2014/03/25

福島原発事故:被ばく線量を公表せず 想定外の高い数値で

福島原発事故:被ばく線量を公表せず 想定外の高い数値で
(毎日新聞 2014年03月25日 07時00分)

 ◇内閣府のチーム、福島の3カ所

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示の解除予定地域で昨年実施された個人線量計による被ばく線量調査について、内閣府原子力被災者生活支援チームが当初予定していた結果の公表を見送っていたことが24日、分かった。関係者によると、当初の想定より高い数値が出たため、住民の帰還を妨げかねないとの意見が強まったという。調査結果は、住民が通常屋外にいる時間を短く見積もることなどで線量を低く推計し直され、近く福島県の関係自治体に示す見込み。調査結果を隠したうえ、操作した疑いがあり、住民帰還を強引に促す手法が批判を集めそうだ。

 毎日新聞は支援チームが昨年11月に作成した公表用資料(現在も未公表)などを入手した。これらによると、新型の個人線量計による測定調査は、支援チームの要請を受けた日本原子力研究開発機構(原子力機構)と放射線医学総合研究所(放医研)が昨年9月、田村市都路(みやこじ)地区▽川内村▽飯舘村の3カ所(いずれも福島県内)で実施した。

 それぞれ数日間にわたって、学校や民家など建物の内外のほか、農地や山林などでアクリル板の箱に個人線量計を設置するなどして線量を測定。データは昨年10月半ば、支援チームに提出された。一般的に被ばく線量は航空機モニタリングで測定する空間線量からの推計値が使われており、支援チームはこれと比較するため、生活パターンを屋外8時間・屋内16時間とするなどの条件を合わせ、農業や林業など職業別に年間被ばく線量を推計した。

 関係者によると、支援チームは当初、福島県内の自治体が住民に配布した従来型の個人線量計の数値が、航空機モニタリングに比べて大幅に低かったことに着目。

 関係省庁の担当者のほか、有識者や福島の地元関係者らが参加する原子力規制委員会の「帰還に向けた安全・安心対策に関する検討チーム」が昨年9〜11月に開いた会合で調査結果を公表し、被ばく線量の低さを強調する方針だった

 しかし、特に大半が1ミリシーベルト台になると想定していた川内村の推計値が2.6〜6.6ミリシーベルトと高かったため、関係者間で「インパクトが大きい」「自治体への十分な説明が必要」などの意見が交わされ、検討チームでの公表を見送ったという。

3市村に報告へ 

 その後、原子力機構と放医研は支援チームの再要請を受けて、屋外8時間・屋内16時間の条件を変え、NHKの「2010年国民生活時間調査」に基づいて屋外時間を農業や林業なら1日約6時間に短縮するなどして推計をやり直し、被ばく推計値を低く抑えた最終報告書を作成、支援チームに今月提出した。支援チームは近く3市村に示す予定だという。

 支援チームの田村厚雄・担当参事官は、検討チームで公表するための文書を作成したことや、推計をやり直したことを認めた上で、「推計値が高かったから公表しなかったのではなく、生活パターンの条件が実態に合っているか精査が必要だったからだ」と調査結果隠しを否定している。

 これに対し、独協医科大の木村真三准教授(放射線衛生学)は「屋外8時間・屋内16時間の条件は一般的なもので、それを変えること自体がおかしい。自分たちの都合に合わせた数字いじりとしか思えない」と指摘する。

 田村市都路地区や川内村東部は避難指示解除準備区域で、政府は4月1日に田村市都路地区の避難指示を解除する。また川内村東部も来年度中の解除が見込まれている。【日野行介】

福島 第2回 甲状腺検査 評価部会 2014.3.2

◆第2回 甲状腺検査評価部会(ノーカット版)2014.3.2

「甲状腺検査は過剰診療か」がん増加で激論〜福島健康調査

甲状腺がんデータ

◆第2回 甲状腺検査評価部会 記者会見

2014/03/23

「お金より幸せが大事」というブータンの考え方

GNP(国民総生産)よりGNH(国民総幸福)=「お金より幸せが大事」という国、ブータンから来日した友人と、熊本で開催されるフェアトレード国際会議で対談します。

「お金より幸せが大事」というのは、あたりまえの考え方だと思いますが、日本では今、それがあたりまえではなく、「いのちよりお金が大事」になっていることが多いようです。もう少し言うと「他人のいのち」より「自分のお金」が大事ということが「あたりまえ」になっていないでしょうか。原発などがその象徴で、自分たちにお金が入るなら、ウラン鉱山や原発周辺の子どもたち、海の生物や未来世代のいのちが脅かされても目をつぶる人はたくさんいます。

官僚や政治家や専門家、財界人に目立ち、大企業には「他者のいのち」より「自社のお金」が大事という傾向が強いですね。しかし、もともと人間は、他者と共に生きることに喜びや幸せを感じる生き物だと思います。そうした本当の人間性を思い出し、取り戻すヒントについて、「お金より幸せが大事」だと国民の大半が考えているブータンの友人と話し合ってみたいと思っています。

第8回フェアトレードタウン国際会議 in 熊本 3月28日(金)15:00~16:30

ナマケモノ倶楽部の友産友消?ローカル化とフェアトレード
〜地域と地域がつながって、互いの文化や暮らしのあり方を育て合うフェアトレード〜

GNHブータン 笑顔の子ども

 福岡はウインドファームの中村隆市さんとブラジルのカルロスさんの絆からはじまり、全国のスローカフェムーブメント、slowwatercafeのエクアドルの女性や辺境の村とのものづくり、そして今始まろうとしている、ブータンのチモン村のコットンのプロジェクトについて、生産者リーダーのペマさんをまねいて、ナマケモノ倶楽部のフェアトレードを縦横無尽にお話します。

 小さな観光とものづくりの両輪は、これからローカル化する日本の地域づくりの参考にもなること間違いなしです。

出演者:

  辻信一(ナマケモノ倶楽部世話人、明治学院大学教授)
  
  ペマ・ギャルポ(ブータン「チモン・モアン」プロジェクト代表、エンシェント・ブータン・ツアーズ&トレックス)

GNHブータンのペマと辻さん
        (ペマさんと辻信一さん)

  藤岡亜美(ナマケモノ倶楽部共同代表、スローウォーターカフェ有限会社)

  
  中村隆市(ナマケモノ倶楽部世話人、ウィンドファーム代表)
  

テーマ:

 ペマさんの出身地でもあるブータン東部奥地の村チモンで、コットン文化再生のための「チモン・モアン」プロジェクト とGNHツアーの名で知られるスローツーリズム、ナマケモノ倶楽部が発足当初から取り組んできたエクアドルでのフェアトレードやスローツーリズムなどの事例をもとに、フェアトレードに変わる「シェアトレード」と地産地消に変わる「友産友消」、エコツーリズムや農の可能性について語り合っていく。

●各地の事例紹介

 1.ブータンチモン・モアンプロジェクト、GNHツアー

 2.ナマケモノ倶楽部、Slowwatercafeやウインドファームなどのエクアドルでのフェアトレード、スローツーリズム事業

●出演者全員で「シェアトレードと友産友消」についてパネルディスカッション
*1階の見本市会場では、ブータンとエクアドルの 商品の販売もあります。

2014/03/22

今、思い出したい 渡辺謙さんの脱原発スピーチ

全国の世論調査で、原発再稼働「賛成」28% 「反対」が59% と2倍以上が原発再稼働に反対する中で、安倍政権は今夏にも原発を再稼働させようとしています。

福島原発事故の翌2012年、世界経済フォーラムに日本の芸能人として初参加した渡辺謙さんのスピーチは、これからの日本と世界が向うべき方向のヒントになる素晴らしい内容でした。しかし、マスメディアの多くは、スピーチの最も重要な部分を伝えませんでした。そのため、以下のスピーチ内容はほとんど知られていません。

————————————————–

 国は栄えていくべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化していくべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし、度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要なものを知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。

こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています

 私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」をつくりたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。

—————————————————–

「原発の再稼動をどうするのか」という岐路に立つ今
多くの人に渡辺謙さんのスピーチを伝えたいと思います。

渡辺謙さん、ダボス会議でスピーチ 原子力からの転換訴える
 (2012年1月26日 東京新聞)

 スイスで25日に開会した世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」で、俳優の渡辺謙さんがスピーチに立ち、各国から寄せられた東日本大震災の被災地支援への深い感謝と立ち上がる決意を語るとともに、原子力から再生エネルギーへの転換を訴えた。

 渡辺さんは、震災発生直後から、インターネットにメッセージなどで被災者を応援するサイト「kizuna311」を立ち上げ、現地を幾度も訪れるなど、支援活動を積極的に続けている。

 スピーチは現地時間25日午前(日本時間同日午後)に行われた。渡辺さんは「私たちの決意として、世界に届いてほしいと思います」と話している。

 スピーチ全文は次の通り。

 初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。

 まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

 私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

 その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

 しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

 それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。

 私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

 そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

 「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

 いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。

 国は栄えていくべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化していくべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし、度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要なものを知っているという意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。

こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

 私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」をつくりたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。

