2012/02/03

「考・原発 私の視点」 原田正純

考・原発 私の視点 原田正純 
(2012年2月3日 西日本新聞)から抜粋 

「原発推進」の国策が招いた福島第一原発事故と、公害の原点とされる水俣病。産業優先のひずみを地方に押しつけ、自然環境や罪のない人が被害を受けた点で、この二つの類似性を指摘する声がある。

「確かに共通点はある。明らかな人災で、非常に広範な人が影響を受け、地域社会が破壊されたことなどだ。しかし、安易に似ていると見てはいけない。水俣病が公式確認から半世紀を経ても解決しないのは行政や企業の怠慢。放射能汚染の問題は違う。事故が起きた以上、これから100%の対策を講じても、放射線の影響は20年、30年先に及び、長期にわたり解決できない。そもそも放射線の影響についての医学的知見はわずか。将来、がんになっても、原発事故の放射線によるものかどうか判定できない」

「原発が本当に安全なのなら、わざわざ過疎地に造らず、送電コストがかからない都会の真ん中に造ればいい。しかし水俣病は都会では起きず、原発は大都市にはない。公害は社会的、政治的に弱い人たちに集中する。世界の公害の現場を見て思うのは、そういう差別の構造が常にあるということだ」

原発の「安全神話」をつくり上げた原子力ムラと呼ばれる専門家集団。水俣病の原因をめぐっても、熊本大研究班の有機水銀説を否定する企業寄りと取れる学説も出てきて、被害が拡大する一因になった。

「学者の存在が問われている。原発について推進、反対、いろんな意見があっていい。そうした人たちが公平に議論する場が保障されるのがアカデミズムであり、成熟した民主国家だ。全国の国立大が推進派だけを優遇し、反対派を冷遇しているのなら大学として機能していない」

「事故後、多くの学者が『想定外』と言っていた。これは、自分が無能だと言っているようなものだ。ずっと原発反対を言ってきた学者もいるが、そうした人たちは大学などで偉い地位になっていない。水俣病問題と比べてもあまりに露骨だ。原発を推進したのは電力会社と国。巨大さと権力の大きさが水俣病の原因企業のチッソとは全然違うということだろう」

研究分野の枠を超えて多角的に水俣病を検証しようと、2002年、熊本学園大に「水俣学」を開講した。原発事故を機に「水俣学」から得られる教訓に注目が集まる。

「放射性物質を海に流せば拡散して薄まるから大丈夫という学者がいる。とんでもない。海で薄まった毒が食物連鎖で濃縮され水俣病が発生した。有機水銀と放射性物質の違いがあるとはいえ、都合が良すぎる。水俣病から何を学んだのか、と言いたい」

「学問の壁を取り払うことも重要だ。ある地震学者は『なぜ原発に関心が向かなかったのか』と後悔していた。専門的だからと議論を学者任せにしてはいけない。市民に分からないような議論を専門家にさせてもいけない。どこに問題があったのか、未来に対してどうしたらいいのか、一つ一つ解明していくことが大事だ」

医師 原田正純さん
はらだ・まさずみ 熊本大大学院の学生時代に水俣病と出会い、一貫して患者側に立ち診断と研究を行う。熊大助教授、熊本学園大教授など歴任。鹿児島県出身。77歳。



「健康調査」が「被害はなかった」という言い訳に使われないよう
(2011/09/10 福島大学安全安心な教育環境をめざす保護者の会)から抜粋

9月8日東京新聞24,25面 こちら特報部の記事「原発事故 水俣病に学べ・原田正純医師に聞く」という記事があります。

水俣病の発見と治療に尽力された原田医師はこの中で、原発事故を『人為的に引き起こされた広大な環境汚染、科学技術への過信、国策と企業の利益が優先され、住民が切り捨てられてきたこと』と水俣病と原発事故の共通点に思いを馳せています。

しかし、『原発の推進が国家そのものであり、その圧力は水俣病の比ではないだろう』、また『原発被害は水俣病よりはるかにやっかいだ。水俣病には手足の感覚障害など特徴的な症状がある。しかし、放射性物質によるがんなどの発症は他の原因による場合特別が付きにくい・・・』となどと指摘しています。

そして、『被害の認定をする機関は医者だけで構成してはだめだ。住民代表を入れる必要がある。』と訴えています。「日本の水俣病では、専門委員会は医師ばかりで構成された。複数の症状がなければ認定せず、地域や出生時期で線引きすることで患者を切り捨てた。一方カナダの水俣病では認定機関は医師以外に法律家や被害者代表たちも参加している」そうです。

25面には

「水俣病では健康調査が遅れ、被害が拡大した。今回福島県はすでに県民健康調査に着手している。原田医師は『初期に健康調査をやるのはいい。だが”被害は無かった”という行政の言い訳に使われてはならない』と注意を促す。『住民の不安を取り除く』目的で調査をすると、被害の過小評価につながりかねないからだという。原田医師は住民の長期的な健康管理や体調の異変に対応できる恒久的な窓口の設置が不可欠と説く一方、『調査が新たな差別を生まないようにしなければ』とも話す。『将来起こりうる差別にどういう手だてを講じるのか。政治家を中心に全力で考えないと。」とも書かれています。

「考・原発 私の視点」 梅原猛

「考・原発 私の視点」 梅原猛
(2012年2月2日 西日本新聞)から抜粋 

福島第一原発事故で広大な国土が放射能で汚染され、多くの住民が古里を追われた。事故前の日々には戻れない。日本や日本人が目指してきたものに、どこか間違いがあったのか。

「地震、津波は天災だが、原発事故は『文明災』だ。絶対安心と言って原発を推進してきた政府や東京電力の責任は重いが、それだけでは済まない。世界の文明国は、多かれ少なかれ原子力発電にエネルギーを頼っている。そうした私たちの文明が否定されている」

「人類は最初は木を燃やしてエネルギーを得た。その後、石炭、石油を手に入れた。いずれも太陽の恩恵を受けた動植物が起源である。そして原子力からエネルギーを引き出す技術を発明した。生活を豊かにするためという近代西洋文明の必然の要求だったと思う。しかし、それは悪魔のエネルギーだったことが明らかになった。原発の再稼動はとんでもないことだ」

