2010/04/13

森とタオ

エクアドル駐在スタッフのワダアヤからの便りです。

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インタグコーヒーの故郷、エクアドルの北部コタカチ郡にあるインタグ地方。
私にとって久しぶりのインタグは、久しぶりの雨の恵を受けていました。
雨と霧が山々を覆い、森はたっぷり潤っていました。

森はそこにあるだけでいい。バランスがとれていて、完璧。
森は一見、なんでも生え放題のように見えます。でも、実は
そこには人間の浅知恵なんて及ばない、多様で豊かないのちと
助け合いのコミュニティーがあります。

…そんなことを、雨の森を歩きながら、思いました。

加島祥造氏 「タオ−老子」より

「タオの働きは、

何もしないようにみえる。

しかしそれはものを

つね千変万化させてゆくのであり、

この千変万化する働きで

ことはいつしか調整される。だから

なまじ人間は

手を出さなくったっていいのだ。」

のタオを森に置き換えても真理かなと思いました。
(エクアドル駐在スタッフ:和田彩子)

2010/03/25

インタグコーヒー物語を公開しています

多くの人に愛飲いただいているエクアドル産インタグコーヒー。
鉱山開発への代替案としての森をまもり森をつくるコーヒーです。

このコーヒーの背景にある物語り、そこに生きる人々、暮らしの様子を

インタグコーヒー物語り」としてお届けします。

ぜひご一読ください。

2010/01/28

インタグでの勝利 Copper Mesa社の上場廃止

エクアドル・インタグコーヒー産地からの速報です。
インタグ地方の鉱山開発を推進してきたCopper Mesa社がカナダのトロント証券取引所にて上場廃止となったとのことです。

粘り強いインタグの人々の活動が実を結んだとても意義深いことです。
ナマケモノ倶楽部の友人である宇野さんが翻訳してくれたテキストを一部修正してお届けします。

「インタグでの勝利 Copper Mesa社の上場廃止」
カルロス・ソリージャ

1月19日火曜日、トロント証券取引所でCopper Mesa社の上場廃止が決定されました。インタグの長い、辛苦に満ちた鉱山開発に対する抵抗運動にとって、これは重要な勝利です。あまりのことに私自身未だに信じられないほどです。

なんと言っても、私達がずっと夢見て来た事、実現の為に6年近く取り組んできたことですから。多国籍企業を上場廃止に追い込んだ地域社会による抵抗運動というのは他の例が思い当たりません。

何らかの形で支援して下さった全ての人に、つながりのある皆さまに心から感謝します。

上場廃止の措置に対して同社は抗議する権利を持ってはいますが、彼等は既に大きな被害を被りました。この48時間で同社の株価は六割近く下落しています。一度上場廃止となってしまった企業の信用は大きく失墜するものです。

他の運動の参考に、私達がこれを「いかに成し遂げたのか」を聞きたがる人もいますが、上場廃止という決断の理由はいまだ不明瞭です。内規の不順守に関わることがあったようです。しかし、取引所の決定に他の要因がからんでいたのは明らかです。何しろ私達は何年間もカナダ当局に対してCopper Mesa社が(投資家に誤解を与えたり、あからさまに虚言を呈して)証券規則に違反している事を指摘し、糾弾し続けて来たのですから。

トロント証券取引所がここに来てついにCopper Mesa社の上場廃止に踏み切った理由は何であったのか、私の考えを書いていきますね。

1)「訴訟」
インタグの3人の活動家がトロント証券取引所を相手取って訴訟を起こしたこと、それが注目を集めたこと。これらの事が深く関わっていたと思われます。取引所としては、上場廃止という措置をとることで風当たりが多少でも和らぐことを望んでいたのかもしれません。あるいは、法廷に立った際のことを見越して必要な対応はしたと印象づけたかったのかもしれません。

2)「証券委員会への圧力」
私がブリティッシュコロンビアの証券委員会(Copper Mesa社の上場に対す
る監査機関:文末メモ参照)に対して送った公式な訴状は、この4年間で
12件ほどになります。エクアドルの鉱山プロジェクトについて同社がどれだ
け行政当局や株主達をごまかしているのか、それを訴えてきたのです。私が
望んで来た結果は、委員会の調査によって同社が上場廃止となることでした。

