2011/06/04

佐賀新聞 再検証・玄海原子力発電所

玄海原発がある佐賀県の新聞(佐賀新聞)が原発の再検証を始めた。

<1>京都府の決断 EPZ20キロへ独自拡大 (11年5月24日)
「自分の身は自分で守る」

 「一つの市を行政機能ごと全面移転させる。国でさえ想定してこなかった難題だが、逃げずに先鞭(せんべん)をつける」。東京電力福島第1原子力発電所の事故を受け、京都府は国の原子力防災指針改定を待たずに防災対策の重点実施地域(EPZ)を従来の半径10キロ圏内から20キロへ拡大する暫定計画を策定した。ブレーンを務めた京都大学防災研究所の林春男教授は語る。「避難が大規模で長期化するのが原子力災害の特徴。計画は『自分の身は自分で守る』という府の決意表明だ」

 国の防災指針は、EPZを原発の半径8~10キロ圏内と定めているが、福島では半径20キロを超える地域で自治体が丸ごと避難する事態となっている。京都府から最も近い高浜原発(福井県高浜町)は府境から最短で3キロ。潜在的にあった「万が一」の懸念が顕在化していった。

●「最悪」に備え

震災発生から1カ月後の4月13日、府は原子力や防災の有識者9人でつくる専門家会議を開催。そこで示されたのが人口分布の地図だった。高浜原発から10キロ圏内の推計府人口は2市の一部で1万2千人。20キロなら4市1町の9万人に増加し、中心市街地が含まれる舞鶴市では人口の約95%に相当する8万5千人が避難対象者になった。

 会議の議長を務めた林教授は「行政として一番厳しい想定が舞鶴市の全面移転。福島で現実に起きた以上、京都府として最悪ケースに備えた計画を作っておくことが重要」と指摘。その上で「舞鶴市民をどこに避難させるか。市役所の機能はどこに置くか。この問題を他市町と調整できるのは国ではなく、府しかない。20キロ圏で計画すれば、それ以上の被害にも準用できる」。2回の会議の結論に沿い、府は5月20日、原子力防災の新しい暫定計画を策定した。

 さらに計画は「科学者ではない知事が住民に避難勧告するための目安となる放射線量基準が必要」とする専門家らの意見を踏まえ、基準を毎時3・8マイクロシーベルトと明記。放射線量の監視態勢の強化も重視し、モニタリングポストを新たに10カ所増やすことも決めた。費用と設置まで時間がかかる固定型の観測所ではなく、持ち運びできる緊急時用の可搬型観測機で対応する。

 計画にはこれから検討すべき点も残る。9万人もの住民を避難させる交通手段や避難経路。風評被害対策も見据えた広報の在り方、被ばく医療の充実や資機材の備蓄。それらに伴う財政負担?。京都府は専門家会議の有識者を中心とする「地域防災の見直し部会」を設置、計画をさらに具体化する。

●地方も口出す

 「原子力防災はこれまで国が独占してきたが、これからは地方も口を出す。京都府の計画が『暫定』なのは、これから国や電力会社、隣県との調整が必要となるためだが、まず先んじて自らの決意を示した計画の意義は大きい」と林教授。

 佐賀県では、EPZを20キロ圏に拡大した場合、県内第2の都市である唐津市の中心市街地や市役所をのみ込み、12万人超の避難が必要になる。論議はこれからだ。


<2>EPZ拡大 玄海30キロ圏 3県27万人 (11年5月25日)

「原発事故に県境ない」

 「(EPZの)10キロ圏は大きな壁。全く蚊帳の外だった」。19日、長崎県壱岐市で開かれた九州市長会総会。国に原発事故の安全対策拡充を求める緊急決議を提案した伊万里市の塚部芳和市長は出席した九州・沖縄106市の首長らに思いをぶつけた。2カ月が過ぎても事態収束が見えない福島第1原子力発電所の事故を玄海原発に重ね、「市民の不安は大きい」と、EPZ(防災対策の重点実施地域)拡大へ連携を訴えた。

