『美味しんぼ』福島の真実編に寄せられた批判と意見

◆『美味しんぼ』 福島の真実編に寄せられた ご批判とご意見
(ビッグコミック スピリッツ 2014年6月2日号)から抜粋 

美味しんぼ ご批判とご意見


福島県庁
週刊ビッグコミックスピリッツ」4月28日及び5月12日発売号における「美味しんぼ」について 平成26年5月7日福島県

福島県においては、東日本大震災により地震や津波の被害に遭われ方々、東京電力福島第一原子力発電所事故により避難されている方々など、県内外において、今なお多くの県民が避難生活を余儀なくされている状況にあります。

原発事故による県民の健康面への影響に関しては、国、市町村、医療関係機関、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)等の国際機関との連携の下、全ての県民を対象とした県民健康調査、甲状腺検査やホールボディカウンター等により、放射性物質による健康面への影響を早期発見する検査体制を徹底しており、これまでにこれらの検査の実施を通して、原発事故により放出された放射性物質に起因する直接的な健康被害が確認された例はありません。

また、原発事故に伴い、本県の農林水産物は出荷停止等の措置がなされ、生産現場においては経済的損失やブランドイメージの低下など多大な損害を受け、さらには風評による販売価格の低迷が続いておりましたが、これまで国、県、市町村、生産団体、学術機関等が連携・協力しながら、農地等の除染、放射性物質の農産物等への吸収抑制対策の取組、米の全量全袋検査を始めとする県産農林水産物の徹底した検査の実施などにより、現在は国が定める基準値内の安全・安心な農林水産物のみが市場に出荷されております。

併せて、本県は国や市町村等と連携し、県内外の消費者等を対象としたリスクコミュニケーションなどの正しい理解の向上に取り組むとともに、出荷される農林水産物についても、安全性がしっかりと確保されていることから、本県への風評も和らぐなど市場関係者や消費者の理解が進んでまいりました。

このように、県のみならず、県民や関係団体の皆様が一丸となって復興に向かう最中、国内外に多数の読者を有し、社会的影響力の大きい「週刊ビッグコミックスピリッツ」4月28日及び5月12日発売号の「美味しんぼ」において、放射線の影響により鼻血が出るといった表現、また、「除染をしても汚染は取れない」「福島はもう住めない、安全には暮らせない」など、作中に登場する特定の個人の見解があたかも福島の現状そのものであるような印象を読者に与えかねない表現があり大変危惧しております。

これらの表現は、福島県民そして本県を応援いただいている国内外の方々の心情を全く顧みず、殊更に深く傷つけるものであり、また、回復途上にある本県の農林水産業や観光業など各産業分野へ深刻な経済的損失を与えかねず、さらには国民及び世界に対しても本県への不安感を増長させるものであり、総じて本県への風評を助長するものとして断固容認できるものでなく、極めて遺憾であります。

「週刊ビッグコミックスピリッツ」4月28日及び5月12日発売号の「美味しんぼ」において表現されている主な内容について本県の見解をお示しします。まず、登場人物が放射線の影響により鼻血が出るとありますが、高線量の被ばくがあった場合、血小板減少により、日常的に刺激を受けやすい歯茎や腸管からの出血や皮下出血とともに鼻血が起こりますが、
県内外に避難されている方も含め一般住民は、このような急性放射線症が出るような被ばくはしておりません。また、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の報告書(4月2日公表)においても、今回の事故による被ばくは、こうした影響が現れる線量からははるかに低いとされております。

また、「除染をしても汚染は取れない」との表現がありますが、本県では、安全・安心な暮らしを取り戻すため、国、市町村、県が連携して、除染の推進による環境回復に最優先で取り組んでおります。その結果、平成23年8月末から平成25年8月末までの2年間で除染を実施した施設等において、除染や物理的減衰などにより、60%以上の着実な空間線量率の低減が見られています。除染の進捗やインフラの整備などにより、避難区域の一部解除もなされています。