・・・・・・・・

大手メディアが渡辺謙の脱原発スピーチを伏せていた
(2012年02月01日 NAVERまとめ)から抜粋

渡辺謙氏の世界経済フォーラム(WEF)スピーチ報道に見られる各メディアの原発依存度

俳優の渡辺謙氏が、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラム(WEF: World Economic Forum)に日本の芸能人としては初めて参加して、脱原発を訴えた。しかし、日本のメディアは渡辺氏がダボス会議でスピーチをしたことには触れているが、その内容は、「絆の大切さ」を語ったことのみが強調されており、渡辺氏が「脱原発」を訴えたことには触れないメディアが多かった。

Mad Amano 渡辺謙の脱原発スピーチを削除したメディア


原発再稼働「反対」59% 朝日新聞世論調査
(2014年3月18日 朝日新聞デジタル)

 朝日新聞社が15、16日に実施した全国世論調査(電話)で、原子力発電所の運転再開の賛否を尋ねたところ、「賛成」は28%で、「反対」の59%が上回った。安倍政権のもと、今夏にも九州電力川内原発(鹿児島県)が再稼働することが有力視されているが、原発の再稼働反対派が多数を占めた。

朝日:原発の運転再開に反対59%賛成28%

 昨年7月、9月、今年1月の調査でも同じ質問をしており、「反対」はいずれも56%だった。今回の調査では、男性は「賛成」が39%、「反対」が51%だったのに対し、女性は18%対66%と「反対」が圧倒的だった。

 原発を段階的に減らし、将来は、やめる「脱原発」については、「賛成」が77%で、「反対」の14%を引き離した。

2014/03/20

「原発被災者の警告」を刻む

「原発被災者の警告」を刻む
(2014年3月16日 西日本新聞)

西日本:「原発被災者の警告」を刻む

先日、東京電力福島第一原発事故で全町避難を余儀なくされている福島県富岡町を取材した。鉄柵の向こうの立ち入り禁止区域に自宅がある男性の言葉が忘れられない。
「原発は怖えよ。あの地震でも家は平気だったのに、放射線量が高すぎてもう住めねぇ。こったらことが起きたのに、なして国は原発の再稼動さ急ぐの」

彼は私の記者腕章を見て言葉を継いだ。「もう一度、今度は西日本で原発事故が起きねぇと日本人は分かんねぇのかな。本当に人ごとではねぇんだぞ」

震災3年を前にした10日、安倍晋三首相は「原子力規制委員会が世界一厳しい基準にのっとって審査を進め、安全と判断した段階で再稼動を進めていく」と再稼動に前向きな姿勢を重ねて示した。九州電力川内原発(鹿児島県)が第一号となる可能性が高まっている。

ただ、規制委は基準をクリアしているかどうかを検証する機関であり、安全を保障する機関ではない。

規制委は規制基準と並んで、「地域防災計画」を車の両輪と位置づけ、住民の避難先や移動方法などを具体的に定めた避難計画の策定を自治体に求めている。だが、計画は再稼動の是非を判断する条件に入っておらず、実効性をチェックする仕組みもない。

原発周辺の学校や病院、福祉施設などの避難計画の策定はまだほとんど手付かずだ。川内原発と玄海原発(佐賀県)の30キロ圏内に暮らす避難対象者は、それぞれ22万人と25万5千人。全員が避難するには川内で2日弱、玄海で1日半以上かかるという試算もある。

「九州も気をつけたほうがいい。人ごとと思わんで備えてね」。2004年の新潟県中越地震を取材した際、被災地のお年寄りが私に言った。5ヵ月後、福岡沖地震が起き、4歳の息子に覆いかぶさりながら新潟の警告を思い出した。

万が一の過酷事故が起きた時、原発は地域に壊滅的被害をもたらす。再稼動が現実味を帯びる今、私たち一人一人が福島の被災者の無念をわが身に置き換えて想像し、立ち止まり、その是非を考えたい。
(坂本信博)


川内原発の「再稼働反対」で集会 鹿児島、6千人が参加
(2014年3月16日22時29分 朝日新聞デジタル)

川内原発再稼働計画2014年03月17日東京新聞・鹿児島市で6000人の反対集会

 原子力規制委員会の優先審査により、九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)が今夏にも再稼働する見通しになったことを受け、脱原発を訴える市民集会が16日、鹿児島市であった。「再稼働は絶対に許されない」「原発のない地球で暮らしたい」と声を上げながら、参加者は市中心部をデモ行進した。「反原発・かごしまネット」などでつくる実行委が呼びかけ、約6千人(主催者発表)が参加。県内での反原発集会としては過去最大規模となった。

 集会で壇上に立った福島の原発事故の被災者、木幡ますみさん(58)は「3年たったが福島の状況は変わっていない。再稼働させないで」と呼びかけた。(小池寛木)

2014/03/18

安倍政権は、原発の事故処理よりも再稼動優先

3・11から3年 どんどん濃縮される「汚染水」 どんどん忘れる「日本人」
(2014年03月11日 週刊現代)から抜粋

週刊現代:タンク1つにおよそ1000トンの汚染水

一喜一憂すべきとは言わない。前を向くことも必要だ。だが、日本人はあまりにも、放射能の危機に慣れきってしまったのではないか。「あの日」の私たちが3年後の日本を見たら、何と言うだろう。

汚染水より五輪に夢中

復興需要は衰える気配を見せない。青森県や山形県、宮城県では、高校卒業者の内定率が高水準を記録している。建設・土木関連企業は東日本を中心に好業績を維持。被災地の復興がひと段落したら、このまま2020年の東京オリンピックへとなだれ込むぞ―そんな声が日本のあちこちから聞こえてくる。

一方で、東日本大震災の発生直後から福島県に入り、放射線量測定や除染で今なお県内を走り回る、獨協医科大学准教授の木村真三氏はこう言う。

「福島県内で講演をすると、いまだに『洗濯物を外に干してもいいんでしょうか』『外に出るときは、マスクを付けたほうがいいんですか』といった質問をよく受けます。専門家もメディアも頼りにならない。誰の言うことを信用していいのか分からない。手探り状態のまま、福島で暮らしてゆくほかないという方が、まだたくさんいるんです。

原発に対する日本人の危機感は薄れてゆく一方ですが、福島県民は今も、不安の中で生きています」

「いまさら震災のことを蒸し返してほしくない」という向きもあるかもしれない。だが、いくら東北の景気が回復しつつあるといっても、福島県の、そして福島第一原発のおかれた状況が変わったとは言いがたい。そのことを如実に示しているのが、超高濃度汚染水の漏洩事件だろう。

先月20日、福島第一原発の敷地内に置かれた汚染水タンクから、水が大量に溢れ出ているのが発見された。タンクに入る汚染水をコントロールする弁が開きっ放しになり、十数時間にわたって、満水のタンクへ汚染水が注がれ続けたのだ。

溢れた汚染水は110t、一般家庭の浴槽で言えば約500杯分である。また、検出された放射性物質の量は、ベータ線核種だけで1リットルあたり2億3000万ベクレル。原発事故後に見直された飲料水中の放射性物質許容量が1リットルあたり10ベクレルだから、いかに高濃度であるかよく分かる。

オリンピック招致合戦のさなかの昨年8月、1リットルあたり8000万ベクレルの汚染水300tがタンクから漏れた際には、日本中が大騒ぎになり、政府は火消しに躍起になった。安倍総理が9月のIOC(国際オリンピック委員会)総会で「汚染水は完全にブロックされている」と発言し、大批判を浴びたことは記憶に新しい。

あれからたった半年しか経っていないにもかかわらず、そして3倍以上に「濃縮」された放射性物質が漏れたにもかかわらず、もはや誰も汚染水のことを口にしない

「汚染水の濃度がどんどん上がってきている事実については、国や東京電力もそのまま公表しています。しかし今回は、公表のタイミングがソチオリンピックや大雪と重なったこともあり、一般の人々の目はそちらに集中していた。その結果、危機意識が高まりませんでした」(前出・木村氏)

報道もめっきり減った

改めて振り返ってみると、この1年、福島第一原発では大規模な高濃度汚染水漏れが何度も起きている

昨年4月、2号機の地下貯水槽から約120tの汚染水が海に流出したのを皮切りに、8月には前述の300t漏洩が起き、10月には原子炉冷却に使った海水を淡水に変える装置から汚染水が漏れ、6人の作業員が被曝している。これはのちに、協力会社所属の作業員が誤って配管を取り外したことが原因と分かった。

相次ぐトラブルの背景には、事故収束の見通しが立たない現場の疲弊がある。原発事故の発生直後からツイッターなどを使って情報発信を続け、昨秋には手記『福島第一原発収束作業日記3・11からの700日間』を刊行した原発作業員・ハッピー氏(本名非公開)が訴える。

「先月起きた高濃度汚染水漏洩も、原因は機械の故障ではなくヒューマンエラーだとみられています。

トラブルを防止するには、作業を指揮するベテラン作業員が目配りをすることが重要です。3000人の作業員がいたとしたら、最低でも300~600人ほどのベテラン班長が必要になる。しかし昨年末以降、3・11からずっと頑張ってきたベテラン作業員が、30人以上も線量の上限を迎えて、前線を離れてしまいました」

