24日、共同通信)全文

 東京電力は24日、福島第1原発事故で大気中に放出された放射性物質の総放出量が昨年3月だけで90万テラベクレル(テラは1兆)に上るとの試算を明らかにした。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故では520万テラベクレルが放出されたと推定されている。

 東電は、原発周辺のモニタリングポストで測定した線量値や文部科学省の土壌汚染データなどを基に放出量を推定した。これまでに経済産業省原子力安全・保安院や原子力安全委員会が公表した放出量より多い。

 東電が試算したのは、東日本大震災で事故が発生した翌日の3月12日から31日までの放出量。原子炉格納容器から放射性物質を含む蒸気を外部に排出するベントや建屋の水素爆発など事象ごとの量も公表した。

 東電のデータによると、12日に1号機建屋が爆発した際には4600テラベクレルが、14日に3号機建屋が爆発した際は1060テラベクレルが大気中に出た。

 放出量がピークだったのは15、16日で、東電は1~3号機の原子炉格納容器が高温で劣化し、容器上部から蒸気とともに大量の放射性物質が漏れたと推定している。


福島汚染、主因は2号機 東電発表 3号機も大量放出
(2012年5月25日0時19分 朝日新聞)から抜粋

 東京電力は24日、福島第一原発事故で大気に放出された放射性物質の総量を90京(けい)ベクレル(京は兆の1万倍)とする試算結果を発表した。2号機からが最も多く、昨年3月15日、主に2号機からの放出で原発の北西地域が激しく汚染されたとする説を裏付けた。16日にも海の方角へ大量放出があったらしいこともわかった。東電は「3号機から」としているが、詳しくは不明だ。

 東電は、昨年3月12日~31日の期間の大気への放出量を評価。90京ベクレルは、経済産業省原子力安全・保安院が昨年6月に示した77京ベクレルの約1.2倍。旧ソ連チェルノブイリ原発事故での放出量の約17%にあたる。

 1~3号機からの放出量の内訳は、1号機13京ベクレル、2号機36京ベクレル、3号機32京ベクレル。発電所周辺の空間放射線量の値などをもとに割り出した。放出源が判明しないものも11京ベクレルあった。定期検査中だった4号機からの放出はない、とした


東電 90京ベクレル放出を公表
(2012年05月24日 NHK「かぶん」ブログ)全文

東京電力福島第一原子力発電所の事故で、外部に放出された放射性物質の量は、これまで国などが試算した値よりも多い90京ベクレルで、大半は、水素爆発やベントによる放出ではなく、メルトダウンによって格納容器が閉じ込め機能を失い放出されたなどとする評価結果を東京電力が公表しました。

東京電力は、事故の翌日から3月末までに外部に放出された放射性物質の量について、メルトダウンした燃料の解析や原発周辺で計測された放射線量、それに土壌の放射性物質の量などから試算しました。

その結果、ヨウ素131とセシウム137の放出は合わせて90京ベクレルで、原子力安全委員会や保安院が公表した値よりも多く、チェルノブイリ原発事故の放出量の17%余りとなっています。

これを水素爆発などの実際に起きた事象との関係で詳しく分析すると、▽建屋の水素爆発に伴う放出は合わせて0.5京ベクレル、▽ベントに伴う放出は0.1京ベクレルと少なく、放出量の大半は、メルトダウンによって格納容器の配管の貫通部などが壊れて閉じ込め機能を失い放出されたと評価しています。

また、各号機ごとの放出量について、2号機と3号機がそれぞれ全体の4割、1号機が残り2割で、4号機からの放出はなかったとしています。

さらに、時系列で放出をみると、最も多くの放射性物質が放出されたのは、3月16日午前10時からの3時間で、3号機から18京ベクレル放出したとしています。
この時、3号機の格納容器の圧力が下がっていますが、東京電力は、どのような経路で放出したかは分かっていないとしています。

一方、海に放出された放射性物質の量については、海水の放射性物質の濃度などから推定し、海水のデータのある去年3月下旬から半年間の放出量を15京ベクレルとしています。

