| ああくり AACRI | 社名・団体名 | AACRI(インタグ有機コーヒー生産者協会)は1998年3月に、銅山開発から森を守り、持続可能な発展を目指して有機コーヒーを栽培することを目的に設立された。現在、会員は320名、会長はエドモンド・バレーラ氏。1人のコーヒー栽培指導者が、伝統農業(自然農法や森林農業に近い自然の力を生かした農業)に基づいた方法で、豆選びから収穫まで丁寧に指導している。また、AACRIでは、山間地の急斜面の土壌浸食(流失)を防ぐためにも、伝統的なコーヒー栽培はとても重要だと考え、理解を深め、広めるために学習会を開き、環境保護的コーヒー管理、病害虫の防止、有機肥料づくりなどを勉強している。 参考 インタグコーヒー物語 第4話 インタグコーヒーの芽生え |
| あぐろふぉれすとり アグロフォレストリ | 農業 | エクアドル、インタグ地区では、森林を残したまま、その間にコーヒーの木を植えて栽培しています。そこでは、バナナ、オレンジなどの熱帯果樹や樹木。また野菜などとの混作が行われているのです。こうした栽培方法(アグロフォレストリー)は、コーヒーが分散していて作業も収穫も手間がかかりますが、多様な作物を栽培しているため、土壌流出を防ぐことができ、農薬や化学肥料を使用せずに栽培することができます。また、いくつかの作物が不作だったり販売価格が暴落しても、他の作物で生活していける可能性が高いのです。場所によっては、アグロフォレストリーシステムをとっているところの方が、一般的な森林よりも多様性がある場合もあります。生物多様性を守るためには、とても優れた農法なのです。 |
| あんにゃらいと アンニャ・ライト | 人名 | Anja Light。シンガ-・ソングライター、環境活動家。 |
| いんたぐこーひー インタグコーヒー | 商品・生産物 | エクアドルのコタカチ郡インタグ地区で生産されるコーヒー。アグロフォレストリ(森林農法)にて栽培される。 |
| いんたぐちく インタグ地区 | 地名 | |
| かぶしきがいしゃういんどふぁーむ 株式会社ウインドファーム | 社名・団体名 | 所在地 〒807-0052 福岡県遠賀郡水巻町下二西3-7-16 |
| かるろすそりーじゃ カルロス・ソリージャ | 人名 | インタグコーヒーの生産者。 【参考】 |
| かるろすふぇるなんですふらんこ カルロス・フェルナンデス・フランコ | 人名 | 故・ジャカランダ農場主。1927年8月22日生まれ。2003年7月8日朝8時頃(現地時間)、サンパウロ州カンピナス市の自宅にて逝去。享年75歳。 |
| こたかち・えころじー・せんたー コタカチ・エコロジー・センター(CEC) | 社名・団体名 | コタカチ・エコロジー・センター(以下、CEC)は、インタグの森の保護など環境保護活動に取り組むナマケモノ倶楽部の世話人、アンニャ・ライトさんが、コタカチで地元の人たちや海外からの旅行者、ボランティアへの情報提供と、コタカチ郡産(インタグ地方)のおいしいコーヒーを飲んでもらうことを目的に、2000年に設立されました。その後、2003年8月にアンデス青年会(コタカチのキチュア民族の若者が集まって、先住民族の文化の保全とオルタナティブな経済の発展のための会)や海外からのボランティアが中心になって改装工事が行われ、2004年3月20日に再オープンしました。 【画像資料】 |
| しんりんのうほう 森林農法 | 農業 | |
| じゃからんだ ジャカランダ | その他 | ノウゼンカズラ科ジャカランダ属の落葉樹。学名 Jacaranda mimosifolia。和名はキリモドキ(桐擬き)、紫雲木。高さ15mにもなる高木。シダのような葉を持ち、藤に似た紫色の見事な花をつける。熱帯、亜熱帯各地で街路樹として広く利用されている。 |
| じゃからんだこーひー ジャカランダコーヒー | 商品・生産物 | ブラジルのジャカランダ農場で生産されるコーヒー。アラビカ種。農薬や化学肥料を一切使わずに栽培される。豊かな香りを持ち、ほのかな甘味を感じさせ、すっきりとした後味を持つ、有機無農薬コーヒーの名品。やや浅煎り気味で実力を発揮する。 |
| じゃからんだのうじょう ジャカランダ農場 | 地名 | ブラジル・ミナス州に位置する農場。 |
| じょせいとせいかつかんきょうのかい 女性と生活環境の会 | 社名・団体名 | 森に生息するカブヤを用いて 「女性と生活環境の会」 シルビア・ベタンコート このグループは、エクアドルのサンタロサ地区プラサグティエレスの雲霧林保護区ラフロリダにあります。 |
| せヴぁんすずき セヴァン・スズキ | 人名 | 人物紹介 |
| でこいん DECOIN | 社名・団体名 | 鉱山開発問題を世界に知らしめ、地元で持続可能な発展を呼びかける、インタグの森を守る環境保護団体。 |
| なかむらりゅういち 中村隆市 | 人名 | 1955年福岡生まれ。19歳で水俣病と出会い、公害問題、環境問題に関心を持ち始める。 |
| ぱとりしあ・もぐえる パトリシア・モグエル | 人名 | 1956年、メキシコ生まれ。現在、ラテンアメリカン大学(ミチョアカン州モレリア)教授。 |
| わだあやこ 和田彩子 | 人名 |
2002年、3月。和田彩子はウインドファームの駐在員としてエクアドルに出発した。当時、26歳。 大学最後の春休み、和田はガラパゴスへの卒業旅行を計画したが、その旅の途中で、明治学院大学の辻信一さんが引率するエコツアーに合流し、インタグの森をカルロス・ソリージャに案内してもらう。 「ここまでは、国の保護林で、ここからは私有地の森です」と、歩きながら話すカ ルロス・ソリージャ。「保護林と私有地と、どう違うのですか」という和田さんの問いに、彼は「保護林は国が保護し、私有地の方は、自分たちでケアします」と、何気なく応えた。 「自分たちでケアする・・・」という説明の中の「ケア」という言葉を、和田は自発的に「愛」と置き換えた。森を、自分たちの手で愛し、守る。その行為に、強い関心を持ったのと、「自分も一緒にやってみたい」と思ったのはほぼ同時。ずっと心に留めていた探し物が見つかりそうで、心が今にも踊り始めそうな気がした。 日本に戻り、就職した。パソコンの技術を活かした仕事に不満はなかった。しかし、何となく残る歯車の一つといった感覚。やがてそれが、明確な不満へと変化する とともに、インタグで言えなかった「何かできることは、ありませんか」という問いかけは、自分のなかで次第に大きくなった。 仕事の内容は、日本との連絡やパソコンの整備など、インタグと日本の架け橋的な役割だ。和田がエクアドルに赴く半年後には、エクアドルにおいて国際フェアトレー ド会議が予定されており、その準備も含まれる。 およそ地球を半周隔てた国と国の人々が行き交いも、その架け橋があってこそ可能になる。文化の異なる二つの国のそれぞれの人々から信頼されなければ、架け橋たる人物とはなり得ない。クラウジオを目標としている和田も、そのことは十分承知だ。 しかし、その一方で確実なこともある。すなわち、インタグコーヒーのフェアトレードを持続させていくためには、架け橋となる役割を担う人が、必要不可欠だということ。 |