2012/05/15

原発事故が起きた時、福島県にいた妊産婦の15% うつ傾向

妊産婦の15%にうつの傾向
(05月15日 13時12分 NHK)

原発事故が起きた時、福島県内にいた妊婦や事故後に出産した女性のおよそ15%が気持ちが落ち込んだ「うつ」の傾向があることが県が行ったアンケート調査で分かりました。
県は放射線による子どもへの影響に不安を持つ女性が多いと見て、継続的な支援を行いたいとしています。
県では原発事故の当時、県内にいた妊娠中だった女性と、事故の後に県内で出産をした女性、あわせて1万5954人を対象に、ことし1月から震災や原発事故によって心理的な影響を受けているかアンケートを行いました。
これまでにおよそ半数から回答を寄せられ、このほど調査結果がまとまり、母乳やミルクそれに食品や水に放射性物質が含まれていないか不安を持っている人が17%、放射線の子どもの健康への影響を心配している人が10%でした。このうち、落ち込んだり憂うつな気持ちになったりして「うつの傾向がある」とみられた人は、1298人、15%に上りました。
アンケートを行った県立医科大学では、避難による環境の変化や放射線への不安が原因だとみていて「うつの傾向がある」すべての女性については看護師らが直接、相談にあたり継続的な支援を行いたいとしています。

05月15日 13時12分

野生のネズミから放射性セシウム 3100ベクレル検出

野ネズミから高い放射性セシウム
(5月14日 4時53分 NHK)

東京電力福島第一原子力発電所からおよそ30キロの山林で捕獲した野生のネズミから3100ベクレルの放射性セシウムが検出され、専門家は野生生物に対する影響を継続的に調べる必要があるとしています。

茨城県つくば市にある独立行政法人の森林総合研究所は、福島第一原発からおよそ30キロの福島県川内村三ッ石地区と、70キロの茨城県北茨城市関本町小川地区のいずれも集落から離れた山林でそれぞれ去年10月と12月に野生のアカネズミを捕獲しました。
そして、合わせて12匹の体内に蓄積した放射性セシウムの濃度を調べた結果、1キログラム当たりの平均で、川内村で捕獲したネズミからは3100ベクレル、北茨城市で捕獲したネズミからは790ベクレル検出されました。
捕獲場所の空気中の放射線量は、川内村が1時間当たり3.11マイクロシーベルト、北茨城市が0.2マイクロシーベルトで、放射線量が高い場所ではネズミの放射性物質の濃度も高くなる傾向にありました。
調査結果について、放射線の動物への影響を研究する放射線医学総合研究所の久保田善久サブリーダーは「ネズミは人間と同じ程度、放射線への感受性が高い。野生生物に対する放射性物質の影響を継続的に調べる必要がある」と話しています。

2012/05/13

がれき試験焼却後、放射性セシウム濃度が上昇 

東日本大震災:4カ所の松葉、セシウム上昇―島田市試験焼却後 /静岡
(毎日新聞 5月10日朝刊)

 静岡市の主婦らによる市民団体「静岡放射能汚染測定室」(葵区安東)は8日、島田市が2月に行った震災がれきの試験焼却後、同市内5カ所から採取した松葉のうち4カ所で放射性セシウム濃度が上昇したと発表した。
 同測定室の馬場利子代表によると、京都大学大学院工学研究科の河野益近・教務職員(原子核工学)の協力で、ごみ処理施設から半径約6キロ以内の松葉を採取し測定。4カ所で試験焼却前の1キロあたり1・0~14・1ベクレルから同1・9~18・3ベクレルに上昇した。
 馬場代表は「試験焼却で放射性セシウムが排出された可能性が高い」と述べた。
 同市の放射能検査では焼却時の排ガス中から放射性物質は検出されず、灰の放射性セシウム濃度は放射性物質として扱わなくてよいとされる同100ベクレルを下回る同64ベクレルだった。【山本佳孝】


島田市セシウム濃度3割増えた 瓦礫焼却試験後市民が検査
(5月9日 とある原発の溶融貫通(メルトスルー))から抜粋

SBS TV(静岡放送)

島田市の震災がれき受け入れに反対する市民グループが今年2月の試験焼却で、焼却炉周辺の放射性セシウムの濃度が上がったと発表しました。調査したのは静岡市の主婦でつくる市民グループ「静岡放射能汚染測定室」などで、島田市と静岡市の市街地に植えられた松葉を採取し、試験焼却の前後で放射性セシウムの差を比較しました。

その結果焼却炉から500メートル離れた場所で3割増えるなど、4カ所でいずれも高くなっていたということです。会では震災がれきの広域処理によって放射能が拡散される恐れが強いとして、約1200人の署名と要望書を20日に環境省に提出するということです。


資料4島田市の試験焼却前後における松葉の放射能調査結果について
(2012/04/29 静岡放射能汚染測定室)