東京電力が詳細な放出量の試算を公表したのは初めてで、試算に1年以上かかったことについて、東京電力は「水素爆発などの事象との突き合わせや、数値に誤りがないかの確認に時間がかかった。今回の評価が適切か、国やほかの研究機関とも相談しながら検証を進めたい」と話しています。


放出77万テラベクレルと修正 第1原発、推計の2倍強
(2011/06/06 21:50 共同通信)全文

 記者会見する東京電力の松本純一原子力・立地本部長代理。左は原子力安全・保安院の西山英彦審議官=6日午後、東京・内幸町の本店

 経済産業省原子力安全・保安院は6日、福島第1原発の1~3号機すべてでメルトダウン(炉心溶融)が起き、最も早い1号機では地震から約5時間後の3月11日午後8時に原子炉圧力容器が破損したとの解析結果を発表した。また発生から数日間に大気中に放出された放射性物質の量は77万テラベクレル(テラは1兆)と、従来の推計を2倍強に上方修正した。事態が東京電力の解析より急速に進んでいたことを示しており、事故の深刻さと汚染規模の大きさを裏付けた。

 政府は今回の解析を反映させた報告書をまとめ、今月下旬にウィーンで開かれる国際原子力機関閣僚級会合に提出する。


福島原発事故、最悪「レベル7」 チェルノブイリ級に
(2011年4月12日 朝日新聞)全文

 福島第一原発の事故について、経済産業省原子力安全・保安院と原子力安全委員会は、これまでに放出された放射性物質が大量かつ広範にわたるとして、国際的な事故評価尺度(INES)で「深刻な事故」とされるレベル7に引き上げた。原子力史上最悪の1986年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故に匹敵する。放射性物質の外部への放出量は1けた小さいという。12日午前に発表した。

 保安院は3月11日の事故直後、暫定評価でレベル4としていた。放射性物質が原子力施設外に放出されるような事故はレベル4になり、それ以上は、外部に放出された放射性物質の量でレベルが決まってくる。

 18日に79年の米スリーマイル島原発事故に匹敵するレベル5に引き上げた。レベル5は放射性ヨウ素に換算して数百~数千テラベクレル(テラは1兆倍)の放出が基準だ。その後、放出された放射性物質の総量を推定したところ、放射性ヨウ素換算で37万~63万テラベクレルになった。INESの評価のレベル7にあたる数万テラベクレル以上に相当した。東京電力によると、全放射能量の1%程度にあたるという。福島第一原発では今でも外部への放出は続いている。

 チェルノブイリ事故では爆発と火災が長引き、放射性物質が広範囲に広がり世界的な汚染につながった。実際の放出量は520万テラベクレルとされている。福島第一原発の事故での放出量はその1割程度だが重大な外部放出と評価した。評価結果は国際原子力機関(IAEA)に報告した。

 福島第一原発では、原子炉格納容器の圧力を逃がすため放射性物質を含む水蒸気を大気中に放出した。さらに地震後に冷却水が失われ核燃料が露出して生じたとみられる水素によって、1、3号機では原子炉建屋が爆発して壊れた。

 2号機の格納容器につながる圧力抑制室付近でも爆発が起こったほか、4号機の使用済み燃料貯蔵プールでの火災などが原因で放射性物質が大量に放出されたと見られている。内閣府の広瀬研吉参与(原子力安全委担当)は「3月15~16日に2号機の爆発で相当量の放出があった。現段階は少なくなっていると思う」と話した。

 東京電力原子力・立地本部の松本純一本部長代理は会見で「放出は現在も完全に止まっておらず、放出量がチェルノブイリに迫ったり超えたりする懸念もあると考えている」と話した。

 ただ、原発周辺や敷地の放射線量の測定結果は3月15~21日に非常に高い値を示していたものの、その後低下している。4月10日に非公開で開かれた安全委の臨時会で保安院の黒木慎一審議官は「最悪の事態は今は脱した」と報告している。(香取啓介、竹石涼子、小堀龍之)


福島原発の放射性物質、チェルノブイリを下回る=オーストリアの研究所
(2011年3月24日 ロイター)

