ウィンドファーム流フェアトレードの20年

第二章 ?フェアトレードの20年?
(その2 エクアドル・インタグコーヒー生産者協会)
インタグコーヒーのフェアトレード
?それでは、エクアドルのインタグコーヒーとの出会いについて教えて下さい。
 始まりは、さりげなくやってきました。1998年夏に日本ブラジルネットワーク代表の原後雄太さんがウィンドファームを訪ねて来られて、「ブラジルで支援を続けている村の無農薬コーヒーをフェアトレードで買ってもらえないか」という相談を受けました。何とか話がまとまり、ホッとした原後さんが何気なく語りはじめたんです。「じつは今、エクアドルで森林を破壊する鉱山開発の問題が起こっていて、森を破壊しているのが日本企業なんです。それに対して地域住民がコーヒー生産組合をつくって、有機コーヒーを栽培しながら、必死で森を守ろうとしている・・・」と。 それを聞いた私も何気なく、「ちょうど秋にブラジルとコロンビアから有機コーヒー生産者と研究者を招いて国際有機コーヒーフォーラムを開催する予定なので、エクアドルからもフォーラムに参加してもらいましょうか、と何気なく答えたことが、エクアドルとつながるキッカケになりました。


?98年秋、福岡で国際有機コーヒーフォーラムを開催しましたね。
 エクアドルからは3人のゲストを招待しました。スペインの侵略以来、500年の歴史で初めて誕生した先住民キチュア族出身のアウキ・ティトゥアニャ知事が基調報告をしました。「私たちは、生態系に配慮した発展を目指しています。コタカチはアンデス山中にあり、山の上は雪をかぶっていますが、下には熱帯性雲霧林が広がっている標高差の大きい地域です。大小の湖沼、川に恵まれていて、多様な生物が生息するだけでなく、様々な民族が暮らしています。 政治的には、96年に制度改革があり、コミュニティの参加が重視され、多数決による民主的な選挙が行われて、先住民である私が知事に選ばれました。就任後、人種差別を解消し、参加型の政治を作り出すことに力を入れています。このような先住民の政治参加は、周辺の南米諸国に注目されています。
 これまでは商業伐採による森林の消滅や河川の汚染が問題となったり、セメント原料の採取などが地域住民の参加がないまま進められて問題となってきました。そして現在、インタグ地域では、日本の企業と国際協力事業団などによる銅山開発問題が生じています。コタカチでは生態系保全自治体宣言をして、生態系を保全し管理していくことを市民に啓蒙しています。さらに環境管理計画を立て、有機農業の推進、エコツーリズム事業など銅山開発に代わる持続可能な産業を作り出そうとしています。銅山開発は20年ぐらいで終わってしまいますが、開発による負の遺産は大きく、その傷跡はほとんど永久に残ってしまいます。森林の破壊、カドミウムなどの重金属による汚染で住民はそこで暮らしていくことが困難になってしまいます。私たちは、こうした問題を克服し、豊かな大地を守りたいと思います」
 また、アウキさんと共にフォーラムに参加した住民代表のポリヴィオ・ペレスさんは「インタグ地方の小農民を代表して有機栽培によるオルタナティブな農業の提案をしています。インタグ地方には主婦の団体もあり、手工芸品の製作、家畜の飼育もし、家族農業が成り立っています。生物多様性の豊かな土地において銅山開発は脅威であり、有機農業とは相容れません」と語りました。
 インタグコーヒー生産者協会のエドガー・カバスカンゴさんは「森林農法でオーガニックコーヒーを作り、同時に果樹や自給用作物を作って、地域の生態系を崩すことなく農業を成り立たせることができます。日本の企業による銅山開発によって川が汚染され、土に汚染が残るということがどういうことか、私たちの厳しい現状を理解して下さい」 と日本人に訴えました。
?国際フォーラムでの訴えを聞いて、どう思いましたか?
