2012/04/05

中小企業の経営者が「脱原発」 再生可能エネルギー普及目指す

中小企業の経営者が「脱原発」 自治体と組み、再生可能エネルギー普及目指す
(2012/4/ 3 11:31 J―CASTニュース)

全国の中小企業経営者が自治体首長、学識経験者らとともに脱原発を目指す「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議」が2012年3月20日、東京都内で発足した。エネ経会議には北海道から九州・沖縄まで全国9ブロックの経営者387人が集まった。

「経済人としてエネルギー問題を正面からとらえ、地域で再生可能エネルギーの自給体制の実現を通じ、持続可能な地域社会を目指す」という。既に神奈川県小田原市、富山県南砺市などで自治体と組んだプロジェクトが始動しており、企業経営者と自治体の協働モデルとして具体的な成果が期待されている。

アドバイザーに河野太郎氏ら

エネ経会議は、世話役代表を務める鈴木悌介氏(鈴廣かまぼこグループ副社長、小田原箱根商工会議所副会頭)が全国の経営者に呼びかけ、若手を中心に賛同者が結集した。

経団連など大企業は原発の再稼働を求めているが、鈴木世話役代表は「どんな商売でも、普通に屋外を歩けて、普通に水が飲めて、深呼吸ができるからこそ、おいしいものを食べに行こうとか、新しい服を買いに行こうとか、旅行に行こうとかなるわけで、経済活動の前提条件は世の中が安全、安心であることではないか」と強調。脱原発と再生可能エネルギーの導入促進を訴えた。

エネ経会議のアドバイザーとしては、国会議員では河野太郎衆院議員(自民党)、浅尾慶一郎衆院議員(みんなの党)、県知事では平井伸治・鳥取県知事、鈴木英敬・三重県知事、阿部守一・長野県知事、市町村長では加藤憲一・神奈川県小田原市長、田中幹夫・富山県南砺市長、桜井勝延・福島県南相馬市長ら6首長、学識経験者ではNPO環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長、NPOガイア・イニシアティブの野中ともよ代表、日本総合研究所の藻谷浩介主席研究員らが参画した。

小田原市は官民いっしょに取り組む

アドバイザーのひとり、米倉誠一郎・一橋大教授(イノベーション研究センター長)は「原発は人類が手を染めてはいけないテクノロジーだった。経営者が立ち上がってくれたのはうれしい。もしここで日本が原発を脱することができたら、日本はありとあらゆるイノベーションを世界に売っていけるということだ」とエールを送った。

神奈川県小田原市の加藤市長は「原発事故で地元名産の足柄茶は出荷できなくなった。原発は安全という触れ込みでエネルギーをふんだんに使ってきたが、天が下した警鐘と受け止めたい」とあいさつ。「官民がいっしょになって再生可能エネルギーに取り組んでいる。様々な資源を活用し、地域のエネルギー自給を実現したい」と述べた。

小田原市では市民、企業、行政が連携し、小学校の屋上など公共施設に太陽光発電のパネルを設置する取り組みが始まっている。担当者は「事業計画が厳しいものになるのは分かっていたが、どうにもならないものではない」などと述べ、コスト面で課題が多い再生可能エネルギーだが、取り組み方しだいでは採算を含め実用可能性があることが報告された。


エネ自給実践へ 中小120社 脱原発ネット
(2012年3月15日 東京新聞)

 経済界のトップたちが「経済活動の安定には原発の再稼働が必要だ」と足並みをそろえる中、全国の中小企業や団体の経営者らが脱原発を掲げ「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議」を立ち上げることになった。まずは約百二十社が参加し、二十日に都内で設立総会を開く。単に脱原発を唱えるだけでなく「原発がなくても経済は回る」ことを地域からの実践で証明していく考えだ。

 同会議には鈴廣(すずひろ)かまぼこ(神奈川県)、セゾンファクトリー(山形県)、LLC場所文化機構(東京都)、出雲殿(愛知県)など全国の企業経営者ら約百二十人が世話役として参加。それぞれの地元で仲間を募り、会員企業を増やしていく。アドバイザーには首長や飯田哲也・環境エネルギー政策研究所長、哲学者の内山節さんらが加わる。

 「ネットワーク」では、勉強会や地方視察などを通じて、再生可能エネルギーの先進事例を調べて情報を共有。自治体と連携してエネルギーの自給自足体制を目指す。脱原発によって健全で持続可能な社会ができる具体案も発信していく。