 [ウィーン/オスロ 23日 ロイター] オーストリア気象地球力学中央研究所は23日、福島第1原発の事故後3─4日間に放出されたヨウ素131とセシウム137の量が、旧ソ連チェルノブイリ原発の事故後10日間の放出量の約20─50%に相当するとの試算を明らかにした。

 日米の測定結果を基に算出した。

 同研究所によると、事故後3─4日間のヨウ素131の放出量は、チェルノブイリ原発の事故後10日間の放出量の約20%

 セシウム137の放出量は、同約50%に達する可能性があるという。

 フランスの放射線防護原子力安全研究所(IRSN)は22日、福島原発の事故で漏えいした放射性物質の量はチェルノブイリ事故の約10%との見解を示している。 

 チェルノブイリの事故では原子炉が爆発したが、福島原発の事故では放射性物質が比較的ゆっくりと漏えいしている。

 一方で、放射性物質が陸上に拡散したチェルノブイリとは異なり、福島原発の事故では放射性物質の多くが太平洋上に飛散しており、両事故の比較は難しい。


放射性物質はどのくらい放出された?
(2011年10月27日号 Nature 478, 435-436)から抜粋

ノルウェーの研究チームにより、新たに福島第一原発事故で大気中に放出された放射性物質の総量が計算され、政府が6月に発表した推定放出量よりもずっと多いという報告があった。

世界各地で観測された放射能データを組み合わせて大気中の放射性物質の量とその流れを推定した結果、福島第一原子力発電所の事故では、政府の推定よりもはるかに大量の放射性物質が放出されていたという研究が、Atmospheric Chemistry and Physics に発表された1。さらに、日本政府の主張とは裏腹に、4号機の使用済み核燃料プールから大量のセシウム137(半減期が長く、長期にわたって環境を汚染する物質)が放出されていたとも報告しており、もっと迅速に対応していれば、これほど大量の放射性物質が放出されずにすんだかもしれないと述べている。論文はオンライン掲載され、現在、公開査読を受けている。

研究チームを率いたのは、ノルウェー大気研究所(シェラー)の大気科学者 Andreas Stohlだ。Stohlは、自分たちの分析は、これまで行われてきた福島第一原発から放出された放射性物質の量についての調査研究の中で、最も包括的なものであると自負している。スウェーデン防衛研究所(ストックホルム)の大気モデル作成の専門家 Lars-Erik De Geerは、今回の研究には関与していないが、「非常に価値のある成果です」と評価している。

原発事故による放射性物質の放出過程の再現は、日本国内をはじめ世界各地にある数十か所の放射性核種モニタリングステーションで観測されたデータに基づいて行われた。その多くは、包括的核実験禁止条約機構(オーストリア:ウィーン)が核実験の監視のために運用している世界規模での観測ネットワークに属する。このデータに、カナダ、日本、ヨーロッパの独立観測ステーションのデータも付け加え、これらをヨーロッパと米国が保管している広域気象データと組み合わせた。

ただし、Stohl は、自分たちが作成したモデルは完全にはほど遠いものだとして注意を促している。原発事故発生直後の測定データが非常に少ないうえ、一部のモニタリングポストは放射能汚染がひどく、信頼できるデータが得られなかったからである。より重要なのは、原子炉から何が放出されたのかを知るためには、原子炉内で何が起きたのかを厳密に知らなければならないのだが、いまだ明らかになっておらず、永久に謎のままかもしれないという事実である。「チェルノブイリ事故から25年後もたった今でも、その推定値は不確かな部分が非常に多いのです」と Stohl は言う。

それでも、今回の研究は、福島第一原発事故を全般的に調査したものであり、De Geer は、「Stohl らは真に地球規模の視点から、現在入手できるかぎりのデータを利用して推定しています」と話す。

