何世代にも続いていける農業へ(2)→(5)

以前、インタビューを受けた記事が以下のサイトにアップされていることを紹介しましたが、5回連続のうち1回だけしか紹介していなかったようです。残りの4回を掲載します。

何世代にも続いていける農業へ(1)
何世代にも続いていける農業へ(2)
目先にとらわれず広く・長い視野のすすめ
ウィンドファーム  中村隆市社長

フェアトレードに興味を抱く

 中村 有機農業が順調に広まり始めたころ、1986年にチェルノブイリ原発事故が起こりました。もう24年も前の話ですが、8,000キロ離れた日本にまで放射能が風に流されてやってきました。その放射能によって、有機農業の畑も汚染されました。一番かわいそうだったのは、お茶の生産者が放射能汚染の数値が高くて出荷できなかったことです。

 また、事故の後に放射能汚染食品がどんどん日本に入り始めました。防止策として、政府が基準を作りました。370ベクレル以上に放射能で汚染されたものは輸入しないというものです。私が気になったのは、汚染のひどい食品を日本が拒絶して、その結果、行き場を失った食べ物はどうなるのかということでした。調べてみると、その多くがアフリカや中南米やアジアなどの経済的に貧しい国々に回っていました。このことを知って、途上国の子どもたちが気になり始め、翌年、途上国と繋がる仕事がしたいと思って生協を退職しました。自分は今まで、有機農産物の産直運動や有機農業を広げる仕事をしてきたので、これからは途上国で有機農業を広げ、それを日本の消費者に販売しながら途上国が抱える問題を少しでも解決していけたらいいなと考えたのです。

途上国から何を輸入するか

 中村 しかし、私には輸入経験がなく、はじめは何を輸入すれば事業が成り立つかも分かりませんでした。例えば、熱帯の果物を輸入すると1~2ヶ月の船旅と輸出入の手続き中に腐ったりカビが生えたりするため、一般では農薬や防腐剤などを使用しますが、私はそうした化学物質を使いたくなかったので、考えた末に有機栽培のコーヒーを生豆で輸入することに決めました。焙煎する前の生豆だったら長期の保管が可能なので、コーヒー生豆をコンテナで輸入し、注文に応じて焙煎する方法で、少しずつ有機コーヒーを広めていきました。しかし、有機コーヒーの生産者を探すのも、消費者を増やすのもどちらも長い時間がかかりました。
中村社長 森の中にて
 それでも20年以上やってきたので、理解者が増えてきました。一番長く提携している農場は、ブラジル・ミナス州南部のジャカランダ農場で、取引量も一番多くなっています。 この農場があるマッシャード市で、有機コーヒー・フェアトレード国際会議を開催したり、有機農業セミナーを開催してきた結果、有機コーヒーの栽培に取り組む農場が増えました。マッシャード市は、5年ほど前に世界で初めて「有機コーヒー首都宣言」を発表しました。そして、有機農業とフェアトレードの普及に貢献したということで、私も名誉市民賞を授かりました。それほどに市を挙げて有機農業に取り組んでいます。

 ―各国から有機コーヒーを輸入されていますが、ご苦労されたところはどういうところですか。

 中村 生産者と提携して輸入している主要な国は、ブラジル、エクアドル、メキシコで、紅茶をインドから輸入していますが、有機農場や有機生産組合を探すことが難しかったですね。それと、生産者が納得できる価格を基本にして、代金先払いで買い続けてきました。平均すると国際価格の2~3倍で購入しています。

 エクアドルとは11年やってきました。ここでは、自然破壊型の開発があちこちで行なわれています。そのなかの代表例に鉱山開発があります。森林を伐採して鉱物を採掘するのですが、採掘する期間は15年ぐらいです。地域住民は、15年間は鉱山で働けるのですが、鉱山を掘りつくしたらそこで暮らせなくなります。森がなくなって、重金属で汚染され、そこに人々は住めなくなってしまいます。そして、町へ出て行きますが、町へ出て行っても仕事がない。途上国の都市はそうやって膨張していくのですが、仕事のない人が増えてスラムが形成され、子どもが捨てられてストリートチルドレンとなっていきます。

