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シリーズ

風に吹かれてフェアトレード

   

さまざまな出会いからフェアトレードが始まり  フェアトレードをすすめる中で新たな出会いが生まれる。出会いがつくる新しい物語


中村 隆市

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水俣にて
土本さん(中央)と緒方さん(左端)を囲んで

エクアドルからの人々とともに 水俣・屋久島への旅

 昨年10月6日から約3週間にわたって行われたフィエスタ・エクアドルの報告と今年の9月にエクアドルで開催する「有機コーヒー・フェアトレード国際会議」のお知らせです。
 最初に、有機コーヒー生産者であるカルロス・ソリージャさんを日本に招待したいと思ったのは、次のような理由からでした。彼らが住むインタグ地方の森林(世界屈指の生物多様性を誇る貴重な森林であり、生物の種を絶滅から守るために重要な森林)を守るために、森林と共生できる有機コーヒー栽培運動(アグロフォレストリ=森林農業)が本格化し、その取り組みを支え広めるために、1999年からコーヒーの輸入(フェアトレード)を始めました。
 このコーヒーは、農薬も化学肥料も使用していない有機コーヒーであるにもかかわらず有機栽培の認証を得ていない(認証費用や手続きが小農民にとって大変難しい)ことと、現在、暴落している国際コーヒー相場の約3倍の価格で購入しているために、日本国内での販売に苦戦しておりカルロスさんやアウキ知事を日本に招待することで、何とか販売先を広げていきたい、との思いがあったからです。
 また、インタグ地区があるコタカチ郡での草の根民主主義の素晴らしさや、その草の根民主主義から「環境保全自治体宣言」が生まれたことも知ってほしかったのです。
 関東でのフォーラム、フェスティバルなどを終えたカルロスさんとルースマリーナさんは、福岡、熊本、水俣、鹿児島、屋久島をまわって報告会や交流会を開きました。福岡では副知事と環境問題について対談し、水俣では漁師であり水俣病患者でもある緒方正人さんに「水俣病展」を案内していただき、写真や映像などを見ながら詳しい解説をしていただきました。
 二人とも水俣病には大きな関心を抱き、エクアドルで報告するために本をたくさん買い求めていました。ビデオは英語版が会場になかったのですが、水俣病展の実行委員長である栗原彬さんが後日、郵送で届けて下さいました。インタグでは金山開発の問題も発生しており、金を採るために使用される水銀が水俣病の原因物質であるため、これらの本やビデオは金山開発をくい止めるための大きな力になることでしょう。

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屋久島にて
右からルースマリーナ、中村隆市、
クラウジオ牛渡、カルロス・ソリージャ
 もう一つ、幸運だったのは、水俣病展を去ろうと会場を出たとき、偶然に映画監督の土本典昭さんと出会えたことです。南米のゲストを水俣に案内した理由は、市民の健康やいのちよりも「経済成長」を優先させてきた社会が、20万人以上の健康を奪い、1,300人を超えるいのちを奪ったという事実を知ってほしかったからです。そして、私自身が19歳のときに、水俣病の記録映画を見たことが、環境問題に関心を持つきっかけになり、その後、今の仕事をやるようになったということも伝えたかったのです。それがなんと、その記録映画をつくった土本監督が目の前に現れ、ゲスト皆に紹介することができたのです。 鹿児島の出水市上場地区では、緑あふれる山村の稲刈り現場を訪問することから交流が始まりました。ここには、98年にも南米からのゲストを案内したことがあり、毎回こころのこもった手作り料理やもてなしを受けています。将来エコヴィレッジを作りたいと考えている教員や農民や牧師さんがエクアドルの取り組みから学びたいとのことで、村の公民館で報告会が開かれたのですが、遠く鹿児島大学からも学生が参加し、過疎の村には珍しい若者たちの多い賑やかな集まりになりました。
 農業や農村の暮らしに密着した話題も多く出ていましたが、ここで面白いことがわかりました。カルロスさんが自然農法で有名な福岡正信さんのことに、とても詳しいので、私が「老子が好きですか?」と尋ねると、驚きの答えが返ってきました。彼は老子を「20年間研究していて、いつも枕元に老子の本を置いている」というのです。なるほど、この人とは初めて出会った時から他人とは思えなかったはずです。
10月8日のフィエスタ・メインイベントの日の早朝、米英軍によるアフガニスタン空爆の開始を知って肩を落としていた彼は、しばらくして私に「今日のイベントの最初に、皆で『イマジン』を歌いたい」と言いました。平和の人、老子とジョン・レノンはカルロスさんの中ではつながっているのです。
 世界遺産の屋久島では、作家の星川淳さんや長年、森林を開発から守ってきた柴鉄生さんの案内で、屋久杉の森に入りました。樹木とゆっくり「対話」しながら、何時間でも森の中を歩いてまわるゲストたちは、故郷に帰ったような幸せな顔をしていました。翌日は、「ゼロエミッションを実現する屋久島会議」と「有機マンゴー生産者グループ」との交流を深めました。世界でも屈指の雨量を誇る水の島で、美しい川を上流にのぼる屋形船で開かれた交流会は、ファンタジーな世界を生み出していました。屋久島の「やく」という言葉の語源を尋ねたら、いろんな説があり、確かなことは屋久島の人にも分からなかったのですが、その時、ルースマリーナさんが「キチュア語で『やく』は『水』を意味している」と教えてくれました。何故だか一同は、この話に不思議な感動を覚えていました。

