2013/03/28

福島原発事故で放出された放射能 90万→360万テラベクレルか?

福島原発事故で「放出された放射性物質の量」の発表数値がだんだん増加している。また、海外では、福島の放出量をセシウム137がチェルノブイリの50%で、キセノン133の放出量は、チェルノブイリの総放出量よりも多いと発表している研究所もある。

大気中への放出量
37京ベクレル→63京ベクレル→77京ベクレル→90京ベクレル
(東電発表 大気中90以上+海15以上=105京ベクレル以上

NHKの報道によれば、(東電発表で)2011年3月に大気中に放出された放射性物質の量が「90京ベクレル」3月から半年間に海に放出された放射性物質の量が「15京ベクレル」合計すると少なくとも原発事故から半年間のうちに合計で「105京ベクレル以上」が放出されている。

1、事故の翌日から3月末まで(約20日間)に大気中に放出された放射性物質の量=90京ベクレル
2、海水データがある2011年3月下旬から半年間に海に放出された放射性物質の量=15京ベクレル

仮に海への放出が同じペースで続いていた場合、2年間で15京ベクレルの4倍の「60京ベクレル」になる。

90京ベクレルは、旧ソ連チェルノブイリ原発事故での放出量の約17%で、105京ベクレルは20%、150京ベクレルは29%にあたる。海外の研究所では、セシウム137がチェルノブイリの50%で、キセノン133の放出量は、チェルノブイリの総放出量1.4×1019Bqよりも多いと発表している。

熊日新聞 90万テラベクレル


東電 90京ベクレル放出を公表
(2012年05月24日 NHK「かぶん」ブログ)を要約

東京電力は、事故の翌日から3月末までに外部に放出された放射性物質の量について、試算した。その結果、ヨウ素131とセシウム137の放出は合わせて90京ベクレルで、原子力安全委員会や保安院が公表した値よりも多く、チェルノブイリ原発事故の放出量の17%余りとなっている。一方、海に放出された放射性物質の量については、海水の放射性物質の濃度などから推定し、海水のデータのある去年3月下旬から半年間の放出量を15京ベクレルとしている。


【過去に発表された数値の振り返り】

放射性物質放出量はチェルノブイリの1割 37万~63万テラベクレル
(2011/04/12 11:17 共同通信)

 原子力安全・保安院によると、福島第1原発事故による放射性物質の放出量はチェルノブイリ原発事故の1割とみられる。大気中への放出量について原子力安全・保安院は37万テラベクレル、原子力安全委員会は63万テラベクレルと推定。レベル7の基準である数万テラベクレルを大きく上回る

放出77万テラベクレルと修正 第1原発、推計の2倍強
(2011/06/06 21:50 共同通信)見出しのみ

大気放出は90万テラベクレル 原発事故の放射性物質  東電試算、事象ごと量も
 (2012年5月24日、共同通信)全文

 東京電力は24日、福島第1原発事故で大気中に放出された放射性物質の総放出量が昨年3月だけで90万テラベクレル(テラは1兆)に上るとの試算を明らかにした。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故では520万テラベクレルが放出されたと推定されている。

 東電は、原発周辺のモニタリングポストで測定した線量値や文部科学省の土壌汚染データなどを基に放出量を推定した。これまでに経済産業省原子力安全・保安院や原子力安全委員会が公表した放出量より多い。

 東電が試算したのは、東日本大震災で事故が発生した翌日の3月12日から31日までの放出量。原子炉格納容器から放射性物質を含む蒸気を外部に排出するベントや建屋の水素爆発など事象ごとの量も公表した。

 東電のデータによると、12日に1号機建屋が爆発した際には4600テラベクレルが、14日に3号機建屋が爆発した際は1060テラベクレルが大気中に出た。

 放出量がピークだったのは15、16日で、東電は1~3号機の原子炉格納容器が高温で劣化し、容器上部から蒸気とともに大量の放射性物質が漏れたと推定している。


福島汚染、主因は2号機 東電発表 3号機も大量放出
(2012年5月25日0時19分 朝日新聞)から抜粋

 東京電力は24日、福島第一原発事故で大気に放出された放射性物質の総量を90京(けい)ベクレル(京は兆の1万倍)とする試算結果を発表した。2号機からが最も多く、昨年3月15日、主に2号機からの放出で原発の北西地域が激しく汚染されたとする説を裏付けた。16日にも海の方角へ大量放出があったらしいこともわかった。東電は「3号機から」としているが、詳しくは不明だ。

 東電は、昨年3月12日~31日の期間の大気への放出量を評価。90京ベクレルは、経済産業省原子力安全・保安院が昨年6月に示した77京ベクレルの約1.2倍。旧ソ連チェルノブイリ原発事故での放出量の約17%にあたる。

 1~3号機からの放出量の内訳は、1号機13京ベクレル、2号機36京ベクレル、3号機32京ベクレル。発電所周辺の空間放射線量の値などをもとに割り出した。放出源が判明しないものも11京ベクレルあった。定期検査中だった4号機からの放出はない、とした


東電 90京ベクレル放出を公表
(2012年05月24日 NHK「かぶん」ブログ)全文

東京電力福島第一原子力発電所の事故で、外部に放出された放射性物質の量は、これまで国などが試算した値よりも多い90京ベクレルで、大半は、水素爆発やベントによる放出ではなく、メルトダウンによって格納容器が閉じ込め機能を失い放出されたなどとする評価結果を東京電力が公表しました。

東京電力は、事故の翌日から3月末までに外部に放出された放射性物質の量について、メルトダウンした燃料の解析や原発周辺で計測された放射線量、それに土壌の放射性物質の量などから試算しました。

その結果、ヨウ素131とセシウム137の放出は合わせて90京ベクレルで、原子力安全委員会や保安院が公表した値よりも多く、チェルノブイリ原発事故の放出量の17%余りとなっています。

これを水素爆発などの実際に起きた事象との関係で詳しく分析すると、▽建屋の水素爆発に伴う放出は合わせて0.5京ベクレル、▽ベントに伴う放出は0.1京ベクレルと少なく、放出量の大半は、メルトダウンによって格納容器の配管の貫通部などが壊れて閉じ込め機能を失い放出されたと評価しています。

また、各号機ごとの放出量について、2号機と3号機がそれぞれ全体の4割、1号機が残り2割で、4号機からの放出はなかったとしています。

さらに、時系列で放出をみると、最も多くの放射性物質が放出されたのは、3月16日午前10時からの3時間で、3号機から18京ベクレル放出したとしています。
この時、3号機の格納容器の圧力が下がっていますが、東京電力は、どのような経路で放出したかは分かっていないとしています。

一方、海に放出された放射性物質の量については、海水の放射性物質の濃度などから推定し、海水のデータのある去年3月下旬から半年間の放出量を15京ベクレルとしています。

東京電力が詳細な放出量の試算を公表したのは初めてで、試算に1年以上かかったことについて、東京電力は「水素爆発などの事象との突き合わせや、数値に誤りがないかの確認に時間がかかった。今回の評価が適切か、国やほかの研究機関とも相談しながら検証を進めたい」と話しています。


放出77万テラベクレルと修正 第1原発、推計の2倍強
(2011/06/06 21:50 共同通信)全文

 記者会見する東京電力の松本純一原子力・立地本部長代理。左は原子力安全・保安院の西山英彦審議官=6日午後、東京・内幸町の本店

 経済産業省原子力安全・保安院は6日、福島第1原発の1~3号機すべてでメルトダウン(炉心溶融)が起き、最も早い1号機では地震から約5時間後の3月11日午後8時に原子炉圧力容器が破損したとの解析結果を発表した。また発生から数日間に大気中に放出された放射性物質の量は77万テラベクレル(テラは1兆)と、従来の推計を2倍強に上方修正した。事態が東京電力の解析より急速に進んでいたことを示しており、事故の深刻さと汚染規模の大きさを裏付けた。

 政府は今回の解析を反映させた報告書をまとめ、今月下旬にウィーンで開かれる国際原子力機関閣僚級会合に提出する。


福島原発事故、最悪「レベル7」 チェルノブイリ級に
(2011年4月12日 朝日新聞)全文

 福島第一原発の事故について、経済産業省原子力安全・保安院と原子力安全委員会は、これまでに放出された放射性物質が大量かつ広範にわたるとして、国際的な事故評価尺度(INES)で「深刻な事故」とされるレベル7に引き上げた。原子力史上最悪の1986年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故に匹敵する。放射性物質の外部への放出量は1けた小さいという。12日午前に発表した。

 保安院は3月11日の事故直後、暫定評価でレベル4としていた。放射性物質が原子力施設外に放出されるような事故はレベル4になり、それ以上は、外部に放出された放射性物質の量でレベルが決まってくる。

 18日に79年の米スリーマイル島原発事故に匹敵するレベル5に引き上げた。レベル5は放射性ヨウ素に換算して数百~数千テラベクレル(テラは1兆倍)の放出が基準だ。その後、放出された放射性物質の総量を推定したところ、放射性ヨウ素換算で37万~63万テラベクレルになった。INESの評価のレベル7にあたる数万テラベクレル以上に相当した。東京電力によると、全放射能量の1%程度にあたるという。福島第一原発では今でも外部への放出は続いている。

 チェルノブイリ事故では爆発と火災が長引き、放射性物質が広範囲に広がり世界的な汚染につながった。実際の放出量は520万テラベクレルとされている。福島第一原発の事故での放出量はその1割程度だが重大な外部放出と評価した。評価結果は国際原子力機関(IAEA)に報告した。

 福島第一原発では、原子炉格納容器の圧力を逃がすため放射性物質を含む水蒸気を大気中に放出した。さらに地震後に冷却水が失われ核燃料が露出して生じたとみられる水素によって、1、3号機では原子炉建屋が爆発して壊れた。

 2号機の格納容器につながる圧力抑制室付近でも爆発が起こったほか、4号機の使用済み燃料貯蔵プールでの火災などが原因で放射性物質が大量に放出されたと見られている。内閣府の広瀬研吉参与(原子力安全委担当)は「3月15~16日に2号機の爆発で相当量の放出があった。現段階は少なくなっていると思う」と話した。

 東京電力原子力・立地本部の松本純一本部長代理は会見で「放出は現在も完全に止まっておらず、放出量がチェルノブイリに迫ったり超えたりする懸念もあると考えている」と話した。

 ただ、原発周辺や敷地の放射線量の測定結果は3月15~21日に非常に高い値を示していたものの、その後低下している。4月10日に非公開で開かれた安全委の臨時会で保安院の黒木慎一審議官は「最悪の事態は今は脱した」と報告している。(香取啓介、竹石涼子、小堀龍之)


福島原発の放射性物質、チェルノブイリを下回る=オーストリアの研究所
(2011年3月24日 ロイター)

 [ウィーン/オスロ 23日 ロイター] オーストリア気象地球力学中央研究所は23日、福島第1原発の事故後3─4日間に放出されたヨウ素131とセシウム137の量が、旧ソ連チェルノブイリ原発の事故後10日間の放出量の約20─50%に相当するとの試算を明らかにした。

 日米の測定結果を基に算出した。

 同研究所によると、事故後3─4日間のヨウ素131の放出量は、チェルノブイリ原発の事故後10日間の放出量の約20%

 セシウム137の放出量は、同約50%に達する可能性があるという。

 フランスの放射線防護原子力安全研究所(IRSN)は22日、福島原発の事故で漏えいした放射性物質の量はチェルノブイリ事故の約10%との見解を示している。 

 チェルノブイリの事故では原子炉が爆発したが、福島原発の事故では放射性物質が比較的ゆっくりと漏えいしている。

 一方で、放射性物質が陸上に拡散したチェルノブイリとは異なり、福島原発の事故では放射性物質の多くが太平洋上に飛散しており、両事故の比較は難しい。


放射性物質はどのくらい放出された?
(2011年10月27日号 Nature 478, 435-436)から抜粋

ノルウェーの研究チームにより、新たに福島第一原発事故で大気中に放出された放射性物質の総量が計算され、政府が6月に発表した推定放出量よりもずっと多いという報告があった。

世界各地で観測された放射能データを組み合わせて大気中の放射性物質の量とその流れを推定した結果、福島第一原子力発電所の事故では、政府の推定よりもはるかに大量の放射性物質が放出されていたという研究が、Atmospheric Chemistry and Physics に発表された1。さらに、日本政府の主張とは裏腹に、4号機の使用済み核燃料プールから大量のセシウム137(半減期が長く、長期にわたって環境を汚染する物質)が放出されていたとも報告しており、もっと迅速に対応していれば、これほど大量の放射性物質が放出されずにすんだかもしれないと述べている。論文はオンライン掲載され、現在、公開査読を受けている。

研究チームを率いたのは、ノルウェー大気研究所(シェラー)の大気科学者 Andreas Stohlだ。Stohlは、自分たちの分析は、これまで行われてきた福島第一原発から放出された放射性物質の量についての調査研究の中で、最も包括的なものであると自負している。スウェーデン防衛研究所(ストックホルム)の大気モデル作成の専門家 Lars-Erik De Geerは、今回の研究には関与していないが、「非常に価値のある成果です」と評価している。

