トータルで見て「最も高い」原発のコスト 鶴岡憲一

原発のコスト  鶴岡憲一
(2011年11月13日 青山貞一ブログ)から抜粋

原子力委を困惑させた原発コスト論

 2010年9月7日に開かれた第48回原子力委員会。その議事録からは、大島堅一・立命館大学教授の発表に、近藤駿介委員長ら原子力委員の側が困惑した様子がうかがえる。原子力委は原子力を国策として推進する基礎として原子力政策大綱を定めているが、大島教授は発電コストの面から大綱の見直しを提言したためだった。

 経済産業省・資源エネルギー庁や電気事業連合会(電事連)などが、原発推進を主張してきた大きな理由は、原発による発電コストが再生可能エネルギー発電はもとより、火力、水力発電と比べても低く優位を保っているというものだった。

 電事連は、PR用に公表してきた「原子力2010」で、経産省の総合資源エネルギー調査会電気事業分科会で2004年に配布された資料などを引用するかたちで、水力、石油、天然ガスと石炭による発電システムを40年間運転した場合の?・?時のコストを比較したグラフを示している。それによれば、2008年時点の主要5発電方式では石炭発電が5.7円、天然ガス発電で6.2円、石油等発電10.7円、水力発電は11.9円なのに対し、原子力発電コストは5.3円としていた。これに対し、大島教授は原子力委に提出した説明資料は「原子力単体でみた場合であっても、原子力は安価な電源とは言いがたい。『原子力+揚水』でみれば、最も高い電源である」と指摘したのである。

 ここでいう「揚水」発電は、いわば原発のアダ花というべき発電方式だ。つまり、原発の場合は夜間出力を下げる調整を繰り返した場合に安全性への支障が指摘されてきたことなどから出力を落とさずに発電している。当然、夜間の発電量は消費量を超過することになるため、その分の電気で高所に設けた貯水池に水をくみ上げておき、昼間に水力発電として利用している。従って、通常の河川ダムによる水力発電より割高になるのである。

 大島教授の見解は、電力会社の経営実績を反映した有価証券報告書などで公表されているデータを基にまとめられていた。経産省や電事連のように「40年間運転」のような仮定に基づく“試算”版ではないだけに、原子力委員側からは正面からの反論は出されなかった。だが、原発推進の大きな拠り所としての原発コスト割安論に有力な異説を突きつけられたかたちになっただけに、例えば近藤委員長は大島教授が表明した意見からは「政策的なインプリケーションを導きようがない」などと感情的とも言えそうなコメントを行ったのであり、原子力委側が苦々しく受け止めた様子が議事録にはにじんでいる。

トータルで見て「最も高い」原発コスト

 有価証券報告書では天然ガスや石油、石炭別の費用が示されていないため、大島教授は原子力委への提出資料では、それらを「火力発電」としてまとめて計算している。

 それによれば、2000年代の原子力発電のコストは揚水発電分を除いても8.93円で、9.02円の火力発電に次いで高い。揚水を除く通常水力発電が3.59円と安い反面、揚水発電は42.79円で、大島教授は「原子力+揚水」コストは10.11円に上るとしている。まさに、原発は発電の3方式のうち「最も高い電源」ということになる。

 大島教授の見解が経産省や電事連の公表数字と異なるのは、計算方式の違いに由来する。その特徴は、原発の発電コストを単に燃料費や運転保守管理費のような直接的費用やバックエンド費用としての使用済み核燃料の再処理費用、放射性廃棄物の処分や廃炉の費用のほかに、政府が国家予算から支出する開発費用や立地費用まで含めるトータルな視点で計算していることである。

 大島教授の計算の妥当性を裏付けていると解釈できそうな数字は、実は電力業界も示してきた。電事連が04年にまとめた各電源コスト比較は、有価証券報告書を基にした00~02年度平均実績単価が、実績設備利用率78%の原発が8.3円で、火力発電は同41%で10円、原発並みの80%とした場合は7.3円となり、原発より低くなるとの算定値をも示していたのである。

 経産省OBの天下り先財団法人として知られる日本エネルギー経済研究所(以下、エネ研)も11年8月に公表した原子力発電コストについては、有価証券報告書記載の情報に基づく「実績値としての発電コスト」を計算した結果として、06~11年度平均で7.2円と示した。ただし、エネ研は大島教授の計算要素のうち「開発費用」については、高速増殖炉や高温ガス炉のほか核融合など先端技術を含むから全てを既存の原発単価に含めることは適切でないとしている。また、政府の原発関連予算でも巨額な原発立地対策費を大島教授が原発コストの考慮要素とした点については、その一部は社会として原発に対して行う費用負担を示す要素である点を認めつつも、「開発費用」と一緒くたにして、「立地費用」の全てを発電の総単価に含めることを否定しているのである。

