2013/03/28

福島原発事故で放出された放射能 90万→360万テラベクレルか?

福島原発事故で「放出された放射性物質の量」の発表数値がだんだん増加している。また、海外では、福島の放出量をセシウム137がチェルノブイリの50%で、キセノン133の放出量は、チェルノブイリの総放出量よりも多いと発表している研究所もある。

大気中への放出量
37京ベクレル→63京ベクレル→77京ベクレル→90京ベクレル
(東電発表 大気中90以上+海15以上=105京ベクレル以上

NHKの報道によれば、(東電発表で)2011年3月に大気中に放出された放射性物質の量が「90京ベクレル」3月から半年間に海に放出された放射性物質の量が「15京ベクレル」合計すると少なくとも原発事故から半年間のうちに合計で「105京ベクレル以上」が放出されている。

1、事故の翌日から3月末まで(約20日間)に大気中に放出された放射性物質の量=90京ベクレル
2、海水データがある2011年3月下旬から半年間に海に放出された放射性物質の量=15京ベクレル

仮に海への放出が同じペースで続いていた場合、2年間で15京ベクレルの4倍の「60京ベクレル」になる。

90京ベクレルは、旧ソ連チェルノブイリ原発事故での放出量の約17%で、105京ベクレルは20%、150京ベクレルは29%にあたる。海外の研究所では、セシウム137がチェルノブイリの50%で、キセノン133の放出量は、チェルノブイリの総放出量1.4×1019Bqよりも多いと発表している。

熊日新聞 90万テラベクレル


東電 90京ベクレル放出を公表
(2012年05月24日 NHK「かぶん」ブログ)を要約

東京電力は、事故の翌日から3月末までに外部に放出された放射性物質の量について、試算した。その結果、ヨウ素131とセシウム137の放出は合わせて90京ベクレルで、原子力安全委員会や保安院が公表した値よりも多く、チェルノブイリ原発事故の放出量の17%余りとなっている。一方、海に放出された放射性物質の量については、海水の放射性物質の濃度などから推定し、海水のデータのある去年3月下旬から半年間の放出量を15京ベクレルとしている。


【過去に発表された数値の振り返り】

放射性物質放出量はチェルノブイリの1割 37万~63万テラベクレル
(2011/04/12 11:17 共同通信)

 原子力安全・保安院によると、福島第1原発事故による放射性物質の放出量はチェルノブイリ原発事故の1割とみられる。大気中への放出量について原子力安全・保安院は37万テラベクレル、原子力安全委員会は63万テラベクレルと推定。レベル7の基準である数万テラベクレルを大きく上回る

放出77万テラベクレルと修正 第1原発、推計の2倍強
(2011/06/06 21:50 共同通信)見出しのみ

大気放出は90万テラベクレル 原発事故の放射性物質  東電試算、事象ごと量も
 (2012年5月24日、共同通信)全文

 東京電力は24日、福島第1原発事故で大気中に放出された放射性物質の総放出量が昨年3月だけで90万テラベクレル(テラは1兆)に上るとの試算を明らかにした。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故では520万テラベクレルが放出されたと推定されている。

 東電は、原発周辺のモニタリングポストで測定した線量値や文部科学省の土壌汚染データなどを基に放出量を推定した。これまでに経済産業省原子力安全・保安院や原子力安全委員会が公表した放出量より多い。

 東電が試算したのは、東日本大震災で事故が発生した翌日の3月12日から31日までの放出量。原子炉格納容器から放射性物質を含む蒸気を外部に排出するベントや建屋の水素爆発など事象ごとの量も公表した。