 伊万里市は玄海原発から南12~32キロに位置する。EPZの半径10キロ圏内からわずかに外れているため、原子力防災の具体策はない。佐賀県には以前からEPZ拡大を求めてきたが、国の指針(半径8~10キロ)の区域外で「専門知識がなく、独自に判断できない」(県消防防災課)と検討されなかった。

 福島原発事故では、当初30キロ圏内に「避難」や「屋内退避」の指示が出た。今も20キロ圏が立ち入り禁止、50キロ近く離れていても放射線量が多い地域は計画的避難区域に指定されている。

 玄海原発にそのまま置き換えると30キロ圏に入るのは佐賀、長崎、福岡の8市1町、約27万8200人。50キロ圏まで広げれば福岡市も含まれ、対象は140万人以上との試算もある。「唐津市民をどう受け入れる」「伊万里市民はどこに逃げる」。伊万里市にそうした「備え」は皆無だ。

 EPZ拡大には県も同調する。「今の決まりは十分ではない。国の動きが鈍ければ、県単独でも拡大をやらないといけない」。古川康知事は4月末の会見で決意を表明、総合防災統括監というポストを新設して避難など県地域防災計画の見直しを進める。

 拡大を求める声は県域を超えて噴出している。福岡、長崎の知事も「拡大が必要」との見解を示し、長崎県松浦市や福岡県糸島市は、独自の防災計画見直しに着手した。松浦市の友広郁洋市長は「原発事故では県境や市境に意味はない。周辺自治体で担当課長会議を開き、協議したい」と、九州市長会でも30キロ圏内の首長らに積極的に声を掛けた。行政機能の全面移転を余儀なくされている福島の現実は対岸の火事ではない。

 一方で性急な拡大論議には懸念もある。「(特殊災害対策を定める)県がどうするのか見えない中、変に動けば違う方向に決まったときに一からやり直しになる」「範囲を広げすぎれば地域社会に与える影響が大きく、混乱を招きかねない」と30キロ圏内の自治体幹部。コストや線引きなど課題も少なくない。

 九州市長会の総会後、塚部市長が友広市長に歩み寄った。そこに糸島市の松本嶺男市長も加わった。「連携は必ず必要になる。やれることからやりましょう」


<3>玄海の実情 避難所すべて20キロ圏内 (11年5月26日)
「どこに逃げるのか」

 「これまでの訓練は何だったのか。もし福島レベルの事故が玄海で起こったら、避難所はすべて使えない。どこに逃げるのか」。玄海原子力発電所の事故を想定した原子力防災訓練に参加したことがある唐津市呼子町の男性(68)は、福島第1原発事故の状況と訓練の落差をそう表現、不安そうな表情をみせた。

 佐賀県の地域防災計画が定めるEPZ(防災対策の重点実施地域)の範囲は玄海原発から半径10キロ圏内。玄海町全域と唐津市の一部が入る。事故で放射性物質が漏れた場合、唐津市の県オフサイトセンターに国や地元自治体、警察、自衛隊などが集まり対策本部を立ち上げる。気象状況や放射性物質の漏えい状況に応じ、避難などを指示する。

●病院、市役所も

 住民はあらかじめ決めていた場所に集合。自治体が手配したバスや自衛隊車両、ヘリ、海上保安部の船などで10キロ圏外に避難する。避難所は唐津市内の学校など27カ所。行き先は居住地ごとに決まっている。避難所には自治体と協定を結ぶ業者から支援物資が届く。コメは1人1食300グラム、水は1日3リットルが目安だ。

 避難所では放射性物質の付着を調べるスクリーニング検査が行われ、医師が安定ヨウ素剤を処方する。唐津赤十字病院は県内唯一の「ホールボディーカウンター」で体内被ばくを調べる。毎年1回の原子力防災訓練では、参加者や想定を少しずつ変えながら、これらの手順を確認している。

 福島第1原発事故はそうした想定をいっぺんに覆した。20キロ圏内に避難指示が出され、30キロ圏内も「緊急時避難準備区域」になった。玄海原発がそうした事態に陥れば、オフサイトセンターも赤十字病院も、唐津市役所も使えない。避難所もすべて20キロ圏内に入り、従来の手順は水泡に帰す。