科学技術の進歩で、人類は豊かさを享受してきた。原発を放棄すれば、経済成長できなくなるとの指摘もある。

「国は核融合研究に多額の予算を費やしてきた。地球上に太陽をつくる研究。でもそれは人間の分を越えた研究だ。原発、原爆も核エネルギーに頼る悪魔の科学が生んだもの。やはり太陽を地球につくるのではなく、太陽の恩恵をより多く受ける科学へとシフトするべきだ」

「今の日本人の生活は結構、豊かで、これで十分ではないか。この生活が末永く続くことが重要だ。そのためには考え方を変え、欲望を満たすことのみを優先させるような思想、文明を捨てなければならない。生活水準を2割抑えれば、原発を使わなくて済む。それを5年か10年続ければ、必要な電力が十分に賄える自然エネルギーが必ず開発される。必要は発明の母。すでに各企業は開発に乗り出しているはずだ」

それまで漠然と考えていた西洋哲学への批判が、東日本大震災で明確になった。政府の「復興構想会議」の特別顧問に就任する一方、エネルギー問題についても哲学の視点から積極的に発言する。

「問われているのは世界観の問題だ。西洋文明は、人間が自然を征服すればするほど幸せになるという思想で、科学技術文明を生み出した。しかし、その文明のままでは、人類の滅亡につながる環境破壊や戦争がある。今こそ西洋文明への忠告を、非西洋側から出すべきだ。日本にはもともと、草木や動物、鉱物も含めた森羅万象が仏になれるとする『草木国土悉皆成仏』という仏教の思想がある。自然の恐ろしさを知り、敬い、共存をはかる思想こそが人類存続の道との思いを強くしている。西洋側も、特に日本的原理に基づくこうした健全な哲学が出てくるのを待っている」

「国は自然エネルギーの研究に予算をつぎ込み、世界の緑を増やすような環境先進国を国是とするべきだ。日本発の哲学を世界に広め、技術も日本が主導すれば、世界から尊敬も受け、利益も得られる。日本人が自信を持てば、それは可能だ」

哲学者 梅原猛さん
うめはら・たけし 京都市立芸術大学長、国際日本文化研究センター所長、日本ペンクラブ会長などを歴任。1999年に文化勲章受賞。宮城県出身。86歳。

2012/02/02

【いのちの映画祭】 最初のゲストは、映画監督 てんつくマン

★いのちの映画祭 最初のゲストは、映画監督 てんつくマン

「いのちの映画祭」の記念すべき第一回(2月5日福岡市)のゲストとして、映画監督であり、「路上詩人」でもある「てんつくマン」が来てくれる。


てんつくマンの本『天国はつくるもの ―天使と戦士に贈る詩― 』から抜粋

数年前に書いていた映画の脚本を手直しするために、一人で合宿をしました。
その時、自分に何度も問いかけました。
「なんのために映画を創りたいのだ?」
僕の答えは、「世の中を変えたい、変えるきっかけになるような映画を創りたい」でした。
そう確認できた時、今まで自分が書いていた脚本ではないということがわかりました。

「映画ができたことによって、世の中が今よりもハッピーになること!」
僕は“「ペイ・フォワード」という映画を観た時に、これだと思ったのです。
その映画は、「世の中はクソ」だと思っている少年が、担任の先生に「自分の力で世の中を変える」というテーマを与えられ、ペイ・フォワード(恩を先に送る)というゲームを考える。自分が3人のために力を貸す。そしてその3人に「僕に恩を返すのではなく、あなたが違う3人の力になってあげて」と伝える。そして、その3人がさらに違う3人の力になり、どんどん広がっていく”という話でした。

この映画を観た時、感動しました。そしてみんなに広めたのです。この映画が広まれば、世の中は変わると思ったから。しかし、映画を観たある人がこんなことを言いました。
「あれは映画やからな、あれは作り物やから」

否定の中には、未来へのヒントが隠されている。
そうか、作り物は作り物としてしか、捉えられないこともあるのか。
そして、決心しました。
「ドキュメンタリー映画を創ろう。実際にペイ・フォワードしてしまおう」

今まで、自分の脚本に惚れて応援してくれた人には、本当に申し訳ないと思ったけど、僕はドキュメンタリーを選びました。

映画のタイトルはそのまま。
「107+1 天国はつくるもの」
しかし、自分の名前を変えました。
「軌保博光」から、天国をつくる男「てんつくマン」に。

映画の内容は・・・環境問題なんて知らん奴が、環境問題に取り組み、ボランティアなんてやったことない奴ばっかりが、寒さで亡くなっているアフガンのチビッコたちのために・・・

すべてに共通するテーマは、「命」。
命を大切にするってどういうことなんやろう?
自分の命を活かすってどういうことなにゃろう?
という、人間としての原点をテーマにしました。

冒頭は、赤ちゃんの出産シーンです。

・・・『天国はつくるもの ―天使と戦士に贈る詩― 』からの引用はここまで・・・

今回、いのちの映画祭で上映する『107+1 天国はつくるもの Part2』も冒頭は、出産から始まります。
みなさん、ぜひ、この映画を観て下さい。そして、てんつくマンの話を聞きに来て下さい。

【いのちの映画祭】 てんつくマンとの対談から生まれた 「号外」
 

【いのちの映画祭】 てんつくマンとの対談から生まれた 「号外」

★いのちの映画祭 最初のゲストは、映画監督 てんつくマン

「いのちの映画祭」の記念すべき第一回(2月5日福岡市)のゲストとして、映画監督であり、「路上詩人」でもある「てんつくマン」が来てくれる。彼との出会いは、2006年に遡る。その日私は、元お笑い芸人で、映画監督であり、「路上詩人」という謎の肩書きをもつ人物と対談するために、福岡から特急電車に乗って、鹿児島の会場に向かっていた。

ところが、めったにない豪雨によって、大分から宮崎に向かう途中で線路が水没し、電車が止まってしまった。田舎町でタクシーもすぐに手配できず、対談を企画した人に連絡した。「対談の時間までに間に合わないので、対談を中止にしてほしい」と。しかし、その人は「遅れてもいいので、とにかく会場まで来て下さい。中止にするかどうかは、会場のお客さんに決めてもらいます」といった返答だった。

