森をつくり、守るコーヒーを。エコでピースなスロービジネス

ソトコト(2007年4月号 No,94 木楽舎)に掲載された記事をご紹介します。

Dialogue Slow is Beautiful[最終回]

Guest:中村 隆市 文・写真:辻 信一
【ソトコト】(2007年4月号)
中村さんは日本におけるフェアトレードのパイオニアだ。フェアトレードという外来語を知る前から、独自のやり方で公正なビジネスを模索してきた。
農業や生協職員としての経験を活かしてビジネスを始めたのは1986年のこと。生協運動がつくり始めていた有機農産物の生産者と消費者の間の“提携”と呼ばれる関係を、国際的な貿易に当てはめようと考えた。きっかけはチェルノブイリの原発事故だった。日本で拒否された放射能汚染食品が貧しい途上国に回されていたことを知って、ショックを受けた。
「納得いかなかったんです。自分さえよければいい、自分の会社、自分の国さえよければいい、という経済のあり方が納得できなかった。それをなんとかしたいと思って、ビジネスを始めたわけです」
中村さんのウインドファーム社は今年20周年を迎える。中南米やインドの生産者とのフェアトレードに携わる一方、チェルノブイリ事故被害者の医療支援を続けている。脱原発、環境、平和の運動はいつも中村さんのビジネスと切り離せない関係にある。
今最も心配なのは、間近に迫る青森県六ヶ所村の核廃棄物再処理工場の本格稼働だ。
「通常の原発1基が1年間に出す放射能を、1日で空と海にばら撒く施設がもう試験的に動き始めている。一体、どこが“美しい国”なんでしょう?」
この春、コーヒーを行商しながら六ヶ所村問題を訴える日本縦断の旅に出るつもりだ。


アグロフォレストリー
―森林農法―

辻信一(以下T) 中村さんのビジネスの中心に森林農法というテーマがありますが、まずこれについて説明してください。
中村隆市(以下N) これまで、農業とはふつう森林を伐採して農産物をつくるというものだと考えられていましたよね。しかし森林農法というのは森を伐採せずに、森の生態系を守りながら行うものなんです。あるいはすでに伐採されてしまった森に、果樹やコーヒーなどの作物と一緒に樹木を植えて、森をつくり直す、という役割も果たす。英語でアグロフォレストリーといいますが、日本ではまだあまり知られていない言葉です。
T フォレスト、つまり森で、アグロ、つまり農業をやる。あるいは農業で森をつくる。主に熱帯や亜熱帯の地域におけるひとつの農業の考え方と言っていいのでしょうね。
N ええ、しかし、日本でもこれに通じることは今までもあったし、これからももっといろいろな可能性もあるのではないか、と考えています。例えば、森の中でのキノコの栽培などがありますよね。
T 今、日本で「里山」という名で、人間の手が加えられた二次的な生態系の重要性が注目されている。同じ「暮らしの森」として森林農法の森と本質的につながるものだと考えられそうですね。
N そう、だからアグロフォレストリーというのは、何も新しい方法とか理論というわけじゃないんです。
T 中村さんの有機コーヒーの事業はまずブラジルで始まったわけですが、ブラジルのコーヒーといえば、森林農法とは対極的なプランテーション型の栽培で世界に君臨してきたわけでしょ。
N そうです。広大な農地を使っての単一栽培です。私は単純にコーヒーの最大の生産地だからと思ってブラジルに行き、有機栽培農園を探すんですが、今考えると有機コーヒーを探すには世界で一番難しい国だったかも。でもだからこそ、そこで有機農法をやっているすばらしい人に会えたということなんだけど。一見、常識から外れていると思われるようなことこそが、案外大事なんですね。
T それがジャカランダ農場のカルロス・フランコさんですね。亡くなった今でも「有機コーヒーの父」として尊敬を集めている。ぼくは2000年に中村さんの案内でジャカランダ農場に故カルロスさんを訪問して感動しました。お二人のつき合いに、スロービジネスの原点を見た。中村さんは単に生産物を輸入したのでなく、パートナーとして生産者であるカルロスさんと共に有機農業を育て、一緒に畑を森に近づけていくプロセスに参画したわけです。
ジャカランダ、インタグ、トセパン
N カルロスさんはもともと森やその生きものたちが大好きな人でした。彼が1856年から続いている農園を後継ぎとしてまかされた時には、ブラジルでは当たり前のプランテーション型の近代農業をやっていたんですが、彼はこれに直感的な疑問を抱き、農場にある大きな木を守ったり、植林をしたりしていました。私も行く度に植林を一緒にやって、かなりの木を植えてるんです。カルロスさんが森林農法について確信をつかんだのは、私と共にコロンビアでの有機コーヒー国際会議で、メキシコのアグロフォレストリーの専門家であるパトリシア・モゲルの話を聞いた時です。それ以来は、理論的な裏づけも得て、森林農法をブラジル型の農園の中に取り入れる努力をしていました。年ごとに森が農園の中に増えていく。エクアドルとかメキシコのコーヒー園と比べるとまだまだ樹木の数は少ないんですけど、ブラジルでは非常に珍しい形が出来上がりつつあるわけです。
T その次に、中村さんが始めたフェアトレードはエクアドルのインタグの森のコーヒーですね。エクアドルはぼくと中村さんが出会った場所でもあります。
N そうですね。インタグの森は世界的にもその生物多様性で知られる場所。その森を破壊するような鉱山開発をJICA(国際協力機構)が先導し、日系企業が進めようとしていた。住民のほとんどがそれを食い止めたいと思ったわけです。しかしその地域は、住民の9割が国連のいう貧困ライン以下で、ただ開発反対というだけでは運動を維持することはできなかった。自然破壊型の開発に代わる地域発展のヴィジョンを示す必要があったわけです。で、その核として森を守る農業、つまりアグロフォレストリーがあったわけです。つまり、地域自給的な農業に、有機コーヒーのような商品作物、エコツーリズム、地域の民芸品などによる現金収入を組み合わせてやっていきたいという地元の人々の熱意に動かされて、私はコーヒーのフェアトレードを始めました。
T そしてメキシコですね。プエブラ州北西部の「トセパン」という協同組合が取り組んでいる森林農法。ぼくが見せていただいた中では、これが一番わかりやすいモデルだと思いました。
N ええ、メキシコ国内はもちろん、世界的にも代表的な森林農法の例でしょうね。
T 畑に木があるという感じじゃなくて、本格的な森らしい森の中に、作物がいろいろあるという感じ。ビックリしました。
N かなり古い森だという印象を受けますけど、「トセパン」が結成されて今年で30年。実は森林農法をやる前は、メキシコ全土で近代農法を国家の政策として進めた。森林伐採して、化学肥料や農薬を使用して、ということが全国に広がっていった。
T 「緑の革命」という名で、世界中で賞揚されたものですね。
N 「トセパン」の農民たちがそこから抜け出して、30年も経たないうちに森があそこまで再生するということですね。森林農法を何年かかけて見ていると自然の回復力のすごさに驚かされます。
消費行動で
世界を変える