●時間も想定覆す

 訓練の想定と違うのは距離だけではない。時間もだ。昨年の玄海原発原子力防災訓練での冷却機能喪失までの想定時間は事故発生から約12時間。福島は地震発生後わずか2時間だった。

 地震から6時間後には福島県が2キロ圏内に避難指示、その30分後には国も3キロ圏内に避難指示と10キロ圏内の屋内退避指示を出した。事故の進展の速さは、県と国がそれぞれ単独で避難指示を出すという訓練にはない事態につながった。地震に津波が加わった複合災害だったとはいえ、福島の事故は従来の想定レベルを大きく超えた。

 「どこに逃げるのか」「事故の備えは」。福島第1原発事故後、問い合わせが相次ぐ唐津市。防災計画の見直しに着手したが、防災担当者は困惑を隠さない。「市独自にやれるのは、今回のような事態で市に何ができ、どんな対応は県や国に任せるべきかを考えることだけ。被害範囲の想定も、住民の安全を確保するための根本的な解決策も、国が新たな指針を示さない限り見いだせない」


<4>動きだす関係機関 施設移転に課題山積 (11年5月27日)
災害弱者対応も必須

 福島第1原子力発電所の事故を契機に噴出したEPZ(防災対策の重点実施地域)拡大論議。自治体や関係機関の中には現在の10キロ圏内から「拡大必至」とみて既に動き始めたところもある。ただ、計画変更や新たな策定は容易ではない。福島では「災害弱者」対策などの課題も露呈した。

●圏外建て替えも

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 原発などの事故時に関係者が集まって「司令塔」になるオフサイトセンター。設置条件は20キロ未満となっているが、原子力安全・保安院は、EPZ拡大を前提としつつ「設置要件を変更しEPZ圏外への建て替えも含めて見直すことになる」とする。

 福島のオフサイトセンターは非常用電源が落ちて使用不能になり、県庁への機能移転を余儀なくされた。佐賀県のセンターは玄海原発から約13キロで代替施設の唐津総合庁舎はさらに近い12・5キロ。福島のように20キロ圏内が警戒区域になれば使えなくなる。

 センターには国直結のテレビ会議設備、大気中の放射性物質濃度などが予測できるシステム(SPEEDI)など多くの機能が備わる。設置見直し論議はこれからだが、代替施設を含めて検討すべき点は多い。

 関係機関も動き始めている。佐賀県警は唐津署の代替拠点として玄海原発から26・5キロ離れた相知幹部派出所(唐津市相知町)を検討。唐津海上保安部は管轄の壱岐島(長崎県)の避難対応などを新たに想定する。唐津市消防本部は緊急時の機能移転と併せ、通報を受ける通信指令センターの確保を課題として示す。

 玄海原発から20キロ圏内に一部が入る福岡県糸島市は、ヨウ素剤備蓄を盛り込むなど地域防災計画の見直しに着手した。半径10キロごとに人口と世帯数、障害者や要介護者ら避難困難者数、家畜数などを洗い出す。松本嶺男市長は「糸島では西風が多く玄海原発の風下。現計画では緊急時の安全を維持できない」と話す。

 施設や機能移転の論議が先行しがちだが、福島では災害弱者対応も大きな問題になっている。

 「命をつなぐ薬も持てずに、着の身着のまま。そんな人は少なくない」。関節リウマチを患う福島県難病団体連絡協議会長の渡邊政子さん(65)は、避難所に身を寄せた在宅患者の境遇を代弁する。

●福祉避難所なし

 薬品供給は滞り、服用薬を記憶していなければ、処方までより時間がかかった。人工透析など十分な医療措置を受けられず、病状が悪化したケースも相次いだ。渡邊さんは「関節リウマチ患者らに欠かせないベッドもない。専門スタッフや資材を備えた福祉避難所など十分な準備と周知が必要」と指摘する。

 特別な医療機器が必要な人たち、障害者や高齢者、一般の食事ができないアレルギーを持つ人たち…。配慮が必要な人たちはたくさんいる。

 佐賀県内の災害時の福祉避難所は3月末現在、7市町に67カ所。佐賀市の53カ所が最も多いが、唐松地域には1カ所もない。


<5>緊急被ばく医療 知識なく福島混乱 (11年5月28日)