原発事故による放射性物質の放出過程の再現は、日本国内をはじめ世界各地にある数十か所の放射性核種モニタリングステーションで観測されたデータに基づいて行われた。その多くは、包括的核実験禁止条約機構(オーストリア:ウィーン)が核実験の監視のために運用している世界規模での観測ネットワークに属する。このデータに、カナダ、日本、ヨーロッパの独立観測ステーションのデータも付け加え、これらをヨーロッパと米国が保管している広域気象データと組み合わせた。

ただし、Stohl は、自分たちが作成したモデルは完全にはほど遠いものだとして注意を促している。原発事故発生直後の測定データが非常に少ないうえ、一部のモニタリングポストは放射能汚染がひどく、信頼できるデータが得られなかったからである。より重要なのは、原子炉から何が放出されたのかを知るためには、原子炉内で何が起きたのかを厳密に知らなければならないのだが、いまだ明らかになっておらず、永久に謎のままかもしれないという事実である。「チェルノブイリ事故から25年後もたった今でも、その推定値は不確かな部分が非常に多いのです」と Stohl は言う。

それでも、今回の研究は、福島第一原発事故を全般的に調査したものであり、De Geer は、「Stohl らは真に地球規模の視点から、現在入手できるかぎりのデータを利用して推定しています」と話す。

政府の発表

3月11日の地震後に原発で起こった出来事については、すでに日本の研究者たちが詳細な経緯を推定している。福島第一原発電の6機の原子炉が激しい揺れに見舞われた50分後、巨大津波が襲来し、緊急時に原子炉を冷却するための非常用ディーゼル発電機が破壊された。それから数日の間に、地震発生時に稼働していた3機の原子炉が過熱して水素ガスを発生し、次々に水素爆発を起こした。定期点検のために停止していた4号機では、核燃料は使用済み核燃料プールに貯蔵されていたが、3月14日にこのプールが過熱し、おそらく数日にわたり建屋内で火災が発生した。

一方で、原発から放出された放射性物質の量の解明は、事故の経過の再現に比べてはるかに難しい。政府が6月に発表した『原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書 ―東京電力福島原子力発電所の事故について―』では、今回の事故により放出されたセシウム137は1.5×1016ベクレル(Bq)、キセノン133は1.1×1019Bqと推定している2。セシウム137は半減期30年の放射性核種で、原発事故による長期的汚染のほとんどの原因となっている。一方、キセノン133はウラン235の崩壊によって放出される半減期約5日の放射性核種であり、原発事故や核実験の際、初期に観測される。

ところが、Stohl らが原発事故の再現結果に基づいて推定した放出キセノン133の量は1.7×1019Bq、セシウム137の量は3.5×1016 Bqで、政府の見積もりよりキセノンが約1.5倍、セシウムが約2倍となった。

キセノン133の放出量は、チェルノブイリの総放出量1.4×1019Bqよりも多いことになる。だが、De Geer によれば、チェルノブイリでは爆発した原子炉が1機であったのに対して、福島の事故では3機も水素爆発したことで説明できるという。また、キセノン133は生体や環境に吸収されないため、健康に深刻な影響を及ぼすおそれはない。 問題なのは、数十年にわたり環境に残存するセシウム137だ。Stohl らのモデルの値は、チェルノブイリ事故での放出量の約1/2に相当する。De Geer は、このような高い値が出たことを懸念している。今後、セシウム137が人々の健康に及ぼす影響を明らかにするためには、現在行われている地表での測定を進めていくしかない。

さらに、Stohl らは、4号機の使用済み核燃料プールに貯蔵されていた核燃料が、莫大な量のセシウム137を放出していた可能性を指摘している。政府はこれまで、プールからは放射性物質はほとんど漏れ出していないと主張してきた。しかし、研究チームのモデルでは、プールへの放水をきっかけに原発からのセシウム137の放出が激減したことが、はっきり示されている(図「原発事故の経過」参照)。つまり、もっと早い段階から4号機プールへの放水を行っていれば、放射性物質の放出をもっと抑制できたかもしれないのだ。

しかし、政府は、使用済み核燃料プール自体に大きな損傷はなく、使用済み核燃料が重大な汚染源になったとは考えられないと主張している。政府による公式推定値の算出にかかわった日本原子力研究開発機構(茨城県東海村)の茅野政道(ちのまさみち)は、「4号機から放出された放射性物質は多くはなかったと思います」と言う。だが De Geer は、核燃料プールの関与を含めた今回の新しい分析は、「説得力があるように見えます」と語る。

さらに今回の分析は、もう1つ新たなデータを提示している。地震の直後、津波が福島第一原発に襲いかかる前から、キセノン133が漏れ始めていたというのだ。つまり、原発は、津波が襲来する前から、地震によって損傷していたことになる。政府の報告書でも、福島第一原発電を襲った揺れの大きさが、原発設計時に想定されていた揺れを上回っていたことを認めている。反原発の活動家は、以前から、政府が原発を認可する際に地質学的な危険を十分に考慮していないと主張しており(Nature 448, 392-393; 2007)、今回のキセノンの大量放出は、原発の安全性についての評価方法の再考を促すことになるかもしれないと、山内は言う。

この事故で、首都圏はどうだったのか。実は、原発事故により甚大な被害を受けるおそれがあった。事故直後の数日間は、風は海に向かって吹いていたが、3月14日の午後、風向きが変わって陸に向かって吹き始め、セシウム137が東北南部から中部地方にまで広がっていった(図「放射性物質の拡散」参照)。実際、15日夜から16日未明にかけて雨が降った栃木県と群馬県の山間部では、のちに土壌から比較的高濃度の放射性物質が検出された。一方、首都圏では、そうした高濃度の放射性物質が上空を通過したときに、たまたま雨が降らなかったことが幸いした。「この時期に雨が降っていたら、東京も今よりずっと深刻な事態になっていたかもしれません」と Stohl は言う。(編集部註:ただし、(独)国立環境研究所の空間線量測定とシミュレーションによれば、21日から22日にかけても放射性物質が南関東に流れ込んだことが示されている。このときは、雨が降っていたため、南関東でも一部の地域で比較的高い線量が観測されていると思われる。)

(翻訳:三枝小夜子)

Nature原文 


チェルノブイリ事故との比較 福島第一原発事故との比較
(2013年3月28日現在 ウィキペディア)見出しのみ(参考サイト)


福島第一原子力発電所事故 放射性物質放出 事故重大度の評価
(ウィキペディア 2013年3月28日現在)から抜粋

2号機から放出された高濃度汚染水が含む放射性物質の量は、東京電力発表の水量と濃度[76]に基づけば330京 Bqである(詳しい計算とレベル7のチェルノブイリ原子力発電所事故などとの比較は、#原発内の水の放射能汚染と海・地下への放出 参照)。一部は海洋や地下水に漏れた[77][78]。


福島原発事故によるキセノン133の放出量は16700ペタBqでチェルノブイリの2.5倍!!
(2013年03月13日 正しい情報を探すブログ)

オーストリア気象庁が福島原発事故のデータを解析した結果、福島原発事故によるキセノン133の放出量は16700ペタBqということが判明しました。この1万6700ペタBqという数字はチェルノブイリ事故の時に観測された値の2.5倍に匹敵する数値で、マスコミなどが報道している数値よりも遥かに高い数値となります。

オーストラリア気象庁 福島原発事故によるキセノン放出データ


<単位の読み方辞典>から抜粋
・テラ(T)tera 10の12乗
・ペタ(P)peta 10の15乗

NHKスペシャル メルトダウンFile5. 「知られらざる大量放出」
(2014年12月21日(日)午後9時15分~10時13分 NHK)

史上最悪レベルとなった東京電力福島第一原子力発電所の事故から3年半。私たちは果たしてこの事故を検証し尽くしたのだろうか?
事故直後から、独自の取材と専門家による科学的検証を重ね、事故の真相に迫り続けてきたシリーズ「メルトダウン」。今回は、いよいよ“レベル7”とされた深刻な「放射能大量放出」の全貌に迫る。これまで「吉田調書」で知られる政府などの公的な事故調査は、1号機から3号機、3つの原子炉が次々にメルトダウンした3月15日午前中までを重点的に分析してきた。しかし公的調査では、「放射能大量放出」の全体像の一部しか明らかにならなかった。NHKが独自につかんだ新たなデータが示したのは、これまで検証されてこなかった放射能大量放出の事実。その放出によって、大熊町・双葉町の住民の帰還を阻む高濃度の汚染や、3月末の首都圏での飲料水の汚染など深刻な事態が引き起こされていたのだ・・・。いったい現場では何が起きていたのか?番組では、この「知られざる大量放出」を徹底検証。これまで分かった事実と併せて、事故の全貌を浮かび上がらせ、今に突き付けられた課題を探っていく。

セシウム放出4京ベクレル 従来推計の2倍 気象研
(2012年2月29日 朝日新聞)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故によって大気中に放出された放射性セシウムの総量は、最大約4京(けい)ベクレル(京は兆の1万倍)に上るという試算結果を気象庁気象研究所などがまとめ、28日公表した。

 旧ソ連のチェルノブイリ原発事故での放出量の約2割に相当し、従来の国内外の機関による推計値の約2倍だ。今回は北太平洋79地点で採った海水の放射能の実測値をもとに計算したのが特徴で、これまでの試算に比べ、より実態に近いと期待される。

 原発事故で放出された放射性物質の3割は陸、7割は海に広がったとされる。そのため、海のデータを考慮しないと、正確な放出量を試算することは難しい。

 気象研の青山道夫主任研究官らは昨年4~5月時点の海水のセシウム濃度を測定。これをもとに、大気や海洋での拡散モデルを用いて原発から大気中への放出量を計算したところ、セシウムの総量は3京~4京ベクレルとなった。

 このほか、このうちの約7割にあたる大気から海への降下分と、東京電力が原発から海に放出した汚染水の放射能を合わせると、推定約2.4京~3京ベクレルが海に流出したと推定された。

 セシウム137の大気への放出量(1.5京~2京ベクレル)で比較すると、日本原子力研究開発機構の値は0.88京ベクレル。国内外の研究者が出したデータは0.7京~3.5京ベクレルとばらついていた。

 研究結果は茨城県つくば市内で開かれている「環境放射能」研究会で発表された。(岡崎明子)

     ◇

 東京電力は28日、福島第一原発の港で、作業船から海底に試験的にセメントを流し込む工事を始めた。海底を覆い、たまった放射性セシウムが巻きあがって沖合に広がるのを防ぐ。3~4カ月で完了させる。

 防波堤の内側の海底約7ヘクタールを覆う予定。試験注入では、どれぐらいの厚さで覆うと効果が出るかを確かめる。悪天候で海が荒れ、工事が中断していた。

※追加資料

危機後の大量放出で汚染深刻化
(2014年12月21日18時36分 NHK)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故で放出された放射性物質は、核燃料のメルトダウンや水素爆発が相次いだ事故発生当初の4日間ではなく、その後に全体の75%が放出され汚染を深刻化させていたことが、日本原子力研究開発機構の分析で分かりました。政府などの事故調査はこの時期に何が起きていたかを解明しておらず、専門家は「放射性物質の大量放出がなぜ長期化したのか、原因の解明が求められる」と話しています。

福島第一原発事故の規模は、放射性物質の放出量からチェルノブイリ原発事故と同じ「レベル7」とされていますが、放出の詳しい全体像は明らかになっていません。

日本原子力研究開発機構の茅野政道所長代理らの研究グループは、原発周辺などで観測された放射線量の新たなデータを集め、大気中への放出状況を詳しく分析しました。その結果、事故が起きてから放出がおおむね収まった3月末までに放出された放射性物質の量は47万テラベクレルと推定され、このうち、核燃料のメルトダウンや水素爆発が相次いだ3月15日の午前中までの4日間の放出量は全体の25%で、むしろ、その後の2週間余りで全体の75%を占める大量の放出が続いていたことが分かりました。

さらに、当時の気象条件を基に拡散の状況を解析したところ、15日の夕方から深夜にかけて起きた大量放出で、今も帰還困難区域となっている原発周辺の汚染が深刻化していたほか、20日の夜から翌日にかけての放出が関東地方など広範囲に広がり、一部の水道水の汚染などにつながったとみられることが分かりました。

今回の分析結果は、事故の進展を食い止められず危機的状態とされた当初の4日間のあとも放射性物質の大量放出を抑え込めていなかったことを示していますが、政府などによる事故調査は当初の4日間に重点が置かれ、その後の放出の原因については解明されていません。

茅野所長代理は、「今後の原発事故の防止や事故の早期の収束のためにも、なぜこのような放射性物質の大量放出が長く続いたのかを解明していかなければならない」と話しています。

福島県では12万人余が避難生活
福島県では、今も12万人余りが避難生活を余儀なくされているほか、深刻な汚染が残る「帰還困難区域」は、大熊町や浪江町など6つの市町村に広がっています。

大熊町で畜産業を営んでいた池田美喜子さん(57)は、今も自宅や牧場周辺で年間50ミリシーベルトを超える被ばくが想定されていて、およそ50頭の牛を残したまま避難生活を続けています。池田さんは、20キロ離れた避難先から牧場に通って餌を与えていますが、出荷することはできず、悩んだ末、生き物への放射性物質の影響を調べている大学の研究チームに、牛を提供することを決めました。