 何となく成り行きで、エクアドルから招待したんだけど、彼らの話を聞いてしまったら、何もせずに放置することが心苦しくなってしまったんですね。
エクアドルとつながる出逢い
 会議の後に、どうしたらいいのか悩んでいました。そしたら、「エクアドルへのエコツアーを企画するので参加しないか」という連絡が入りました。じつは、この会議に先立ち、初対面の2人がゲストと一緒にウィンドファームを訪ねてきました。一人はシンガーソングライターで環境保護活動家のアンニャ・ライトさん。もう一人は、明治学院大学教員の辻信一さん。この2人が、会議から3ヶ月後に、エクアドルへのエコツアーを企画して、私をインタグ地方に案内してくれました。
 
?明治学院大学の学生さんも参加したんですよね。
 ええ、何故だか女性ばかり8名。この女子大生たちがその後、ナマケモノ倶楽部という環境団体をつくるキーパーソンになっていきます。エクアドルで最初に訪問したのはコタカチ市で、アウキ知事が盛大な歓迎会を開いてくれました。アンデス山脈の標高3000m以上にあるクイコチャ湖畔でのシャーマンの儀式やキチュア族の伝統舞踊や歌に夜遅くまで酔いしれました。
 翌朝、インタグ地方のコーヒー園に乗り合いバスで向かいました。鉱山開発に反対することは、経済政策最優先の政府方針に反対しているということでもあり、そのために、道路は舗装されず、山道の崖崩れや土砂崩れがあっても、政府は力になりません。その土砂崩れに私たちも遭遇し、バスを降りて、荷物を抱えて泥道を歩くという体験をしたわけですが、地元の人は、それに加えて土砂崩れの度に復旧作業もしなければなりません。そういった背景も知ると、インタグ地方の人々の環境保護意識のすごさが分かってきます。
?つまり、インタグ住民と自治体は鉱山開発に反対して自然を守ろうとしているが、国は鉱山開発を進めようとしているわけですね。
 そうです。ですからエクアドルでは、国有林の方が簡単に伐採されてしまうそうです。それは、対外債務を抱えた政府が借金の返済に追われていることなどが大きく影響しています。そうした困難な状況で環境を守っている住民のリーダーが、カルロス・ソリージャさんです。ソリージャさんの家はバス停から40?50分ほど歩いた森の中にありました。そして、彼の「コーヒー園」は、ブラジルなどとは全く違い、様々な樹木や果樹、野菜などの中に「コーヒーもある」といった感じでした。
  「一般のコーヒーは、森林を伐採し、そこにコーヒーだけを大量に植えるプランテーション農法で栽培されていますが、ここでは森林を残したまま、その間にコーヒーの木を植えています。バナナ、オレンジなどの熱帯果樹や野菜などとの混作が行われています。こうした栽培方法(森林農法)は、コーヒーが分散していて、農作業も収穫も手間も掛かります。しかし、多様な作物を栽培しているため、いくつかの作物が不作だったり販売価格が暴落しても、他の作物でカバーできる可能性が高いのです。場所によっては、森林農法の森の方が一般的な森林よりも多様性がある場合があり、生物多様性を守るためには、とても優れた農法なのです」というソリージャさんは、インタグコーヒー生産者協会の役員であると同時に、インタグ地区の住民がつくったDECOIN(インタグの保護と防衛)という環境保護団体の副会長でもあり、原生雲霧林という世界にも少なくなっている森林の保護区管理もしています。
 私たちを森に案内したときの彼は、樹木や草花や滝のことをまるで友だちを紹介するように嬉しそうに話してくれました。生物種の絶滅、減少を防ぐために最も重要なことは、生物多様性の豊かな森を守ることだと言われていますが、世界でも特に重要な25の森林のうち2つがインタグにあります。そんな豊かな森を歩いてお腹がすいた私たちは、この農場で栽培された無農薬野菜の手作り料理を大自然をバックにした屋外のテーブルで心ゆくまで満喫したのでした。その時の私には、ソリージャさんが鉱山開発派から脅迫を受けていることなど想像もつきませんでした。
 次に訪問したコーヒー園は、コーヒー生産者協会副会長のギド・コシンさんの農場です。インタグ地区は標高1000?1800m、雨量2000?2700ミリ、気温20?25度と良質コーヒー生産に適した環境にあるだけでなく、栽培方法が、森林農法で行われているため、無農薬栽培に適しています。
また、山間地の急斜面の土壌浸食(流失)を防ぐためにも森林農法は役立っています。
