2012/11/26

原発のない世界を願う 『100人の母たち』からのメッセージ 2

「子どもを守りたい」 「いのちを守りたい」という人々の思いが世界に広がっていきますように。

★原発のない世界を願う『100人の母たち』から抜粋

息子へ

原発が爆発したあの日、世界は変わってしまった。

お父さんとお母さんは、
まだ1歳になったばっかりのあなたを
ビニールに包んで東京を飛び出した。

あなたは昆布をしゃぶりながら笑っていたね。
まだ、何が起こったのかを知るには、ちいさすぎたものね。

あの日から一年が経ち、
あなたは元気に2歳の誕生日を迎えました。

そうか、
あなたは原発が爆発した後の
日本しか知らずに生きて行くのよね。

外で遊ぶ時間が限られてる場所があるのは、
当たり前の世界なんかじゃないんだよ。

放射能が入っていない食べ物を選んで食べるのだって
当たり前じゃない。

差別があるのも、争いが起こるのも、
当たり前なんかじゃない。

お母さんは、お母さんが今まで生きて来た世界が
当たり前だと思って暮らしていました。

原発は嫌いだったけど、
原発で作った電気で毎日当たり前に暮らしていた。

原発は嫌いだったけど、
声に出して伝えた事はなかった。

どこかで当たり前だと思ってた。
仕方ないと思ってた。

ごめんね ごめんね。

あなたの大好きな石ころにも
あやまらなくちゃいけないね。

あなたの大好きな砂にも泥にも
亀にも魚にもアメンボにも...

ごめんなさい ごめんなさい。

これから、あなたが歩んで行く世界で 、
おかしいなって思う事がたくさんあると思う。

そのときは、どうして?って言っていいのよ
納得行くまで聞いていい。

考えていい。

立ち止まっていい。

だってさ、大好きなヨーグルト、牛乳、キノコ、
山盛り食べたいよね。

「あまい、つめたい、美味しい」ソフトクリームも
本当は食べたいよね。

どうして?って怒っていいよ。

もっと怒っていい。
いっぱい怒っていい。
大人にだって怒っていいんだよ。

イヤなことがあったら「いや」って言い続けていい。
理由なんていらないよ。
いやなモノはいやだって言ったらいい。

自分で考えて、自分で決めて、
あなたの道を歩んで下さい。

当たり前なんてないんだから
自分でつくって行くんだから。

お母さんはすべてをかけてあなたの命を守ります。

あなたが、あなたの足で歩んで行けるように。

だから変わってしまった世界を、
ぼちぼちと歩いて行こうか。

そしてその先の世界には原発はいらない。

原発はいりません。


http://www.facebook.com/100mothers?fref=ts

2012/11/25

原発のない世界を願う 『100人の母たち』からのメッセージ

「子どもを守りたい」「いのちを守りたい」という人々の思いが世界に広がっていきますように。

★原発のない世界を願う『100人の母たち』から抜粋

息子へ

原発が爆発したあの日、世界は変わってしまった。

お父さんとお母さんは、
まだ1歳になったばっかりのあなたを
ビニールに包んで東京を飛び出した。

あなたは昆布をしゃぶりながら笑っていたね。
まだ、何が起こったのかを知るには、ちいさすぎたものね。

あの日から一年が経ち、
あなたは元気に2歳の誕生日を迎えました。

そうか、
あなたは原発が爆発した後の
日本しか知らずに生きて行くのよね。

外で遊ぶ時間が限られてる場所があるのは、
当たり前の世界なんかじゃないんだよ。

放射能が入っていない食べ物を選んで食べるのだって
当たり前じゃない。

差別があるのも、争いが起こるのも、
当たり前なんかじゃない。

お母さんは、お母さんが今まで生きて来た世界が
当たり前だと思って暮らしていました。

原発は嫌いだったけど、
原発で作った電気で毎日当たり前に暮らしていた。

原発は嫌いだったけど、
声に出して伝えた事はなかった。

どこかで当たり前だと思ってた。
仕方ないと思ってた。

ごめんね ごめんね。

あなたの大好きな石ころにも
あやまらなくちゃいけないね。

あなたの大好きな砂にも泥にも
亀にも魚にもアメンボにも...