 3月9日に唐津市であった佐賀地区緊急被ばく医療ネットワーク検討会。委員長を務める唐津赤十字病院の平原健司救急科部長が声を上げていた。「現体制では重症被ばく患者1人を受け入れるのが関の山です」。その2日後、東日本大震災が発生、平原医師は医療支援のため福島を訪れた。混乱する現場を目のあたりにし、「事故前の福島の医療体制は佐賀と大差ない。一刻も早く見直さなければ、同じことになる」と痛感した。

●原発との距離

 福島県の緊急被ばく医療体制は、重症被ばく患者に対応する唯一の「2次被ばく医療機関」に福島県立医大病院、除染や軽症患者を診る「初期被ばく医療機関」に5病院を指定していた。しかし、福島第1原発から10キロ圏内に「初期」の3病院が集中、避難区域になったことなどで実働できなくなり、県のマニュアルは意味をなさなくなった。

 福島医大の支援に入った長崎大医療チームの大津留晶准教授は「医師たちは何をしていいか分からず、放射線への不安で緊張の糸が切れかかっていた」と振り返る。汚染したがれきで負傷した作業員は通常の治療なのか、除染が必要なのか。現場は戸惑っていた。大津留准教授は除染や治療方を手ほどきした。混乱する医療スタッフ向け研修会では、約200人収容のホールが階段まで埋まった。正確な知識を得て安心し、泣き出す医師もいた。

 大津留准教授は「幸いだったのは福島医大が原発から56キロ離れていた点。もし、ここが避難区域内だったら、福島の医療は崩壊していただろう」と言う。

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●初期病院ゼロ

 佐賀県唯一の2次被ばく医療機関は唐津赤十字病院。玄海原発から約12キロしか離れていない。初期被ばく医療機関はゼロで、代わりに唐津市内に設ける各避難所へ医療スタッフを派遣し、汚染検査や応急処置をする計画だ。県のマニュアルは公立病院などから医師24人が避難所へ向かうことを明記しているが、平原医師は「実効性のない数字合わせの作文」と切り捨てる。

 「県内で被ばく医療に精通する医師は数えるほど。被ばく患者を除染すれば排水処理などが必要になるが、そんな知識はあるか。『初期』の病院指定を増やすことで医師のレベルアップにもつながるのだが…」と平原医師。最低限、佐賀大付属病院と県立病院好生館を2次被ばく医療機関に追加し、後方支援体制を整備すべきと訴える。

 独自にEPZの20キロ圏拡大を盛り込んだ防災計画をまとめた京都府。緊急被ばく医療では、5病院だった初期被ばく医療機関を原発から約60キロ離れた府中部にまで広げ、16病院に増やした。追加で必要になる放射線測定器や安定ヨウ素剤材の整備も進める。府医療課は「対象地区の救急告示病院18カ所のうち16カ所が快諾してくれた」と話す。

 一方の佐賀県。ある医師は「被ばく医療の研修会はいつも同じ顔ぶれ。若手を誘っても『それだけは勘弁してください』と断られる」という。原発立地県の医師の意識も問われている。

【写真】体内被ばくを調べるホールボディーカウンターを備える唐津赤十字病院。平原健司救急科部長は「複数の重症患者受け入れは厳しい」と語る=唐津市二タ子


<6>放射線監視体制 観測点、EPZ内だけ (11年5月30日)

 国や福島県が避難区域の根拠としていた同心円を無視して変幻自在に姿を変える放射線量の分布図。長く腕を伸ばすように福島第1原発から約40キロ離れた飯舘村を捉えていた。

 見えない“敵”を知る唯一の手段がモニタリングポストなどの監視装置。しかし、これらは地震発生直後から機能不全に陥っていた。

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●津波でダウン

 福島第1原発のEPZ(防災対策の重点実施地域)10キロ圏内のモニタリングポスト23カ所は、津波で通信回線が断たれたり、電源を喪失したりしてダウン。判断基準を失った県は半径2キロ圏内の住民を避難させた。しかし、国による避難指示は徐々に拡大。住民の立ち入り禁止は最終的に20キロ圏内まで広がった。