島田市の試験焼却前後おける松葉の放射能調査結果について から抜粋
2012/3/31
京都大学大学院・工学研究科
河野 益近

はじめに

島田市が2012 年2 月16 日、17 日の両日、福島第一原発事故の放射能を含んだ震災瓦礫(主に木材チップ)の試験焼却を行うと発表した。その発表を受けて、放射能の再拡散を懸念する市民グループが、試験焼却前後に焼却場周辺や島田市内(一部隣接市)の6 ヶ所とコントロール(比較対照)として静岡市内1 ヶ所で松葉を採取し、松葉に含まれる放射能の調査を行った。

私は松葉の採取方法のアドバイスと放射能の測定の分野でこの調査に協力させていただいた。ここでは、主として、焼却前後に採取された松葉に含まれる放射能について報告する。

1. 瓦礫の試験焼却の影響を示唆する点について

まず、震災瓦礫の試験焼却の影響が考えられる点について述べる。

№1 の放射能が、試験焼却後により高くなっている。増加の割合は、放射能量で約4.2 Bq/kg、比率で約130%となっている。試験焼却前でも他の採取場所に比べて放射性セシウムの放射能が高いことを考えると、焼却場で日常的に焼却されるゴミに含まれる放射能――静岡のゴミには量は少ないが福島からの放射能が含まれている(図.松葉による静岡県内の放射能測定結果)――が溜まりやすい場所だと考えられる。

№4、5 が焼却後に高くなっているが、同時期に採取された静岡市内の松葉の放射能も少し高くなっている。これは降雨による影響(降雨によって松葉の放射能の一部は洗い流されるが、その洗い流された放射能がより下方の葉に付着したり、また降雨自身に含まれる放射能が松葉に付着したりすることが考えられる)だと思われるが、№5 については焼却後の降雨前に採取した松葉の放射能もわずかであるが高くなっているので、降雨とは無関係に№5 の地点は試験焼却後の放射能が高かった可能性がある。また、比率で見ると静岡市内の増加は放射能量で約1.4 Bq/kg、比率で約120%であるのに対して№4 は約2.8 Bq/kg、180%、№5 は約2.6 Bq/kg、190%(降雨前は約1.5 Bq/kg、150%)となっており、静岡市内に比べて増加した量、割合ともに大きくなっている。

№2 は、放射能は約0.8 Bq/kg と増加した放射能量は少ないが、焼却前後の比は約180%になっている。

以上が震災瓦礫の焼却の影響を示唆する結果である。

結論

島田市の焼却施設は、ガス化・高温溶融一体型の炉で、燃焼・溶融帯の温度は1,000~1,800 度であり、『ごみ中の灰分、金属、セトモノ、ガラスなどの不燃物が高温で完全に溶融され、有害な重金属類は還元雰囲気の下、後段の排ガス処理にて捕集されるため高品質の溶融物が産出されます。溶融物は急冷後、スラグとメタルに分離され再利用されます。』と島田市HP に説明されている。このような高温で環境に飛散した放射性セシウムを(化学形態がどうあれ)焼却するとガス化して消失すると考えられる。少なくとも松葉を坩堝で燃やすと松葉に含まれる放射性セシウムは消失する。

さまざまな状況(焼却温度や焼却した放射能性セシウムの総量と灰に残っている放射能の総量など)を考えれば、ある割合で放射性セシウムが焼却場から環境へ放出されていると考えることができる。

島田市の焼却場から周辺に放出された放射性セシウムは、卓越風に乗り谷に沿って流れ、№1 の松葉を汚染し、その後島田市内を東の方向(№4, 5)へ向かったと考えることも出来るが、まだ推測の域を出るものではない。焼却が継続されるようであれば、継続した調査を行う必要があると考える。焼却される放射能の総量が多くなれば、環境に放出される放射能量も多くなるので、焼却の影響を明らかにすることができるであろう。

おわりに

環境に放出された放射性物質は、回収しない限り形を変えて何時までも環境に存在し続ける。事故などで放射性物質が環境に拡散すれば、環境から放射性物質を回収するのにエネルギーが必要になる。無駄なエネルギーを使って各地に拡散された放射性物質が環境を汚染すれば、汚染を環境から減らすには更にエネルギーを投入しなければならない。エネルギーの再投入がなければ、時間だけが頼りとなる。

放射線による被曝は、その被曝量に比例して影響があると考えて被曝管理をするのが現代科学の一般的な考え方である。したがって、福島第一原発からの放射性物質が少しでも回収され、あるいは人間の生活圏から遠ざけられない限り、広域への拡散という方法では日本に住む人全体への放射線被曝の影響を低減することはできない。

100 Bq/kg 以下というクリアランス・レベルはもともと原子炉を解体した際に生じるコンクリートや鉄骨などを再利用するために決められたものである。本来は低レベル放射性廃棄物として管理すべきものであるが、原子炉の解体という近未来の現実を考えたとき、その管理すべき低レベル放射性廃棄物の多さに困惑した結果として便宜上出てきた数値である。このクリアランス・レベル以下のコンクリートや鉄材は、そのまま、あるいは放射能の無いものと混ぜて使うことが想定されていたはずである。すなわち、環境に持ち込まれたとしても100 Bq/kg を超えるような放射能の濃縮はおこらない。