ごめんなさい ごめんなさい。

これから、あなたが歩んで行く世界で 、
おかしいなって思う事がたくさんあると思う。

そのときは、どうして?って言っていいのよ
納得行くまで聞いていい。

考えていい。

立ち止まっていい。

だってさ、大好きなヨーグルト、牛乳、キノコ、
山盛り食べたいよね。

「あまい、つめたい、美味しい」ソフトクリームも
本当は食べたいよね。

どうして?って怒っていいよ。

もっと怒っていい。
いっぱい怒っていい。
大人にだって怒っていいんだよ。

イヤなことがあったら「いや」って言い続けていい。
理由なんていらないよ。
いやなモノはいやだって言ったらいい。

自分で考えて、自分で決めて、
あなたの道を歩んで下さい。

当たり前なんてないんだから
自分でつくって行くんだから。

お母さんはすべてをかけてあなたの命を守ります。

あなたが、あなたの足で歩んで行けるように。

だから変わってしまった世界を、
ぼちぼちと歩いて行こうか。

そしてその先の世界には原発はいらない。

原発はいりません。


『100人の母たち』

2012/11/22

「いのち」「人間性」を守れるかどうかの歴史的選挙

石原慎太郎・日本維新の会代表は「日本に軍事政権をつくり、核武装し、徴兵制にする」ことが持論であり、マスメディアでもそれを公言している。同党の橋下徹氏や自民党の安倍総裁も考え方が近く、選挙の結果次第では、憲法改定、徴兵制の導入も具体化されかねない情勢になってきている。

そうした情勢にもかかわらず、徴兵される若い世代が、この問題に関心がうすい。青年本人だけでなく、夫や恋人、子どもや孫たちを「徴兵でとられたくない」人も、この問題を軽視せず、周りに伝えた方がいいだろう。2003年のイラク戦争のときも、日本には憲法9条があったから、自衛隊は戦闘行為に参加せずに済んだ。もし、平和憲法がなかったなら、米国の言いなりになっていただろう。

米国がイラクに戦争をしかけ、侵攻した理由は「大量破壊兵器」をイラクが持っていて危険だから―というものだった。その理由で戦争が行われ、子どもや女性、お年寄りも含む10万人以上の一般市民が犠牲となり亡くなった。しかし最後まで、戦争の理由とされた大量破壊兵器は見つからなかった。

戦争は、他者を思いやるという人間性を破壊する。米国で深刻なのは、現役・退役兵士の自殺の増加である。戦闘での戦死者よりも心の病で自殺する方が多くなってきている。米兵だけでなく、イラク帰還の自衛隊員も自殺率が激増しており、陸上自衛隊員の自殺率は日本平均の14倍にもなっている。

今年9月、米陸軍は「自殺防止訓練」を実施した。約100人の兵士を前に従軍牧師が「同僚が仕事をしなくなったり、撃つのはいやだと言い始めたりしたらどうする」と問いかけ、兵士の一人が「どうしたと聞きます」と答えた。・・・「撃つのはいやだ」「人を殺したくない」という本来の人間性を否定するのが軍隊であり、戦争である。

これまでの歴史で人間は、ずっと戦争をしてきた。今後も私たちは、それを続けるのか。12月16日の衆院選挙は、日本にとって「脱原発を実行できるか」というだけでなく、戦争をしないと宣言した「世界が目指すべき憲法」を守れるかどうかの歴史的な選挙になるだろう。


米兵自殺…戦死者を上回るペース 駐留あとわずか、なぜ?
(2012.10.9 産経ニュース)から抜粋

 イラク戦争を戦い、アフガンになお多くの部隊を駐留させる米国で深刻なのは、現役・退役兵士の自殺の増加だ。現役兵士の自殺者数は今年、アフガンでの戦死者数を上回るペースとなっている。

 米メディアによると、米国の自殺者数は年間3万3000人(人口は3億875万人)。世界保健機関(WHO)によると、米国の自殺率(人口10万人に対する自殺者数)は男性が17.7、女性が4.5(2005年)。日本は男性が36.2、女性が13.2(09年)。

戦死者上回るペース

 米退役兵士の自殺未遂は09年は1万888件だったが、昨年は1万7754件に増えた。帰国後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ退役兵士は少なくない。

 自殺の急増は今年6月ごろから、深刻な問題として認識され始めた。USA TODAYの報道では6月3日の時点で兵士の自殺者は、アフガンでの戦死者(127人)を上回る154人。兵士の死因は09年は「戦死」「交通事故死」「自殺」の順だったが、「自殺」は10年から「交通事故死」を上回るようになった。

 米軍の中では、陸軍のみが月別の自殺者数を発表しており、7月には発表が始まって以来最多の26人が自殺。6月(12人)の倍以上だった。ABCテレビの最新の報道では今年8月までに自殺した陸軍兵士は212人、アフガンで戦死した陸軍兵士は171人。今年は「自殺」が「戦死」に代わって米兵の死因のトップとなる可能性が高い。

