2012/02/13

福島県双葉町に「死の灰」が降ったという井戸川町長の話

マスコミには流れていない、とても重要な証言

「烏賀陽さんからの福島県双葉町の井戸川町長の話」」から抜粋
(hirougaya 2012/02/12 01:49~02:35:49)

福島県双葉町に「死の灰」が降ったという井戸川克隆町長のお話、あまりに驚いたので今夜のうちにお知らせします。

(福島県双葉町・井戸川克隆町長の話1)同町は福島第1原発が町内にある「立地自治体」。町全体が立入禁止(警戒区域)になって全町民6400人が避難。練馬区くらいの大きさの町。役場は埼玉県加須市に移転。きょう移転先役場で町長に会った。

(福島県双葉町・井戸川克隆町長の話2)移転先は埼玉県加須市、生徒が減って廃校になった騎西高校をそのまま使っている。なお500人弱の双葉町民がそのまま避難生活を続けている。そのありさまにも驚いた。アパートなど借り上げ住宅に移っていない人もまだそんなにたくさんいるのだ。

(福島県双葉町・井戸川克隆町長の話3→以下、記載省略)3.11一周年を前に取材が殺到したため「まとめて会見に応じましょう」という感じで町長は土曜日の午後1時半から6時半までずっと質疑応答しっぱなし。「テレビ」「新聞」「フリー」と3グループ別。頭が下がる。ありがとうございました。

「町民は、過去の歴史だけでなく、将来をも奪われてしまった。これはどんな価値よりも大切なものを奪われたということです。それは東京電力の補償など絶対に追いつかない」

新聞テレビは10数人集まっていたが、フリーは私ともう一人しかいなかったので、かなりぜいたくな「半分独占取材状態」になった。ありがとうございました。

「どの方向に」「何で避難する」避難指示が国や県からなかったので、役場の前の旗を見て風向きを見て逃げる方向を判断せざるをえなかった。

それまでの毎年の避難訓練は「電源が失われたが、3時間くらいで復旧、冷却装置が作動」というシナリオだったので、まったく役に立たなかった。

町民はやむなくバラバラにマイカーで逃げるしかなかった。福島県川俣町が避難を受け入れることを決めたので、防災無線で「とにかく川俣町へ」と必死で呼びかけた。

12日、町民が脱出するなか、双葉厚生病院の前で入院者や近くの老人ホームのお年寄りをバスに乗せる誘導をしていたら、最初の水素爆発が起きた。「ズン」という鈍い音がした。

12日「ズン」という鈍い音がした。「ああ、とうとう起きてしまった」と町長は思った。数分して、断熱材(グラスファイバー)のような破片がぼたん雪のように降ってきた。「大きなものはこれぐらいあった」と町長は親指と人差し指でマルをつくった。

双葉厚生病院は福島第1原発から2キロしか離れていない。雪のように断熱材(?)の破片が降るのを、300人くらいの町職員や医師、看護師らが呆然と見つめた。町長は「これでもう終わった」と思った。

福島第1原発から断熱材(?)が雪のように降り注ぐ光景を、町長は「それはそれは不思議な光景だった」と振り返る。「そういう映画にでも出てきそうな光景だった」。なすすべもなく、服についた「チリ」を手で払い落とすしかなかった。

そうした「福島第1原発からのチリ」を浴びた町長に「それは危険なものだという認識はあったのですか」と問うと「今でも『もう終わった』と思っている」と応えた。「それはどういう意味ですか」と問い返すと「鼻血がとまらない」と言った。

「ずっと鼻血がとまらない。鼻をかむと今でも血が出る。たらたら垂れることもある。もう乾燥しているんだかなんだかわからない」

「胸から下、すね毛まで毛が抜けてつるつるになった」「銭湯で隣に座ったじいさんが『おい、女みたいにすべすべになっているぞ』というので気づいた」「陰毛だけは大丈夫だった」「体毛がないと肌着がくっついて気持ちが悪い」