3)「法案C−300」
法案C−300は、カナダ企業の海外での活動を規制することを目的に提出さ
れた新たな法律案です。現在カナダには、世界各地の地域社会に対して
Copper Mesa社のような企業が犯しかねない暴挙を防ぐ有効な法律はありま
せん。産業圧力団体の強力な活動を思うと、この法案が可決される可能性は
極めて低いでしょう。奇妙な事に、今回の取引所の決定はこの法案の否決に
加担しかねません。

4)「他の要因」
今回の上場廃止に貢献した他の要因としては、 鉱山開発への反対運動が、同
社による現場での探査活動を許さなかったことがあると思います。(様々
なドキュメンタリー映画の上映を含めて)同社に対する効果的な反対運動が
世界規模で展開され、地域社会や地方政府のレベルでは一致団結した反対勢
力が注目を集めました。先に述べたように、最近の訴訟騒ぎを通してこの問
題がカナダで注目されるようになった事も大きな要因だったでしょう。他にも多く
の事があいまって、Copper Mesa社の株価を最近では一株1セント(元の株
価の1%以下)まで引き下げたのです。こうなってしまっては、トロント証
券取引所でさえ(文末メモ参照)上場維持は困難になって来ます。(米国で
は株価が1ドルを切った企業は自動的に上場廃止コース行きになります。)

今回のことは、ひとつの企業の終わりを意味するかもしれませんが、それが
闘いの終わりでないことを私達は皆知っています。鉱山開発の対象となる
銅はまだそこにあるのです。そして、悪夢が再来し得る条件もまたそこに残されています。すべきこ
とはまだまだあるのです。事実、信頼出来る筋からの情報で、チリの
Codelco社(世界最大の銅生産者)がここのプロジェクトを引き継ぐべく圧
力をかけているらしいことを最近耳にしたばかりです。しかし、多国籍企業
2社が既に打ち倒されたこの地にそうそう容易く入り込めるものではありま
せん。

企業を上場廃止に追い込むという戦略は、この手の抗争での常套手段という
わけではありません。なぜもっと認知されていないのか、私には分かりませ
んが、今回のことから変わって行くかもしれません。

今回の一件で最も大事なことは、「成せばなる」ということです。巨大
な資本を持ち世界最大級の証券取引所で取引をしているような多国籍企業で
あっても、地域社会はそれを経済的に打ち倒す事が出来るのです。

今後の新展開についてはDecoinのHPに掲載していこうと思います。

改めて、みなさんに感謝します。

カルロス・ソリージャ

メモ

証券委員会: 企業は一連の条件を満たさなければ上場維持できません。
ですから、公開企業についてこの「条件」をよく把握することが重要です
し、それについて不正や不順守があれば各証券委員会に対して申し立ててい
くことです。これは、「北」の組織の多くが見逃してきた点であり、注目す
べき点です。地域社会にとって形勢逆転の鍵なのですから。

トロント証券取引所: 鉱山業の公開企業のほとんどが上場されている取引
所です。鉱山会社の資本の約60%がこの取引所で生み出されており、これ
はロンドン、ニューヨークのいずれの取引所よりも遥かに多い値です。カナ
ダは、米国、英国、豪州のいずれよりも多くの鉱山会社を抱えています。鉱
山会社がカナダで上場するのは、上場・上場維持共にしやすく、政府による
監査がほぼ皆無に等しいからです。

2009/12/18

ジャカランダコーヒー物語 公開しています

弊社ウインドファームの原点でもある「ジャカランダ農場」と
「故カルロス・フランコさん」。
その軌跡をまとめた「ジャカランダコーヒー物語」
全38話のテキストを公開しています(書籍は品切れです)。

Jacaranda

フェアトレードの原点はここにあり。

ぜひご一読ください。

2009/09/25

南インド産地訪問 その1 有機栽培

みなさん、こんにちは。
ウインドファームの代表の中村隆市とスタッフの後藤彰が南インド紅茶の産地を訪問してきました。

インド南端にあるタミルナドゥ州のティルネルベリ(Tirunelveli)という地区にあるオーツ農園。
1988年から有機栽培にて紅茶の栽培に取り組み始め、試行錯誤をしながら有機栽培の面積を徐々に拡げています。