一斉に防止訓練

 米陸軍は9月27日、通常の任務を休んで一斉に「自殺防止訓練」を実施した。首都ワシントン近郊の陸軍基地では、約100人の兵士を前に従軍牧師が「同僚が仕事をしなくなったり、撃つのはいやだと言い始めたりしたらどうする」と問いかけ、兵士の一人が「どうしたと聞きます」と答えていた。


イラク帰還の陸上自衛隊員の自殺率は日本平均の14倍以上
 (2012年9月27日 東京新聞)から抜粋

米国主導で始まったイラク戦争に関連して、中東へ部隊派遣された自衛官のうち、先月までに25人が帰国後に自殺していた。陸上自衛隊は19人、航空自衛隊は6人に上る。海上自衛隊は現地駐留せず、自殺者もいなかった。

自衛隊全体の2011年度の自殺者は78人で、自殺率を示す10万人あたり換算で34.2人。イラク特措法で派遣され、帰国後に自殺した隊員を10万人あたりに置き換えると陸自は345.5人で自衛隊全体の10倍、空自は166.7人で5倍になる。

イラクから帰還した陸上自衛隊員の自殺率345.5というのは、2011年の日本全体の自殺率24.0と比べると、14.39倍もの高率となる驚くべき数字になっている


石原慎太郎「日本が生きていく道は軍事政権をつくること」
(2012年11月22日 風の便り)から抜粋

「日本は、核を持たなきゃだめですよ。
日本が生きていく道は軍事政権をつくること。徴兵制もやったらいい」

石原・日本維新の会代表:「核シミュレーション、抑止力になる」「持たぬと発言権ない」
(毎日新聞 2012年11月21日 東京朝刊)から抜粋

 日本維新の会の石原慎太郎代表は20日、東京都内の日本外国特派員協会で講演し「日本は核兵器に関するシミュレーションぐらいやったらいい。これも一つの抑止力になる。持つ、持たないは先の話だ」と述べ、核兵器保有について研究すべきだとの考えを示した。「個人の見解」と断ったうえでの発言だが、次期衆院選に向けて論議を呼ぶのは必至だ。

 石原氏は、この発言に先立ち、「核を持っていないと発言権が圧倒的にない。北朝鮮は核開発しているから、米国もハラハラする」と指摘。核兵器の有無が外交力を左右するとの認識を示した。

石原慎太郎「日本が生きていく道は軍事政権をつくること」

この人の発言をよく知っておいた方がいい。
特に、徴兵の対象になる若い世代は、後で後悔しないために。

「日本は核を持て、徴兵制やれば良い」
石原慎太郎・日本維新の会代表

「日本は、核を持たなきゃだめですよ。持たない限り一人前には絶対扱われない。世界の国際政治を見てごらんなさい。なんだかんだ言いながら核を持っている人間は、マージャンでいえばイーファンついてて上がれるけど、イーファンついていない人間は絶対に上がれない。」

さらに石原知事は、「日本が生きていく道は軍事政権をつくること。そうでなければ日本はどこかの属国になる。徴兵制もやったらいい」と持論を展開。

(2011/06/20 にアップロード)

2012/11/18

11月18日、福岡市で武藤類子さんのお話会があります

11月18日、福岡市のオーガニックカフェ Terra小屋(てらこや)にて
14~17時まで開催される“いのちの学校”に「福島原発告訴団」団長の
武藤類子さんが参加され、原発事故に関する話をして下さいます。

あと少し、席が空いていますので、参加を希望される方は、明日の10:00~11:00にウィンドファーム093―202―0081まで、連絡して下さい。定員になり次第、締め切ります。

会場:オーガニックカフェ Terra 小屋(テラコヤ)
参加費:ワンドリンクご注文下さい。
住所:福岡市中央区高砂1―8―8 サンクス渡辺通 2F
日赤通り FM福岡の真向いビル2階 TEL092―406―8381
http://www.terra-coya.com/access.html

◆ 福島県民の静かな怒りを力に真の「復興」を目指す
?福島原発告訴団団長 武藤 類子 氏
(2012年7月30日 NetIB NEWS)

「私たちはいま、静かに怒りを燃やす”東北の鬼”です」―昨年9月16日に行なわ
れた「さようなら原発集会」で、6万人の聴衆に深い感動を与え、歴史的スピー
チをした武藤類子氏。今年6月11日、武藤氏を団長とする「福島原発告訴団」が、
1,324名の福島県民の悲痛な叫びを原発事故責任者33名の刑事告訴というかたち
で世の中に伝えた。山里の自然に囲まれ静かに暮らしていた1人の女性を、ここ
まで駆り立てた背景に迫った。
(緒方 克美、大根田 康介)