さらに、「福島を広域に除染して人が住めるようにするなんてできない」との表現がありますが、世界保健機構(WHO)の公表では「被ばく線量が最も高かった地域の外側では、福島県においても、がんの罹患のリスクの増加は小さく、がん発生の自然のばらつきを越える発生は予測されない」としており、また、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR
)の報告書においても、福島第一原発事故の放射線被ばくによる急性の健康影響はなく、また一般住民や大多数の原発従事者において、将来にも被ばくによる健康影響の増加は予想されない、との影響評価が示されています。

「美味しんぼ」及び株式会社小学館が出版する出版物に関して、本県の
見解を含めて、国、市町村、生産者団体、放射線医学を専門とする医療機関や大学等高等教育機関、国連を始めとする国際的な科学機関などから、科学的知見や多様な意見・見解を、丁寧かつ綿密に取材・調査された上で、偏らない客観的な事実を基にした表現とされますよう、強く申し入れます。


小出裕章氏(京都大学原子炉実験所助教 原子核工学)
 今も帰れない地域が存在している、危険が存在するという事実を伝える必要はもちろんあります。国や電力会社、大手マスコミがその責任を放棄する、むしろ意図的に伝えないようにしている現状では、そうした活動は大切です。「鼻血」が出ることについては、現在までの科学的な知見では立証できないと思います。ただし、現在までの科学的な知見では立証できないことであっても、可能性がないとは言えません。

科学とは、事実の積み重ねによって進んでいくもので、従来は分からなかったことが少しずつ分かっていくものです。もちろん、心因性の「鼻血」は十分にありうると思いますし、従来は知られていない鼻粘膜の損害の機序もあるのかもしれません。

人間は個人差、個体差がありますので、鼻血を出す人も出さない人もいることは当然です。でも、私は医者でも生物学者でもないので、地域差が生じるかどうかは分かりません。「疲労感」については、不安を抱えている中では、心因性のものは当然あるでしょう。あるいはマスクをするなどという行為に伴う疲労もあるでしょう。

 行政は、事故を引き起こしたことについてなんの責任も取らないままですし、むしろ現在は福島原発事故を忘れさせようとしており、マスコミもそれに追随しています。このような状況で、行政の発表に対して不信感を持たないとすれば、そちらが不思議です。

何より放射線管理区域にしなければならない場所から避難をさせず、住まわせ続けているというのは、そこに住む人々を小さな子どもも含めて棄てるに等しく、犯罪行為です。


崎山比早子氏(医学博士・元東電福島原発事故調査委員・元放射線医学総合研究所主任研究官)

 私は臨床医ではないので経験がなく、低線量被曝が鼻血の原因になるのか否かということについてはわかりません。ただ、今の日本では低線量被曝の健康影響に関する議論がおかしくなっているという点については意見を述べたいと思います。

 政府は、「年間20ミリシーベルト以下であれば安全」だと言っています。原子力規制委員会が住民帰還の条件として提言したものです。20ミリという水準は、ICRP(国際放射線防護委員会)勧告の、緊急事態後の長期被曝状況の最高線量限度を用いたのだと思いますが、年間20ミリシーベルトでは健康に影響を与えないという証拠は全くありません

 政府関係者は、「100ミリシーベルト以下のリスクは、科学的に証明されていない」と言っています。これは『広島・長崎の寿命調査』を基にしていますが、その調査(原爆被爆者の寿命調査第14報)では、「放射線が安全なのはゼロのときのみ」だと結論付けています。

 20ミリシーベルトも浴びれば将来、癌になる可能性があります。放射線の持つエネルギーの大きさが、生体を形成している分子の結合エネルギーの大きさの数万倍にもなるため、放射線の飛跡が1本通ってもDNAに複雑損傷を起こす可能性があるからです。それが原因で20~30年後に癌になる可能性があるということです。放射線が安全なのは「線量ゼロ」の時だけなのです。