政府の発表

3月11日の地震後に原発で起こった出来事については、すでに日本の研究者たちが詳細な経緯を推定している。福島第一原発電の6機の原子炉が激しい揺れに見舞われた50分後、巨大津波が襲来し、緊急時に原子炉を冷却するための非常用ディーゼル発電機が破壊された。それから数日の間に、地震発生時に稼働していた3機の原子炉が過熱して水素ガスを発生し、次々に水素爆発を起こした。定期点検のために停止していた4号機では、核燃料は使用済み核燃料プールに貯蔵されていたが、3月14日にこのプールが過熱し、おそらく数日にわたり建屋内で火災が発生した。

一方で、原発から放出された放射性物質の量の解明は、事故の経過の再現に比べてはるかに難しい。政府が6月に発表した『原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書 ―東京電力福島原子力発電所の事故について―』では、今回の事故により放出されたセシウム137は1.5×1016ベクレル(Bq)、キセノン133は1.1×1019Bqと推定している2。セシウム137は半減期30年の放射性核種で、原発事故による長期的汚染のほとんどの原因となっている。一方、キセノン133はウラン235の崩壊によって放出される半減期約5日の放射性核種であり、原発事故や核実験の際、初期に観測される。

ところが、Stohl らが原発事故の再現結果に基づいて推定した放出キセノン133の量は1.7×1019Bq、セシウム137の量は3.5×1016 Bqで、政府の見積もりよりキセノンが約1.5倍、セシウムが約2倍となった。

キセノン133の放出量は、チェルノブイリの総放出量1.4×1019Bqよりも多いことになる。だが、De Geer によれば、チェルノブイリでは爆発した原子炉が1機であったのに対して、福島の事故では3機も水素爆発したことで説明できるという。また、キセノン133は生体や環境に吸収されないため、健康に深刻な影響を及ぼすおそれはない。 問題なのは、数十年にわたり環境に残存するセシウム137だ。Stohl らのモデルの値は、チェルノブイリ事故での放出量の約1/2に相当する。De Geer は、このような高い値が出たことを懸念している。今後、セシウム137が人々の健康に及ぼす影響を明らかにするためには、現在行われている地表での測定を進めていくしかない。

さらに、Stohl らは、4号機の使用済み核燃料プールに貯蔵されていた核燃料が、莫大な量のセシウム137を放出していた可能性を指摘している。政府はこれまで、プールからは放射性物質はほとんど漏れ出していないと主張してきた。しかし、研究チームのモデルでは、プールへの放水をきっかけに原発からのセシウム137の放出が激減したことが、はっきり示されている(図「原発事故の経過」参照)。つまり、もっと早い段階から4号機プールへの放水を行っていれば、放射性物質の放出をもっと抑制できたかもしれないのだ。

しかし、政府は、使用済み核燃料プール自体に大きな損傷はなく、使用済み核燃料が重大な汚染源になったとは考えられないと主張している。政府による公式推定値の算出にかかわった日本原子力研究開発機構(茨城県東海村)の茅野政道(ちのまさみち)は、「4号機から放出された放射性物質は多くはなかったと思います」と言う。だが De Geer は、核燃料プールの関与を含めた今回の新しい分析は、「説得力があるように見えます」と語る。

さらに今回の分析は、もう1つ新たなデータを提示している。地震の直後、津波が福島第一原発に襲いかかる前から、キセノン133が漏れ始めていたというのだ。つまり、原発は、津波が襲来する前から、地震によって損傷していたことになる。政府の報告書でも、福島第一原発電を襲った揺れの大きさが、原発設計時に想定されていた揺れを上回っていたことを認めている。反原発の活動家は、以前から、政府が原発を認可する際に地質学的な危険を十分に考慮していないと主張しており(Nature 448, 392-393; 2007)、今回のキセノンの大量放出は、原発の安全性についての評価方法の再考を促すことになるかもしれないと、山内は言う。