池田さんは、「牛がかわいいので、本当につらいですが、寿命が来るまで十分に栄養を与えられないまま育てているよりも、せめて人の役に立つならばと研究に協力しています。帰りたいのに帰れない。原発事故が悔しいです」と話しています。

「完全にやり残してしまった」
東京電力福島第一原子力発電所の事故を巡っては、政府や国会が設置した調査委員会のほか、東京電力も調査を行い、それぞれ報告書をまとめています。しかし、いずれも核燃料のメルトダウンや水素爆発が相次いだ3月15日の午前中までに調査の重点が置かれていて、今回、放射性物質の大量放出が明らかになった15日午後以降に何が起きていたのかは、ほとんど触れられていません。

政府の事故調査・検証委員会の委員長代理を務めた作家の柳田邦男さんは、「15日以前のことに圧倒的に重点が置かれていて、15日以降については、付随して起こったことくらいの意識しかなかった。いちばん謎の多い原子炉からの放射能漏れのような点は、さらに継続して調査するという点では、完全にやり残してしまった」と期間がおよそ1年に限られた当時の調査を悔やんでいます。

そして、政府が常設の調査機関を作るべきだとしたうえで、「被害を受けた人たちは、なぜ自分がこんな目に遭うのか、原因をはっきりさせてくれと考えている。こういうニーズに対して、国も電力会社も応えていかなければならない」と述べ、被災者に寄り添った調査を続けていく必要性を強調しています。

http://www.asyura2.com/14/genpatu41/msg/466.html

「津波で電源喪失」 海外の実例知りつつ放置 保安院と東電

2011年の新聞記事の振り返り

想定超す津波 確率50年で10% 東電06年に試算、放置
(2011年10月19日 共同通信)

2011年10月19日 想定超す津波確立50年で10% 東電06年に試算、放置

「津波で電源喪失」認識 海外の実例知りつつ放置 06年に保安院と東電
(2012/05/15 共同通信)

 経済産業省原子力安全・保安院と東京電力が2006年、想定外の津波が原発を襲った場合のトラブルに関する勉強会で、東電福島第1原発が津波に襲われれば、電源喪失する恐れがあるとの認識を共有していたことが15日、分かった。

 東電は08年、第1原発に高さ10メートルを超える津波が来る可能性があると試算していたが、昨年3月の東日本大震災の直前まで保安院に報告していなかった。

 保安院によると、勉強会は04年のスマトラ沖地震で海外の原発に津波被害が出たことを受け、保安院の呼び掛けで電力数社が参加して設置。06年8月に「福島第1原発に14メートルの津波が襲った場合、タービン建屋に海水が入り、電源設備が機能喪失する可能性がある」との文書をまとめていた。
 保安院は、こうした情報が電力会社の社内で共有されているかは確認していなかったという。

 この問題をめぐり、東電の勝俣恒久会長は14日、国会が設置した福島第1原発事故調査委員会で、保安院がまとめた文書が社内の伝達ミスで経営陣に伝わっていなかったと証言。「(文書が上層部に)届いていれば、対応が図れたかもしれない」と述べた。

 枝野幸男経産相は15日の閣議後の記者会見で「上層部に伝わっている、伝わっていないは問題ではない。電力会社の代表が参加し、そこで共有された認識は、それぞれの事業者内部で共有されるのが前提だ」と批判した。

 東電の08年の試算では、第1原発の1?6号機で海抜8・4?10・2メートルの津波を想定。敷地の一部では最高で15・7メートルまで津波が駆け上がるとの結果も出ていた。震災の津波では実際に14?15メートルまで海水が到達した。(宮崎雄一郎)

◎海外の実例知りつつ放置 
 インド原発で津波被害 

 2004年のスマトラ沖地震でインド南部にあるマドラス原発では、津波でポンプ室が浸水するトラブルが起きていた。冷却用の取水ポンプが津波で使用不能となった東京電力福島第1原発事故の約6年半前。国や東電は海外の実例を知りながら、有効な対策を取らず放置した。

 津波に襲われたマドラス原発は22万キロワットの原発2基のうち1基が稼働中だった。警報で海面の異常に気付いた担当者が手動で原子炉を緊急停止した。冷却水用の取水トンネルから海水が押し寄せ、ポンプ室が冠水。敷地は海面から約6メートルの高さ、主要施設はさらに20メートル以上高い位置にあった。

 東日本大震災で大津波に襲われた第1原発は、海沿いに置かれたポンプ類や地下の重要機器が浸水。原子炉冷却機能を喪失し、事故を招いた。東電関係者は「社内では津波に弱いとの共通認識だったが、まさか大津波が襲うとは思っていなかった」と話している。(鎮目宰司)


原発隣接地帯から: 脱原発を考えるブログ
(西日本新聞2012年5月16日朝刊=共同通信)


大津波の警告「無視」保安院と東電

大津波の警告「無視」

2013/03/11

東京新聞を(勝手に)世界イチにする会

「東京新聞を(勝手に)世界イチにする会」という会を友人たちとつくりました。この会は、現在、購読者数が世界一である読売新聞よりも東京新聞の購読者を多くすることが目標です。 

毎日や朝日や西日本新聞などにもいい記事を書く友人たちがいるのですが、福島原発事故の後の東京新聞は、これまでのマスメディアにはなかった「新聞社をあげて、2年間、いい報道を続けている」という素晴らしい仕事を継続しています。

「原発報道」いちばん頼りにしている新聞

東京新聞を(勝手に)世界イチにする会
福島原発事故の後、多くの市民にハッキリと見えてきたのが、日本という国が「おカネを重視して、いのちを軽視している」という事実だと思います。

その潮流をつくることに「大きな貢献」をしてきた一員が、新聞やテレビなどのマスメディアだろうと思います。福島原発事故が起こる前まで、マスメディアは原発の問題を本腰を入れて報道することは稀でした。

大きな広告料を払ってくれるスポンサーやその企業が属する経済団体などに「配慮」した報道がなされてきました。しかし今、一部のメディアにそうしたことを反省する姿勢が生まれ、それを日々の報道の中で実践しています。

日本の社会を「いのちを大切にする社会」に変えていくためには、「いのちを大切にする報道」を市民が支持し、応援する必要があります。それがなければ、その新聞社やテレビ局は生き残ることができないからです。

逆に、原発事故の後も報道姿勢がほとんど変わらない新聞社があります。こうした新聞社が、これまで通りの支持を受け続けるなら、この新聞社は報道姿勢を変えることはないでしょう。

原発に関する報道の中で、ひときわ輝きを放っているのが中日新聞系列の東京新聞です。「東京新聞を(勝手に)世界一にする会」は、今、購読者数が世界一である読売新聞よりも東京新聞の購読者を多くすることを会の目標にしています。

そのためには、東京新聞を全国で読めるようにしなければならないでしょう。東京新聞が全国紙になることが理想ですが、まずはネット購読ができるように動きたいと思います。

東京新聞は「ネット購読の希望者が多ければ、検討します」とのことなので、私たちは勝手に「東京新聞をネット購読したい人」も募集しはじめようと思います。そして、東京新聞がネット配信を始めたいという気持ちになるくらいの購読希望者が集まったら、東京新聞に連絡する予定です。

「マスメディアを市民が育てる」ということをFacebookなどを使って、「実験」してみたいのです。いろいろ実験したいことがありますが、その一つは、こんなことです。

まず、皆さんから「これまでの東京新聞のいい記事」を投稿していただきます。そして、皆さんが、いい記事だと思うものは「いいね」や「シェア」をして下さい。そして、「いいね」には1点 「シェア」に3点が与えられ、定期的に集計されて「東京新聞いい記事ランキング」が発表されます。

この実験は、「ひとり一人の市民がメディアになる」ということでもあるでしょう。先では「妨害」も出てくるかもしれませんが、小さなことはあまり気にせず、このチャレンジを楽しみながら、おおらかにやっていきたいと思います。

多くの市民の力で「いのちを大切にするマスメディア」を育てましょう。

皆さんの参加をお待ちしています。

(写真は、2011年5月1日 genpatsu)から拝借
3.11以後の「原発報道」で、あなたいちばん頼りにしている新聞を一紙だけあげてください。
facebookより「通販生活おなじみの識者100人に聞きました」 

2013/03/02

2つの原発事故と再処理工場からの放射性物質の放出量

今年10月の稼動を目標にしている核燃料再処理工場。その「再処理」過程で放出される放射性物質の量は、信じ難いほど膨大だが、そのことをマスコミが取り上げることはほとんどない。その年間放出量は、チェルノブイリと福島の2つの原発事故と比較するとわかりやすい。

チェルノブイリ原発事故での総放出量   520京ベクレル(520万テラベクレル)
福島第一原発の事故直後だけの放出量  77京ベクレル (77万テラベクレル) 
★訂正 大気放出は90万テラベクレル 原発事故の放射性物質
★追加情報 半年間に海に放出された放射性物質の量=15京ベクレル 
再処理工場稼動による推定年間放出量  35京ベクレル (35万テラベクレル)
(大気中に33京ベクレル+海に2京ベクレル=35京ベクレル放出)
35京ベクレルを40年間、毎年放出する。35×40=1400京ベクレル
1400京ベクレル(チェルノブイリの2.7倍)の中に放射性トリチウムが含まれ、大気中に毎年1900兆ベクレル、液体で海に毎年1京8千兆ベクレル放出される。NHKの報道によれば、米国の原発から流れ出た微量の放射性トリチウムが地下水を汚染し、周辺地域でガンが急増している。

福島原発事故3号炉 煙


福島原発事故、最悪のレベル7 チェルノブイリと並ぶ
(2011/04/12 共同通信)から抜粋

 経済産業省原子力安全・保安院は12日、東京電力福島第1原発事故の深刻度を国際評価尺度(INES)の暫定評価で、最悪の「レベル7」とすると発表した。これまで放出された放射性物質の量について、保安院は37万テラベクレル(テラは1兆)、原子力安全委員会は63万テラベクレルと推定。1~3号機の全体評価として、レベル7の基準である数万テラベクレルを大きく上回ったと判断した。

 レベル7は、史上最悪の原子力事故とされる旧ソ連のチェルノブイリ原発事故と同じ。保安院によると、チェルノブイリでは推定で520万テラベクレルが放出された。保安院の西山英彦官房審議官は、これまでの放出量はその1割程度だとして「チェルノブイリとは相当異なる」と説明。だが東電の松本純一原子力・立地本部長代理は、放出が止まっていないことを踏まえ「放出量がチェルノブイリに匹敵する、もしくは超えるかもしれない懸念を持っている」とした。


放出77万テラベクレルと修正 第1原発、推計の2倍強
(2011/06/06 共同通信)から抜粋

 経済産業省原子力安全・保安院は6日、福島第1原発の1~3号機すべてでメルトダウン(炉心溶融)が起き、最も早い1号機では地震から約5時間後の3月11日午後8時に原子炉圧力容器が破損したとの解析結果を発表した。また発生から数日間に大気中に放出された放射性物質の量は77万テラベクレル(テラは1兆)と、従来の推計を2倍強に上方修正した。事態が東京電力の解析より急速に進んでいたことを示しており、事故の深刻さと汚染規模の大きさを裏付けた。


六ヶ所再処理工場
(ウィキペディアから抜粋)

六ヶ所再処理工場

<気体で大気中に放出する放射性物質>
放射性元素名      推定年間放出量 ベクレル/年 
クリプトン85 (Kr-85) 33京
トリチウム (H-3)   1900兆
炭素14 (C-14)       52兆
ヨウ素129 (I-129) 110億
ヨウ素131 (I-131) 170億
ルテニウム106 (Ru-106) 410億
ロジウム106 (Rh-106) 410億
セシウム137 (Cs-137) 11億
バリウム137m (Ba-137m) 10億
ストロンチウム90 (Sr-90) 7.6億
イットリウム90 (Y-90) 7.6億
プルトニウム240 (Pu-240) (α線核種) 2.9億
その他の核種 (α線核種) 4000万
その他の核種 (非α線核種) 94億

<液体で太平洋に放流する放射性物質>
放射性元素名 推定年間放出量 ベクレル/年
トリチウム (H-3) 1京8千兆
ヨウ素129 (I-129) 430億
ヨウ素131 (I-131) 1700億
ルテニウム106 (Ru-106) 240億
ロジウム106 (Rh-106) 240億
プルトニウム241 (Pu-241) 800億
セシウム137 (Cs-137) 160億
バリウム137m (Ba-137m) 160億
ストロンチウム90 (Sr-90) 120億
イットリウム90 (Y-90) 120億
セシウム134 (Cs-134) 82億
セリウム144 (Ce-144) 49億
プラセオジム144 (Pr-144) 49億
コバルト60 (Co-60) 41億
ユウロピウム154 (Eu-154) 14億
プルトニウム240 (Pu-240) (α線核種) 30億
キュリウム244 (Cm-244) (α線核種) 3.9億
アメリシウム241 (Am-241) (α線核種) 1.4億
その他の核種 (α線核種) 4億
その他の核種 (非α線核種) 320億