対談の予定時間から2時間ほど遅れて、「対談は中止になってるだろう」と思いながら会場に到着したら、なんと会場は満席で、拍手で出迎えてくれた。そんな奇跡的な出来事があったため、私はその日、話す予定にしていなかった青森県六ヶ所村の「核燃料再処理工場」の話をし始めた。「今日はこんな話をしてほしい」と言われていたことだけでなく、「自分が話したいこと」を話すことにしたのです。

「今日は、地球温暖化を防ぐための話をしていますが、今、日本で大変な問題が進行しています。『地球温暖化を防ぐために原発を推進しなければならない』という政治家がたくさんいますが、彼らは原発が抱えている様々な問題―燃料であるウランを掘る段階から環境破壊と放射能汚染を広げている問題に始まり、原発周辺での病気の増加、「被曝労働」や「温排水」の問題、そして、最後の「放射性廃棄物」の問題をよく知らないまま原発を推進しています。

それに加えて、今、大問題が進行しています。それは、青森県六ヶ所村の「核燃料再処理工場」の問題です。私は、1990年からチェルノブイリ原発事故の被害者の医療支援に関わり、ベラルーシやウクライナを何度も訪問して、病院に薬や医療機器を届ける活動のなかで、病気に苦しむ人々の様子を目の当たりにしてきました。特に、放射能汚染地の子どもたちに病気が増えていて、子どもが親よりも先に亡くなるという悲劇があちこちで起きている事実を知り、原発の本当の恐ろしさを身にしみて感じてきました。

そんな体験をしてきた者の責任として、核燃料再処理工場が日常的に放出する放射能の問題を見過ごすことができません。

もしも今、地震などによって原発事故を起こり、放射能が放出されたら、大変な大騒ぎになります。避難が必要になります。ところが、再処理工場は、事故を起こさなくても大量の放射能を日常的に放出するのです。その量は、原発から日常的に「漏れている」放射能の300倍から400倍にもなります。そのため、「再処理工場は、原発が1年間で放出する放射能を1日で放出する」と言われるのです。

原発は事故を起こさなくても原発周辺にガンや白血病を増やしていますが、再処理工場は、その原発の300~400倍の放射能を放出する。つまり、今、日本にある原発54基全部の6倍もの原発が1ヶ所に集まっている、ということを意味するのです。

この再処理工場のことを日本人のほとんどが知らないまま放射能が放出されるのは、大問題です」

人を笑わせることを仕事にしてきた元お笑い芸人のてんつくマンは、初対面の私との対談においても、数分おきに会場を爆笑させていた。しかし、六ヶ所村の核燃料再処理工場の話を聞いたときは、本当に驚いた顔をしていた。対談が終わったあとの懇親会で、それまで沈黙していたてんつくマンが話を切り出した。

「さっきの話にあった原発で使った使用済み燃料の再処理の話ですけど、初めて聞く話でびっくりしました。大変な話だと思うんですけど、会場の人もほとんど知らなかったし、あの話を知ってる人はどのくらいいるんですかね?」

「たぶん、日本人の1%も知らないよね」

「えっ!? あれだけの大問題を1%も知らないんですか?!
どうして知らないんですかね?」

「マスコミがほとんど報道しない、ということが大きいね」

「なぜ、マスコミは報道しないんですか?」

「テレビや新聞にとって、たくさんの広告料を払ってくれる電力会社や原発メーカーとその関連企業は、経営的に最も大事なお客さんだから、そのお客さんが困るようなことは、なるべく報道しない、というのが実態だね」

「じゃあ、どうしたら、再処理工場の問題を多くの人に伝えることができるんでしょう?」

「現状では、この問題を知った人たちが、自分たちで知らせていくしかないよね。例えば、号外をつくって全国で配布するとかね。」

「じゃあ、それやりましょうよ!」

と酒を飲みながら「アホな2人」が話したことが、汗と涙の伝説の「豪快な号外」3000万部発行、全国で2万人以上が号外を配るという一大ムーブメントに展開していったのです。多くの著名人が、この取り組みに賛同して呼びかけ人にもなってくれました。そして、てんつくマンは号外を配る人たちの様子も収録したドキュメンタリー映画 『107+1天国はつくるもの Part2』をつくったのです。

http://www.teamgogo.net/
http://cinema.okagesama.net/archives/118
https://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-2064

【いのちの映画祭】 最初のゲストは、映画監督 てんつくマン

2012/01/31

2月~4月 福岡で開催される 【 いのちの映画祭 】で講演します

2月~4月にかけて「いのちの映画祭」を開催します。(転送、転載、拡散歓迎)
http://cinema.okagesama.net/concept

★いのちの映画祭とは

「いのちを大切にする」ことをテーマにした映画の上映を中心に、
「いのちを大切にする」とは どういうことなのかを 共に考える映画祭です。

また、映画祭によって同じ地域に住む人たちが、つながり直し
これからの暮らしや地域や社会について語り合い
そこから「いのちを大切にする文化」が育っていくことを願っています。

(いのちの映画祭実行委員長 中村隆市)

★第1回上映会 2月5日(日)「107+1天国はつくるもの Part2」
@アミカス(福岡)

記念すべき 第1回目の上映会は、環境問題を広く伝えるために
2007年に、3000万部の『豪快な号外』を発行した伝説の
『TEAM GOGO』をつくった2人(てんつくマン中村隆市)が、いのちを大切にする社会をつくるために再会し、語り合います。脱原発や放射能から子どもたちを守る取り組みについても話します。

<プログラム>
10:30~11:50 中村隆市 トーク
12:20~14:20 「107+1 天国はつくるものパート2」上映
14:30~15:15 てんつくマン監督トーク
15:15~16:00 てんつくマン×中村隆市 対談
16:00~16:40 てんつくマンによる書き下ろし

*中村隆市トークは、311から始まった原発事故を今も現在進行形で
経験している私たちが、日本を「いのちを大切にする社会」に変えていく
ための道筋について語ります。長年チェルノブイリ支援に関わってきた
中村さんが、福島原発事故についても、子どもを守る視点から語ります。