この事故で、首都圏はどうだったのか。実は、原発事故により甚大な被害を受けるおそれがあった。事故直後の数日間は、風は海に向かって吹いていたが、3月14日の午後、風向きが変わって陸に向かって吹き始め、セシウム137が東北南部から中部地方にまで広がっていった(図「放射性物質の拡散」参照)。実際、15日夜から16日未明にかけて雨が降った栃木県と群馬県の山間部では、のちに土壌から比較的高濃度の放射性物質が検出された。一方、首都圏では、そうした高濃度の放射性物質が上空を通過したときに、たまたま雨が降らなかったことが幸いした。「この時期に雨が降っていたら、東京も今よりずっと深刻な事態になっていたかもしれません」と Stohl は言う。(編集部註:ただし、(独)国立環境研究所の空間線量測定とシミュレーションによれば、21日から22日にかけても放射性物質が南関東に流れ込んだことが示されている。このときは、雨が降っていたため、南関東でも一部の地域で比較的高い線量が観測されていると思われる。)

(翻訳:三枝小夜子)

Nature原文 


チェルノブイリ事故との比較 福島第一原発事故との比較
(2013年3月28日現在 ウィキペディア)見出しのみ(参考サイト)


福島第一原子力発電所事故 放射性物質放出 事故重大度の評価
(ウィキペディア 2013年3月28日現在)から抜粋

2号機から放出された高濃度汚染水が含む放射性物質の量は、東京電力発表の水量と濃度[76]に基づけば330京 Bqである(詳しい計算とレベル7のチェルノブイリ原子力発電所事故などとの比較は、#原発内の水の放射能汚染と海・地下への放出 参照)。一部は海洋や地下水に漏れた[77][78]。


福島原発事故によるキセノン133の放出量は16700ペタBqでチェルノブイリの2.5倍!!
(2013年03月13日 正しい情報を探すブログ)

オーストリア気象庁が福島原発事故のデータを解析した結果、福島原発事故によるキセノン133の放出量は16700ペタBqということが判明しました。この1万6700ペタBqという数字はチェルノブイリ事故の時に観測された値の2.5倍に匹敵する数値で、マスコミなどが報道している数値よりも遥かに高い数値となります。

オーストラリア気象庁 福島原発事故によるキセノン放出データ


<単位の読み方辞典>から抜粋
・テラ(T)tera 10の12乗
・ペタ(P)peta 10の15乗

NHKスペシャル メルトダウンFile5. 「知られらざる大量放出」
(2014年12月21日(日)午後9時15分~10時13分 NHK)

史上最悪レベルとなった東京電力福島第一原子力発電所の事故から3年半。私たちは果たしてこの事故を検証し尽くしたのだろうか?
事故直後から、独自の取材と専門家による科学的検証を重ね、事故の真相に迫り続けてきたシリーズ「メルトダウン」。今回は、いよいよ“レベル7”とされた深刻な「放射能大量放出」の全貌に迫る。これまで「吉田調書」で知られる政府などの公的な事故調査は、1号機から3号機、3つの原子炉が次々にメルトダウンした3月15日午前中までを重点的に分析してきた。しかし公的調査では、「放射能大量放出」の全体像の一部しか明らかにならなかった。NHKが独自につかんだ新たなデータが示したのは、これまで検証されてこなかった放射能大量放出の事実。その放出によって、大熊町・双葉町の住民の帰還を阻む高濃度の汚染や、3月末の首都圏での飲料水の汚染など深刻な事態が引き起こされていたのだ・・・。いったい現場では何が起きていたのか?番組では、この「知られざる大量放出」を徹底検証。これまで分かった事実と併せて、事故の全貌を浮かび上がらせ、今に突き付けられた課題を探っていく。

セシウム放出4京ベクレル 従来推計の2倍 気象研
(2012年2月29日 朝日新聞)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故によって大気中に放出された放射性セシウムの総量は、最大約4京(けい)ベクレル(京は兆の1万倍)に上るという試算結果を気象庁気象研究所などがまとめ、28日公表した。

 旧ソ連のチェルノブイリ原発事故での放出量の約2割に相当し、従来の国内外の機関による推計値の約2倍だ。今回は北太平洋79地点で採った海水の放射能の実測値をもとに計算したのが特徴で、これまでの試算に比べ、より実態に近いと期待される。

 原発事故で放出された放射性物質の3割は陸、7割は海に広がったとされる。そのため、海のデータを考慮しないと、正確な放出量を試算することは難しい。

 気象研の青山道夫主任研究官らは昨年4~5月時点の海水のセシウム濃度を測定。これをもとに、大気や海洋での拡散モデルを用いて原発から大気中への放出量を計算したところ、セシウムの総量は3京~4京ベクレルとなった。