 東電のデータによると、12日に1号機建屋が爆発した際には4600テラベクレルが、14日に3号機建屋が爆発した際は1060テラベクレルが大気中に出た。

 放出量がピークだったのは15、16日で、東電は1~3号機の原子炉格納容器が高温で劣化し、容器上部から蒸気とともに大量の放射性物質が漏れたと推定している。


福島汚染、主因は2号機 東電発表 3号機も大量放出
(2012年5月25日0時19分 朝日新聞)から抜粋

 東京電力は24日、福島第一原発事故で大気に放出された放射性物質の総量を90京(けい)ベクレル(京は兆の1万倍)とする試算結果を発表した。2号機からが最も多く、昨年3月15日、主に2号機からの放出で原発の北西地域が激しく汚染されたとする説を裏付けた。16日にも海の方角へ大量放出があったらしいこともわかった。東電は「3号機から」としているが、詳しくは不明だ。

 東電は、昨年3月12日~31日の期間の大気への放出量を評価。90京ベクレルは、経済産業省原子力安全・保安院が昨年6月に示した77京ベクレルの約1.2倍。旧ソ連チェルノブイリ原発事故での放出量の約17%にあたる。

 1~3号機からの放出量の内訳は、1号機13京ベクレル、2号機36京ベクレル、3号機32京ベクレル。発電所周辺の空間放射線量の値などをもとに割り出した。放出源が判明しないものも11京ベクレルあった。定期検査中だった4号機からの放出はない、とした


東電 90京ベクレル放出を公表
(2012年05月24日 NHK「かぶん」ブログ)全文

東京電力福島第一原子力発電所の事故で、外部に放出された放射性物質の量は、これまで国などが試算した値よりも多い90京ベクレルで、大半は、水素爆発やベントによる放出ではなく、メルトダウンによって格納容器が閉じ込め機能を失い放出されたなどとする評価結果を東京電力が公表しました。

東京電力は、事故の翌日から3月末までに外部に放出された放射性物質の量について、メルトダウンした燃料の解析や原発周辺で計測された放射線量、それに土壌の放射性物質の量などから試算しました。

その結果、ヨウ素131とセシウム137の放出は合わせて90京ベクレルで、原子力安全委員会や保安院が公表した値よりも多く、チェルノブイリ原発事故の放出量の17%余りとなっています。

これを水素爆発などの実際に起きた事象との関係で詳しく分析すると、▽建屋の水素爆発に伴う放出は合わせて0.5京ベクレル、▽ベントに伴う放出は0.1京ベクレルと少なく、放出量の大半は、メルトダウンによって格納容器の配管の貫通部などが壊れて閉じ込め機能を失い放出されたと評価しています。

また、各号機ごとの放出量について、2号機と3号機がそれぞれ全体の4割、1号機が残り2割で、4号機からの放出はなかったとしています。

さらに、時系列で放出をみると、最も多くの放射性物質が放出されたのは、3月16日午前10時からの3時間で、3号機から18京ベクレル放出したとしています。
この時、3号機の格納容器の圧力が下がっていますが、東京電力は、どのような経路で放出したかは分かっていないとしています。

一方、海に放出された放射性物質の量については、海水の放射性物質の濃度などから推定し、海水のデータのある去年3月下旬から半年間の放出量を15京ベクレルとしています。

東京電力が詳細な放出量の試算を公表したのは初めてで、試算に1年以上かかったことについて、東京電力は「水素爆発などの事象との突き合わせや、数値に誤りがないかの確認に時間がかかった。今回の評価が適切か、国やほかの研究機関とも相談しながら検証を進めたい」と話しています。


放出77万テラベクレルと修正 第1原発、推計の2倍強
(2011/06/06 21:50 共同通信)全文

 記者会見する東京電力の松本純一原子力・立地本部長代理。左は原子力安全・保安院の西山英彦審議官=6日午後、東京・内幸町の本店

 経済産業省原子力安全・保安院は6日、福島第1原発の1~3号機すべてでメルトダウン(炉心溶融)が起き、最も早い1号機では地震から約5時間後の3月11日午後8時に原子炉圧力容器が破損したとの解析結果を発表した。また発生から数日間に大気中に放出された放射性物質の量は77万テラベクレル(テラは1兆)と、従来の推計を2倍強に上方修正した。事態が東京電力の解析より急速に進んでいたことを示しており、事故の深刻さと汚染規模の大きさを裏付けた。