 これまではEPZ圏内にとどまるとされてきた放射線の影響。福島県は現在、20キロ圏外で職員が国や他県から調達したサーベイメーターを携え線量を測る。担当者は「今はやれることをやるだけ。住民に安心してもらい、健康と命を守るために」と語る。

 佐賀県の放射線監視体制はどうか。玄海原発から半径10キロのEPZ圏内に設置された25カ所のモニタリングポストが県と電話回線で結ばれている。平常時は2分ごとの測定値を佐賀市の県環境センターに送っている。4キロ圏内は放射線の種類まで判別できるタイプ。原発の正門近くには大気中のチリや気象データを観測する万能タイプの「モニタリングステーション」もある。4~9キロ圏内はガンマ線だけ観測するタイプだ。

 有事の場合は「緊急時モニタリング計画」が発動する。通常の25カ所以外での観測を想定し、持ち運べるモニタリングポストを3台、観測専用車を2台、サーベイメーターを126個保有する。その要員として県職員約60人を登録している。観測データは対策本部のある県オフサイトセンターに送信される。

●補助の対象外

 平常時から観測点を20~30キロ圏に増やす場合、財源の問題がのしかかる。モニタリングポストは固定式で6千万円以上。持ち運び型でも1千万円弱。EPZ圏内でしか国の「放射線等監視交付金」の対象にならない。設置カ所も、玄海原発のある上場台地から唐津市中心市街地の平野部に至るまでの地形や人口分布も考慮し、防災上有効な観測ポイントを探る必要がある。

 全国に先駆けてEPZの拡大を決めた京都府は、監視体制の強化を地域防災計画の要とした。固定式のモニタリングポストには費用も工期もかかることから、保有する持ち運び型などを利用して原発から20~30キロ圏内の府総合庁舎など計10カ所に設置。監視体制を暫定的に整備した。

 府環境管理課は「今すぐできることから、金をかけずにやった結果だ」と語った。

【写真】福島第1原発事故以降、佐賀県環境センター屋上でも大気中のチリから放射能濃度の観測が続けられている=佐賀市鍋島町


<7>原発立地県 “国任せ”脱却なるか (11年5月31日)

 東日本大震災の地震で、本庁舎の半分以上が使用不能になった福島県庁。福島県は隣接する自治会館に災害対策本部を設置し、現在もそこで業務を続けている。「防災計画は、ほとんど役に立たなかった」。そう振り返る原子力安全対策課の担当者の表情には疲労の色がにじんでいた。

●「避難を優先」

 「全電源喪失」「原子炉内の水位低下」…。3月11日の地震発生直後、東京電力から入る福島第1原発に絡む情報は、事態の深刻さを示すものばかりだった。「従来の想定は放射性物質の小規模な漏洩(ろうえい)。防災訓練も原発から半径2キロの範囲が中心だった」

 県は国に先んじて半径2キロ圏内の住民避難を決定。担当者は「とても国と協議する状況ではなく、とにかく避難を優先した」と振り返る。

 しかし、県として独自性を発揮できたのは実質この時だけ。県対策本部はその後、国から事前協議を持ちかけられることもないまま、避難範囲拡大など「決定事項の報告」を受ける立場を強いられ、該当する市町村への連絡に追われた。

 被災した公的機関の通信網や、放射線監視体制の立て直しに向けた資機材調達。県レベルでできることは取り組んだが、県民への情報伝達の在り方を含め「十分だったかと言われれば十分ではなかった」と担当者。今後の防災の在り方について「資機材の融通だけでなく、原子力の知識を持った職員がいる自治体同士が連携できれば、対応できる部分が大きい」と指摘。原発立地県や隣接県同士で連携し、“地元”で主体的に取り組む重要性を強調する。

●実態つかめず

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 東日本大震災発生から2カ月半たっても収束の見通しが立たない福島第1原発事故。佐賀県はプロジェクトチームを発足させ、EPZ(防災対策の重点実施地域)拡大を見据えた避難計画の見直しに加え、緊急時の拠点施設や資機材の再配置を検討しているが、教訓にしたい福島の実態はつかめていない。県防災企画グループは「事故対応を続けている福島県から直接聴き取ることは難しい」とする。