 さらにエネ研は揚水発電についても、電力需要ピーク向けの供給源としての役割を担っている点を考慮してコスト計算すべきという趣旨の主張をしている。揚水発電を電力供給ベース電源と同様な算定要素とみなすべきではないという意味と解釈できる。

 しかし、揚水発電施設は、原発による夜間の余剰発電分をできるだけ揚水発電用に振り向けなければ稼働率が下がる。従って、電力会社にとっては昼間の電力需要が通常の供給力を上回るおそれがある日は揚水発電力をピーク対策として確保しておくにしても、そうでない日は揚水発電の稼働率をできるだけ上げて燃料費が高い火力発電量を減らす方向で運転するのが経済合理性にかなう。仮に日数がわずかなピーク日対策を主目的として発電コストが大幅に割高な揚水発電施設を整備し、その費用を電気料金でまかなうとすれば国民の理解を得られるはずがない。そうした面を考慮すれば大島教授の「原発+揚水発電」という計算方法のほうが現実的と言えよう

回避不能な原発費用

 エネ研が原発コストの要素として考慮することに異論を唱えた「開発費用」と「立地費用」は、実態としては電力会社にとって原発の新増設や維持には回避できない費用としての性格が強い。特に、迷惑施設とみられがちになってきて以後の原発に立地費用は欠かせないものとなってきており、巨額だ。各官庁が2011年度予算概算要求で計上した原子力発電関係経費を原子力委が網羅的に整理し10年11月に評価・決定した資料(以下、原子力委決定)でみると、「立地地域との共生」として整理された要求額が総計1593億円にも上っているのである。

 いずれもエネルギー対策特別会計から、電源開発促進税法など電源3法に基づいて交付されるものだが、単年度分だけでもこれほどの規模である。11年8月19日付けの毎日新聞は経産省の資料や自治体の財政状況を基に独自調査した結果として、原発の営業運転が始まった1966年以降、立地自治体や周辺自治体に国や電力会社から投入された「原発マネー」が2兆5千億円に上る、と報道した。内訳は、電源3法に基づく交付金が9152億8300万円、道県が徴収する核燃料税が6749億6820万円、原発について市町村が徴収してきた固定資産税が約9千億円としている。

 同紙が「少なくとも」としているように、こうした原発マネーは原発の増加とともに増えてきたはずであり、正味の総額はさらに大きいと推察される。もちろん、電力会社が納める原発関連税も電気料金収入から払われるため原発コストと評価するのが妥当だろう。

 原発コストのうち立地費用は関係自治体にとって魅力的な財源であるには違いない。しかし、濡れ手で泡のような金の使途はやはり安易に使われがちになる。

 一例は会計検査院が2000年度に報告した新潟県刈羽村のケースだ。東電の原発が集中する地域の一角に属する同村が交付金45億円を主な財源として99年に建設した生涯学習センターについて、見積もりが工事費、備品費とも過大だったことも指摘し、約2億8千万円が不当な事業費に当たり、不当な交付金は約2億6千万円だったとしたのである。

 麻薬じみた原発関連の補助・交付金の不健全さを自治体の側から証言したのは、福島県南相馬市の桜井勝延市長である。「交付金は“まき餌”みたいなもの。受け取りという既成事実ができてしまうと、言いたいことも言えなくなる」と述べ、2011年度分の交付金受け取りを辞退することにしたのである。桜井市長はまた、福島原発近隣の多くの住民が避難を余儀なくされるという深刻さにもかかわらず「関係首長から大きな声が上がらないのは、そういうことだと思いますよ」(以上、11年8月23日付け東京新聞)としている。

 「開発費用」についても原発関連での回避不能な性格を持つものが確実に存在する。

 例えば、高速増殖炉など核燃料サイクルは国が今後の日本の原発利用の方向として定めて計上してきたからには関連技術の開発費用は原発計算要素とみなせる。

 そうした費用は巨額である。例えば、前記原子力委決定によれば、独立行政法人・日本原子力研究開発機構での研究開発費として文科省が計上した約1768億円のうち高速増殖原型炉「もんじゅ」など核燃料サイクルなどの開発研究費用は約1099億円に上っている。さらに経産省も核燃料サイクル関連で約57億6千万円を計上している。同省は原子力発電の高経年化対策や耐震・燃料の信頼性実証などの費用として約109億7千万円も計上しているが、いずれも考慮外に置いてよい開発関連費用ではない。