 そういうことを知っていながら、年間20ミリシーベルトなら大丈夫だとした専門家の社会的責任は重いと思います。

 政府の言う「100ミリシーベルト以下なら大丈夫」が仮に正しいとしても、積算線量が100ミリならば、年間20ミリの地域に生まれた子供は、5年間で100ミリになります。みすみす被曝させておいてそれ以後はどうしろと言うのでしょうか。

 環境省は『東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議』を開いて議論をしています。私は3月26日の会議で意見を申し上げてきました。

 この専門家会議では「100ミリシーベルトのリスクは小さく、バックグラウンドに隠れてしまう」と言っています。どういうことかというと、例えば日本人は3人に一人が癌で亡くなるので、癌死率は約30%。「100ミリシーベルトで癌死率が0.5%上昇する」ことは認めているので、100ミリシーベルトを浴びることで癌死率は30.5%になる。しかし0.5%の上昇は疫学調査をしても分からないと言うのです。癌死が0.5%高まることは認めていながら「バックグラウンドに隠れてしまうからいい」と言っているのです。これは倫理の崩壊です。しかも一般の人がリスクはゼロであると誤解するような言い方をしています。

 ちなみに、0.5%という数字はICRPのモデルに従って計算したものです。ICRPは、同じ線量でも低線量率被曝のほうが高線量率よりもリスクは小さいという立場で、リスクを広島・長崎の2分の1にしています。WHOやECRR(欧州放射線リスク委員会)では、1としています。旧ソ連のテチャ川流域住民では、低線量率被曝のほうがリスクが2倍となっています

 いずれにしても、専門家会議は低線量のリスクの存在は承知しています。リスクを認めるのなら、1ミリシーベルト以上の地域からは避難する権利を認めるべきです。チェルノブイリ法では1から5ミリの地域では避難の権利を認めていて、5ミリ以上は強制避難です

 なぜ、低線量被曝のリスクを無視しようとしているのでしょう。年間20ミリシーベルトなら安全だと言うことで、賠償負担をなくそうとしているのではないかと思えてきます。安全なら、賠償金は不要ですから

 しかし、福島第一原発事故現場の本当の状況は国も東京電力も知りません。炉の中がどうなっているのか、見た人がいないのですから。また、4号機からは使用済み核燃料を取り出している最中ですし、2、3号機の使用済み燃料は手つかずです。今後何が起きるかわかりません。その上、増え続けている汚染水の問題もどうするのか解決策が見つかっていません。

 このような状況で避難区域を除染したと称して帰還させても、また避難しなければならなくなる可能性があります。被曝を伴う除染に大金を使うならば、それを避難者に支払い安定した生活ができるよう支援すべきだと思います。

 ところが政府や専門家らは、100ミリシーベルトまでは安心だと、誤った情報を流し、福島をはじめ汚染地に住む人たちを”安心”させようとしている。このままでは数十年後、多くの人たちの健康に影響が出る可能性があります。

 低線量放射線の疫学研究で、2012年以降に発表された論文を見ると、イギリスの自然放射線の高い地域では、積算5ミリシーベルトで小児白血病が有意に高まるとしています。オーストラリアで、CT検査を受けた約68万人を対象とした疫学調査では、4.5ミリシーベルトで1.24倍の発癌率増加となっています。イギリスの子どものCT検査では約30ミリシーベルトで白血病が約3倍、約60ミリで脳腫瘍が2.8倍になっています。専門家会議の委員が言うように、バックグラウンドに隠れてはいません。

 にもかかわらず政府や専門家は、低線量のリスクを無視する。問題視する意見を封殺しようとしています。マスコミ報道にもそんな傾向がありますから、これは日本人全体の健康にとって、重大な問題だと思います。


中日新聞:子どもの鼻血・・・放射線被害では?
(2011年6月22日 中日新聞)