しかし、今問題になっている震災瓦礫については、焼却が前提となっており、その結果、濃縮などにより100 Bq/kg を超える放射能が灰などに残留し、最大8,000 Bq/kg のものが、埋め立て処理により大量に各地の環境に持ち込まれようとしている。

また、今回の島田市の松葉の調査結果は、焼却灰の処理だけではなく、震災瓦礫の焼却に伴って焼却場周辺の大気が放射能によって汚染する可能性についても考えなければならないことを示唆している。

放射能を含む瓦礫を、放射性物質を管理できない一般の焼却炉で焼却するという行為は、放射性物質を管理するという点からは、本来絶対に行ってはならないことである。

焼却可能な震災瓦礫(木材チップなど)や放射性物質を含む汚泥などは有機物を多く含むので、バイオ燃料の材料として使うことができる。バイオ燃料を作る過程で分離される放射性物質を回収すれば(そして回収された放射性物質を国が保管管理すれば)、瓦礫・汚泥の焼却によって放射性物質を再び環境に拡散させることはなくなる。現時点でバイオ燃料の製造が割高であっても、放射性物質の回収という観点から考えれば、補助金をだしたとても市民は納得するのではないだろうか。せめて、専用の焼却施設を建設してほしいものである。


試験焼却後に放射能濃度上昇
(2012-05-09 18:04 みらいの種)から抜粋

今日の東京新聞で昨日の記者会見のことが記事にされました。島田市での瓦礫焼却試験の前と後で松葉のセシウム濃度を測ったら130~190%もセシウム濃度が上がりました。この原因と考えられるのが、島田の焼却試験で漏れた10万ベクレルのセシウムです。セシウムの99.9%が除去できると環境省が豪語していたのに
実際には約40%がどこかにいってしまいました。このデータも一緒に発表したのですが、このことにはどこのメディアも触れることさえありませんでした。瓦礫の広域処理に不利になる情報なので、報道してもらえないようです。

宮城県がれき総量からセシウムだけで3兆ベクレル

宮城県がれき総量からセシウムだけで3兆ベクレル
(2012-05-13 脱原発の日のブログ)から抜粋

宮城県発表分の「災害廃棄物放射能濃度測定調査業務 報告書 平成 24 年 1月」の35~36ページにある「災害廃棄物全体の放射性セシウム濃度推計結果」
http://www.pref.miyagi.jp/shinsaihaitai/pdf/201201_housya01.pdf

こちらの資料から災害廃棄物1kgあたりに含まれる放射性セシウム134と137の平均値を見ていきますと以下の様になります。

気仙沼市 128 Bq/kg
南三陸町 103 Bq/kg
石巻市 116 Bq/kg
石巻牡鹿半島部 218 Bq/kg
東松島市 111 Bq/kg
塩竈市 92 Bq/kg
多賀城市 237 Bq/kg
七ヶ浜町 151 Bq/kg
名取市 183 Bq/kg
岩沼市 239 Bq/kg
亘理町 646 Bq/kg
山元町 993 Bq/kg

がれき総量からの計算をすると、セシウムだけで総量約 3兆ベクレルとのこと。

木質燃料のみといっても、5mm 未満細塵の濃度が高く、
それらの完全分離は無理です。
だから多賀城の木質燃料で不検出のものを焼いたら
2000ベクレル灰から出てくるのでは?

バグフィルターで完全除去を保証してるメーカーはありませんし
炉が汚染すれば炉自体が核施設となります。
炉には寿命がありますが、住宅地での核施設の解体は無理でしょう

なお、島田市は
試験焼却後に周辺の松葉の放射能濃度が上昇したという
記事が出ております。

米専門家、放射能汚染瓦礫の焼却問題について深刻な懸念を表明
http://merx.me/archives/11831

仙台赤十字病院呼吸器内科
東北大学臨床教授
岡山 博
2012年2月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
http://medg.jp/mt/2012/02/vol393.html
より抜粋

「人は一日中呼吸しているので、大気中に放射能などの有毒物質があれば、
を吸うと必ず吸気として吸い込んでしまいます。水に溶けない気体は
吸ってもほとんどすぐに呼気として吐き出されますが、水に溶ける気体は
気管支表面や一番奥の肺胞で体の水に溶け、血液に溶けて全身に広がり、
蓄積します。

直径が0.01mmより大きな粒子は、肺の一番奥の肺胞までは到達せず、
気管支表面の水に吸着し、その後、気管支表面の線毛運動によってベルト
コンベアの ように連続的にのどまで運び出されます。運ばれたものが
大きく硬い場合は痰として喀出されますが、ほとんどのものは少しずつ
連続的にのどまで運ばれるの で、気づかずに全て飲み込まれ、放射能の
ほとんど全部が腸で吸収されて全身に運ばれます。

0.01mmより小さい粒子は肺の一番奥の肺胞まで到達します。
肺胞は線毛運動が無いため、のどまで運んで捨てることはできません。
少しずつ溶けて全て血液に吸収され全身に運ばれます。
石の粉やアスベスト、プルトニウムなど、いつまでたっても溶けない
物質は何十年も肺の同じところに留まります。」