 さらに原子力委決定で「原子力と国民地域社会の共生」と分類された項目には広聴・広報等の要求額が示されているが、総額は約45億円となっている。立地先住民の原発に対する不安や批判を地域振興資金の名目で緩和し受け入れてもらうためのものが立地費用であり、地元住民の不安を解消し原発と共生できることを理解してもらう活動などで使われているのが広聴・広報費用とすれば、やはり回避不能費用の一種とみるべきだろう。

福島原発事故の後、資源エネルギー庁が、九州電力の玄海原発の再稼動や他の電力会社のプルサーマル発電などをめぐって国が主催した説明会で賛成意見を表明させるよう電力会社に働きかけたり、メディアの報道をチェックしていたほか、「原発は安全」とする小学生向けDVD教材を作製、配布していたことなどが発覚、報道されたが、原発関連の広聴・広報費用はそうした活動にも向けられていたとみられる。

試算困難な原発コスト

 原発に欠かせない費用はまだある。事故対策費用が一例だ。ただ、事故の規模は福島原発事故のように大規模なケースのほか比較的小規模なものまであり、それを一般化して示すことは難しい。実際、福島原発事故の場合でみても、経産省は放出された放射性セシウム137は広島原爆の168個分に上ると試算しており、福島県は県民への影響を長年月にわたって調査するとしているが、その調査費用に加え、放射性障害が出現した場合の対策費などは相当大規模になることが考えられるが推算不可能なため計算要素に加えることは困難である。大島教授もエネ研も事故対策費用はコスト計算から外している。

 やはり概算も難しい費用に長期的な放射性廃棄物の処理・管理費用がある原発が必ず出す放射性廃棄物の処理は、某紙の元科学部長によれば「専門家は誰もが分かっているのに知らないふりをしている」という問題だ。福島原発事故ではまさにこの課題が具体的なかたちで顕在化した。水素爆発で散乱した原発のがれきはもちろん、事故によって拡散した放射性物質が住宅敷地や農耕地、学校の運動場のほか震災で大量に出たがれきまでも汚染した。また、下水処理場で出る汚泥に放射性物質が含まれており、それらの処理が廃棄物処理と同質の対策課題として各地の自治体にとって難題となっている。放射性物質を汚染するために表土を削っても、汚染の影響を長年月にわたって確実に遮断・管理できる方策は確立されていない。貯蔵場所の決定も関係自治体や住民の同意を得られにくい。

 この状況こそ、原発の最大の問題点である原発起源の放射性廃棄物処理の困難さを明確化したと言える。その一般的な対策費用も算定困難だが、福島での除染費用について公明党は第三次補正予算の独自案に2兆3千億円を盛り込んだように、原発コストを論議する際に見逃してはならない要素であることは間違いない。

 また高レベル放射性廃棄物については、排出源となる東電自身の説明によれば、ガラス固化体として再処理施設内の専用の貯蔵施設に30~50年間貯蔵し冷却させた後、ガラス固化体を鋼鉄容器に封入したうえで地下300mより深い地層に処分される。だが、鋼鉄容器は「1000年は穴があかないように設計されます」といい、放射性物質の漏出防止のための多重バリアシステムを用いるとしているものの、「放射性物質が溶け出したとしても、それらは非常にゆっくりしか移動できなくなります」という表現ながら、漏出の可能性を否定していない。資源エネルギー庁も同様な方法を紹介しているが、驚くべきことに、「人間による管理を必要としない」としている。放射性物質が地下水によって「移動」することを認めているにもかかわらず、である。

 高レベル放射性廃棄物の放射能レベルがウラン鉱石並みに達するまでには1万年かかるとされる。地層を変動させる活断層さえ完全に把握できもしないのに、そのような廃棄物を人間の管理無しに安定的に地層に閉じ込められると考えるのは専門家のおごりであって、管理コストは必ず生じるとみるべきである。その規模が小さくおさまるとはとても考えられず将来世代への付け回しとなるに違いない。そのコストの算定は不可能としても事故対策費と同様に巨額に上る可能性は否定し得るものではなかろう。

不透明コストもある

 以上のような様々なコストに加え、間接的ながら原発コストに含めるのが妥当と言える費用も顕在化している。その一つが電力会社の役員らによる政治献金だ。

 関西消費者団体連絡懇談会が政治資金報告の分析に基づいて11年7月に発表した調査結果によれば、電力9社の役員計868人は06~08年の間に合計約1億1700万円を自民党の政治資金団体に献金していたという。また、共同通信は同月23日付けの発信で、同協会の09年分の個人献金のうち72.5%が電力9社の役員・OBによるもので、当時の役員の92.2%が献金していたとしている。電力業界は74年に企業としての政治献金をやめていたが、以上のような実態は電力業界が個人献金のかたちながら組織ぐるみとみられても仕方のない方法で献金していたことを示したと言える。

