2005/04/28

アグロフォレストリーツアーゲスト紹介

●パトリシア・モグエル

(生物学者、環境活動家、ラテンアメリカン大学教授)
パトリシア1
パトリシア・モグエル

貧しい人の依頼は無償で引き受けるという社会派の弁護士であった父の 影響から、幼い頃より社会問題や環境問題に触れながら育つ。
高校卒業後、中東やヨーロッパを旅し、地元の人々や自然に触れ、各国の 社会状況を目の当たりにする。帰国後は大学へ進学し、生物学を専攻。 その後、アグロフォレストリーに基づく有機コーヒー栽培や先住民族の 研究に取り組む。

メキシコにおけるアグロフォレストリー研究の第一人者であり、国内は もとより、国外でも積極的に講演を行いながら、アグロフォレストリーの 環境や地域文化に対する重要性を広く訴えている。

「研究は、あたまでなく、心でする」と言う彼女は、常にフィールドを歩き、 理論に限らない、現場に直結したアドバイスや情報を生産者に提供している。 現在は、先住民ナワット族の有機コーヒー生産者組合「トセパン」とともに、 モデルプロジェクトとなるべく、持続可能な取り組みを行っている。 私生活では、二児の母でもある。

●アルバロ・アギラル=アヨン

(トセパン・ティタタニスケ地域農業共同組合 組合員)
アルバロ(赤いTシャツ)
アルバロ・アギラル=アヨン

大学院で農学や農村開発を学んだ後、メキシコ各地で農村開発に携わる。 社会的に厳しい状況に置かれている先住民族たちを救いたいという強い思い から、1980年からトセパン組合の設立に中心的に関わり、現在まで技術 アドバイザーとして組合で持続可能な取り組みを行ってきた。

ナワット族ではないが、組合運営の中心的な役割を果たしており、組合の 代表者と同じく、メンバーたちから非常に厚い信頼と尊敬を得ている。

●有機コーヒー生産者グループ「トセパン・ティタタニスケ」

トセパンのロゴ
トセパンのロゴマーク 「団結」と「わかちあい」を表したトセパンのロゴ
トセパンメンバーとアルバロ(赤いTシャツ)
トセパンメンバーとアルバロ(赤いTシャツ)

1977年、メキシコ・プエブラ州で結成された先住民ナワット族による生産 者組合。
組合名であるトセパン・ティタタニスケは、ナワット語で「団結と協力が 幸せへの道である」ということを意味する。5,800世帯にも及ぶ組合員は、 組合本部があるケツァーランの町を中心とした7地域66のコミュニティに 暮らしている。

この一帯には、熱帯雲霧林と呼ばれる生物多様性の豊かな森が広がり、 伝統的に「アグロフォレストリー」によって有機コーヒーや果樹が育て られてきた。

組合が結成されて以来、トセパンはコーヒー栽培をベースに、香辛料、 キノコ、ナッツ、果樹等の作物栽培や畜産なども行っている。特徴的なのは、 これらの活動が、地域内で資源をすべて循環させて行われているということ である。また、トセパンでは、組合設立当初から女性たちが組合の活動に 活発に参加してきた。組合内での作物栽培や畜産に従事するだけでなく、 女性が主体となって、パン屋、トルティーヤ(とうもろこしの粉を使った メキシコの主食)製造、日用品店が運営されており、女性の自立を目指した 多様な活動が積極的に行われている。

また、組合独自の共同金融機関「トセパントミン」を設立。地域内に43の 支店を設け、組合員に貯金や低利子ローンなどの金融サービスを行っている。

トセパンの組合員主体の多様で持続可能なコミュニティづくりはメキシコ 国内でも高く評価されており、1995年に「フォーレスト賞1995」を、2001年 には「環境賞2001」をメキシコ政府から受賞している。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
コーヒーの樹とトセパンの生産者

ナワット族に受け継がれてきた「連帯」、「協力」、「分かち合い」と いう考えのもと、近年は、これまでの活動に加え、環境教育やエコツアー など新しいプロジェクトにも取り組んでいる。

アグロフォレストリー ツアースケジュール

6/9(木) 14:00?16:00 <熊本県熊本市>
講演会

【会場】:フェアトレードショップ 『はちどりの木』
(熊本市河原町2番地 河原町商店街内)
【参加費】:500円(有機コーヒー付き)
【定員】:20名 (◆要予約)
【問い合わせ/予約】:『はちどりの木』
TEL/FAX:096-352-9822
E-mail:hachidorinoki@dj.pdx.ne.jp

午後 <熊本県水俣市>
ガイアみなまた 訪問 (交流会)
6/10(金) 午後 <熊本県水俣市>
ほっとはうす 訪問 (交流会)
6/11(土) 13:00?16:30
(12:30開場)
<福岡県福岡市>
『ようこそ森のカフェへ』

?いのちと文化を守るコーヒー栽培?
メキシコからパトリシア・モグエルを迎えて
チラシ表3

☆一日だけオープンする森のカフェには、フェアトレードや国際協力、自然食品のブースもあります。ゆったりとコーヒーを飲みながら、素敵な人たちに出会える。そんなカフェに遊びに来ませんか?☆

【会場】:ベイサイドプレイス博多埠頭(小ホール)
(福岡市博多区築港本町13-6)
【ゲスト】:パトリシア・モグエル、 アルバロ・アギラル=アヨン
【コーディネーター】:中村隆市(ウインドファーム代表)
【参加費】:700円 (有機無農薬のコーヒー付き!)
【内容】
パトリシアさんとアルバロさんに、森でのコーヒー栽培、私たちが飲むコーヒーとメキシコや途上国とのつながり、そしてトセパンの持続可能な取り組みなどについて、わかりやすく話してもらいます。
その後、コーディネーターに中村さんを迎え、会場も交えての意見交換を行います。
【共催】:(株)ウインドファーム、ナマケモノ倶楽部
【協力】
ピースボート、ワールド・エコロジー・ネットワーク、チェルノブイリ支援運動・九州、NGO福岡ネットワーク、債務と貧困を考えるジュビリー九州、マナキッチン
【後援】:メキシコ大使館、グリーンコープ連合
【助成】:福岡国際交流協会
【問い合わせ】:ウインドファーム(担当:岩見知代子)
Tel:093-201-8382/Fax:093-201-8398
E-mail:info@windfarm.co.jp