米原発で微量の放射性トリチウムが地下水を汚染し、ガンが急増(NHK) 大量にトリチウムを放出する六ヶ所再処理工場はどうなる?
(2012/01/03 風の便り)から抜粋

低線量被ばく揺らぐ国際基準(NHK)

“生涯100ミリシーベルトとされる被ばくの基準で、本当に健康への影響はないのか?”
福島をはじめ、全国の人々が現実に直面している放射能の脅威。国は「直ちに体への影響はない」と繰り返すばかりだ。その拠り所としているのが、ICRP(=国際放射線防護委員会)の勧告。広島・長崎の被爆者の調査データをベースに作られ、事実上の国際的な安全基準となっている。

しかし関係者に取材を進めると、1980年代後半、ICRPが「政治的な判断」で、被ばくでガンになるリスクを実際の半分に減らしていた事実が浮かびあがってきた。当時ICRPには、原子力産業やそれを監督する各国の政府機関から、強い反発が寄せられていたのだ。そしていま、世界各地で低線量被ばくの脅威を物語る、新たな報告や研究が相次いでいる。

アメリカでは原発から流れ出た微量の放射性トリチウムが地下水を汚染し、周辺地域でガンが急増。25年前のチェルノブイリ原発事故で、大量の放射性セシウムが降り注いだスウェーデンでは、ICRP基準を大きく上回るガンのリスクが報告されている。いま、誰もが不安に感じている「低線量被ばく」による健康被害。国際基準をつくるICRPの知られざる実態を追跡する。

世界一の原発大国アメリカ。ここではより影響を受けやすい子供たちに深刻な問題が起きていました。イリノイ州シカゴ郊外。周辺に3つの原発が集中しています。原発から排出される汚水には放射性トリチウムが含まれていますが、アメリカ政府は国際基準以下なので影響はないとしてきました。しかし近くの町では子供たちがガンなどの難病で亡くなっていました。

6年前に建てられた慰霊碑。足元のレンガにはこれまでに亡くなった100人の名前が刻まれています。

ソウヤーさん夫妻はガンと原発との関係を証明するため、州政府からあるデータを取り寄せました。過去20年間、全住民1200万人がどんな病気にかかったかを記した記録です。小児科医の夫ジョセフさんが分析したところ原発周辺の地域だけが脳腫瘍や白血病が30%以上増加。なかでも小児ガンは、およそ2倍に増えていました。


六ヶ所村の再処理工場→33京Bq


放射能の大気放出続く…1日154兆ベクレル

2013/02/25

福島で、子ども3人が甲状腺がん、7人にがんの疑い

「子ども3人が甲状腺がん、7人にがんの疑い」が判明してもなお、国や福島県は、子どものいのちを守ることを最優先にしていません。

福島県の子どもの甲状腺検査で、原発周辺13市町村の3万8114人のうち3人が甲状腺がんと診断され、7人が8割の確率で甲状腺がんの可能性があると発表されました。通常、100万人に1人か2人の発生頻度ですが、福島の場合は3.8万人に3人~10人の甲状腺がんが出ており、これは通常の80倍~260倍になります。

この件について、福島県の県民健康管理調査の検討委員会(座長・山下俊一氏)は、チェルノブイリ原発事故では4年後に発症が増加しているなどとして、福島原発事故の影響に否定的見解を示しています。チェルノブイリでは、事故後数年間の甲状腺検査が不十分だったという見方がある中で、原発事故の影響を否定する姿勢に疑問を感じます。

仮に、この見解が真実であったとしても、何が原因で通常の約80倍~260倍に子どもの甲状腺がんが増えているのかを明らかにする責任が国や県にはあります。それをしなければ、子どもたちを守ることができないからです。


<福島子ども調査>甲状腺がん、新たに2人 他7人に疑い
(毎日新聞 2013年2月13日)

 福島県が行っている子ども(震災時18歳以下)の甲状腺検査で、新たに2人が甲状腺がんと診断されたことが、13日の県民健康管理調査の検討委員会(座長・山下俊一福島県立医大副学長)で報告された。昨年9月に判明した1人と合わせ計3人になった。他に7人に甲状腺がんの疑いがあり、追加検査を行う。同検討委は原発事故の影響について否定的見解を示したが、「断定も否定もできない」と話す専門家もいる。

 疑いのある人を含めた10人の内訳は男性3人、女性7人で平均年齢15歳。11年度に受診した原発周辺13市町村の3万8114人の中から見つかり、地域的な偏りはないという。甲状腺がんと判明した3人は手術を終え、7人は細胞検査により約8割の確率で甲状腺がんの可能性があるという。7人の確定診断は今後の手術後などになるため、最大10人に増える可能性がある。

 記者会見した鈴木真一・県立医大教授によると、子どもの甲状腺がんの発生率は「100万人に1人」が通説。今回の検査は大きく上回るが、甲状腺がんは自覚症状が出てから診察する場合がほとんどで、今回のような精度での疫学調査は前例がなく比較できないという。さらに、チェルノブイリ原発事故では最短で4年後に発症が増加しているとして、鈴木教授は「元々あったものを発見した可能性が高い。(原発事故との因果関係は)考えにくい」と語った。

 福島県の甲状腺検査は約36万人を対象に実施中。環境省は福島と他地域の子どもたちを比較するため、青森県などで約4500人を対象に検査を進めており、結果は3月下旬に公表予定。【蓬田正志、泉谷由梨子】


甲状腺がん 新たに2人 東京新聞

「100ミリシーベルトは大丈夫。毎時10マイクロシーベルト以下なら外で遊んでも大丈夫」と発言してきた山下俊一氏が甲状腺検査の責任者を務めているのは、非常に危険である。子どもたちのいのちを守るために山下氏の発言をもう一度、振り返っておきたい。

「100ミリシーベルト以下の健康リスクは明らかには証明されていない、または非常に小さいというのが科学者の国際的合意だ。」

日本という国が崩壊しないよう導きたい。チェルノブイリ事故後、ウクライナでは健康影響を巡る訴訟が多発し、補償費用が国家予算を圧迫した。そうなった時の最終的な被害者は国民だ。」(毎日新聞)


山下俊一氏 福島県民の健康より 国家財政を重視する発言
(2012/10/11 風の便り)から抜粋

山下氏に甲状腺検査の責任者を任せ続けた場合、子どもたちの健康がどうなるかを皆で考えたい。

甲状腺検査:福島県外の子供と比較 内閣府方針
(2012年08月26日 毎日新聞)から抜粋

 福島第1原発事故を受けて福島県が始めた子供の甲状腺検査に関連し、国は放射線の影響の有無を調べるために県外でも同様の検査を実施し、今年度中に比較データを得ることを決めた。福島では受診者の約35%にしこりなどが見つかり、県は「良性の小さなのう胞やしこりは通常でもよくある」と説明しているが、通常の保有率の精密なデータがなく保護者の不安が募っている。国の担当者は「比較可能なデータを得て、福島の人々の安心につなげたい」という。

 チェルノブイリ原発事故で子供の甲状腺がんが増えたことから、福島県は昨年10月、震災時に0〜18歳だった県民約36万人を対象に超音波検査を始めた。今年3月末までに受診した3万8114人のうち35.8%にあたる1万3646人で結節(しこり)やのう胞(液体がたまった袋状のもの)が見つかり、186人が2次検査の対象となった。

 検査を実施している福島県立医科大の鈴木真一教授は、チェルノブイリ事故後に子供の甲状腺がんが増え始めたのが4〜5年後だったことなどから「現時点で放射線の影響が出ることはない」と説明する。一方、放射線の専門家からは「子供の一般的なしこりの保有率を調べて比べなければ、被ばくの影響の有無は判断できない」との指摘が出ていた。

 ◇説明不足、不安招く

 「子供の健康を見守り、安心してもらうため」として福島県が無料で実施している18歳以下の甲状腺検査に、保護者の不安が募っている。セカンドオピニオンを求めて県外の病院を受診する人も続出。背景には結果に関する県の説明不足がある。【須田桃子、鈴木泰広、坂井友子】

 福島県川俣町に住む60歳の女性は6月、4歳の孫を秋田市の中通(なかどおり)総合病院に連れて行った。車と新幹線で片道3時間、前日から宿泊し、甲状腺の触診と超音波、血液の検査を受けさせた。健康診断のため保険は適用されず、費用は約1万4000円。交通費なども約4万円かかった。

 福島県立医大から検査結果の通知が来たのは2月。「小さな結節(しこり)やのう胞(液体がたまった袋のようなもの)がありますが、2次検査の必要はありません」とあるだけで、約2年後の次回検査まで放置して大丈夫か不安が募った。秋田の病院で複数ののう胞を確認、気が動転した。医師は半年後の再受診を勧め「今度は病名がつき保険も使える」と言ったという。

 この病院には今年3月14日から約5カ月間で福島県の子供ら65人が訪れた。新潟や北海道、首都圏でも同様の受診が相次ぐ。福島医大が実施する県の検査は担当医を日本甲状腺学会など7学会に所属する専門医に限っているものの、検査は設備と経験のある医療機関ならどこでも可能だ。

 だが、遠くまで足を運ぶ人の中には、福島県内で検査を拒否された例が少なくない。会津若松市に避難する2児の母親(38)は市内の5病院に電話をかけ、断られた。「診てもらいたい時に診てもらえないなんておかしい」と憤る。

 医師らに理由を聞くと、「福島医大と異なる判断が出たら混乱を招く」(福島市の小児科医)▽「保護者の不安を解消するのは民間病院の役目ではない」(会津地方の病院)。県の検査に携わる医師の一人は「今回の福島医大の検査は放射線の健康影響を追跡する世界でも例のない疫学調査。他の病院で受けて県の検査を受けない人が出ると、邪魔することになる」と話した。

 福島医大の山下俊一副学長らが1月に日本甲状腺学会など7学会に出した文書の影響を指摘する声もある。県の検査結果に関する相談があった際、「次回の検査までに自覚症状等が出ない限り追加検査は必要ないことを、十分にご説明いただきたい」との内容だ。同学会に所属する医師の一人は「この文書に従うと、医師は診療を拒否してはいけないという医師法に反してしまう」という。

 保護者の不安が広がる中、浪江町は7月、県の検査がない年は町の診療所で検査する事業を独自に始めた。紺野則夫健康保険課長は「県は保護者や子供の気持ちが分かっていない。もっときめ細かく対応しデータを提供すべきだ」と話す。

◇「親の声を謙虚に聞く」

 福島医大で甲状腺検査の責任者を務める山下俊一副学長に、課題を聞いた

 −−検査の目的は

 ◆県民の健康増進のための医療サービスで、決して調査研究ではない。WHO(世界保健機関)の推計で、福島住民の被ばく線量はどんなに高くても100ミリシーベルト。100ミリシーベルト以下の健康リスクは明らかには証明されていない、または非常に小さいというのが科学者の国際的合意だ。

 −−県外でセカンドオピニオンを求める保護者が増えているが

 ◆改善策を考えなければならない。医師の考え方とお母さんの立場にギャップがある。謙虚に声を聞き、信頼関係を築きたい。

 −−放射線の影響をどう判断するのか

 ◆小さながんも見つかるだろうが、甲状腺がんは通常でも一定の頻度で発症する。結論の方向性が出るのは10年以上後になる。県民と我々が対立関係になってはいけない。日本という国が崩壊しないよう導きたい。チェルノブイリ事故後、ウクライナでは健康影響を巡る訴訟が多発し、補償費用が国家予算を圧迫した。そうなった時の最終的な被害者は国民だ。


ノーベル平和賞の「社会的責任を果たすための医師団」が警告

米国科学アカデミーによれば、安全な放射能の線量というものはない。過去数十年にわたる研究から、放射線はどんなに少ない線量でも、個々人の発がんリスクを高めることがはっきりと示されている。

日本で危機が続く中、人に発がんの危険が生じるのは最低100ミリシーベルト被曝したときだという報道が様々なメディアでますます多くなされるようになっている。これまでの研究で確立された知見に照らしてみると、この主張は誤りであることがわかる。100ミリシーベルトの線量を受けたときの発がんリスクは100人に1人、10ミリシーベルトでは1000人に1人、そして1ミリシーベルトでも1万人に1人である


原発労働者のガン 5ミリシーベルトで労災認定


非常に重要なドキュメンタリー
Fukushima Radiation NOT SAFE! (日本語字幕付き動画)

ものすごくショックを受けたニュース「子ども甲状腺にしこり3人に1人」2012/8/27

山下教授が発言を訂正「100マイクロSVは、10マイクロSVの誤り」
https://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-5769


甲状腺がん3人、7人疑い 福島県「被曝、考えにくい
(2013年2月13日 朝日新聞)

 福島県は13日、東京電力福島第一原発事故の発生当時に18歳以下だった3人が甲状腺がんと診断され、7人に疑いがあると発表した。チェルノブイリ事故では、被曝(ひばく)から最低4~5年後に甲状腺がんが発生しており、県は「総合的に判断して被曝の影響は考えにくい」と説明している。

