2013/04/29

菅原文太さん 脱原発を語る 「経済成長より大切なものがある」

「原発のために途方もないカネがばらまかれ、いやも応もなくからめ捕られてしまう。戦後、日本はカネばかり追い求めてきた。敗戦から立ち上がるにはそれしかなく、頑張ってきたのは確かだけど、あまりに偏りすぎたんじゃないのかな」

「財界人や政治家は『経済成長』とお題目のように言うが、それしかないのか、もっと大切なものがあるんじゃないのかと思う。国会中継を見ていても、とってつけたように復興の問題は出てくるが、増税がどうとかカネの話ばかりだ。そろそろ経済はいいじゃないか」

菅原文太さん脱原発を語る「危険な物はやめないと」

菅原文太さん 脱原発を語る「危険な物はやめないと」
(2011年11月21日 東京新聞)

「生活様式を変えなくても、みんなが使っていない電気を消すくらいで、原発がなくても十分やっていけるんじゃないの」。そう話すのは、俳優の菅原文太さん(78)だ。数々の映画やテレビドラマで確固たる地位を築いた“国民的俳優”は、山梨県で無農薬の有機農業にいそしむ毎日。南アルプスを望む豊かな自然のもとで、脱原発への率直な思いを語ってもらった。(鈴木泰彦)

「昔、仕事で福井県の敦賀に行ったとき、街並みが普通と違っていて驚いたことがあった。映画のセットは瓦も木も、妙に新しいだろ? そんな人工的な、ピカピカした街のように感じた。聞くと『原発の交付金で(さまざまな施設や道路が)つくられた』と。奇異な感じだったね」

代表を務める山梨県北杜市の農業生産法人「竜土自然農園おひさまの里」の事務所で、スタッフとの打ち合わせを終えたばかりの菅原さんは、首に手ぬぐいをまいたまま、ゆっくりと口を開いた。

「ずっと、原発には賛成でも反対でもなかった。どちらかというと無関心だった。原発から離れたところで暮らしているとね。でも福島の事故で変わった。やめたほうがいい、危険物は。科学によってつくられたものが無謬であるはずない」

「ドイツは政府が脱原発で、20年後にすべてなくそう、自然エネルギーに変えていこうと明言している。イタリアもそう。なのに(原発事故を起こした)日本はいまだにはっきりしない。専門家は人によって全く違うことを言い、メディアも分かったような分からないような報道しかしない。国民は誰の何を信じていいか分からない。何という国なんだろうな」

福島第一原発事故を機に、原発への世間の関心は飛躍的に高まった。6月には東日本大震災の被災地支援事業の発表会見で「日本でも原発の是非を問う国民投票を」と発言した。だが、芸能界では原発の賛否すら明らかにしない人が多い。

「何で言いづらいんだろう。みんな東電にお世話になっているの? そんなことないだろう。芸能人だろうが、政治家だろうが、農家だろうが、個人として言いたいことを言わなきゃ。憲法が定めてくれているじゃないか、言論の自由を」

「夏の節電時、街は薄暗くなったけれど、俺には心地よいくらいだった。24時間こうこうとってのは、まともじゃない。昼は明るく、夜は暗い。子どものころはそうだった。20年くらい前まで家にはコンピューターもなかったし、その前は冷蔵庫やテレビもなかった。でも、それなりに暮らしていただろ? 女房と飯を食いながら、ちょうどいいねなんて話してたんだ。あのまま節電を続ければいいのに」

農園では、若い従業員が数人住み込みで働く。つい最近、建物の屋根に太陽光発電用のソーラーパネルを設置した。

「使う分くらいの電気は賄えそうだ。黙ってあぐらをかいてりゃ電気が来ると思ってきたけれど、ミニ水力(発電)とか、いろいろ工夫する人が増えているみたいだな。一人一人がそういう新しい認識を持つようになったら、電力会社からもらう電気は少しで済む。日本中がそういう方向へ行けばいいね」