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 鹿児島での講演会の様子

 有機マンゴー生産者グループは、カルロスさんが持参したインタグコーヒーの種を屋久島で栽培してみることを決定しました。このコーヒーがうまく育ったら、エクアドルのインタグコーヒーとブレンドして、エコヴィレッジ・ブレンドコーヒーとして屋久島特産として売り出すことになっています。
 九州で水俣病の実態と屋久島の森林(世界遺産)の素晴らしさの両面を見て、彼らは、自分たちが取り組んでいることに間違いはないという思いを深めたといいます。彼らが望んでいる「発展」とは、モノやカネを最優先する経済偏重ではなく、人間の生活の質や人間性を高める、心の豊かさを高めることだといいます。子どもたちや未来世代にとっての生存基盤である環境を破壊したり、汚染することは、持続可能ではないので、決して発展ではないと言い切っています。
 こうした考え方は、もともと先住民文化のなかにあったのですが、コタカチ郡全体で、この考え方が共有されるようになったのは、ルースマリーナさんの夫であるアウキ・ティテュアニャさんが知事になってからです。アウキさんは、この地域で初めて先住民出身の知事となって以来、誰もが参加できる政治を目指してきました。そして、皆に呼びかけました。「民衆議会に来てください。直接、話をしましょう。どんな開発、発展、町づくり、郡づくりを望んでいるのですか。皆の意見でそれを作っていきましょう」と。
 四年に一回、選挙で選ばれる議員の議会とは別に、一年に一回、誰もが自由に参加できる民衆議会を呼びかけました。これまでは、知事のまわりに議員がいて、その議員たちがすべてを考えて決定し、民衆はそれに受動的についていくという感じだったのが、アウキさんは「決めるのはあなたたちだ。自分たち(知事、議員)は、市民が手に入れにくい専門的な情報を提供する責任を負う。しかし最終的に決定するのは、あなたたちだ。」と明言しました。
 もう一つ、この民衆議会の素晴らしいところは、年令に制限がなく若者や子どもたちも参加できることです。「子どもであっても、考えは持っている。どんな未来に暮らしたいのかというビジョンを持っている。しかし、ただ要求するだけでなく、青年、子どもたち自身がそれに向けて実際に活動するということが大事だ。民衆議会というのは、ただ要求するだけではなく、一年間に自分たちが何を行ってきたのか、その活動を自分たちで評価し、これから何をしていくのかということを考える場である。今までは、議員らに全てを任せてきたが、これからはそうではない。民衆が主人公で、自分たちが決めたら、それを自分たちで実行していかなければならない。」というアウキさんの考え方に賛同する人は年毎に増え、二期目の知事選挙では、得票率80%に至っています。
 コタカチ郡はその後、カルロスさんが会長を務める環境保護団体DECOINの提案により、法的に条例もつくって、南米で初めての「生態系保全自治体」を宣言します。
 しかし、こうした住民の意志、自治体の決定にも関わらず、鉱山開発の動きは、いっこうに収まりません。その背景に、対外債務(外国からの借金)の問題があるからです。エクアドルでは、通貨のドル化により貧困が加速する中で、民衆の間に助け合いと分かち合いの精神に基づいた地域通貨の取り組みが広がっています。この地域通貨によって、お金のない人も、自分ができることをすることで、食べていけるようになってきています。
「地域通貨」や「フェアトレード」は、貧富の差を小さくしていきます。一方、利子の付く「援助」や「自由貿易」は貧富の差を拡大しています。
 報告の最後にアルカマリ(ルースマリーナのキチュア名=天と地を結ぶメッセンジャーという意味)が教えてくれたキチュア族の伝説をお伝えします。
「アマゾンの森が燃えていた。すべての動物たちは、大急ぎで逃げていった。特に大きな強い動物たちは、真っ先に逃げていった。私たちにとって重要な鳥であるクリキンディ(金の鳥)というハチドリの一種は、くちばしに水滴を一滴とって燃えている森に行き、その森に水滴を落とす。そして、また戻ってきては、水滴を持っていく。それを見て、大きな動物たちは、『そんなことをして、火を消すことができるものか』とクリキンディを馬鹿にした。それに対してクリキンディは、『私は、私にできることをしているの』と答えた。」
 この話は、辻信一さんも前号で紹介していますが、私が感銘を受けたのは、このような伝説を生み出し、そして、今も大切に言い伝えている人びとの存在です。こうした伝説を大事にしているエクアドルの仲間たちと日本各地を旅しながら、私は彼らから大きな希望をもらいました。アメリカや日本を筆頭とする「子どもたちや未来世代のいのちよりも、金儲けを優先する現代社会」を変えていくことは、とても困難だが不可能ではない。「この社会を作り出したのも人間なのだから、私たちにこの社会を変えていけないはずはない」と彼らは言っています。
 今年の9月上旬から中旬にかけて、彼らとともにエクアドルのコタカチ郡で、第3回目の「有機コーヒー・フェアトレード国際会議」(1998年日本、2000年ブラジルで開催)を開催します。今回は「持続可能な社会」をテーマに掲げて、コタカチ郡で取り組まれている草の根民主主義や地域通貨の取り組みにもスポットをあてます。また、この会議にも参加するエコツアーが予定されています。

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