 県は事故当時、18歳以下だった約18万人のうち、約3万8千人の甲状腺の超音波検査結果をまとめた。計10人の平均年齢は15歳、男性は3人で女性が7人。腫瘍(しゅよう)の直径は平均15ミリ。確定診断された3人は全員、進行がゆっくりしたタイプの早期だった。甲状腺の被曝線量などは不明だ。今回の調査対象は、飯舘村や浪江町など避難区域などの子どもたちだ。3人は手術でがんを摘出、通常の日常生活を送っているという。

 甲状腺がんの大半は進行が遅く、生存率も高い。診断30年後の生存率は9割以上。これまで、子どもの甲状腺がんの発生頻度は100万人に1~2人程度とみられていた。今回、それより高い頻度で見つかった。福島県立医大の鈴木真一教授は「今回のような精度の高い超音波検査で大勢の子どもを対象にした調査は前例がなく、比較はできない」と説明した。成人の超音波検査では3・5%に甲状腺がんが見つかったとの報告もあるという。

2013/02/21

原発事故から2年、「放射線管理区域」に住み続ける子どもたち

福島原発事故からまもなく2年。「放射線管理区域」に匹敵する場所に多くの子どもたちが住み続けています。通常、放射線管理区域には、一般人の立入りが規制されています。もちろん、そこで食事をしてはいけないし、子どもがそこで遊ぶことはできません。ところが、福島原発事故の後に、放射線管理区域と同レベルでも、それ以上に危険な場所でも「住んでいい」ということになりました。そして、100万人以上が今も住み続けています。被ばくの影響を最も受ける胎児、幼児、児童も住み続けています。

レントゲン室とおなじ、生活空間
(2013年2月14日 KAZE to HIKARI)から抜粋

放射能を身近に感じるのは、病院です。X線撮影やCT撮影する場所を『放射線管理区域』といいます。4万ベクレル/m2を超える可能性があり、一般の人は立ち入りを制限されている空間です。1ベクレルは、1秒間に1個の放射性核種が1回崩壊して放射線をだすことで、ここでは、1平米あたり1秒間に4万個の放射線が飛ぶことになります。

文部科学省の1024件の調査では、福島県の60%以上、栃木県、千葉県も50%以上が、このエリアの値を超えます。特に汚染のひどい双葉郡では、放射線管理区域の60倍から165倍という高い数値がでています。ここでは、昨年3、6、9、12月のデータ発表があり、現在でも放射能に減少傾向は見られません(Web資料)。

東日本大震災は、多くの命と、かけがえのないふるさとを、奪い去りました。復興庁の報告では、避難者として登録されている方は、31万6千人にもなります。時の流れは、そのことすら私たちの意識から消し去ろうとします。しかし、原発事故によって、レントゲン室の値を、はるかに超える放射線空間が、あの広大な東日本に、こつ然と現れたのです。

放射性セシウムの土壌検査

文科省のセシウム土壌調査

出典:ガンマ線放出核種(セシウム134、137、銀110m)の核種分析結果(第2次分布状況調査)
(平成24年3月1日時点)

●集計は、セシウム134と137を合算しました。

http://radioactivity.mext.go.jp/ja/contents/7000/6212/view.html

放射線管理区域とは、一般人の立入りが禁止の場所
この場所に匹敵する汚染地に100万人が住んでいる

(2012-07-12 原発問題)から抜粋

「黒い物質」の測定に関する覚書
京都大学原子炉実験所 小出裕章

福島原発事故からすでに1年以上の時が流れた。原子力発電所から北東に広がる60万ベクレル/m2という猛烈な汚染地域からは、約10万人の人々が追われた。

しかし、日本の法令を守るのであれば、放射線管理区域に指定して一般の人々の立ち入りを禁じなければならない、4万ベクレル/m2の土地は、東北地方、関東地方の広大な地域に広がっている。

日本の国は、その広大な土地を捨てることができないと判断し、人々をそこに取り残した。被曝を避けたければ、その土地を捨てて逃げるしかないが、国は何の賠償も支援もしないという。

力のある人の中には自力で逃げた人たちもいるし、せめて子どもを被曝させたくないとして、子どもと母親を逃がし、父親は汚染地にとどまっている人もいる。

しかし、農民や、酪農・畜産家などにとっては、土地そのものが命であり、容易には逃げられない。

今現在、数100万人の人たちが、放射線管理区域の中で生活し、子どもを産み、子どもを育てている。

国は、除染をすれば、被曝量を減らせるかのように言うが、人間には放射能を消す力はない。「除染」とは汚れを除くという意味だが、本当のことを言えば、汚れは除けない。できることは、汚染を移動させることでしかない。そのため、私は「移染」という言葉を使っている。

そして、人間が自分で汚染を移動させる他に、自然もまた汚染を移動させている。
山に降った汚染は、里に降りてくるし、川に流れた汚染は海に流れる。

全文

2013/02/06

農薬ネオニコチノイドに警鐘  「予防原則」で命守れ

★『予防原則』が重要
科学的証拠がそろってから行動したのでは手遅れとなる場合に重要なのが『予防原則』の考え方。取り返しのつかない結果を招く行為や重大な危害を引き起こす恐れがある行為に対して、たとえ科学的根拠が不完全でも、事前に危険を回避するために対策を講ずるという考え方が、今ほど必要な時代はないだろう。

★原発を強引に推進しようとしている経団連。その会長である米倉弘昌氏は住友化学会長でもあるが、ネオニコチノイド系農薬の大問題が指摘されても「目先の経済」を重視して「いのち」を軽視している。その姿勢は、原発とまったく変わらない。

農薬ネオニコチノイドに警鐘 
「予防原則」で命守れ 著者・水野さんに聞く

(2012年09月26日 西日本新聞)

 国や専門家のお墨付きをもらいながら、覆された事例は原子力の「安全神話」同様、少なくない。農薬の場合もまた、数多くの犠牲者を出しているのに確証がとれなかったために対応が遅れ、被害を拡大させた歴史を持つ。諸外国ではその危険性から一部で規制が始まったにもかかわらず、日本では使用量が増え続ける新農薬について警鐘を鳴らす「新農薬ネオニコチノイドが日本を脅かす もうひとつの安全神話」(七つ森書館、1890円)を著したNPO法人「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」の水野玲子理事に聞いた。 

 ―ネオニコチノイド系農薬とは。

 「広く使われている有機リン系に代わる新農薬として登場した。タバコの有害成分であるニコチンに構造式が似ており、この名がついた。日本では1990年代初頭に農薬登録され、『弱毒性』『害虫は殺すが人間には安全』『少量で効果持続』という触れ込みで浸透した。野菜や森林の松枯れ駆除以外にも家庭のコバエやゴキブリ殺虫剤、ペット、住宅建材などに使われはじめ、国内出荷量はこの10年で約3倍に増えた」

 ―ヒトの神経にも影響があるのか。

 「米国ハーバード大の研究者らは2010年、極めて低レベルであっても、有機リン系の代謝物が尿から平均より多く検出された子どもは、注意欠陥多動性障害(ADHD)になりやすいという論文を発表。昆虫の神経系を破壊しようとして開発した有機リン系農薬によって、人間の子どもも神経に異常をきたすことが、科学的に証明された」

 「神経伝達物質はヒトの自律神経だけでなく、脳や記憶、学習、情動のほか、免疫系や脳の発達に重要な働きをする。その神経系の構造は、昆虫もヒトも基本的には同じなのだ」。

 ―最近、神経系の病気が増えていると聞いた。

 「運動機能が衰え、手足の震えや筋肉の硬化が起きるパーキンソン病は、神経伝達物質をつくる神経細胞の劣化・消滅などが原因。日本では1980年からの30年間で、患者数は関連疾患も入れて13・6倍に増え、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの難病患者も急増している。有機リン系と違う形で神経伝達を阻害するネオニコチノイド系農薬もまた、各地で報告される空中散布によるとみられる健康被害やミツバチの大量死と照らし合わせると、有機リン系農薬と同様、人体への影響が懸念される」

 ―ただ、この手の話は、因果関係を明らかにするのが実に難しい。

 「だが、科学的証拠がそろってから行動したのでは手遅れだ。そこで参考になるのが『予防原則』の考え方。取り返しのつかない結果を招く行為や、重大な危害を引き起こす恐れがある行為に対して、たとえ科学的根拠が不完全でも、事前に危険を回避するために対策を講ずるという科学を超えた判断の指針だ。欧州などで政策を組み立てる際に採用され、ネオニコチノイド系農薬の使用もさまざまな局面で制限されている」

 「いたずらに危険性をあおるつもりは毛頭ない。しかし今回の原発問題では、専門家たちによってこれまで意図的に隠された真実が見えてきた。気づかないうちに私たちの暮らしに深く浸透しているネオニコチノイド問題もまた同じで、子どもたちの未来を守るには私たち一般市民が少しでも多くの知識を持ち、情報を共有することが大切だ」

 ●解説冊子好評 1万部

 NPO法人「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」が、ネオニコチノイド系農薬に疑われる危険性を解説した小冊子「ミツバチ・生態系・人間」(A4判、カラー、17ページ)が好評だ。これまで国内外で発生したミツバチの被害や規制の状況、農薬がヒトに影響すると考えられる論拠などについて、イラストを使って分かりやすく表現。増刷を重ね、発行部数は1万部に到達した。

 希望者は、300円分の切手を同封し〒160―0004、東京都新宿区四谷1の21 戸田ビル4階、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議に申し込む。問い合わせは事務局=03(5368)2735。

=2012/09/26付 西日本新聞朝刊=

住友化学を悩ます「農薬問題」 問われる人体への「深刻な影響」
(2012年11月30日 Yahoo!ニュース)

農薬のトップメーカー・住友化学が最重要商品に位置づけている新世代殺虫剤への風当たりが強くなっている。

 この殺虫剤は、1990年代以降に開発され、世界で急速に普及している「ネオニコチノイド系(以下ネオニコ系)」農薬の一つである「クロチアニジン」。国内ではダントツ(農業用)やフルスウィング(芝用)などの商品名で販売し、欧米ではバイエルクロップサイエンス社と共同で事業を展開している(商品名はポンチョなど)。

 ネオニコ系農薬はニコチンと類似の化学構造をもつ神経毒性物質で、クロチアニジンのほかバイエル社のイミダクロプリド(商品名はアドマイヤーほか)や日本曹達のアセタミプリド(同モスピランほか)など合計七種類が120以上の国で販売されている。2008年の総売上高は約15億ユーロ(約1500億円)だが、農業以外の使用分も含めればその2倍になるという。

<発達障害の原因の可能性あり>

 ネオニコ系農薬は幅広い害虫に効果がある一方、哺乳類や鳥類、水生生物には毒性が低いとメーカーは説明し、家庭園芸用からシロアリ駆除剤、ペットのノミ取り、コバエなどの害虫駆除剤まで身の回りでも広く使われている。

 その最大の特徴は、殺虫成分が根などから作物に浸透し、作物全体に移行する「浸透性」にある。昆虫は葉や実を食べても、樹液や蜜を吸っても毒が回り、神経をやられて死んでしまう。
 また効果が長続きする「残効性」にも優れており、致死量未満の量でも継続的に使用すると昆虫には致命的になる。

 このように使う側にはまことに都合がよい半面、標的以外の昆虫にはきわめて有害で、多くの国でミツバチ大量死の原因になっている。このためイミダクロプリドやクロチアニジンはフランス、ドイツ、イタリアなどで厳しい使用制限が課されている。

 日本でも各地でミツバチが大量死しており、それが一因になって09年には、イチゴやメロンに授粉するミツバチが全国で不足し、園芸農家が困り果てる騒ぎになったが、農林水産省は抜本的な対策をとっていない。

 最近、懸念が強くなっているのが人の健康への影響だ。

 青山美子医師(前橋市の開業医)と平久美子医師(東京女子医科大学)によれば、ネオニコ系農薬は人に摂取されると中枢神経系、自律神経系、骨格系に関連する多様な症状を引き起こす。脈の異常、指の震え、発熱、腹痛、頭痛、胸痛、短期の記憶障害も起きる。

 04年と05年に群馬県内で松くい虫防除にネオニコ系農薬を送風散布装置でまいた直後、多数の患者が受診したが、症状の出方が動物実験の結果とよく似ていた。

 また、国産の茶飲料と果物を大量に連続摂取した患者が、同様の症状で受診している。日本では、茶葉や果物、野菜へのネオニコ系農薬の残留基準が欧米にくらべて桁違いに緩やかに設定されていることが背景にある。

 これらの結果から平医師らは、ネオニコ系農薬は(欧米では多くが使用禁止になっている)有機リン系農薬より安全とはいえず、使用者だけでなく、一般市民にも健康影響を及ぼすと結論づけている。

 脳神経科学者の黒田洋一郎・元東京都神経科学総合研究所参事研究員によれば、米国や日本で90年代以降、自閉症や注意欠陥・多動性障害(ADHD)など子どもたちの脳の発達障害が激増した。原因として神経毒性をもつ殺虫剤が疑われており、米国で疫学調査の結果が出始めている。

 まず一昨年、より多くの有機リン系農薬に曝露された(摂取した)子どもにADHDになる率が高いことが示された。続いて昨年は、有機リン系農薬の曝露で子どもの記憶や知能指数(IQ)に悪影響が出ることを示した研究が3つも発表されている。

