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2005/02/21

サンパウロ新聞より 「有機コーヒー・キャピタル宣言(3) 共有の喜び名誉市民権・心の絆で結ばれた労使は家族」

以下はサンパウロ新聞に掲載された記事です。

今回のブラジル訪問で中村氏は、ジャカランダ農場のあるミナス・ジェライス州マッシャード市の名誉市民権を授与された。

昨年五月二十二日、同市は世界で初めての「有機コーヒー・キャピタル(首都)宣言」都市として指定された。その実現に尽力し、有機無農薬コーヒー生産地である「ジャカランダ農場」を通じた日本の消費者へのフェア・トレードの実施・貢献が認められたものだ。

昨年十二月二十三日に同市議会で行われた名誉市民権授与式には、ジャカランダ農場から故・カルロス氏の三男であるルーベンス・テイシェイラ・フランコ氏と、孫にあたるACOB(ブラジル有機コーヒー協会)代表のカシオ・フランコ・モレイラ氏たちが祝福に駆け付けた。さらに、少年時代にカルロス氏の世話で教育を受け、今年から市議として活動するという青年なども姿を見せていた。

市会議長たちから記念プレートを授与され、登壇した中村氏の手には、カルロス氏のトレードマークだった帽子があった。昨年の七月に、惜しまれながらもこの世を去ったカルロス氏との思いを共有したいという強い気持ちからだった。

「本来なら名誉市民権は私ではなく、カルロスさんやジャカランダ農場の人々が受けるべきもの。カルロスさんとの出会いは、私にとって宝物のような出来事でした」と中村氏は、今回の授与が農場の人たちとの結びつきの結果であることを強調した。

その日の夜遅く農場を訪問した中村氏、ルーベンス氏たちとともに翌日、農場内を見て回った。

「ここは、小鳥が多いでしょう」―。

中村氏にそう言われ周辺を見まわすと、無数の鳥たちのさえずりが聴こえる。ミミズやクモなどの益虫をはじめ、農場には年々、動物が増えているという。コーヒー生産地の土はブラジルでは珍しい黒色。実際に歩いていて感じるのは、フカフカとした柔らかさだ。労働者たちの手で丹念に鍬入れされた豊かな土地が、標高千二百メートルの斜面に広がる。高さ二メートルほどのコーヒーの木々の枝には、緑色の実がビッシリと付いているのが見えた。

中村氏が農場を訪問した目的は、現場で汗水流して働く人たちとともに授与の喜びを分かち合うためだ。授与された記念プレートを手に、労働者たちとあいさつを交わす中村氏。「この農場で働けることが嬉しい」と語る労働者の一人、ネルソンさん(四二)の言葉に、「彼に会うと幸せな気持ちになりますよ」と思わず顔が和む。幼少の頃は病弱で、青年になっても職が無かったネルソンさんを農場に誘ったのはカルロス氏だった。

現在、農場内でリーダー的存在になっているアイルトンさん(二八)。その知的能力を発見したのは、カルロス夫人のフランシスカさんだ。カルロス氏の資金援助で、アイルトンさんを十六歳頃から農業専門学校で学ばせた。しかし、農場の仕事とキツいと学校の授業で居眠りすることが続いた。それを聞いたカルロス氏は、同じ給料のままアイルトンさんの仕事量を減らし、「学校には真面目に行け」と促した。氏の親心が、少年を立派なリーダーへと成長させた。

農場には、カルロス氏の家族の恩恵を被っている人たちが多い。しかし、「金での支配」による単なる雇用関係ではない。お互いを認め合う心有る付き合いが、スタッフたちの労働意欲につながっている。(つづく・松本浩治記者)

サンパウロ新聞より 「有機コーヒー・キャピタル宣言(2) 大切にしたい相互扶助精神・人類滅亡に繋がる環境汚染」

以下はサンパウロ新聞に掲載された記事です。

幾度となく日伯間を往復している中村氏は今回初めて、昨年十一月下旬に南アフリカから「ピースボート」に講師として乗船。リオ(ブラジル)までの約二週間の船旅の中で、環境問題などについて講演とワークショップを開いた。

「ピースボート」とは、世界各地に向かう国際交流の船旅を企画・実施するもの。船内や各寄港地で世界各地のゲストと互いに話し合う各種講座が設けられている。

ピースボートの中で中村氏は、「フェアトレード」をはじめ、今後の新しい動きとなる「スロービジネス」などについて講演。二十代、三十代の若者たちからの好評、支持を得た。

中村氏が強調するのは自分たちでできる環境保全の大切さ。「テロよりも環境問題の方が世界的に大きな問題」と指摘する。昨年は日本国内でも台風や地震の被害が相次いだ。地球温暖化などによる影響が、目に見える形で表面化してきているようだ。