<同じ悲劇を繰り返させない>
震災から1年以上経ったころから、福島県内では「除染」に続いて「復興」が言
われだしました。除染して住民を福島に戻し、まちを復興していこうということ
ですが、厳然として福島第一原発事故はまだ収束している状態ではありません。
余震もたくさんありますし、4号機の燃料プールが崩壊したらどうなるだろうと
いう不安を皆抱えています。

そういう放射能が残っているような状況で暮らしていると、ただ「復興」と言わ
れても、いったい何をすれば「復興」かという疑問がありますし、「復興」とい
う言葉そのものがどこかむなしいものに感じられます。1年間、放射能を気にし
て暮らしてきた人たちも、ずっと緊張を強いられることにだんだんくたびれてき
ます。何を食べて何を食べないか、洗濯物を外に干すかどうか、福島の人はいま
だにそんなことを気にしながら暮らしているわけです。

そのなかで、住民が分断されていく感じがとても強くなっている気がします。分
断のなかで苦しむ人がいる一方で、原発事故の責任者たちがどれくらい事故に対
して責任を感じているのか、疑問に思います。

去年の夏、二本松市のゴルフ場が裁判を起こしました。芝生が放射能に汚染され
たので、東京電力に除染してほしいという裁判です。ところが、東電の主張は
「たとえ自分たちの原発で起きた事故で発生した放射能であっても、自分たちの
敷地から出てしまえば自分たちのものではない。だから着地したところが除染を
するべきだ」というものでした。これ1つだけ聞いても、恐るべき無責任さを感
じます。

それから賠償についてもそうですが、東電がつくった分厚い賠償の請求用紙に私
たちが必要事項を書かなければなりませんし、賠償するかどうかを決めるのは東
電側です。加害者が賠償の基準や範囲を決めるという理不尽さは、いったい何な
のでしょうか。

さらに、国の監督省庁である経済産業省などが結局、大飯原発再稼働の許可をし
たわけです。今回、これだけ大きな事故を起こして責任を問われなければならな
い監督するべき人々が、再稼働を決めてしまうのは、すごく不思議なことです。
いったい、この原発事故は誰に、どこに責任があったのかということをきちんと
しなければ、また同じことを繰り返していくのではないかという思いがあり、今
回の刑事告訴に至りました。

<福島地検に提出した理由>

チェルノブイリの原発事故が26年前の1986年にあり、私はそのとき初めて原発の
危険性が分かりました。そのなかで、福島県内に原発に反対するグループがいく
つかできました。88年、そのいくつかあったグループが「脱原発福島ネットワー
ク」というゆるやかなネットワークをつくりました。そして一昨年、「ハイロア
クション」という運動を立ち上げ、運転開始から40年経った福島第一原発を何と
か廃炉にしようと考えました。

この2つのネットワークは、これまでも合宿を毎年していましたが、事故後も2
回合宿をしました。そこで、「私たちはこれからどのような活動をしていけば良
いのか」という話になりました。1つは被曝者援護法について、被害者が援護法
の制定に対してどれだけ意見が言えるだろうかということ。もう1つは原発事故
の責任を追及するということでした。

すでに去年、作家の広瀬隆さんとルポライターの明石昇二郎さんが責任者を刑事
告発して、本も出されました。その本を読んで、「こういうことができるんだ」
ということがわかりました。それで、刑事告訴をしようと考えたのです。今年2
月に一度学習会をして、3月に結成集会をしました。そして6月11日、福島県民
1,324名の告訴状を福島地検に提出しました。

広瀬さんや明石さんたちが東京地検に出した告発状がなかなか受理されず、明解
な回答も得られていません。それで、どうすれば効果的な告訴ができるだろうか
ということを考えて福島地検に提出したのです。なぜ福島地検かというと、地検
があるところが信夫山という非常に放射線量が高い地域なのです。そこで日々生
活しながら家族もこちらにいる福島地検の方々も、私たちと同じ被害者なのです。

1人、2人ではなく、たくさんの人々が責任追及を望んでいるということを世の
中に知らせていかなくてはいけないということで、今回1,000名という目標を立
てました。まず、県内各地で説明会を開きました。また、小さなリーフレットを
つくり仮設住宅にポスティングしたりもしました。 

