命は授かりもの、自然は預かりもの

今回の風の便りは、雑誌ドミンゴ3号(技術評論社)に中村隆市が執筆した
原稿の一部を掲載します。

<デポジット法制化運動に取り組む・妹川征男さん>

地球環境の危機的な状況を前にして、政府や経済界も表向きには、「持続可能な
循環型社会を創造しなければならない」と強調している。しかし、具体的な取り
組みになると、環境税にしてもデポジット制度にしても法制化することを拒んで
いる。そんな大きな壁に挑戦し続けているのが、福岡県遠賀郡芦屋町に住む妹川
征男さんである。

芦屋という海辺の美しい町に移住する前、妹川さんは工場が林立する町に住んで
いた。工場から吐き出される煤煙は、多くのゼンソク患者を生み出していたが、
妹川さんの家は、その煤煙の吹き溜まり場所に位置していた。

 当時3歳だった長女は、やがてゼンソクの発作をおこすようになった。ヒュー
ヒューという呼吸音、死人のような顔色の我が子を前に、おろおろするばかり。
真夜中に救急車で病院に駆け込み、小さな腕に数時間かけて点滴が施された。そ
の原因である工場からの煤煙は、いつも闇夜に紛れて吐き出されていた。それを
見るにつけ、妹川さんの心には怒りが込み上げてきた。

 病院からは公害認定の申請を打診され、また「親として子どもの健康と命を思
うならばこの土地から離れなさい」とアドバイスを受ける。我が子を車に乗せて
少しでも良い空気を吸わせるために近隣の地域に出かけながら、移住先を探した。
そして、ようやくたどり着いたのが「オゾンと緑の町」遠賀郡芦屋町だった。途
端にゼンソクは完治し、自然と共生するありがたさを身に沁みて感じたという。

 豊かな自然を想うとき、妹川さんは自分が少年時代を過ごした風景をそこに重
ね合わせる。近くの山ではセミやカブトムシを、菜の花・れんげ畑ではトンボや
蝶を追いかけた。だが、その故郷も開発の波が押し寄せて消滅した。
「素晴らしい自然を次の世代に引き継ぐ」ことは今を生きる大人の責務だと強く
感じるようになった妹川さんは、環境保護運動に関わるようになっていった。

 1980年、火薬庫反対運動は「命と自然環境を守る闘い」と位置づけ、事務
局長として地域住民と共に7年間運動を展開し、完全撤去に追い込んだ。198
9年には「芦屋町の自然を守る会」を結成、沖合いからの海砂を運ぶトラック運
搬阻止に取り組む。さらに1990年、400億円という莫大な投資で、芦屋海
岸を埋め立てる玄海レク・リゾート計画を中止追い込むなど、数々の市民運動の
先頭に立ってきた。 

ゴミ問題は環境問題解決への第一歩
?デポジット制の導入?

 娘をゼンソクから解放してくれた美しい自然と空気に恵まれたた芦屋町は、遠賀
川が60キロに及ぶその旅を終える海辺の町である。遠賀川に捨てられたゴミが、
最後にたどり着く場所であり、その大量のゴミに直面しなければならない場所で
もあった。不法投棄された大量のゴミが大雨によって上流域から押し寄せ、河口
堰と海面を覆いつくす。

 ゴミは漁港にまで入り込む。漁船のスクリューに絡みつくゴミのため、漁船は
出漁することさえできない。絶えることなくゴミは運ばれ続け、ごみの墓場のよ
うな光景が海岸線に広がる。ごみのない浜辺と遠賀川をめざして、いくら清掃活
動に取り組んでも、流れ着くゴミは無くならない。清掃活動が無意味なものに感
じられてしまう。

「もう、善意やボランティア活動だけに頼っている段階ではない。使い捨て経済
社会から資源を節約する経済活動を目指さなければならない。資源循環型社会を
構築するしかない」という思いでデポジット法制化運動を立ち上げ全国に発信し
た。