中村氏が船内で講演中に出したクイズで、「日本世界の化学物質は、一日に何種類登録されているか」との質問があった。答えは四千種類にもおよぶというから驚く。化学物質の大半環境ホルモンの半分は農薬に関するものだとも。

特に、日本は単位面積あたりの農薬の使用量は世界一と言われる。その影響を一つの例に見れば、七五年当時、ガンでの死亡率が五人に一人の割合だったのが、現在では三人に一人と増えていることからも分かる。

「以前は、ガンは老人病と言われていましたが、今では決して、そうとは言えません」と中村氏は、農薬による人体への影響を危惧する。自身も農薬と見られる影響で肝臓障害を患い、生死をさ迷った経験を持っているため、その恐さを充分に知っている。

FAO(国際食糧農業協会)の発表では、農薬による急性中毒死亡者は年間五百万人に上るという。統計は急性中毒者のみのため、慢性中毒者などを入れると、さらに増えることになる。

中村氏はまた、地域通貨「スローマネー」についても説き、船内でも実践した。その根底には、人間関係を保つ中で重要な「相互扶助」の精神があるという。

「例えば、マッサージできる人がいるとして、他の人にサービスすれば地域通貨がプラスとしてもらえる。やってもらった人はマイナスとなるが、マイナスになることも他人のためになるため、決して悪くはないという考えです。自分たちが地域通貨を作って、親しい関係をつくることが目的です」と中村氏。より対等な関係を築くことを強調する。

地域通貨については実際に、エクアドルやアルゼンチン、ブラジルでも行われた実例があるという。大恐慌や戦後などの混乱した時代に、より効果を発揮するようだ。

物々交換との違いについては、物であればその特定物を持っている人としか交換できないが、地域通貨なら多目的な用途に使用できることにある。また、地域通貨の大きな特徴は利子が付かないことだ。「利子を払っている多くの人は貧しい人たち。すでに元本は返しても、利子がどんどんと膨れ上がる」と、その社会悪を中村氏は懸念する。

「途上国にも私腹を肥やす連中はたくさんいます。依存型の支援でなく、自分たちの状況が回復していくような自立型の支援の仕方を考えていく必要があります」

中村氏は、今回のピースボートでの経験を踏まえて、若者たちからの確かな手応えを感じ取ったようだ。(つづく・松本浩治記者)

サンパウロ新聞より 「有機コーヒー・キャピタル宣言(1) 二人三脚で無農薬に挑む・MG州マッシャード市篤農家・中村隆市」

以下はサンパウロ新聞に掲載された記事です。

ブラジルのコーヒー生産地の一つミナス・ジェライス州マッシャード市。昨年五月、同市は世界で初めての「有機コーヒー・キャピタル宣言」が施行された。その背景には、日本とブラジルをフェア・トレード(公正な貿易)で結ぶ人たちの地道な活動がある。同市管内にある「ジャカランダ農場」では、スタッフの協同作業のもと有機無農薬コーヒーが生産され、日本でその輸入販売を行う(有)有機コーヒー社代表取締役の中村隆市氏(四九、福岡県出身)は、同農場との人間関係を何よりも重要視している。日伯間を結ぶ新たな活動が始められている。(松本浩治記者)

《従業員全て家族の一員・熱い思いで土づくり環境づくり》

(有)有機コーヒー社の出版部門である(株)ウインドファームが九七年に発行した「ジャカランダコーヒー物語」によると、中村氏とジャカランダ農場主だったカルロス・フランコ氏の出会いは、九四年。それまで九州で有機農業をはじめ、生活協同組合の活動などを実践してきた中村氏は、八六年四月二十六日に発生したチェルノブイリ原発事故をきっかけに、被災者への支援活動など、自らの仕事としての取り組みを始めたという。

八七年から有機コーヒーの販売を行なってきた中村氏だが、当初はまだ現地の栽培内容がよく分からなかった。八九年から実際にブラジルに足を運び、本当のフェアトレードの意味を分かち合い協力し合える生産者を探し回った。ところが、ほとんどの生産者は「農薬なしにコーヒーが生産できるはずがない」といった反応だったという。

そうした中村氏の姿を見ていたのが、カルロス氏。「一度、会いたい」と声をかけ、農場に案内した。中村氏がブラジルを初訪問してからすでに五年が経っていた。

中村氏はカルロス氏から商談そのものよりもまず、同農場で働く様々な人たちを紹介された。ブラジルでは、収穫時期にのみ労働者を雇う「使い捨て」が多い。また、雇用者が労働者の税金・保険などの支払い義務が生じるため、正規の職員として登録することは少ない。カルロス氏は、当時十家族ほどの労働者に対し自分の家族の一員のように接し、自給自足の生活をさせていた。