原発作業員の被曝線量の上限は5年間で100ミリシーベルトと定められており、その値に近づくと、数年間は高線量の現場で勤務することができなくなるのだ。

安倍政権は先月25日、新たなエネルギー基本計画の政府原案をとりまとめたばかりだ。大方の予想通り、そこにはこんな文言が躍っている。

原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原子力発電所の再稼働を進める

原発再稼働に向けた動きは、早くも福島第一原発での人手不足に影響し始めているという。

「東電管内の柏崎刈羽原発などでは、再稼働に向け、事故後に定められた新しい安全基準に適合させるための工事が行われていて、今そちらに作業員が取られています。作業員にも生活がありますから、短期間で被曝上限に達してしまう福島第一原発よりは、他の原発に行ったほうが長く働ける

作業員の確保には大手ゼネコンが関わっていますから、今後オリンピックに向けた公共事業が始まれば、ますます人手が取られていくのではないかと思います」(前出・ハッピー氏)

頻繁に高濃度の汚染水漏れが起きている一方で、福島第一原発周辺や近海の汚染状況が詳しく報じられることはめっきり減ってしまった。しかし依然として福島県沿岸では、漁業関係者たちは今でも試験操業しか許されず、漁獲高は事故前の1割にも回復していない。

昨年の5月と9月に福島県沖の海洋汚染を独自調査した、米国ウッズホール海洋研究所のケン・ベッセラー博士に現状を尋ねた。

「先日、昨年9月の調査結果を国際会議で発表したばかりなのですが、福島近海ではやはり、原発由来の放射性物質が検出され続けています。特に、’11年時点では放射性セシウムの50分の1しか検出されていなかった放射性ストロンチウムが、セシウムと同程度出てくるようになっている。汚染水や地下水を通じて、海へ放出されるストロンチウムが増えていることは間違いありません」

福島県沖の海産物については、セシウムの検査は詳しく行われているが、ストロンチウムの検査は年単位でしか行われていない。ベッセラー氏は、今こそ綿密な検査を実施すべきだと主張している。

「日本政府は海産物1kgあたり100ベクレルという安全基準を設けていますが、この基準を超える海産物もいまだに出ています。これは海外ならば、漁場そのものが閉鎖されてもおかしくないような値なのです」
今でも節電してますか?

福島では、現在もおよそ14万人の県民が、自分の家に帰れないままでいる

事故直後の’11年夏、大企業から一般家庭まで国をあげて取り組んだ節電の習慣は、いつしか忘れ去られてしまった。

もちろん、誰にも日々の暮らしがある。いつもいつも原発のことを真剣に気にかけていられるほど、人間は真面目にはできていない。ただそれにしても、あれだけの悲惨な事故を忘れて、あたかも前々から決まっていたかのごとく、原発再稼働へと進んでもよいものだろうか

かつて東芝で原子炉格納容器の設計に携わった、技術者の後藤政志氏が語る。

自民党は、少し前まで『徐々に原発は減らす』と言っていたはずなのに、国民的議論も経ないまま、いつの間にか約束をひっくり返してしまいました

私たち日本人は『自分たちは危険極まりないものを扱っているのだ』という自覚を失っている。それこそが原子力と向き合ううえで最も危険なことであり、福島の事故を招いた最大の原因でもあったはずです」

「週刊現代」2014年3月15日号より

2014/03/17

何故か3年もたって、原発事故 放射線量データ判明

原発事故 克明な放射線量データ判明
(3月11日 19時32分 NHK NEWSweb)

NHKニュース:ベントで線量急上昇 思った低減効果なく?

東京電力福島第一原子力発電所の敷地の外にある観測点で、事故直後の詳細な放射線量のデータが記録され、震災発生の翌日、1号機が水素爆発する1時間以上前から、数値が急上昇する様子を克明にとらえていたことが分かりました。

3年がたって初めて明らかになったデータで、専門家は「放射性物質放出の真相を検証するうえで、非常に重要だ」と話しています。

放射線量の詳細なデータが記録されていたのは、福島第一原発の周辺に設置された福島県が管理するモニタリングポストです。その14か所で、事故後数日の20秒ごとの放射線量の値が記録されていたことが、NHKの取材で分かりました。

このうち、福島第一原発の北西5.6キロにある双葉町上羽鳥のモニタリングポストでは、震災発生の翌日(3月12日)の午後2時10分以降、放射線量が急上昇していました。

午後2時40分40秒には、1時間当たり4.6ミリシーベルトと、午後3時36分に起きた1号機の水素爆発のおよそ1時間前にこの日の最大の値を記録しました。データの推移から、最大値を記録した前後およそ20分で、積算の被ばく線量が一般人の年間の被ばく限度の1ミリシーベルトに達するとみられます。

放射性物質の拡散に詳しい日本原子力研究開発機構の茅野政道部門長は、WSPEEDIと呼ばれるコンピューターシミュレーションで、今回のデータと当時の風向きなどを分析しました。その結果、午後2時ごろから1号機で行われたベントと呼ばれる緊急の作業が影響したとみています。

ベントは、格納容器が壊れないよう高まった圧力を下げるため、放射性物質を含む気体を放出します。途中、水の中に通すことで、放射性セシウムなどの放出量を1000分の1程度に抑えるとされていましたが、今回のデータから、それほどの効果は得られず、かなりの量が出たとみられます。

茅野部門長は、「放射性物質の放出の真相を検証するうえで、非常に重要なデータだ。ベントでどういうことが起きるかや、どれくらいの効果があるかを検証しなければならない。多くの研究者が3年たった今も事故の解析をしているので、思わぬところで新たな発見がある可能性もあり、できるだけ多くのデータが欲しい」と話しています。

埋もれたデータはほかにも?

福島県によりますと、事故直後の詳しい放射線量のデータは電源が失われるまで自動観測が行われたモニタリングポストのメモリーに記録されていました。公開するには、データを変換し、時系列が分かるように取りまとめる必要があります。しかし、事故のあとは停電で、各地の放射線量は職員が回って計測しなければならず、集めた毎日のデータを住民に提供するのが精いっぱいだったということです。

このため、メモリーに記録された事故直後のデータまで手が回らず、これまでは1時間ごとの値をおととし9月に公表するにとどまっていました。事故後の混乱で埋もれたデータはほかにもあると考えられ、十分な検証のためにも、早急な掘り起こしが必要です。

放出量はチェルノブイリ原発事故の17%余

東京電力福島第一原子力発電所の事故で、原発から外部に放出された放射性物質の量について、東京電力は、チェルノブイリ原発事故の17%余りで、大半は閉じ込め機能を失った格納容器から直接放出されたと分析しています。

東京電力は、コンピューターによる解析や原発の周辺で計測された放射線量のデータなどから、震災発生の翌日の3月12日から3月末までに放出された放射性物質の量を試算し、おととし5月に公表しました。それによりますと、ヨウ素131とセシウム137の放出は合わせて90京ベクレルで、チェルノブイリ原発事故の520京ベクレルの17%余りとなっています。「京」は1兆の1万倍です。

当時の原子力安全委員会が公表した57京ベクレル、当時の原子力安全・保安院が公表した77京ベクレルより多くなっています。放出量の推移と事故の経過から、どのように放出されたかを分析したところ、建屋の水素爆発に伴う放出は合わせて0.5京ベクレル、ベントに伴う放出は0.1京ベクレルで、大半は閉じ込め機能を失った格納容器から直接放出されたとみています。

NHK 2号機 3号機が各4割、1号機 2割放出

1号機から3号機の格納容器はメルトダウンによって内部の温度や圧力が高まり継ぎ目や配管の貫通部などが壊れたとみられています。各号機ごとでは、2号機と3号機がそれぞれ全体の4割、1号機が残りの2割で、4号機からの放出はなかったとしています

時系列では、3月16日午前10時からの3時間に3号機から18京ベクレルと、最も多くの放射性物質が放出され、3月15日には冷却やベントの対応が遅れ、メルトダウンが進んだとみられる2号機から同じく18京ベクレルが放出されたとしています。

平成23年4月以降は放出量は大幅に少なくなり、先月の放射性セシウムの放出量は、1時間当たり1000万ベクレルと発表しています。

海に放出された放射性物質の量については、海水中の濃度などからデータのある平成23年3月下旬から半年間で15京ベクレルと推定しています。


(参考資料)
福島原発事故で放出された放射能の発表数値がどんどん増加

2014/03/15

子どもが甲状腺がんに・・・母が苦悩の告白  3/11報道ステーション

2011年3月11日。その後私は変わりました」という「きーこちゃん」のブログ(みんな楽しくHappyがいい)が素晴らしい。テレビなどで報道され、すぐに削除されてしまう重要な動画を文字と写真で記録してくれています。

子どもが甲状腺がんに・・・ 母が苦悩の告白 3/11報道ステーション
(内容書き出し)
(2014年3月12日 みんな楽しくHappyがいい)から抜粋

報道ステ:甲状腺がん33人

古舘:福島の18歳までの若い方の甲状腺がんについて、今日はお伝えしたい事があります

まず、現在の考え方からです。
福島原発の事故由来の放射能と、当時18歳よりも若かった福島の方々の甲状腺がんが出た、と、この因果関係は「考えにくい」というんですね
「考えにくい」というより「分からない」ではないか、という疑念を番組では持ちました。