 デポジットとは製品の価格に預かり金を上乗せして販売し、返却の際に預り金
を払い戻す制度だ。現在の流通システムは「製造者はつくりっぱなし、販売業者
は売りっぱなし、私たちは使いっぱなし」という動脈経済だ。デポジット制度は
逆流通システムの静脈経済であり、回収率は抜群。その結果、リフューズ(不使用)
・リデュース(削減)・リユース(再使用)というインセンティブを促す。

 こうした仕組みは、欧米のみならず、韓国や台湾などでも導入されている。
そこでは、事業者(生産者・販売業者)の処理責任を明確化し、リサイクルシス
テムも定着している。特に韓国では空き缶、ペットボトルなどの飲料容器だけで
なく、洗剤・塗料容器、タイヤ、ガラスびん、有害物質の容器、電化製品と、対
象になるものが幅広い。

 日本でも、デポジットの実践に取り組んでいる島がある。大分県、姫島村だ。
この村では、1984年にデポジット制度を導入し、現在も実施している。
 妹川さんたち仲間は、早速この村を訪れた。国東半島北部の伊美港からフェリー
に乗り、周防灘の潮風に当たりながら25分。その船内から、すでにデポジットの
実践は始まっていた。缶の底に預かり金10円と記された丸いシールが張ってあ
る缶ジュース。さらに、姫島に着くと港の前には「空き缶の投げ捨て防止 デポ
ジット方式実施中」と書かれた大きな看板が否応なしに目に付いた。道路、海岸
線に空き缶はまったく目に触れない。

 1982年、大分県は、離島の姫島村をローカルデポジットのモデル地区に指定
した。島では84年から86年までを試行期間として「姫島村空き缶などの散乱
の防止による環境美化に関する条例」を制定し、県、姫島村、村商工会、区長会、
老人会、学校、小売店などの代表による「デポジット・システム運営協議会」を
設置。この間、回収状況が85パーセントを超え、デポジット事業の効果も表れ、
村民や小売店の全面的な協力そして観光客の理解もあって現在も続けられている。

 「デポジット制度はメーカーの協力を得て全国一斉にやらないと自治体が単独
でやるには限界がある。全国一律のデポジット法制化になれば村としても助かる」
と姫島村の職員は語る。また「デポジット制度が導入されてもう十数年になる。
子どもたちが空き缶を捨てるようなことはありません。物を大事にするという意
識が育ち、大人もそれに影響を受けて環境意識が高まっているのではないでしょ
うか」と語るのは活魚料理店の女将さん。

「デポジット制度導入がインセンティブとなってごみ問題の解決に良い影響を与
えている」と確信した妹川さんは、さらなる法制化運動を進めようと決意する。

デポジット法制化運動の展開
国に対する意見書採択に向けて

 1998年5月、妹川さんたちは先ず地方議会から「デポジット制度導入を求め
る意見書」を国に提出するよう要請活動をおこなった。2年足らずで、福岡県議
会を含め98の市町村議会全てが意見書を採択し、旧環境庁を始め関係省庁に提
出した。意見書採択運動と平行して、市民に対するデポジット制度の啓発運動と
署名活動を展開。環境保護団体、一般市民、自治労、生協、地球村、そして日本
をきれいにする会、全国のありとあらゆる賛同者から署名簿とカンパが寄せられ
た。こうしてデポジット法制化運動は議会、行政、市民に確かな広がりを見せ始
め、目標をはるかに超えた15万8000筆という署名簿は、ダンボール大箱15個
分となった。

デポジット制度導入に関するアンケート調査

 1999年7月、福岡県内98全自治体に対するデポジット制度導入に関するアン
ケート調査に対して、全ての自治体から回答が返ってきた。90%を超える自治体
がデポジット制度導入に賛成した。賛成する大きな要因は分別収集による行政負
担の軽減、総合的な環境問題の改善など、その効果は計り知れないものがあると
いうのだ。妹川さんたちは、このように議会、行政、市民が賛同するデポジット
制度導入にメーカーが反対し、政府が及び腰であることの要因を知るために学習
を重ねていった。

