東京新聞の購読者数が世界一になりますように

初詣に行って、3つのことを願いました。
今年が、世界から原発がなくなり始める年になりますように。
今年が、世界に憲法9条が広がり始める年になりますように。
今年から東京新聞の購読者数が増え始めて世界一になりますように。

そう願っての帰り道、友人が「あっ、虹だ!」と発見。
「縁起がいいから写真を撮りましょう」と撮ってくれた。
「あなたの願い事は、きっとかなうよ」と虹が言ったような気がした。

3つの願いの一つ「東京新聞の購読者が世界一になりますように」というのは、今、購読者が世界一多い読売新聞より東京新聞が多くなるということ。もし、この夢がかなったら、あとの2つ(世界から原発がなくなり始める。世界に憲法9条が広がり始める)も自動的にかなっていく気がします。

本紙原発報道に菊池寛賞 「果敢なるジャーナリズム精神」

【書評】 原発報道 東京新聞はこう伝えた 東京新聞編集局 編
(2012年11月25日 東京新聞)

◇問題の核心分かりやすく
[評者]中野 不二男 ノンフィクション作家。
著書『暮らしの中のやさしい科学』など。

 3・11から1年8カ月が過ぎた。復興予算やエネルギー政策は話題になっても、原子力ムラの問題への関心はいつか薄れてゆくのではないか。そう危惧(きぐ)している人々は多いと思うが、本書を読み、少しホッとした。

 東京新聞原発取材班の加古陽治は、事故の直接の要因となった全交流電源喪失(SBO)に関して議論・検討した報告書の引用元となった資料を探していた。「確認できない」という原子力安全・保安院や原子力安全委員会に何度も足を運ぶと、1993年当時のものと判明。同僚記者が情報公開請求し、やがて資料はロッカーの段ボール箱から見つかった。安全委の作業部会が、海外での長時間SBO事例について検討した報告書だった。報告書は自然災害によるトラブルは除外し、対応策は求めていなかった。さらに600ページの未公開資料も見つかる。旧科学技術庁の原子力安全調査室が電力会社に対し、冷却用電源の確保については「今後も『30分程度』で問題ない理由を作文してください」と、丸投げする文言が記されていた。

 こんなコラムもある。「図は記事と同じ。記事よりも大事なことも多い。何か分かりやすい図を」と、同じ取材班の山川剛史はメンバーにいう。しかし原子炉の構造や原子力ムラの構図を描きはじめると、ついあれこれ詰め込み過ぎて、怪文書のようになってしまう。そして「何を伝えようと思っていたんだっけ?」と原点にもどる。

 震災発生後しばらくは、記者会見で閣僚や安全・保安院に噛(か)みつく記者が目立った。それもメディアの役割の一つだが、この巨大で構造的な事故においては、むしろ大きな流れを注視して、どこまでも問題の核心を追い、分かりやすく伝え続けることが最も重要ではないのか。本書に紹介されている、当時の新聞記事もさることながら、記者の一人称のコラムを読むと、あらためてそう思う。

とうきょうしんぶん 中日新聞東京本社発行の地域ブロック紙。一連の原発報道が今年の菊池寛賞に。

(東京新聞・1890円) 

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◆原発報道 東京新聞はこう伝えた

はじめに

あの日から、東京新聞は明確な意思を持って新聞をつくっている。世のため人のために自らの手で真実を解明し、自らの責任で世に問う。新聞の持つ本 来の力である。

なぜ、そうしているのか。2011年3月11日の東日本大震災と東京電力福島第一原発事故によって、権力を持つ人たち、いわゆる「お上」の発信す る情報を、人々が疑うようになったからだ。

本当のことを知りたい。人々の当然の欲求に答えられなければ、新聞が存在する意味はない。何よりも真実が永遠に、都合の悪い人たちによって隠され てしまう。看過できるはずがない。疑り深いのはそもそも新聞記者の本領である。

事故の数日後に社会、科学、政治、経済、特別報道の各部や名古屋、東海、北陸の各本社などの記者から成る組織横断型の原発事故取材班を20人規模 で発足させた。当時はもちろん1年半が経過した今も、その日一押しの記事を一面トップを書く主力であり続けている。読者に知らせなければならない、隠されている事実が山ほどあるから だ。

本書は取材班を中心に、東京新聞が突き止めてきた全ての真実を、取材の舞台裏を初めて明かしながらテーマ別などに編集し直して収録した。なぜ原発 事故は起きたのか。この究極の問いに対して直接的な要因だけでなく、「お上」の隠ぺい体質や機能不全など、この国の根源的な問題も一本一本のスクープをもって、告発している。

東京新聞は事故の教訓から「脱原発」を唱えており、脱原発デモなど新しい時代を切り開こうとする人々の熱気も詳しく伝えている。一面トップになることも日常化している。あの日をもって、情報発信の主役は「お上」から「民」に変わったのだ。

事故発生から6日目の朝刊一面トップの見出しが頭から離れない。『福島第一制御困難』。もはや何が起きるか分からない。深夜に新聞をつくっている 時、読者に届けるのが怖くなった記憶がある。

政府はその9ヵ月後に早々と「事故収束宣言」を出し、事故を過去の出来事のごとく扱っている。本書を読めば、それが過ちだと分かる。あの日が二度 と来ないとは、誰も断言できないはずだ。核は人間の手に負えそうにない。この国は正確には災後ではなく、まだ災中にある。だから福島第一原発の一週間後の出来事を、たとえ小さな動 きに見えても監視の結果報告として掲載し続けている。

かつて経験したことのない息の長い取材になっており、読者の皆さんの支えがなければくじけていたかもしれない。心から感謝している。あの日を経験 した記者の責任として、東京新聞はこれからも真実を伝えていく。

2012年11月吉日
東京新聞(中日新聞東京本社)編集局長 菅沼 堅吾

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