 被災地支援で福島県に入った佐賀県の医療、警察関係者らは延べ約120人。6月からは放射能調査で県の技術職員が交代で派遣される。県は「帰還後に現地の実情をヒアリングして、防災計画の見直しに生かしたい」と語る。

 EPZ拡大を視野に入れた拠点施設や避難所の在り方に加え、被ばく医療や監視体制の再構築?。原子力災害が「杞憂(きゆう)」ではなくなった今、考え直すべき備えはあまりに多い。それでも国が原子力政策を堅持すれば、玄海原発周辺の防災強化は必至。「脱原発」にかじを切り始めたとしても、廃炉に向けた長い年月をかけたプロセスが待っており、原発との付き合いは続く。立地県として“国任せ”から脱却し、独自の知見で見直せるところから主体的に手をつけていかなければ、県民の「安全・安心」はない。

【写真】県庁に隣接する自治会館内に設置された福島県の災害対策本部。東電社員を含めた関係者が詰めて、対応に追われる=福島市の自治会館


<8>インタビュー 京都大学防災研究所 林 春男教授 (11年6月1日)
自治体全面移転視野に

 福島第1原発事故を受け、地域防災計画を見直した京都府。EPZ(防災対策の重点実施地域)拡大や、避難の判断基準となる放射線量の数値を盛り込み、注目を集める。府のブレーンとしてこれらの改正案を提言した専門家会議の議長を務めた京都大学防災研究所の林春男教授(60)に、原子力防災広域化の視点や原発立地地域の住民として考えるべきことを聞いた。

 ?国の防災指針改定を待たずに、全国に先駆けてEPZを見直した理由と根拠は。

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 はやし・はるお 1951年生まれ。京都大防災研究所巨大災害研究センター教授。専攻は危機管理・災害情報システム。文部科学省の科学技術・学術審議会専門委員などを務める。京都府宇治市。
 原子力防災はこれまで国が仕切ってきたが、福島の原発事故によって京都府内に「自分の身は自分で守る」という意識が生まれた。原子力災害は、より大規模で長期間の避難を強いられる。今まで手掛けてきた避難計画に比べ、そうしたことを考慮する計画の作成は本当に難しい。

 専門家会議では、福島の現状を踏まえ、ワーストケースとして「市を丸ごと避難させる」という事態に備える必要があると判断した。人口分布図から、舞鶴市の中心市街地が含まれる数字として、EPZの半径20キロを導き出した。単に10キロ拡大したわけではなく、住民重視で考えた結果だ。原子力災害では「市を全面移転させる」視点が重要。それさえあれば、30キロ圏避難も対応できる。何をどれだけ備蓄するかなど微に入り細に入り決めても意味がないケースもある。大事なのは根幹を外さないことだ。

 ?EPZ拡大で全面移転などの対応を迫られる市町には何が求められるか。

 原子力防災で市町にそう力はない。ただ、一番被災者に近いという「重み」がある。これからは県と連携し、主体的に取り組んでいくべきだ。具体的な課題は二つ。庁舎を離れて行政機能を維持できるかと、他市町に避難した住民の所在を把握できるか。数カ月程度考えて答えが出るほど簡単ではないが、現実に福島県では起きている問題。どのように解決していくのか、現地派遣されている行政職員は、そういう視点から教訓を持ち帰ってほしい。

 ?原子力防災について佐賀県民ひとりひとりが考えるべきことは何か。

 地域防災計画というと、あたかも県が被災した県民を正しい方向に導くかのような幻想を抱くが、実際には行政の災害時業務計画にすぎない。大事なのは自分自身の防災計画だ。健康や仕事、家族の問題など人生には危機管理すべき多くの項目があるが、これまでは「原発事故」の優先順位はかなり低かったと思う。

 しかし、原子力災害が杞憂(きゆう)でなくなった今、行政や九電に任せきりというわけにはいかない。原発が近くに存在することを県民全員が「わがこと」として受け止めなければならない。廃炉を判断するのも一つの受け止め方。居住の自由として町を去る選択もあるだろう。原子力防災にとって一番の問題点は「自分とは無関係」と無視してしまう態度だ。

=おわり

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