 ネオニコ系農薬は有機リン系農薬と同じように、人の重要な神経伝達物質の一つアセチルコリンの働きを攪乱する毒性をもっており、発達障害の原因になる可能性が大きい。

 ニコチンについては、妊婦が喫煙すると早産、低体重出産、ADHDなどの悪影響が出ることが分かっているが、ニコチンと似た構造のネオニコ系農薬に同じ毒性があっても不思議はない。

 しかし、現在の農薬の安全性評価では以上のような危険性は全く考慮されていない。このため研究者や市民団体からは「疑わしきは使用せず」という予防原則に基づき、有機リン系農薬やネオニコ系農薬の使用を禁止すべきという主張が出ている。

 ネオニコ系農薬への逆風をさらに強めようとしているのが、世界最大の自然保護機関・国際自然保護連合(IUCN、本部・スイス)だ。研究者らが09年にフランスに集まり、昆虫や鳥類が90年代以降、壊滅的な減少を示していること、その主要な原因の一つがネオニコ系農薬であることで一致した。これを受けてIUCNに「浸透性農薬タスクフォース」が設置され、昨年から活動している。

 IUCNは今年9月に韓国で開いた第五回世界自然保護会議で、浸透性農薬の地球規模の脅威に取り組む決議を採択した。それに先立って東京でフォーラムを開き、内外の研究者がネオニコ系農薬の生態系と人の健康への影響をめぐって報告と討論を行った。

 タスクフォースは今後、科学的証拠の検証や人体への影響の調査を進め、確証が得られ次第、世界で広報活動を展開し、政界と経済界にこの農薬の禁止や規制を働きかけていく。

 かつて、強力な殺虫効果をもつDDTは「奇跡の農薬」といわれ、大量に使われた。しかし分解されにくく、環境中に放出されると食物連鎖を通じて生物の体内に蓄積し、鳥たちを死に追いやる。その事実を米国の作家レイチェル・カーソンが『沈黙の春』で告発。それがきっかけになって使用が禁止されるようになった。

「沈黙の春を繰り返すな!」を合言葉にしたIUCNの活動が、ネオニコ系農薬を「第二のDDT」とする日が来るかもしれない。

<経団連会長会社の倫理観>

『沈黙の春』の時代から農薬の規制は常に不十分で、多くの野生生物を殺し、人にも被害を及ぼしてきた。しかし、生態系の保全や人の命を最優先しようという21世紀になって、同じ過ちを繰り返してはならない。

 国内では厚生労働省や環境省が規制強化を検討すべきだ。同時に経団連会長会社である住友化学の倫理観や経営姿勢も問われる。生態系を乱し、人体に悪影響を及ぼすような農薬を、儲かるからといって販売し続けることは許されまい。

経団連会長 安倍総裁


ネオニコチノイド系の農薬
(2009-11-26 雁屋哲の今日もまた)

 今日は、次回の「美味しんぼ」「環境編」その2の取材に前橋まで行ってきた。 当地で内科小児科を開業されている「あ」先生をお訪ねして、ネオニコチノイドの話を色々伺った。

 有機燐系の農薬が人体に非常な害があると言うことで、その代わりに登場したのがネオニコチノイド系の農薬だ。

 最近、世界各地でミツバチが姿を消していることが話題になっている。
 その原因はネオニコチノイド系の農薬であるとされて、フランス、イタリアなどでは使用が禁止された。

 ミツバチは農作物の受粉に大きな役目を果たしている。
 ミツバチは、花の蜜と花粉を得たいが為に花に潜り込んで蜜を吸い、花粉を集めるのだが、その行為が花粉をめしべに付けるという極めて重大な役目を果たしているのである。

 ミツバチがいないと、花は幾ら咲いても受粉が出来ず、果物も実らない。
 ところが最近、有機燐系の農薬に変わってネオニコチノイド系の農薬が使われるようになって、状況が一変した。

 ネオニコチノイド系の農薬は、蜂の神経系を破壊し、そのために多くの蜂が死に、さらに、一旦巣を出た蜂が自分の巣に戻ることが出来ずにのたれ死にすることが続き、ヨーロッパでもアメリカでも、日本でも、ミツバチが大量に死滅する現象が起きている。

 私は、このネオニコチノイド系の農薬は最初、そのミツバチの問題だけとして考えていた。
 しかし、今日「あ」先生のお話を伺って、これは蜂どころの問題ではない、我々人間もこのネオニコチノイド系の農薬によってひどい害を受けており、このままでは、日本人全体が滅びかねないという事実を認識した。
 ネオニコチノイド系の農薬の人体に対する悪影響をきちんと科学的に検証し始めたのは「あ」先生を始め、数人の医学者だけで、厚生労働省の役人たちは「あ」先生の資料を見もせず、鼻であしらってこの問題を考えようともしないそうだ。

 この、ネオニコチノイド系の農薬の話は、来年から始まる「美味しんぼ」の「環境問題篇」で取り上げるが、自分たちの命と健康に関心のある方は、直ちに、このネオニコチノイド系の農薬について、色々と調べ始めて欲しい。

「あ」先生が強調されたのは、自然の山の水、御不動様の水、何々山のわき水、などと言う物を一切飲むのはやめにしていただきたいということだ。

 ネオニコチノイド系の農薬は地下水に入り込み、見た目には麗しい清水はネオニコチノイド系の農薬で汚染されているというのだ。

 特に、その周囲数十キロメートルの範囲にゴルフ場があるようなところの湧き水は飲まない方が良い。ゴルフ場は、あの芝生を保つために大量の農薬をまき続けているのである。ゴルフ場は農場ではないので、農薬の規制など無い。あの麗しいグリーンを保つために大量の農薬をまき続けている。

 その農薬が地下水にしみこみ、その数十キロ範囲内の湧き水に溶け出す。湧き水だから、自然で健康によいと思ったら大間違い。

 湧き水や、どこぞの山からくみ出した自然水などとうたっているペットボトル入りのいわゆるミネラルウォーターはネオニコチノイド系の農薬に汚染されているというのが「あ」先生のご意見である。

 また、ネオニコチノイド系の農薬の一つアセタミプリドMRLのリンゴに対する使用基準は、EUが0.1pp、アメリカが1.2ppm。それに対して日本は5ppm.

 イチゴについては、EUは0.01ppm,アメリカは0.6ppm。それに対して日本は、5ppm、となっている。

 茶の葉に至っては、EUの使用基準が0.1ppmに対して、日本は50ppmである。500倍もの差がある。これは一体どう言うことだ。

 だから「あ」先生は、ペットボトル入りの緑茶飲料、ウーロン茶など飲んではいけないと仰言る。確かにそんなに大量にネオニコチノイド系の農薬を使ったお茶の葉で作ったお茶は冗談じゃないと言うことになる。

 私達はミツバチの二の舞はごめんだ。

 健康のために毎日リンゴを食べ、イチゴを食べ、茶を飲むことで返ってネオニコチノイド系の農薬という毒物を体に取り組んでいることになる、と「あ」先生は仰言る。EUと日本のこの使用基準の違いは何だというのだろう。われわれもヨーロッパジンも同じ人間だろう。彼らに毒である物が我々に毒ではないはずがない。

 私は、ミツバチの問題を取材に行って、実はネオニコチノイド系の農薬はミツバチどころか我々人間の健康を損なっていると言うことを知って、大きな衝撃を受けた。

 この件は、更に詳しく調べて、「美味しんぼ」の「環境問題篇」その2で、きちんと書く。

 とりあえず、読者諸姉諸兄に、ネオニコチノイド系の農薬という恐ろしい物が我々の生活を既に破壊し続けていると言うことを認識していただきたい。

雁屋 哲

(写真は2012年09月26日 西日本新聞=「しまちゃんの愛し糸島ブログ」から拝借)

2013/01/28

世界で最裕福な100人の年収は世界の貧困終結に必要な額の4倍

世界レベルで貧富の差が拡大:オックスファム報告書
(2013/01/19 オックスファム ジャパン)

世界で最も裕福な100人の年収は、世界の貧困を
終結させるために必要な額の4倍に相当
:オックスファム報告書

世界のリーダーは、
少なくとも1990年の水準にまで世界の貧富の差を縮小させるべき

スイス・ダボスにて来週開催される世界経済フォーラムに先立って本日発表されたブリーフィングの中で、オックスファムは世界で貧富の差が極端に拡大しており貧困削減の妨げになっていると警告しました。

オックスファムが発表した報告書「不平等の代償:なぜ極端な富と貧困は世界中の人々に負の影響をもたらすのか」によると、最も裕福であるとされた100人の2012年の総収入は2400億ドル(約21.6兆円)で、世界の極度の貧困を終わらせるために必要な額の4倍に相当します。

オックスファムは、この極端な富の集中を軽減し、少なくとも1990年の水準にまで貧富の差を縮小させることを世界のリーダーに求めます。

世界の最も裕福な1%に当たる人々の収入は、20年前に比べて60%増額しています。近年発生した金融危機により、一部の人々への富の集中にさらに拍車がかかっていたことがわかりました。

このような極端な富と資産の集中は、倫理的でないばかりか、世界全体で見ると経済的でなく、政治・社会的な対立を生み、偏った経済活動は環境にも負荷の大きいものになっています。

オックスファムのバーバラ・ストッキング事務局長は、「少数の人に富を集中させてでも経済が発展しさえすれば、いずれは多くの人々の経済状況を改善するのだという考えを取り払うべきです。明らかに逆のことが起こっています」と述べました。

「世界の頂点にいる1%の人々に資源が集中していることは、経済活動の低下につながり、残り99%の人々、特に貧困の底辺にいる人々の生活を困難なものにしています。」

「土地や水といった基本的な資源でさえ貴重になりつつある世界で、少数の人々の手に資源を集中させ、大多数の人々が残りを奪い合うというような現状は容認できません。」

「最も裕福な1%の人々は、アメリカ合衆国の平均的な市民の1万倍の炭素を消費していると推測されます。」

世界のリーダーは、不平等を軽減しながら急速な経済成長を遂げたブラジルのような国の成功例や、既得権益に切り込み不平等を減らした1930年代のルーズベルト・元アメリカ合衆国大統領のニューディール政策のような歴史的成功例に学ぶべきだとオックスファムは語っています。

ルーズベルト元大統領は、「アメリカが勝ち取った政治的平等は、経済的な不平等の前には意味をなさない」と述べています。

さらにストッキング事務局長は次のように述べました。
「深まるばかりの不平等に対し、私たちは世界的なニューディールが必要になっています。まず1990年の水準にまで不平等を軽減することを、世界のリーダーたちは公約すべきです」

「タックスヘイブンや実行力に乏しい労働法規など、グローバル経済のシステムは富裕層により有利なように作られています。世界のリーダーたちは、このシステムを見直し、一部のグローバルエリート層だけでなく人類全体に裨益するようにするべきです。」

世界の富の約3分の1にあたる32兆ドル(約2880兆円)が集まるタックスヘイブンを閉鎖すれば、1890億ドル(約17兆円)の税の増収になります。

また、オックスファムは以下の対応を新ニューディールとして提唱します。

– 税の逆進化傾向を世界的に反転させる
– 法人税に関するグローバルな最低税率を設定する
– 資本収益に対する賃金比率の向上策を実施する
– 無償の公共サービスや社会セーフティネットへの投資を増額する

いま、水俣病 と 原田正純医師から学ぶこと

固い信念と温かい人柄が、患者さんの心の支えになっていた。
水俣病研究の第一人者、原田正純氏死去
自分だけの豊かさや便利さを優先し、
そのしわ寄せを受けた人々を切り捨てた

(共同通信 2012/06/12)から抜粋

 胎児性水俣病など水俣病研究に取り組み、患者の早期救済を訴えてきた医師で熊本学園大水俣学研究センター顧問の原田正純(はらだ・まさずみ)氏が11日午後10時12分、急性骨髄性白血病のため熊本市の自宅で死去した。77歳。鹿児島県出身。

 熊本大大学院に在籍していた1961年夏、初めて熊本県水俣市で被害者を診察、その悲惨な生活にショックを受けた。以後、一貫して水俣病研究に取り組んだ。

 64年、胎盤は毒物を通さないという当時の通説を覆し、胎児が有機水銀中毒になる胎児性水俣病を研究した論文を発表し、大きな衝撃を与えた。65年に同論文で、日本精神神経学会賞を受賞した。

 一連の水俣病訴訟では患者側証人として出廷し、複数の症状の組み合わせを求める国の認定基準を批判し、より広く認定するよう訴えた。

 熊本大助教授などを経て、2002年には熊本学園大で「水俣学」講座を開講。05年、同大で「水俣学研究センター」を立ち上げセンター長に就任し、医学以外の視点からも水俣病研究を先導し続けた。
 ブラジルや中国など海外にも足を運び、水俣病の疑いのある患者を発見した。

 著書も多く、「水俣病」(岩波書店)は英語、韓国語などに翻訳され、問題を世界に広く伝えた。「水俣が映す世界」(日本評論社)で大仏次郎賞を受賞した。

「差別が根本原因」と指摘 患者の心の支えにも 

 「自分だけの豊かさや便利さを優先し、そのしわ寄せを受けた人々を切り捨てた」―。11日死去した 原田正純氏は水俣病の原因企業チッソや行政の責任を問う一方で「人を人と思わない差別こそ、水俣病の根本的原因だ」と指摘してきた。その固い信念と温かい人柄は、救済を求める患者の心の支えとなった。