6/14(火) 16:30?18:30 <京都府京都市>
公開講座

【会場】:京都精華大学 清風館 C-101教室
【参加費】:無料
【問い合わせ】:細川研究室
Tel/Fax:075-702-5213 E-mail:k22m@mac.com
詳しくはこちら

6/15(水) 13:00?14:30 <京都府京都市>
公開講座

【会場】:京都精華大学 黎明館 L-201教室
【参加費】:無料
【問い合わせ】:細川研究室
Tel/Fax:075-702-5213 E-mail:k22m@mac.com
詳しくはこちら

18:00?21:00 <京都府京都市>
講演会
講座『言葉をつむぐ』

【会場】:京都 YWCA(京都市上京区室町通出水上る近衛町44)
【参加費】:1,000円
【問い合わせ】:論楽社  Tel/Fax:075-711-0334

6/16(木) 18:30?20:30 <愛知県>
『森のカフェへようこそ!』

?アグロフォレストリーの森が育むいのちと文化?
メキシコの持続可能な地域づくりと森を守るコーヒー栽培

【会場】:ウィルあいち
【内容】:アグロフォレストリーの現場の話
森を守ることができる1杯のコーヒーの物語。
「私は私ができることをする….」始めの一歩の講座です。
【参加費】:1,000円(当日1,500円)
※マイカップ持参ください。 ティータイム(森がはぐくんだコーヒー)あり。
【定員】:50名(◆要予約)
【問い合わせ・予約】:ウィルあいち1Fフェア・トレードショップ風”s内
GAIAの会 土井ゆきこまで
Tel/Fax:052-962-2638
E-mail:renraku@gaianokai.org / huzu@huzu.jp

6/18(土) 午前 <東京都>
大地を守る会にて講演会 (非公開)
6/19(日) 18:00?20:30
(17:30開場)
<東京都>
イベント
『夜の森』

-中米メキシコより、パトリシア・モグエル氏を迎えて-
×100万人のキャンドルナイトプレイベント

森と自分の暮らしにキャンドルを灯してそこから見えるであろう世界。 採取→生産→消費→廃棄のなかの、表面化しない「採取」で起きている。 それに対して「できること」としての、森栽培というオルタナティブの可能性、森林栽培のような、「森とつながる暮らし」の提案 +キャンドル点灯式(キャンドルナイトのお話)。

【ゲスト】:パトリシア・モグエル、アルバロ・アギラル・アヨン
【聞き手】:中村隆市さん
【参加費】予約:1,800円/当日:2,000円 300Nまで使用可能
エクアドルコーヒー飲み放題
【会場】:カフェスロー(府中市栄町1-20-17) www.cafeslow.com
【問い合わせ/予約】:カフェスロー
Tel:042-314-2833 E-mail:cafeslow@h4.dion.ne.jp
【主催】:ナマケモノ倶楽部、スローウォーターカフェ
【共催】:カフェスロー、ウインドファーム、ワールドエコロジーネットワーク
【後援】:メキシコ大使館

 

パトリシアからのメッセージ

*日本の消費者のみなさんへ

世界で最初に有機栽培のコーヒーを生産したのはメキシコです。この有機栽培という生産システムは、地域レベルで見ても国際レベルで見ても、環境に対して多くの利益をもたらしています。例えば、生物多様性の保全、土壌の保全、気候の改善、地球温暖化の影響の削減、洪水、火災といった自然災害の軽減といったことです。

また、メキシコでは、有機栽培に基づくコーヒー生産は、毎年300万に近い雇用を生み出しています。
例えば、有機栽培でコーヒーを生産する場合、慣行栽培よりも多くの土地を耕作する必要が出てきます。
平均して1ヘクタール当たり160日間の雇用が必要となるのです。

パトリシア2
 パトリシア・モゲルさん

 しかし、私が日本の消費者のみなさんにお願いしたいのは、メキシコでのコーヒーの有機栽培(これは、伝統的に日陰樹を利用した栽培方法を取り合わせたもの、アグロフォレストリーシステムを含む)を、単に環境にやさしいとか、お金や雇用を生み出すものとしてだけ見ていただきたくないということです。

これはどういうことかと言いますと、コーヒーの有機栽培には、さまざまな文化や信念、そして知恵や知識が凝縮されており、社会や文化面から見てもその利益、恩恵は計り知れないということです。

メキシコでは、約32族もの先住民がコーヒー生産に従事しており、彼らはそれぞれに伝統や慣習、代々受け継がれてきた人生観などを持っています。つまり、コー ヒー生産の周辺地域では、それぞれの先住民族が織りなす文化の多様性を見ることができるのです。

こうしたことから、先住民族が伝統的に行ってきたアグロフォレストリーを維持し、その生産物であるコーヒーをフェアに取引するということは、単に生物多様性や環境を保全しているというだけでなく、先住民族が現在まで守り続けてきた文化の多様性を保護することにもつながるということです。

そして、この文化の中には、「分かち合い」、「協力」、「尊敬と連帯」といった言葉に代表される先住民の考え方や姿勢も含まれています。近頃、メキシコでは、生物多様性の保全に関してその重要性を指摘する研究者は多くいます。
しかし、こうした文化の多様性に目を向けている研究者はいないのではないでしょうか。重要なのは、生物だけでなく先住民族たちの文化の多様性をいかにして守り続けていくかということなのです。