 このほか、このうちの約7割にあたる大気から海への降下分と、東京電力が原発から海に放出した汚染水の放射能を合わせると、推定約2.4京~3京ベクレルが海に流出したと推定された。

 セシウム137の大気への放出量(1.5京~2京ベクレル)で比較すると、日本原子力研究開発機構の値は0.88京ベクレル。国内外の研究者が出したデータは0.7京~3.5京ベクレルとばらついていた。

 研究結果は茨城県つくば市内で開かれている「環境放射能」研究会で発表された。(岡崎明子)

     ◇

 東京電力は28日、福島第一原発の港で、作業船から海底に試験的にセメントを流し込む工事を始めた。海底を覆い、たまった放射性セシウムが巻きあがって沖合に広がるのを防ぐ。3~4カ月で完了させる。

 防波堤の内側の海底約7ヘクタールを覆う予定。試験注入では、どれぐらいの厚さで覆うと効果が出るかを確かめる。悪天候で海が荒れ、工事が中断していた。

※追加資料

危機後の大量放出で汚染深刻化
(2014年12月21日18時36分 NHK)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故で放出された放射性物質は、核燃料のメルトダウンや水素爆発が相次いだ事故発生当初の4日間ではなく、その後に全体の75%が放出され汚染を深刻化させていたことが、日本原子力研究開発機構の分析で分かりました。政府などの事故調査はこの時期に何が起きていたかを解明しておらず、専門家は「放射性物質の大量放出がなぜ長期化したのか、原因の解明が求められる」と話しています。

福島第一原発事故の規模は、放射性物質の放出量からチェルノブイリ原発事故と同じ「レベル7」とされていますが、放出の詳しい全体像は明らかになっていません。

日本原子力研究開発機構の茅野政道所長代理らの研究グループは、原発周辺などで観測された放射線量の新たなデータを集め、大気中への放出状況を詳しく分析しました。その結果、事故が起きてから放出がおおむね収まった3月末までに放出された放射性物質の量は47万テラベクレルと推定され、このうち、核燃料のメルトダウンや水素爆発が相次いだ3月15日の午前中までの4日間の放出量は全体の25%で、むしろ、その後の2週間余りで全体の75%を占める大量の放出が続いていたことが分かりました。

さらに、当時の気象条件を基に拡散の状況を解析したところ、15日の夕方から深夜にかけて起きた大量放出で、今も帰還困難区域となっている原発周辺の汚染が深刻化していたほか、20日の夜から翌日にかけての放出が関東地方など広範囲に広がり、一部の水道水の汚染などにつながったとみられることが分かりました。

今回の分析結果は、事故の進展を食い止められず危機的状態とされた当初の4日間のあとも放射性物質の大量放出を抑え込めていなかったことを示していますが、政府などによる事故調査は当初の4日間に重点が置かれ、その後の放出の原因については解明されていません。

茅野所長代理は、「今後の原発事故の防止や事故の早期の収束のためにも、なぜこのような放射性物質の大量放出が長く続いたのかを解明していかなければならない」と話しています。

福島県では12万人余が避難生活
福島県では、今も12万人余りが避難生活を余儀なくされているほか、深刻な汚染が残る「帰還困難区域」は、大熊町や浪江町など6つの市町村に広がっています。

大熊町で畜産業を営んでいた池田美喜子さん(57)は、今も自宅や牧場周辺で年間50ミリシーベルトを超える被ばくが想定されていて、およそ50頭の牛を残したまま避難生活を続けています。池田さんは、20キロ離れた避難先から牧場に通って餌を与えていますが、出荷することはできず、悩んだ末、生き物への放射性物質の影響を調べている大学の研究チームに、牛を提供することを決めました。

池田さんは、「牛がかわいいので、本当につらいですが、寿命が来るまで十分に栄養を与えられないまま育てているよりも、せめて人の役に立つならばと研究に協力しています。帰りたいのに帰れない。原発事故が悔しいです」と話しています。