 政府は今回の解析を反映させた報告書をまとめ、今月下旬にウィーンで開かれる国際原子力機関閣僚級会合に提出する。


福島原発事故、最悪「レベル7」 チェルノブイリ級に
(2011年4月12日 朝日新聞)全文

 福島第一原発の事故について、経済産業省原子力安全・保安院と原子力安全委員会は、これまでに放出された放射性物質が大量かつ広範にわたるとして、国際的な事故評価尺度(INES)で「深刻な事故」とされるレベル7に引き上げた。原子力史上最悪の1986年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故に匹敵する。放射性物質の外部への放出量は1けた小さいという。12日午前に発表した。

 保安院は3月11日の事故直後、暫定評価でレベル4としていた。放射性物質が原子力施設外に放出されるような事故はレベル4になり、それ以上は、外部に放出された放射性物質の量でレベルが決まってくる。

 18日に79年の米スリーマイル島原発事故に匹敵するレベル5に引き上げた。レベル5は放射性ヨウ素に換算して数百~数千テラベクレル(テラは1兆倍)の放出が基準だ。その後、放出された放射性物質の総量を推定したところ、放射性ヨウ素換算で37万~63万テラベクレルになった。INESの評価のレベル7にあたる数万テラベクレル以上に相当した。東京電力によると、全放射能量の1%程度にあたるという。福島第一原発では今でも外部への放出は続いている。

 チェルノブイリ事故では爆発と火災が長引き、放射性物質が広範囲に広がり世界的な汚染につながった。実際の放出量は520万テラベクレルとされている。福島第一原発の事故での放出量はその1割程度だが重大な外部放出と評価した。評価結果は国際原子力機関(IAEA)に報告した。

 福島第一原発では、原子炉格納容器の圧力を逃がすため放射性物質を含む水蒸気を大気中に放出した。さらに地震後に冷却水が失われ核燃料が露出して生じたとみられる水素によって、1、3号機では原子炉建屋が爆発して壊れた。

 2号機の格納容器につながる圧力抑制室付近でも爆発が起こったほか、4号機の使用済み燃料貯蔵プールでの火災などが原因で放射性物質が大量に放出されたと見られている。内閣府の広瀬研吉参与(原子力安全委担当)は「3月15~16日に2号機の爆発で相当量の放出があった。現段階は少なくなっていると思う」と話した。

 東京電力原子力・立地本部の松本純一本部長代理は会見で「放出は現在も完全に止まっておらず、放出量がチェルノブイリに迫ったり超えたりする懸念もあると考えている」と話した。

 ただ、原発周辺や敷地の放射線量の測定結果は3月15~21日に非常に高い値を示していたものの、その後低下している。4月10日に非公開で開かれた安全委の臨時会で保安院の黒木慎一審議官は「最悪の事態は今は脱した」と報告している。(香取啓介、竹石涼子、小堀龍之)


福島原発の放射性物質、チェルノブイリを下回る=オーストリアの研究所
(2011年3月24日 ロイター)

 [ウィーン/オスロ 23日 ロイター] オーストリア気象地球力学中央研究所は23日、福島第1原発の事故後3─4日間に放出されたヨウ素131とセシウム137の量が、旧ソ連チェルノブイリ原発の事故後10日間の放出量の約20─50%に相当するとの試算を明らかにした。

 日米の測定結果を基に算出した。

 同研究所によると、事故後3─4日間のヨウ素131の放出量は、チェルノブイリ原発の事故後10日間の放出量の約20%

 セシウム137の放出量は、同約50%に達する可能性があるという。

 フランスの放射線防護原子力安全研究所(IRSN)は22日、福島原発の事故で漏えいした放射性物質の量はチェルノブイリ事故の約10%との見解を示している。 

 チェルノブイリの事故では原子炉が爆発したが、福島原発の事故では放射性物質が比較的ゆっくりと漏えいしている。

 一方で、放射性物質が陸上に拡散したチェルノブイリとは異なり、福島原発の事故では放射性物質の多くが太平洋上に飛散しており、両事故の比較は難しい。


放射性物質はどのくらい放出された?
(2011年10月27日号 Nature 478, 435-436)から抜粋

ノルウェーの研究チームにより、新たに福島第一原発事故で大気中に放出された放射性物質の総量が計算され、政府が6月に発表した推定放出量よりもずっと多いという報告があった。