<場所>
福岡市男女共同参画推進センター「アミカス」4階ホール
福岡県福岡市南区 高宮3丁目3-1 TEL092-526-3755
(アクセス:西鉄天神大牟田線「高宮駅」西口すぐ)

<料金>
☆映画のみ : 前売り・予約 1300円 当日 1600円
(映画のチケットをお持ちの方は無料で中村さんのトークに参加できます)
☆てんつくマントーク&対談 : 前売り・予約 1000円 当日 1300円
☆1日券 : 前売り・予約 2000円 当日 2500円

<お問い合わせ>
いのちの映画祭実行委員会
メール:eiga(a)windfarm.co.jp
※(a)を@に変えてください。

電話:093-202-0081(ウインドファーム内)

★今後の上映予定(1~3回まで映画監督をゲストに招きます)
会場は、3月まではすべてアミカス(福岡)

■第1回上映会 2月5日(日)「天国はつくるものパート2」
(予告編http://cinema.okagesama.net/archives/118

■第2回上映会 2月12日(日) 「カンタ!ティモール」
(予告編http://cinema.okagesama.net/archives/144

<プログラム>
10:30~11:50 中村隆市 トーク
12:20~14:20 「カンタ!ティモール」上映
14:30~15:15 広田奈津子監督 トーク
15:15~16:00 広田奈津子監督×中村隆市 対談

■第3回上映会 3月17日(土)
「川口由一の自然農というしあわせ」「祝の島」「第4の革命」
(各映画の予告編http://cinema.okagesama.net/archives/167

<プログラム>
10:30~11:30 「川口由一の自然農というしあわせ」上映
11:30~12:00 参加者による感想のシェア
13:00~15:00 「祝の島」上映
15:10~16:40 纐纈あや監督のトーク&中村隆市さんとの対談
16:40~17:10 参加者による感想のシェア
18:00~19:20 「第4の革命」上映
19:20~19:50 参加者による感想のシェア

■第4回上映会 3月18日(日)
「チェルノブイリハート」「ミツバチの羽音と地球の回転」
(両映画の予告編http://cinema.okagesama.net/archives/181

<プログラム>
10:40~10:55 予告編
11:00~12:00 「チェルノブイリ・ハート」上映
12:00~12:30 参加者による感想のシェア
13:30~15:30 「ミツバチの羽音と地球の回転」上映
15:40~16:10 参加者による感想のシェア

■4月14日(土) 会場:福岡県遠賀郡水巻町役場中央公民館 
*上映作品等、詳細が決まりましたら、案内いたします。

★いのちの映画祭ムーブメントとは

日本人は一週間のうちに他の誰かと社会問題について話す人の割合が
6%にすぎないというデータがあるそうです。(ドイツ人は70%以上)

当たり前に、日常的に社会の問題について意識を持ち、行動への土台
となる市民力がない限り、原発事故のような悲劇もまた形を変えて繰り
返してしまうのではないでしょうか。

いのちの映画祭は、単に映画を観て終わるものではありません。

「いのちを大切にする」ことをテーマにした上映会、お祭り、イベントなどを
開催し、それを通して同じ地域に住む人たちが、つながり直し、これからの
暮らし、地域、社会について語り合う場を作り、行動へのきっかけを創造する
コミュニティシネマムーブメントです。

    *          *          *  

穴だらけの食品放射能検査体制  4月の新基準値導入で混乱必至

穴だらけの食品放射能検査体制
4月の新基準値導入で混乱必至

(2012年1月30日 週刊ダイヤモンド)

福島第1原子力発電所事故による放射能漏れで、食を取り巻く環境は一変した。国が安全宣言を出したあとに暫定規制値を超過する食品が流出するなど、公的検査の信頼性が失墜するなか、食品関連企業は独自に放射能検査を始めた。食の安全はいったい誰がどう保障するのか。ずさんな食品放射能検査体制の実態を明らかにする。(「週刊ダイヤモンド」編集部 鈴木洋子)

 千葉県柏市。駅前商店街の雑居ビル2階の放射能測定器レンタルスペース「ベクミル」には、平日の朝からひっきりなしに客が訪れる。手に持っているビニール袋には、刻んだ食品が入っている。測定器がずらりと並ぶ店内では、20分980円で持参した食品の放射能を測ることができる。

 柏は首都圏でも空間線量が局地的に高いホットスポットとして知られる。「公的な検査では測り切れないものを自由に測れる検査設備が欲しい」という請願が市民から出されたが、市はこれを却下した。そこで民営のベクミルがオープンするとたちまち客が殺到。昨年秋は、1日に70人もの人が20坪ほどの店に詰めかけ、店の外まで行列が続いた。

 原発事故以降、食に対する“不信”は根強く消費者の心に刻まれている。自治体が検査し、一度安全宣言を出した食品から次々に暫定規制値を超える放射性物質が検出されたからだ。昨年4月には茨城で放射性セシウムに汚染されたコウナゴが見つかり、昨年11月には福島で同様に汚染されたコメが見つかった。いずれもその直前に、“安全”というお墨付きが出されたばかりだった。

 なぜ“安全宣言”は何度も覆されたのか。それは国の食品放射能検査体制が穴だらけだからである。

偏る検査品目と地域
ずさんな国の検査体制

 問題点は大きく三つある。第1に、検査の品目と地域の偏りだ。

 1月末までに厚生労働省に寄せられた累計検査数約9万6000件のうち、約6万件を牛肉が占める(図参照)。福島産の稲わらを経由して牛肉の汚染が広がり、現在も10の県が牛肉の全頭検査を行っているからだ。うち、232件で暫定規制値を超えた。

 一方その他の食品では、茶が2227件の検査で暫定規制値超えが193件、水産物は6003件の検査で同195件見つかった。暫定規制値超えの比率は牛肉よりはるかに大きいにもかかわらず、検査件数は格段に少ない。