その後の学習会では弁護士も招いて話を聞き、とても盛り上がりました。そこで
皆さんが口々に自分たちがどういう被害を受けているか、この1年間どれほど苦
しい思いをしてきたか、どんどん意見が出ました。そこで、やはり責任はきちん
と追及しなければならないという気持ちを新たにしました。

http://www.data-max.co.jp/2012/07/30/post_16447_ib1305_ib1311_1.html

◆2012年9月19日 さようなら原発・武藤類子さんスピーチ
(ハイロアクション http://hairoaction.com/?p=774

2012/11/15

脱原発へ 女性たちの闘い

脱原発へ 女性たちの闘い

LunaticEclipseNuke23 さんが 2012/11/13 に公開

11.11 関西電力前
「地震列島のこの国で原発を稼動すること自体が
絶対に危ないともう証明されましたからね
じっとしてられなくて」

「ま、誰かが何とかしてくれるやろうみたいな気分やったんが
そんなことをやってたからこうなっちゃったんやな
というのがあると思うんです
特に子供達に申し訳ないという気持ちがすごい強い」

「今、声を上げないと止められないんじゃないか」

「よくよく考えてみると脱原発とか原発賛成とか
意思を示す機会は意外なほど少ない
デモはもちろん必要だと思ってますけれども
それだけでは世の中は変わらない
それの受け皿となる実際に政策を変えるようなところが必要」
(緑の党 共同代表 長谷川羽衣子)

「日本の人は福島の事故が福島の地域に限られることではなく
日本全体の問題だと実感し始めている
認識していないのは国会議事堂の中にいる政治家達だけではないでしょうか」
(ドイツ緑の党ベアベル・ヘーン議員)

2012/11/14

福島県と周辺6県で、放射線量を低く表示 (文部科学省)

組み立てミスで放射線量低く表示
(2012年11月8日 NHK)

空間の放射線量を測定するため文部科学省が設置しているモニタリングポストのうち、福島県のほか、周辺などの6県のおよそ700台が、装置の組み立て方のミスで、実際よりも10%程度低い値を表示していることが分かりました。

値が低く表示されていたのは、空間の放射線量を測定するため文部科学省が設置しているモニタリングポストのうち、もともと車などに積んで測定に使っていた「可搬型」と呼ばれるタイプです。

福島県に545台、宮城・山形・茨城・栃木・群馬・新潟の6県にそれぞれ10台から30台ずつ、合わせて675台が設置され、測定された値はインターネットにリアルタイムで表示されています。ことし4月に運用を始めたあと、住民や自治体から「手持ちの測定器で測った値のほうが高くなる」という指摘が寄せられ、文部科学省が調査していました。

その結果、装置の組み立て方のミスで、放射線を検出する部分が鉛を含んだバッテリーに一部遮られ、実際よりも10%程度低い値を表示していることが分かりました。文部科学省は「組み立て方に問題はないと考えていた」と話していて、正しい値を表示するよう、およそ1億5000万円をかけて、来週から改修工事を始めることにしています。

現地の放射線量10%低く表示 監視装置675カ所改修へ

 政府の原子力災害対策本部は7日、空間放射線量を測定するため、福島県や周辺県に設置した放射線監視装置(モニタリングポスト)で、10%程度低い空間線量が表示されていたとして、675カ所で改修工事を行うと発表した。

 装置内で金属製の箱に覆われたバッテリーが検出器の隣に設置されていたため、放射線が遮られていた。

 住民や自治体から実際の線量と異なるという指摘を受け、機器の位置を変更し、より正確な表示を目指す。

 東京電力福島第1原発事故を受け、政府は公共施設や観光地などにモニタリングポストを設置し、今年4月から文部科学省のホームページで測定結果を公開していた。
2012/11/07 22:03 【共同通信】


◆政府の放射線測定は「信頼できない」、グリーンピースが福島市など調査
(2012年10月23日 AFP BBNWES)

【10月23日 AFP】国際環境保護団体グリーンピース(Greenpeace)は23日、東京電力(TEPCO)福島第1原子力発電所事故の被災地である福島県の福島市内と飯舘村で放射線調査を実施した結果として、日本政府による放射線測定は信頼できないと結論づけた。

 グリーンピースは前週、4日間かけて福島市内と飯舘村で放射線調査を実施。その結果、福島市の一部の公園や学校では放射線量が毎時3マイクロシーベルトを超えている場所もあったという。日本政府による被ばく線量の上限は毎時0.23マイクロシーベルト

政府が設置したモニタリングポストでは放射線量が一貫して過小評価されていた」と、グリーンピースの放射線専門家、リアナ・トゥール(Rianne Teule)氏は述べ、一部の放射線測定器については周囲の金属やコンクリートの構造物が放射線を遮断していたと付け加えた。

 また、「政府のモニタリングポストの設置場所は当局が除染している。しかしモニタリングポストから数歩離れた場所をわれわれが測定したところ、放射線量が大幅に上昇した」とトゥーレ氏は指摘した。

