インタグコーヒー物語 第10回 インタグに移り住む人々
〜その2 インタグ新聞編集長、メアリー=エレン・フューイガー

 インタグの森に移り住み、その自然を守るため新聞を発行し続けているメアリー=
エレン・フューイガーという女性がいる。新聞の名前は「インタグ新聞」。その
取り組みは、単に情報を発信するに留まらず、新聞という文字媒体にとっての前提条
件となる識字率の改善も含まれる。記者を育て、読者を広げながら、ゆっくりと、し
かし確実に情報を提供するメアリーの新聞作りは、インタグでの鉱山開発への対策を
模索するなかから始まった。
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2000年10月、DECOINの創設メンバーでもあるジョバンニ・パス神父が、インタグで
の鉱山開発問題に対処するためのワークショップを開催する。その場では、情報や環
境への教育が不十分であるため、人々は鉱山開発側が提示する利点を鵜呑みにしてし
まうという状況が確認された。

メディアを使ってインタグ地方の住民に必要な情報を伝えていくという案が挙げら
れ、まずラジオによる情報提供が検討される。が、それはコストが高すぎると判断さ
れた。

次にジョバンニ神父は「新聞を作ったらどうか?」と、一人の女性を指して提案す
る。彼が指さすその先にいたのが、やがてインタグ新聞の創設者となるメアリー=エ
レン・フューイガーだった。

メアリーがインタグを始めて訪れたのは、今から15年前のこと。当時、彼女は、ア
メリカの大学のエクアドルにおけるプログラムに携わっており、エクアドルでフィー
ルドワークを行う学生のための調査計画やスペイン語、さらにエクアドルの歴史を教
えていた。そして、そのプログラムの一環としての校外実習で、インタグを知る。

以来、その「世界で最も美しいところ」に魅せられ、幾度となくその地を訪れるよ
うになった彼女は、インタグ地方に移住し、さらに、その地で新聞を発行すること
に。  

新聞作りはまず、事務所探しから始まった。安く、小さな事務所を見つけ、家賃
は、友人の支援によりまかなった。立ち上げ当初は、ボランティアを頼りに支出を最
低限に抑え、60人ほどの定期購読者に前払いしてもらったり、友人たちによる支援、
路上販売による売り上げ、僅かな広告料を出版費用に充てた。また財源を確保するた
め、様々な助成金を申請したが、「メディア」であるインタグ新聞は助成の対象外と
されることが多く、支援する団体は少なかったという。 

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月に1回発行されるインタグ新聞

 編集作業に必要なパソコンは、自分のものと、カルロス・ソリージャ氏から寄付し
てもらったものを使った。レイアウトは、定規で枠を引き、記事を貼り付け、それを
スキャナーで取り込んだものをディスクに治めて印刷会社に送る。

現地のスタッフを記者として育てていくこともメアリーにとっては大事な仕事だ。
友人のジャーナリストに無償で文法のワークショップを行ってもらい、その後もスタ
ッフへの訓練を継続した。その内容は、記事の作成、情報の構成、アンケート調査方
法、英語に関わるもので、コンピューターの使い方も含まれる。

その成果としてメアリーが「小さなことだけれども」と前置きして挙げるのが、「辞
書、類語辞典、百科事典の使い方をスタッフが覚えたこと」。小学校6年生ぐらいま
での教育しか受けていないスタッフは、本に触れる機会も少なく、辞書も使ったこと
がない。新聞作りを通して、スタッフは文字、文章を学ぶ喜びを知り、空き時間に事
務所で百科事典を読んでいく。スタッフの一人のエルネストさんは、「誰かが自分に
鎌で草を刈ることではなく、言葉をつむぐことでお金を払ってくれるなんて」と感動
し、自信を深めているという。

こうして発行されるようになったインタグ新聞において、今も最も重い問題は、こ
の新聞が生まれる原因ともなったインタグ地方の鉱山開発だ。今後、インタグの社会
に与えるだろうその影響について、メアリーは目を大きく見開き、一気に次のように
語りかける。

「もし鉱山開発が開始されたら、5000人以上の鉱山開発労働者であふれ るに違いな
い。ほとんど男なんだから、欲求を満たすために出てくると行けば、性産 業でしょ。
そうなったら、性病の蔓延の可能性も出てこないはずがない!そこからま たコミュニ
ティーの分断が始まるのよ!」さらにアセンダント社をはじめとする開発 側の主張に
ついては「開発側は、道は開かれ、医療機関が入り、水道・下水設備が整 えられると
主張する。