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これだけの惨事が起きてもなお、財界は原発推進の姿勢を堅持する。

「それは自分たちの都合だ。企業はいろんなモノを作り、それが山のように積まれている。でも、みな人間の暮らしを左右するほど重要なファクター(要因)なんだろうか。国民は何でも買いまくるのではなく、必要のないものは買わないようにすればいい。ないないづくしの時代まで戻る必要はないけれど、ちょうどいいところってあるはずだよな」

宮城県の実家は農家だった。山梨で農園を始めたのは、甲府市で開いた講演会で聴衆に「勤めばかりしないで農業をやれよ」と発言したのを聞き付けた山梨県知事から、「ではうちで農業をやってください」と頼まれたのが発端。2009年に北杜市で立ち上げた農園で、若者たちといっしょに無農薬のホウレンソウやトウガラシ、ミニトマト、ラディッシュなどを育て、都内のレストランやホテルなどに出荷している。今年は冷え込みが緩く、大根の出来があまりよくないそうだ。

「3年目だけど、赤字続きだ。面積は二町五反くらい(約2・5ヘクタール)あるのかな。農業は奥が深くて、果てしない。はっきりした方法があるようで、ないんだ。土も地域によって違うしね。まだ試行錯誤の最中だよ」

仙台市生まれで、宮城県栗原市で育った。有数の穀倉地帯で、原発事故で飛散した放射性セシウムで汚染された稲わらや肉牛が、そこから出回ったと報じられた。

「なぜ原発からあんなに遠い栗原で、と気になって聞いたら、風で運ばれたんだと。静岡あたりにも飛んでいるというじゃないか。農薬と同じで、放射能も体内に入らないに越したことはない。でも、そもそもわらを作った人のせいじゃないんだよね」

幼少時代から身近だった農業だけでなく、菅原さんが思いを向けるいろいろなところに、原発は深刻なダメージを与えた。主役の会津藩士を演じた1980年放送のNHK大河ドラマ「獅子の時代」ゆかりの福島を思い、心を痛める。昭和一桁世代。父親の威厳にこだわり、「げんこつおやじの会」を立ち上げたこともある。映画で演じた役柄さながら、硬派を貫いてきたその目に、今の日本はあまり良く映っていない。

「原発のために途方もないカネがばらまかれ、いやも応もなくからめ捕られてしまう。戦後、日本はカネばかり追い求めてきた。敗戦から立ち上がるにはそれしかなく、頑張ってきたのは確かだけど、あまりに偏りすぎたんじゃないのかな」

「財界人や政治家は『経済成長』とお題目のように言うが、それしかないのか、もっと大切なものがあるんじゃないのかと思う。国会中継を見ていても、とってつけたように復興の問題は出てくるが、増税がどうとかカネの話ばかりだ。そろそろ経済はいいじゃないか」

「この間、中国の人権活動家が『日本も人権問題で発言を』と求めたという記事を読んで、ああそうだな、と。人権とか自由とか、本当の意味の民主主義とは何なのか、言い合ったり考えたりしないよね。ここらで立ち止まって、暮らしとか自由とか権利とか、そういうところへ立ち返らないといけないね」

<デスクメモ> 経済成長を最優先して弱者を切り捨てる政策は、小泉政権の十八番だったが、いまや野田政権も同じ道を進んでいる。政治の目標は成長ではない。弱者に手を差し伸べ、格差を是正し、国民が誇りを持てる国にすることではないのか。菅原さんの素朴な問い掛けに、国の姿勢や自分の生き方を考える。(立)

<すがわら・ぶんた> 1933年8月、宮城県生まれ。58年、新東宝入社。松竹、東映などで多数の映画に出演し、シリーズ化された「仁義なき戦い」「トラック野郎」は大ヒットした。山梨県北杜市で遊休農地を借りて農業生産法人を設立、有機農業に取り組む。都会から農山漁村への移住を手伝うNPO法人「ふるさと回帰支援センター」顧問も務める。

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