そして、これができるのは、フェアトレードやこれと似たような取引―自由貿易に取って代わる貿易―を通してだけだと私は思うのです。このためには、生産者と消費者の連帯を築いていくことが必要となってくるでしょう。

生産者と消費者がお互いの立場を理解し、共に協力しあっていくことが大事なのです。 私は今回、中村隆市さんと一緒に2つの生産者グループを訪ねました。彼らは常に「協力し、分かち合う」という姿勢を大切にしていました。彼らのこうした姿勢は、フェアトレードに取り組む上で、また、さまざまな社会問題と闘っていく上でとても大切な考え方だと思っています。

最後に、もう1つ聞いていただきたいことがあります。私が今まで述べてきたコーヒーは、単なる”オーガニック(有機栽培の)コーヒー”ではありません。確かに生産方法としては有機栽培です。しかし、前にお話しましたように、この生産方法には生態系や環境だけでなく、先住民族の文化や信念をも持続的に守り続けていこうという姿勢が含まれています。

そこで私は、このコーヒーを確信を持ってこう呼びたいと思っています。
“サステイナブル(持続可能な)コーヒー” と。これには、次に述べる4つの要素が含まれています。まず環境の豊かさ、2つめが生活や人生の豊かさ、そして3つめが生産物の質の高さ、4つめが精神的な豊かさです。この”サステイナブ ル”という考え方は、とても大切なことなので、ぜひ皆さんに知っておいていただきたいと思うのです。

今後は、研究のみならず、消費者の立場にある中村さんとともに、協力しあい、同じ経験を分かちあいながら、メキシコの生産者と日本の消費者のみなさんとの連帯を築いていきたいと思っています。それが、私の夢なのです。

2005年4月
パトリシア・モゲル

メキシコ有機コーヒー栽培の現場を訪ねて

世界で最初に有機コーヒー栽培に取り組んだ国、メキシコ。この国では、 20部族以上もの先住民族が、伝統的にコーヒーを栽培してきたと言われている。彼らは、豊かな森でコーヒーを育てながら、独自の文化や伝統を築いてきた。
しかし、コーヒーの国際市場価格の低迷や大企業による買い叩き、それに加え、貧困などの社会問題によって、こうした伝統的な栽培方法や文化は失われつつある。

プエブラ州の雲霧林.jpg
  プエブラ州の雲霧林
 
そんな中、コーヒー生産者たちと共に豊かないのちの森を守ろうと闘う一人の女性がいる。彼女の名前は、パトリシア・モゲル。生物学者でもあり、環境活動家でもある彼女は、メキシコの「アグロフォレストリー(森林農法)」(※注1参照)研究の第一人者であり、現在は、メキシコのプエブラ州ケツァーランにあるトセパン・ティタタニスケ協同組合と共に、持続可能なコミュニティづくりに向けて活動している。

私は、パトリシアに案内され、このトセパン組合を訪れた。
(文/岩見知代子:ウインドファームスタッフ)

説明するパトリシア.jpg
  パトリシア

トセパンは、5,300世帯もの生産者からなる組合で、メンバーは皆ナワット族である。彼らは、ケツァーランの町を中心とした7地域66のコミュニティに暮らし、アグロフォレストリーによる有機コーヒー生産をベースに、コショウ、 ナッツ、キノコの栽培や畜産にも取り組んでいる。

特徴的なのは、これらの活動が、地域内で資源をすべて循環させて行われているということだ。また、トセパンでは、組合設立当初から女性たちが組合の活動に積極的に参加してきた。女性グループによるパン屋、雑貨店運営やトルティーヤ(とうもろこしの粉からつくられたメキシコの主食)販売が行われており、女性の自立を目指した多様な取り組みが活発に行われている。この他に環境教育やエコツアーの取り組みも数年前から始めている。

トセパンが設立されたのは、今から28年前。自分たちの作ったコーヒーを仲介業者に買い叩かれる現状に対抗するためだった。そして、この設立の時からトセパンに深く関わり、技術面だけでなく、組合運営全体のアドバイザーを行っている人物がアルバロ・アギラルである。アルバロは、ナワットの人たちを救いたいという強い思いからこの地へ移り住み、組合をここまで引っ張ってきた。彼は、組合で唯一ナワット族ではないのだが、組合の代表と並ぶほどメンバーの信頼と尊敬を集めている。

コーヒーの樹と生産者.jpg
  コーヒーの樹と生産者

そして今では、トセパンは、メキシコにおける有機コーヒー生産者グループのモデル的存在にまでなっており、実際、その多様で持続可能な取り組みは、メキシコ政府からも高い評価を受け、1995年には、「フォーレスト賞1995」を、2000 年には「環境賞2001」を受賞している。

組合名「トセパン・ティタタニスケ」は、ナワット語で、「団結すること。 それが、皆が幸せになる唯一の道である」ということを意味する。その名の通り、トセパンをここまで団結させてきたのは、良きアドバイザー、アルバロの指導力と愛情に満ちた人間性ばかりでなく、ナワットの人たちが昔から大切にしてきた「協力」「分かち合い」という考え方、生き方なのである。

ケツァーラン一帯は、生物多様性が非常に豊かな熱帯雲霧林に属しており、 いつも湿度が高い。雨が降ると、雲が低く降り、それと同時に、森からは深い緑の香りが立ち上る。私がケツァーランで過ごした4日間、霧がかからない日はなかった。さまざまな植物や動物が暮らし、豊かな土壌が広がるこの森は、コーヒーに豊かなコクと香りをもたらし、ナワットの人たちの文化と伝統を育んできた。