これは「因果関係がある」とか「ない」とか、「どちらも分からないのではないか」というところから福島での取材を始めました。

そして今まではですね、若い方の甲状腺がん、子どもの甲状腺がんというのは「100万人にひとりかふたり」と言われていました。福島では現段階で、27万人の方が検査を受けてうち33人が甲状腺がんと分かり、摘出手術を受けています。

33人。
これまでおよそ27万人の子どもが受けた福島県での甲状腺検査で癌と確定した人数だ。
すでに摘出手術を終えている。
子どもの甲状腺癌は年間100万人に1人から2人とされてきたが、今その数字は大きく覆されている。
33人

古舘:
お子さんの甲状腺がんが発見されて摘出手術を受けたという親御さんにこの番組では接触を試みました。
7人の方に接触させていただいたんですが、
やはり、インタビューをお願いするとことごとく断られました。
いろんな事情があると思います。

そしてある方はこういう事をおっしゃいました。
担当したお医者さんに「こういう事に関しては周囲にしゃべらない方がいいだろう」と。
「お子さんの就職の際などはマイナスになるから」という様なアドバイスを受けた
という方もいらっしゃいました。

そういう中で、番組ではお一人のあるお母さん。やはりお子さんが甲状腺がんだったんですが、
その方は迷いながらも、音声を変えて、そして顔を映さないなど、
様々な条件がクリアされれば「この胸の内を語ってもいい」といって下さいました。
その方にお話を伺います。

10代の子どもを持つ田中佳子さん(仮名)
県の検査で子どもの甲状腺に5mmを超えるしこりが見つかった。
甲状腺がんだった。
周辺のリンパ節の一部を切除した。

田中:
小さい10代の子どもでも「がん」と聞けば、「なぜだ」って
「なぜだ、自分だけがなぜなんだ」
「どうせがんなんだから死んでしまう」そこまで言われました。

古舘:はぁ・・・、

田中:
親として励ます言葉をどうやってかけていいか分かりませんでした。
だから一緒に、「死ぬときは一緒だから」って、言いました。

古舘:あぁ・・・、そこまでおっしゃいましたか

田中:
夫と子どもは私に「放射能の話はするな」
「お母さん放射能は調べないでくれ」
泣いて訴えているんです。
だからうちではもう、放射能の話はタブーなんです。
毎日が喧嘩になります。
夫は「知らないのが一番幸せなんだ」って、
「知らないで生活するのが一番いいんだ」

古舘:「つきつめていけばいくほど辛いじゃないか」っていう考えなんでしょうかね…。

田中:
そうです。
だって、
なってしまったんです。
取ってしまったんです。
戻ってこないんです。

田中さんは日々の様子を詳細にノートに記している。
事故当時家の近くは年間の線量でおよそ40ミリシーベルト。
家の雨どい付近では85ミリシーベルトという高い値だった。
子どもは部活に熱心で、原発事故で学校が休みになっている間もひとり雪の中練習していた

古舘:
2011年3月15日。
大変な量の放射線が降り注いだという時も、全く普通と、今お話し下さったような日常だった。

田中:
そうです。
あの、その日は雪が降ったんです
で、その日は近所の奥さんが「うちの井戸水を使っていいよ」っていうことで、
みんなして(水を)汲みに行きました
から。
そして「ああ、雪が降ってきたね」っていうかたちで、
とにかく水はあらゆるところを探して歩きました。

古舘:ああ、そうですか。

その震災から7カ月後、県の甲状腺検査が始まった。
1次検査で異常がないとされるとA1判定

5mm以下のしこりや甲状腺に水分が溜まってできるのう胞が20mm以下の小さいものがあるとA2判定になる。

それを超える大きなしこりやのう胞が見つかるとB判定、C判定とされ二次検査が必要になる
癌の疑いもあるためさらに詳細な検査が行われる
そもそもなぜ甲状腺検査が必要なのかといえば、原発事故と深い関係があるからだ。

甲状腺は成長や発達を促すと同時に全身の新陳代謝を調整する甲状腺ホルモンを作りだす。
問題なのは、この甲状腺が必要とする栄養素が「ヨウ素」だということ。
原発事故で放出された「放射性ヨウ素」も甲状腺は区別なく取り込んでしまう。
甲状腺に集まった放射性ヨウ素は放射線を出し続け癌の要因の一つとなる。
新陳代謝が活発な子どもほど放射線の影響を受けやすくなる。

田中さんの子どもは1次検査でB判定。
つまり、5mmを超えるしこりが見つかった。
しかし、手元に届いた通知はこのわずか1枚。

甲状腺がん検査結果の通知

何の説明もなかった。
2次検査まで半年以上待たされた。

田中さんは半年も待てず他の病院を探したが、そこで思いもよらない事を言われたという。

田中:
いざそこに行きましたら、
「(病院の)事務所の手違いです、ここでは検査する事はできません」
(県が)決めている事なので、個人の病院では検査することはできません」と言われました。
(病院の)事務所では、「どうぞ検査に来られてください」と予約までとりましたので、
いざ先生とお会いしたら、先生は
「うちは出来ません。ここでは出来ません。(県が)決めている事なので」

県内で甲状腺の一次検査を行えるのは県立医大のみ。
来年度から増やす予定があるが、それに選ばれるためには条件がある。

エコー検査をするだけで診断はせず、検査データはすべて医大に送らなければならない。
甲状腺に問題があるかどうかの診断は、医大が一括して判定する仕組みだ

なぜ県立医大だけに診断の権限が集中しているのか?
甲状腺の第一人者で検査の責任者でもある、県立医大の鈴木教授に話を聞いた。

福島県立医科大学 鈴木眞一教授:
お母さん方が心配でどこかで調べる。
するとそこの先生が今度は、「のう胞じゃなくて結節だ、しこりだ」と言ってもう一回(県立医大に)まわる。
で、そうするとそれは全然違う、あの、おー、
小さいお子さんに特徴的な甲状腺の中に認められる胸腺であったり、
あの、血管であったり。
血管をのう胞と言っている。
「私どものところでやった検査と同じレベルの事をやって下さいね」ということも理解してもらわなければいけない。

つまり、県立医大と同じやり方で検査しなければ、異なる診断が出て混乱を招くというのだ。
しかしそれは県立医大以外での客観的な診断を抑えつける結果になるのではないか?

県立医大の検査については不信感を持っている住民もいる
県の検査で20mm以下ののう胞が見つかった中学生の女の子の母親が取材に応じてくれた。

のう胞が見つかった中学生:
(県の検査は)人数も多かったのでしょうがないかなと思ったんですけど、
やっぱり3分や5分では足りないのかなって思いました。
流れ作業のようだったです。

娘にのう胞が見つかった母親:
どこにどれくらいの大きさのものがあるとか、
たとえばこれから、これ(のう胞)がこういうふうになる可能性がありますとか、
そういう説明は一切なく、「説明してほしい」と言ってもなく、
ただこの文章、2行の文章だけ。
「検査はしません」
ということで、

甲状腺検査結果 小さな結節(しこり)や膿胞があるが、2次検査必要ない

20mm以下ののう胞は県の基準ではA2判定で二次検査の必要はない。
しかし、不安を抱いた母親は県立医大とは距離を置き、県の検査には批判的な診療所を訪ねた

のう胞が見つかった中学生:
検査の時間が倍以上かかったので、
流れ作業っていう訳ではなくて、時間をかけてじっくり診てくれるっていうのが安心しました。

親子が再検査を受けた診療所。
松江院長は排他的な県立医大の診療方法を強く批判している

ふくしま共同診療所 松江寛人院長

松江寛人院長 ふくしま共同診療所:
検査を受けたけれども「不安だ」っていうのは当然なんですよ。
(県立医大は)「患者に直接説明するな」って言っているんですよ。
それ(患者への説明)も我々がやりますと。
それもね、検査の結果を文章で我々が渡しますと。
なので「(受診者に)直接説明をするな」っていうんですよ。
こんなことありえないですよ。

親子は定期的に検査を続けている。

娘にのう胞が見つかった母親:
先月3ヶ月ぶりに検査をしたんですけど、しこりが突然っていうか、出来てて
「あ、そういうこともあるんだ」というのを知って、
この先どういうふうに変わっていくのかという不安な気持ちと、
なにも終わっていないっていうか、
この先も続くという思いで生活をしています。

原発事故後体調を崩した娘は、学校の先生に「放射能への不安」を相談したが、
「心配し過ぎだ」と相手にされなかったという。
不信感が募り、今は学校に行けなくなっている。

この女の子が今望んでいる事。

のう胞が見つかった中学生:
包み隠さず、その情報を公開してほしいです。
その情報を公開することで救われる人たちのいると思うし、
やっぱりこれから生まれてくる人達の事も心配なので

県の甲状腺検査では、この情報公開についても後ろ向きだ。
たとえ検査を受けた本人であっても自分のデータを受け取るためには
県に対して情報開示請求までしなければならなかった

批判を受けて手続きは簡素化されたが、
それでも申請書類が必要で、受け取るのに3週間ほどかかる。
県立医大に理由を聞いた。

鈴木眞一:
甲状腺のエコーの場合には渡さないのが一般的です。
渡すとなると、渡し方に責任があるので、
えーっとこれは何度も検討しました。
決して我々は渡したくない訳ではないので、渡すんなら渡そうと思ったんですけど、
そうすると、それによる不利益や齟齬(そご)もある場合の非常に多いので、
現実的には、あの、実現しなかったという事です。