2012/05/11

日本最大級の活断層すぐ近くにある伊方原発 

こんなふうにして日本は、世界有数の地震国に54基も原発を建ててきた。

中央構造線(日本最大級の活断層)のすぐ近くにある伊方原発
(TBS報道の魂 2012.5/8 放映)

http://www.youtube.com/watch?v=PIyheeQ1X4Q&feature=share

【検証・伊方原発 問い直される活断層】 から抜粋・書き起こし

昔から地元の漁師の間では、海底に巨大な溝が走っていることが知られていました。

レポーター「こちらは、伊方原発の沖合い8kmの海上です。(魚群探知機を見ながら)水深がどんどん深くなってきました。一部分だけ水深が20mほど深くなっているのが確認できます。」

海底に眠るこの巨大な溝は、中央構造線の断層が過去に繰り返しずれたことを示しています。
高知大学の岡村眞教授は、1990年から伊方沖の海底を音波探査によって詳しく調査しました。
「これ、20mくらい落ちています。何回かの地震で落ちてきている。こんな巨大な断層は見たことなかった

岡村教授は、活断層によって引き起こされる地震の揺れが想定を大幅に上回る危険性があると指摘します。「活断層が巨大な災害をもたらすと(認識されたのは)阪神・淡路大震災以降ですよ。まだ17年ですよね。それから急激に観測体制とか、調査体制が国によって決められたんですけど、原発の設置自体はそれよりずっと前に、何にもほとんど分かってなかった時代にほとんどのところが造られてしまっていて・・・」

伊方原発が建設された際、沖合いの活断層についてどのような審査が行われたのか。取材を進めていくうちに審査に関わった専門家から重大な証言を得ることができました。
委員にしておきながら委員の意見を聞かない、ような報告書ができていた

1977年1月、伊方町に四国で初めてとなる原子の火が灯されました。こちらは、1号機が運転を開始した際に作られたPRビデオです。建設にあたって佐多岬半島全体の詳しい地質調査が行われ、原子炉などの重要な施設は固い岩盤の上に建てられたことが説明されています。(PRビデオ)「100mまでボーリングを行った。地震に耐える力などについても綿密に調査した結果、安定した地盤であることが確かめられた」

一方地元では、原発の建設に対し、激しい反対運動が起きていました。1973年、反対派の住民らが国を相手取り、1号機の設置許可取り消しを求める裁判を起こしました。この伊方訴訟は、地震によるメルトダウンの可能性にふれた国内初の裁判として、福島第一原発の事故のあと、改めて注目を集めています。

今年2月、東京の大学で原告側の弁護団長だった藤田一良弁護士の講演会が開かれました。
原発の規制の法体系の中では過去に大きな地震があったり、将来そういうことが起こる可能性がある所には造ってはいけないことになっている。伊方の沖は危ない

藤田弁護士は、法廷で科学的な議論を行い、国の安全審査を検証しようと考えました。
しかし、「議事録を出して下さい、委員会の。そしたら、どういう議論が積み重ねられてOKが出たか(分かる)本当にひどいですね。安全審査委員会に議事録がない。一人だけしか出席していない委員会がある。これ、会議ですか?」

不透明な国の安全審査に対し、原告住民を支援する若手の研究者たちが独自の検証を始めました。研究者たちが発行した『週刊伊方ノート』には地震と原発事故による複合災害のリスクが度々取り上げられています。伊方ノートの中で、中央構造線を最も重要なテーマと指摘したのは荻野晃也さんです。当時、京都大学原子核工学教室の助手を務めていました。荻野さんの研究室には、国などから巨額の研究費が投入されていて、国策に異を唱えることは『原子力ムラ』での孤立を意味していました。

教室が(原発)推進だということは、お金がものすごく裕福だった。それで、研究費がいろいろなかたちでたくさんくる。そして『お前は反対運動をして、自分の好きな研究をやっている、原子核物理学を。お前はヒルのような人間だ』と言われたことがあります。」

裁判で荻野さんたちは、地震による配管の損傷などで原子炉を冷却できなくなる恐れがあると警告しました。
「地震が起きれば配管が破断する。蒸気発生器細管も破断する。電源の送電もだめ。複数破断が起きる。それを考えていない。リアルな事故を考えていない。典型例が地震なんです。」

こちらは、伊方原発1号機の設置申請に対し、国が行った安全審査の報告書です。過去1200年の記録を調べた結果、敷地周辺で地震によって建物に被害が出た例はほとんどないと記されています。中央構造線の活断層についての検討結果は、一切示されていません。

裁判で国側の証人は「調査の結果、伊方周辺の中央構造線が明らかな活断層であるという証拠はない」と証言しました。私たちは安全審査で、地震分野の調査を担当した専門家に取材を申し込みました。このうち活断層研究の権威として名高い東京大学の松田時彦名誉教授が重い口を開きました。

会としては『調査の結果、断層ではないことが分かった』なんてことはなかった。専門家は全員『やっぱりあったじゃないの』と言っていた。驚くべき偽証ですよね

松田氏は、審査の会合で、伊方沖の活断層について、危険性を繰り返し指摘したにもかかわらず、報告書に反映されなかったと憤ります。「意見だけ聞いて『分かった分かったご苦労さん』で、委員にしておきながら、委員の意見を聞かないような報告書ができていたんですね」