滞在中、アルバロと共にトセパンを案内し、コーヒーの森のことを話してくれたパトリシアは、森を守りながらコーヒーを栽培するアグロフォレストリーによっ て、この地に住む生物だけでなく、そこで育まれてきたナワット族の生活や生き方そのものが守られてきたのだと教えてくれた。アグロフォレストリーの重要性を指摘する研究者たちは、生物多様性を守るということを強く訴えても、それが この地で生きてきた人たちの文化の多様性をも守っているということにはあまり注目しない。けれど、それがとても大切なのだとパトリシアは言う。

そして、それを守るため、彼女は生産者たちと闘っている。「研究は頭だけでなく、心でするもの」。そう言い切るパトリシアが、単なる研究者ではなく、自ら現場で行動する活動家である所以はそこにある。

パトリシアの父親は、貧しい人たちのためには、無償で弁護を引き受けていたという社会派の弁護士だった。その影響から、幼い頃より社会問題や環境問題に触れてきた。「分かち合うという気持ちを持つこと。そして、社会に矛盾や疑問を感じたら、それをはっきりと訴え、行動することが大切だ」という父親の教えを、彼女はいつも心の中に置き、大切にしてきた。

「今、世界で起こっている環境問題はとても深刻で、どうしようもないところまで来ているのかもしれない。それを考えると悲観的になってしまうこともありました。でも、今は違います。私は、ずっと先の世代のために自然や文化を残したいと闘っているメキシコの生産者たちと、日本の人たちとの強い絆をつくっていきたいのです。持続可能な社会を目指し、私は大きな希望を持ってこれに取り組んでいきたいと思っています。これからもつながっていきましょう。その夢に向かって。」

私がメキシコを去る日、彼女が笑顔で語ったその言葉を今でもよく覚えている。
そのとき、私は初めて「一杯のコーヒーから始まる物語」の原点を見たような気がした。
そしてこの6月、その夢をたくさんの人と分かち合うため、パトリシアとアルバロが来日する。私が彼らやトセパンとの出会いで感じたつながりを、コーヒーを飲んでくださる皆さんにもぜひ感じてもらえたらと心から思う。
豊かないのちの森から始まるこのコーヒー物語は、きっとあたたかさとやさしさに満ちているはずだから。

ナワット族の女性たち.jpg
  ナワット族の女性たち

2005/02/21

サンパウロ新聞より 「有機コーヒー・キャピタル宣言(3) 共有の喜び名誉市民権・心の絆で結ばれた労使は家族」

以下はサンパウロ新聞に掲載された記事です。

***

今回のブラジル訪問で中村氏は、ジャカランダ農場のあるミナス・ジェライス州マッシャード市の名誉市民権を授与された。

昨年五月二十二日、同市は世界で初めての「有機コーヒー・キャピタル(首都)宣言」都市として指定された。その実現に尽力し、有機無農薬コーヒー生産地である「ジャカランダ農場」を通じた日本の消費者へのフェア・トレードの実施・貢献が認められたものだ。

昨年十二月二十三日に同市議会で行われた名誉市民権授与式には、ジャカランダ農場から故・カルロス氏の三男であるルーベンス・テイシェイラ・フランコ氏と、孫にあたるACOB(ブラジル有機コーヒー協会)代表のカシオ・フランコ・モレイラ氏たちが祝福に駆け付けた。さらに、少年時代にカルロス氏の世話で教育を受け、今年から市議として活動するという青年なども姿を見せていた。

市会議長たちから記念プレートを授与され、登壇した中村氏の手には、カルロス氏のトレードマークだった帽子があった。昨年の七月に、惜しまれながらもこの世を去ったカルロス氏との思いを共有したいという強い気持ちからだった。

「本来なら名誉市民権は私ではなく、カルロスさんやジャカランダ農場の人々が受けるべきもの。カルロスさんとの出会いは、私にとって宝物のような出来事でした」と中村氏は、今回の授与が農場の人たちとの結びつきの結果であることを強調した。

その日の夜遅く農場を訪問した中村氏、ルーベンス氏たちとともに翌日、農場内を見て回った。

「ここは、小鳥が多いでしょう」―。

中村氏にそう言われ周辺を見まわすと、無数の鳥たちのさえずりが聴こえる。ミミズやクモなどの益虫をはじめ、農場には年々、動物が増えているという。コーヒー生産地の土はブラジルでは珍しい黒色。実際に歩いていて感じるのは、フカフカとした柔らかさだ。労働者たちの手で丹念に鍬入れされた豊かな土地が、標高千二百メートルの斜面に広がる。高さ二メートルほどのコーヒーの木々の枝には、緑色の実がビッシリと付いているのが見えた。

中村氏が農場を訪問した目的は、現場で汗水流して働く人たちとともに授与の喜びを分かち合うためだ。授与された記念プレートを手に、労働者たちとあいさつを交わす中村氏。「この農場で働けることが嬉しい」と語る労働者の一人、ネルソンさん(四二)の言葉に、「彼に会うと幸せな気持ちになりますよ」と思わず顔が和む。幼少の頃は病弱で、青年になっても職が無かったネルソンさんを農場に誘ったのはカルロス氏だった。

現在、農場内でリーダー的存在になっているアイルトンさん(二八)。その知的能力を発見したのは、カルロス夫人のフランシスカさんだ。カルロス氏の資金援助で、アイルトンさんを十六歳頃から農業専門学校で学ばせた。しかし、農場の仕事とキツいと学校の授業で居眠りすることが続いた。それを聞いたカルロス氏は、同じ給料のままアイルトンさんの仕事量を減らし、「学校には真面目に行け」と促した。氏の親心が、少年を立派なリーダーへと成長させた。

農場には、カルロス氏の家族の恩恵を被っている人たちが多い。しかし、「金での支配」による単なる雇用関係ではない。お互いを認め合う心有る付き合いが、スタッフたちの労働意欲につながっている。(つづく・松本浩治記者)