その後、二人は一日がかりで、それぞれが辿って来た自分の人生のことを互いに話し合った。話が一段落した際に、カルロス氏に誘われて家の外に出た中村氏は、農場のスタッフからジャカランダの苗木をプレゼントされた。

その苗木を植樹した後、カルロス氏から「これであなたは、この農場に根を下ろしました。末永いお付き合いをお願いします。できれば、私だけでなく、私の次の後継者とも仕事をするつもりで太い絆を築いてほしい」との言葉を贈られた。

中村氏にとって、忘れられない一日だった。こうして、中村氏とジャカランダ農場との関係は生まれ、現在も継続されている。

そのカルロス氏は昨年七月、結婚五十二周年を向えたその日に息を引き取った。享年七十五歳だった。

カルロス氏の死は、家族や農場関係者、中村氏をはじめ、同農場の有機無農薬コーヒーを愛飲している日本の消費者の心をも痛めた。

しかし、カルロス氏が伝えたものは数多い。

「自分たちにできることをやればいい、その結果がどうなったとしても、それはそれで仕方がない」―。

何事においても表面的な目に見える現象そのものよりも、現象が起こる背景に目を向けてきた。その熱い思いが、農場の土づくり、環境づくりへとつながった。

氏の教えを胸に、農場を背負う次世代のスタッフと中村氏たちは、新たな動きに向って歩みだした。(つづく)

サンパウロ新聞より 「有機農業で市発展に貢献・マッシャード市中村隆市氏に名誉市民権」

以下はサンパウロ新聞に掲載された記事です。

ミナス・ジェライス州マッシャード市の有機無農薬コーヒーをはじめとする中南米の生産農場とのフェア・トレード(公正な貿易)を実施し、日本での輸入販売や環境保護活動などを行なっている(有)有機コーヒー社代表取締役の中村隆市さん(四九、福岡県出身)がこのほど、同市の名誉市民権を贈られた。去る十二月二十二日午後六時から同市議会で市議、農場関係者など約二百人が出席して授与式が行われた。中村さんの授与は外国人としては二人目。

この日、中村さんは同市に貢献した他の七人の授与者とともに会場前列に座り、日本人としては唯一の授与となった。

中村さんの授与は、今年五月に同市が世界で初めて指定された「有機コーヒー・キャピタル(首都)宣言」実現に尽力し、有機無農薬コーヒー生産地である「ジャカランダ農場」を通じたフェア・トレードの実施・貢献が認められたもの。

名誉市民に推薦したジョゼ・カルロス・ジニス市議会議長、ファビアーノ・シグノレッチ・レイテ市議の二人から記念プレートを手渡された中村さんは、昨年七月に惜しまれながら他界した農場主・故カルロス・フランコさん(享年七十五歳)のトレードマークだった帽子を手に登壇。「本来なら名誉市民権は私ではなく、カルロスさんやジャカランダ農場の人々が受けるべきもの。カルロスさんとの出会いは、私にとって宝物のような出来事でした。今年五月にオルガニック(有機)コーヒーのキャピタル宣言を行なったマッシャード市の名誉市民になることほど、嬉しいことはありません」と満面の笑みを浮かべ、世界にマッシャード市のことを広めていく考えを示した。

謝辞の最後で中村さんは、有機コーヒー社ブラジル側スタッフの牛渡クラウジオ氏と農場関係者たちへの感謝の意味を込めて「オブリガード」とあいさつし、会場から大きな拍手を浴びていた。

2004/05/21

国際有機コーヒーデーに寄せて、ブラジルからのメッセージ

2004年5月18日 ジャカランダ農場から、昨年、お亡くなりになったカルロスさんの三男で現在ジャカランダ農場でコーヒーの有機栽培に取り組むフーベンスさんと、ウインドファームの南米支局長、クラウジオ牛渡が、5月22日の国際有機コーヒーデーに寄せてメッセージを届けてくれました。
ジャカランダ農場でコーヒーの有機栽培に取り組むフーベンスさんからのメッセージ
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多くの場合、有機農産物は化学肥料を施さず栽培された農産物として紹介されます。しかし、有機農産物とは、これを遥かに超越するものなのです。オーガニックコーヒーは、その生産過程に「融合」と「相互依存」を有する行程をたどるのです。
私達は、それぞれ支え合い生きています。男性、女性のそれぞれに、支えられ生きています。私達はさらに、大地に支えられ、大地は私達の心遣いに支えられています。