安全審査に関わった専門家の重大証言。
さらに、四国電力の説明も裁判で国が主張した内容と大きく食い違います。

四国電力担当者「当時から中央構造線の一部が伊方沖まで続いているだろうと言われておりました・・・」

Q,建設当時から伊方沖の活断層は想定していた?
四国電力担当者「はい、そういうことになります」

専門家や四国電力が活断層の存在を把握していたにもかかわらず、なぜか国の安全審査では考慮しなくてよい、とされていました。

判決は、住民側の全面敗訴

*********以下、省略*********

この番組は、今の日本において「大スクープ」だと思う。タイトル通り「報道の魂」を感じる。こうした国の姿勢、そして、国策に追従する司法(裁判官)の問題にも目を向ける必要がある。

ぜひ、多くの人に見てほしい。そして、見た方、ひとり一人が「メディア」となって、このことを拡散してほしい。

ドキュメンタリー映画 市民が電力会社をつくった物語 

5月20日~26日に福岡県赤村で開催される「日本一ゆっくりなアースデイ」で、興味深いドイツ映画「シェーナウの想い」が上映されます。この映画は、市民が電力会社をつくって脱原発の流れを加速させた「歴史的な出来事」のドキュメンタリーですが、この映画の舞台になった南ドイツのシェーナウ市を俳優の時任三郎さんが訪問したNHK番組がyoutubeにアップされています。13分でよくまとまっています。

http://www.youtube.com/watch?v=8WknCBjM0fw

キミたちの未来 僕たちの選択〜時任三郎 世界エネルギーの旅〜
(2012年4月30日放送 NHK総合)「TVでた蔵(TV DATA ZOO)」から抜粋

嫌われ者だった強い風を電気に変えて自然エネルギーの道を切り開いたデンマーク、原発の力はいらないというドイツの小さな町で起こった物語、放射性廃棄物を永久に閉じ込める世界で初めての挑戦を続けているフィンランドという、エネルギーの未来を変えた3つの国に迫る。

時任三郎 エネルギーの旅
ドイツ

ドイツは、2022年までに全ての原子力発電を止めると宣言。時任三郎は、南ドイツのシェーナウ市に住むウースラ・スラーデクさんを訪ねた。この町では、電力の40%を住民が発電。このような町になるきっかけを作ったのがスラーデクさんだった。

26年前のチェルノブイリ原発事故を受け、スラーデクさんは1986年に「原発のない未来のための親の会」を発足。専門家を町に招いてエネルギーについて猛勉強し、どうしたら原発をやめられるのか考えた。最初にまず、原発をやめるために節電を呼びかけ、1年間で一番電気を節約した人にはイタリア旅行が当たるといった企画を実施した。この節電競争により、町は10%の節電に成功。

しかし、こうした活動がある人たちを怒らせ、スラーデクさんは嫌われ者となってしまった。その人たちとは、南ドイツの電力会社の人たち。「営業妨害だ」と非難されたという。当時ドイツの電力会社は独占企業だった。それを受け、ある日スラーデクさんは自分達の電力会社を作って運営しようと考えた。

1995年、電力会社設立についてシェーナウ市で住民投票を行い、市民の半分以上がスラーデクさんの意見に賛成した。しかし大きな問題があり、会社を始めるには電気を送る送電線を電力会社から買い取る必要があった。そこでドイツ全国から出資金を募り、1997年にシェーナウ電力を設立した。

スラーデクさんらの活動は全国に広まり、今では電力会社を選べる暮らしが当たり前となった。シェーナウ電力は自然エネルギー専門の電力会社であり、料金は1割ほど高いが全国から申し込みがあるという。福島の原発事故以来、自然エネルギーで暮らしたいという人が増えたとのこと。今ではドイツ全国の13万軒に電気を送っている。

時任三郎 エネルギーの旅
デンマーク

住民6万5000人のデンマーク・ロラン島は、電気を風の力で作っており自然エネルギー100%の島となっている。この島で嫌われていたのは“強い風”。この風を、暮らしに役立つ電気に変えた。風車ひとつで200軒分の電気をつくっている。

40年前、ここに原子力発電所をつくる計画が持ち上がった。デンマーク政府はすぐに建設を決めず、本当に原発が必要なのか3年間国民全員で考えることにした。原発について学び、結果全国各地で建設反対運動が起こった。1985年、デンマーク議会は原発計画の放棄を決定。しかし、原発をたよらずどのように電気を作るのかが問題とった。そこでこの“強い風”に目をつけた経済学者のプリベン・メゴーさんが、風力こそが原子力発電にとってかわると言い、風力を電気に変える挑戦が始まった。デンマークは、2050年までに国全体を100%自然エネルギーにすることを決めている。