サンパウロ新聞より 「有機コーヒー・キャピタル宣言(1) 二人三脚で無農薬に挑む・MG州マッシャード市篤農家・中村隆市」

以下はサンパウロ新聞に掲載された記事です。

***

ブラジルのコーヒー生産地の一つミナス・ジェライス州マッシャード市。昨年五月、同市は世界で初めての「有機コーヒー・キャピタル宣言」が施行された。その背景には、日本とブラジルをフェア・トレード(公正な貿易)で結ぶ人たちの地道な活動がある。同市管内にある「ジャカランダ農場」では、スタッフの協同作業のもと有機無農薬コーヒーが生産され、日本でその輸入販売を行う(有)有機コーヒー社代表取締役の中村隆市氏(四九、福岡県出身)は、同農場との人間関係を何よりも重要視している。日伯間を結ぶ新たな活動が始められている。(松本浩治記者)

《従業員全て家族の一員・熱い思いで土づくり環境づくり》

(有)有機コーヒー社の出版部門である(株)ウインドファームが九七年に発行した「ジャカランダコーヒー物語」によると、中村氏とジャカランダ農場主だったカルロス・フランコ氏の出会いは、九三年。それまで九州で有機農業をはじめ、生活協同組合の活動などを実践してきた中村氏は、八六年四月二十六日に発生したチェルノブイリ原発事故をきっかけに、被災者への支援活動など、自らの仕事としての取り組みを始めたという。

八七年から有機コーヒーの販売を行なってきた中村氏だが、当初はまだ現地の栽培内容がよく分からなかった。八九年から実際にブラジルに足を運び、本当のフェアトレードの意味を分かち合い協力し合える生産者を探し回った。ところが、ほとんどの生産者は「農薬なしにコーヒーが生産できるはずがない」といった反応だったという。

そうした中村氏の姿を見ていたのが、カルロス氏。「一度、会いたい」と声をかけ、農場に案内した。中村氏がブラジルを初訪問してからすでに四年が経っていた。

中村氏はカルロス氏から商談そのものよりもまず、同農場で働く様々な人たちを紹介された。ブラジルでは、収穫時期にのみ労働者を雇う「使い捨て」が多い。また、雇用者が労働者の税金・保険などの支払い義務が生じるため、正規の職員として登録することは少ない。カルロス氏は、当時十家族ほどの労働者に対し自分の家族の一員のように接し、自給自足の生活をさせていた。

その後、二人は一日がかりで、それぞれが辿って来た自分の人生のことを互いに話し合った。話が一段落した際に、カルロス氏に誘われて家の外に出た中村氏は、農場のスタッフからジャカランダの苗木をプレゼントされた。

その苗木を植樹した後、カルロス氏から「これであなたは、この農場に根を下ろしました。末永いお付き合いをお願いします。できれば、私だけでなく、私の次の後継者とも仕事をするつもりで太い絆を築いてほしい」との言葉を贈られた。

中村氏にとって、忘れられない一日だった。こうして、中村氏とジャカランダ農場との関係は生まれ、現在も継続されている。

そのカルロス氏は昨年七月、結婚五十二周年を迎えたその日に息を引き取った。享年七十五歳だった。

カルロス氏の死は、家族や農場関係者、中村氏をはじめ、同農場の有機無農薬コーヒーを愛飲している日本の消費者の心をも痛めた。

しかし、カルロス氏が伝えたものは数多い。

「自分たちにできることをやればいい、その結果がどうなったとしても、それはそれで仕方がない」―。

何事においても表面的な目に見える現象そのものよりも、現象が起こる背景に目を向けてきた。その熱い思いが、農場の土づくり、環境づくりへとつながった。

氏の教えを胸に、農場を背負う次世代のスタッフと中村氏たちは、新たな動きに向って歩みだした。(つづく)

サンパウロ新聞より 「有機農業で市発展に貢献・マッシャード市中村隆市氏に名誉市民権」

以下はサンパウロ新聞に掲載された記事です。

***

ミナス・ジェライス州マッシャード市の有機無農薬コーヒーをはじめとする中南米の生産農場とのフェア・トレード(公正な貿易)を実施し、日本での輸入販売や環境保護活動などを行なっている(有)有機コーヒー社代表取締役の中村隆市さん(四九、福岡県出身)がこのほど、同市の名誉市民権を贈られた。去る十二月二十二日午後六時から同市議会で市議、農場関係者など約二百人が出席して授与式が行われた。中村さんの授与は外国人としては二人目。

この日、中村さんは同市に貢献した他の七人の授与者とともに会場前列に座り、日本人としては唯一の授与となった。

中村さんの授与は、今年五月に同市が世界で初めて指定された「有機コーヒー・キャピタル(首都)宣言」実現に尽力し、有機無農薬コーヒー生産地である「ジャカランダ農場」を通じたフェア・トレードの実施・貢献が認められたもの。

名誉市民に推薦したジョゼ・カルロス・ジニス市議会議長、ファビアーノ・シグノレッチ・レイテ市議の二人から記念プレートを手渡された中村さんは、昨年七月に惜しまれながら他界した農場主・故カルロス・フランコさん(享年七十五歳)のトレードマークだった帽子を手に登壇。「本来なら名誉市民権は私ではなく、カルロスさんやジャカランダ農場の人々が受けるべきもの。カルロスさんとの出会いは、私にとって宝物のような出来事でした。今年五月にオルガニック(有機)コーヒーのキャピタル宣言を行なったマッシャード市の名誉市民になることほど、嬉しいことはありません」と満面の笑みを浮かべ、世界にマッシャード市のことを広めていく考えを示した。

謝辞の最後で中村さんは、有機コーヒー社ブラジル側スタッフの牛渡クラウジオ氏と農場関係者たちへの感謝の意味を込めて「オブリガード」とあいさつし、会場から大きな拍手を浴びていた。

