メキシコの新政権が国策として森林農法を推進

新年明けましておめでとうございます。
年始にあたって、皆さんと共に歓びを分かち合いたいことがあります。
それは、ウインドファームの創業から32年目の昨年12月に起きた奇跡的な出来事です。
長年、有機コーヒーのフェアトレードで提携してきたメキシコのトセパン協同組合のスタッフであり、私たちの友人でもあるマリア・ルイサ・アルボレスさんが、なんと、社会開発省の大臣に就任したのです。そして、トセパン協同組合が設立された40年前から取り組んできた森林農法(アグロフォレストリー)がメキシコ全土で推進されることになったのです。


マリア・ルイサさん


トセパン時代のマリア・ルイサさん(前列左から2人目、後列右が中村)


真ん中のロペスオブラドール大統領の左がマリア・ルイサ社会開発大臣

大統領に就任したロペスオブラドール氏は、素晴しい就任演説を行いました。
「私たちは自然を破壊することなく生産性を向上させる森林農法を推進します。遺伝子組み換え種子の導入および使用は認めません。フラッキングのように、自然に影響を及ぼし、水源を枯渇させるようなガス、石油あるいはいかなる自然資源の抽出産業も認めません。環境に影響を与える経済、生産、商業は認めません。土壌、水および空気の汚染はくい止めます。動植物は保護します。水は民営化させません。」と明言しました。

Sembrando Vida(命の種をまく=持続可能な地域社会づくり)』と名付けられたメキシコの新政権が推進する「森林農法プロジェクト」というのは、具体的には100万ヘクタールの土地に森林農法を展開するのですが、それを実施するのがマリア・ルイサ率いる社会開発省です。
この政策は大きく2つの課題の解決をめざしています。一つは「農村の貧困」、もう一つは「環境破壊」です。そして、農地の再生、地域社会の再生、地域経済の活性化を目指しています。まずは19の州において、1万ヘクタールの植林を行いますが、そのプロセスは、段階的に実施されます。建材となる樹木、果樹を植林して、森林農法(アグロフォレストリー)の森をつくり、森の豊かさを取りもどします。そして、ミルパ(トウモロコシ栽培が主体の伝統的な農法)と、果樹を組み合わせていきます。

『Sembrando Vida』における基本モデルは、次のとおりです。
各生産者は、2.5ヘクタール(7500坪)の農地を耕作し、地域の25名で生産者グループをつくることで、有機栽培や苗床づくりなどの援助を受けることができます。そのため、各グループには農業技術指導員などが任命されて、生産者を支援します。

このプログラムで実施される森林農法とミルパにより得られる農作物は、主に地域における流通と生産者の食糧とします。次の段階においては、組合を設立し、小規模金融(マイクロクレジット)システムも取り入れ、各種研修を受けて、販売の知識も学びます。
その結果、40万人の正規雇用を創出することで、家計収入の増加、販売力の増強、森林の再生、地域社会の誇りを取り戻すとしています。

2019年は、チアパス州、ベラクルス州、タバスコ州、カンペチェ州の22万人の生産者が、55万ヘクタールの耕作地の再生に取り組み、その4州の結果を踏まえて、2020年以降は、残りの15州でも同様に実施する予定です。
(スペイン語翻訳:井上智晴、和田彩子)


マリア・ルイサさんと肩を組むロペスオブラドール大統領

つまり、トセパン協同組合が長年取り組んできたことをメキシコ全土で展開していこうとしているのです。

近年、世界各地で「気候変動」が大きな問題になっています。日本でも昨夏、国内最高気温41.1度を記録して熱中症が過去最多となったり、観測史上例のない規模の集中豪雨や台風の「逆走」や記録的な風速も観測されています。

2015年、国連本部において「国連持続可能な開発サミット」が開催されました。150以上の加盟国首脳の参加のもと、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択され、行動計画として掲げた目標が「持続可能な開発目標(SDGs)」でした。