「完全にやり残してしまった」
東京電力福島第一原子力発電所の事故を巡っては、政府や国会が設置した調査委員会のほか、東京電力も調査を行い、それぞれ報告書をまとめています。しかし、いずれも核燃料のメルトダウンや水素爆発が相次いだ3月15日の午前中までに調査の重点が置かれていて、今回、放射性物質の大量放出が明らかになった15日午後以降に何が起きていたのかは、ほとんど触れられていません。

政府の事故調査・検証委員会の委員長代理を務めた作家の柳田邦男さんは、「15日以前のことに圧倒的に重点が置かれていて、15日以降については、付随して起こったことくらいの意識しかなかった。いちばん謎の多い原子炉からの放射能漏れのような点は、さらに継続して調査するという点では、完全にやり残してしまった」と期間がおよそ1年に限られた当時の調査を悔やんでいます。

そして、政府が常設の調査機関を作るべきだとしたうえで、「被害を受けた人たちは、なぜ自分がこんな目に遭うのか、原因をはっきりさせてくれと考えている。こういうニーズに対して、国も電力会社も応えていかなければならない」と述べ、被災者に寄り添った調査を続けていく必要性を強調しています。

http://www.asyura2.com/14/genpatu41/msg/466.html

「津波で電源喪失」 海外の実例知りつつ放置 保安院と東電

2011年の新聞記事の振り返り

想定超す津波 確率50年で10% 東電06年に試算、放置
(2011年10月19日 共同通信)

2011年10月19日 想定超す津波確立50年で10% 東電06年に試算、放置

「津波で電源喪失」認識 海外の実例知りつつ放置 06年に保安院と東電
(2012/05/15 共同通信)

 経済産業省原子力安全・保安院と東京電力が2006年、想定外の津波が原発を襲った場合のトラブルに関する勉強会で、東電福島第1原発が津波に襲われれば、電源喪失する恐れがあるとの認識を共有していたことが15日、分かった。

 東電は08年、第1原発に高さ10メートルを超える津波が来る可能性があると試算していたが、昨年3月の東日本大震災の直前まで保安院に報告していなかった。

 保安院によると、勉強会は04年のスマトラ沖地震で海外の原発に津波被害が出たことを受け、保安院の呼び掛けで電力数社が参加して設置。06年8月に「福島第1原発に14メートルの津波が襲った場合、タービン建屋に海水が入り、電源設備が機能喪失する可能性がある」との文書をまとめていた。
 保安院は、こうした情報が電力会社の社内で共有されているかは確認していなかったという。

 この問題をめぐり、東電の勝俣恒久会長は14日、国会が設置した福島第1原発事故調査委員会で、保安院がまとめた文書が社内の伝達ミスで経営陣に伝わっていなかったと証言。「(文書が上層部に)届いていれば、対応が図れたかもしれない」と述べた。

 枝野幸男経産相は15日の閣議後の記者会見で「上層部に伝わっている、伝わっていないは問題ではない。電力会社の代表が参加し、そこで共有された認識は、それぞれの事業者内部で共有されるのが前提だ」と批判した。

 東電の08年の試算では、第1原発の1?6号機で海抜8・4?10・2メートルの津波を想定。敷地の一部では最高で15・7メートルまで津波が駆け上がるとの結果も出ていた。震災の津波では実際に14?15メートルまで海水が到達した。(宮崎雄一郎)

◎海外の実例知りつつ放置 
 インド原発で津波被害 

 2004年のスマトラ沖地震でインド南部にあるマドラス原発では、津波でポンプ室が浸水するトラブルが起きていた。冷却用の取水ポンプが津波で使用不能となった東京電力福島第1原発事故の約6年半前。国や東電は海外の実例を知りながら、有効な対策を取らず放置した。

 津波に襲われたマドラス原発は22万キロワットの原発2基のうち1基が稼働中だった。警報で海面の異常に気付いた担当者が手動で原子炉を緊急停止した。冷却水用の取水トンネルから海水が押し寄せ、ポンプ室が冠水。敷地は海面から約6メートルの高さ、主要施設はさらに20メートル以上高い位置にあった。

