中村さん、ナマケモノ倶楽部のみなさんへ Severn Cullis-Suzuki(セヴァン・カリス=スズキ)

中村からのセヴァンへの手紙「なぜ、セヴァンを日本に招待したいと思ったのか」への返信です。

 わたしは、ブリティッシュコロンビア州の故郷の森、山々、海をめぐる一ヶ月半の旅 行を終えて、いまこの自宅のコンピュータの前に戻って来ています。ジェフが旅行中 に撮ってくれた写真をみなさんにも見ていただきたくて、わくわくしているところで す。
 中村さんからのお手紙をプリントアウトして、海と山を見晴らしつつ、戸外のベラン ダで読みました。それは非常に美しい手紙でした。お国のアレルギーの状況について書かれていました。母乳に含まれる毒物の生物学的濃縮についても。また、水俣病 や、川辺川ダム計画についても書かれてありました。これらのお話を読み、わたしはたいへん悲しくなりました。
 お手紙を読みながら、わたしは何度か目を上げて、海の方を眺めました。カナダは非常に広大であり、まだまだとても美しい国です。このバンクーバーという都市ですら、わたしの家族が、家の前の海に網を入れれば、魚をとって食べることができます。アザラシや水鳥たちも泳いでいます。ところが、それでも夕陽が沈むにつれて、都市から排出される汚染された霧が水平線上に漂っているのが見えます。わたしたちの生活が非常に恵まれたものであり、問題が深刻なものになっていないので、わたしたちバンクーバーの住人は、じぶんたちが現に持っているものを、いままさに破壊しつつあるのだということに気づいていません。しかし、ここカナダでも、アレルギーや喘息の症状の増加と、魚類の乱獲のために、わたしたちのもっとも大切な産業である製材業と漁業が絶滅の危機に瀕しています。しかもこの夏はバンクーバーにしては異常に暑い夏になっています。
 中村さんのおっしゃるように、「開発」や「進歩」ということばは、誤った使われ方をしています。わたしたちの社会が明らかにしているのは、これらの肯定的なことばが、生態系の破壊や自然のシステムの改変、そして人間の健康の悪化を意味しているということです。わたしたちはこれらのことばの意味について考え、ことばの再定義をしなくてはなりません。ほんとうに肯定的な開発とはどのようなものなのでしょうか。ほんとうの進歩というのはどういうことなのでしょうか。
 中村さんは、将来の世代の人々が生活する地球が、たんに森林やきれいな海が残っているだけではなく、人々が健康でいられるところになっていてほしいという夢を語っていらっしゃいます。これこそがほんとうに大切なところなのです。つまり、わたしたち人類は、精神面での必要のためからだけではなく、肉体的な必要のため −つまり、わたしたち自身の生存のため −にも自然界を守る必要があるのです。今日のバンクーバーの新聞によると、最近「酸素バー」なる店が人気なのだそうです。というのも、わたしたちが呼吸している空気中には千以上もの毒性の汚染物質があるからばかりではなく、過去二百年間の人間の活動のために、大気中の酸素が約四十%も減っているからだというのです。わたしたち自身が呼吸するための空気を減らしているなんて!しかもだれもが −たとえもっとも強欲な石油会社の重役たちですら −人間は、生きていくには酸素を吸う必要があるとわかっているのですから。
 これは、どこを見ても、実に恐ろしい話です。しかし、さらにお手紙を読み進めていくと、消費至上主義を変えようとして中村さんの会社が奮闘していらっしゃることも、『エコロジーの風』誌によって、環境教育を推し進めようとなさっておられることも書いてありました。みなさんの中の幾人かの方が参加されるというエクアドルでのわくわくするような会議のことも。わたしは先週あったときにケイボーが話してくれたグループのことを思いました。地域コミュニティで環境関連の闘いを続けている日本のグループで、わたしが日本に行くときには出会うことになっている人たちです。それからわたしはナマケモノ倶楽部、ナオコ、そしてかれらと一緒にわたしの日本でのツアーを企画してくれている人たちのことを思いました。来週わたしたちと同様に、南アフリカのヨハネスバーグに集まって、環境問題の解決法について議論し、共働のためのネットワークづくりをしようとしている何千人もの人たちのことを思いました。
 肯定的なエネルギーが流れており、わたしたちもその一部分になっているのです。わたしたちは若き問題解決者であり、わたしたちの才能と夢を用いて、わたしたちの社会をよりよい方向へ導く手助けをしていきます。わたしたちは自分自身の信じるところのために立ち上がるものたちです。わたしたちは、たとえば自分の生活をできるだけ環境にやさしいものに変えていこうとするように、個々それぞれの問題にも取り組むべきですが、それと同時に世界中の人々がなさっていること、果敢に挑んでおられることについても心に留めておかなくてはなりません。地球環境の中では、かれらとわたしたちは相互につながりあっているのですから。
 中村さん、拙論「責任の認識」を気に入ってくださってほんとうにうれしいです。わたしはこれを日本へ持っていくのが楽しみでなりません。ナマケモノ倶楽部や他の日本人の学生の方たちがこの文書を受け取り、翻訳し、自分たち自身のものにしていく−つまり、統計や主題をいくつか付け加えたり変えたりして、日本の方たちが署名するのにふさわしいものになさるのを楽しみにしています。この論文はぜひともみなさんで、ご自分のものになさってください。
 わたしは来週ヨハネスバーグで南アフリカの学生たちにもこの論文をお渡しして、かれらの国の実情に合ったものに書き変えていただくつもりです。すると、個人個人が責任を引き受けることを誓う、このまったく私的な運動が、もうすでに四つの国々で育っていきつつあることになるのです。これこそがほんとうの進歩がなされていく道であると思います。つまり、より大きな、地球規模のコミュニティの存在を理解し、その存在への信頼心を持ちながら、自分たちそれぞれの地域コミュニティにおいて個々人が責任ある参加主体であろうとすることです。
 もしよろしかったら、さっそくにもこの文書の翻訳に取り掛かっていただいて、11月にわたしが日本に着くときにはすでにこの日本での「責任の認識」運動がすぐにも始められるようにご手配なさってはいただけないでしょうか。そうなさっていただきたいのは、今回のわたしの日本訪問から、たんなる自覚や参加を得るだけではなくて、何かほんとうにリアルな収穫があってほしいからなのです。いかがでしょうか?
 この論文はわたしたちのウェブサイト(http://www.skyfishproject.org/)にすでに公開されています。
 わたしたちスカイフィッシュ・プロジェクトの活動が、ナマケモノ倶楽部のみなさんとご一緒にさせていただけるのも、たいへんうれしいことです。わたしたちも若い環境運動家であり、お互いに話すことがたくさんあると思いますし、またお互いに助け合えると思います。このグループもまだできたばかりですし、みなさんのご経験から学べることがきっとあると思います。ケイボーは東京にあるカフェについてわたしに話してくれました。そこへコーヒーを飲みに行くのが楽しみで待ちきれません。
 中村さん、この励ましにあふれたお手紙を送ってくださってほんとうにありがとう。わたしが励まされたのは、世界中に同じことのために働いている人たちがいるということがわかったからです。それで自分が何かとても強いものの一部なのだという気持ちになりました。このお手紙は、ヨハネスバーグサミットに持っていくのにほんとうによいおみやげになりました。

 みなさんの、
 セヴァン

翻訳:和気久明、ウインドファーム