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行ってみて驚いたのは、農園の運営会社が率先して森林を守っていて、野生生物がとても豊かだということ。

私達が到着した夜には、車で移動中にマングース、ヘラジカ、バイソン、なんとクマにまで遭遇しました。

「だんだん動物が大きくなるから、次は象が出てくるに違いない!」なんて話しをしながら。
スタッフの後藤はなんと夢の中に象が出て来て走り回っていたのを見たとか。

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↑野生のシカとゾウ(われわれはことごとくシャッターチャンスを逃したので、これは現地のスタッフからもらった画像データです)

有機栽培自体は、虫や病気との闘いという現実があり、収穫量が思うように伸びないなどの課題もあるとのことですが、オーツ農園の関係者は「何かを地球にお返しすることが大切なんだ」と有機栽培の意義を語ってくれました。

困難がありながらも、有機栽培の作付け面積を拡げている実績もありとても感心しました。

有機栽培に切り替えてから、野生生物が農園周囲に戻って来たという話しや、他の慣行のみの農園よりも働く人の病気になる確率が低いというデータがあるといった話しも聞かせてくれました。

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有機栽培が広がることで生物多様性が豊かになり、
働く人の健康も守られる。
そして、美味しい紅茶が育つ。

やはり、産地を訪問すると気が付くこと、感じることがたくさんあります。

2009/08/12

コーヒーの歴史 2

コーヒーの歴史(その2)

14世紀、イスラム地域に広がっていったコーヒーは、15世紀にあみだされた焙
煎によって、一般にも普及していきます。1554年には、トルコ・コンスタン
ティノーブルで世界初の豪華なコーヒー店が誕生します。

調度品と装飾に凝った店内は、社交の場としてトルコ人の熱狂的な支持を集め
ました。以後、トルコではコーヒーハウスが急増し、道具やコーヒーセレモ
ニーなどのコーヒー文化が栄え、上流階級だけでなく、庶民にも盛んに飲まれ
るようになっていきます。

トルコから発展したトルコ・コーヒーは、17世紀にヨーロッパに上陸し、ベネ
チア、フランス、オランダ、イギリス、オーストリアとたくさんのコーヒー店
が作られるようになり、17世紀後半にはアメリカにもコーヒーが伝わってい
きます。

一方でそれまでアラビアやイエメンで行われていたコーヒー栽培は、ヨーロッ
パ諸国の植民地へ移っていきます。17世紀半ばにオランダがジャワでコー
ヒー栽培に成功したのを皮切りに、セイロン、インド、ブラジル、ジャマイ
カ、グアテマラ、メキシコなどへと広がっていきます。

コーヒーの消費国である北の国々、コーヒーを作り続ける南の国々・・とい
う構図は、この時代にもう出来上がってしまったようです。

( 『珈琲<コーヒー>』永岡修一、1997年、?永岡書店、
『珈琲事典』富永靖弘、2009年、?新星出版社、 参照 )

2009/07/16

コーヒーの歴史 1

今では世界中で飲まれているコーヒーですが、もともとはアフリカ大陸のエチ
オピアの高原で自生していた作物でした。

コーヒーの記載が初めて文献に登場するのは、10世紀初頭(900年頃)のこと。
アラビア人医師、ラーゼスが記した書には、「バンカム(コーヒーのこと)
は熱く口当たりよき飲み物なりて、胃にもきわめてよし」とあり、当時のアラ
ビアでは薬用として使われていたことがわかっています。

13世紀に入ると、コーヒー発見の伝説がいくつか残されています。

◆眠らない修道院
エチオピアのカルディというヤギ飼いが、ある日自分が世話をするヤギがあ
る赤い実を食べると、騒がしく 興奮状態になることに気づきました。
近くの修道院の院長にこの話を伝え、茹でて飲んでみることにしました。する
と気分が非常に爽快になったので、夜の儀式中に居眠りをする修道僧たちに飲
ませてたところ、弟子たちは居眠りもせずに勤行に励むことができました。
やがて「眠らない修道院」の噂は国中に広まり、魔法の木の実が競って求めら
れるようになったそうです。

