原発の呪縛 「棄民」の結末、忘れるな−嘉田由紀子・滋賀県知事

特集ワイド:原発の呪縛・日本よ! 滋賀県知事・嘉田由紀子さん
(毎日新聞 2012年07月13日 東京夕刊)

 <この国はどこへ行こうとしているのか>

 ◇「棄民」の結末、忘れるな−−嘉田由紀子さん(62)

 「計画停電の危機があおられて、経済界が私の言うことに聞く耳を持たなくなりました。県に代わりの電力があるかといったら、ない……」

 滋賀県知事の嘉田由紀子さんは、苦渋の表情を浮かべた。それまでは穏やかな語り口ながら力強く、中長期的に原発依存から脱するという持論の「卒原発」について語っていた。だが、5月30日に関西広域連合が関西電力大飯原発の再稼働を容認したことに話が及ぶと、調子が変わった。近畿・中四国の7府県と大阪市、堺市で構成する同連合は、嘉田さんらの主張を受けて再稼働に慎重だったが、その日、容認に転じたのだった。

 「批判は甘んじて受けます。私の元には『裏切り者』などという、かなりきつい言葉も寄せられました」

 原発なしでも、なんとか夏を乗り切れる態勢づくりを進めていた。停電が患者や入所者に影響することが懸念された病院や福祉関係施設には、代替電源となる蓄電池の設置を支援。中小企業の省エネ設備導入に補助金を出し、昨夏以上の節電が可能となる状況を整えようとした。

 「ところが、5月に入って関西電力が大きな事業所を個別訪問し、計画停電になったらどうするのか、と触れ回ったのです。これで、一斉に経済界から悲鳴が上がった。再稼働戦略だったんじゃないでしょうか。本当にむなしかったですよ」。嘉田さんはきっとした目で宙を見据えた。

 国への不信感も隠さない。日本海の風は、秋冬春と福井県を抜けて滋賀県に吹きつける。つまり、滋賀県は高速増殖原型炉「もんじゅ」を含む原発14基が居並ぶ若狭湾の風下に位置し、万一の時は重大な被害が予想される。ところが、原発事故時の放射性物質の拡散予測を求めても国は出し渋った。「本来は国のデータをもらうだけでいいのに、県独自でやりましたよ」。被害を抑えるための防災計画を再稼働前に用意するのは当然だが、「国はいまだに防災指針さえ示していません」

 嘉田さんは3・11後、原発事故で被害を受ける可能性が大きい「被害地元」と滋賀県を位置づけ、原発問題でものを言える立場の獲得を目指した。福井県などの原発立地自治体は、再稼働はその了解を必要とするなどの「原子力安全協定」を電力会社と結んでおり、滋賀県も同様の協定を関西電力に求めた。しかし3月16日、藤村修官房長官は大飯原発再稼働で、滋賀県は同意が必要な地元に含まれないとの認識を示した。

 「『えー、国は何を見てるの。電力会社の顔しか見ていないのですか』と怒りが込み上げました。被害を受けるのは周辺住民です。こちらの努力を無視する、国や霞が関の姿勢はずっと変わりません」

 嘉田さんは電力を供給する力のない現実と、原発に対する地方の「無権利状態」に直面し、挫折を味わった。このため地産地消エネルギーの増加を掲げて「地域エネルギー振興室」を発足させ、再生可能エネルギーの普及や、地域で運営する市民共同発電所の振興などに取り組む。

 無権利状態からの脱却では、山田啓二京都府知事との共同提言がもととなり、原子力規制委員会設置法の付則に、「国と地方の協力体制を整備するための法体系の検討」という文言が盛り込まれた。原発立地自治体の安全協定に法的根拠はなく、電力会社との紳士協定に過ぎないという見方がある。現在、原子力施設の安全確保を巡る法的権限は国にしかなく、嘉田さんは「声を上げてきた成果です」と声を弾ませた。

 嘉田さんは埼玉県本庄市出身だが、中学校の修学旅行で琵琶湖と出合い、美しさのとりこになった。京都大を卒業して滋賀県立琵琶湖博物館総括学芸員となり、その後をこの湖とともに過ごすことになった。06年の知事選出馬では「琵琶湖との共生の暮らしを」と掲げ、大型公共事業中心の県政の変革を訴え、初当選した。5月に新著「知事は何ができるのか」(風媒社)を出版し、日本の政治や行政に責任感、正義感、倫理感が欠如した「日本病」がまん延していると批判した。原発を巡っての日本病とは何か?

 「国、電力会社、研究者などで構成する均質集団(原子力ムラ)の内部論理で意思決定し、異質な意見に耳を傾けないことが、福島原発事故を招いた。万一の被害を受ける住民のことには全く想像力も働かなければ、感情もなかった」と、嘉田さんは評した。

 嘉田さんはいつも胸につけている福島県製作の「ふくしまからはじめよう」と書かれたバッジに手を当てた。「福島の人たちの犠牲を絶対に忘れてはいけないのです」

 70年代の中ごろから取り組んだ琵琶湖研究は、環境社会学の立場からだった。水と環境を考えるにあたって、歴史の教訓としなければならないと考えてきた公害問題がある。

 「私は二度と水俣病のようなことが起きてはならないと思ってきた。ところが、政府、企業の中枢を担う人が内部論理に走り、その末に起きた被害として、フクシマは水俣と一緒です。きつい言い方ですが、弱い立場の人間には目を向けない棄民政治です」

 嘉田さんのとなえる「卒原発」には、「脱原発」と比べて穏当な響きがある。原子力ムラに対する強烈な不信感とのずれを感じる。

 「電気なしでは暮らせないのですから、一定の現実的な判断は必要と思います。しかし、地震大国で津波が多い日本に、原発は不似合いな技術ではないでしょうか。だから、中長期的に日本は原子力から卒業すべきだと考えています」。その期間は10年を期待し、最長でも20年と考えているという。

 日本病全般に共通する病理として、日本人の問題先送り体質があると考えている。「まあまあ、なあなあで手を打たず、気がつくと手遅れになっているのが、日本の政治なのです」。実例として、巨額の財政赤字や人口減少問題を挙げた。原発問題では、2030年の原発全廃を目標として、具体的に削減を進めるべきだと主張する。

 原発の即時全廃を求める声もある。どう答えるのか。原発からの撤退を求める人の中でも、意見の対立が生じ始めている。

 「ともかく今、みんなが不安なのですよ。背景には、国や行政がなあなあを繰り返し、結局は3・11前と何も変わらないのではないかとの政治不信がある。ですから、新しい未来を目標に掲げ、その工程を示して不安を和らげ、ともに歩んでいくべきだというのが私の政策論です」

 難問だったはずだが、即答した。知事として、どう原発と向き合うかを考え抜いている。【戸田栄】

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 ■人物略歴
 ◇かだ・ゆきこ

 1950年生まれ。前職は、京都精華大人文学部教授。現在2期目。アフリカ・マラウイ湖など世界各地の湖沼地域も訪問し、湖と地域社会などの研究をする。著書に「環境社会学」(岩波書店)など。

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