 また地域別では、山形の肉の検査数が福島の約2倍に上るなど、地域によって偏りが大きい。

 国が定めた食品の放射能検査の指針(表参照)はあるものの、「農水産物の生産量や生産品目などの細目に地域差がある」(厚生労働省食品安全部)ため、検査点数や頻度の細目は自治体の裁量に任されているのが実態なのだ。

 第2に、検査装置の不足である。国の検査はゲルマニウム半導体検出器で精密検査することを基本にしているが、じつは国が保有する検出器は国内にわずか216台しかないのだ。

 食品中の放射能を測る装置は、図のように3種類に大別できる。ゲルマニウム半導体検出器は容器に検体を2リットルほど微塵にして隙間なく詰め30分以上かけて測る。時間も手間もかかるが最も正確な検出ができる。次がスピードは上がるがやや精度は落ちる簡易スペクトロメータ。最もスピードが速いが精度は低いのが、放射線のガンマ線を測るガンマ線線量計だ。手で持つ簡易型が多いが、最近は富士電機がベルトコンベアに接続して大量の商品をサンプルとしてつぶすことなく梱包のまま測れる機械(図右の写真)も開発している。

 本来は、簡易な検出器で検査サンプル数を増やし、場合によっては全数検査などを行って、異常値が出たものをゲルマニウム半導体検出器で精密検査したほうがより多くをカバーできるはずだ。しかし当初、国はそのやり方を認めなかった。そのため「検査をしたくても、検査機関は肉の検査で手一杯で空きがないと軒並み断られた」(東北の野菜農家)。限られた設備に数万件の検体が殺到したのだから混乱するのは当たり前だ。

 第3に、サンプリングの網が粗過ぎるという問題だ。コメの場合、予備調査、本調査という2段階の検査を踏み万全を期したはずが、検査ポイントが15ヘクタール当たりたった1ヵ所しかないなど少な過ぎて、ホットスポットで生育していた稲を見逃した。具体的にどの地点を調べるかは、現地の農協や自治体に委ねられていたが、山間部や水路付近など、より放射性物質が蓄積しやすい部分を集中的に調べた形跡はない。

 最後に、国の検査の対象のほとんどが“川上”の生産地に偏っていることだ。じつは、1985年から各地で食卓に上る食品の放射性物質量を調べる「日常食調査」が行われていたが、2003年で打ち切られた。原発事故後、住民からの要望で日常食調査を再開する自治体もあるが、ごく一部だ。川上のサンプル調査で汚染を100%食い止められない以上、流通段階や、消費者の食卓の段階での調査も必要なはずなのだが、国として再開する動きはない。
小売店の店頭で福島産野菜の放射能検査を行い、測定結果を表示して販売する取り組みも始まった(カタログハウスの店・新橋店)

各社バラバラの検査方法
新基準導入で混乱に拍車

「放射能は大丈夫なのか」「どの産地のものを売っているのか」

 震災直後の昨年3?4月、スーパーや通販各社には顧客から数千件以上の問い合わせが殺到した。「行政の検査をクリアしているから大丈夫という説明では、お客様はまったく納得しない」(近澤靖英・イオン執行役)なか、食品関連各社は自己防衛のため独自検査を始めた。

後半は「週刊ダイヤモンド」を見てください。

2012/01/30

「アメリカの軍事機密だったので内部被曝は無視され続けた」

肥田舜太郎医師「最近、外国の人から『広島と長崎の経験をした日本が、なぜ地震の多い自国の海岸沿いに原発を54基もの原発を作ったんだ』というお話がたくさんあります。でも、なぜそうなったのかということをお話になる方は誰もいません。この原因はたったひとつ、占領したアメリカ軍が被曝者の病気すらもアメリカの軍事機密という声明を出して、被曝者に一切被害をしゃべってはいかん、書いてもいかん。また医師は職業柄被曝者が来れば診療はしてもよろしいがその結果を書き残したり、それを論文にして論議をしたり、日本の医学会が放射線のことを研究することを一切禁じる。これに違反する者は占領軍として重罪に処すという声明を発表して以来、被曝者は沈黙を守り、医師は自分の診察した症状を記録もしなくなったのです。

肥田舜太郎氏ほか専門家が「市民と科学者の内部被曝問題研究会」設立
(2012-01-28 11:00 骰子の眼)

「アメリカの軍事機密だったので内部被曝は無視され続けた」

昨年3月11日に起きた福島第一原発事故後、被害の拡大を続ける放射能汚染の問題を受け、内部被曝に重点を置いた放射線被曝の研究を市民と科学者が協力して行う組織「市民と科学者の内部被曝問題研究会(内部被曝研)」が発足。27日、自由報道協会の麹町報道会見場にて、被曝医師の肥田舜太郎氏をはじめとした専門家が記者会見を行った。

(写真)麹町報道会見場で行われた記者会見の様子。左より市民放射能測定所理事の岩田渉氏、物性物理学の矢ヶ崎克馬氏、素粒子物理学の澤田昭二氏、肥田舜太郎氏、放射線医学、呼吸器病学医師の松井英介氏、歴史学の高橋博子氏

会見の冒頭で呼吸器病学医師の松井英介氏は、現在の原発の大きな問題として「通常運転でも様々なかたちの有害な放射性物質が出て、それにより自然環境や原発の5キロ圏内、あるいは50キロ圏内に住んでいる人たちへの健康障害がある」と指摘。物性物理学の矢ヶ崎克馬氏は、団体名が内部被曝〈問題〉研究会であることを強調し、「いまの被曝の学問は、アメリカの核戦略の遂行及び原子力発電の推進のために被曝の実態から内部被曝の問題が隠されており、本当の科学をやっていない」と、これまで政治的に支配されてきた被曝に対する研究を明らかにし、人々の命を守ることを課題として活動をすることを発表した。

質疑応答の前に、広島の原爆で被曝し、医師として当時より66年間にわたり被曝者の治療を続けてきた肥田舜太郎氏が自らの経験を踏まえ語った。

「私は日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)のたったひとりの医師として、全国の被曝者の相談を一手に引き受けてきました。聴診器をあて診断をした人間は少なくとも6,000人に及びます。そのなかには、外部被曝を受けて大変な思いをして今日まで生き延びてきた人もいますし、内部被曝で説明のできない非常に困難な症状を持ちながら、外から見てなにも症状がわからないため世間からは被曝者として認められず、社会から差別を受け、一人前の人間として生きていけなくなった患者もたくさん見てきました。

