2012/05/11

ドキュメンタリー映画 市民が電力会社をつくった物語 

5月20日~26日に福岡県赤村で開催される「日本一ゆっくりなアースデイ」で、興味深いドイツ映画「シェーナウの想い」が上映されます。この映画は、市民が電力会社をつくって脱原発の流れを加速させた「歴史的な出来事」のドキュメンタリーですが、この映画の舞台になった南ドイツのシェーナウ市を俳優の時任三郎さんが訪問したNHK番組がyoutubeにアップされています。13分でよくまとまっています。

http://www.youtube.com/watch?v=8WknCBjM0fw

キミたちの未来 僕たちの選択〜時任三郎 世界エネルギーの旅〜
(2012年4月30日放送 NHK総合)「TVでた蔵(TV DATA ZOO)」から抜粋

嫌われ者だった強い風を電気に変えて自然エネルギーの道を切り開いたデンマーク、原発の力はいらないというドイツの小さな町で起こった物語、放射性廃棄物を永久に閉じ込める世界で初めての挑戦を続けているフィンランドという、エネルギーの未来を変えた3つの国に迫る。

時任三郎 エネルギーの旅
ドイツ

ドイツは、2022年までに全ての原子力発電を止めると宣言。時任三郎は、南ドイツのシェーナウ市に住むウースラ・スラーデクさんを訪ねた。この町では、電力の40%を住民が発電。このような町になるきっかけを作ったのがスラーデクさんだった。

26年前のチェルノブイリ原発事故を受け、スラーデクさんは1986年に「原発のない未来のための親の会」を発足。専門家を町に招いてエネルギーについて猛勉強し、どうしたら原発をやめられるのか考えた。最初にまず、原発をやめるために節電を呼びかけ、1年間で一番電気を節約した人にはイタリア旅行が当たるといった企画を実施した。この節電競争により、町は10%の節電に成功。

しかし、こうした活動がある人たちを怒らせ、スラーデクさんは嫌われ者となってしまった。その人たちとは、南ドイツの電力会社の人たち。「営業妨害だ」と非難されたという。当時ドイツの電力会社は独占企業だった。それを受け、ある日スラーデクさんは自分達の電力会社を作って運営しようと考えた。

1995年、電力会社設立についてシェーナウ市で住民投票を行い、市民の半分以上がスラーデクさんの意見に賛成した。しかし大きな問題があり、会社を始めるには電気を送る送電線を電力会社から買い取る必要があった。そこでドイツ全国から出資金を募り、1997年にシェーナウ電力を設立した。

スラーデクさんらの活動は全国に広まり、今では電力会社を選べる暮らしが当たり前となった。シェーナウ電力は自然エネルギー専門の電力会社であり、料金は1割ほど高いが全国から申し込みがあるという。福島の原発事故以来、自然エネルギーで暮らしたいという人が増えたとのこと。今ではドイツ全国の13万軒に電気を送っている。

時任三郎 エネルギーの旅
デンマーク

住民6万5000人のデンマーク・ロラン島は、電気を風の力で作っており自然エネルギー100%の島となっている。この島で嫌われていたのは“強い風”。この風を、暮らしに役立つ電気に変えた。風車ひとつで200軒分の電気をつくっている。

40年前、ここに原子力発電所をつくる計画が持ち上がった。デンマーク政府はすぐに建設を決めず、本当に原発が必要なのか3年間国民全員で考えることにした。原発について学び、結果全国各地で建設反対運動が起こった。1985年、デンマーク議会は原発計画の放棄を決定。しかし、原発をたよらずどのように電気を作るのかが問題とった。そこでこの“強い風”に目をつけた経済学者のプリベン・メゴーさんが、風力こそが原子力発電にとってかわると言い、風力を電気に変える挑戦が始まった。デンマークは、2050年までに国全体を100%自然エネルギーにすることを決めている。

時任三郎 エネルギーの旅
フィンランド

現在も原発を作り続けているフィンランドでは、核のゴミを処分する施設を作っている。国内最大の原子力発電所・オルキルオト原子力発電所では、全長5kmのトンネルを作り、地下400mを超える場所に核廃棄物を埋めるというゴミ捨て場を作っている。世界でこんな場所はどこにもなく、なぜフィンランドでは作っているのか情報管理部長のティモ・セッパラさんに聞くと、「使用済み核燃料は、現在原子炉建屋と倉庫に保管している。40年かけて冷やしたあとも、放射性物質を処分する必要がある」と語った。頑丈な鉄の容器に入れ、さらに腐食しにくい銅の容器に入れて埋めるという。

時任三郎が最終処分処分予定地まで行くことを許され、「オンカロ」と呼ばれる処分場まで現場のエンジニアに同行。現場では使用済み燃料の入ったカプセルを埋めたときのことも調査しており、試験用の穴を見せてもらった。核廃棄物がどれだけ出るのかはまだはっきりしていないが、原発から出た120年分の廃棄物をしょりすることになるという。

実際にカプセルを埋める際、人間が近づいて作業をすることができない。穴へ埋める作業などは、ロボットや遠隔操作で行う予定。またこの「オンカロ」が目指しているのは、核廃棄物を放射能の害がなくなる未来まで完全に閉じ込めておくこと。その年数は25万年といわれている。