そのSDGsの目標は「貧困や飢餓をなくし、すべての人に健康と福祉と教育を、人や国の不平等をなくし、自然環境を守り、気候変動に具体的な対策を、平和と公正を全ての人に」といった17項目ですが、そのほとんどがトセパンによってこの40年間に取り組まれてきたことです。

森林農法について2006年にNHKが放送した<地球環境の旅 コーヒーを育てる恵みの森 メキシコ>という番組は、森林農法とドン・ルイス(ルイス・フスティニアノ・マルケスさん)のインタビューを紹介したものでした。その一部をピックアップします。

[ ナレーション ]30年前(注:1976年)メキシココーヒー協会が農家に配ったテキスト。コーヒーの木の周りは、草を刈るように書かれています。また、化学肥料を使ったり、農薬を撒いて害虫を駆除するように教えていました。こうした、森を切り開いてつくる農園をプランテーション農園と呼び、これが世界のコーヒー作りの主流なんです。


農薬散布

しかし、この方法は、収穫量が増えますが、自然を破壊する恐れがあります。コーヒー以外の木が切られると、露出した地面は荒れてしまいます。下草の生えない地面には虫はいなくなり、鳥などの生き物たちも姿を見せません。ルイスさんも一度はプランテーション農園にしましたが、収穫量は減っても自然に優しい森林農法に切り替えたんです。研究機関の教えも受け、ルイスさんは、町中に森林農法を広めました。

ドン・ルイス「収穫量がもっと上がれば、森林農法を選ぶ人は世界中に広がり、自然を守る意識も高くなると思います。私たち農家が森を守らなければ、誰が守るというのでしょうか。」

今日は、番組でふれていない協同組合の設立経緯や主要な歴史についてもご紹介します。

メキシコに協同組合をつくり、森林農法を広めた先住民ドン・ルイス
42年前、大農園主や仲買人、高利貸しなどが利益を独占し、先住民の大半が極貧状態にあった地域に協同組合を設立したドン・ルイスは、多くの先住民に敬愛されています。その理由を森林農法の生産者が語っています。

「ドン・ルイスの一族は、かつて裕福でした。なぜなら仲買人をしていたからです。地域の貧しい農民たちは、遠く離れた町まで農作物を運ぶことはできませんでした。道路事情が悪い上に、輸送手段がなかったのです。そのため、トラックを持つ仲買人に買い叩かれていました。地域の発展のため、ドン・ルイスはその仲買人の仕事を辞めようと、家族に提案したそうです。もちろん、家族は大反対でした。兄弟はその後、ドン・ルイスと口をきくことは無かったそうです。」

1977年に設立されたトセパン協同組合は、日本の農協と生協が合体したような協同組合で、初代組合長がドン・ルイスでした。彼は、小さな土地で農業を営む先住民と共に森林農法を地域に再生し、適正価格で生産物を買い上げ、生活必需品を安価で販売することで、生産者の暮らしを極貧状態から少しずつ脱出させていきました。

「みんなのお金」という名の銀行
そのころ銀行は、先住民にお金を貸しませんでした。そこで彼らは、1998年に自分たちで「トセパントミン(みんなのお金)」という銀行をつくりました。

その銀行は、一般の銀行より預金金利が高く、借入金利が低くなりました。先住民が持ち寄ったお金は、10年も経たずに50倍以上に増え、そのお金を銀行は、女性たちの新規事業に優先的に融資しました。

主食のトルティーヤ屋さん、パン屋さん、衣服や食品の販売店など女性たちは次々に開店し、地域を活性化させていきました。「トルティージャ屋や民芸品の販売を始めるまでは、1日17時間ぐらい働いていたの。朝4時から薪運びをして、火を起こしてとうもろこし粉をつくり、水をかけてトルティージャを何枚も焼いていたわ。家族の食事をつくり、もちろん洗濯もするのよ。夜には布を織って、刺繍を加える。時には、明け方まで続ける日があったわ。トセパンの生産プロジェクトは、グループの女性だけを助けるのでなく、地域社会の全ての助けとなっているわ。」