 熊本大大学院生時代から「胎児性水俣病」を研究。被害の実態を明らかにするとともに「チッソは有機水銀が原因と気付いてからも排水を流した。行政はそれを放置し、本格的な被害調査すらしなかった」と国やチッソを痛烈に批判。一連の水俣病訴訟でも原告患者の証人として証言した。

 複数の症状の組み合わせを求める水俣病認定基準も「医学的に誤り。基準に合わなくても、明らかに水俣病とみられる患者が大勢いる」と厳しく批判した。「水俣病では当たり前のことが、なぜ当たり前と認められないのか」と憤った。

 ただ、原田氏は「権威を振りかざす一部の専門家が行政に加担し、認定基準をゆがめ、多くの患者が救済の枠から外れた」として、専門家にも水俣病問題の責任の一端があると考えていた。

 そうした苦い経験から、原田氏は“水俣病の権威”と呼ばれるのを嫌い、行政から研究費を受け取るのも好まなかったという。また、カナダや中国などで水俣病とみられる患者を発見したことを悔しがり、「世界で水俣の悲劇が繰り返されつつある」と警鐘を鳴らしていた。

「水俣病の伝道者」 関係者から惜しむ声 

水俣病の早期救済を訴え続けた医師 原田正純さん(77)が死去した11日夜、熊本県内の水俣病関係者は故人の死を惜しんだ。

 一連の水俣病訴訟で原田さんと原告の患者を支える活動をしていた熊本大の富樫貞夫名誉教授は「患者に学ぶ道を一貫して歩んできた。水俣病が広く知られていないころから論文の発表や講演を繰り返してきた姿はまさに水俣病の『伝道者』だった。大きな穴がぽっかりとあいた思いだ」としみじみと語った。

 原田さんがかつて教授として勤めていた熊本学園大の丸山定巳教授は「ついに力尽きてしまった。患者の立場になって医学的知見を活用していた原田先生がいなくなってしまったことは大きな痛手だ。未認定患者救済など、まだやり残したことがあったはず。残念だ」と悔しがった。

 同大水俣学研究センター長の花田昌宣さんは「水俣病患者に寄り添った人を亡くした。残念でならない。今はそれしか言えない」と言葉少なだった。

(共同通信)


原田正純 水俣 未来への遺産
(2012年11月4日 夜10時 NHK)

半世紀にわたって水俣病に向き合い続けた医師・原田正純さんが、今年6月、急性骨髄性白血病で亡くなった。77歳だった。今年7月、水俣病の特別措置法に基づく被害者救済の申請受付が締め切られた。公式確認から56年。最終解決を目指すとされる国の救済策が閉ざされる一方で、なお多くの潜在的な被害者が残るとみられている。こうした現状に一貫して警鐘を鳴らし続け、常に患者に寄り添い続けたその人生を通して、原田さんは私たちにさまざまなメッセージを残した。

原田さんは、昭和35年、熊本大学の大学院生だった時から水俣病に関わり始め、亡くなるまで50年以上、常に現場に足を運び、水俣病患者を診てきた。昭和37年には、母親の胎盤は毒物を通すことはないとされていた、当時の医学界の常識を覆して、母親の胎内で水銀に冒された「胎児性水俣病」を証明した。以降、胎児性患者の人たちとのつきあいは亡くなるまで続き、一番の相談相手であり続けた。1軒1軒、未認定患者宅訪ねて、掘り起こしにも取り組んだ。

水俣病以外にも食品公害・カネミ油症や三池炭鉱爆発事故による一酸化炭素中毒など全国各地へ足を運んだ。さらにはブラジルやカナダの水銀汚染、ベトナムの枯れ葉剤被害など、世界各地の現場にも向かった。見えたのは「加害者は圧倒的に大きな力を持つ企業や行政であり、被害者は弱い立場に置かれた住民」という社会のひずみだった。

平成21年に水俣病の特別措置法が成立すると、不知火海沿岸住民の大規模検診を呼びかけ、埋もれた被害者の存在を訴えた。原田さん自身、胃がんや食道がん、脳梗塞など、何度も重い病気を患ってきた。それでも現場に足を運び、患者と向き合い続けた。

番組では、NHKが長年にわたり記録してきた原田さんの映像と、その志を引き継ぎ、活動を続ける人たちへの取材を通して、医師・原田正純さんの人生とその言葉を振り返り、原田さんが問い続けたもの、私達に残したものを見つめ直す。

(語り)上田早苗アナウンサー



水俣から21世紀へ 原田正純 講義録

はじめに

 僕が大学に入ったときは脳のことを勉強したくて神経精神医学に入ったのですが、たまたま私が入った時期は水俣病の原因がわかった時で(1959年)、水俣病と出会ったのです。水俣と出会わなければ今頃父を継いで、田舎の医者になっていたでしょう。水俣との出会いにより、世界が広まったし、よかったと思っています。
 まず最初の患者さんに出会って「さあ、どうする」とつきつけられたのですが、何をすることもできない、何をしてよいかも分からない。では、その時を記録したビデオを見てください。

(VTRより)
まず猫が狂いました。これが狂っている様子。これが猫踊りと言われた症状で、村の人は「猫が自殺した」といった。これは、漁師の方。運動が円滑に行かない。運動失調、共同運動障害の状態。通常では、複数の筋肉が一緒に動いて体が動いているが、共同運動障害が起こると、通常しているようには体が動かせなくなる。完全にできなくなるわけではないが、なんとなくぎくしゃく、ふらふらしているでしょう。だから、障害の程度がわかりにくい。また、視覚障害によりふらふらする場合もあります。日常生活における細かな動作がぎくしゃくしてしまい、網をつくろったり魚を揚げたりができなくなり漁師さんたちは漁ができなくなってしまいました。

この子は5歳で発病し、20歳で亡くなりました。一番重症で十何年間、鼻からチューブを通して生きました。あるジャーナリストは「生きる人形の告発」といって、ドキュメントをかきました。動かないわけじゃないけど、ほとんど目が見えない。

胎児性水俣病

 胎児性水俣病は、胎盤を通って子供が中毒になるということです。同じような年に生まれた子供たちがたくさん、障害をもって生まれてきたわけです。その時は脳性小児麻痺と診断されていたが、原因が何かがわかっていなかった。メチル水銀だと睨みをつけたが、それを証明するのが難しかった。当初は水俣病の原因もわかっていない状態で、生まれた時の水銀値など測っていないから診断が遅れてしまった。

 このころは障害がいかにひどいかを強調したが、この子たちは研ぎ澄まされた感性を持っている。確かに知能は悪いが直感、センスは抜群にいいのです。

 当時毒物は胎盤をとおらないと考えられていたため、胎児性という概念すら存在しなかったのです。このような現実をつきつけられて、あなたならどうしますか。私たちは本当にとまどいました、ただ呆然としていました。逃げる方法だってありました。何も病気は水俣病だけじゃないのだから、他の病気の専門家になってもよかったのです。だけど、僕は逃げませんでした。

水俣病の発見

 1956年5月1日、水俣病が正式に発見されました。これは熊大が水俣病を発表したファーストレポートです。注目してもらいたいのは、写真に出ている患者がみんな子供であることです。環境汚染の影響を真っ先に受けるのは、子供や年寄りなど弱いもの、生理的弱者だということです。このレポートをみて、チッソの病院の院長が保健所に届けたのです。その日が5月1日でした。今は、この日に市が慰霊祭をするようになりました。

 これは、報告第1号の患者の家です。ごらんのように窓からサカナがつれるくらい海のそばの家です。自然の中に自然と共に生きていますね。このような人たちが環境汚染の被害を真っ先に受けます。そして自然と共に生きている人々は、世界中で大体において貧しい人ですね。生理的弱者とともに社会的弱者も環境汚染の被害を受けやすいのです。環境被害のしわ寄せというものは弱者にまず来るということを、一つの教訓として水俣病は私たちに示しています。

 この子が今の家の子です。この子は2歳11ヶ月で発病して今日まで生きています。もう50歳に届こうとしています。しかし彼女は発病以来、全く言葉を失い、自分でごはんを食べることもトイレに行くこともできない全面介護です。ただ毎日窓から海を見て、にやにや笑ってよだれを流している。両親も亡くなり姉が面倒をみているけれど、それはもう大変です。しかし私たちにとっては、この人は非常に大切な人である。この人が生きている限り水俣病の問題は終わらないのだから、みんな一生懸命長生きすることを願っています。見えても、聞こえてもいるようですが言葉を一言も発しないです。逆にいうと仏さんのようです。

ハンター・ラッセル論文との出会い

最初は、何の病気かわからなかった。患者の特徴を見つけるため症状を分類したら、視野狭窄やしびれなどが特徴的に見られました。患者はばたばた死んでしまい、解剖をさせてもらうと、やられ方に特徴があることがわかった。脳のうち強くやられるのは、視覚・感覚・運動の中枢です。類似の症状を世界中の病気から探し始めました。すると、イギリスの有機水銀汚染の症状が浮かび上がってきました。水俣病の原因究明を決定的にした、ハンター・ラッセル論文との出会いです。そこで水銀を調べてみると、魚、ヘドロ、人の髪の毛、死亡者の臓器の中からも大量の有機水銀が発見されたのです。ここまで2年半かかりました。

厚生省はこの間、「海の魚が全部有毒化した証拠がない」として食品衛生法を適応しませんでした。これは例えば、仕出し弁当を食べて食中毒になったとする。今では食品衛生法でその弁当は販売禁止になるだろう。これが水俣の場合は、弁当の中の原因が唐揚げなのか、刺身なのか、わからないからまぁ一時食べていいと言っているようなものです。水俣病の拡大に対して、行政に何の責任もないといえるでしょうか。

自然界における生物濃縮

工場の中でアセトアルデヒドを作る時に、触媒として水銀を使います。その水銀がメチル化して、工場の排水口から海に流れ出したのです。これは不知火海の写真です。海は広いため、毒が希釈されます。それで毒は毒でなくなるというのも事実です。しかし同時に自然界の中には、薄まったものを濃縮する働きもありました。

つまり、毒が魚の中に濃縮されていったのです。水俣にはたくさんの魚が住んでいます。この魚たちが死なずに生き残り人間や動物がそれらを食べたから、水俣病が起こったのです。どうせなら海の魚が全部死んでしまえば(中国の吉林省のように)、水俣病は起こらなかった。しかし、水俣の海が豊かすぎておいしい魚がたくさん生き残ったというのが悲劇なのです。

当時の患者の生活

 不知火海の様子です。不知火海沿岸の漁村は非常に険しいところにあります。国道から漁村に入るには、山越えをしなければならず、人々は水俣から船で行きました。そして漁村では冷蔵庫もなく、魚は食べる分だけ捕りました。この周りに住んでいる人々は、当時ほとんど同じものを食べて暮らしていました。

1人患者が出るということは、周りの人々すべて患者の恐れがあるのです。また田んぼもないため、当時は芋と魚しか食べ物がなかった。そういう暮らしが水俣病の背景にあったことを知らなくてはなりません。それが原点なのです。

公害の原点

水俣病はなぜ公害の原点と言われるのでしょうか。世界で公害はたくさんありますが、産業による環境汚染が起こり食物連鎖を通して公害病が発生した例は、水俣が初めてだったのです。当時「水俣病」という病名を変えようという署名運動が起こりました。患者には居場所がありません。僕は学会で強く反対しました。ただの「有機水銀中毒」としては、水俣以外の「有機水銀中毒」と区別がつかなくなってしまいます。これでは、水俣の教訓を残すことができないのです。水俣病の固有性を理解するべきなのです。

原因究明への阻害

 熊大医学部が原因解明までに2年半かかったと言いましたが、これはラッキーな方です。下手すれば迷宮入りになった可能性はたくさんあった。なぜなら、熊大医学部はチッソのことは何も知らなかったのです。チッソ内部を一番知っていたのは、工場の技術者です。しかし彼らは、原因が明らかになることによってチッソが不利益を被ると思い、協力でなくむしろ妨害をした。今考えれば原因を早く突き止め、対策を早く打ったほうが、損失は少ないはずです。そのことを当時はわからなかったのですね。

患者の立場

 原因解明でめでたしめでたしと思われていましたが、その陰で患者さんたちは見事に閉じこめられた。家にこもって出てきませんでした。熊大の先生は来ないでくれ、と言われたのです。なぜか、どうしてもわかりませんでした。患者は何も悪いことをしていないのに。(スライド)これは、当時の患者さんたちの家の写真です。なんというあばら家でしょうか。その上、魚を食べないと生きていけないのです。本当にショックでした。ここに人が住んでいると想像できますか?このような家に住んでいる患者さんたちは、私たちの来訪を拒んでいました。

胎児性のヒントをくれた母子との出会い

その理由を探してふらふらしていたとき、ひとつのヒントに出会いました。ある日2人の子供が道で遊んでいました。母親に「2人とも水俣病か。」ときくと、「兄は水俣病だけど、弟は脳性小児麻痺だ。そう診断された。」と答える。まったく同じ症状なのにそんなおかしなことがあるかと思って詳しく聞くと、弟は「生まれつき」この症状で、つまり水俣の魚は食べていないのだから「水俣病」ではないのだということです。一端納得しました。なぜなら当時は、胎盤を通じて毒物が胎児に伝わるとは考えられていなかったのですから。

