第6話 トセパンを支える作物・オールスパイス

砂糖の入手と地域での流通に一定の成果を果たしたトセパン。同じ時期に地域が抱えるもう一つの大問題に着手しました。それは、地域産物の流通をより良くすることでした。森林農法の森で栽培されるオールスパイス(コショウ)をどのように流通させ、販売していくかという課題です。ここでも、先住民たちは団結することで道を切り開いてきました。

オールスパイスは原生植物であり、それまでは葉を調味料やお茶として利用するのみでした。しかし、オールスパイスは主にヨーロッパで市場性があり、高値が付けられていました。

1950年代後半、ベラクルス州の仲買人はプエブラ州北部にも進出してきました。オールスパイスの木がこの地域に植えてあったため、その利益を求めて入ってきたのです。収穫を促し、枝の切り落とし、木の切り倒しによる簡単な方法での収穫を勧めました。しかし、個人に支払われた対価は、非常に低い額でした。ここでも、流通を牛耳る一部の人間に先住民たちは苦しめられていたのです。

砂糖をめぐる闘いがきっかけで生まれた組織内で、オールスパイスの栽培と収穫、流通を共同で実施していくことができたのです。初年度は5地区で9トンの収穫量があり、協同組合を通じて、生産者は1キロ24ペソを受け取ることができました。その額は、仲介業者から受け取る額の3倍に相当したのです。

?第6章1
収穫されたばかりのオールスパイスの実

翌年には、その流れに乗ろうと14の地区が加盟し、65トンのオールスパイスが収穫されました。生産者価格を前年同様に維持するつもりでしたが、1978年には国際市場価格が下落したため生産者への利益還元は思うようにいきませんでした。

国際市場や価格の変動に関する知識不足のみが問題であった訳ではなく、仲買業者の反発もありました。なんとトセパンは「扇動」、「土地占拠」、「住居占有」の罪状で告訴されたこともあったほどです。先住民が組織をつくり、活動をすることで、仲介業者や土地所有者のビジネスや利権に影響が出たためです。

仲買業者にオールスパイスを渡す場合、品質の良し悪しはあまり重要ではありません。買い取り価格も安いものです。しかしながら、独自に販売を進めるには、農産物の質を高くする工夫と努力が必要となります。質の高いものを提供することで、市場を得ることができるのです。

当時は”ケツァール”の名を付け、輸出業者への販売を展開していました。地元産の流通量は5%から、90%へと早急に拡大しました。より多く、より高品質な農産物を栽培するため、苗床での作業が導入され、管理栽培と安定した収穫が可能となっていきました。

第6章2
スパイス出荷のための積み込み作業風景

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オールスパイスは木が育つにつれて収量が増えるという面白い作物です。年を追うごとに収穫は増えていくのです。現在では、トセパンは有機栽培のオールスパイスを輸出向けに育て続けています。

当初は、クエツァランの中心部にのみ集荷場がありました。その後は、他の地区にも拡大して、現在では7地区に46の集荷場が作られています。オールスパイス向けのインフラ設備は一切無かったのですが、少しづつ、自前の設備を増やしていきました。換気扇と手動選別器に始まり、乾燥機や加工設備。その後、倉庫と天日乾燥場が設けられました。

第6章3
乾燥後に倉庫で保管されるオールスパイスの実

組合が存在し、活動があることで、市場を独占する業者に対抗し、独自の販路を広げることができました。プエブラ州の北部山岳地域だけでなく、隣のベラクルス州においても、仲買業者の3倍も生産者に支払うことができ、販売価格も管理できるようになったのです。その土地で収穫された農産物を自分たちで流通させることに成功したのです。

農業生産者の組織として初めてオールスパイスの流通を行ったため、遠くの生産者団体が助言を求めに来ることもありました。トセパンを通じて、オアハカ、チアパス、ベラクルスの各州のオールスパイスが扱われました。共に作業を進めることで、1993年には全国スパイス生産者連合が誕生しています。トセパンの組合員が代表を務め、5つの州の生産者を統括した時期もあります。連合の活動により、品質を高める事ができ、メキシコ産スパイスはより高い価格を得ることにつながっています。

販売で得られた利益は、組合を通じてオールスパイス生産者に還元されています。買い取り価格の一部は前払いされ、組合が販売した後に残りを受け取ることができます。

当初は、全ての利益を分配していました。しかし、1982年からは一定の比率を組合の資本としてストックし、他分野の活動資金としています。こうして、オールスパイスの収益は、組合事務所の建設費など、現在トセパンが所有している設備の多くに充てられてきました。

オールスパイスの国際相場も変動するため、生産者に利益が還元される年もあれば、還元できない年もありました。1999年にタバスコ州とベラクルス州で大洪水が発生して、トセパンが活動する地域でも高い降雨量を記録しました。この時期は、収穫量の減少を記録しただけでなく、樹木の減少もあり、オールスパイスは長期に及ぶ収量減少に見舞われました。

この状況は、ヨーロッパ各国へ卸売りを行うオランダとドイツの輸入業者に「在庫希少」という危機感を持たせたため、その分注文が集中しました。結果として輸出量は大きく増えたのです。通常1トン1700ドルから2000ドルの価格が、何と4000ドルにまで上昇したと言います。その年の販売は良好でしたが、その次の年は一転してしまいます。ヨーロッパの業者倉庫は品薄か空となり、彼らは収益を落とすこととなりました。さらには狂牛病の影響で、腸詰めソーセージの生産量が減少したことも響きました。これが、ヨーロッパにおけるオールスパイスの最も一般的な利用法だからです。その年は買い取り価格と同じ1トン1500ドルで販売しており、収支が合うどころか、トセパンは損害を被ることになったのです。

?MEXICO2010-11 288
森を基盤としたコーヒーやスパイスの複合農業=森林農法で暮らしが安定する。

オールスパイスはトセパンの基盤のひとつです。畑で尊ばれるのみでなく、世界の市場の評価もとても高いものです。トセパンは森林農法によってコーヒーを育て販売しながら、オールスパイスも栽培し、販売しています。国際相場の変動で痛い目を見ているからこそ、「すべての卵を1つのカゴに保管しない」という現地のことわざの意味が響きます。つまり、コーヒーを栽培し、販売しながらも、並行してオールスパイスの栽培と販売も展開するということです。これは、自然を相手に生きてきた先住民たちの知恵でもあり、生物の多様性を保護する森林農法の考え方とも重なるものなのです。

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