 呼び掛け人の鈴木悌介・鈴廣副社長は「一基ずつ原発が止まるたび再稼働を求める“経済界”の声が大きくなっている。『私たちの考えは違う』と訴え、行動しなければならない」と設立の趣旨を説明している。

 経団連、経済同友会、日本商工会議所などの主な経済団体は、生産や設備投資などの経済活動には安定的な電力供給が不可欠という立場から、原発再稼働が必要との姿勢だ。

 経団連は昨年十一月のエネルギー政策に関する第二次提言で、「安全性の確認された原発の再稼働が非常に重要」と言及した。日商も今月一日、電気料金値上げを抑制する観点からも再稼働が必要と訴えている。


「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議」設立趣意書

東日本大震災から見えてきたこと

東日本大震災の原発事故を機に私たちは多くの犠牲を代償に、エネルギーのことに正面から向き合うこととなりました。

ともすれば、エネルギー、特に産業の米と言われる電力について、その供給体制に何の疑問も持たず、電気料金さえ支払っていれば欲しいだけ手に入るものだと思ってきましたし、その安定的な供給も当たり前だと享受してきました。しかし、今回の事故でそうではないことに否応無く気づかされたました。電力源としての原発の安全性、安定性、コストなどについて、その危うい実態を知ることになりました。そこで学んだことは、原発は安全でも安定でも安価でもない上に加えて、この国の経済の健全な成長と地域の発展に妨げになるということです。そして、中央は地方の犠牲の上に存立していることも明らかになりました。

いわゆる「経済界」の意見の妥当性

メディアを通じてよく聴くのは、「経済界」の意見として「原発がないと電気が足りなくなり、日本の産業は空洞化し、GDPが下がり、経済が沈み、豊かな生活ができなくなり、皆さん不幸になる。だから、原発はこれからも必要だ。」という言い分です。

冷静になって考えてみましょう。

どんな商売でも(一部の軍事産業や一時的ないわゆる軍需という特需を除いて)、普通に屋外を歩けて、普通に水が飲めて、普通に深呼吸できるからこそ、おいしいものを食べに行こうとか、新しい服を買いに行こうとか、旅行に行こうとかなるわけで、経済活動の前提条件は、世の中が安全、安心であることではないでしょうか。毒マスクをし、線量計を携帯し、四六時中ビクビク怯えながらの暮らしの中で、GDPとか経済成長とか何の意味があるのでしょう。それが今、福島では現実になっているのです。安心、安全な暮らしがあってこその「経済」であることを肝に銘じなくてはなりません。

GDPの大きさイコール豊かさであるという思い込みへの反省の声も急速に高まっています。

今一度、私たちのいのちは何によって支えられているのかを真剣に考えなくてはならないと思います。

さらにGDPと電力の関係についても言及すれば、過去20年間、この国の電力の使用量は3割増えているにも拘わらず、生活実感を表現すると言われている経済指標のひとつである名目GDPはその間480兆円でずっと変っていないのです。豊かさの指標であると考えられてきたGDPと電力の関係も疑ってみる必要がありそうです。

次に産業の空洞化についても考えてみましょう。企業がその事業の拠点を海外へ移すという決断をするのはどういう理由からでしょう。円高、労働力、市場などその要因は、業種業態あるいは企業ごとに千差万別です。空洞化は様々な要因が複雑に絡み合って起こることで、全てを電力のせいにする議論には恣意的なものを感じざるを得ません。

製造業の工場生産額に占めるエネルギーコストは業種によっても異なりますが、2?7%と言われています。その内電気の比率は半分程度とすると、仮に電気料金が10%上がったとしても総コストに与える影響は0.1%?0.3%とかいうレベルです。企業経営者なら容易に判ると思いますが、そのレベルでコストが上がったからと言って工場を海外に引っ越すでしょうか。慣れない海外での事業展開のリスクと天秤にかけた時、どんな判断をしますか。そもそも、わが国以外で電力の安定供給(切断や電圧変動のない電力供給)が存在する国とは一体どのくらいあるのでしょうか。

