目次へ

ブラジル・ジャカランダ農場を歩いて

クモの楽園が象徴する豊かな生物多様性
生産者と消費者のぬくもりに支えられた豊かな大地

藤村靖之(発明家)

有機栽培を支える豊かな生物多様性

カルロスさんの出迎えを受ける藤村さん
カルロスさんの出迎えを受ける藤村さん(左)。
 クワッと照りつける太陽と、むせ返るような緑、アコーディオンの伴奏付きで全従業員に温かく迎えられました。カルロスさんのジャカランダ農園は、サンパウロから車で4時間、ミナス州のマシャード市近郊にある無農薬有機栽培のコーヒー農場です。
 カルロス・フェルナンデス・フランコさん、73歳。慈愛と風格に満ちた、素敵なお年よりです(ウン、こういう風に年を重ねたい!)。
 早速、農場を案内していただき、まず驚かされたのは、クモの多さです。メチャクチャな巣が10セットくらい入り乱れていて、そこに20匹くらいのクモがウジャウジャ。木の枝で払うと攻撃的に飛びかかろうとします。整然とした巣を張って、孤独に、つつましやかに暮す日本のクモとは好対照。まるで、リオのカーニバルと歌舞伎の違いです。

ジャカランダ農場のクモ
ジャカランダ農場のクモ。

 巣がメチャクチャなのは、メチャクチャでも引っかかるくらいに虫が多いということなのでしょうか、それとも他の生物に壊されてしまうので整然と張る暇がないのでしょうか?攻撃的なのは生存競争が激しいからでしょうか?ウジャウジャと多いのは、餌になる虫が多いからでしょうが、虫が多いということは、小鳥も多いということで、小鳥が多いということは・・・つまり、多様な生物が闘いながら共生しているということなのでしょう。

生物多様性について説明するカルロスさん
生物多様性について説明するカルロスさん。

 「農薬を使わないのは、このクモを守るためです」とカルロスさんはサラリとおっしゃいます。「持続可能な農業抜きには、人類を含めた生物の未来は考えられないこと」、「持続可能な農業は、"生物の多様性"の維持でしか、なし得ないこと」、そして「生物の多様性の維持は、農薬と化学肥料に依存した農業では実現できないこと」を、「クモを守るため・・・」と一言で表現したのでしょう。有機無農薬のコーヒー栽培をブラジルの地に根付かすために、何十年も苦労してきたカルロスさんにして初めて言えることなのでしょう。
 クモ以外にも生物の多様性は至るところで感じ取れます。コーヒーの木のそばには、豆の木やバナナ、その他の植物が混在しています。一見邪魔そうな大木も切らないで残されています。例えば豆科の植物は、空気中の窒素を取り込んで土中に固定化するといったように、それぞれの植物が役割を発揮して、化学肥料を不要にしています。

土の柔らかさを手で感じる
土の柔らかさを手で感じる。

 地面から30センチくらい下の土も、握り締めると半分の大きさになるくらいにフワフワで、この柔らかさは感動的です。土中の微生物が豊富な証拠です。表層の腐葉土の養分は雨と一緒に土中に沁みこみ、その養分を微生物が分解して・・・目には見えない微生物が、"生物の多様性"あるいは"共生"の決め手です。微生物が一杯の柔らかい土の感触を楽しみながら、カルロスさんのジャカランダ農場が、いつまでも"クモの楽園"であり続けてほしいと、祈りたい気持ちになりました。
 

食べれば甘いジャカランダコーヒーの実

   私がジャカランダ農場を訪れた4月は、ジャカランダ農場のコーヒーの実が、赤く色づき始める時季でした。すっかり赤くなる5月から8月までが収穫の時期だそうです。南天の実を一回り大きくした感じの、食べてみると甘い(無農薬だから平気で食べれます)、柔らかい実です。実から種を取り出して干せばコーヒーの生豆の出来上がり・・・と書くと簡単なようですが、これが有機無農薬栽培となると、堆肥づくり(1本のコーヒーの木に4〜5キロの堆肥が必要)とか、雑草や病害虫との戦いなど、大変な作業が続きます。ですから、誰もやらない。農薬を散布すれば雑草も病害虫もイチコロ、化学肥料なら買ってきて撒くだけ、経費も格安。しかし、大地はやせ衰え、子どもの体の中は化学物質だらけ・・・というわけです。