世界各地で観測された放射能データを組み合わせて大気中の放射性物質の量とその流れを推定した結果、福島第一原子力発電所の事故では、政府の推定よりもはるかに大量の放射性物質が放出されていたという研究が、Atmospheric Chemistry and Physics に発表された1。さらに、日本政府の主張とは裏腹に、4号機の使用済み核燃料プールから大量のセシウム137(半減期が長く、長期にわたって環境を汚染する物質)が放出されていたとも報告しており、もっと迅速に対応していれば、これほど大量の放射性物質が放出されずにすんだかもしれないと述べている。論文はオンライン掲載され、現在、公開査読を受けている。

研究チームを率いたのは、ノルウェー大気研究所(シェラー)の大気科学者 Andreas Stohlだ。Stohlは、自分たちの分析は、これまで行われてきた福島第一原発から放出された放射性物質の量についての調査研究の中で、最も包括的なものであると自負している。スウェーデン防衛研究所(ストックホルム)の大気モデル作成の専門家 Lars-Erik De Geerは、今回の研究には関与していないが、「非常に価値のある成果です」と評価している。

原発事故による放射性物質の放出過程の再現は、日本国内をはじめ世界各地にある数十か所の放射性核種モニタリングステーションで観測されたデータに基づいて行われた。その多くは、包括的核実験禁止条約機構(オーストリア:ウィーン)が核実験の監視のために運用している世界規模での観測ネットワークに属する。このデータに、カナダ、日本、ヨーロッパの独立観測ステーションのデータも付け加え、これらをヨーロッパと米国が保管している広域気象データと組み合わせた。

ただし、Stohl は、自分たちが作成したモデルは完全にはほど遠いものだとして注意を促している。原発事故発生直後の測定データが非常に少ないうえ、一部のモニタリングポストは放射能汚染がひどく、信頼できるデータが得られなかったからである。より重要なのは、原子炉から何が放出されたのかを知るためには、原子炉内で何が起きたのかを厳密に知らなければならないのだが、いまだ明らかになっておらず、永久に謎のままかもしれないという事実である。「チェルノブイリ事故から25年後もたった今でも、その推定値は不確かな部分が非常に多いのです」と Stohl は言う。

それでも、今回の研究は、福島第一原発事故を全般的に調査したものであり、De Geer は、「Stohl らは真に地球規模の視点から、現在入手できるかぎりのデータを利用して推定しています」と話す。

政府の発表

3月11日の地震後に原発で起こった出来事については、すでに日本の研究者たちが詳細な経緯を推定している。福島第一原発電の6機の原子炉が激しい揺れに見舞われた50分後、巨大津波が襲来し、緊急時に原子炉を冷却するための非常用ディーゼル発電機が破壊された。それから数日の間に、地震発生時に稼働していた3機の原子炉が過熱して水素ガスを発生し、次々に水素爆発を起こした。定期点検のために停止していた4号機では、核燃料は使用済み核燃料プールに貯蔵されていたが、3月14日にこのプールが過熱し、おそらく数日にわたり建屋内で火災が発生した。

一方で、原発から放出された放射性物質の量の解明は、事故の経過の再現に比べてはるかに難しい。政府が6月に発表した『原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書 ―東京電力福島原子力発電所の事故について―』では、今回の事故により放出されたセシウム137は1.5×1016ベクレル(Bq)、キセノン133は1.1×1019Bqと推定している2。セシウム137は半減期30年の放射性核種で、原発事故による長期的汚染のほとんどの原因となっている。一方、キセノン133はウラン235の崩壊によって放出される半減期約5日の放射性核種であり、原発事故や核実験の際、初期に観測される。