環境のバランスは私達いかんによると同時に、私達は、エコシステムに依存しているのです。私の考える有機栽培とは、フェアートレードとの深く密接な関係を保つ手段でもあります。こうして、農産物に支払われるその対価は、公正に、そして友好的に、全ての生産過程へと分配されて行きます。さらには、有機栽培に必要とされる労働に、威厳を与えるのです。

5月22日は、多くの人々の心に、特別な日として記憶されています。私達はこの日を、オーガニックコーヒー誕生の日として、記憶に留めたいと思います。さらにこの日を、格別の味を誇るコーヒーを思う日として、母なる大地の日として、さらには自然環境保護の日としても、思いを馳せたいと考えています。人々が喜びを分かち合う日、そして子供の日ともすることで、未来を支える素晴らしき彼らと接しようではありませんか。さらには、平等、平和、兄弟愛に満ちた社会を祝う日として心に刻もうではありませんか。

ウインドファームの南米支局長、クラウジオ牛渡からのメッセージです
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ブラジル初のオーガニックカフェとして、「テーハ・ヴェルディ」がオープンして4年が過ぎます。この間、テーハ・ヴェルディでは、次の目標をもって、このカフェを運営してきました。
まず、ブラジルにコーヒーの文化を根付かせるということ。ブラジルは世界的なコーヒーの生産国ですが、生産されるコーヒーのほとんどは輸出されています。ですから、本当に美味しいコーヒーは欧米や日本に届けられてしまい、ブラジルでは飲むことができないというアンフェアな現実があり、コーヒーをゆっくり楽しむという文化もあまり根付いていません。また、例えばコーヒーは生産地や収穫年度によって味が変化することなど、コーヒーに関する基本的な情報も伝えていきたいと思っています。

また、自然環境や人を大切にするコーヒーの有機栽培に内容については、その意味だけでなく、有機栽培そのものをブラジル各地で普及させていくことに取り組んでいます。
それは、昨年お亡くなりになったジャカランダ農場のカルロスさんが、人生をかけて取り組んでいた仕事でもあります。カルロスさんが亡くなった当時は、ジャカランダ農場のスタッフや私たちも大変悲しく、落ち込んでいましたが、今では元気を取り戻し、カルロスさんが取り組んだこの大切な仕事を受け継ごうをしています。私も今年になって、パラナ州のカトリック大学で講師として有機栽培の授業を行うようになり、若い学生たちに有機栽培の意味を伝えています。

ブラジルで、コーヒーの有機栽培を広めようという動きは、年々、活発になってきています。私が住むクリチーバ市では、4カ所のカフェで有機栽培のコーヒーが飲めるようになりました。国際有機コーヒーデーとなる5/22には、ジャカランダ農場があるマッシャード市で「有機コーヒーキャピタル(首都)宣言」が行われ、マッシャードをブラジルにおける有機コーヒー栽培の「首都」に育てたカルロス・フランコさんを偲ぶ催しが行われます。また、パラナ州の三カ所で、有機農業をテーマとするイベントが予定されています。

カルロスが蒔いた有機農業の種は、今、少しずつブラジルで芽がでてきます。

2003/07/21

悲しいお知らせ 

ブラジル、ジャカランダ農場のカルロス・フランコさんが、ブラジル現地時間で7月4日朝8時頃、心臓病のため自宅で永眠されました。1927年8月22日生まれの75才でした。
「農薬なしにコーヒーができるはずないじゃないか」と言われていたブラジルで、有機コーヒー栽培のパイオニアとして、試行錯誤を繰り返しながら有機コー ヒーの栽培を根づかせ、多くの農民と共に、ミナス州の南部を「有機コーヒーのメッカ」ともいわれるほどの地域に育てました。
ジャカランダ農場にはブラジル各地、中南米各国からも生産者や研究者が見学に訪れ、有機農学校の役割も果たしてきましたが、カルロスさんはいつも見学者に 対して、消費者と連帯することの重要性も語りかけていました。そして、フェアトレードでつながった消費者からのメッセージをうれしそうに紹介していまし た。

逆に、見学者から学ぶこともありました。特に、エクアドルやメキシコの生産者や研究者と交流するなかで、森林農法(アグロフォレストリー)に興味を抱き、 農場の中に植林する樹木を増やしていきました。農場の名前に「ジャカランダ」という樹の名前を付けたように、カルロスさんは、子どもの頃から樹木が大好き でした。