◆オマールの伝説
イスラム教の高僧の若い弟子オマールは、王女に恋をしてしまっため、モカの
地から追放されてしまいます。
山中を空腹で歩いていると、小鳥がついばんでいた赤い実に気づき、その実で
スープを作って飲みました。するととても元気が出たそうです。その後スープ
の効用で病人を救った彼は、許しを得ることができ、コーヒーを発見した聖者
として崇拝されるようになったそうです。

このように、薬用植物として注目されたコーヒーですが、特にアラビアではイ
スラム寺院の中で心身に爽快感を与える特別な飲み物として大切にされ、14世
紀頃からは、アラビア人によってトルコ・エジプト・イラクなどにもコーヒー
を飲む習慣が伝わっていきます。

2007/04/24

トセパン協同組合の歩み 第1話 ケツァールの地〜トセパンが活動する地域

1話 ケツァールの地〜トセパンが活動する地域

フェアトレード&オーガニック、そして森林農法のコーヒーを育むトセパン協同組合は、メキシコ・プエブラ州の北東部、クエツァラン市に拠点を置きます。山岳地帯の先住民ナワット族を主な構成員とする農業を軸にした生産者組合です。一帯に広がる山深い地域は、首都のメキシコシティーからバスに揺られて6時間の距離にあります。最初にこの地域のことを簡単に紹介していきましょう。

メキシコとプエブラ州の拡大地図

メキシコとプエブラ州の拡大地図


黄色の部分が、トセパン協同組合の活動地域です

 クエツァランという町の名前は、鳥の名であるケツァールに由来します。先住民の言葉、ナワット語が語源で、「美しいケツァール鳥と共に」という願いが込められます。

第1章1

古代文明が栄えていた頃は、ケツァールの羽は王に捧げられる程に貴重で、価値あるものであったとされます。しかし、残念ながら現在は、この地域でケツァールの舞う姿は見られません。
 
 農山村での人々の暮らしは楽ではありませんでした。山々が連なり、渓谷が入り組むため道は悪く、かつては移動すら困難を極めました。最低限の食糧確保のみならず、収穫物を運び出すのも容易ではありません。さらに、山岳地帯は湿度が高く、夏期には豪雨が襲い、冬期は濃霧に包まれる自然の厳しい環境にあります。

第1章2


 切り立った地形が多いため、それぞれの耕作地は小さいのが特徴です。土壌はこの上なく肥沃で、水はふんだんにあります。とうもろこし、豆類、カボチャ、とうがらし等が栽培され、蒸留酒の原料となるサトウキビも栽培されます。トウモロコシの収穫量は1ヘクタールあたり1トン以下で、トウモロコシ畑と野菜畑からの収穫だけでは、年間の食糧を賄うことはできません。そのため、トウモロコシをはじめとする食糧を、地域外から調達することもあります。

第1章3

かつて、この地域での商業作物といえば綿とサトウキビでした。その畑は大土地所有者が管理をしており、先住民たちは小作農的に働いてきました。土地の所有者は牧畜にも従事していました。20世紀中頃から商業作物としてのコーヒー栽培が広まり、20年前には自生していたスパイス類の栽培が始まりました。少量ながらも、オレンジやバニラなど、国内市場で販売される作物も栽培されてきました。

山の斜面を耕す農民はとても貧しく、厳しい暮らしに甘んじて来ました。わずかな土地で収穫された作物は、大地主などの裕福な人々に安く買い叩かれ、さらには、生活必需品を高く売り付けられていたのです。

こういった農村地域では、コーヒー畑のみを規模拡大してきたことも問題になっています。コーヒー栽培は困難の連続でした。寒さに弱いコーヒーが霜などの害で壊滅する年もあれば、コーヒー豆の取引がマネーゲームに巻き込まれ、1989年には価格が大暴落することもありました。

第1章4
森の中で育つコーヒー(赤いのが実)