3月11日直後から東電の職員は2人が町役場に来ていた。ふだんから担当している広報課の職員だ。しかしメルトダウンや水素爆発の情報は何も教えてくれなかった。今から思うと顔面蒼白で、知っていたのかもしれない。

補足。政府が決めた「ベント」も何の予告もなかった。町民が真下にまだいるのに、ベントが行われた。自分たちを日本国民と思っているのか。まるで明治維新の前からそのままではないか。

「死の灰」の話にびっくりして「その場(双葉厚生病院前)に何人くらいいたのですか」と町長に問うた。町長は「300人くらい」と応えた。絶句した。若い職員、医師、看護師もいたという。町長は「バス一台分乗っただけだった」と残念がった。

「12日の水素爆発のあと、福島第1原発から断熱材の破片のようなものが雪のように降ってきた」。その後飯舘村にいた人が「空気中を繊維のくずのようなものがキラキラ舞っていて、あれ、外なのにおかしいなと思った」という証言と一致する。

水素爆発のあと、福島第1原発から双葉町に降り注いだ断熱材(グラスウール)の破片のようなもの。これはどう考えても「死の灰」ではないのか。

12日、「ズン」という鈍い音がして、福島第1原発が最初の水素爆発を起こしたあと、数分後に、双葉厚生病院前に断熱材(グラスウール)の破片のようなものが「ぼたん雪のように」降り注いだ。=烏賀陽注:これはどう考えても「死の灰」ではないのか。

(福島県双葉町・井戸川克隆町長の話23)ちなみに、3月12日の最初水素爆発のあと、福島第1原発から双葉町に「ぼたん雪のように」降り注いだ断熱材(グラスウール)の破片を町長が目撃した双葉厚生病院は、同原発から2キロしか離れていない。

12日の水素爆発の映像を見ると、煙は北〜北西方向に流れているので、双葉町長が「双葉厚生病院に降下物が降った」という証言は矛盾しないのです。>福島第一原発 爆発の瞬間 2011 03 12 1536頃発生: http://t.co/0HVTjEt0 @youtubeさんから


【震災】「失敗と思ってない」集団避難の双葉町長
(02/12 00:35 テレビ朝日 ANNニュース)

 原発事故の影響で埼玉県加須市に役場ごと避難している福島県双葉町の町長が、震災から11カ月を迎え、集団避難について「失敗だとは思っていない」と振り返りました。

 福島・双葉町、井戸川克隆町長:「(町民の)放射能に対する不信感はものすごく強い。多くの子どもを(埼玉に)連れてこられて良かった

 11日に会見した井戸川町長は、新たな場所に再移転することについては、場所や方法を町民らと議論したいと話しました。避難所となっている旧騎西高校では、震災の発生時刻に合わせ、約30人が黙とうを捧げました。今も約500人が教室や体育館で避難生活を続けていて、そのうちの4割は65歳以上の高齢者です。

 避難している双葉町民:「行くとこないから(ここに)いる。希望だけは持ちたい」


「国民と思っているか」 野田首相を福島・双葉町長が問い詰める
(2012.1.8 20:48 産経ニュース)

 福島市で開かれた「原子力災害からの福島復興再生協議会」で8日、東京電力福島第1原発が立地する福島県双葉町の井戸川克隆町長は「私たち双葉郡民を日本国民と思っていますか。法の下に平等ですか。憲法で守られていますか」と野田佳彦首相に問い詰めたことを明らかにした。

 終了後、井戸川町長が記者団に語った。首相は「大事な国民である」と答えたという。町長は発言について、事故後、双葉町が多くの問題を抱えたままとした上で「あるのは放射能だけ。平等になっていない」と述べた。

 また、政府が検討を進めている警戒区域の見直しで、居住できる目安を年間20ミリシーベルト以下としていることに関しては「(20ミリシーベルト以下で)安全と思っている安全委員会の委員の家族に住んでもらって、安全を確認させていただきたい、と申し上げた」と話した。

 双葉町は警戒区域に指定され住民が避難している上、役場機能も埼玉県加須市に移転している。

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