また、カルロスさんは自ら話すことは、ほとんどありませんでしたが、20代の後半から福祉活動に熱心に取り組まれ、ストリートチルドレン、一人暮らしのお 年寄り、赤ん坊を抱えた少女たち、エイズの子どもたちなどの世話を続けてこられました。人も自然も大切にするカルロスさんが、1980年から無農薬栽培に 切り替えた最大の理由は「いのちを大切にしたい」ということでした。農場で働くスタッフの健康、土中の微生物や虫や小鳥などの、弱いもの、小さな「いの ち」をあたたかく見守っていたカルロスさんは、作今の武力によって国際問題を解決しようとする暴力的な世相を悲しんでいました。

この十年間、フェアトレードを通じてカルロスさんと共に歩んできた私共にとっていかにカルロスさんの存在が精神的な支えであったのかを今更ながら痛感しています。以下に、ウィンドファーム現地スタッフのクラウジオ・ウシワタからの手紙(抜粋)を掲載させていただきます。

金曜日の朝にカルロスさんの孫、ジョン・ギリエルメさんから電話で悲しいニュースが届きました。すぐに、中村さんに国際電話で報告して、この知らせをメー ルで多くの人に流し車でカンピナス市へ向かいました。午後7時にカンピナス市のプレズビテリアン教会に着き、カルロスさんのご家族と会いました。悲しい、 とても悲しかった。涙が止まらなかった。今も信じられません。気持ちを言葉に出来ません。私たちの痛みと悲しみの気持ちとして花束を差し上げました。

亡くなる2日前の7月2日にカルロスさんと電話で話しました。カルロスさんがセキをしていたので、風邪に気をつけてくださいと言ったら、カルロスさんはもう良くなっていると返事をしてくれました。
カルロスさんは、亡くなる前日にジャカランダ農場に行きました。しかし、体調が悪かったので、自宅のあるカンピナス市に戻り、病院に行きました。おそらく、旅発つ前にもう一度ジャカランダ農場に行きたかったのだと思います。

カルロスさんは7月4日の当日、朝早く起きて、シッキーニャさんとの結婚52周年の記念日であるため、奥さんにオメデトウといいながら、キスをしました。朝食をとる準備をしたのですが、体調が悪いためベッドに戻り、寝て急に心臓が止まり亡くなりました。

カルロスさんは亡くなる前の一週間に息子全員と娘のテルマさんと会い、話しをしました。これは神様の行いだと思います。神様は、この世を旅発つ前にカルロスさんに、そのチャンスを与えました。

カルロスさんは、中村さんと僕が何時来るのかを時々聞いていました。息子さんともよく話していたそうです。今考えると、たぶんカルロスさんは、僕たちとももう一回会いたかったのだと思います。僕のミスでそのサインを読み取れなかったのです。

ジャカランダ農場のジョゼ・アイルトンさんは、カルロスさんの遺体を見ることがイヤだったので、どこかに逃げて誰も見つけることができませんでした。セバ スチオンさんは、一日中泣いて体調が悪くなり、娘さんがカンピナス市の教会まで行かせませんでした。ジャカランダ農場の皆様は大変悲しんでいるようです。

カルロスさんは天国で有機農業をやって行くと思いますが、残された私たちには、かなりの責任が残った気がします。しかし、カルロスさんがまいた種は花と果実になるのではないかと思います。

7月の下旬に、カルロスさんの御家族と共に、お墓参りに行ってきました。御家族のお一人お一人と、そして、農場のスタッフたちとカルロスさんの思い出を ゆっくりと語り合ってきました。その話の中で、こころに残る話がありました。「お父さんは、亡くなるまでの最後の十年間、フェアトレードで日本とつながっ た十年間が最も生き生きしていた。とても幸せな人生だった」という皆さんの言葉でした。私もそう信じています。そして、こう思います。
「カルロスさんは、多くの人を幸せにしてくれた人だったなあ」と。
幸せにしてもらったうちの一人が私でした。

カルロスさんは、とてもゆったりと人に接する人でした。人の話をよく聞き、ゆっくりと考え、おだやかに自分の考えを話す、ときどき冗談を言って皆を笑わせ る彼は、そこにいるだけで、周りの人に安らぎを与える人でした。そして私に、生きることの素晴らしさを教えてくれた人でした。

ウィンドファーム 代表
中村隆市

※なお、ジャカランダ農場は、カルロスさんがお元気な頃から一緒に農場で働いていた息子さんとお孫さんが中心となって、農場運営を続けておられますので、今後もウインドファームとのフェアトレードは継続されます。

ブラジルの新聞“FOLHA(フォーリャ)”の紙面より

カルロスさんの訃報が、ブラジルの新聞“FOLHA(フォーリャ)”2003年7月5日の1面に掲載されました。

フォーリャの紙面 画像をクリックすると拡大されます。

以下は記事の翻訳です。

紙面よりカルロスさんの記事を抜粋

カルロス・フランコ氏の訃報

昨日の朝、カンピーナス市(サンパウロ州)にて農村の実業家であるカルロス・フェルナンデス・フランコ氏が亡くなりました。地域におけるオーガニックコー ヒー生産のパイオニアで、日本市場へも輸出しています。カルロス・フランコ氏は、地域の道義的な自然保護の代表者でした。

