2009/11/14

カフェ「クリキンディ」が雑誌で紹介されました

隔月刊「やさい畑」2009年冬号(発行:家の光協会)で島村菜津さんがクリキンディのことを書いてくださったのでご紹介します。

野菜畑-1

野菜畑-2

島村菜津のスローでいこう野菜といこう 4

赤村のおいしくて地球に優しい生活

福岡県で育ったくせに、赤村のことはちっとも知らなかった。最初に縁をつくってくれたのは、同じ福岡県の水巻町で「ウインドファーム」というフェアトレードのコーヒーを輸入する会社を経営している中村隆市さんだった。何でも、この村に「クリキンディ」というカフェを作ったのだという。

この中村さんという人は、もの静かに見えて、やることは大胆不敵。チェルノブイリ支援などを経て、2007年、日本の環境運動にも弾みをつけようと、思いあまって「30秒で世界を変えちゃう新聞」という若者向けのオリジナル新聞を発行した張本人である。それも「できるだけ全国民に読んでほしかったから」と10万人ものボランティアを通じて、3000万部も作ったから、中村さんと、小豆島の元コメディアンの”てんつくマン”は、今も、その借金を明るく返し続けているそうだ。

けれども、初めて「クリキンディ」を覗いた時、その志の高さにたまげながらも、一抹の不安がよぎった。なぜって、原産地の農家も幸せにできるコーヒーが飲めて、穀物菜食の食事ができて、そのうえ、無添加の調味料や食材、フェアトレードの世界からのグッズや地球に優しいアメニティまでそろえた店が、青山や銀座の繁華街ではなく、博多から車で60分の赤村、人口3500人の村にあるのだ!しかも、村営の温泉付き宿泊施設を見下ろす緑の丘にぽつねんとある。

まるで、ドイツやイタリアの田舎町のようで、そりゃ、かっこいい。尖がっている。だが、ある意味、時代に先行し過ぎている。となると、心配なのは、わが福岡県民は、その熱い思いに応えてくれるだろうかということだ。心配した通り平日の雨交じりの午後、二度目に姉とお茶したときは、客は私たちだけ。店の人に「地元の人は来ますか?」と尋ねると、「そっと入り口が開いて、ああ、お客さんだ、と思ったら、温泉はここですか?なんて聞かれたりします」と笑っていた。そんなわけで、気がかりだった三度目、「クリキンディ」は、元気だった。三人の女性スタッフの努力でランチやデザートも充実。乳製品や卵アレルギーの人にも安心な野菜中心のおいしい食事。ミルクもチーズも使わないのに瑞々しいティラミスをいただき、大満足したのだった。素材にもこだわり、野菜はほぼ赤村産、地元の米に国産の雑穀も使う。

だが、お店以上に心打たれたのは、その三人の乙女たちの寮だ。まさに幽寂たる緑の中の一軒家をシェアしている。しかも雑草が鬱蒼と生い茂る敷地では、健気にカボチャや大豆、トマトやオクラを作っているではないか。

店長の後藤彰君に至っては、ここに移住してはや3年半、古民家を激安で借り、光熱費も極限まで少ないエコ暮らしを体現。赤村から命に優しい新しい仕事を考える「スロービジネススクール」の事務局長も兼任している。都会では、ニートとか、ロスト・ジェネレーションとか、そんな味気ない言葉で若者たちをひとくくりにするけれど、なかなかどうして、近ごろの若者は頼もしいものだ。

そして、中村さんは、乙女たちの寮のそばに立つ元大豆加工場の巨大な廃墟を再生させ、馬を飼い、ホースセラピーを始めたいという夢を語るのだった。思い立ってから実現までが早い中村さんのことだから、そのうち、赤村にまた魅力のスポットが登場することだろう。

ところで、読者の中には、コーヒーのどこが野菜なんだと誌面につっこみかけている方もいることだろう。これからがミソだ。中村さんに呼ばれて赤村を初めて訪れたころ、私は、日本中どこでも外国産食材に依存する大手の調味料が大きなシェアを押さえていることが気になっていた。それでは、困っている国内の農家が浮かばれないし、だいいち、石油を消費してわざわざ海外から運ぶのは地球にもよろしくない。だから、味噌や醤油だけでなく、ソースもマヨネーズも、地元の素材を使った調味料がどかすか生まれたら楽しい。それも一つのスロービジネスではないか。これからは、調味料も地方分権の時代だという話をしたのだった。

すると、偶然だろうけど一年後、赤村から「こんなものを作ってみたので」と届いたのが、「鳥越ファーム」のトマトケチャップだった。トマト農家が作る本格的なケチャップで、ガラス容器にこだわり、デザインもピカイチ。食べてみると、手作りハンバーグやオムレツの味がぐっと引き立つ。この夏、中村さんの案内で、鳥越和廣さんの農園を訪れると、息子さんも戻ってきたらしく、ケチャップ作りにはいっそう気合いが入り、ハウスでは、農薬知らずのトマトがたわわに実っていた。

赤村恐るべし、と思っていたら、役場の三橋茂敏さんによれば、この村ではすでに、昭和62年から「Do you 農?」と称して、都市の人に田植えや収穫体験をさせ、朝市も開催。これは今も続いており、「赤村特産物センター」もできた。ここでは、けっして村外の野菜や漬け物は置かない、プロの買い付けも多い。そして、赤村ブランドを高めようと、村と商工会が連携し、「あまおうジャム」「赤村の梅干し」「櫻塩」など赤い逸品も、ちゃんと売り出し中だ。

三橋さん自身、ボランティアで、農作業支援チーム「三橋クラブ」をつくり、農業を始めたいという若者たちを応援し、有機農業を広めようとしている。

その三橋さんに、赤村の名は、何に由来するんですか?と尋ねると、どっさり資料をくれた。それによれば、村にある岩石山(がんじゃくさん)が、古代には、吾勝尊(あがつのみこと)が天下った山として吾勝山(あがつやま)と呼ばれていたのが元らしい。8世紀、「日本書紀」に記述された「我鹿屯倉」(あかのみやけ)という大和朝廷の要所があった地ではないかとされ、そのころから、あかという名が定着。鎌倉時代には、赤という文字も現れるのだという。また、日本最古の鉄道トンネルがあり、平清盛が築城させた城跡があり、300年続く神楽が残る歴史遺産の宝庫でもある。

赤は、ハレの色であり、古来、魔除けの色だ。そして、外来のトマトが、かくも日本を席巻したように、その太陽と血と生命の色は、人を惹きつけてやまない。地球に優しい新しい生き方を模索する若者たちに、小さな村がいかに懐を開き、しなやかに応えていくか、赤村のこれからが、楽しみである。

しまむら・なつ
ノンフィクション作家。福岡県生まれ。東京芸術大学芸術学科卒業。2000年に発表した「スローフードな人生!」(新潮社)は、イタリアのスローフード運動を日本に広めるきっかけとなった。現在も世界各国の食について、精力的に取材を続けている。近著には、「スローフードな食卓を!」(ちいさいなかま社)、「そろそろスローフード」(大月書店)がある。

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