 東日本大震災で大津波に襲われた第1原発は、海沿いに置かれたポンプ類や地下の重要機器が浸水。原子炉冷却機能を喪失し、事故を招いた。東電関係者は「社内では津波に弱いとの共通認識だったが、まさか大津波が襲うとは思っていなかった」と話している。(鎮目宰司)


原発隣接地帯から: 脱原発を考えるブログ
(西日本新聞2012年5月16日朝刊=共同通信)


大津波の警告「無視」保安院と東電

大津波の警告「無視」

2013/03/11

東京新聞を(勝手に)世界イチにする会

「東京新聞を(勝手に)世界イチにする会」という会を友人たちとつくりました。この会は、現在、購読者数が世界一である読売新聞よりも東京新聞の購読者を多くすることが目標です。 

毎日や朝日や西日本新聞などにもいい記事を書く友人たちがいるのですが、福島原発事故の後の東京新聞は、これまでのマスメディアにはなかった「新聞社をあげて、2年間、いい報道を続けている」という素晴らしい仕事を継続しています。

「原発報道」いちばん頼りにしている新聞

東京新聞を(勝手に)世界イチにする会
福島原発事故の後、多くの市民にハッキリと見えてきたのが、日本という国が「おカネを重視して、いのちを軽視している」という事実だと思います。

その潮流をつくることに「大きな貢献」をしてきた一員が、新聞やテレビなどのマスメディアだろうと思います。福島原発事故が起こる前まで、マスメディアは原発の問題を本腰を入れて報道することは稀でした。

大きな広告料を払ってくれるスポンサーやその企業が属する経済団体などに「配慮」した報道がなされてきました。しかし今、一部のメディアにそうしたことを反省する姿勢が生まれ、それを日々の報道の中で実践しています。

日本の社会を「いのちを大切にする社会」に変えていくためには、「いのちを大切にする報道」を市民が支持し、応援する必要があります。それがなければ、その新聞社やテレビ局は生き残ることができないからです。

逆に、原発事故の後も報道姿勢がほとんど変わらない新聞社があります。こうした新聞社が、これまで通りの支持を受け続けるなら、この新聞社は報道姿勢を変えることはないでしょう。

原発に関する報道の中で、ひときわ輝きを放っているのが中日新聞系列の東京新聞です。「東京新聞を(勝手に)世界一にする会」は、今、購読者数が世界一である読売新聞よりも東京新聞の購読者を多くすることを会の目標にしています。

そのためには、東京新聞を全国で読めるようにしなければならないでしょう。東京新聞が全国紙になることが理想ですが、まずはネット購読ができるように動きたいと思います。

東京新聞は「ネット購読の希望者が多ければ、検討します」とのことなので、私たちは勝手に「東京新聞をネット購読したい人」も募集しはじめようと思います。そして、東京新聞がネット配信を始めたいという気持ちになるくらいの購読希望者が集まったら、東京新聞に連絡する予定です。

「マスメディアを市民が育てる」ということをFacebookなどを使って、「実験」してみたいのです。いろいろ実験したいことがありますが、その一つは、こんなことです。

まず、皆さんから「これまでの東京新聞のいい記事」を投稿していただきます。そして、皆さんが、いい記事だと思うものは「いいね」や「シェア」をして下さい。そして、「いいね」には1点 「シェア」に3点が与えられ、定期的に集計されて「東京新聞いい記事ランキング」が発表されます。

この実験は、「ひとり一人の市民がメディアになる」ということでもあるでしょう。先では「妨害」も出てくるかもしれませんが、小さなことはあまり気にせず、このチャレンジを楽しみながら、おおらかにやっていきたいと思います。

多くの市民の力で「いのちを大切にするマスメディア」を育てましょう。

皆さんの参加をお待ちしています。

(写真は、2011年5月1日 genpatsu)から拝借
3.11以後の「原発報道」で、あなたいちばん頼りにしている新聞を一紙だけあげてください。
facebookより「通販生活おなじみの識者100人に聞きました」 

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