篤志家で分かち合いを重んじるエンジニアのカルロス・フランコ氏は、特に若い同胞にチャンスを与えることを喜びとしていました。彼の飾らない人柄は、生活を共にする人々へ日々、教えを施すことにも現れていました。

カルロス・フェルナンデス・フランコ氏は、1996年11月に出版の雑誌”イマジェン&コンテウード(映像と内容)”の表紙を飾りました。

埋葬はカンピーナス市にて行なわれました。

2面より抜粋

達人(脚注1)に向けて

金曜日の昼前、同僚のセルジオ・ペディーニを通じてカルロス・フランコ氏死去の知らせを受けました。命が終わりを告げ、取って代わる人のない寂しさは、友人らを悲しみに包みました。

私達のメディアにはカルロス氏の存在は、常に困難に立ち向かう活力そのものでした。なぜなら博識な彼は、我々に新たな道や出口を示し、そして人の一生を導く能力がありました。

彼の旅立ちに、「ALTERIDADE (アウテリダージ)(脚注2)」という言葉の本当の意味を感じ取りました。つまり、他者を受け入れ、隣人を受け入れることです。

その飾らなく模範的な人柄で、生活環境や農場労働者の家族への重責を果たしました。さらには、“本質は所有に勝る”総合的で持続可能な開発と呼ばれる責任も果たしました。

マシャード(脚注3)の住民として、マシャードが我が国の国境をも超えて行く活動をして、地域全体に新たな展望を創造して行きました。

凡庸が支配しそうな時、個人の利益が共通の利害や利益を脅かす時が来ても、マシャードとその地域は、尊厳を熱望する人々のため威厳ある試みを実行して道を照らす人を失っているのです。尊い友人カルロス・フランコ氏を賞賛する理由は、人生のあらゆる戦いの中で、あらゆる相違(脚注4)と共存する能力を持っていたこと。また、彼の常に変わらぬ心構えと、社会に敏感なところを深く尊敬します。

偉大な達人はいなくなりました。しかし、決して人の道や道徳心、尊厳を失うことのない家族、汗を流し、新たな試みの探求は引き継がれて行くでしょう。

悪を排除した土地を求める強い意志と希望を持った達人の記憶を生き生きと伝えるため、持続可能で環境に優しい有機農業への約束を再認識する必要があります。


訳者注

(1) 達人
記事のタイトルで、原文は「マイスターへ」という言い方です。ここではカルロスさんを意味します。この記事を書いた記者は、カルロスさんとかなり親しい人だったようですので「カルロスさんへ」、「カルロスさんへ捧げる言葉」となるでしょう。
(2) ALTERIDADE (アウテリダージ)
アイデンティティーの対義語らしく、それに合う日本語が思いつかなかったところです。
意味は、「他と同一であること」で、アイデンティティーを確立する初期過程は、己は他と違うという意識が芽生えて、他を排斥する傾向が意識的・無意識を問 わずあり、そこから他者を嫌悪する気持ちとつながる事を否定して、他者を受け入れるのがこの”ALTERIDADE”です。
(3) マシャード
ジャカランダ農場が所在する州、ミナス・ジェライス州にある都市の名前です。
(4) 相違
これはあくまでも直訳で、「…相違と共存する能力を持っていた。」これは、文章の流れから「人の営みの中で起こる不測の事態や困難を受けとめられる度量の人物」という意味となるでしょう。

2001/03/21

2001年2?3月 中南米訪問記

2001年1月下旬から2月末まで、メキシコ、エクアドル、コロンビア、ブラジルの有機コーヒー農園を訪問してきました。ジャカランダ農場のカルロスさんやインタグコーヒーの生産者から「皆さんに宜しくお伝え下さい」とのことでした。