こうして、それまでは男性の陰に隠れていた女性たちがだんだん自信を持つようになり、組合設立から40年目の一昨年、トセパンに初めて女性の代表が誕生しました。


中央の女性がトセパン協同組合のパウリーナ・ガリード組合長

トセパンでは、6年に一度、組合の代表を決める投票が組合員によって行われます。
パウリーナさんは、子どもたちの教育支援を目指すトセパン基金を提案した人で、これが多くの人の評価を得ました。

トセパンでは、組合内に自らの幼稚園、小学校、中学校を設け、言葉、文化・伝統、宇宙観など先住民としての教育と国の教育カリキュラムを合わせた独自の教育プログラムを行っています。自然を大切にする農業も学んでいます。そして、これを充実させるために設立されたのがトセパン基金でした。


トセパンの小学校


トセパン小学校での農作業の授業

また、「みんなのお金」銀行は一昨年、長年続けてきた先住民の住宅改善プロジェクト(雨が家の中に降り込まない住宅やカマドの煙で肺や目を悪くしない改良カマドの設置など)の取り組みが高く評価され、「ヨーロッパ・マイクロファイナンス・アワード2017」を受賞しました。


賞状を持つトセパンのアルバロ・アギラルさん

40年前に姿を消した鳥たちを呼び戻したドン・ルイス
子どもの頃から鳥が大好きだったルイスは「70種類の鳥の鳴き声を聞き分けられた」と言われていますが、そのルイスが1970年代にある異変に気づきました。「コーヒーの収穫量が増える」というコーヒー協会の指導に従って「農薬と化学肥料を多用する近代農法」が地域に広まるにつれて、鳥が激減していったのです。

「鳥がいない人生ほど寂しいことはない。鳥がいなくなる農法は間違っている」と確信したルイスは、鳥を呼び戻すために勉強し、森や森の生き物たちと共生する森林農法を地域に広めました。40年後の今、この地域の森には、渡り鳥もたくさん飛来し、年間200種類ほどの鳥を見ることができます。

森林農法が普及し豊かな自然が広がる中で、国内外からエコツアーのお客さんも増え、地元の竹で素晴しい宿泊施設も作られています。竹を使った建設技術は、住宅改善プロジェクトやメキシコ地震被災者の仮設住宅建設にも生かされています。(トセパンは、政府の援助が届かない被災者に仮設住宅を建設して支援しています)

いまメキシコは、大きく変わろうとしています。そうした変化のルーツをたどると、そこには、人間だけでなく全ての生きものや未来世代の幸せを願ったドン・ルイスとその仲間たちがいました。同様の思いを持ったメキシコ全土の先住民、農民、市民がいました。そうした力が結集して、昨年12月ついにロペスオブラドール新大統領が誕生したのです。

トセパンを訪ねるといつも満面の笑みで出迎えてくれたドン・ルイスは、2013年3月9日、鳥たちの鳴き声に包まれて82年の生涯を終えました。


ドン・ルイスと中村隆市(2003年)

組合創立期から今日に至るまで、トセパンは様々な困難を乗り越えてきました。地域の権力者鉱山開発など外国企業との闘い、「みんなのお金」銀行のお金が盗まれたこともあります。そして今も全ての問題が解決したわけではありません。

しかし、「人間だけでなく全ての生きものや未来世代の幸せを願ったドン・ルイス」の精神は今も若い世代に引き継がれています。今後、メキシコでは森林農法によってオーガニックの農産物が大量に生産されるようになってきます。ささやかながらもウインドファームは、これまで以上にメキシコの生産者と協力してフェアトレードを広めていく思いを強めています。そして、気候変動や生物種の絶滅を抑制し、飢餓や貧困を解消していくためにも、世界に森林農法やフェアトレードを広げていく必要があると考えています。

皆さんと共に、今年もこうした取り組みに参加できることを幸せだと感じています。
ありがとうございます。 

ウインドファーム 
代表 中村隆市

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