更に、こうした海外移転の経営判断は、国内での雇用を放棄するという重大な意味を持つことも経営者として強く認識しなくてはいけないと思います。

原発の根本的な問題

今回の原発事故は人災だと言われます。確かに人類が引き起こした事故という意味では 人災ですが、その表現は多くの場合、異なる意味で使われています。今までのやり方に不備があったから、それを修正すれば大丈夫。あるグループの人たちのミス・怠慢だから人を変えれば大丈夫と言っています。本当にそうでしょうか?未だ事故の真因が解明されていないというのに、どうしてそう結論付けることができるのでしょう。人智を超えた未塾な技術と断ずるべきではないでしょうか。

私たちはそう思いませんが、仮に百歩譲って原発の稼動の安全性が担保されたとしましょう。しかし、最後まで残るのは使用済み核燃料の問題です。

原発を推進する人たちは言います。原発の使用済み燃料は高速増殖炉、プルサーマルで完全なサイクルができるから夢のエネルギーだと。20年前に動いているはずのもんじゅが彼らが言うように2050年に動くという言葉を信じることは難しいです。日本以外の他の国では、すでに諦めて、最終的にはガラスで覆って地下深く埋めるしかないという結論になっています。認めていないのは我が国だけです。何故でしょうか。今このサイクルの破綻を認めてしまうと彼らの論理は根底から崩壊してしまうからです。

この状況でいくらお金を積まれても、自分の家の裏庭に引き取って埋めてあげますよという自治体が出てくるはずはないでしょう。原発を作った時と同じように地元に目くらましのお金をばら撒いてお金の力で引き受けさせようというのでしょうか。

いずれにしても、何万年という単位でその毒性が消えないものを何世代 いや何千、万世代に残し、問題を先送りすることは人として、生き方としていかがなものだろうかと思うしだいです。私たちが次代に残すべきは、どうしようもない核のゴミなどはなく、夢や希望ではないでしょうか。

新しいフロンティアへ

今回の震災から学んだこととして多くの方々が挙げるのは、人と人とのつながり、それも顔の見える関係の大切さです。例えば、被災地への物資支援においてもボランティア活動においても、今まで高度成長を支えてきた中央集権的なしくみが今、限界を示し、それだけでは問題が解決しないことが露呈しました。そこで、力を発揮しているのは、顔の見える人間関係をベースにしたピンポイント型、あるいは独立型の活動としくみです。

それはこの原発に端を発したエネルギーの問題についても当てはまります。電力会社と巨大企業を中心とした中央集権的なしくみの危うさが露呈した今、顔の見える関係をベースにした地域自立型のしくみを併せ持つことが必要です。それぞれの地域でその地域の特性を活かした再生可能エネルギーによるエネルギー自給に挑戦すべきと考えます。

この国には資源がないと言われます。しかし、技術の進歩とともに何が資源かは変ってきます。確かに、石油、ウラン、天然ガスはありません。しかし、海も森も川も火山もあるこの国は自然エネルギーの宝庫です。

そして、それらを安全に効率よく使う技術は実用化に向けて様々な形で、すでに多くの萌芽を見せています。それらの芽は中小企業が持っているケースが多く、残念ながら中小企業にはそれらを実用レベルまで持ち上げる資金力やヨコにつないでシステム化する力が足りないのです。今まではほとんど全ての資金的なものも含めたサポートは原発とその周辺に行ってしまっています。それらを再生可能エネルギー技術の実用化とそのために頑張る中小企業に向ければ、あっと言う間に完成度の高い実用システムができるはずです。そうすることで、地域の中小企業に仕事が廻る可能性があります。新たな雇用を生む機会にもなります。従来の下請けとは異なる、自立型の事業が創出されるフロンティアが生まれるのではないでしょうか。

一基何千億円という巨額の投資が必要な原発に直接的に関われる企業はそう多くはありません。地域の中小企業には廻ってくるのは下請けの下請け、孫請けの孫請けといった価格発言権すらないような仕事だけです。再生可能エネルギーは比較的に小資本で取り組めるので、地域の中小企業に参入の機会が巡ってきます。また、海外の発展途上国のエネルギー体制構築には有効かつ適切な方法であることも特筆しておくべきことと考えます。

地域でエネルギーの自給のための会社を起こすことで地域の人の意識と行動が変る可能性があります。その会社は地域の企業も志民も関われる形態が望ましいと考えます。それによって今までは「他人ごと」であったエネルギーのことが「自分ごと」になります。