写真 解説
コロンビア 有機コーヒー園 コロンビア。国際有機農業センターのラモン所長と共に有機コーヒー園を見学。
メキシコ・プエブラ州の有機コーヒー園 メキシコ・プエブラ州の有機コーヒー園を見学。
インタグ有機コーヒー生産者協会の中心メンバー エクアドル、インタグ有機コーヒー生産者協会の中心メンバーと。
インタグコーヒー生産者の有機コーヒー園 エクアドル、インタグコーヒー生産者の有機コーヒー園を見学。
ディスカッション ウインドファーム、ブラジル事務所のクラウジオ(有機農業技師)とインタグコーヒー生産者とのディスカッション。
インタグ有機コーヒー生産者協会メンバーのコーヒー園 エクアドル、を見学。
アウキ知事と会食 エクアドル、インタグコーヒー生みの親の一人、アウキ知事(中央)と会食。右端は環境保護活動家のアンニャ・ライト。
カルロス・ソリージャファミリー エクアドル、インタグコーヒー生みの親、カルロス・ソリージャファミリーと。
ジャカランダ農場 ブラジル、ジャカランダ農場。訪問するたびに大きく成長しているジャカランダコーヒー友の会エリアのコーヒー。
ジャカランダ農場にて 右から、カルロスさんと、孫のカシオ。左が息子のフーベンス。
ジャカランダ農場にて ブラジル、ジャカランダ農場。将来、カルロスさんの後を引き継ぐと予想されるフーベンスとアイルトン。
カルロスさん 中村が持参した、日本の消費者からのメッセージに喜ぶカルロスさん。
ジャカランダ農場 ブラジル、ジャカランダ農場。カルロスさんと、孫のカシオと一緒に。周りは、まだ成長中のコーヒーの幼木。
野菜畑 ジャカランダ農場スタッフの自給用野菜畑。ジャカランダ農場では、農場内に住むスタッフが各家庭毎に自家菜園を持っている。
養殖池 ジャカランダ農場内。スタッフの家と、自給用の魚の養殖池。
ジュゼ・マルコス 養殖池から釣り上げられた魚を見せてくれる、スタッフのジュゼ・マルコス。
クモ ジャカランダ農場のクモ。ジャカランダ農場では、農薬を使わないため、沢山の生き物が棲息している。クモは、益虫の代表で、コーヒーにとって害を及ぼす虫を捕食してくれる。
TERRA VERDI ブラジルのパラナ州、クリチバ市に昨年5月オープンした、ウインドファームのカフェテリア “TERRA VERDI” (緑の大地)。ブラジルには喫茶店が多いため、席が空くまで待つことは普通ないが、この店には、時々待つ人たちがいる。
TERRA VERDI “TERRA VERDI” の店内風景。中央に立っているのがクラウジオ店長。
TERRA VERDI staff “TERRA VERDI” のスタッフと。
cafe ブラジル、サンパウロのカフェテリアに掲げられたカルロスさんの写真。ウインドファームのパンフレットやブックレット「ジャカランダコーヒー物語」も展示してある。

2000/04/21

2000年4月 ブラジル・ジャカランダ農場スタディツアー報告

2000年4月にブラジルにて有機コーヒーフェアトレード国際会議が開催されました。 その時の様子をお伝えします。

日程表

日付 行程
2000/3/27 日本発
28 ブラジル着 サンパウロ市内観光
29 カンタレイラ大学で有機コーヒーセミナー
30 ミナス州へ移動
31 ミナス州ジャカランダ農場見学
農業専門学校にて 国際会議 開会式
2000/4/1 有機コーヒーフェアトレード国際会議(1日目)
2 有機コーヒーフェアトレード国際会議(2日目)
3 サンパウロ市内へ移動・市内観光
4 パラナ州クリチーバ市へ移動
5 クリチーバ市環境保護局 ゴミ分別場など見学
6 クリチーバ市内観光
7 クリチーバ市有機農業セミナー
8 有機農産物市場を見学
クリチーバ空港へ移動
9 ダラス空港を経由
10 日本着

3月28日 ブラジル着 サンパウロ市内観光

ブラジルに到着
アメリカ経由の飛行機で約30時間。
いよいよブラジルに到着です。

歴史博物館
サンパウロ市内観光。
建物は歴史博物館です。

3月29日 カンタレイラ大学で有機コーヒーセミナー

カンタレイラ大学
サンパウロのカンタレイラ大学とウインドファーム社とで共催された 有機コーヒーセミナーに参加しました。
予想を超える参加者の多さに主催者もびっくりです。

3月31日 ミナス州ジャカランダ農場見学

ジャカランダ農場での歓迎
いよいよジャカランダ農場に到着。
アコーデオンの演奏とともにスタッフ達みなさんの出迎えを受けました。

カルロスさんから歓迎の挨拶を受けました
ジャカランダ農場主、カルロスさんの歓迎の挨拶。
通訳は、パラナ連邦大学農学部教員で環境保護活動にも取り組んでいるコビヤマさんです。

ジャカランダ農場遠景
ジャカランダ農場遠景。

農場を案内してもらいました
カルロスさん自らの案内で農場内を見学しました。
その隣にいるのは、エクアドルから参加した環境保護団体デコインのルイス・ロバリーノさん。