2004/05/21

国際有機コーヒーデーに寄せて、ブラジルからのメッセージ

2004年5月18日 ジャカランダ農場から、昨年、お亡くなりになったカルロスさんの三男で現在ジャカランダ農場でコーヒーの有機栽培に取り組むフーベンスさんと、ウインドファームの南米支局長、クラウジオ牛渡が、5月22日の国際有機コーヒーデーに寄せてメッセージを届けてくれました。
ジャカランダ農場でコーヒーの有機栽培に取り組むフーベンスさんからのメッセージ
20040521hubens.jpg
多くの場合、有機農産物は化学肥料を施さず栽培された農産物として紹介されます。しかし、有機農産物とは、これを遥かに超越するものなのです。オーガニックコーヒーは、その生産過程に「融合」と「相互依存」を有する行程をたどるのです。
私達は、それぞれ支え合い生きています。男性、女性のそれぞれに、支えられ生きています。私達はさらに、大地に支えられ、大地は私達の心遣いに支えられています。

環境のバランスは私達いかんによると同時に、私達は、エコシステムに依存しているのです。私の考える有機栽培とは、フェアートレードとの深く密接な関係を保つ手段でもあります。こうして、農産物に支払われるその対価は、公正に、そして友好的に、全ての生産過程へと分配されて行きます。さらには、有機栽培に必要とされる労働に、威厳を与えるのです。

5月22日は、多くの人々の心に、特別な日として記憶されています。私達はこの日を、オーガニックコーヒー誕生の日として、記憶に留めたいと思います。さらにこの日を、格別の味を誇るコーヒーを思う日として、母なる大地の日として、さらには自然環境保護の日としても、思いを馳せたいと考えています。人々が喜びを分かち合う日、そして子供の日ともすることで、未来を支える素晴らしき彼らと接しようではありませんか。さらには、平等、平和、兄弟愛に満ちた社会を祝う日として心に刻もうではありませんか。

ウインドファームの南米支局長、クラウジオ牛渡からのメッセージです
20040521claudio.jpg
ブラジル初のオーガニックカフェとして、「テーハ・ヴェルディ」がオープンして4年が過ぎます。この間、テーハ・ヴェルディでは、次の目標をもって、このカフェを運営してきました。
まず、ブラジルにコーヒーの文化を根付かせるということ。ブラジルは世界的なコーヒーの生産国ですが、生産されるコーヒーのほとんどは輸出されています。ですから、本当に美味しいコーヒーは欧米や日本に届けられてしまい、ブラジルでは飲むことができないというアンフェアな現実があり、コーヒーをゆっくり楽しむという文化もあまり根付いていません。また、例えばコーヒーは生産地や収穫年度によって味が変化することなど、コーヒーに関する基本的な情報も伝えていきたいと思っています。

また、自然環境や人を大切にするコーヒーの有機栽培に内容については、その意味だけでなく、有機栽培そのものをブラジル各地で普及させていくことに取り組んでいます。
それは、昨年お亡くなりになったジャカランダ農場のカルロスさんが、人生をかけて取り組んでいた仕事でもあります。カルロスさんが亡くなった当時は、ジャカランダ農場のスタッフや私たちも大変悲しく、落ち込んでいましたが、今では元気を取り戻し、カルロスさんが取り組んだこの大切な仕事を受け継ごうをしています。私も今年になって、パラナ州のカトリック大学で講師として有機栽培の授業を行うようになり、若い学生たちに有機栽培の意味を伝えています。

ブラジルで、コーヒーの有機栽培を広めようという動きは、年々、活発になってきています。私が住むクリチーバ市では、4カ所のカフェで有機栽培のコーヒーが飲めるようになりました。国際有機コーヒーデーとなる5/22には、ジャカランダ農場があるマッシャード市で「有機コーヒーキャピタル(首都)宣言」が行われ、マッシャードをブラジルにおける有機コーヒー栽培の「首都」に育てたカルロス・フランコさんを偲ぶ催しが行われます。また、パラナ州の三カ所で、有機農業をテーマとするイベントが予定されています。

カルロスが蒔いた有機農業の種は、今、少しずつブラジルで芽がでてきます。

2003/07/21

悲しいお知らせ 

ブラジル、ジャカランダ農場のカルロス・フランコさんが、ブラジル現地時間で7月4日朝8時頃、心臓病のため自宅で永眠されました。1927年8月22日生まれの75才でした。
「農薬なしにコーヒーができるはずないじゃないか」と言われていたブラジルで、有機コーヒー栽培のパイオニアとして、試行錯誤を繰り返しながら有機コー ヒーの栽培を根づかせ、多くの農民と共に、ミナス州の南部を「有機コーヒーのメッカ」ともいわれるほどの地域に育てました。
ジャカランダ農場にはブラジル各地、中南米各国からも生産者や研究者が見学に訪れ、有機農学校の役割も果たしてきましたが、カルロスさんはいつも見学者に 対して、消費者と連帯することの重要性も語りかけていました。そして、フェアトレードでつながった消費者からのメッセージをうれしそうに紹介していまし た。

逆に、見学者から学ぶこともありました。特に、エクアドルやメキシコの生産者や研究者と交流するなかで、森林農法(アグロフォレストリー)に興味を抱き、 農場の中に植林する樹木を増やしていきました。農場の名前に「ジャカランダ」という樹の名前を付けたように、カルロスさんは、子どもの頃から樹木が大好き でした。

また、カルロスさんは自ら話すことは、ほとんどありませんでしたが、20代の後半から福祉活動に熱心に取り組まれ、ストリートチルドレン、一人暮らしのお 年寄り、赤ん坊を抱えた少女たち、エイズの子どもたちなどの世話を続けてこられました。人も自然も大切にするカルロスさんが、1980年から無農薬栽培に 切り替えた最大の理由は「いのちを大切にしたい」ということでした。農場で働くスタッフの健康、土中の微生物や虫や小鳥などの、弱いもの、小さな「いの ち」をあたたかく見守っていたカルロスさんは、作今の武力によって国際問題を解決しようとする暴力的な世相を悲しんでいました。