再び冒頭で紹介した母親の話を聞く。

甲状腺がんの子どもの母と古館さん

田中さんの子どもは甲状腺癌にかかり、すでに切除手術を受けた。
その手術の前に言われた事を今もはっきりと覚えている。
医師が「甲状腺がんの進行は遅く危険な癌ではない」と説明したうえでこう話したそうだ。

田中:
「いま大きくなる様なことはまず心配はありませんから、焦らなくていいですよ」
「いまここで切らなければ、(症状が出る)30歳、40歳になってから、
『見つかった時にきればよかったな』っていうふうに思わないですか」とまで尋ねられました。
「だったらそんなに急がなくてもいいんじゃないですか」と思いましたので、
「じゃあ、2~3年待って下さい」
「子どもがもう少し冷静に判断能力が付くようになってから手術してもかまわないんじゃないですか?」
ともお尋ねしました。
そしたら、「前例がありませんから」
「発見されてから放置しておくという前例がないので、
見つかったんだから、やはり直ちに切るというのが本当でしょう」と

古舘:うわァ・・・・、その両方を言われた訳ですか。

田中:
あんまり、時間をおいて悩んでいるよりは、早く解決したかったので、
半年以内に手術に挑みました。

いま見つかっている子どもの甲状腺がんについて、県の第3者委員会は
「原発事故の影響は考えにくい」としている。

星北斗座長「(放射線の影響)考えにくい」

星北斗座長 県民健康管理調査検討委員会:
放射線の影響はどうかという事については今後きちんと検証する必要があると思いますが、
これまでの知見から言うと「考えにくい」という表現を使っております。

「分からない」というのが正しい表現というのもありますけど、
でも今現時点で我々が知っているこれまでの知見の積み重ねから言えば想定内だろうというふうに言えます

★全文はコチラ


福島健康調査:「秘密会」で見解すり合わせ(毎日新聞)

<反論>「報道ステーション」の報道内容についての
福島県立医科大学 放射線医学県民健康管理センターの見解 3/12

2014/03/14

フランスの放送 「フクシマ・地球規模の汚染へ」

フランスFR3放送「フクシマ・地球規模の汚染へ」


(Published on Mar 12, 2014)

フランスFR3「フクシマ・地球規模の汚染へ」 和訳全文

スイスの決意 それは20年後に 原発をゼロにすること
日本で福島原発が大事故を起こした直後の決定である
“福島原発では今日も新たに2回の爆発が同時に起こりました“
津波の後 福島原発が、連続爆発してからというもの、スイス人は放射能に対してひときわ敏感になった
「“日本の汚染魚にノー!”韓国は福島産のすべての海産物を輸入禁止しました」
バーゼルの研究所が昨年10月に発見をした
スイスのスーパーで売られていた魚が、放射能汚染をしていたのだ
太平洋産のマグロからセシウム134と137が検出された
福島原発事故由来の汚染である証拠だという
「ご覧のようにセシウム134と137の両方を含有してました」
「どれくらいの量?」
「0.1から0.5ベクレル/ Kgです」
所長によれば 基準値以下のため、健康には危険はないということだ
われわれのために別のサンプルも分析してくれる
「この魚は何ですか?」
「タラです」
「太平洋産タラ…バーゼル市内の店で買いました」
「セシウム検査をするために…」
(マルクス・ツェーリンガー バーゼル研究所放射能研究チームリーダー)
「二つのセシウムが同時に検出されたら、福島が汚染の原因だと言えます」
分析の結果 タラも福島の放射能に汚染されていた
行政の基準によれば、危険はない量とのことだが…
しかし国境の向こうのフランスには、別の意見の専門家もいる
(クリラッド測定所)
ブルーノ・シャレロン 核物理学エンジニア
“放射能が無害”などという発言は、非常識だと彼は言う
「被ばくには“しきい値”というものは、存在しないのです」
「体が最少量のベクレルでも、ガンマ線やベータ線を外部や内部から受ければ
後年それがガンになっていくキッカケになりえます」
だから 被ばくとは、闘わなければいけない
終わりのない戦争だ
それが地球の裏側では、3年前から猛威をふるっている
日本…
その日 マグネチュード9の大地震が日本の沿岸部を襲った
数十分後 巨大な水の壁が、太平洋岸一帯を飲み込む
犠牲者は2万人を超えた
5千人が行方不明だ
津波は 福島第一原発も壊滅させた
これが運命の瞬間である
巨大な波が施設を襲う
冷却用タービンは 水没して壊れ
原子炉はメルトダウンを始めた
次々に爆発が起こった
世界はチェルノブイリ以来、史上最悪の原発事故を目の当たりにした
:原発から放射能雲が発生し、国土の大きな面積を覆った
政府は3万人の住民避難を決定
原発周辺に最初は20km
やがて30kmの閉鎖区域を設けた
3年が過ぎた… 福島周辺では、今でも津波の爪痕が生々しい
見渡すかぎりの瓦礫の山
家や家具の残骸
壊れた車 トラック
この地方全体が、巨大な除染作業の現場と化した
放射能雲はいたる所を通過した
たくさんの作業隊が表土を5cm掻き取り
巨大な黒い袋に詰めている
別の作業員がそれを積み上げる
処分法がないからだ
日本政府によれば“現場はコントロールされている”
しかし現地の住民は安心できず
自分たちで何とかする決意をした
例えば原発から20km の南相馬市
事故の翌日に避難を命じられた町だが
2012年4月 閉鎖区域から外された
住民は放射能という“毒”を自ら計測することにした
事故後 独立した団体が数多く結成された
「仮置き場が見えますよ」
「放射性物質が貯蔵されてる所です」
「積み上げられて ゴミの山になります」
こうした団体の代表者は、ガイガーカウンター持参で住民のSOSに駆けつける
丘のふもとの立派な家に呼ばれた
家は市の除染を受けたばかりだ
しかし家主は安心できずにいる
「全部 測りましょうね」
日本政府の定めた許容基準値は、毎時0.23マイクロシーベルト
つまり年間1ミリシーベルト
国際的な基準によれば、それ以上の被ばくは危険である
「素敵なお宅ですね」
「放射能がなければ、もっと素敵ですよね」
家主は名のある陶芸職人だ
調査を始めると、たちまち測定器が鳴る
基準値の20倍
「ここの除染は完了しています」
「放射性物質はすべて除去したと、行政は主張してますが
このコンクリートの上など5マイクロシーベルトあります
普通は年間1ミリシーベルト以上放射能を受けてはいけません
ここの年間の被ばく量は4.3ミリシーベルトです」
チェルノブイリなら避難地域に指定される量です
「居住禁止のはずです」
「ここは誰も住んではいけない場所なのです」
彼は、妻と3人の子供を300km遠い場所に移住させた
しかし自分は残るつもりだ
大山弘一さんは 原発事故以来、ここに一人で住んでいる
「15年前にここに来て、チェーンソーで土地を切り開きました」
「この家は自分で建てました」
「庭も家も全部、自分で設計しました」
大山さんの家計は、惨憺たるものだそうだ
補償はなく、顧客もないので、収入はゼロ
しかし税金は今でも毎年取られる
テラスの線量は強烈だ
基準値の40倍を超える