津田敏秀氏(岡山大学教授 疫学、環境医学)
 チェルノブイリでも福島でも鼻血の訴えは多いことが知られています。(雁屋さんが)実際に対面した人が「鼻血を出した」わけですから、それを描くのは問題ないと思います。「低線量放射線との因果関係をデータとして証明しないかぎり、そのような印象に導く表現をすべきではない」という批判が多いとのことですが、「因果関係がある」という証明はあっても、「因果関係がない」という証明はされていません。ここでいう「因果関係」とは科学の中心課題としての因果関係で、松井先生が作中で述べているメカニズム的な因果関係ではありませんが、これだけ各地で同様の訴えがある中で「低線量放射線と鼻血に因果関係はない」と言って批判をされる方には、「因果関係がない」という証明を出せと求めればいいと思います。

 毎日新聞の日野行介という記者が書いた『福島原発事故 県民健康管理調査の闇』(岩波新書)という本があります。福島県が行った健康調査に情報操作や改ざんがあったことを調べた報道をまとめたものですが、こういうことがあると、行政は不信感をもたれます。福島県と環境省の会議の時に、住民やメディアから信頼を得る必要があるということを強調したつもりですが、上記の本によると福島県はメディア対応でやってはいけないことをやってしまっています。こういう教科書的な間違いをしてしまっては、行政の発表について、不信感を持つ人がいてもしかたないでしょう。

 放射線と鼻血の因果関係はあると思われます。鼻血だけでなく、広島や長崎では脳出血が多いのです。これらは国際雑誌にも載っている話で、被ばく量が多ければ多いほど脳出血が多い。放射線が血管に影響があるのはほぼ定説ではないでしょうか。鼻血が多くてもなんの不思議もありません。甲状腺がんも空間線量が高そうなところに多発している。福島でも広島、長崎でもこれは同じです。

 20ミリシーベルトが安全という話は、100ミリシーベルト以下は被ばくによるがんが出ないといううその情報にしたがって、20ミリシーベルトは大丈夫と言っているのでしょうが、それは間違っています。省庁や、原子力安全委員会の元委員長(松浦祥次郎氏)ですら、それを真に受けています。一方、専門家が集まった場で「100ミリシーベルト以下では被ばくによるがんが出ないという話」を私が紹介すると、「そんなバカなことを言う専門家がいるのか」と冷笑されたくらいです。100ミリシーベルト以下でも放射線被ばくによるがんが出る、ということに関して国際的に異論がある方はいないと思います。

 実態に基づいて描かれた、この程度の内容の漫画で物議をかもすのが正直まったく解せません。我々から見れば、放射線による人体影響は、数ある環境ばく露(生活環境において、放射線や紫外線、化学物質を体内に取り込むこと)のひとつにしかすぎません。たとえばPM2.5は福岡や熊本で数値が高くなっていて、マスクをしている人もいます。北京では人が住む環境ではないというような表現をしている。みんなが怖がっているのに、そのことを報道しても誰も文句を言いません。むしろ、もっと詳しく報道しろと言う。こんな穏当な漫画に福島県の放射線のことが描かれたからといって文句を言う人のほうが、むしろ放射線を特別視して不安をあおっているのではないでしょうか。詳細な報道をして、どうするべきがみんなで考えればいいじゃないかと思います。

 「福島に住んではいけない」という表現がありますが、放射線管理区域というのは、厳重に管理されている場所で、普通そういうところに人は住んではいないし、住んではいけません。特にこどもや妊婦は放射線管理区域に相当するレベルの空間線量がある場所に住んではいけない。福島県内でそれに相当する地域に関して、「住んではいけない場所」という表現をつかって、場所をもっと特定しろと言う以外に、なにか問題があるのか、逆に私が聞きたい。


東京新聞 5月13日 美味しんぼ
(2014年5月13日 東京新聞)