さらに「除染作業は大幅に遅れており、グリーンピースがこれまで何度も特定してきたホットスポットも依然として残っていた」と述べ、「特に遊具周辺にホットスポットが多くあり、放射線リスクに最もぜい弱な子どもたちが放射線にさらされている点を憂慮している」と語った。(c)AFP/Kyoko Hasegawa

文科省・やっと認めたモニタリングポストのインチキな数値
けど「低いのはたった1割、しかもバッテリーのせい」

低線量汚染地域からの報告 (「ETV特集」緊急出版) 

低線量汚染地域からの報告(NHK「ETV特集」緊急出版)

甲状腺がん患者数の推移

1986年当時の年齢
  ■ 0~14歳
  ◇15~18歳

 (年)   ■0-14歳 □15-18歳       
1986     8     11 
1987    11     15 
1988    11     12
1989    26     13
1990    41     21
1991    47     23
1992    88     35
1993    84     49
1994   109     46
1995   125     68
1996   143     46
1997   137     62
1998   173     81
1999   221     70
2000   187     70
2001   286     89
2002   263     93
2003   245     88
2004   288     89
2005   312    108
2006   371    103
2007   404    117
2008   463    128
2009   463    129

事故当時の年齢が低いほど、その後、病気になる確率が高くなっています

テレシェンコ医師「チェルノブイリ事故前は、ウクライナの子どもの人口1200万に対して、甲状腺がんは年間4、5症例でした。(中略)最近の5年間は年間600症例、昨年は700症例の甲状腺がんが記録されています。チェルノブイリ事故当時、子どもや青少年であった人たちです。

「科学ではまだ解明されていない点があります。それは、ある子どもたちは1990年に影響が出て、なぜ別の子どもたち700人については2011年に影響が出ているのか、という点です。手術を受けた患者数は増え続けています。そして、いつこの患者数の上昇が収まるのか、いつ患者数が減少傾向になるのか、わかりません」

甲状腺がんの数字の大きさに驚いた。なぜ甲状腺がんが早く発症する人と遅く発症する人がいるのか、原因は明らかではないと言いつつ、テレシェンコさんはひとつの見解を語った。

「被曝した線量が関わっていると思います。被曝線量が高かった子どもたちほど早く反応を示し、甲状腺がんになり、被曝線量が低かった子どもたちは、ずっと後になって甲状腺がんを発病したということです。しかし、今のところは秘密のベールにつつまれています。誰も確信を持ってこういった状況が生まれた原因を説明することはできません」

「付け加えたいことがあります。チェルノブイリ事故後ウクライナでは事故当時青少年だった人たちのうち、7000人が甲状腺がんで手術を受けましたが、この数字は最終的な数字ではありません。当時子どもだった人たちが現在、成人になっています。(中略)チェルノブイリ事故発生時、0歳から18歳だった人たちに対する甲状腺がんの発見のための積極的な予防対策を今後、引き続き行なわなくてはいけません」

・・・26年経った今は少し収まってきているのではないかと私は勝手に思っていた。しかし、現実はまるで違っていた。終わっていないどころか、増え続けている。しかも、いつまで増え続けるのか、誰も予測できない状態なのだ。


『低線量汚染地域からの報告―チェルノブイリ 26年後の健康被害』
馬場 朝子 (著), 山内 太郎 (著)
2012年9月25日 第1刷発行

原発事故のこと 井伏鱒二 (1986年の文章)

原発事故のこと

井伏鱒二

 ソ聯のキエフ地方の原子力発電所に事故があったと新聞で見て、すぐ富山の松本君のことを思ひ出した。昭和十六年十一月、陸軍徴用でシンガポールに行く輸送船のなかで、僕は戦友として松本直治と知り合ひになった。松本君は徴用直前に結婚した人で、「今度もし俺が生きて日本に帰ったら、ぜひとも男の子を持ちたいものだ。俺は新婚の女房に男の子を産ませたい」と云ってゐた。ところが十七年十月、無事日本に帰還して来ると、東京での新聞社を止して郷里の富山で地方の新聞社に勤め、三年ぶりに丈夫さうな男の子が生まれた。やがてその子供は成長して北陸電力に勤め、「これからの電力マンが仕事に生き甲斐を求めるのは、近代科学の先端を行く原子力にある」と、若者らしい情熱をたぎらせて、東海村、敦賀の日本原子力発電所へ出向した。さうして能登に開発される原発の技術者としての将来に、いのちをかけたのであった。水力、火力の発電にはもう満足感がない。原発といふ新しい道への誘惑は、松本君にも痛いほど判ったが、それで結果的には、その憧れの原子力発電所で被曝して発病、入退院を繰返しつつ、舌ガンで死亡した。まだ三十一歳の若さであった。
 