「素敵な家ですから、売りに出してはいかがですか?」
「誰も買いたがりませんよ」
「どうして?」
「だって、放射能汚染してますもの」
「放射線管理区域内です」
「ここの家を買う人なんていません」
南相馬はどこも、放射能だらけだ
政府は、地域の学校すべてに、モニタリングポストを設けた
保護者を安心させるために、リアルタイムの線量が示される
0.13マイクロシーベルト/時 
基準値よりずっと低い
しかし数メートル離れた道端の数値は、0.8マイクロシーベルトまで上がる
学校前の公式数値の五倍だ
「学校は除染されましたから」
(吉田邦博 市民放射線測定所(CRMS)代表)
「当然 数値も低くなっています」
「でも10メートル離れただけで、数値は変わります」
4倍から5倍に上がります
10倍に上がる所もあります
「私に言わせれば モニタリングポストは、何の役にも立ちません
「税金の無駄遣いです」
「これは自然放射線なんですか?」
「もちろん違います」
自然放射線だったら、0.05マイクロシーベルトくらいです
地域のすべての学校が、行政によって除染された
いわき市 福島原発の南40km
この日、小学校では、みんな熱狂していた
地元野球チームの人気選手を迎えたのだ
そしてグラウンドの片隅では、気ぜわしい様子のお母さん3人…
彼女たちも公式数値をチェックするグループを結成したのだ
1メートルごとに、グラウンドを測定する
「そこの場所が、学校では一番高いです」
(千葉ゆみ 主婦)
0.18マイクロシーベルト以上です」
「グラウンドにしては高いですね」
「健康にはまったく害がないと、保証されている数値です」
「でも原発事故前と比べると、3倍から4倍 高いですね」
グラウンドの次は校庭だ
子供の健康を心配して、お母さんたちは、天任せにはしない
「このタブレット GPS機能が付いていて 直接線量を記録するんです」
学校責任者は万事順調だと主張するが、動揺を隠し切れない瞬間もある…
「学校の除染は済んでますか?」
「はい、人が来て学校の裏の木やあそこの木を切りました」
「でも、正式の除染はされてません」
「子供が遊んでも安全なのですか?」
「私、個人としての意見ですか?」
「それならノーコメントです」
教頭の後ろには、モニタリングポストが2台も立っている
1台目の数値は0.09マイクロシーベルト
2台めはずっと高い数値を示している
毎時0.14マイクロシーベルトだ
「長い話になるのですが、私の聞いたところでは
1台はある会社で作られたのですが、性能を満たしていないということで
文部科省が契約を解除したそうです」
「その後、新しい機械が設置されました」
「裁判になってると思います」
「同じ数値が出ますか?」
「こっちの方が良くないようです」
「性能が満たされていないそうです」
妙な話だ
われわれは取材旅行中ずっと、隣り合わせのモニタリングポストに出会った
政府が設置したモニタリングポストは、隣りの計器より低い線量のことが多い
この差はどこから来るのか?
東京に戻る
この倉庫は、契約解除された計器のメーカーのものだ
彼が社長の豊田氏
「これが文部科省が発注したものです」
(株式会社アルファ通信社長 豊田勝則)
「省は600台 このリアルタイムの計測システムを注文し、福島県に設置しました」
ところが使用が始まった数週間後
省は計測値を補正するように要請した
“計器の表示する値は高すぎる”という理由である
省の通知は厳しい口調だった
「省から届いた通知です」
二〇一一年十月二十六日付け
「ここに“表示値が高すぎる”とあります」
「彼らは、6基のモニタリングポストを、現場で検査し
省のガイガーカウンターに比べて、私どもの計器の値は、はるかに高いと」
「従って、表示値の補正が必須であると」
「即座に調整を行なうように要請されました」
しかし豊田氏の計測器は、国際基準に従ってアメリカで製造されていた
そしてアメリカの製造者は、補正を拒否した
「アメリカ側とコンタクトを取り、数値を下げてくれと頼みました」
「“機器は国際基準に則している”という返答でした」
「“なぜ日本の基準に合わせる必要があるのかわからない“と
補正を拒否されました」
放射線量というのは不確定であるため
20%程度の振れ幅が適用される
しかしほとんどの国が慎重をきして、最高値を採用している
日本の官庁は、われわれの問い合わせに応じなかった
豊田氏との裁判を控えているためという口実である
国民の不安をあおるのを恐れて、危険を最小限に見せる
事故当初から 国のこの態度に、日本人は苛立っている
安全発言を告発するために、隠しカメラの使用を辞さないジャーナリストもいる
日本では普通ほとんど使われない
そのため、このジャーナリストの顔を公開することはできない
“桐島 瞬”は彼の筆名だ
この3年間、原発内部を撮影するため定期的に作業員として働いている
この日は、東京のある労働組合で、目撃したことを報告した
集まっているのは原発労働者
クビになる恐れがあるので、顔は公開できない
「海を見るとすごく綺麗だけど、原発内部は、メチャメチャです」
「これは?」
「一号機のタービンです」
「汚染水用のホース 破れたものです」
原発内の仕事は、キツくて危険だ
5千人の作業員はみんな志願者だ
桐島 瞬は写真をとることは、自分の義務だと考えている
「危険は承知です」
「48歳 もう若くないですから、構わないです」
「本当のことが知りたかったんです」
「何が一番大切か、考えました」
「危険を冒すほかない」
「原発内で起こっていることを、本当に知るために…」
彼は、私が福島原発に接近する手助けをしてくれることになった
2012年以来 閉鎖地域は、原発周囲の円状ではなく
放射能の広がりにほぼ沿っている
許可なしで入ることは、不可能だ
報道陣に許可の出ることは稀で、非常に規制されている
しかし彼は通行許可を持っているのだ
私は彼の車のトランクに隠れて、 閉鎖区域に入ることになった
「チェックポイントです しばらくジッとしていて!」
「こんにちは!」
「申告することはありませんね?」
「はーい どうぞ!」
数キロ先 人目のない場所で
トランクから出る
だが顔を隠すようにアドバイスされた
「こうやって、日本人っぽくして、外国人だとわからないようにしました」
「日本人っぽく見える?」
「ああ これなら目立たない」
原発に向うと、ガイガーカウンターが鳴り始める
許容基準値0.23μを超えている明らかな証拠だ
「10.4」
「危険?」
「ああ 高すぎる」
「10.4? 高すぎる 危険だ」
「ほら ここを左折すると 1キロ半で原発だ」
双葉小学校の駐車場に案内してもらう
政府のモニタリングポストには、標準の50倍の線量
桐島 瞬は激怒する
「バッテリーを地面に置いてある!」
「ガンマ線はブロックされてしまいます」
「計器は、バッテリーと鋼鉄板の上に設置されてます」
「ガンマ線は、センサーに届きません」
「公式の線量は少なくなります」
その証拠に二メートル離れた草の中では、21マイクロシーベルト/ 時
公式線量の2倍に近い
校舎の裏では測定器は狂ったようになる
「ほぼ40マイクロシーベルト」
「地面に置くと、単位が変わります」
「ミリシーベルトになりました」
「0.32ミリシーベルト つまり 320マイクロシーベルトですね」
安全基準の1300倍を超える
日本政府は、双葉町が何十年も住めないと宣言した
「10年 50年は 帰れません」
「ここに住んだら 許容基準の50倍の線量を浴びることになります」
「年間50ミリシーベルト以上… 不可能です」
「あまり長居しない方がいい… 行きましょう」
「ここによく来るのですか?こんな危ないのに…」
「私は福島原発で長く働いたので、もういいんです」
「でも あなたみたいな普通の人は こういう場所に長居しない方がいい」
閉鎖地域の線量は、 基準値をはるかに超える
原発の周りの村では、2011年3月の震災の爪痕もそのままに時間は止まってしまった
しかし日本政府はいつか 住民を帰還させる希望を失わない
そもそも家を捨てることを拒否した人も多い
この農夫は原発から14kmの場所に住んでいる
「私はレジスタントです」
「神風」
「牛のテロリストです」
吉沢正巳さんは、300頭の牛と一緒に暮らしている
みんな被ばくをしている
「茶色い牛は日本特有で、黒いのとは全然違うんです」
「出荷できませんし、食べることもできません」
「譲渡も 売買も、よそに持ち出すことも、政府に禁じられています」
東電からは2千万円の賠償金を受け取った
「7.9マイクロシーベルト…」
「7.6マイクロ この辺りは高いです」
吉沢さんは 危険にもかかわらず ここに残る決意をした
「人生の最後まで、群れにエサをやる 牛飼いでいたいんです」
「牛を売れなくても、もう関係ないです」
「原発事故があった… 仕方ないんです」
「原発が爆発してしまったんだから…」
「何が起ころうと 最後まで、生き物たちの世話をするんです」
「残りの20年」
しかも、牛たちは病気だ
事故から一年 皮膚に白斑が現われた
「2012年8月から、白斑が出はじめました」
「黒毛牛ですが、首や背中や体のあちこちに、白い斑点が出ています」
「すこし減りましたが、こっちの牛にも出てます」
「被ばくをしているせいだと思います」
「皮膚や色素の変異みたいなものでしょう」
事故以来 200頭以上の牛が死んだ
原因は不明だ
政府は獣医を派遣して調査を行なったが
結果は一度も送られて来ない
「この牛は突然死にました」
「健康に見えたのですが、突然元気がなくなって、原因はわかりません」
「子牛も一緒に死にました」
「原因不明です」
「元気だったのに…」
一頭ずつ死んだ牛のために、慰霊碑を建てている
しかし自分自身の体調については語りたがらない
「DNAの検査を二度ほど受けました」
「大丈夫だと言われました」
「少し心配な部分もあるけれど、 標準の範囲だと言われました」
「若い人ほど心配だそうです」
「私は来年60歳になるので…」
「そんな年だから もう心配ないんです」
それでも われわれに 診断書を貸すことを承知してくれた
検査によれば、彼のDNAは損傷を受けていた
問診をした日本の医師は、手で書き込みをしている:
“やや高めですが心配ありません”
しかし別の医師はこの記述に憤慨した
チェルノブイリ事故後 ウクライナで、長く働いた医師だ
「ある畜産家が検査でDNAの損傷を認められましたが
医師は問題ないと言っています」
「それはお医者さんが言ったんですか?」
「とっても危ないですね」
(河田昌東 分子生物学者)
「上昇がどういう意味を持つのかは、わからないのです」
「わかるのは、体内で何か大変なことが起こっているということです」
「DNAが損傷すると何が起こるのですか?」
「発癌リスクが非常に高まります」
「しかしチェルノブイリでは癌も増えましたが、他の病気も多く現われました
実は、癌はチェルノブイリ事故後に 現われた病気の10%に過ぎません
多かったのは心臓病です
「セシウムは体内に入ると、すい臓と心臓に溜まるからです」
「それから体全体に広まることが、わかってきています」
福島では、こうした健康被害リスクが、011年3月以来、現実にある
原子炉建屋が次々と爆発し、高濃度の放射性プルームが放出されたから
甲状腺癌の蔓延を恐れて、日本政府は大規模な健康調査を実施している
0から18歳の36万人の子供が、 ホールボディーカウンター測定と
甲状腺の超音波検査を受けなければならない
しかし保護者にとって 検査は良識的とは言えない
郡山市 原発から50Km
ここも放射能雲が通過したため ひどい放射能汚染をしている
住民は子供の心配をしている
「見て まだ毛があるよ」
「うん 僕 毛があったの」
野口とき子さんは、二児の母親だ
十三歳のユメちゃんと 九歳のダウン症児 リンタロウ君
リンタロウ君は、原発事故直後に髪の毛を失った
医者によるとストレスが原因だ 
「一番危険だったのは、3月15日だったと思います」
「爆発後 何時間のタイムラグがあって
放射能が風に乗ってきたのが、15日だと思います」
「それが15日の雪雲で、郡山市に降り注いだのです」
昨年 ユメちゃんとリンタロウ君も、県民健康管理調査に参加させられた
甲状腺の超音波検査を受けたのだ
甲状腺検査を受けるためには、保護者はサインと捺印をします
結果は子供の名宛で郵送されます
「“野口リンタロウ様”とあります」
「封筒には“親展”とあるので、彼しか開けられません」
「まだ小学校四年の身障者なのに!」
「それで私たちが開封しました」
結果は、20ミリ以下ののう胞があると、それだけです
数もサイズも図も無しです