時任三郎 エネルギーの旅
フィンランド

現在も原発を作り続けているフィンランドでは、核のゴミを処分する施設を作っている。国内最大の原子力発電所・オルキルオト原子力発電所では、全長5kmのトンネルを作り、地下400mを超える場所に核廃棄物を埋めるというゴミ捨て場を作っている。世界でこんな場所はどこにもなく、なぜフィンランドでは作っているのか情報管理部長のティモ・セッパラさんに聞くと、「使用済み核燃料は、現在原子炉建屋と倉庫に保管している。40年かけて冷やしたあとも、放射性物質を処分する必要がある」と語った。頑丈な鉄の容器に入れ、さらに腐食しにくい銅の容器に入れて埋めるという。

時任三郎が最終処分処分予定地まで行くことを許され、「オンカロ」と呼ばれる処分場まで現場のエンジニアに同行。現場では使用済み燃料の入ったカプセルを埋めたときのことも調査しており、試験用の穴を見せてもらった。核廃棄物がどれだけ出るのかはまだはっきりしていないが、原発から出た120年分の廃棄物をしょりすることになるという。

実際にカプセルを埋める際、人間が近づいて作業をすることができない。穴へ埋める作業などは、ロボットや遠隔操作で行う予定。またこの「オンカロ」が目指しているのは、核廃棄物を放射能の害がなくなる未来まで完全に閉じ込めておくこと。その年数は25万年といわれている。

トンネルを進み、実際に核が埋められる核のゴミ捨て場を視察。「100%安全だと思えるところまでいけると思うか?」という質問に、同行したエンジニアは「100%に近づけるしかない」と語った。

「オンカロ」や原発から10kmの場所には、人口6000人ほどのエウラヨキ市がある。原発が出来て30年が経ち、今では原発で働く人たちの町となった。議会でおよそ2/3が建設に賛成し、原発が建設されたがぎりぎりまで悩んだ人も多かった。当時町の議員だったユハ・ヤーッコラさんは最終的に「オンカロ」の建設を認めたが、その理由は「原子力発電を作り続けてきた世代みんなの責任」だという考えからだという。


シェーナウの想い(2008年/ドイツ/60分)

シェーナウの想い  監督:フランク=ディーチェ / ヴェルナー=キーファー
2008年/ドイツ/60分

 この映画は、ドイツ南西部、黒い森の中にある小さなまちシェーナウ市の住民グループが、チェルノブイリ原発事故をきっかけに「自然エネルギー社会を子どもたちに」という想いから、ドイツ史上初の「市民の市民による市民のための」電力供給会社を誕生させるまでの軌跡を綴るドキュメンタリーです。

<ストーリー>
ドイツ南西部にあるシェーナウ市。2500人の小さなまち。チェルノブイリ原発事故の影響は、ここシェーナウ市にもおよびました。そこでシェーナウ市の親たち数人が子どもたちを守るため「原子力のない未来のための親の会」(親の会)を結成しました。
まず始めたのが、街中に放射能から身を守るための情報を発信する情報スタンドを設置することでした。また原発依存から脱却するためには、エネルギー使用の意識変化も重要であると考え「節電キャンペーン」や「節電コンテスト」を行いました。 
さらに住民グループは、シェーナウ市と独占的に契約を結んでいたラインフェルデン電力会社(KWR)に対し、原発に頼らない電力供給、エコ電力の買い取り価格の引き上げ、そして節電を促すために基本料金を引き下げ使用料金を引き上げる比例料金制度を提案しますが、冷たくあしらわれてしまいます。
そこで住民グループ(親の会)は「それなら自分たちで電力会社をつくってしまおう!」と立ち上がり、シェーナウ電力会社(EWS:Elektrizitätswerke Schönau)を発足させます。
彼らはKWRを相手に2度にわたる住民投票を勝ち抜き、シェーナウ市の電力供給の認可を勝ち取ります。しかし、電力供給を実現するためには、当時KWRが所有していた電力網を買い取る必要がありました。
シェーナウ市との電力供給契約を失ったKWRは、この電力網の引き継ぎにあたって不当なまでに多額の価格を提示します。それでも住民グループは諦めませんでした。社会目的に積極的に融資をするGLS銀行や広告会社の無償の協力、さらには人々の善意の寄付のおかげで無事電力網を手にするに至りました。
1997年、EWSは念願の電力供給を開始します。チェルノブイリ事故をきっかけにした親の会の発足から、操業に至るまで実に10年もの歳月が流れていました。
苦労も喜びも分かち合い、皆で共に支えあい、励ましあい、そして時には息抜きもしながら、EWSで働く人たちは、今日もドイツにいるたくさんの人たちに原発に頼ることのない自然エネルギーをメインとしたエコ電力を供給しています。