最近、外国の人から『広島と長崎の経験をした日本が、なぜ地震の多い自国の海岸沿いに原発を54基もの原発を作ったんだ』というお話がたくさんあります。また日本のテレビでしゃべられる専門家の方々も、そういうお話をされます。これは事実です。でもなぜそうなったのかということをお話になる方は誰もいません。この原因はたったひとつ、占領したアメリカ軍が被曝者の病気すらもアメリカの軍事機密という声明を出して、被曝者に一切被害をしゃべってはいかん、書いてもいかん。また医師は職業柄被曝者が来れば診療はしてもよろしいがその結果を書き残したり、それを論文にして論議をしたり、日本の医学会が放射線のことを研究することを一切禁じる。これに違反する者は占領軍として重罪に処すという声明を発表して以来、被曝者は沈黙を守り、医師は自分の診察した症状を記録もしなくなったのです。ですから、当時の被曝者が戦後経験してきた放射線の被害の実情は、どこにも正確に記録されていない。今の政府も今のお医者さんも、誰もこの当時のことを正確に学ぶ資料がまったくありません。

福島の事故の話を聞いたとき、いちばんはじめにこれは大変なことになったな、と思いました。福島第一原発から出ているのは、広島や長崎の原爆で使われたウラニウムとプルトニウムを混ぜあわせた放射線です。あそこの人たちに将来、広島と長崎の被曝者が経験したことがそのまま起こってくると考えるほうが常識なんです」。

また、日本に核戦略や原発推進政策の影響を与えるアメリカへのアピールの具体的な道筋についても、肥田医師は回答した。

「大変難しい問題ですけれど、アメリカの国内の医師や学者にも同じことを思っている方がたくさんおられます。現在のアメリカの政治情勢では、この方たちは黙らされて、出す本も売れない状態になっているのですが、アメリカの国民のなかの核兵器に対する反対勢力は同じくらいあります。これが結束して、アメリカの世論を変えていくなかで、いま沈黙している医師や学者は必ず私たちと一緒になっていく。特に英国の学会はアメリカから完全に離れて内部被曝を危険とみなす考えに変わってきています。ですから国際情勢はたいへん厳しいけれど、一歩一歩事実に基づいたところに足をかけはじめている。私はこの動きに大きな希望をかけています。そして、日本のなかの良心を持った学者たちをできるだけ掘り起こして、力を作りながら世界の世論にしていくことが大事で、できないことではないと思います」。

そして、記者からの「日本国民全員は内部被曝をしている状況と自覚したほうがいいのか。その上で、個々の免疫力の差によって生きながらえる方法を選ぶという状況なのか」という質問に対し矢ヶ崎氏は、現在空気中の放射能の埃を通じて日本が汚染される局面はかなり低くなっている、とする見解を示したものの「食べものの中に放射性物質が入り込んで、これが日本の極めて迅速に働く流通機構により日本を覆い尽くしています。ですから依然日本中の住民が汚染されるという危機に瀕している」と警告。続いてこの問題に対し肥田医師は次のように答えた。

「どうしたらいいかということについて専門家の方々は口を揃えて『原発から遠くへいけ』『汚染された疑いのあるものは口にせず、必ず大丈夫だというものを手に入れて食べろ』、このふたつが安全な道だということをおっしゃる。確かにその通りなんですけれど、外部であれ内部であれ被曝したことは日本中みんな間違いないんです。

実際に福島のいろんな方に会ってみると、遠くへ行けない人はどうしたらいいのかを聞きたいというんです。それがあまり強いものだから、私は自分の経験から、放射性が原因になって病気になって、それで命を取られるんだから、病気を起こさないように我々の生活を工夫しようじゃないかという運動を起こしたんです。そのなかには昔から言われる『腹八分目で飯を食え』とか、早寝早起きがいいとかいろいろなものが出ますよね。そのひとつひとつを点検して20年くらい全国で論議をした結果、これがいいというのがひとつの柱ができたんです。

ほんとうにバカバカしいようなことだけれど、我々の祖先が免疫を作ったときの条件は、灯りもなければ熱もなく、太陽以外のエネルギーを持たなかった。その状態を壊さないために、太陽と一緒に起きて、太陽と一緒に寝るという規則正しい生活をするのがいちばんいいんじゃないかということになって、何万という人間が実際にやったんです。その結果、いま80過ぎ、90過ぎの被曝者が生き残っている。だから、道は遠いようだけど、みんなに誰でもができることですから、まずそこから話をはじめよう。被曝者が具体的に行い、ひとりひとりが命を守って今日まできたことなので、これはやはり現在福島で被害に遭っている方が参考に聞いたほうがいいだろうと。なので私はあちこちで話します。そうすると、他に対策が何もないものだから、『たったひとつこれがあればなんとかなるという希望がひとつできた』と言ってみんな喜んで帰っていく。それほど行き詰まって、どうしたらいいかわからない。だから私はそうした努力をみんなでしていくべきだろうと思っています。誰か偉い人がパッと教えてなんとかなるという状況じゃないのです」。

「市民と科学者の内部被曝問題研究会」は現在の日本での低線量の健康リスクに焦点を当て、科学的に事実に即して内部被曝の研究を市民と協力して人々に伝え、世界の基準を変えていくことを目的に活動を行っていく。

また、今回会見を行った肥田舜太郎医師の活動を追ったドキュメンタリー『核の傷』が、3月中旬より公開される予定となっている。

放射性廃棄物の搬入中止を求め 山本太郎が森田健作知事に直言

山本太郎が森田健作知事に宣戦布告!
[2012年1月27日9時17分 日刊スポーツ紙面から]

 反原発活動を続ける俳優山本太郎(37)が26日、森田健作千葉県知事(62)に“宣戦布告”した。県庁前で、放射性廃棄物の県内搬入中止を求める市民団体の会合に途中参加。申し入れ書の提出に森田知事が立ち会わなかったことを聞き、拡声機のマイクを通じて森田知事に訴えた。