(つづく)

何世代にも続いていける農業へ(3)

特別取材
2010年1月 8日 13:10

目先にとらわれず広く・長い視野のすすめ
ウィンドファーム  中村隆市社長

開発と自然保護のはざまでゆれる途上国の現状

 中村 日本企業が鉱山開発を計画した地域の住民が「森を子孫に残したいが、日本の企業が鉱山開発をしようとしている、そのことをぜひ知ってほしい」という情報が届いたので、現地住民を日本に招待し、国際有機コーヒーフォーラムを開催しました。ブラジル、コロンビア、エクアドルの生産者や研究者が参加しました。

 鉱山開発に反対し、森の中で農業を営んでいるエクアドルの農民が「森林農法を続け、子どもたちに美しい自然を残したいので、森が破壊されないように協力して下さい」と訴えました。森林農法とは、森を伐採せずに森の中で農薬や化学肥料を使わずにコーヒーや果樹や作物を栽培する方法で、森を守ったり、伐採された森を再生したりしています。

 その話を聞いてから3ヵ月後にエクアドルを訪問しました。現地では、苦労して作った有機コーヒーが評価されず、安い値段で買い叩かれている現状がありました。生活が厳しく、作ったものをすぐに売らざるをえないため、足元を見られて買い叩かれてしまうという悪循環でした。生産にかかった原価が保証されず、貧困状態で子どもは学校に行けない、病気になっても病院にかかれない、といった現実がありました。

 そして、鉱山会社は「開発を受け入れたら病院や学校を建ててやる」などと話を持ってくるわけです。そうすると貧しい人たちの中には受け入れてしまう人が出てきます。私は、住民のリーダーから「この森を守り、子供たちがこれからも暮らしていける自然を守るためには、森林農法で作られたコーヒーを適正な価格で買ってくれる人が必要だ」と言われました。

 まず現場を見て、帰国してから買うかどうかをじっくり考えようと思っていたのですが、森林農法の現場を見て、その話を聞いたときに「ここでできたものを全部買います」と言ってしまったのです。それから数年間は、倉庫にコーヒーが山積みになっていましたが、今では人気が出てきて、生産量を増やすようにお願いしている状態です。

有機農法の広がり

 中村 エクアドルとは、これまで11年間やってきましたが、この間、常に鉱山開発の問題が出てきます。最初は日本の企業が来て、その後はカナダの企業が来ましたが、この11年間、開発をくい止めることができたのはフェアトレードのおかげです。弊社が国際価格の2?3倍で購入できているのは、日本の消費者が理解して買ってくれるからです。

 メキシコは森林農法の本場です。これまでは、森林農法から近代農法に変えてきていましたが、一度は近代農法に変えた人たちが再び森林農法に戻ってきています。話を聞くと、森林農法だと百種類以上もいた鳥が、農薬を多用する近代農法に変えたら数種類に激減してしまったそうです。それで、鳥が住めなくなるような農業のやり方ではきっと将来人間も生きていけなくなるだろうと危機感を抱いた人たちが生産者組合を作りました。現在は、森林農法を広める活動を地域の人たちと力をあわせて取り組んでいます。

ブラジル初のオーガニックカフェを開店
ブラジル初のオーガニックカフェTERRA VERDI10
 中村 有機コーヒー生産者が順調に増えたことで、2000年にブラジルで初めてのオーガニックカフェを作ることができました。そうやってよい事例を作るとみんなが真似してくれます。今は100軒ほどのオーガニックカフェが出来ているようです。それまでのブラジルでは、品質のよい豆は外国にほとんど輸出してしまい、オーガニックコーヒーは飲めませんでした。輸出用にいい豆を出し、残りが国内用に使われるため、味のわるさを誤魔化すために深く苦く焙煎して、欠点の味を消し、大量の砂糖を入れて飲むというのがブラジル人のコーヒーの飲み方だったわけです。ブラジルだけでなく多くの生産国でそうした飲み方をしています。

