第3話 パヤック・コーヒーの夢

パヤック・コーヒーの夢

ジョニをメーチェムの町の中心にある広場まで送る。迎えにきた友人の車に乗り換えた彼と別れたぼくたち一行は、スウェ一家の親しい友人であるクリの家を訪ねた。

夏のように暑くて埃っぽい谷底の街中から、車で丘陵地帯へと昇り、さらに奥へと入ってゆく。やがてクリの家とその周囲に広がるこんもりとした農園が現れる。標高約900m(ノンタオ村は標高約1100m)、傾斜地に作られた農園の入り口の建物は、オフィスとカフェとして使われている。道路を隔てた向こう側に広がるのはやはり、トウモロコシ畑と思われる黄土色の傾斜地で、こちら側の農園が、砂漠の中のオアシスのように見える。

この光景を見ていると、18、19歳の若者だったスウェが時々訪ねてきていた20年ほど前までは、まだこの辺りではカレン族の伝統的なローテーション農業(輪作)が行われており、あたりは自然林に覆われていたというのが、にわかには信じにくい。山のさらに高いところは、野生の生き物たちの住む深い森だったというのだ。(カレン型のローテーション農業、あるいは輪作については、次回詳しく話すつもりだ)

道路を隔てて広がる黄土色の傾斜地

クリは褐色の顔に大きな目を輝かせ、 満面の笑みでぼくたちを迎えてくれた。彼はタイ人で少数民族ではないが、スウェと遠い親戚にあたる地元のカレン族女性と結婚し、ここに住み着いた。急激な農地開発でトウモロコシの一大生産地となったこの地域にありながら、クリと妻は伝統的なカレンの森林農業の再生を志した。そしてその事業を支える現金収入の柱として、日陰栽培のオーガニック・コーヒーのブランド、「パヤック・コーヒー」を立ち上げた。スウェにとっては伝統に根ざした新しい森林農業に取り組む同志であり、コミュニティ・ビジネスでいち早くコーヒーのブランドを確立してきた頼もしい存在だ。一方、若い頃からジョニを師と仰ぐクリにとって、スウェは兄弟のような存在だ。タイ人でありながら、彼は森の民カレンの伝統的な知恵を学び、自分たちの暮らしに活かす道を模索してきた。

森の中で談笑するスウェさん (左)と、クリさん(右)

まずはその農園を案内してもらおう。クリはまず、道路の向こう側の裸の丘を指差しながら、私たちが来たときにはこちら側も全く同じトウモロコシ畑だったのだと言った。その上で、ここを見てください、と農園の一角の5メートル四方ほどの狭い空間を指で区切った。そして、これがコーヒー、これがレモン、アボカド、グァヴァ、ライム、レモングラスというふうに、どれも有用の12種類の植物がそこにあることを示した。

「私たちが農園作りに着手してほんの3年間のうちにこの小さな“森”が現れ、農園全体を覆っていったのです。今では、20種類以上の食用植物からなる立派なフード・フォレストです」

この辺りの土壌はもともとノンタオ村より質がよいのだとスウェやジョニから聞いていた。それは羨ましいほどだったとジョニは言っていた。クリもそれに同意する。

「肥料は必要ありませんでした。ミミズのフンが土を豊かにしてくれるんです。3年間ですでにコーヒーがたくさん収穫出来るまでになったのがその証拠です」

農園の一角の傾斜面には、コーヒーの殻を集めた堆肥場が作られている。とても良質の有機肥料がとれ、友人知人の農場で重宝されているという。

「ワン・カップ、ワン・ツリー」、
「1ライで5年、15ライで5年」

農園を見て回った後、カフェの外のテーブルについて、コーヒーとフルーツをいただきながら、ぼくはクリから詳しい話を聞いた。スウェが通訳しながら、自分のコメントや解説で補足してくれる。

パヤック・コーヒーは5年前に始まったばかりだが、この世界に先に踏み込んだスウェのレイジーマン・コーヒーの規模をすでに上回っている。どういう経緯でクリはこの事業を手がけるようになったのだろう。