野呂美加氏(NPO法人「チェルノブイリへのかけはし」代表)
 私達はチェルノブイリの子ども達の大病を予防するために、日本へ保養に招待する活動をしてきました(福島原発事故以来は休止しています)。

 今、日本で行われている被曝対策は広島・長崎のデータに基づいていますが、チェルノブイリの医師達は、広島の事例は使えないと言っています。特に、低線量内部被曝は、核実験などを頻繁に行っていた旧ソ連の科学者もそこまで被害が悪化すると思っていませんでした。適切で大規模な疫学調査をしなければ、鼻血の否定はできないと思います。低線量被曝で鼻血が出ること、それはチェルノブイリでは日常です。「このぐらいの放射線量で鼻血が出るわけがない」というのは、「ある一定量以上の被曝をしないと、鼻血は出ない」という説を前提にしていますが、「被曝にしきい値がない」というのが真実です。鼻血についてはお母さん達の体験が数え切れないほど寄せられています。

 しかし、原発の再稼働に関係しているので、低線量でさまざまな身体症状が出る因果関係を政府が認めることは、絶対にないと思います。IAEA(国際原子力機関)もチェルノブイリの人々の健康被害の中で、放射線起因を認めたのは「小児甲状腺がん」のみでした。どのような身体症状も初期被曝値がわからないので、原因の特定はできないとしてウクライナの医師達の主張をしりぞけたのです。

 ベラルーシでは、年間総被曝量が1ミリシーベルトに満たない汚染地域でも内部被曝を鑑みて、子ども達を国家の事業として保養に出しています。保養させた子ども達の尿検査をすると、体内の放射性物質が著しく減少します。まずは、国民の健康診断をして、数年間は管理をすべきだし、旧ソ連にならって、せめて子ども達を安全な地で保養させたり、安全なものを食べさせたりするべきだと思います。

 日本では鼻血の症状すら口にできない言論封殺の雰囲気ができあがっており、何よりそうした症状を訴える人に対して、医学が背を向けていることが大問題です。

 母親達にとって、3.11以降、毎日が「否定されること」の連続です。毎日三度の食卓、学校での様々なイベントや給食。何か異変を感じて病院に行っても、「因果関係がわからない」「心配しすぎ」と頭ごなしに否定されることがある。母親が望んでいるのに、「診察や、血液検査の必要はない」とされてしまうこともある。そして、ツイッターなどでつぶやこうものなら、「鼻血なんて聞いたことがない」「不安をあおる」という攻撃にさらされます。

 言論封殺することで、自由な議論や発見の発表が阻害されれば、被曝がより深刻化しかねません。鼻血の段階で、ていねいに血液検査していた旧ソ連を思えば、日本は最初から否定ありきですので、事態は日本のほうが深刻になると思います。

 「鼻血が出た」と言ったらダメなのか?
 私は風評被害対策の生贄にされる国民がかわいそうでなりません。


肥田舜太郎氏(医師)
 私は、原爆投下後の広島で被爆者の治療にあたり、内部被ばくを研究してきた医師として、震災後に日本各地から講演の依頼がありました。そして全国を訪ね歩いたのですが、行く先々でこんな相談を受けたんです。「あまり人には言えないけれど、実はうちの子は鼻血が出て困りました。大丈夫でしょうか」と。鼻血のほか、下痢の症状を訴える人もいました。事故を起こした福島第一原発の放射性物質はアメリカやイギリスにまで拡散したのですから、狭い日本のすみずみまで被害が及んでいてもおかしくありません。

 また、昔の私の実体験として、「ぶらぶら病」と呼ばれる症状に苦しむ人々を多く診てきました。だるくて非常に疲れやすいという症状ですが、この患者の共通点は、原爆が投下された後に広島に入ったということ。つまり、残留した放射能の影響を受けて、内部被ばくしたことによる影響であろうと確信しています。