<伝えたいメッセージ>
EWSが操業をはじめた翌年の1998年に、ドイツは電力事業の全面自由化にふみきりました。これにより、ドイツ国民はどこに住んでいても自由に電力会社を選択できるようになりました。
かつて独占企業であったKWRがその地位を奪われたように、EWSにとっても自由化は、シェーナウ市の顧客流出という危機をもたらすかに思えました。しかし「原発に一切頼らない自然エネルギーをメインとした電力供給」というEWSの一貫した企業理念は、多くのドイツ国民の支持を得て、顧客数は毎年増加の一途を続け、2012年現在ではドイツ全土で約11万人の顧客を抱えるまでに成長しています。
今では電力会社として不動の地位を確立するに至ったEWSですが、その挑戦はまだまだ続きます。親の会の中心メンバーであり、EWSの経営責任者であるウルズラ・スラーデック女史は、映画の終盤において次の言葉を残しています。
「一番の願いは、世界中から原発がなくなること。二つ目の願いは、早急な自然エネルギー社会への転換。そして三つ目の願いは、世界中の人たちに電力が公平にいき渡ること。」
2011年、スラーデック女史は、祖国ドイツに自然エネルギー社会への転換を促す大きな一助を果たしたとして、環境保護における草の根運動で偉業を成し遂げた人に贈られ、その権威の高さから環境のノーベル賞とも称される「ゴールドマン環境賞」を授賞しました。
スラーデック女史たちの活動がそうであったように、よりよい社会への第一歩は、まちの住民たちが集い、共に考え、話し合うことから始まるのかもしれません。
この映画の上映会が、未曾有の環境問題に直面した日本において、少しでも多くの人たちに希望ある社会をめざすための一歩を踏み出す勇気と力になりますことを心から願ってやみません。
    2012年2月
     自然エネルギー社会をめざすネットワーク

原発再稼働 7割超が「立地自治体以外も同意必要」

川内原発再稼働 7割超が「立地自治体以外も同意必要」
(2012 04/22 南日本新聞)

 南日本新聞は13~15日、九州電力川内原子力発電所(薩摩川内市)の再稼働について、鹿児島県内で世論調査を実施した。国が再稼働に理解を求める地域として、立地自治体の「県と薩摩川内市だけでよい」と答えたのは、6.6%と1割に満たず、7割超が立地自治体以外の理解も必要と考えていることが分かった。福島第1原発事故で放射性物質が広範囲に拡散したのを受け、周辺住民が被害拡大の可能性を懸念している現状が浮き彫りになった。調査には1006人が回答した。
 調査は(1)川内原発再稼働に賛成か反対か(2)それぞれを選んだ理由(複数回答)(3)国の再稼働判断に、どの範囲の地域の理解が必要か―の3点を聞いた。
 (3)の質問に対し、37.7%が「県外を含む希望するすべての自治体」、33.4%が「同原発30キロ圏内の自治体」と回答。15.8%は、「地元を設定するのはおかしい」と答えた。

原発自殺も災害関連死 双葉町村会・南相馬市、異例の認定

原発自殺も災害関連死 双葉町村会・南相馬市、異例の認定
(2012年05月10日 河北新報)

 福島県双葉地方8町村でつくる町村会と南相馬市が、福島第1原発事故が引き金になって自殺した人を「災害関連死」と認定したことが9日、河北新報の取材で分かった。

 災害関連死は、原則的に自然災害を原因とする死亡に限られる。関連死と認めた場合に市町村が遺族に支給する災害弔慰金も、故意の死亡は対象外とする自治体が多い。そうした中、原発事故による自殺を災害関連死と認めた今回の判断は、関連死認定の在り方に一石を投じそうだ。

 これまでに双葉地方町村会は381件、南相馬市は295件の災害関連死をそれぞれ認めた。このうち原発事故自殺の認定は「複数ある」(町村会)、「ある」(南相馬市)としている。件数は両者とも明らかにしていない。
 福島県内では東日本大震災後、双葉地方町村会と南相馬市、いわき市、相馬市、鏡石町、飯舘村が関連死に当たるかどうかを判定する審査機関を設置した。取材に対し、いわき市と相馬市、鏡石町は原発事故による自殺の関連死認定はないと回答し、飯舘村は有無も含め回答しなかった。

 東京電力は「事故と自殺に相当因果関係が認められる場合、適切に賠償する」としているが、自殺自体は直接の賠償対象でなく、相当因果関係の判断基準も不明確だ。
 災害弔慰金は生計維持者が死亡した場合は500万円、それ以外は250万円が遺族に支払われる。原発事故による自殺を災害関連死と認め、弔慰金支給に道を開く判断は、遺族の生活支援の点でも意義は大きい。

 復興庁が4月下旬に公表した東日本大震災の関連死者数(3月末現在)によると、福島県での関連死総数は764人。

[災害関連死] 災害直後のショック死や、避難生活など環境の変化によるストレスや体調悪化が原因の死亡。災害に起因する自殺も含む。1995年の阪神大震災を機に生まれた概念とされ、災害が原因の直接死と区別される。関連死の判定は市町村が行い、認定されれば災害弔慰金の支給対象となる。認定基準は明確でなく、国は2004年の新潟県中越地震で長岡市が作成した基準を参考情報として示している。

2012年05月10日木曜日

2012/05/10

福島県人に基本的人権はあるのでしょうか?