T コーヒーは世界有数の貿易品ですよね。その背後には巨大な金が動いていて、世界を動かしている。
N 例えば今スターバックスが大変な勢いで世界に広がっていますが、あそこに集まった巨額の利益が、イスラエルのパレスチナに対する軍事行動を支援するために使われていると批判されている。我々が消費者としてどういうものにお金をつかうのかっていうことの、意味の大きさを痛感します。特にコーヒーとかチョコレートの貿易は、ほとんどの場合、貧しい生産国と日本のような金持ちの消費国の間で行なわれるので、「南」と「北」の間の格差や不公平な関係が典型的に表れるわけです。
T その仕組みを見ていくと世界全体が見えてくる。でもだからこそ逆に、コーヒーやチョコレートの流れを変えることを通じて、世界をより良い方向に変えるという可能性も大きい。
N 消費行動で社会を変えていくという、すごい力を私たちひとりひとりが持っている。まさにあのハチドリのお話です。自分ひとりがやったって仕方ないと思う、その意識が変わったら、すごいことがどんどん起きていく気がします。マイ箸やハンカチを持ち歩く、紙を節約する、森林農法のコーヒーを選ぶ。森を守り、森をつくるものをみんなが選ぶようになったらいいですね。そして機会を見つけては、実際に木を植えて、森とつながってゆく。それは静かな革命ですね。そして各自がその主人公なんです。
T これまでフェアというのは、もっぱら人と人との関係についてでしたよね。生きている人間たちの間の、それも産業に従事している大人たちの間だけの。
N でもこれからは、人と自然との間で何がフェアか、今の世代とこれから生まれてくる世代の間の公平さとは何か、を考えていかなければならない。それが持続可能性ということの意味ですよね。そのためには、これまでの「はやい者勝ち」や「独り占め」のファストなビジネスから、「南」も「北」も、人間も自然も、今の世代も未来の世代も喜ぶような、「分かち合い」や「助け合い」のビジネスに転換しなければならないでしょう。それがスロービジネスです。
中村隆市●福岡県出身。
19歳で水俣病のことを知り、公害問題、環境問題に関心を持ち始める。
環境保護の市民運動にかかわりながら、有機農業見習い、廃品回収業、生協職員などを経て、1986年有機農産物産直センターを設立。
その後、フェアトレードの(株)ウインドファームを設立。
98年から「有機コーヒーフェアトレード国際会議」を日本、ブラジル、エクアドルで主催。
ビジネスと並行して、「チェルノブイリ友の会」「非電化・有機工業運動」「ワールドエコロジーネットワーク」の代表を務める。
99年、辻信一らと共に環境・文化NGO「ナマケモノ倶楽部」を設立。
2004年1月、米軍の先制攻撃を支持した国の人間として責任を感じ「イラク医療支援基金」を立ち上げ、5月、スロービジネススクールを開校。
福岡県・赤村での「ゆっくり村」プロジェクトもゆっくり進行中。
https://www.slowbusiness.org/ https://www.windfarm.co.jp/
つじ・しんいち●1952年東京生まれ。
文化人類学者、環境運動家。
様々な職業、16年の海外生活を経て、現在、明治学院大学国際学部教授。
1999年に環境=文化NGO「ナマケモノ倶楽部」を設立、以来そのリーダーとしてスロー・ムーブメントを展開。
100万人のキャンドルナイト呼びかけ人代表。
著書に『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社)など多数。
最新刊は『だきしめてスローラブ』(共著、集英社)、『「ゆっくり」でいいんだよ』(ちくまプリマー新書)
https://www.sloth.gr.jp/tsuji/

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