そして、自分の地域にどんな資源があるか真剣に考え調べるようになるはずです。大都市へ向かっていた意識・関心が自分の地域に向くようになります。

まちづくりも変ってくるはずです。地域でエネルギーを手がけることで、地域に仕事が発生し、地域でお金が廻り始めます。

今までは、お金は電力料金あるいは税金として全て中央へ集められ、様々な経路を経て、地域には補助金、交付金(特に原発所在地へ)として戻ってきます。そして、一部は前述の原発を維持するために、毎年数千億の単位で使われています。

お金を牛耳って、それを配分することで自らの存在価値を示してきた国と、それをいただくための政策に四苦八苦してきた地方公共団体との関係も変るでしょう。

自らの地域に関心を持ち、地域の課題に自分ごととして積極的に関わり、顔の見える人間関係を大切にしつつ、お金を廻していく。こういう小さくとも確かな循環が日本各地で起こり廻り始めることで、この国のあり様を変えることにつながる。エネルギーのことはエネルギーにとどまらない広がりのある話なのです。

図らずも震災に対する被災者の皆さんの秩序ある尊厳ある行動が世界中から賞賛を受けました。1億2千万人という大きな数の日本人が、自然に恵まれたこの国で平和に安全に安心して経済を廻して豊かに暮らす姿こそ、わが国が世界に発信すべき姿ではないでしょうか。そして、そのノウハウこそ、世界に向けて日本が売り出すべき「商品」ではないでしょうか。決して原発などではないはずです。

世界、特にアジアの各国に先駆けて、経済、社会、環境等の諸問題を、痛みを感じながら経験してきた、いわば課題の先進国として、その経験から得た知見を活かし、アジアの隣人をはじめとする世界の国々の健全な発展に貢献することがわが国の役割であるべきでしょう。それはわが国の安全保障にも寄与することにもなるでしょう。

「経済」を問い直す

地域に生まれ、育ち、暮らす顔の見える人々とともに働き、地域に支えられ、地域を中心に活動している私たち中小零細企業が目指すべきは、かけがいのない自然の恵みの中で、生きとし生けるもの全てと共に生かし生かされ、全てのいのちが輝く生活の実現だと思います。私たちが日々悪戦苦闘している商売という経済活動はそのための便法に過ぎません。

今、私たちは、「経済」という言葉の定義をやり直さないとならないのかも知れません。

経済とは、単なるお金のやりとりとその周辺での出来事だけを指すのではなく、本来は「経世済民」、つまり、世の中をよくしていくための営みのはずです。そのための道具であるお金をいかに上手に使っていくかという観点でお金というものを捉え直していかなくてはならないのだと思います。経済を生産、分配、消費として捉えた古典派経済学に代表される西洋的伝統での定義に対しての、 天下を治め、民を救うと捉えた東洋的伝統での定義に立ち戻ることだと思います。

本来お金とは人と人をつなぐ道具でしかなかったはず。それがいつしかお金を持つことが目的化し、お金のある所・人が価値があり、そうでない所・人は価値がないということになってしまいました。それがお金をとても冷たいものにしてしまいました。ある地域を犠牲にして成り立つ原発のロジックを成立させるために使われてきたいわゆる原発マネーはその最たるものかも知れません。ここで今一度、お金に本来の役割を取り戻させ、温かく顔の見えるものにすることが必要です。

お金は重要です。しかし、お金のものさしに加えて、もうひとつのものさし=「いのちのものさし」が本当に必要な時代になったということでしょう。

お金の奪い合いにつながる狭い意味での経済ではなく、もっと広い意味で経済を捉えていくことが必須だと思います。 そのことで、この行き詰まり感から脱却し、懐かしく明るい未来が描けるように思います。企業経営者として企業経営のあり方を再検証することが求められていると言えます。

経営者としての新たな実践

そうすることで、先に述べた「経済界」の主張は当たらないことが明白になるはずです。

小さく微力かも知れませんが、同じ「経済界」にいる「経済人」として考え、発言し、行動してまいりたいと思います。

私たちが具体的に取り組むべきは、単なる反原発運動ではなく、原発がないほうが健全な国・地域づくりができるという対案を示し、それを実践していくことだと思っております。

そのひとつは地域でのエネルギー自給のしくみを、最初は小さくともいいから、同時多発的に実現させることであり、そのための活動をしてまいります。たくさんの小さな循環を起こし、そのネットワークを創っていくこと。いわば「実践のネットワーク」。それが私たちの役割だと任じています。

名称: エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会
所在地: 〒100-0005 東京都千代田区丸の内3-1-1 国際ビル2階 / 244

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