 「元青春スターで、みんなの心をつかんだ森田さん! 目を覚ましてください。知事になったのは、名誉欲のためじゃないですよね。どうして県民の声を聞かないのか!」

 放射性廃棄物の処理場が水源地に近く、地震や津波などの影響で放射性セシウムが漏れ出せば、水道水が汚染される危険性を指摘。「水源地に処理場があるなんて、あり得ない話。県民の命を守らなければ、知事としてのその先はない!」。モリケンコールを自ら始め、「モリケン、出てこい、モリケン、仕事しろ」と直談判を要求した。

 反原発の各種活動に参加してきたが、俳優の大先輩へのアピールは今回が初めて。「一緒にお仕事をしたことはありませんが、正義感の象徴。時代のカリスマだった方です。若いころのように熱く働いてほしい」。宣戦布告が森田知事に届くかどうか。県民の期待を集めている。【柴田寛人】

 

福島県の中学生、高校生からのメッセージ

【 2011年10月頃に書かれたメッセージ 】

中学生からのメッセージ

★「私は中学3年の女子です」 いまは、原発事故の影響で、鹿島中学校にバスで通っています。今までは、登校に歩いて3分だったのに、今はバスで20分以上かかっています。友だちも避難したので、離ればなれになってしまいました。

ほかの中学校は、もうすぐ自分たちの学校に戻れるそうですが、私の中学校は線量が 高いため、戻れる 日は未定のままです。11月には、仮設校舎に入ることが、決まりました。また、クラス替えをすることになってしまいました。

原発事故の影響で、私たちの生活は、とても変わってしまい、将来への、不安も、たくさんあります。

「 結婚 できるのか ? 」 「 子どもは、健康に 生まれてくるのか ? 」 ・・・ということが、とても、心配です。

このようなことが、また起きないように、全国の原発を無くしてほしいです。


★「僕は中学3年の男子です」 この原発事故で多くの友だちと、バラバラになってしまいました。その中には、亡くなってしまった人もいます。

いまは、少し離れた学校に、バスで通っていま す。前より1 時間 早く、登校することになってしまいました。僕が勉強している所は体育館です。

パネル一枚で、教室をはさんでいるので、隣の教室の声が聞こえて、集中して授業を受けられません。体育の授業は前より減りました。

部活動も (サッカー部) 週に1回、決められた時間に、体育館でしか、やることができません。休みの日も外で遊ぶことが、できなくなりました。

大変、迷惑をしているので、原発と、決別してください。

僕が、心配なのは、将来についてです。県外で、就職できるのか?
県外の人と結婚はできるのか?
結婚して、子どもができたとしても、障がいがないのか?

その他、たくさんの 悩み が ありますが、僕が一番心配なのは、自分の命についてです。いつ、ガンが発症するか、わからない恐怖です。

次の 「 地震 」が来る前に、原発を無くしてください。


★ 「僕は、南相馬市に住んでいる中学生です」 僕の身の回りは、原発事故を境に大きく変わりました。市内は線量が高いので、外出することに気が引けたり、普段通っていた中学校に通うことができないため、隣町の小学校の体育館を借りて授業を受けることになったり・・・ほかにも、不便なことは、たくさんあります。

原発は、多大なエネルギーを生み出しますが、それ以上に大きな被害をもたらすので、他の原発が被害に遭う前に、即刻全国の原発を停止させてください。こんな目に遭うのは、福島県だけで充分です。



高校生からのメッセージ から抜粋

★だいたい、関東地方で使う電気を、なんで、福島でつくらないと、いけないんでしょう? 都心につくって、事故が起きたら、大惨事になるからですか? 
そんなの、 福島だって、同じなんですよ。

原発事故の対応だって、後手後手だし、どうせ、福島なんか、どうでもいいとか、国の、偉い人たちは思っているんでしょう?

福島を馬鹿にして、差別するような人は、みんな、死ねばいいと、思うくらい、憎いです。
原発を、廃止した方が いいと、分かっていますが、日本が、持っている「原発」が、全部、事故を起こして、みんな、福島と「同じような状態」を味わえば、いいんですよ。

そうしたら、みんな「原発反対!」と、心から思えるようになるんじゃないですかね?
私は、他の人のように、「原発事故で、苦しむ思いをするのは、福島県だけでいい」なんて、思いません。私は、「福島と、同じ思いをしろ!」と、言いたいですね。

今、福島原発が、ホットな 話題 とされているうちに、原発を 叩きつぶしておかないと、あとで、面倒なことに なると思います。みんなで、まとまって、「 国 」 に言えば、何とかなると、思いまし ・・・
「 みんな、苦しめばいい 」 と、書きましたが、なんだかんだ言って、
原発が、なくなってほしいと、願っています。


★原発事故は、とても、怖いです。安心・安全 なものと、言っていたのに、半径20km圏内には、今も入ることができません。それによって、県内外に、多くの人が避難し、不自由な生活を送らせられています。
私の、友だちも、バラバラになってしまいました。すごく、寂しいです。みんなに、会いたいです。なんで、こんなことに、なってしまったのだろう ・・・。

原発事故 さえなければ、友だちと、離れることもなく、自分たちの学校に通い、こんなに、不自由な生活をすることは、なかったはずです。そして、「 直ちに、人体への 影響は ないと 」と言っても、将来、症状が、現れてくるかもしれません。

自分だけでなく、もし、「 こども 」 を 産んだ時、 その 「 こども 」 にも、影響してしまったら、この事故を許せるはずが、ありません。もう、こんな、原発事故を、2度と 起こさないためにも、日本から、原発を、なくすべきです。同じ思いをする 人を、決して つくっては いけないのです。

だから、私は、この原発事故を、教訓にして、より良い日本に、変わっていくことを、望みます。


★原発のせいで、めっちゃ 困ってるんです。中学校の時、仲良しだった 友だちは、遠くへ、行っちゃうし、本来、行くべき 高校にも、行けずに、仮設校舎で 勉強している人だって いるし ・・・自分の家に、帰れない 人 だって ・・・なのに、なんで、他県へ行くと、「 のけ者 扱い 」 されなきゃ いけないの !!
こっちは、 こっちなりに、いろいろ、がんばっているのに ・・・ 。

あなた達の、「 電力 」 を、つくるために、福島県に、原発 つくったんだろ ! って ・・・。
同じ立場に なってみないと、わかんないのかな ・・・ ? 
それに、私たちの、将来は、どうなっちゃうんだろう?