 鼻血や下痢、疲労感には、放射線の影響が考えられます。作中では、放射線による人体への影響について松井英介さんが見解を述べていますが、この分野では、「ペトカウ理論」という学説があります。放射線で細胞膜が破壊できるのかを実験した、カナダのアブラム・ペトカウという学者の説です。

 ペトカウは、高線量の放射線を短時間放射するよりも、低線量で時間をかけてゆっくりと放射した方が、細胞膜を破壊する率が確実に上がることを実験で証明しました。1972年のことです。

 しかし、低線量による内部被ばくを隠したいアメリカにとっては不利な学説だったため、アメリカはカナダ政府を巻き込んで、ペトカウの学説はインチキだという宣伝をしまくり弾圧してしまったのです。ですから、ペトカウのことは、ごく一部の専門家しか知らないでしょうし、一般には名前も知られていないでしょう。

 ごく微量でも、放射線を浴びれば誰でも被ばくをしますが、被ばくによって受ける影響には個人差があります。私は、原爆投下後の広島で、同じ場所で親しい高校生二人が並んで外部被ばくし、片方は3日後に亡くなったが、もうひとりは8年間生きた、というような例をいくつも診てきました。ましてや、内部被ばくの影響は、その人の持っている生命構造のほんのわずかな差で現れ方が違ってくる。ですから、外部被ばくでも内部被ばくでも、何ベクレルまでなら大丈夫、というような基準は絶対にないのです。

 放射能とは無縁に生きるのが人類の鉄則だと思いますが、今は対応のしようがない。しかし、ある程度以上の放射線量が計測されるところに住んでいる方は、少なくとも、放射線の影響を受けやすい子供だけでも、強制疎開するべき。今からでも遅くないからやるべきだと私は思います。なかには、今のチェルノブイリの基準であれば住んではいけない線量の場所で過ごしている子供もいるはずで心配です。

 今の医学ではまだ、放射線による人体への影響を解明しきれていません。しかし、解析が進めば明らかになるだろうという意味も含めて、鼻血などの症状を訴える人がいるという事実は報道すべきだと思います。

 私は古い人間ですから漫画はなじめませんが、たくさんの人に何かを伝えるためには有効な媒体でしょう。ただ、放射線による人体への影響のような専門的なことを、短いセリフと絵で伝えてしまうと、基本的な知識のない読者は自分の好きに判断してしまいかねません。この漫画を通じて得た先入観を持ったまま、放射線とはこういうものだと自分で決めてしまい、それ以上のことを追究しようとしないわけです。ですから、人間の命に関係するものを出版される以上は、読者がその奥へ迫れるようなものを重ねて出版するべきだと思います。

毎日新聞:美味しんぼ「誤解生む」「よく伝えた」
(2014年5月20日 毎日新聞)


矢ケ崎克馬氏(琉球大学名誉教授 物性物理学)
 放射能の健康への影響については、国際的に二つの潮流に分かれています。一つはICRP(国際放射線防護委員会)やIAEA(国際原子力機関)が主張する、放射能の影響は大したことがないという論調。100ミリシーベルトまでは問題はなく、チェルノブイリ事故後の健康被害は甲状腺ガンだけというもの。もう一つは、事実をありのままに見つめ、率直に理解する考え方。こちらは、低線量の健康被害を重大視しています。日本政府は、前者のスタンスですが、事実を率直に見つめれば、それが誤りであることは分かります。

 現に、100ミリシーベルトどころか、その100分の1、1000分の1でも健康被害が出ています。欧州では年間0.1ミリ以下ですが、性比(男女の出生比)、血管系疾患、免疫力低下、死産、奇形、ダウン症、水晶体混濁、白血病などがチェルノブイリ事故が起きた1986年を境に急増。主として、食を通じての内部被曝によるものと考えられています。影響は数ミリシーベルトのレベルで増加しており、2056年までの癌の発生は全欧州で13万人余、死亡数は8万人余と膨大な被害が予測されています。100ミリシーベルトなどとんでもない数値なのです。こうした事実がチェルノブイリの調査報告で出ています。