クリさんが企画したパヤック・コーヒー

タイではよく人生の一時期を、出家して、僧侶として過ごすことがあるが、クリもそうだった。僧侶としてさまざまなことを学びたいと旅を続け、カレン族が多く住むタイ北部にやってきた。そして、カレン族の指導者として有名だったジョニのもとに話を聞きにきた。そのとき以来、 ジョニはクリの人生のグル(師)となった。彼の現在の暮らしと活動は、その師の存在なしにはありえなかった、と彼は言う。ジョニやスウェの親戚でもある妻とともに、カレン族の伝統的な知恵を土台として、そのカレン族が今直面する困難な状況を乗り越えて、なんとか未来を切り開きたい、と。

クリ夫妻には7歳の息子がいる。この地域に遺伝子組換えトウモロコシの大規模栽培が広がり、農薬被害も広がる中、幼い子どもの健康が心配になったことが現在のコーヒーを軸とするプロジェクトを始める直接の動機だった。以来、彼を駆り立てるのは、未来の世代のために現状を変えなければならないという切実な思いだ。スウェと同様、クリもコーヒーの単一栽培には反対だ。コーヒーはあくまで、多様な作物からなる森林農業の中に位置づけられるべきだと考える。とはいえ、彼自身がコーヒーのビジネスで一定の成果をあげることも重要だ。そうすることで、コミュニティ内外の人々に、経済的に持続可能な、1つの家族農業の具体的なモデルを示し、トウモロコシ栽培一辺倒の経済に代わる経済の可能性を示したいと考えているのだ。

しかし、状況は甘くない。トウモロコシ畑が低地から山の上の方へと、今もどんどん侵食し続けている。クリの願いは、周辺に“コーヒー・ベルト”を作ることで、この浸食を防ぐことだ。彼は地元であるメーチェムの住民たちに理解を広げるため、まずコーヒーを飲んでもらい、その美味しさを知ってもらうことが大事だと考えた。街にパヤック・コーヒーのブースを置いて、人々に試飲してもらいながら、自分たちの思いを届けようというのだ。

クリはなかなかビジネスに長けているようだ。カフェの周囲にはズラッとバナーやポスターが貼ってある。どれも彼が打ち出したキャンペーンだ。彼が考案したスローガンの一つは、「1CUP・1TREE」ワン・カップ、つまり、パヤック・コーヒーなどのよいコーヒーを1杯買って飲めば、ワン・ツリー、つまり、1本の木を植えたのと同程度のよい効果がある。町に住む消費者でも、こうして自然保護や森の再生に貢献することができる、というわけだ。

カフェの入口に貼られた布製のポスターは、クリたちが今展開中のもう1つのキャンペーンのもの。そこで呼びかけているのは、「まずは1ライ(2ヘクタール)で農業を始めて、5年間やってみよう。そして、うまくいったら、次に15ライで5年間・・・」という森林農業の10年計画だという。ここでも、レイジーマンの考え方と同様、多品目栽培こそが鍵だ。その中の1品目であるコーヒーに関しては、1ライからチェリー・ビーン(収穫したままの果実)にして1トン、生豆にして約200キロの収穫を目指す。「15ライで5年間」の第2段階では、さらに作物の品目を増やして、アボカド、コットン、バナナ、レモン、ライム、柿などの果実、サトウキビ、タロイモ、竹などの栽培を行う。これにチークといった高級材を含む林業をも組み合わせていく。つまり、第2段階でいよいよ、森林農業らしくなっていく。このように、段階的に進む道筋を示し、新しくこの計画に参加する農家を先行する農家がサポートすることによって、GMトウモロコシによる“侵略”を阻む壁が築けるだろう。

スウェがこう補足説明してくれた。従来の平均的なカレンの家の周囲には、2ライにも満たない土地に60〜80品目もの作物が育っていた。だから1年を通じて、いつも食べ物があった。何かが不作でも、他のもので補える。一方、トウモロコシ栽培の場合、普通は20ライから始める。そうしないと暮らしが立てられないからだ。それでもしも不作だったらどうなるだろう。借金がかさむばかりだ。