 しかし、そうした化学物質に頼らない農法は永続性があるものの、化学肥料や農薬を多用して短期間に沢山の収穫を得る近代農法に比べれば収穫量も少ないため、「今、食っていくために仕方なく」近代農法を選択する人たちもいます。
インタグの人々の想い
 コーヒー園の見学の後、有機コーヒー生産者協会の主要メンバーと環境団体DECOINの役員、そして、インタグ各地のコミュニティ代表者30名ほどと長時間の話し合いを持ちました。いずれも、私が想像していた以上に自然保護の意志が強く、「メガネグマ、ジャガー、ホエザル、ゴシキドリ、キミミオウムなど30種以上の絶滅危惧種が住む豊かな自然を破壊したくない」「重金属などの有害物質で環境を汚染したくない」「子どもたちに美しい自然ときれいな川を残したい」という想いに溢れています。
 ただ、地域の中には「銅山開発によって道路が舗装され、地域に働く場ができたり、お金が落ちることで、今の貧困から抜け出せるのなら銅山開発も悪くないのではないか」という人もいます。インタグは、国連のいう貧困ライン以下の人たちが大半で、教育を受けられない子どもたちも沢山います。こうした状況のなかでは、ただ単に環境破壊に反対するだけではなく、どうやって貧困から抜け出すかという代案を示し、それを形にしていく必要があります。
 インタグ全域から集まった代表者たちは、長い間、銅山開発に反対する学習を積み重ねる中で、環境を守りながら貧困からも抜け出すためのベストの方策は、森林農法で「有機コーヒー」を生産し、それを「適正な価格で販売する」ことではないかと考えていたため、前年に協会代表や住民代表が日本に招待されたことは一筋の希望となっていました。そうした状況で、日本から有機コーヒーのフェアトレードを実際にやっている者がやって来たというわけで、彼らの訴えかける熱意には、凄みがありました。
 インタグを訪問する前の私は「とにかく今回の訪問は、現地のコーヒー園を見て、現地の人たちの話を聞いてくるだけで、輸入をするかどうかは日本に戻ってじっくり吟味してから返事をしよう」と考えていました。しかし、そんな考えも吹っ飛ぶぐらいに、彼らの自然保護に対する熱い想いは、私に勇気を与えてくれました。20代で松下さんたちと環境保護運動をしていた頃の自分を思い出しました。そして、後のことを考えず、「皆さんが子どもたちを想う気持ちに感動しました。皆さんのコーヒーをフェアトレードで輸入したいと思います」とその場で決めてしまいました。
 環境団体会長のセシリアさん(小学校教員)が握手をしながら、こう言ってくれました。「インタグの感動を伝えたい。私たち女性と母親の感動です。インタグの皆の気持ちも含んでいます。初めて、インタグで収穫したコーヒーが日本まで届くことを知った感動です。それは、子どもたちの将来を心配していた女性として、母親として、とても感動的です。インタグへの支援に対して感謝します。環境保護団体として、有機コーヒー協会として、大きな一歩を踏み出したと思います。感謝の気持ちは、神様が返してくれるでしょう。」 
 こうして、99年からインタグコーヒーの日本への輸出が開始され、今年で8年になります。設立当初80名程で始まった協会の会員が、現在では300名を超えています。その分、鉱山開発(環境破壊)をくい止める力が強くなっています。また、牧場などを作るために伐採されてしまった森を再生するための森林栽培も広がり始めています。このことは、2004年4月に「素敵な宇宙船地球号」というテレビ番組で放送され、大きな反響を呼びました。たくさんの感想が寄せられていますので、その一部を御紹介します。
 『素敵な宇宙船地球号「緑の森と赤い豆」』を観てアグロフォレストリー(森林農法)フェアトレードという言葉もこの番組で初めて覚えました。素晴らしいですね!!こんなコーヒーを待っていました。地球環境と生産者に貢献できる知恵に感動いたしました。消費者として、関われることに感謝します。      
 昨夜「素敵な宇宙船地球号」を見てとても感動しました。そして、森が育てたコーヒーを是非飲んでみたいと思いHPを探しました。我が家ではミカンを栽培していますが、常々「土地を痛めつけて栽培していないか?」と自問しています。そんな時あの番組は少しヒントを与えてくれた気がします。
 友人が番組の関係者で、お土産に豆をくれたので飲んでみたら、すごくおいしかったので感動しました。豆の生産者の志にも、フェアトレードの主旨にも賛同します。