 放射能と鼻血の関係ですが、放射線がモノにあたると、どういうことが起きるか。放射線は原子に当たります。すると『電離』が起きる。電離によって電子が吹き飛ばされる。放射線で電子が飛ばされると原子が離れ、『分子切断』が起きる。生命機能を果たしていた組織が、放射線の作用で切断されるのです。放射線が鼻粘膜に当たれば、粘膜で分子切断が起こる。放射線が沢山当たると、鼻血が出る。

 放射性微粒子が粘膜につくと、どんどんベータ線が出て分子切断を行う。微粒子の周囲に集中して切断が生じる。その結果、鼻血が出やすくなる。

 原発事故後、関東圏で多くの子供が鼻血を出したと伝わっています。私もそうした情報は伝わりました。そんな問い合わせには、『お医者さんに行って、傷があるか見てもらいなさい。傷が認められないなら、放射線の可能性があります』とお答えしました。が、ICRPは放射線の基本作用を認めておらず、公式には放射能と鼻血は関係ないとし、鼻血などが認知されることを恐れています。

 放射能被害については、市民の方々も独自に調査を行い、その危なさに気付いています。

 関東地方の常総生協は2012年11月、松戸、柏、つくば、取手など千葉、茨城の15市町に住む0歳から18歳までの子どもを対象に尿検査を実施。そうしたら70%の児童の尿からセシウムが検知されました

 こうした調査結果があるにもかかわらず、国は内部被曝はないとしています。こういうことでは、行政の公表内容に不信感を持たれるのも当然でしょう

 マスコミ報道で必要なのは、国際的な視野を持ってほしいこと。そして、どういうことが起きているのか、事実を見てほしいということ。この2点です。

 今回の『美味しんぼ』については、非常に勇気を持って漫画をつくっていると感じます。
 漫画の中にも、基本的人権に通ずる言葉が大きく出ています。つまり、健康に生きる権利ですよね、そういうことが書かれている。

 事故から3年たちましたが、放射能汚染が自然のレベルまで落ちるのに相当の時間がかかる。200年たっても自然レベルには落ちません。そういう意味で、今まさに『100年の計』をもって、事故に対して国がどのように住民の命を守るのか、ちゃんと考えなきゃいけない時期に来ています。そういう時に、こうした事実に基づいた漫画作品や報道は有益です。

 今回の『美味しんぼ』の企画は、事実を大切にし、健康に生きる権利について、きちんとした視点から報じている。そこが大事なことです。


「5人に1人が鼻血」DAYS JAPANが調査結果を公表
(2014年05月14日 デイリーノーボーダー編集部)

チェルノブイリ原発事故の取材などを通じて、放射能と健康状況の関係に最も詳しいジャーナリストのひとりで、「チェルノブイリ子ども基金」前代表の広河隆一氏が、当時の調査結果を「DAYS JAPAN」を通じて公表した。

ここ数日の「美味しんぼ」騒動を受けて、チェルノブイリ事故後のIAEAによる情報隠蔽に直面した経験を持つ広河氏は、「鼻血は出ると訴えている人がいることを認めた上で、それが大きな病気に 結びつくのを防ぐためにはどうすればいいのかを話す方が建設的ではないかと思う」と提案している。

その上で、改めてチェルノブイリ原発事故後の追跡健康調査の報告を示し、安易な結論に結びつける政府や報道機関に警告を発している。

広河氏と「チェルノブイリ子ども基金」は、1993年から96年にかけて避難者2 万5564 人に対して健康状況に関する独自のアンケートを行い、その結果、5 人に1 人が鼻血を訴えていることを報告している。また、10年後の調査でも同じ症状を訴える避難者がほぼ同率いたことも併せて述べている。
(写真は沖縄県久米島の球美の里/C:広河隆一)

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