トンネルを進み、実際に核が埋められる核のゴミ捨て場を視察。「100%安全だと思えるところまでいけると思うか?」という質問に、同行したエンジニアは「100%に近づけるしかない」と語った。

「オンカロ」や原発から10kmの場所には、人口6000人ほどのエウラヨキ市がある。原発が出来て30年が経ち、今では原発で働く人たちの町となった。議会でおよそ2/3が建設に賛成し、原発が建設されたがぎりぎりまで悩んだ人も多かった。当時町の議員だったユハ・ヤーッコラさんは最終的に「オンカロ」の建設を認めたが、その理由は「原子力発電を作り続けてきた世代みんなの責任」だという考えからだという。


シェーナウの想い(2008年/ドイツ/60分)

シェーナウの想い  監督:フランク=ディーチェ / ヴェルナー=キーファー
2008年/ドイツ/60分

 この映画は、ドイツ南西部、黒い森の中にある小さなまちシェーナウ市の住民グループが、チェルノブイリ原発事故をきっかけに「自然エネルギー社会を子どもたちに」という想いから、ドイツ史上初の「市民の市民による市民のための」電力供給会社を誕生させるまでの軌跡を綴るドキュメンタリーです。

<ストーリー>
ドイツ南西部にあるシェーナウ市。2500人の小さなまち。チェルノブイリ原発事故の影響は、ここシェーナウ市にもおよびました。そこでシェーナウ市の親たち数人が子どもたちを守るため「原子力のない未来のための親の会」(親の会)を結成しました。
まず始めたのが、街中に放射能から身を守るための情報を発信する情報スタンドを設置することでした。また原発依存から脱却するためには、エネルギー使用の意識変化も重要であると考え「節電キャンペーン」や「節電コンテスト」を行いました。 
さらに住民グループは、シェーナウ市と独占的に契約を結んでいたラインフェルデン電力会社(KWR)に対し、原発に頼らない電力供給、エコ電力の買い取り価格の引き上げ、そして節電を促すために基本料金を引き下げ使用料金を引き上げる比例料金制度を提案しますが、冷たくあしらわれてしまいます。
そこで住民グループ(親の会)は「それなら自分たちで電力会社をつくってしまおう!」と立ち上がり、シェーナウ電力会社(EWS:Elektrizitätswerke Schönau)を発足させます。
彼らはKWRを相手に2度にわたる住民投票を勝ち抜き、シェーナウ市の電力供給の認可を勝ち取ります。しかし、電力供給を実現するためには、当時KWRが所有していた電力網を買い取る必要がありました。
シェーナウ市との電力供給契約を失ったKWRは、この電力網の引き継ぎにあたって不当なまでに多額の価格を提示します。それでも住民グループは諦めませんでした。社会目的に積極的に融資をするGLS銀行や広告会社の無償の協力、さらには人々の善意の寄付のおかげで無事電力網を手にするに至りました。
1997年、EWSは念願の電力供給を開始します。チェルノブイリ事故をきっかけにした親の会の発足から、操業に至るまで実に10年もの歳月が流れていました。
苦労も喜びも分かち合い、皆で共に支えあい、励ましあい、そして時には息抜きもしながら、EWSで働く人たちは、今日もドイツにいるたくさんの人たちに原発に頼ることのない自然エネルギーをメインとしたエコ電力を供給しています。

<伝えたいメッセージ>
EWSが操業をはじめた翌年の1998年に、ドイツは電力事業の全面自由化にふみきりました。これにより、ドイツ国民はどこに住んでいても自由に電力会社を選択できるようになりました。
かつて独占企業であったKWRがその地位を奪われたように、EWSにとっても自由化は、シェーナウ市の顧客流出という危機をもたらすかに思えました。しかし「原発に一切頼らない自然エネルギーをメインとした電力供給」というEWSの一貫した企業理念は、多くのドイツ国民の支持を得て、顧客数は毎年増加の一途を続け、2012年現在ではドイツ全土で約11万人の顧客を抱えるまでに成長しています。
今では電力会社として不動の地位を確立するに至ったEWSですが、その挑戦はまだまだ続きます。親の会の中心メンバーであり、EWSの経営責任者であるウルズラ・スラーデック女史は、映画の終盤において次の言葉を残しています。
「一番の願いは、世界中から原発がなくなること。二つ目の願いは、早急な自然エネルギー社会への転換。そして三つ目の願いは、世界中の人たちに電力が公平にいき渡ること。」
2011年、スラーデック女史は、祖国ドイツに自然エネルギー社会への転換を促す大きな一助を果たしたとして、環境保護における草の根運動で偉業を成し遂げた人に贈られ、その権威の高さから環境のノーベル賞とも称される「ゴールドマン環境賞」を授賞しました。
スラーデック女史たちの活動がそうであったように、よりよい社会への第一歩は、まちの住民たちが集い、共に考え、話し合うことから始まるのかもしれません。
この映画の上映会が、未曾有の環境問題に直面した日本において、少しでも多くの人たちに希望ある社会をめざすための一歩を踏み出す勇気と力になりますことを心から願ってやみません。
    2012年2月
     自然エネルギー社会をめざすネットワーク

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