チェルノブイリ事故23年後の健康と環境への影響

◆『チェルノブイリ 大惨事が人と環境に与えた影響』から抜粋
(筆頭著者アレクセイ・V・ヤブロコフ博士)

15. チェルノブイリ事故23年後の健康と環境への影響から抜粋

チェルノブイリの放射性物質の50%以上はベラルーシ、ウクライナ、欧州ロシア以遠に拡散し、遠くは北米にまでフォールアウト(放射性降下物)を もたらした。1986年には4億人近くが4キロベクレル/平米以上の放射能汚染地域に暮らし、現在も500万人近くが危険なレベルの汚染にさらさ れている。調査が行われた全汚染区域において、疾病率の増加、早過ぎる老化、突然変異が起きている。

事故後17年間の全死亡率は欧州ロシアで最大 3.75%、ウクライナで最大4%上昇した。植物がセシウム137、ストロンチウム90、プルトニウム、アメリシウムを 吸収・循環するため、内部 被ばく量は上昇を続けている。セシウム137の体内量が「安全」とされる年間1ミリシーベルトを上回っている場所では、近年中に、子どもは50ベクレル/kg、大人は75ベクレル/kgに下げなければならない。これを達成するには、農地への鉱物肥料の施肥、森林地へのカリウムおよび有機溶解性リグニンの施肥、そして腸内吸着剤である天然ペクチンの摂取などが役立つ。

今後25~30年のあいだに土壌の根系層から植物への汚染が続くベラルーシでは特に、子どもを放射能から守るには広範な国際支援が必要である。被 ばくした植物群・動物群にはさまざまな形態学的奇形が発生しており、1986年以前はまれだった突然変異も著しく増えている。チェルノブイリの ゾーン内は「ブラックホール」となっている―一部の種は非汚染地域から移動してきたもののみが生き残っているような状態である。

15.3. チェルノブイリの健康影響

1. これまで調査が行われてきチェルノブイリ汚染区域のすべてで、明らかに有病率(general morbidity)が著しく増加している


※多重疾患―すなわち同時に複数の病気にかかっている人が多い


2. チェルノブイリの放射能と関連づけられている特定の健康障害のうち、以下の疾患群の罹患率・有病率が増加している

・循環器系(主に、血管の内表面を覆う「内皮細胞」が放射線に破壊されることによるもの)

・内分泌系(特に甲状腺の非悪性病変)

・免疫系(あらゆる病気の罹患率・重症度が高くなる「チェルノブイリ・エイズ」 )

・呼吸器系

・泌尿生殖器系障害

・筋骨格系(骨の構造および組成の病変:骨減少症、骨粗しょう症など)

・中枢神経系(知的機能の低下および行動・精神の障害を引き起こす、脳の前頭葉・側頭葉・後頭頭頂葉の変性)

・眼(白内障、硝子体の損失、屈折異常、結膜障害)

・消化管

・先天性の奇形・異常(事故以前にはまれだった四肢・頭部の多重障害など)

・甲状腺癌(この癌についての予測はすべて誤っていた―チェルノブイリに関連した甲状腺癌は急速に発症し、進行も早く、子どもも大人も発症する。摘出手術後 は一生ホルモン剤に頼ることになる)

・白血病(血液の癌)―子どもやリクビダートルだけでなく、汚染区域の一般 成人人口にもみられた

・その他の悪性腫瘍


3. 事故によるその他の健康影響

・体内の生物学的均衡の変化による、腸管中毒症・細菌感染・敗血症に起因する重篤な病気の増加

・感染性疾患・寄生虫性疾患(ウイルス性肝炎、呼吸器系ウイルスなど)の劇症化

・被ばくした親(リクビダートルおよび汚染区域からの避難者)から生まれた子ども、特に胎内被ばくした子どもの健康障害の発生率増加。障害は事実上全身の臓 器・系統に及んでおり、遺伝子の変性も含まれる。

・リクビダートル(特に1986~1987年に事故処理作業に従事した人)の重篤な健康状態

・大人、子どもの両方にみられる早期老化症

・体細胞・遺伝子の多重突然変異の増加


4.放射能汚染に関連した慢性疾患がリクビダートルおよび汚染区域住民に蔓延している。この人々のあいだでは多重疾患が一般的である―すなわち同時に複数の病気にかかっている人が多い


5. チェルノブイリ事故によって「癌の脱分化(cancer rejuvenescence)」や以下の3つの新型症候群など、世界の医療に新たな言葉が加わっている。

・「神経循環無力症(vegetovascular dystonia)」 心血管系器官およびその他の器官が関与する、神経系の調節不全(自律神経機能障害:autonomic nervous system dysfunctionとも呼ばれる)。ストレスを背景に現れる臨床兆候をともなう。
・「長寿命放射性核種の体内取り込み(incorporated long-life radionuclides)」 放射性核種の吸収による心血管系、神経系、内分泌系、生殖系、その他の機能的・器質的障害。
・ 「上気道の急性吸引障害(acute inhalation lesions of the upper respiratory tract)」鼻炎、喉の違和感、空咳、呼吸困難、息切れが組み合わさったもので、「ホットパーティクル」などの放射性物質の吸引によるもの。


6. チェルノブイリ事故後、発症頻度の高い症状を反映した新たな症候群がいくつか現れた。以下のようなものがある。

・「慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome)」 軽減することのない 過度の疲労、原因不明の疲労、周期的な欝状態、記憶力低下、全身に広がる筋 肉・関節の痛み、悪寒と発熱、頻繁な 気分変動、頸部リンパ節の過敏、体重の 減少。免疫系機能不全および中枢神経系障害に関係していることも多い。

・「放射線症後遺症症候群(lingering radiating illness syndrome)」 過度の疲労、めまい、震え、腰痛が組み合わさったもの。

・「早期老化症候群(early aging syndrome)」 身体年齢と実年齢が食い違い、高齢者特有の病気を若年齢で発症する。


7. 「胎内被ばく」「チェルノブイリ・エイズ」「チェルノブイリ・ハート」
「チェルノブイリ四肢」などのチェルノブイリ特有の症候群については、より詳細かつ 確定的な医学的説明が待たれる。


8. 大量のデータがあるにもかかわらず、汚染区域の健康被害の全容はまだまだ完全把握には至っていない。チェルノブイリの影響の全容を知るには、医学的、生物 学的、放射線学的な調査研究の拡大と支援が必須である。しかしロシア、ウクライナ、ベラルーシではこうした調査研究が逆に切り詰められてきてい る。


9. 事故から23年後のチェルノブイリ汚染区域の住民(特に子ども)にみられる健康状態の低下は、心理的ストレスや放射線恐怖症によるものでも、再定住による ものでもなく、ほとんどが主として被ばくによるものである。1986年の強烈な第一波のあとも、低線量・低線量率の放射線から慢性的に被ばくし続 けているのである。


10. 心理的要因(「放射線恐怖症」)が決定要因だったことは断じてあり得ない。事故後の数年間、放射能への懸念が薄れる一方で、疾病率は上がり続けたのである。それに、同じような健康障害が現れ、突然変異率も上がった野ネズミ、ツバメ、カエル、松の木の放射線恐怖症はどのくらいだったというのだろうか。疑問の余地はない。しかし社会的・経済的要因は確かに放射能に侵された人々を切迫している。病気、子どもの奇形や障害、家族や友人の死、住居 や大事な財産の喪失、失業、転居は金銭的・精神的に深刻なストレスとなっている。

(仮訳:スロービジネススクール有志)

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