 このように、いいことばかりを書くと、とても順調にフェアトレードが進行していると思われるでしょうが、実は様々な問題も抱えています。例えば、会員はすべて有機栽培(農薬も化学肥料も不使用)で生産しているのですが、有機認証を得るための費用がなかったり、認証を得るための書類を書けない生産者(子どもの頃、学校に行けなかった人たち)もいます。認証が得られないと販売に不利になります。また、過渡期であるため協会自体にお金がなく、森林農法の指導者を充分に雇えなかったり、協会役員の活動費も充分に出すことができていません。それでも役員たちは、将来に希望を持ち、困難な中で懸命に努力しています。
インタグの困難
?それと、日本企業の鉱山開発は断念されたましたが、カナダの企業が大規模開発を進めようとしています。
 ええ、土地を今までの数倍の値段で買い上げたり、開発関連の仕事に雇ったり、反対派の中心メンバーを脅迫したり、様々な取引によって、反対派を切り崩してきました。その結果、現状では、インタグ地域でも30%ほどの住民が鉱山開発に賛成するまでになっています。しかし、逆にいえば、それほど開発側の攻勢があっても70%の住民は反対の姿勢を崩していないということです。
 こうした鉱山開発の背景に、「先進国」での「使い捨て」の問題があります。例えば、携帯電話やパソコンや電化製品など工業製品にはいろいろな金属が使用されていますが、新製品が登場する度に、古いものの多くが使い捨てにされます。大量生産、大量消費、大量廃棄は、新たな大量採集(鉱山開発や森林伐採)につながります。
?もう一つ、鉱山開発が繰り返される原因に、先ほどの対外債務(外国からの借金)があります。
 その問題が大きいんです。債務の大きな原因は、「先進国」からの有償援助にあります。有償援助は、無償援助と違い、金利をつけて返済しなければなりません。しかもその金利がとても高いのです。「援助ビジネス」とも言われていますが、大雑把にいえば、独裁者や軍事政権などが、市民が望んでもいないダムや空港などを有償援助でつくり(自分たちのポケットにも莫大な利益が入る)、その借金を返すために自然破壊型の開発が行われているんです。
 その結果、世界中で「途上国」の森林は減少し、鉱山開発による環境破壊があとを絶たないわけです。日本人が考える必要があるのは、日本は世界最大の有償援助国家(「金貸し国家」という人もいる)ということです。エクアドルの政府関係者に、ある有償援助の金利が12%と聞いてびっくりしました。「援助」を受けた途上国は、利子を含めた借金を 返していかなければなりません。数年前に聞いた話では、有償援助の返済に充てるため国家予算の40%を使っているそうです。その分、本来なら市民の医療や福祉や教育に使うべきお金がカットされているのです。
 私たち日本人は大きな経済力を持っているだけに、自分たちの税金や銀行に預けたお金が、「どこで、どのように使われているのか」ということに関心を持ったり、日常生活で買い物をするときに、この商品を買ったら社会や環境にどういう影響があるのか、ということを考えなければならない時代に生きているようです。
 すべての問題をフェアトレードで解決することはできませんが、「途上国」の人たちとつながる中で、彼らが抱えている問題の原因が、私たち「先進国」の人間にもあることを多くの人に伝えながら、それを解決するために、どうすればいいかを彼らと共に考え、行動していきたいと思っています。
 2001年に来日したカルロス・ソリージャさんはこう言っています。「規制のないグローバル経済によって、アメリカなどの補助金がついた安い農産物が入ってきます。そのため、村で農業に従事していた者が農業で食べていけなくなって、都会へ出ていきます。しかし、都会にも仕事がないため、貧困問題が生じ、ストリートチルドレンなども増加しています。私たちは、有機栽培のコーヒーを生産して、公正な価格での取引を始めています。こうした取り組みが広がれば、都市へ流出する人も減り、村 (もともとの土地)で生活できるようになるのではないか、と私は思っています。つまり、フェアトレードが世界中に広がれば、農民たちも村で生活し続 けることができ、貧困の問題を改善することができるのではないでしょうか。環境保護とフェアトレードのつながりがどうなっているかというと、私たちのコーヒーを日本に輸出し販売することで、その内の5%が自動的に環境団体に入り、その資金で私たちは環境保護活動を続けていくことができるのです。」

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