“奇跡的”に残された湿地が埋められる

“奇跡的”に残された神奈川県最大の湿地が残土処分で埋められる

 ■北川湿地(神奈川県)<上>

「1週間前にはあそこに木が茂っていました。ここ数日、工事が急ピッチで進んでいます……」

 次々と木が切り出されては、ブルドーザーやトラックが走り回る湿地を眺めて、地元住民の中垣善彦氏は嘆いた。

 北川湿地は、神奈川県に残された最大の平地性湿地だ。面積は約22haで、京浜急行電鉄の終点である三崎口駅から10分ほど歩いた場所にある。急峻なすり鉢状の谷戸に雑木林が広がり、地元の人でも身軽な格好では行くことができない。

「だからこそ奇跡的に、約100種類もの希少種が生き延びてこられたのだと思います」

 中垣氏が北川湿地を知ったのは4年前、偶然入り込んだこの湿地の魅力にハマった。

「地元にこんな場所があったとは! と驚き、すぐに生物の調査を始めたんです」

 すると、希少種が続々と発見された。ある日、ホタルの餌となるカワニナを大量に発見した中垣氏は「ホタルがいるに違いない」と確信。6月の夜、仲間とともに湿地に入り、乱舞する無数のホタルを発見した。

内容を見て驚いた…環境影響予測も生物保全対策も“テキトー”
■北川湿地(神奈川県)<中>

 今年4月上旬、その北川湿地を残土処分場に変えるべく「開発」の手が入った。搬入予定の残土は220万立方メートル。ドラム缶換算で1100万本もの土が谷を埋めることになる。

 この地域の開発は、’70年に三浦市が北川湿地とその周辺を市街化区域に指定したことから始まった。まず、京急が宅地開発のために地権者から土地を購入したのだ。それに加えて、京急は三崎口駅から北川湿地経由で鉄道を延伸し、海岸道路を造る計画を描いていた。しかし、計画はなかなか進まず、三浦市がその計画に合意したのは’95年。バブルが崩壊し、もう簡単に宅地が売れる時代ではなくなっていた。そして’05年、京急は鉄道延伸計画を廃止し、「発生土(残土)処分場」建設事業計画を提出。’06年の三浦市の経済対策委員会で、京急の角田修・地域開発本部長は「残土を湿地に入れることで整地し、住宅の価格や価値を上げたい」と説明した。

 一方、三浦市はどのように考えているのだろうか? 吉田英男市長は本誌の取材にこう回答した。

「6か月の準備工事の後約7年間、土砂の受け入れを行う予定。当該事業区域を含む三戸地区宅地開発区域(50ha)は『三浦みらいプラン21』で三浦市の顔となる高質な住宅地の整備と位置づけています。事業期間の7年間のうちに景気も回復し、街づくりが速やかに開始されることに期待しています」

 京急側はこう説明する。

「当初、北川湿地を含む三戸・小網代地区約160haはすべて開発される予定でしたが、そのなかに約70haの保全区域を儲けるなど、環境に配慮してきました。また、約40年間この計画に関わってきた地権者の方々の意向も無視できません」(地域開発本部地域開発担当課長・中山安司氏)

 三浦市の人口はここ15年間ずっと減少し続け、地価もピーク時と比べて半減している。市内で計画されていた住宅開発やホテル開発などの大型事業は、ことごとく失敗または中断している。新たに宅地造成をしても売れる見通しもない。しかし京急と三浦市は計画を見直すことなく、開発を強行しようとしているのだ。

 ’06年10月、京急は残土処分にあたっての環境影響予測評価書案を県知事に提出したが、これが公開されたのは’08年5月。三浦半島在住の生物教師・横山一郎氏は、その内容を見て驚いた。

「フクロウやアカハラなどの存在は無視、ニホンアカガエルやサラサヤンマなどの希少種は『湿地の周辺にも広く存在する』と軽視されていました。さらに、ホタルやメダカは移植して保全するという。20ha以上の広さに棲む生物を、わずか3haのビオトープに詰め込むといういい加減さです。しかも、移植先に定着できたかどうかの確認をする間もないまま、すぐに工事を進める予定なんです」

 危機感を持った横山氏や中垣氏らは’08年10月、「三浦・三戸自然環境保全連絡会」を結成。以降、京急との話し合いを求めたり、住民へのシンポジウムを開いたりといった活動を行ってきた。

「京急は誠意のない対応を続けています。地元住民にも何度か着工説明会を開催していますが、三戸地区の住民だけに限定されていて、私のような周辺住民や市会議員も参加できないんです。しかも、参加者によると反対できる雰囲気ではなく、担当者は『工事は市との間でもう決まったことです』『この場は工事の是非を議論する場ではなく、工事の内容をお知らせするだけです』と明言していたとか」(中垣氏)

 ■北川湿地(神奈川県)<下>

 第三者機関もこの開発を「問題あり」と判断している。’09年4月、県環境影響審査会が「京急の評価書案では環境保全は不十分」であり、「(この事業が実施されると)この豊かな生態系の大部分を喪失することとなる」との答申を出したのだ。しかし、京急はこの答申をほとんど反映させることなく、翌5月に環境影響予測評価書を県に提出した。そして7月、県は事業を許可し、北川湿地に工事用の取り付け道路建設が始まった。

 これに対して周辺住民10人が11月に県公害審査会に調停を申し立てたところ、京急は調停の1回目に「打ち切り」を主張してきた。そのため「最終手段」として’10年3月、京急に工事差し止めを求めて提訴したのだ。

「首都圏で、これだけ豊かな自然が残されている場所というのは本当に貴重。北川湿地の周辺には小網代の森と干潟、南関東最大級の弥生遺跡もある。見通しの暗い宅地開発を無理に行うよりも、グリーンツーリズムなど地域独自の魅力を生かしたビジネスを考えたほうが、京急にとってもビジネスチャンスになると思います」(横山氏)

大人も子どもも手をつないで2000人の大きな輪を

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