神田香織(講談師):なにより悔しいのは、その後の処理の仕方です。
「再稼動反対大規模集団ハンガーストライキ実施記者会見」4/17(内容書き出し)

(みんな楽しくHappyがいい)から抜粋

福島県いわき市出身、講談師の神田香織と申します
26年前から「はだしのゲン」のマンガを講談にして語ってまいりました。
26年前、チェルノブイリの原発事故がありました。
その時からチェルノブイリの講談も私のテーマになりまして、
10年前からチェルノブイリの講談を語り続けております

そして、去年故郷があのような事故にあってしまいまして、
もう、悔しくて悔しくてたまりません。
なにより悔しいのは、その後の処理の仕方です。

日本は、「あれは共産国ソ連の事だから事故が起きたんだ」と言いますが、
そのあと、むこうは子どもたちを逃がす事をいたしました。
大勢の人達を、たとえ銃を突き付けてもいいから、
最も危ないところからはすぐにバス1000台、即座に乗せて逃がしました。

ところが日本はそういう事をしてくれませんでした。
それどころか、未だに子どもたちに被ばくをさせて平気なんです。

そして今日警戒区域が解除になったと、
あんなにいつ4号炉がどうなるか分からないようなところに人々を戻しているんです。
しかも、水道も出なければ電気も通らない。
お店もなければ仕事もない。
そういうところに、戻らせて、帰還させているんです。

これが人間の仕業でしょうか?

5月3日は憲法記念日でございます。
福島県人に基本的人権はあるのでしょうか?

住むところも、子どもの命も、
それから寝るところも、
全ての人権がこのようにないがしろにされて、
それでもまだ原発を動かそうとするこの国の在り方!
これは非常に許せるものではありません。

「わたしが生きてきた90年でね、こんな悪い時代はなかった」

原発再稼働に反対する作家の瀬戸内寂聴さんの言葉

「わたしが生きてきた90年でね、こんな悪い時代はなかった」
瀬戸内寂聴さん・モーニングバード5/3(書きだし)

(2012年5月3日 テレビ朝日モーニングバード)

瀬戸内寂聴さんのインタビュー内容

誰かに任せておいてどうしてなくなるんですか?
それはもう、自分たちでなくそうと努力しなければなくなりません。
だって、なくしたくない人たちもいるんだから、その利益のためにね。
だから私たちは悪いと思ったらですね、それはやっぱりね、自分たちで闘って
不必要なものはなくさないといけないです。

 ―昨日作家の瀬戸内寂聴さんらが参加したのは関西電力の大飯原発再稼働に反対するハンガーストライキ。

体なんていたわっていたらこんなことできませんよ。

 ―寂聴さんは午前9時過ぎから夕方まで、経済産業省前に座り込み、政府を痛烈に批判しました。

日本は原爆を2度受けてて、
わたしが生きてきた90年でね、こんな悪い時代はなかった、って言っているの。

戦争中の方がね、まだ、ましでしたよね。

恐ろしい国ですよ
滅びつつありますよ
これから生きていくね、若い人とかね、
子どもたち、生まれてくる子はどうするんですか?と、
どうやってそれをね、平気で恐ろしい国に渡せるんですか?

だから、それはとてもね、今悪い状態ですね。

それをどうして政治家が感じないのかがね、本当に鈍いと思いますね。
だって今の政府が再稼働をしようとしているんでしょ?

ドジョウはそんなことしませんよ。
本当のドジョウは。

もう、政府がけしからんと思っています。

国民が原発事故がどれだけ怖いかまだ自覚していない。
再稼働しようとしている政府も悪いが、その人たちを選んだのは我々国民。
我々にも責任がある。


原発は違憲 心穏やかに生きる権利守れ  希望持てる未来を

(5月3日 風の便り)から抜粋

「若い世代が希望持てる未来を」 寂聴さん 脱原発ハンスト
(2012年5月3日 東京新聞朝刊)

 作家の瀬戸内寂聴さん(89)らは二日、東京・霞が関の経済産業省前で、関西電力大飯原発(福井県おおい町)の再稼働に反対する市民らが続けている集団ハンストに参加。雨が降る中、テントに入り、午後になっても座り込みを決行した。

 参加したのは、寂聴さんと作家の沢地久枝さん(81)、ルポライターの鎌田慧さん(73)。午後から作家の落合恵子さん(67)も加わり、再稼働反対を訴えた。

 寂聴さんは「態度がはっきりせず長いものに巻かれがちな日本人が多い中で、再稼働が進みそうで怖い」と話し、「もっと若い世代が希望を持てる未来を」と、脱原発への政策転換を訴えた。

 昨年、体調を崩しながらも全国で一千万人の脱原発署名を集める運動に参加し、集会にも足を運んできた沢地さんは「民主主義とは主体的に考え行動すること。脱原発への思いがあれば、まずは署名することから行動してほしい」と呼びかけた。

 また、落合さんは「原発は人の命や子どもの未来に対するテロ。政府が再稼働を焦っている今こそ、ひるまず、ぶれずに異議を唱えよう」と語った。

 ハンストをしていた一人で「原発いらない福島の女たち」の椎名千恵子さん(65)は「著名な作家の方々が参加してくれたことで、脱原発の意識をぼんやり抱いていた人たちが、思いを少しでも行動に結びつけてくれたら」と歓迎した。


ノーベル文学賞作家の大江健三郎さん(77)
次の世代が生きる道をふさいではいけない

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