 これではフェアトレードといいながらフェアじゃないなと思いました。その話を生産者と話していたときに、「だったら、オーガニックカフェをつくろうよ」という話になったのです。カフェができると、カフェで出す食べ物の分野にもオーガニックが広がり、野菜、果物、パン、チーズ、肉などにも広がっています。

(つづく)

何世代にも続いていける農業へ(4)

目先にとらわれず広く・長い視野のすすめ
ウィンドファーム  中村隆市社長

長期的な視点がフェアトレードの原点

 ―途上国には仲買人がおり、それがマフィアだったりするわけですが、危険な目にあったこともありますか。

 中村 エクアドルでは、私が買い支えて、鉱山開発をくい止めているわけですから、いつ命を狙われてもおかしくないわけです。一緒にやっている生産者の中心メンバーは間一髪で助かったという人もいますし、家族が暴力を受けたこともあるようです。その対策として私は、エクアドルで国際会議を開くなどして、できるだけ情報を公開するようにしています。そうすると、マスコミも報道しますから鉱山側も暴力的なことがしづらくなります。

 ―生活が厳しいから目先のものに飛びついてしまう途上国の方が多いようですが、それについてはどのように思われますか。

 中村 環境を守りたいと思っている人たちは、長い目で物事を考えますが、そういう人は少ないのが現実です。ほとんどの途上国の人たちは、目先のお金で動かざるをえない状況に追い込まれていますから、その状況を変える必要があります。
そのためには、生産者に「誠実にいいものをつくったら、安定した生活ができる価格で買い続けてくれる」という信頼を与えることです。その信頼が、いいコーヒーをつくり、いい生産者を増やすことにつながります。まず、私が日本でお金を借りて、事前にお金を支払うわけです。ブラジルやエクアドルでは1?2年分のコーヒー代金を先に払いました。そうすれば、生産者は安心して手間ひまかけて、安全でおいしいコーヒーを作ることが出来ます。

 以前、「有機栽培でもおいしいコーヒーはあるんですね」と言われたことがありました。本当は有機栽培の方がおいしいのが普通なんですが、流通に関わる私たちを信頼してくれた人たちが手間ひまをかけて作っていくと、土がよくなって、よくなった土からよい作物が育っていくわけです。
植林ツアー集合写真・ジャカランダ農場
 こうして有機やフェアトレードの市場ができてくると、商社や大手コーヒー会社も取り扱いを始めます。売れるから(売れ筋商品として)扱い始めた会社が増えてきて、こんな出来事が起こりました。

 弊社が提携している農家に「今の売値より高く買います」と言ってきた業者がいました。ある農家がその業者にコーヒーを売って、弊社に売るものがなくなりました。それから2、3年してから、再びその農家から連絡があったので、「どうしました?」と聞くと、「はじめは買ってくれたけど、その後、買ってくれない」というのです。どうも、業者がより有利に買えるところを見つけたらしいのです。人と付き合うのではなく、モノと付き合う人たちは、より儲かる相手を優先します。

 私は、生産者が誠実に栽培したのなら、天候の影響で出来がよくない年でも買います。しかし、「弊社では、美味しいコーヒーだけを厳選して取り扱っています」という企業は、出来の悪い年は買いません。天候によってコーヒーの品質が左右される農家の立場に立てば、それだと安心して丹精込めた生産ができないのです。私のやり方だと、年によっては、味が落ちる年もあります。けれども、長い目でみれば、必ずいいコーヒーができるようになります。

 私は、フェアトレード的な商いは、昔の日本にもあったと思っています。今は、目の前の利益ばかりを追いかけていて、長いスパンで物事を見なくなってきています。そして、リストラですぐ職員を切るようになっています。その職員がどれだけ売上に貢献したか、といったことだけを見て、人間をトータルに見なくなってきています。日本企業の多くは、人を育てる姿勢をなくしていっている気がします。