「最後に“A2判定”だとあります」
次の検査は二年後だそうです
信じられません!のう胞があるのに 二年も待つなんて!
「ショックもありますが、 怒りの方が大きいかな…」
とき子さんの子供は、二人ともA2判定だった
保護者に渡された書類によれば
検査結果は次のように分類されている
A1判定=甲状腺に異常は見られませんでした
A2判定=のう胞 または結節がありますが 問題はありません
BとC判定は二次検査 または 手術を必要とする
この不十分な情報に 保護者は安心することができない
すでに75人の甲状腺癌と疑いが、発見されているだけに、なおさらだ
通常の発症率の十五倍だ
各地で、真実を探るための協会が動き出した
その一つ 三春村も 放射能雲の影響を受けた地域だ
この日 学校の体育館で、たくさんの家族が順番を待っていた
「ここの黒く見えるシミが、のう胞と呼ばれるものです」
この医師は甲状腺癌のスペシャリストだ
ボランティアで検診を行なっている
「甲状腺の左側に結節があります」
「サイズは 8.2×3.6ミリ…」
福島県の甲状腺検査は、信頼できないと、彼は言う
そして権威機関の主張とは逆に、日本で癌が多発する恐れがあると言う
15年か20年後には、大変な状況になる可能性があります
今の日本では 地上1mの線量が、年20mSv になる場所に人が住んでいます
西尾正道 北海道がんセンター院長
チェルノブイリの基準ならば、住民を移住させなければいけません
年間3mSv以上で移住でしたから
しかし日本は年20mSv まで、居住を許しています
「このままでは大変なことになります」
およそ100家族が、西尾医師の診察を受けに来た
「結果はいかがでしたか?」
「問題ないそうです」
「安心しました」
政府が沈黙する中 こうした協会が、人々にわずかな安心と希望をもたらす
「特別なことをやってるわけではありません」
(鈴木薫 いわき市市民放射能測定室事務局長)
「私たちのまわりは、放射能だらけです」
「いつ次の爆発が起こるか、わかりません」
「私たちはそういう状況に生きてます」
「そんな中で、子供たちを放射能から守るには
…私たちは殺されかかっているようなものなので…
何かしなければなりません」
「とっても受身な姿勢ですが、闘わなければなりません」
日本政府は信用ならないと評価されている
その政府を相手に、闘うすべのない保護者たち
事故後 政府はこのアドバイザーを任命し、すべてが始まった
このビデオはインターネット上でも拡散された
山下医師の発言は、日本中を震撼させた
「放射能の影響は、ニコニコしている人には来ません」
「クヨクヨしていると来ます」
「これは明確な動物実験でわかっています」
山下医師は、われわれの取材依頼に応じなかった
その代わり、後任者に会うことができた
鈴木医師だ
“保護者が不安に思う必要はない”と 彼は言う
「二人に一人の子供は、医療措置を受ける必要がありません」
「のう胞があるのに?」
「はい 問題ありません」
甲状腺癌の数もまったく異常ではない と、鈴木医師は言う
一番危険なのは、不安をあおることだそうだ
「放射線は目に見えません」
(鈴木眞一 福島医科大学付属病院病院長)
「放射線による被害は、すぐには現われません」
「ですから事故当初、みなさんが心配をされたのは普通です」
「しかし、私の個人的意見ですが、放射線よりも放射線への恐怖の方が
日本人に大きな影響をもたらしています」
「放射線を怖がるのが、一番いけません」
「わかりますか?」
だが疑いがあるのか、福島大学は 巨大な放射線影響研究所を建設中だ
2016年に開業予定だ
日本は、暗い時代の到来に備えているわけだ
制御不可能なモノの制御を、試みるため日本政府は
原発から60kmの福島市に原子力災害対策本部を設置した
すべての関連省庁がここに集まっている
そして原発を所有する東電もいる
広報班長の木野正登さん
事故当初から、本部を指揮している
彼の任務はまだまだ続くだろう
「もう三年近くここにいます」
(木野正登 原子力災害対策本部(経済産業省))
「今のところ、後どれくらいここに、いなければいけないかわかりません」
「放射能がなくなるまでは 30年 40年かかるでしょう」
「ですから、まだ長い間、ここで働くことになるでしょう」
原発を解体するのに40年
しかし目下、メルトダウンした原子炉を冷却しなければならない
常時 水を掛け続けるのだ
非人間的な仕事だ
漏水ばかりしている
何百人もの作業員が危険にもかかわらず 
リレー作業を続ける
汚染をなんとか遮蔽しようと、応急処置をしている
毎日300トンの高濃度汚染水が、太平洋に流れている
「みなさん 環境の心配をされています」
「高濃度汚染水が海に流れていますから」
「当然です、特に漁業の方は心配されています」
「一日も早く、汚染水の問題を解決しなければなりません」
原発から海に漏れる汚染水が、 魚を汚染させている
昨年水揚げされたこのアイナメは、基準値の2500倍の汚染をしていた
漁業は沖合い40kmまで禁止されている
いわき市のトロール船は、外洋まで操業に出なければならない
捕獲が許可されているのは、約四十種類の魚だけだ
その一部は検査に出さなければらない
港では、県の役人が待ち受けている
「魚は研究所に持って行きます」
「放射能の検査をするためです」
この数ヶ月 県の検査結果は、魚を売ったり食べたりするのに
安心な値になってきている
「食べるんですか?」
「もちろん タコ」
「生で?」
「もちろん 食べるよ 汚染ないもの」
(鈴木みつのり 漁師)
「放射能ゼロだもの」
「これも放射能ゼロ」
タコやイカは、放射能に敏感ではなく
漁を許されている数少ない魚種だ
しかし漁師たちは、全面解禁を願っている
「常時モニタリングしていると、基準値超えの魚も見つかります」
「100ベクレル以上ということです」
「でも検査のたびに、値は下がってます」
「政府は、とても慎重なんです」
「だから、何百回も検査して、はじめて漁の許可を出します」
日本政府は、汚染の続く限り、漁業を監視・制限すると宣言している
日本気象研究所も、モニタリングに参加している
青山道夫は、2011年以来政府の委託で、太平洋の放射能の拡散を観察している
そして安心できる見解を表明した
「福島原発から流出した放射能は、まず黒潮に乗ります」
「そして東に進みます」
「ただしそれほど東進しません」
「2011年冬から2012年春にかけて、汚染は東に流れました」
「そこで冷やされて沈みます」
「深く沈んだ後、方向を変えて南に向います」
「そして西に戻ります」
「日本に帰ってくるのです」
「こうして一部は日本に帰ってきます」
「福島から2500?3000キロに、運ばれた放射能は
「水深400mまで沈んでしまっています」
青山教授によれば太平洋の生物には、まったく危険はないということだ
「絶対ですか?」
「太平洋の魚はまったく問題ありません」
(青山道夫 気象庁気象研究所)
「危ないのは、福島原発に接する海域の魚だけです」
「ここで育つ魚の遺伝子は、放射能でほんのすこし傷ついています」
「けれど外洋の魚は、浅い所でも、深海でも、まったく大丈夫です」
「放射能が蓄積していも関係ありません」
「魚は食べて大丈夫なんですね?」
「大丈夫です 私も食べてます」
この青山教授の説は、東京のある科学者を困惑させた
崎山比早子さんは、この日、放射能情報センター(原子力資料情報室?)に招待されていた
放射線科学研究所の所長である崎山さんに
青山氏の説を話してみると…
「魚が高濃度汚染水の中を泳いでも、まったく問題ないそうです」
ほんとに!?」
(崎山比早子 福島原子力発電所事故調査委員会委員)
*崎山氏より海洋学は専門外と断りがありました
「そんなこと聞いたことありません」
「海洋学の青山先生ですよね?」
「魚が出られないように、網は張ってあるけれど
汚染水は自由に流れるから…」
「セシウムは砂や泥について、水の底に沈むけれど
それを食べる魚だっているし、回遊してくるから もちろん影響はあります」
「影響がないなんて、あり得ません」
「(私は専門外なので)何故、彼がそんなことを言ったのか わかりません」
日本政府は大丈夫と言っているが、太平洋汚染の危機は現実ということだ
太平洋の向こう側では、その危機感が広まっている
アメリカ…
サンフランシスコ
毎週ボランティア達が、流れてくる津波の瓦礫を清掃する
環境を守ろうとする彼らにとって、 今回の汚染は大惨劇だ
「海は私たちの命です」
「地球の70%が海です」
「原発事故は、もちろん、海に影響を与えます」
「悲劇です」
「日本からアメリカまで、生態は被害を受けるでしょう」
津波による瓦礫の大部分は、今年の春、アメリカ沿岸に届くはずだ
しかし科学者が一番心配しているのは、生態への影響だ
ニューヨーク州ストーニーブルック大学
この海洋学者は放射能汚染したマグロの切り身を保存している
太平洋産のマグロです
サンディエゴ沖15?150キロの海域で捕獲されました
分析の結果 福島原発由来のセシウム134と137が検出された
「このピークは、福島の放射能でなければ現われません」
(ダニエル・マディガン ストーニーブルック大学生物学研究者)
「セシウム134がとび抜けている以外には、目立ったところはありません」
カリフォルニア沿岸中で、科学者グループは動き出している
ダニエル・ハーシュ教授は、リフォルニア大学で原子力政治学を教えている
福島原発事故は、地球規模の被害をもたらす大惨事だと言う