この十年間、フェアトレードを通じてカルロスさんと共に歩んできた私共にとっていかにカルロスさんの存在が精神的な支えであったのかを今更ながら痛感しています。以下に、ウィンドファーム現地スタッフのクラウジオ・ウシワタからの手紙(抜粋)を掲載させていただきます。

金曜日の朝にカルロスさんの孫、ジョン・ギリエルメさんから電話で悲しいニュースが届きました。すぐに、中村さんに国際電話で報告して、この知らせをメー ルで多くの人に流し車でカンピナス市へ向かいました。午後7時にカンピナス市のプレズビテリアン教会に着き、カルロスさんのご家族と会いました。悲しい、 とても悲しかった。涙が止まらなかった。今も信じられません。気持ちを言葉に出来ません。私たちの痛みと悲しみの気持ちとして花束を差し上げました。

亡くなる2日前の7月2日にカルロスさんと電話で話しました。カルロスさんがセキをしていたので、風邪に気をつけてくださいと言ったら、カルロスさんはもう良くなっていると返事をしてくれました。
カルロスさんは、亡くなる前日にジャカランダ農場に行きました。しかし、体調が悪かったので、自宅のあるカンピナス市に戻り、病院に行きました。おそらく、旅発つ前にもう一度ジャカランダ農場に行きたかったのだと思います。

カルロスさんは7月4日の当日、朝早く起きて、シッキーニャさんとの結婚52周年の記念日であるため、奥さんにオメデトウといいながら、キスをしました。朝食をとる準備をしたのですが、体調が悪いためベッドに戻り、寝て急に心臓が止まり亡くなりました。

カルロスさんは亡くなる前の一週間に息子全員と娘のテルマさんと会い、話しをしました。これは神様の行いだと思います。神様は、この世を旅発つ前にカルロスさんに、そのチャンスを与えました。

カルロスさんは、中村さんと僕が何時来るのかを時々聞いていました。息子さんともよく話していたそうです。今考えると、たぶんカルロスさんは、僕たちとももう一回会いたかったのだと思います。僕のミスでそのサインを読み取れなかったのです。

ジャカランダ農場のジョゼ・アイルトンさんは、カルロスさんの遺体を見ることがイヤだったので、どこかに逃げて誰も見つけることができませんでした。セバ スチオンさんは、一日中泣いて体調が悪くなり、娘さんがカンピナス市の教会まで行かせませんでした。ジャカランダ農場の皆様は大変悲しんでいるようです。

カルロスさんは天国で有機農業をやって行くと思いますが、残された私たちには、かなりの責任が残った気がします。しかし、カルロスさんがまいた種は花と果実になるのではないかと思います。

7月の下旬に、カルロスさんの御家族と共に、お墓参りに行ってきました。御家族のお一人お一人と、そして、農場のスタッフたちとカルロスさんの思い出を ゆっくりと語り合ってきました。その話の中で、こころに残る話がありました。「お父さんは、亡くなるまでの最後の十年間、フェアトレードで日本とつながっ た十年間が最も生き生きしていた。とても幸せな人生だった」という皆さんの言葉でした。私もそう信じています。そして、こう思います。
「カルロスさんは、多くの人を幸せにしてくれた人だったなあ」と。
幸せにしてもらったうちの一人が私でした。

カルロスさんは、とてもゆったりと人に接する人でした。人の話をよく聞き、ゆっくりと考え、おだやかに自分の考えを話す、ときどき冗談を言って皆を笑わせ る彼は、そこにいるだけで、周りの人に安らぎを与える人でした。そして私に、生きることの素晴らしさを教えてくれた人でした。

ウィンドファーム 代表
中村隆市

※なお、ジャカランダ農場は、カルロスさんがお元気な頃から一緒に農場で働いていた息子さんとお孫さんが中心となって、農場運営を続けておられますので、今後もウインドファームとのフェアトレードは継続されます。

ブラジルの新聞“FOLHA(フォーリャ)”の紙面より

カルロスさんの訃報が、ブラジルの新聞“FOLHA(フォーリャ)”2003年7月5日の1面に掲載されました。

フォーリャの紙面 画像をクリックすると拡大されます。

以下は記事の翻訳です。

紙面よりカルロスさんの記事を抜粋

カルロス・フランコ氏の訃報

昨日の朝、カンピーナス市(サンパウロ州)にて農村の実業家であるカルロス・フェルナンデス・フランコ氏が亡くなりました。地域におけるオーガニックコー ヒー生産のパイオニアで、日本市場へも輸出しています。カルロス・フランコ氏は、地域の道義的な自然保護の代表者でした。

篤志家で分かち合いを重んじるエンジニアのカルロス・フランコ氏は、特に若い同胞にチャンスを与えることを喜びとしていました。彼の飾らない人柄は、生活を共にする人々へ日々、教えを施すことにも現れていました。

カルロス・フェルナンデス・フランコ氏は、1996年11月に出版の雑誌”イマジェン&コンテウード(映像と内容)”の表紙を飾りました。

埋葬はカンピーナス市にて行なわれました。

2面より抜粋

達人(脚注1)に向けて

金曜日の昼前、同僚のセルジオ・ペディーニを通じてカルロス・フランコ氏死去の知らせを受けました。命が終わりを告げ、取って代わる人のない寂しさは、友人らを悲しみに包みました。

私達のメディアにはカルロス氏の存在は、常に困難に立ち向かう活力そのものでした。なぜなら博識な彼は、我々に新たな道や出口を示し、そして人の一生を導く能力がありました。