(つづく)

何世代にも続いていける農業へ(5)
目先にとらわれず広く・長い視野のすすめ
ウィンドファーム  中村隆市社長

日本の消費者の声をブラジルへ

 ―フェアトレードはどれぐらい途上国の方々に受け入れられているのでしょうか。

 中村 いろいろな困難はありますが、誠意を持ってやり続けてきた実績によって、信頼を得てきました。そのことで、少しずつ少しずつ広がりをみせています。
 一般的な企業は、自社が何らかの注目を得られるようになったら、そのやり方を他者に伝えるようなことはしないですよね。私は、ブラジルでカルロスさんという素晴らしい生産者と出会うことができました。このカルロスさんは、皆が幸せになることを常に考える人でした。そして、有機農法をたくさんの農民に教えました。それは、見方によっては、自分の「商売敵」を作るようなものですが、彼は、有機農法や森林農法が広まることが大事だと考えていたのです。
 貧富の差が激しいブラジルで、カルロスさんと同じようなことをすれば、貧富の格差が小さくなっていくと思います。

 ―途上国の方々に率先して働いてもらえるためにはどのようなことが必要ですか。

 中村 重要なことの一つは、消費者の声をしっかり届けることです。私が産地に行く時は、消費者からの「とても美味しいコーヒーでした」とか「有機栽培のコーヒーづくり大変でしょうが、これからも安全で美味しいコーヒーをつくり続けて下さい」といったメッセージを持参します。それは手紙だったり、ビデオレターだったりします。また、日本に生産者を招いたときは、できるだけ多くの日本人と会ってもらい交流してもらいます。今まで生産者は、自分がつくったものがどこへいくのか全然わかりませんでした。だから、そんなふうに消費者の声を聞けることが何よりもうれしいのです。

 弊社は小さな会社ですが、ブラジルとエクアドルに現地スタッフがいて、私も毎年産地を訪問しています。普通の会社はそこにお金をかけないわけですが、私は、生産者と消費者のつながりを育てていくことが大事な仕事だと思っています。消費者側もどういう想いで生産されているのかを知っていれば、飲む時にもより味わいが深くなるものです。

 ―途上国の方から教えていただくことも多いようですね。
ジャカランダ農場にて
 中村 本当に学ぶことばかりです。たとえば、自然に対する想いや接し方ですね。メキシコの生産者はナワット族とトトナカス族の先住民がほとんどですが、彼らは草刈りをするときも大地に話しかけます。「草を刈りますが、寒くはないですか?少し我慢してください。蒔いた種からすぐに芽がでますよ。今年も豊かな恵みを分け与えてください」と。
 彼らの考えでは、人間は自然の支配者ではなく、自然を構成している一員であり、動植物は家族だと考えています。人間と自然は分離されていないんです。しかし現代人の多くは、人間は動植物の上に立って、人間のためだったら自然に対して何をしてもいいという感覚です。だから、これだけ環境問題が悪化してきたわけです。森や川や海や大地への感謝の気持ちも、地球という大自然に対する感謝の気持ちも、現代人はほとんどもっていません。

 自分たちは自然の一員であり、自然を破壊したり汚染することは自分自身を破壊したり汚染することだと彼らは考えます。彼らの生き方や考え方をしっかりと伝えていくことが環境を再生していく手がかりになると思っています。途上国の人たちの役に立てればと思って始めた仕事ですが、実際には教えられることがほとんどです。

 環境問題がこれだけ悪化してきた大きな理由に「自分の会社さえ儲かればいい。自分の時代さえよかったらいい。人間さえよければいい」といった考え方があると思います。
こうした考えを根本から見直さなければ、危機的な状況の地球環境を救うことはできないでしょう。
 今は亡きカルロスさんがこんなことを言っていました。「地球の生命の歴史をたどれば、海や大地など大自然が親であり、動植物は家族のような存在です。家族を大事にしながら未来世代に配慮した生き方を取り戻すことができれば、地球は息を吹き返すでしょう」と。

(了)

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