 『原発死』といふ、子供を悼む手記に、松本君は次のやうに書いている。

 「短絡的に言ふなれば、原子力発電所で多量の放射線を浴び、ガンに冒され、闘病の末、死亡したことになる。私の思いを率直に云へば、平和利用の原子力の『絶対安全』を信じ、その『安全』に裏切られたことになる。これは私にとって衝撃の出来事であった。」

 「最近、アメリカのペンシルベニア州スリーマイル島で起こったあの“炉心溶融”寸前だったといふ背筋のゾッとするような、恐怖の原子力発電所の大事故があった。この原発事故の背後に横たはるのは、人間の断絶感だ。おかげで日本の原子力の火は一時期、一切がストップした。そして発電能力の最大を誇る関西電力の『大飯一号』の原発までが完全に止まった時、あの原子炉が『どんなバカなやつがやっても絶対安全』といふので『フール・プルーフ』と呼ばれてゐただけに、わたしの原発への不信はもはや動かしがたいものとなった。」

 「―原発の犠牲になった息子、許せぬ原発への不信―これに繫がって行く思ひが、五年余を経た今日、さらに深く私の胸を締めつける。私は、よく夜中、目をさますやうになった。水割りのウイスキーを少量飲んでも効果はなく、息子の死因への追及に心のたかぶりを鎮めるため、いつか睡眠薬の常習者になってしまった。市販が厳しく、知人の医師から手に入れるのだが、どの睡眠薬にも『習慣性あり』と書いてある。常用は命をちじめると注意する人もあるが、転々として眠れぬ夜を明かすよりはずっと健康にいいと思って常用を今も続けてゐる。原発への疑問が、時に私を襲ふ。」

 「発ガンと被曝の因果関係の立証は、科学的にも、また医学的にも難しいとされてゐる故に確たるものではなかった。ところが昭和五十二年、衆院予算委員会に於ける原発追求の中で楢崎弥乃助代議士(当時はまだ社会党所属)が、放射線被曝による死者は七十五人を数へ、うち半数に近い三十五人がガンによる死亡であるとの驚愕の報告を知り、それらの死者のうちの一人に私の息子名を発見してから、私の血は逆流した。そして自分の息子の死の原因が原発の被曝によるものとの確信を深めたが、それは今日に至るも弱まるどころか、より強固な怨念となって私の胸を締め付ける。もし国会の楢崎代議士証言の時、全米アカデミーのショッキングな研究報告の内容が発表されてゐたら、私の疑問はおそらく決定的なものになってゐたであらう。その全米科学アカデミーのショッキングな研究報告は、国会での楢崎証言のあった二年半後、すなはちスリーマイル島原子力発電事故を機に全米で盛り上がってゐる原発反対運動に油を注ぐに間違ひないほど強烈な報告を、米紙『ニューヨーク・タイムス』がすっぱぬいたものである」

 「それによると、『一九七五年から二〇〇〇年までに、原子力発電により全米でガンのため死亡する人の数は二千人に達するだらう』といふものである。原子力発電に伴ふ核燃料の開発、加工、運搬、再処理、保管などの過程で浴びる放射線の影響と、自然界に発生する放射線をプラスすると、ガン患者の数はもっと増える可能性があることを指摘、しかも原発計画が現在よりも拡大される場合や、放射性廃棄物処理などの問題を対象に入れた場合、さらにガンの発生率を高めるといふものである。」
 
「『原子力発電に伴ふ危険性』と題する主要調査の対象は、スリーマイル島原発事故の際に発生したラドン、クリプトン、クセノン、ヨウ素、炭素など放射性同位元素であり、それだけに各方面に与える影響は極めて大きい。
 また別の調査は『放射能によるイオン化現象の生物的効果』に関して全米アカデミー諮問グループが行ったもので、これは原発による放射線だけでなく、核実験による放射線の発生や医療用放射線、宇宙線に低レベル放射線の発生の影響も計算に入れてゐるもので、全米人口の約〇・一パーセントがガンに冒されるとの警告である」

 「原子力発電所は、その後ますます増設され、次々と日本列島を汚染の渦に巻き込んでゐると私は思ってゐる。そのことは、かつて戦争の足音が国民の上に暗く覆いかぶさった過去の思ひに繋がるのだが、一般にはその原発の持つ恐怖が意外に知られてゐない。あたかも戦争への道が、何も知らされないうちに出来上がっていったやうに―」
 