山地にあるジャカランダ農場は斜面が多い
標高1200メートルにあるジャカランダ農場のコーヒー樹の多くが急な斜面に植えられています。

4月1日
有機コーヒー・フェアトレード国際会議(1日目)

プログラム
タイトル 発表者
農牧畜生産システム セルジオ・カブラル(生産者)
フェアトレードと健康食料生産を目的とする持続可能な農業の基礎 宮坂四郎 (国際有機農業センター顧問・自然農法生産者協会顧問)
有機農業と食料安全 ラモン・ズルアガ (コロンビア国際有機農業センター所長)
フェアトレード:概念と哲学 中村隆市 (有機コーヒー社・ウインドファーム社 代表取締役)
フェアトレード:生産者からの視点-フェアトレードの経験報告 カルロス・フェルナンデス・フランコ (ジャカランダ農場主、有機コーヒー生産者)
フェアトレード:消費者からの視点-フェアトレードの経験報告 日本の消費者・スタディツアー参加者
フェアトレード:技術経済者からの視点 リシャード・ドミンゲス・マリア・ソウザ (サンパウロ州経済団体)
フェアトレード:社会的、環境的視点-メキシコのフェアトレード経験 パトリシア・モグエル (メキシコ国立自治大学助教授)

4月2日
有機コーヒー・フェアトレード国際会議(2日目)

プログラム
タイトル 発表者
持続可能な発展の事例報告 エクアドル・インタグ地区の例 ホセ・クエバ(コーヒー生産者・農業技師)
カルロス・ソリージャ(コーヒー生産者・環境保護団体DECOIN副会長)
エクアドル・コタカチ市の例 アウキ・ティトゥアニャ(コタカチ市長)
コロンビア・リサラルダ州の例 カルロス・アルツーロ・ロペス(リサラルダ州知事)
ミナス州南部地区の例 イバン・フランコ(ブラジル有機コーヒー協会会長・マシャード農業大学教授)
日本における食料汚染問題-環境ホルモンと遺伝子組み替えのケース 大地を守る会会員
遺伝子組み替えと農薬の問題 マリレネ・ラザリニ(IDEC(消費者団体)会長)
セバスチアン・ピネイロ教授(ジュキラ・カンジル財団代表)

*会議当日にはプログラムの変更が有り、環境発明家の藤村靖之さんの講演などもありました。

国際会議開会式
ブラジル初の有機コーヒー・フェアトレード国際会議の開会式。
ブラジル全土から400名が参加。

中村隆市あいさつ
開会式で主催者代表として挨拶する、小社の中村隆市。
「10年前にはまったく理解されなかった有機農業に対する関心の高まりに感動しています。」

会議講演者
会議の講演者。左、ブラジル有機コーヒー栽培の第一人者カルロス・フランコ氏。中央、ブラジル有機農業の育ての親とも言われる宮坂四郎氏。

ナマケモノ倶楽部、辻信一氏
有機コーヒーとフェアトレードの重要性について語る環境保護団体「ナマケモノ倶楽部」世話人の辻信一氏。 (小社代表の中村もナマケモノ倶楽部世話人をつとめている。)

スタディツアー参加者
会議に参加したスタディツアー参加者一同。
みんな真剣に話を聞いています。



長時間の会議の間、休憩をとるスタディツアー参加者。

クラウジオ
閉会にあたって、会議参加者一同の決議文を読み上げる小社ブラジル事務所代表のクラウジオ・ウシワタ。

会議閉会
感動的なラストシーン。参加者全員が手をつないで有機農業とフェアトレードの発展を願いました。

4月4日 パラナ州クリチーバ市へ移動

クリチーバ市
クリチーバ市
エコシティーとして知られるクリチーバ市を観光。

4月5日
クリチーバ市環境保護局 ゴミ分別場など見学

クリチーバ市ゴミ処理場
クリチーバ市ゴミ処理場
クリチーバ市独特のごみ分別処理システムを見学。 スラム街の失業者が市と協力して協同組合をつくっています。

4月7日 クリチーバ市有機農業セミナー


ウインドファームブラジル事務所を訪問したホセ・クエバ(インタグコーヒー生産者)と クラウジオ。



クリチーバ市有機農業セミナーでエクアドル・インタグ地区の取り組みを発表するホセ・クエバ。


消費者との連携の重要性を力説する地元生産者。

4月8日 有機農産物市場を見学




クリチーバ市内で毎週開催されている有機農業生産者による青空市場。 年毎に生産者も消費者も増え続けている。ウインドファームもこの取り組みに協力しています。

4月8日 クリチーバ空港へ移動


最後まで残ったツアー参加者とクリチーバの空港で記念写真。
お疲れさまでした。

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