こういった厳しい自然環境と社会の状況が背景にあり、山岳地帯の農民たちは自分たちの暮らしと尊厳を守るために組織を作る必要に迫られたのです。なぜなら、団結のみが問題を解決する手段であり、互いに助け合い、前へと進む必要があったからです。

2005/11/19

メキシココーヒー物語 第5話 持続可能な社会への道 トセパン・ティタタニスケ協同組合

メキシコの先住民族たちや生産者たちは、団結すること、組織化することで、不平等・不公正なグローバリゼーションに対して闘い続けてきた。その中で も、ナワット族の有機コーヒー生産者組合「トセパン・ティタタニスケ協同組合」の活動はモデルケースだと言われ、非常に多様で持続可能な活動を行ってい る。

組合のベースにあるのは、ナワット族の考え方、そして文化的背景であり、そこでは常に自然への敬意が払われている。彼らはいつも「母なる大地は、自分たちのプロジェクトの中心である」と表現する。

トセパン組合は、プエブラ州の山岳地方にあるケツァーランという町を拠点としている。組合員数は5,300世帯。ケツァーランを中心に7つの地域66の コミュニティに暮らす。一般的に、コーヒー栽培に適している標高は600?1200メートルだと言われているが、彼らが暮らす地域は、標高200?900 メートルに及ぶ。このうち、コーヒー生産を営む組合員は、標高400?900メートル内に暮らしており、標高200?400メートルではコショウを、 200メートル以下ではトウモロコシやサトウキビを生産する組合員たちが暮らしている。

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組合の本部があるケツァーランの町

トセパン組合がスタートしたのは1977年。食料や生活必需品が不足していたという現状と、コーヒー販売において高い仲介料を取る仲介業者に対抗し、自 分たちの暮らしを守り続けていこうと始めた組合運動が最初だった。これをベースとして1980年、正式にトセパン組合が設立された。環境や社会状況を悪化 させるグローバル化が進む中、自給的な作物と商品作物を栽培することで、安定した経営を目指してきた。

現在トセパンが生産し、販売している作物は、有機コーヒー、オールスパイス(香辛料)、マカダミアナッツ、シナモン、はちみつ、である。この他、コー ヒーの豆を加工する段階で出るコーヒー豆の果肉や皮を利用して堆肥をつくったり、機械用のアルコールを精製したり、資源を捨てることなく循環させて、さま ざまな活動を行っている。また、女性の自立を目指した活動も多く行われている。パン屋、トルティーヤ(とうもろこしからつくる主食)製造、日用品販売、手 工芸品製作と販売などがそれである。この他、近年、図書館、研修施設、パソコンルーム、宿泊施設を含む環境教育センター「カルタイクスペタニロヤン」を設 立。子どもから大人に至るまで、組合全体での環境教育に力を入れている。

研修センター8.jpg
環境教育センター ”カルタイクスペタニロヤン”

各生産活動にはプロジェクトリーダーがそれぞれおり、グループごとのミーティングから始まり、全体総会も定期的に行われ、メンバーたちの意見や知識をシェアする場がきちんとつくられている。

トセパン組合のリーダーは、4年を任期とし、民主主義によって選ばれる。まず、66のコミュニティそれぞれから代表者が選ばれ、この66人の代表者会議 によって組合の代表者が選ばれている。組合の代表に選ばれる者には、ナワット語が話せること、知識と経験が豊富なこと、そして組合員の尊敬を得られるこ と、という3つの条件を満たすことが必要とされている。こうして選ばれたリーダーのもと、多様なプロジェクトが行われるのである。

組合内での代表者会議.jpg
組合内での代表者会議

しかし、これだけ多様な活動を行っていくには、資金が必要となる。トセパンの人たちは、資金も外部に頼らず、組合内の活動に必要な予算や、組合員それぞ れが生産のために必要とする資金については、組合内に設けた自らの金融機関「トセパン・トミン」(ナワット語で、「お金はみんなのもの」を意味する)でま かなっている。お互いの信頼関係で成り立っているこの機関では、組合員は担保なしでお金を借りることができるが、だからと言って、ローンの返済が滞ったと いう事例はこれまで一つもない。