 献金の陰には、原発関連費用のうち相当多額な部分が政府予算から支出されていること、その原発を主柱のひとつとする地域独占体制での電気の発送電を認められている9社は、その体制を維持するには発送電分離のような電気事業の自由化を政治力で阻止する必要があること、などの事情がうかがえる。

 また、九州電力幹部ら9人は09年に佐賀県議会の原子力安全対策等特別委員会の委員長(自民)の政治団体に個人献金を行っていたことも判明したが、自治体が原発の運転などに注文をつけられる立場にあることから原発絡みの議会工作として献金したとみられる。

 東電の役員年収は社長で約7200万円、取締役は1人平均約3400万円に上ることも表面化したが、高額な人件費を可能にする安易な電気料金設定方式は個人献金の基になり、原子力規制官庁の経産省から天下りしてきた幹部を副社長など役員として処遇する費用にも寄与してきただけに、献金や天下り官僚への報酬の全部ではないにしても原発関連コストとみても違和感はないだろう。

 他方、立地費用のうち「地域振興」名目の金が国の予算からだけでなく電力会社からも原発所在地向けに出されてきた。一例は、福島県内の大規模スポーツ施設「Jヴィレッジ」である。福島原発事故では本来のスポーツ目的の利用を差し止めて事故対策拠点となっているが、福島第一原発5,6号機の増設の見返りの意味を持つ地域対策として、東電が130億円を出して建設された。11年9月15日付け朝日新聞は、東電の原発などがある3県の関係自治体に総額400億円を超える「地元対策資金」を寄付していたことが分かった、と報道した。やはり電力業界版の立地費用と言えるが、原発を受け入れるかどうかという自治体の決定を左右する可能性のある金とも言えるだけに、「賄賂性を感じる」という公認会計士・松山治幸氏のコメントを同紙は紹介している。

 さらに、原発事業を推進する上ではメディアや原子力専門の学者の言動が大きな役割を果たしてきたが、その方面にも原発関連費用が振り向けられてきた面がある。

 例えば、東電の清水正孝氏は社長当時の11年5月13日の参議院予算委員会で「広告宣伝費、マスコミ関係では平成21年度実績で約90億円」と証言した。これとは別に、同月15日のフジテレビ番組で当時の細野豪志首相補佐官は「東電の広告料は250億円」と述べた。河野太郎衆院議員は「電力業界全体では1000億円」という研究者の推計をブログで紹介しているが、内外の厳しい競争にさらされている企業ならともかく、地域独占事業を国から認められている会社、業界としては異様に巨額である。

 その用途の一分野として、メディア側は様々な疑惑を招いてきた。象徴的なのは3.11の当日、勝俣恒久会長ら東電幹部がマスコミ関係者を引き連れて訪中していた例である。3.11後、不要になったと思える段階になっても、被災者への仮払いも行わない段階で頻繁に節電を求めるテレビコマーシャルを東電が流していたのも、「テレビの批判をかわすためではないか」と疑われた。原発視察を名目として記者たちを負担なしで招待していた例も記者OBから報告されている。3.11を機に、事故の規模を低く見せかけるようなコメントを行った学者が目立ったことから、大学に電力会社が原子力関連の研究費を提供していたケースも表面化した。東電が東大工学部に04年以降、寄附講座に支出した金額は公表分だけで4億5千万円に上るという(志村嘉一郎著「東電帝国 その失敗の本質」)。

 そうした広告宣伝費や研究費の全てが原発コストにつながっていたとは断言できないとしても、原発の安全神話づくりに寄与してきた面は否定できない。

 それらを含め、原発コストは総合的に評価しないと実態を見誤ることになる。だが、日経新聞の末村篤・特別編集委員が事故の5ヵ月後になってさえ、11年7月12日付け朝刊に「『原発』の総費用を明らかに」という記事を掲載したように、いまだにその全容は示されていない。ちなみに、先の原子力委決定は同じ事業費用を別の事業目的としても記載しているため一部重複があるが、重複分を極力除いた概算要求合計額は約7276億円にも上る。その出所は、国民が納める税金のほか、電気料金に含めて国民から集め国庫や原発立地自治体に収めさせるものであり、いずれにしても国民の負担によっている。

 福島原発事故では、ひとたび重大事故が起きた場合の被害の大規模さ、収束に向けたコントロールの困難、少なからぬ自殺者まで出す深刻さ、現実化した将来世代への付け回しなど様々な原発の問題点が露呈された。それらとともに、現時点で大島教授が算定したような原発コストも含めて評価すれば、今後のエネルギー政策の選択肢としては段階的な脱原発以外にはあり得ないはずである。

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