森林農業への5ステップ

レイジーマン農場の森林農法のコーヒー。コーヒーの実は、緑色から赤色へと熟していく。

とはいえ、クリたちの運動は意識的に「反遺伝子組換えトウモロコシ」という主張を前面に出すことは控えて、むしろ代替案を示すポジティブな運動を展開したいと考えているようだ。そうしないと、地域に亀裂が生まれ、政治的な対立へと発展しかねない。コミュニティの中にまでそれが持ち込まれると、大企業や政治権力がそこにまたつけ込むだろう。「反対勢力」と一括りにされてしまえば、さらに圧力が増すに違いない。

そんなクリたちの姿勢が次のスローガンにも表れている。「国王の歩んだ道を我々も進み、メーチェムの水源を守ろう」。ここでいう国王とは、広く国民に敬愛されたプミポン前国王(1927〜 2016)のこと。森林保護や、植林、農業振興などに熱心であった前国王に敬意を示す形で、森林破壊の要因であるトウモロコシの単一栽培を暗に批判しているらしい。

もう1つのバナーは、「化学的農業からオーガニック農業へ」。かつて“危険思想”とみなされたこともある有機栽培やオーガニック食品は、近年、バンコクなどの大都市の住民の間で関心が高まっている。

こうした人気の高まりを背景に、タイ政府の女性の農業大臣(取材時)は、タイの子どもたちの健康が心配だと、タイ全土オーガニック化という大胆な方針を打ち出した。しかしそれに対して反発が巻き起こり、抗議のデモまで発生、ある州の知事は大臣の方針に公然と反旗を翻した。これを受けて政府は、結局、農業の予算を大幅にカット。農業大臣は、こうした圧力により、しまいには妥協を余儀なくされ、オーガニック化への流れは大きく迂回することになったという。タネ、農薬、肥料、作物の流通から小売、そして貿易までを掌握しているCPグループ(タイ最大の複合企業)のような巨大グローバル企業と太いパイプでつながっている政治家や官僚たちが政治権力の中枢にいることは、容易に推測できる。

とはいえ、こうした農業大臣が出てきて、問題の一端が表面化し、オーガニック化という政策が国政の場面で提起されるところまで、社会が大きく変わってきたというのも事実なのだ。そして明らかに、農薬に対する人々の懸念は広がっている。現に、国の内外で、オーガニックは大きな市場を形成している。だから政府は、一方ではオーガニック農業に従事する人たちを支援するプログラムも維持している。そして実際、クリたちのプロジェクトも、政府や農業銀行のサポートを受けることができている。

「1ライで5年、15ライで5年」という10年計画へと歩みだすことが、しかし、容易ではないことを、クリはよく知っている。特に、遺伝子組換えトウモロコシの単一栽培に1度転換してしまった人たちが、そこから抜け出して、森林農業へと舵を切り直すのは、なお難しい。メーチェムの農民たちの多くはすでに大きな借金を抱えている。その彼らが窮状を脱してゆくプロセスを、クリたちは次のように、5段階で示そうとしている。

    1. 日々の収入を得よう
    2. 月々の収入を得よう
    3. シーズンごとの収入を得よう
    4. 1年間の収入を得よう
    5. 持続可能な収入を得よう

いっぺんに転換を試みるのではく、時間をかけて、最初は、卵の生産、魚の養殖、養豚などを小規模に手がけて、次第に多様化させながら、トウモロコシ一辺倒の状態から抜け出ていく。そして目標を次第に高くしていって、最後に持続可能な収入へと行き着く、というのだ。

話を聞きながら、ぼくはどんどんクリの人柄に惹かれていった。小柄ながら強靭そうなからだ全体から発散される誇りと情熱。それが、日焼けした顔に溢れる朗らかな笑顔と、すてきな調和をなしている。彼が淹れてくれたパヤック・コーヒーの豊かな香りと深みのあるうまさも、彼の人柄を表しているように思えた。

別れの時が来た。ほんの数時間前、メーチェムの街を眼下に見ながら、炎天下のトウモロコシ畑のただ中で、ジョニとスウェの話を聞いていた時の陰鬱な気分が、クリの農園に滞在するうちに、みるみる癒されていくのをぼくは感じていた。クリは最後にこう言って、話を締めくくった。

「全ての答えはカレンの伝統的な生き方の中にあります。私はまだその答えを生き始めたばかりです」スウェは、しばらくその言葉を反芻するかのように、静かに微笑みながら、車を走らせた。

(文・辻 信一)

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