「フェア・トレードって知ってますか?」

 ブラジル訪問の目的には、カルロスさんのジャカランダ農場訪問の他にもう1つありました。それは有機コーヒー・フェアトレード国際会議への参加でした。
 "フェア・トレード"という言葉、ご存知ですか?
 「途上国の産物を先進国が輸入するとき、買い叩いたり、買い占めたりせずに、適正な価格でフェアに取引する途上国援助の一環・・・」くらいにしか、私は理解していなかったのですが、今回の会議に参加して、"フェア・トレード"には、もっと深い意味があることを知りました。知りたての知識を披露します。
 農薬と化学肥料の多用は、生物の多様性を破壊し、農地をやせ衰えさせて、結局は持続可能な農業を困難にします。使用された農薬の何分の1かは、消費者の体内に取り込まれます。ミネラル不足など、栄養の不足もよく知られた話です。
 誰にとっても、ちっとも良くない農薬と化学肥料はしかし、世界中を席巻してしまいます。ブラジルで無農薬有機コーヒーの比率は、たったの0.1%。

草刈り
草刈りは重労働ですが、ジャカランダ農場では欠かせない作業の一つです。

 農薬と化学肥料を多用して栽培した方が安いコストで生産できるからです(カルロスさんのジャカランダ農場で、総出で雑草刈に汗を流している姿を見て、除草剤の"効能"を実感しました)。そして、見かけは同じコーヒーが、片方は安く、片方は高い。"市場原理"が働いて、安い方が買われる・・・というのは(誰でも知っている)簡単な理屈です。
 有機無農薬コーヒーは、消費者にとって高品質(安全で栄養価も高く味も良い)ですから、少々高くても売れる・・・という面はあるかも知れませんが、品質の差に"市場"がつけてくれる価格差が、コストの差をカバーしてくれるかどうかは保証の限りではありません(日本やアメリカでは、オーガニックがブームです。"売れる"と見た大商社が、オーガニックを買い漁りますから、"瞬間風速"では採算が合うでしょうが、"売れない"と見たら、すぐに手をひくでしょうから、これは大変に危険な"賭け"になります)。
 ましてや、農業の"持続可能性"に"市場"が価格差をつけてくれることは望めません。農業は、"イチかバチか"ではできませんから、結局、市場原理の世界では、有機無農薬栽培は実現が困難です。
 それを実現する方策は、いろいろ考えられます。例えば法律による農薬と化学肥料の使用規制(現状では非現実的)。有機農業への公的助成(やや現実的)。そして、なかでも現実的なアイディアが"フェア・トレード"なのです。
 安全を含む"高品質"と、生産の"持続性"を願う消費者と生産者とが直結し、そのつながりのなかでは適正な価格(農業の"持続"を可能にする価格)と継続的購入が約束されます。実際には生産者と消費者の間に"仲介者"が介在する場合が多いでしょうが、"仲介者"は、生産の持続性と消費者の安全性を最優先させ、生産・流通の"透明性"を守ります。金儲けを最優先させる商社が、わけの分からない物を安く(時には高く)売るのとは、好対照です。
 このフェア・トレードの好例を、カルロスさんと中村隆市さんの関係に見出すことができます。中村さんが経営するウインドファーム社は、カルロスさんのジャカランダ農場から、適切な価格で、一定量を継続的に輸入します。決して買い叩いたり、他の農場に浮気したりしません。カルロスさんも、大商社の高値のオファーに浮気したりしません。また、中村さんを通してコーヒーを購入する日本の多くの消費者も、カルロスさんの"安全で高品質"なコーヒーのファンであると同時にカルロスさんファンでもありますから、他のコーヒーに浮気しません(私も浮気しない一人です)。
 中村さんは、ジャカランダ農場での出来事などを頻繁にレポートして、生産者と消費者の"ぬくもり"のある関係を維持しようと、いつも心を配っています。ブラジルで大きな評価を得ているカルロスさんの偉業は、実は、中村さんと日本の消費者に支えられたものでした。
 途上国の援助の一環・・・ではありませんでした。フェア・トレードは、持続可能な農業を可能にする現実的なアイディアでした。安全な農産物を確保する現実的なアイディアでもありました。そして、生産者と消費者とが手を携えていく"ぬくもり"のあるアイディアでもありました(ウン、ブラジルに来た甲斐が有ったぞ!)。

目次へ
←前へ   次へ→