しかし母親は次のように言ったのです。「わたしはそう思いません。先生考えてみてください。魚をみんな、一緒に食べた。一緒に食べた主人は水俣病で死んだでしょう。一緒に食べた上の子は発病したでしょう。私も食べたが、私は元気だ。私の食べた水銀はおなかの中のこの子にいったから、下の子も発病したのでしょう」

それも説得力あるなと思った時に、母親に「あの村に行ってごらんなさい。そこでは、この子と同じ年に生まれた子供はみんな脳性麻痺ですよ。そんな馬鹿なことってありますか。」と言われました。そして行った先が、先ほどのビデオの子供たちの村です。これを見た時僕はショックでした。十人の小児水俣病に七人の脳性小児麻痺と、村の子供は全滅ですよ。しかしショックであったと同時に、確信を得ました。毒が胎盤を通って中毒が起こるということを。胎児性水俣病を何とか解決しようと決心した、運命の出会いでした。

胎児性水俣病の証明に至る

自分は世界で初めて胎児性水俣病を発見したと思っていましたが、実はみんな気づいていました。しかし、他の人も行き詰まっていました。何が行き詰まっていたかというと、

(1)小児科:一般の小児麻痺との違い
  →脳の幼い時にやられるとみな同じような症状になるため、行き詰まる
(2)神経内科系:水俣病との共通点
  →視野狭窄や感覚障害は患者の協力がないと調べられないため行き詰まる
(3)疫学:同一症状で同一疾患
  →疫学条件(発生率、発生時期、発生分布など)から原因を特定するのに成功

(1)も(2)も行き詰まり、みな動物実験を始めた。しかし私は動物実験は嫌だったのでやらなかった。そこで気がついたのは、患者がみんな同じ表情だということです。疫学条件により原因を特定するのに成功しました。全く同じ症状で同じ病気だということを第1段階として認め、第2段階として発生率が非常に高く、発生の時期と場所が水俣病と一致している。そのように疫学的条件を積み重ねて、水俣病だと証明したつもりだった。

当時は疫学はあまり重視されていなかったため、誰も認めてくれなかった。しかしその後、たまたま私の診ていた子供の一人が死んで解剖をした。その結果、世界で初めて胎盤を通して起こったメチル水銀中毒だということを証明できたのです。

子宮は環境

他に何か証拠はないかと探しました。髪の毛の中には、大きくなると水銀なんて残っていません。探しに探しました。そしてついに、「へその緒」が証拠になることを突き詰めました。このことで、「子宮は環境」「環境汚染は、子宮の汚染」ということが分かりました。子宮を汚染するということは、次の世代の命を奪うということです。この教訓を、胎児性水俣病患者達は教えてくれていたのです。

これは現在の例えばダイオキシン問題でも同じです。これをみてください。無機水銀は胎盤を通さないのです。しかし、有機水銀は胎盤を通してしまいます。なぜでしょう。それは、有機水銀がもともと自然に存在しない物質だったためです。胎盤は、子供を毒物から守りつづけてきたため、人類は今まで生き残ってきました。

ところが自然界に存在しない化学物質が誕生したとき、胎盤はどう対応してよいかわからないのです。だから取り込んでしまう。ダイオキシンや環境ホルモンの問題も同じです。このたったの100年間の間に、大量の自然界に存在しない化学物質が合成されてきました。これがどういうことなのか、ということをもう一度考えてみてください。

新潟水俣病からの教訓

 新潟で水俣病が発生したとき、我々はびっくりしました。1959年に水俣病の原因がわかったのに、その6年後に同じ工場が何も処置をせずに同じ毒物を流し、そして同じ病気を起こしたからです。行政は一体何をしていたのでしょうか。しかし、新潟水俣病は予想外の効果をもたらしました。新潟では、疫学調査により水俣病像をつくっていった。汚染されたと思われる人たちを母集団ととらえ、継続的に調査することにより、最終的に水俣病という病像を作っていったのです。

ところが熊本では最初から判断条件を作り、その条件にあうものを水俣病とした。これら2つは、全然意味が違います。これが、水俣病の3番目の山場です。第1が、原因究明。第2が、胎児性の発見。第3が、水俣病の見直しです。しかし、第3は今日においても不十分です。なぜなら、母集団20万人を調べなくてはならないからです。しかも、今日まで行政はその調査をやっていません。

専門家の果たす役割

 今年の4月27日、実に20年もかかって大阪高裁で行政責任を認めさせたのに、環境省は上告してしまった。このあと何年かかりますか。患者はもう死んでしまいますよ。私たちが裁判の中で争ってきたことは、被害の実態を明らかにすること、責任の所在を明らかにすることの二つの問題です。

 被害の実体を明らかにすること、これは医学的な目的です。しかし、それによって困る人々もいます。その人々は、被害の実体を明らかにさせないようにします。何をもって水俣病と診断するかが争われてきました。これが水俣病裁判を30年かからせた原因です。

その中で専門家の果たす役割が問われてきます。専門家といわれる人たちは東京・中央にいて、患者を見もせずに「それは違う」などと判断をする。「自分は聞かれたから答えただけだ」といっても、聞かれたからといって専門家として言ったことは一人で動き出すのです。それをひっくり返すのに30年もかかるのです。

間違っていたならば、そう言って謝ってもらわなくては困る。それが、専門家は言いっぱなしで責任を取ろうとせずにきた。専門家が意見を言うことによって、その意見が行政にとりこまれて、制度として固定していく。それが間違っていた場合のことを考えてみてください。一度権威者が言ったことをひっくり返すことにどれだけの力が必要となるか、分かりますか? その大変さ、つまり自分の意見のもつ影響力をを専門家は理解しなければならないと考えます。

 あとは、被害の実態の解明をどこから行うかです。それは、今から起ころうとしているところを調査する。そうすれば、一番軽い、一番最初の水俣病が見られるはずです。熊本の水俣の場合はひどすぎた。底辺を明らかにすることは、世界に出て、今から起ころうとしているところを見てまわるしかないのです。

世界の水銀汚染と日本のもたらす影響

 世界の水銀中毒を少し見てみましょう。

これはアメリカの例です。水銀で消毒された種麦を豚に食べさせて、その豚を食べた。そのために子供たちが重症になりました。お母さんはその時妊娠していて、アメリカで唯一の胎児性水俣病患者が生まれたのです。アメリカでも、被害を受けるのはやはり貧しい人たちです。彼らは、床にこぼれた麦を拾ってきたのです。

 カナダインディアンです。カナダ政府はあそこに人はいないというが、ネイティブの人たちがいるのです。インディアンの人たちの髪の毛の水銀値を調べると、夏は高く、冬は低い値が出る。これは夏に魚をたくさん食べ、冬にはあまり食べないからです。ネコの実験でネコも水俣病になった。そして人間の調査も行い、私たちは「人間も軽いが水俣病は起こった」と結論を出した。しかし、カナダ政府は日本政府に問い合わせて政府の水俣病の診断基準を当てはめたため、カナダでは水俣病は起こっていないことになってしまった。

 これは、アマゾンのジャングルで金をとっている場所です。金をとりだす過程で無機水銀が蒸発し、それを吸った労働者が無機水銀中毒になります。しかしそのずっと下流で、魚を食べて暮らしている漁師がいます。彼らの髪の毛の水銀値を測りましたが、かなりのひどい症状でした。何をもってミニマムなメチル水銀の影響とするかということで、ここでも議論が発生します。その際に、「日本はどうしたのか」ということが必ず出てきます。つまり、水俣病は日本だけの問題ではなく、世界の問題と関わってくるのです。

 私は、世界中で水銀中毒の患者に会ってきました。どこの国でも、社会的、生物的な弱者に被害が現れていました。ともすると、絶望的になります。しかし、子供たちの笑顔に僕らは救われるのですね。子供たちの未来を私たちは考えなくてはならないと思います。

「この子は宝子」

 ユージン・スミスのこの写真は、川村ともこさんという胎児性水俣病患者です。22歳まで生きましたが、その間一言も言葉を発しませんでした。だけど、母親のよしこさんはこの子を宝子だといいます。本当に大事に大事に育てました。「この子が私が食べた水銀を全部吸い取ってくれた。そのために、私は元気です。そしてそのあと5人の子供が生まれたけれど、みんな元気です。この子は我が家の災い・水銀を全部一人でしょってくれた。我が家の命の恩人です。」といいます。

また、母親はともこさんを22年間抱きっぱなしです。あとから生まれた5人の子供たちの面倒も見られず、生みっぱなしだった。しかし、「弟・妹たちはこのお姉ちゃんを見て育ち、自分のことは自分でやる、協力しあう、優しいいい子に育った。それはこのお姉ちゃんの姿を見たからだ」というのです。何でこの写真を撮らせたのかときくと、「よかじゃなかですか」という。あっけらかーんとしているんです。

命のもつ意味

僕は、人間の価値・命を考えるとき、思い出すのはこの子です。写真の中のこの子は、何一つできなかった。ひと言も言葉は発せられないし、動くこともほとんどできませんでしたが、この子の存在のもつ意味はものすごく深いものです。22歳の短い生涯でした。しかし、どんなにか命のもつ意味を世界に教えてくれているでしょうか。

水俣からみなさんへのメッセージ

いったい、私たちは環境問題を何のために勉強するのでしょうか。僕は、命を守るため、弱い人のため、だと考えています。決して権力や大金持ちのために環境問題を勉強するわけではないと思います。これが、水俣からのみなさん若い人たちへのメッセージと思ってもらえればありがたいです。

2013/01/23

米兵、自殺が戦死者上回る 昨年過去最悪に ―自衛隊も同様

戦争は、「敵」を殺すだけではなく、「私」をも殺している
先週、米紙ワシントン・ポストは、「昨年自殺した現役米兵が349人と過去最多を記録し、アフガニスタンでの昨年の戦死者(229人)を上回った」と報じた。また、昨秋の東京新聞は、「イラク帰還の陸上自衛隊員の自殺率は日本平均の14倍以上」と報じていた。

イラクの若い米兵が、こう語っていた。
イラクでは大人も子どもも敵だと思わないといけないんだ

イラクでは大人も子どもも敵と思わないといけない

兵士たちは、こう叫んでいるのだと思う。
もう戦争は嫌だ!もう人を殺すのは嫌だ!

憲法9条は、日本のためだけでなく世界を守るために必要なのだと思う


米兵、自殺が戦死者上回る 昨年過去最悪に
(2013/01/16 共同通信)

 【ワシントン共同】15日付の米紙ワシントン・ポストは、昨年自殺した現役米兵が349人と過去最多を記録し、アフガニスタンでの昨年の戦死者(229人)を上回ったと報じた。

 国防総省は2001年から自殺者の集計を開始。06年から増え始め、09年に310人となった後に減少したが、昨年再び急増した。

 イラクとアフガンに派遣された兵士が心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんで自殺するケースが多発。米軍は多数の専門家を雇用し、兵士の精神衛生問題を研究するなど対策を進めている。


イラク帰還隊員 25人自殺
(2012年9月27日 東京新聞)

 2003年に米国主導で始まったイラク戦争に関連して、中東へ部隊派遣された自衛官のうち、先月までに25人が帰国後に自殺していたことが防衛省への取材で分かった。陸上自衛隊は19人、航空自衛隊は六人に上る。防衛省は「イラク派遣との因果関係は不明」としている。

 陸自は04~06年、イラク南部のサマワに合計5500人を派遣し、空自は04~08年、合計3600人をクウェートに派遣した。海上自衛隊は現地駐留せず、自殺者もいなかった。

 自衛隊全体の11年度の自殺者は78人で、自殺率を示す十万人あたり換算で34.2人。イラク特措法で派遣され、帰国後に自殺した隊員を十万人あたりに置き換えると陸自は345.5人で自衛隊全体の十倍、空自は166.7人で5倍になる。

 一般公務員の1.5倍とただでさえ自殺者が多い自衛隊にあっても極めて高率だ。防衛省の担当者は「帰国後、何年も経過した派遣隊員と1年ごとに調べる隊員の自殺者数を比べても意味がない」と反論。派遣隊員が自殺した時期は明らかになっていないが、陸自のイラク派遣期間中の3年間は毎年90人以上が自殺しており、自衛隊全体の自殺者数を押し上げている。

 イラク派遣された陸自は宿営地で13回、計22発のロケット弾攻撃を受け、うち4発が宿営地に落下した。車両で移動中、仕掛け爆弾による攻撃も受けた。

 空自は武装した米兵をバグダッドへ空輸する際、たびたび携帯ミサイルに狙われたことを示す警報が鳴り、着弾を避けるため、急旋回などの飛行を余儀なくされた。

 過酷な環境下で任務遂行したことになるが、前出の担当者は「心的外傷後ストレス障害(PTSD)で自殺した例は確認できていない」としている。 (編集委員・半田滋)


イラク帰還の陸上自衛隊員の自殺率は日本平均の14倍以上

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