彼の旅立ちに、「ALTERIDADE (アウテリダージ)(脚注2)」という言葉の本当の意味を感じ取りました。つまり、他者を受け入れ、隣人を受け入れることです。

その飾らなく模範的な人柄で、生活環境や農場労働者の家族への重責を果たしました。さらには、“本質は所有に勝る”総合的で持続可能な開発と呼ばれる責任も果たしました。

マシャード(脚注3)の住民として、マシャードが我が国の国境をも超えて行く活動をして、地域全体に新たな展望を創造して行きました。

凡庸が支配しそうな時、個人の利益が共通の利害や利益を脅かす時が来ても、マシャードとその地域は、尊厳を熱望する人々のため威厳ある試みを実行して道を照らす人を失っているのです。尊い友人カルロス・フランコ氏を賞賛する理由は、人生のあらゆる戦いの中で、あらゆる相違(脚注4)と共存する能力を持っていたこと。また、彼の常に変わらぬ心構えと、社会に敏感なところを深く尊敬します。

偉大な達人はいなくなりました。しかし、決して人の道や道徳心、尊厳を失うことのない家族、汗を流し、新たな試みの探求は引き継がれて行くでしょう。

悪を排除した土地を求める強い意志と希望を持った達人の記憶を生き生きと伝えるため、持続可能で環境に優しい有機農業への約束を再認識する必要があります。


訳者注

(1) 達人
記事のタイトルで、原文は「マイスターへ」という言い方です。ここではカルロスさんを意味します。この記事を書いた記者は、カルロスさんとかなり親しい人だったようですので「カルロスさんへ」、「カルロスさんへ捧げる言葉」となるでしょう。
(2) ALTERIDADE (アウテリダージ)
アイデンティティーの対義語らしく、それに合う日本語が思いつかなかったところです。
意味は、「他と同一であること」で、アイデンティティーを確立する初期過程は、己は他と違うという意識が芽生えて、他を排斥する傾向が意識的・無意識を問 わずあり、そこから他者を嫌悪する気持ちとつながる事を否定して、他者を受け入れるのがこの”ALTERIDADE”です。
(3) マシャード
ジャカランダ農場が所在する州、ミナス・ジェライス州にある都市の名前です。
(4) 相違
これはあくまでも直訳で、「…相違と共存する能力を持っていた。」これは、文章の流れから「人の営みの中で起こる不測の事態や困難を受けとめられる度量の人物」という意味となるでしょう。

2001/03/21

2001年2~3月 中南米訪問記

2001年1月下旬から2月末まで、メキシコ、エクアドル、コロンビア、ブラジルの有機コーヒー農園を訪問してきました。ジャカランダ農場のカルロスさんやインタグコーヒーの生産者から「皆さんに宜しくお伝え下さい」とのことでした。

写真 解説
コロンビア 有機コーヒー園 コロンビア。国際有機農業センターのラモン所長と共に有機コーヒー園を見学。
メキシコ・プエブラ州の有機コーヒー園 メキシコ・プエブラ州の有機コーヒー園を見学。
インタグ有機コーヒー生産者協会の中心メンバー エクアドル、インタグ有機コーヒー生産者協会の中心メンバーと。
インタグコーヒー生産者の有機コーヒー園 エクアドル、インタグコーヒー生産者の有機コーヒー園を見学。
ディスカッション ウインドファーム、ブラジル事務所のクラウジオ(有機農業技師)とインタグコーヒー生産者とのディスカッション。
インタグ有機コーヒー生産者協会メンバーのコーヒー園 エクアドル、を見学。
アウキ知事と会食 エクアドル、インタグコーヒー生みの親の一人、アウキ知事(中央)と会食。右端は環境保護活動家のアンニャ・ライト。
カルロス・ソリージャファミリー エクアドル、インタグコーヒー生みの親、カルロス・ソリージャファミリーと。
ジャカランダ農場 ブラジル、ジャカランダ農場。訪問するたびに大きく成長しているジャカランダコーヒー友の会エリアのコーヒー。
ジャカランダ農場にて 右から、カルロスさんと、孫のカシオ。左が息子のフーベンス。
ジャカランダ農場にて ブラジル、ジャカランダ農場。将来、カルロスさんの後を引き継ぐと予想されるフーベンスとアイルトン。
カルロスさん 中村が持参した、日本の消費者からのメッセージに喜ぶカルロスさん。
ジャカランダ農場 ブラジル、ジャカランダ農場。カルロスさんと、孫のカシオと一緒に。周りは、まだ成長中のコーヒーの幼木。
野菜畑 ジャカランダ農場スタッフの自給用野菜畑。ジャカランダ農場では、農場内に住むスタッフが各家庭毎に自家菜園を持っている。
養殖池 ジャカランダ農場内。スタッフの家と、自給用の魚の養殖池。
ジュゼ・マルコス 養殖池から釣り上げられた魚を見せてくれる、スタッフのジュゼ・マルコス。
クモ ジャカランダ農場のクモ。ジャカランダ農場では、農薬を使わないため、沢山の生き物が棲息している。クモは、益虫の代表で、コーヒーにとって害を及ぼす虫を捕食してくれる。
TERRA VERDI ブラジルのパラナ州、クリチバ市に昨年5月オープンした、ウインドファームのカフェテリア “TERRA VERDI” (緑の大地)。ブラジルには喫茶店が多いため、席が空くまで待つことは普通ないが、この店には、時々待つ人たちがいる。
TERRA VERDI “TERRA VERDI” の店内風景。中央に立っているのがクラウジオ店長。
TERRA VERDI staff “TERRA VERDI” のスタッフと。
cafe ブラジル、サンパウロのカフェテリアに掲げられたカルロスさんの写真。ウインドファームのパンフレットやブックレット「ジャカランダコーヒー物語」も展示してある。

Copyright © 2009 株式会社ウインドファーム.  

中村隆市ブログ「風の便り」 コーヒー関連ブログ「豆の便り」 スタッフブログ「土の便り」