 
 松本君が書いた『原発死』といふ題の手記は、謂はば息子さんへの鎮魂歌である。私は松本君に頼まれて、この手記に対し「まへがき」の意味で、怖るべき原発はこの地上から取り去ってしまはなくてはいけない、といふことを書いた。「放射能」と書いて「無常の風」とルビを振りたいものだと書いた。
 今度、キエフ地方で原子力発電所に事故があったと新聞で見て、松本君は何と感じてゐるだらうと思ひを馳せたのであった。

◆覚え書
人間は絶対に原爆に手を触れてはいけないこと。

(昭和61年7月「新潮」)
【井伏鱒二自薦全集第十一巻より】

この記事は、以下より転載しました。
http://www.facebook.com/photo.php?fbid=358919707535739&set=a.119165638177815.24093.100002531398844&type=1&theater

2012/11/13

原発のない世界へ 写真集 『100人の母たち』(南方新社)

亀山ののこ 写真集 『100人の母たち』 より抜粋

「ママは原発いりません」がなぜ「脱原発」を叫んでいるのか

ママ原のメンバーの多くは放射能から避難してきた原発被災者です。そしてそれに寄り添う者たち、で構成されています。原発被災者の苦しみ、悲しみ、そこから立ち上がっていくこと、それを経験してきたり、間近で見てきている人たちです。

私たちは帰る家を失いました。
生まれ育ってきた故郷に二度と戻れなくなりました。
避難場所を転々として地に足がつきません。
家族が離れて生活することになりました。

親に孫の顔を滅多に見せることができなくなりました。
クリスマスもお正月も誕生日も、家族ばらばらでした。
友人、親せきと疎遠になりました。周囲からノイローゼ扱いされました。

長年誇りをもってしてきた仕事を捨てました。
子どもを泣かせて、それでも転校させました。

被曝の危険を理解してくれない夫と離婚しました。
たった1人で知らない土地で子どもを産みました。
住めない家のローンを払い続けなくてはいけません。
避難生活でもう貯金が底をつきました。

そしてなにより悲しいことに、大切な我が子や自分の身体に異変が起こりました。
鼻血がでました。血便がでました。下痢が止まりません。
湿疹がひどくなりました。風邪をひき続けています。
甲状腺にしこりができました。血液の状態に問題があると指摘されました。
子どもの未来を考えると眠れません。
うつっぽくなりました。

これは、私自身や私が福岡で出会った友人たちの生の声です。

1年たってもまだまだ終わらない。この先、一体どうしたらいいのか。自分たちはどこに行くのか。離れることで薄れていく家族の絆を取り戻せるのか。そしてこの先、我が子が病気になるかもしれないという不安。

悲しい、苦しい、悔しい、さみしい、憤り、怒り・・・心の中がぐちゃぐちゃになりそうなこともありました。

でも、自分たちはつらいんだと声高く愚痴ったりできないのは、この悲劇を引き起こした原因の一端に自分たちの無知、無関心があることに気付いているからです。原発の事故がこんなことを招くなんて夢にも思わなかった。私たちが何気なく使っていた電気を作るシステムは、人口の少ない地方に危険な原発を押し付け、そこで働く原発労働者に被曝を強いて病にさせる、そういう誰かの犠牲の上に成り立っているものだった。

そんなこと自分たちに火の粉が降りかかってきて初めて知りました。自分たちは間接的だけど加害者でもあるのです。これまでの自分の無関心さに心から反省、後悔もしているのです。

福島では1年たっても、10年たってもその先もずっとこの苦しみと戦っていかなきゃいけない。それは想像を超える苦しさではないかと思います。もうそんな思いをする人をこれ以上増やしたくない。またどこかで事故が起きて手遅れになる前に気付いてほしい。九州は福島を、東北関東を助けられるところだから。

だからママ原は「脱原発」なのです。
イデオロギーでも自己満足でもなんでもないのです。
こんなひどいことになる原発、子どもの未来にはいらないよねって
親として、人間として、当たり前のことを言いたいだけなのです。

だから私たちは子どもを抱えて声をあげ続けてきました。
知っているのに沈黙することは罪だろうと思うから。
大人の、みんなの沈黙が子どもを虐げることになるのだから。

今、この瞬間も人がいてはいけない高線量地区で、子どもたちが色んな事情でやむなく暮らしているのです。家族が、友人が、恩師が、大切な人たちが暮らしているのです。

脱原発を訴えることは原発被災者と寄り添うことだとも思っています。

(「ママは原発いりませんhttp://mamagen.jimdo.com/

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