しかし、実際は、そういった設備は鉱山開発以外の手段で整え ることができるし、今
現在、すでに鉱山開発が行われている地域では、住民の必要に 応じた設備なんて導入
されていないの。そして、鉱山開発により破壊される熱帯雲霧 林の多様性について、
開発側の人々が言及することなんて一切ない!」 

インタグ地方での鉱山開発に対するメアリーのスタンスは明確にNO。「世界にはも
う十分以上の金属があふれている」と言い切るメアリーは、当然、鉱山開発を押
し進めようという勢力の標的となる。

こんな出来事があった。スタッフが学校教育に関するアンケート調査を行った際、
ある学校の教師が授業に現れないことが明らかになった。そしてその教師の名前を明
言した記事に作ったところ、それを知った教師が、鉱山開発賛成派の、汚職で名高い
人物を介して、名誉毀損で訴えるとインタグ新聞に言ってきた。またその同じ人物は
別のスタッフに、このままインタグ新聞で働き続けると面倒なことになるぞと脅して
きたという。

だが、それに屈するメアリーではない。インタグ新聞の意味、果たすべき役割につ
いて、彼女は「インタグ地方で唯一売られている新聞として、インタグ、コタカチ、
エクアドル国内、世界の情報を人々に提供し、問題をシェアする場を提供すること」
と語る。そして、印刷物を通して情報を共有する際の前提条件となる「識字率を上げ
ること」も大切な役割の一つ。そのために、地域住民から記事(出来事、詩、ジョー
ク、物語など)を募集して住民に書く機会を設け、また 小学校と高校の新聞部でも
新聞作りのワークショップを行っている。

経済的な事情から、インタグ新聞を購入できない市民もいるが、今度、インタグ地
方で実現した農村部に図書館を作るプロジェクトがこの問題を解決する 鍵を握ってい
る。この図書館を情報センターとして機能させ、農業、環境に関する情 報や書籍、そ
してインタグ新聞を地域の住民が閲覧できるようにすることはもちろ ん、インタグに
関する論文、ビデオなどを収集、保管し、外国の学生や研究者にも提 供できる場にし
ていきたいとメアリーは考えている。
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インタグにできた図書館

ただし、図書館員の給料と事務経費はインタグ側で捻出しなければならず、メアリ
ーはインタグの各団体(DECOIN、AACRI、学校の校長先生たち、女性コーディネータ
ー)に呼びかけ、この図書館の運営についての話し合いを行うことになっている。

この図書館の立ち上げについては、日本の団体からも支援が届けられるようになっ
ていることも、メアリーにとっては心強い。ナマケモノ倶楽部のエコツアーなど様々な
面で重要な意味を持つようになっているインタグと日本のつながりについてメアリーは
「人々の環境への意識を高め、 この小さな惑星の多種多様な生命のつながりを感じさせ
てくれる」とし、特にインタ グコーヒーのフェアトレードについては、「日本という遠
い国の市場が自分たちのコ ーヒーを求めているという事実が、生産者を勇気づけ、それ
が質の向上、生産量の増 加につながっている。ウインドファーム社の中村隆市さんの継
続的な努力は、ほとん どインタグの外とのつながりがなかった人たちにとって、現状の
グローバライゼーションとは違ったつながりを与えてくれる」と語る。
 
 情報発信を通してインタグの外と内でつながりを作り続けるメアリーが、一番、大
切に考えていること。それは、インタグ地方の類い希なるエコシステムを守ることに
他ならない。それを実現するために、彼女は次のことを提言する。「AACRIや
DECOINなどの地元団体、住民による反鉱山開発の流れを作ること」、「アウキ郡知事
が推進する参加型民主主義の充実」、「鉱山開発側が取引材料に利用する基本的な公
共サービスを、自治体やオルタナティブ団体により供給していくこと」、「地域住民
の生活の質の向上」。 

これまで、インタグ新聞の継続が厳しいときもあり、無力感や絶望感に打ちひし
がれたことは確かにあったいう。でも読者からの反応を通して、自分がしていること
には意味があるという確信を得ている。「学歴、給料、社会的地位もないし、ニュー
ヨークタイムズの記者でもないけれど、人生においての成功というのは、必ずしもそ
ういったものでは計れない。スタッフも言っていたけれど、自分たちは犬に吠えられ
ながら(妨害されながら)それでも前に進んでいくドン・キホーテのようなもの。少
しずつ前進し、いずれそれぞれ違った価値観や理念を認め合うことができるようにな
ると思う。小さいけれど確実に持続可能な社会作りに向かって進んでいるリトル・イ
ンタグのような存在が、世界を変えていくと信じている」メアリーはそう語り、そし
て最後にこう付け加える。「We are what we contribute.(その人の貢献が、その人
を物語る)」

投稿者 akira : 2005年04月13日 11:38