トセパントミン

トセパントミンの集会.jpg
トセパントミンの報告集会

トセパン組合の活動が素晴らしいのは、環境や組合員一人一人に配慮した持続的な活動を行っているというのはもちろん、ナワット族の文化や伝統を守りなが ら、それを活動の中にしっかりと反映させているというところにある。このように、地域の環境や自らの文化を守りながら、独自の活動に取り組むトパンは、メ キシコ政府から「環境賞」や「フォーレスト賞」などを受賞し、高い評価を得るに至っている。

2005/11/12

メキシココーヒー物語 第4話 グローバリゼーションと闘う メキシコの現状とフェアトレード

熱帯地方に位置する多くのコーヒー生産国は、途上国と呼ばれる国々である。コーヒーはここ10年間、一般市場価格においては下落傾向が見られてい る。こうした経済危機の中、森林は伐採され、若者たちは仕事を失って都市部などに働きに出、村々には、年老いた人たちのみが暮らし続けるという厳しい状況 が強いられている。この経済的な危機は、メキシコを始めとするコーヒーの生産国に対して大きな影響を与えている。


荒れていく農地

一方で、消費者の方を見てみると、数で言えば、この地球上の人口の約40%の人がコーヒーを消費すると考えられている。その中でも、より多くのコーヒー を消費しているのがヨーロッパ、そしてアメリカである。しかし残念なことに、このコーヒーの約80%がアメリカやヨーロッパの企業によって流通させられて いて、約8つの企業の手によって支配されている、つまり、価格がコントロールされている。一般的に市場では、需要と供給によって価格は上下しているが、大 企業が自由市場という中で自由に振る舞い、在庫の管理、流通の量などを調整して価格を管理しているというのが現状となっている。

他のラテンアメリカ諸国と同じように、メキシコでもこの30年間、経済のグローバル化という現象が進んできた。自由市場が経済の中に持ち込まれると、北と南の間で競争をしなくてはならなくなる。しかし、これは、非常に不平等な市場での競争になってくる。

メキシコは、アメリカやカナダと自由貿易協定を結んだために、国家が、農民たちに自由に補助金などを提供することができなくなってきている。一方で、北の国々というのは、自由に補助金を出しているという非常に不公平で不平等な状況が展開されているのである。

こうした状況の中、メキシコでは、1994年に、サパティスタ解放戦線というゲリラ活動の蜂起があった。これは、自由主義が北から持ち込まれることに対 しての抵抗活動と考えられている。一方で、この厳しい現状を前にして、生産者たちで組織作りを行っていこうという動きが出始め、その中で、北とは直接競争 できない分野で競争していこうという流れになっている。

その一つの例が、メキシコ・プエブラ州にあるトセパン・ティタタニスケ協同組合である。実際、トセパンに限らず、生産者組織は北の国々からの多くの助け を得て、商品をフェアトレード市場で販売し、利益をあげるようになってきている。このようなかたちで北との連携を築くことで、持続可能な生産というのを南 北で築いていこうという動きが生まれているのである。

サパティスタ民族解放戦線.jpg
サパティスタ民族解放戦線

メキシコは、有機栽培のコーヒーにおいては世界第一位の生産量を誇る国であり、生産者組織の数も一番多いと言われている。フェアトレードのように、一般 の市場とは異なる市場の中で、生産者が認証を得えようとする動きがある。それは、「木陰で生まれたコーヒー」、「鳥類にやさしいコーヒー」といったように さまざまである。そして、最終的には「持続可能なコーヒー」という名がつけられ、広まっていくことになる。認証印というのは環境、または生産を助長するだ けではなく、フェアトレードの市場にくい込むためにも役立っている。そして消費国である日本は、フェアトレードのコーヒーを選ぶことで、メキシコを始めと する第三世界の小さな生産者組織の闘いを支えることにつながるのである。

※サパティスタ民族解放戦線:メキシコ南部に位置するチアパス州において活動する先住民の武装組織。北米自由貿易協定(NAFTA)が発行した1994年にチアパス州にて蜂起。

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