放射能に、安全なしきい値のないことは、わかっています」)
(ダニエル・ハーシュ カリフォルニア大学原子力政治学教授)
「海に流された汚染水によって、被ばくの危険は上昇しました」
「どの程度かはわかりませんよ」
「福島原発事故は世界規模の事故でした」
「被害はグローバルに出るでしょう」
「どのようなものかはわかりませんが、人類に現われる健康被害は 
膨大でないにしてもゼロということもありません」
太平洋汚染への不安からカリフォルニアでは、人々は警戒を怠らない
ヨーロッパはどうだろう?
海は影響を受けなかったが、放射能雲は届いていた
その大きさは?
フランスの科学者達は、それを突き止めようとした
パリ近郊
「大事故… そう 大惨事でした」
IRSNは福島由来の放射能雲の通過コースをシミュレーションした
これがその結果だ
「プルームは太平洋に広がり、北米大陸に向かい
合衆国とカナダの間 そしてカリフォルニアの
アメリカ沿岸に達しました
そのまま北米大陸
特にアラスカに広がりました
ボストンから大西洋に抜けます
北極圏からも広がっています
そしてスエーデンから北欧に入ります
東欧に達し 南北と東西に流れながら
徐々にフランスにも広がりました」
「フランス人に危険はなかったのですか?」
(オリヴィエ・イスナール  フランス放射線防護原子力安全研究所・放射線防護課副課長)
「ありません。十分に低いレベルでしたから」
「ヨーロッパに住む人には 健康被害は出ません」
だが独立の立場の専門家は、そんなに簡単な問題ではないと言う
確かにヨーロッパの放射能汚染は、少なかったが
リスクは現実だったと、クリラッドの専門家は言う
フランスの住民も、福島の放射能をある程度受けました
呼吸と食物を通してです」
「幸い、 チェルノブイリの時の1000分の1程度でしたので
例えば安定ヨウ素剤の服用と言った勧告を行なう必要はありませんでした
とはいえ、あらゆる追加被ばく量は、健康リスクを上昇させます
ですから、長期的な目で見て、影響がないと断言することは不可能です」
「これは日本以外の世界中の人に言えることです」
ふたたび日本
南相馬市 福島原発から20km
いわもとてるおさん 退職者
三歳の時から、地元の川で釣りをしている
祖父に教えてもらった
彼の生活スタイルなのだ
「ナマズ」
「食べられますか?」
「いいえ」
「どうして?」
「放射能に汚染されてます」
「たぶん1000ベクレル近く」
「危険ですか?」
「ええ 今の日本の基準が、100ベクレルです」
「太田川は900とか、1000ベクレル出てます」
いわもとさんは鰻釣りの名人だ
日本人の大好物だ
しかし高濃度汚染しているので、もう食べられない
自宅に戻って、検査するために鰻を切り刻む
原発事故以来
彼の趣味は終わった
「定年退職して、人生を、これから楽しもうと思っていました」
「まさにその時 原発事故が起こったんです」
「こんなこととは、関係なく生きたかった」
「放射能測定なんてこととは…」
「いつかまた川の魚を、食べられる日が来ますか?」
「私の生きている間は、来ないでしょう」
いわもとさんは自主的に、放射能測定を行なっている
それが義務なのだと言う
未来の世代が、この悲劇を繰り返さないように
故郷の川と…
これほど多くの人生を
破壊してしまった悲劇

・・・・・・

2014/03/13

高レベル放射性廃棄物:地層処分、地下水との闘い

高レベル放射性廃棄物:地層処分、地下水との闘い
(毎日新聞 2014年03月13日)

高レベル放射性廃棄物:研究施設

 原発から出る高レベル放射性廃棄物をどうするか。国は地中深く埋める「地層処分」を念頭に置く。その技術を研究する瑞浪(みずなみ)超深地層研究所(岐阜県瑞浪市)を訪ねた。そこでは、地層処分の安全性を脅かしかねない地下水との格闘が続いていた。

 ◇1日850トンくみ上げ

 日本列島は地殻変動や地震、火山活動が活発な「変動帯」にある。地層が古く安定した欧州のデータだけでは不十分なため、国内2カ所に地層処分技術の研究所を設け研究している。地下の岩盤が花こう岩(御影石)質の瑞浪と、堆積(たいせき)岩質の北海道幌延町だ。

 同研究所を運営する日本原子力研究開発機構の福島龍朗上席嘱託の案内で、地下300メートルの水平坑道まで下りた。露出した岩肌から地下水がしみ出し、側溝を流れていく。約1万年前に地層内にたまった水という。どんな岩でも目に見えない隙間があり、地層深くでは水がその隙間に閉じ込められている。そこに坑道などを掘ることで安定状態が崩れ、たるの底が抜けたように水が出てくる。

 水は深さ100メートルごとに設けたポンプで地上までくみ上げる。1日850トンにもなる。近くの川に流すため、岩から溶け出た成分などの排出処理に年間約5億円かかる。施設維持費の半額に相当する金額だ。岩盤中の水の動きを詳しく調べるための電極が坑道に2メートルおきに並ぶなど「置ける限りの観測機器があります」と福島さん。

 水の研究が重要な理由は、地層処分した「核のごみ」から放射性物質が地下水に溶け出し、地層の割れ目などを伝って地表まで達する恐れがないか調べるためだ。

 政府の計画では、使用済み核燃料は再処理工場でまだ使えるウランやプルトニウムを取り出した後、廃液を溶けたガラスと混ぜ、ステンレス容器に入れて固めて「ガラス固化体」にする。直径40センチ、高さ130センチ、重さ500キロ。できたばかりの固化体は、表面の放射線量が毎時1500シーベルト1本で3万人の年間消費電力を発電した場合の廃棄物に相当し、福島第1原発事故で環境中に放出された放射性セシウムに匹敵する量(約2京ベクレル)の放射性物質を含む

 原発が2020年ごろまで稼働する場合、その数は4万本に上る。高線量、高熱の固化体を30〜50年間かけて冷ました後、地層処分する。厚さ19センチの炭素鋼容器に入れ、さらに厚さ70センチの粘土の緩衝材で覆って埋める。放射性物質の溶け出しを防ぐ多重のバリアだ。

 ◇新たな課題も浮上

 だが、同研究所で実物を使ってバリアの有効性を確認する実験はしない。「最終処分場にはしない」という地元との約束から、放射性物質の持ち込みは厳禁。フランスで地下研究所のある土地が処分場の候補地になったことも、地元の疑念をかき立てているだけに、水や岩盤の研究に絞っているのが実情だという。

 地層処分して穴を埋め戻せば地層は再び安定状態に戻り、水も出なくなるとされる。それを確認する埋め戻し実験が2年後に始まるが、今年2月、エネルギー基本計画の政府原案に「回収可能性」が新たに盛り込まれた。技術の進歩で処分方法を見直した場合や不測のトラブルに備えて、いつでも固化体を取り出せるよう坑道を埋めずに残すことが求められたのだ。

 想定される最終処分場の面積は皇居の4〜7倍。研究所よりはるかに広い。膨大な量の地下水が、坑道を埋め戻さないことでより長い期間出続ける。周辺の地下水が坑道に集まる可能性に加え、それが安全性にどんな影響を及ぼすかも未知数だ。

 さまざまな課題はあるが、それでも「人間の世界の方がはるかに不確実。廃棄物を地上で、人の手で管理し続けるより、地下に保管する方が安全だ」と、経済産業省の地層処分技術に関する作業部会の杤山修委員長は強調する。【山田大輔】


高レベル放射性廃棄物処分の危険性と問題点

Copyright © 2009 株式会社ウインドファーム.  

中村隆市ブログ「風の便り」 コーヒー関連ブログ「豆の便り」 スタッフブログ「土の便り」 /abbr/li