なんで、原発なんかに、怯えなきゃ いけないのか、わかんない !
だって、私たち、何も 悪いこと してないのに !
なんで、こんなに、振り回されなきゃ いけないんだよ !

これから、「 生まれてくる 子どもたち 」 の ためにも、もちろん、
「 今、生きている 人たち 」 の ためにも、原発は、いらない と、私は、思う。

2012/01/29

外部被曝、4カ月間で最高37ミリシーベルト 福島住民調査で推計

*先月、見落としていた記事だが、原発敷地内の事故処理作業員ではなく一般市民が、4カ月間の外部被曝だけで37ミリシーベルトも被曝している。チェルノブイリの例では、外部被爆よりも内部被曝が多く、外部被曝の3~4倍の内部被曝を受けている場合が多かった。それから推測すると、この方の内部被曝は100ミリシーベルトを超えている可能性が高い。また、外部被曝の数値以上に、どんな水を飲んで、どんな食べ物を食べていたか、ということがより重要になる。

外部被曝、最高37ミリシーベルト 福島住民調査で推計
(2011年12月9日3時13分 朝日新聞)

 東京電力福島第一原発の事故による福島県民の外部被曝(ひばく)線量について、住民約1730人の推計値が最高37ミリシーベルト、平均1ミリシーベルト強だったことが県の解析でわかった。今回の対象は、飯舘村など比較的、空間線量が高い3町村の住民だが、約半数の住民が4カ月間で平常時の年間限度1ミリシーベルトを超える被曝をしていた。

 住民の外部被曝の実態が判明するのは初めて。県は近く結果を公表し、本人に郵送で連絡する。

 推計値は事故後4カ月間の外部被曝線量の合計で、自然放射線量を引いた値。内部被曝を考慮しても、がんなど健康影響が出るのが明らかな100ミリシーベルトに達した人はいないとみられる。ただし、低線量被曝の健康影響は十分解明されておらず、県は長期的に健康を追跡調査していく。国連によると、チェルノブイリ原発事故による避難民の外部被曝は平均20~30ミリシーベルトで、甲状腺がん以外の健康被害ははっきりしていない。

 外部被曝推計線量は、全県民約200万人を対象に今後30年以上、健康への影響を見守る調査の基礎データとなる。県立医科大と放射線医学総合研究所が独自のソフトで推計した。

 今回の対象は、県民の健康調査で「先行実施地域」に指定された飯舘村と川俣町(山木屋地区)、浪江町の住民約2万9千人の中の約1730人。原則として推計に必要な行動記録が明確で、県への提出時期が早かった順に解析した。

 この結果、約半数の住民が1ミリシーベルト未満。残りの大半は1~5ミリシーベルトだった。5~10ミリシーベルトは約40人、10ミリシーベルト以上は約10人。最高は約37ミリシーベルトだった。

 線量の高い人は、空間線量の高かった避難区域や、プルーム(放射性雲)の流れた地域での滞在時間が長かった可能性がある。

 国際放射線防護委員会が勧告する平常時の市民の年間被曝限度は自然由来と医療被曝を除き、1ミリシーベルト。環境省も国の予算で除染する基準を年1ミリシーベルト以上に定めている。

 推計では、各自で記入してもらった行動記録を基にした。事故の起きた3月11日から2週間分は、滞在場所を屋外、屋内、移動中にわけて分刻みで記入。屋内の場合、木造か鉄筋コンクリート造か建物の種類も明記した。3月26日~7月11日の分は居住地と、定期的な外出先、1日の平均的な屋外と屋内滞在時間を記述する。

 この記録を基に、文部科学省のモニタリングデータとSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測システム)から再現した各地の時系列の空間線量率を使って、外部被曝線量を計算した。子どもの方が放射線への感受性が高く、年齢や建物の種類も考慮した。(林義則、大岩ゆり)


年間最大68ミリシーベルトの外部被曝 浪江町の住民
(2011年9月8日8時5分 朝日新聞)

 東京電力福島第一原発から約30キロ離れた福島県浪江町赤宇木(あこうぎ)地区の一部住民は、事故から2カ月間に約50ミリシーベルト被曝(ひばく)し、福島市などに避難後を含めた年間被曝量は最大68ミリシーベルトに上ると推計されることが、弘前大などの研究でわかった。同地区にとどまった場合、年間被曝量は約190ミリシーベルトに達すると試算された。7日の英科学誌ネイチャーのサイエンス・リポートに論文が発表された。

 弘前大被ばく医療総合研究所の床次眞司(とこなみ・しんじ)教授らは4月中旬、原発から20キロ以上離れた北西方向1623カ所の大気中の放射線量を測定。住宅地で最も高かったのは、浪江町赤宇木小阿久登(こあくと)の毎時32マイクロシーベルトだった。

 周辺住民が1日8時間を屋外で過ごしたと仮定し、セシウム134や137の半減期などを考慮すると、1年間の外部被曝量は計約190ミリシーベルトに上ると試算した。

 原発30キロ圏外の赤宇木地区は4月中旬に計画的避難区域に指定され、住民は5月末までの避難を求められた。床次さんらは事故から2カ月後に避難したと仮定し、年間被曝量を推計。福島市内には毎時3.2マイクロシーベルトの地域もあり、同市への避難者は57~68、郡山市の避難者は57~59、二本松市の避難者は59~64ミリシーベルトと推計された。

 文部科学省によるモニタリング調査によると、浪江町内でも赤宇木地区は、高い放射線量が計測されている。一般の人が人工的に浴びる放射線量の上限は年間1ミリシーベルト、業務に従事する男性は50ミリシーベルト。今回の原発事故では、年間20ミリシーベルトを超える地域に避難を求めた。床次さんは「避難することで、被曝量を3分の1に減らすことができた。放射線防護の点から、政府の避難指示は妥当だった」と話す。

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