 

デポジット全国集会の開催と国会請願行動

 2000年2月、署名簿を持参して、遠賀川流域の環境保護団体の代表など27名
の仲間と共に上京。署名運動を通して知り得た北海道、新潟、三重、広島、高知、
山口などの仲間たち20数名も署名数6万筆を持参して上京。合計21万8000筆
を国会に提出した。

 しかし、「デポジット制度はメーカーの負担が大きく、消費を鈍らせる」とい
う業界と経済界の意向を重視する国の厚い壁をうち破ることはできなかった。
だが、それで諦める妹川さんではない。現在は、「国民の願いを伝えるために」
全国のあらゆる団体からデポジット法制化の賛同署名を集め続けている。 

産業廃棄物処分場の環境汚染

 遠賀川では、下流だけでなく、その上流にも深刻な環境問題が起きている。
飲料水として70万人の命を守る遠賀川の源流に産業廃棄物処分場がつくられ、
その汚水が遠賀川に注いでいる事実を知って、妹川さんは早速、現場に駆けつ
けた。場所は福岡県筑穂町。

 「産廃処分場の前には、真っ黒の池が広がり、奥の処分場内には、巨大なゴミの
山が広がっていました。一般廃棄物、生ゴミ、ビニール、ドラム缶、ペットボト
ル。この汚水池はプールのような貯水槽ではなく、何の処理もされないまま、汚
水が地下に浸透していました。なによりの驚きは「安定型」の処分場にこのよう
な汚水池ができ、そこから異臭が発生していたということです。安定型とは文字
通り、捨てられたモノが風雨や直射日光に晒されても、寒暖の差があっても有害
物質を排出せず、付近の環境を汚染する危険性のないモノだけを捨てることので
きる処分場のことです。安定型処分場でこのように異臭を放つ汚水池ができるこ
と自体が問題であり、違法操業を行っていることを証明していました。」

 地元では、悪臭が漂い、井戸水が飲めなくなっていた。また、この汚染により、
保育園も撤去しなければならなかった。被害は筑穂町の住民だけではなく、遠賀
川の水を飲むすべての人々に及ぶ。(中略)

そして、妹川さんはこう付け加える。
「市民が意思表示をしないと行政は動きませんから、県や土木事務所に対して申
し入れや公開質問状を投げかけてきました。市民の環境保全意識の向上が行政を
動かし国を動かしていく原動力になります。環境保全意識の向上には、環境問題
の本質と歴史的背景を認識し、環境運動と環境教育を進めて行く必要があります。
北欧など環境先進国に比べて日本は20年遅れています。」

 
 妹川さんは、環境運動に取り組むだけではなく、自らの暮らしもエコロジカル
である。ビールは必ず瓶ビールを購入。出かけるときには水筒を持参。合成洗剤
はもちろん使わず、自宅の畑では生ごみを有効利用し無農薬で野菜をつくる。
スローライフを実践し、ゆっくりと物事に取り組むことが好きな妹川さんだが、
環境問題に関してだけは「一刻も早く、皆が力を合わせて取り組まないと取り返
しのつかないことになる」と危機感を募らせる。

インタビューの最後に妹川さんは、こんなメッセージを寄せてくれた。
「ゴミ問題は、あらゆる環境問題解決の第一歩。命は授かりもの、自然は預かり
もの。未来に生きる子どもたちが健やかに生きていける環境を残したいですね。」

プロフィール 妹川 征男(いもかわ いくお)

職業・・・高校教諭 60才、妻と子供3人。
趣味・・・自然農法による野菜づくり、釣、登山。

デポジット法制化を求める事務局 事務局長
https://www.windfarm.co.jp/deposit/

芦屋町の自然を守る会 事務局
遠賀川の水を考える会 事務局
遠賀川流域住民の会  世話人
「環境教育ふくおか」代表

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