ところが、Stohl らが原発事故の再現結果に基づいて推定した放出キセノン133の量は1.7×1019Bq、セシウム137の量は3.5×1016 Bqで、政府の見積もりよりキセノンが約1.5倍、セシウムが約2倍となった。

キセノン133の放出量は、チェルノブイリの総放出量1.4×1019Bqよりも多いことになる。だが、De Geer によれば、チェルノブイリでは爆発した原子炉が1機であったのに対して、福島の事故では3機も水素爆発したことで説明できるという。また、キセノン133は生体や環境に吸収されないため、健康に深刻な影響を及ぼすおそれはない。 問題なのは、数十年にわたり環境に残存するセシウム137だ。Stohl らのモデルの値は、チェルノブイリ事故での放出量の約1/2に相当する。De Geer は、このような高い値が出たことを懸念している。今後、セシウム137が人々の健康に及ぼす影響を明らかにするためには、現在行われている地表での測定を進めていくしかない。

さらに、Stohl らは、4号機の使用済み核燃料プールに貯蔵されていた核燃料が、莫大な量のセシウム137を放出していた可能性を指摘している。政府はこれまで、プールからは放射性物質はほとんど漏れ出していないと主張してきた。しかし、研究チームのモデルでは、プールへの放水をきっかけに原発からのセシウム137の放出が激減したことが、はっきり示されている(図「原発事故の経過」参照)。つまり、もっと早い段階から4号機プールへの放水を行っていれば、放射性物質の放出をもっと抑制できたかもしれないのだ。

しかし、政府は、使用済み核燃料プール自体に大きな損傷はなく、使用済み核燃料が重大な汚染源になったとは考えられないと主張している。政府による公式推定値の算出にかかわった日本原子力研究開発機構(茨城県東海村)の茅野政道(ちのまさみち)は、「4号機から放出された放射性物質は多くはなかったと思います」と言う。だが De Geer は、核燃料プールの関与を含めた今回の新しい分析は、「説得力があるように見えます」と語る。

さらに今回の分析は、もう1つ新たなデータを提示している。地震の直後、津波が福島第一原発に襲いかかる前から、キセノン133が漏れ始めていたというのだ。つまり、原発は、津波が襲来する前から、地震によって損傷していたことになる。政府の報告書でも、福島第一原発電を襲った揺れの大きさが、原発設計時に想定されていた揺れを上回っていたことを認めている。反原発の活動家は、以前から、政府が原発を認可する際に地質学的な危険を十分に考慮していないと主張しており(Nature 448, 392-393; 2007)、今回のキセノンの大量放出は、原発の安全性についての評価方法の再考を促すことになるかもしれないと、山内は言う。

この事故で、首都圏はどうだったのか。実は、原発事故により甚大な被害を受けるおそれがあった。事故直後の数日間は、風は海に向かって吹いていたが、3月14日の午後、風向きが変わって陸に向かって吹き始め、セシウム137が東北南部から中部地方にまで広がっていった(図「放射性物質の拡散」参照)。実際、15日夜から16日未明にかけて雨が降った栃木県と群馬県の山間部では、のちに土壌から比較的高濃度の放射性物質が検出された。一方、首都圏では、そうした高濃度の放射性物質が上空を通過したときに、たまたま雨が降らなかったことが幸いした。「この時期に雨が降っていたら、東京も今よりずっと深刻な事態になっていたかもしれません」と Stohl は言う。(編集部註:ただし、(独)国立環境研究所の空間線量測定とシミュレーションによれば、21日から22日にかけても放射性物質が南関東に流れ込んだことが示されている。このときは、雨が降っていたため、南関東でも一部の地域で比較的高い線量が観測されていると思われる。)

(翻訳:三枝小夜子)

Nature原文 


チェルノブイリ事故との比較 福島第一原発事故との比較
(2013年3月28日現在 ウィキペディア)見出しのみ(参考サイト)


福島第一原子力発電所事故 放射性物質放出 事故重大度の評価
(ウィキペディア 2013年3月28日現在)から抜粋

2号機から放出された高濃度汚染水が含む放射性物質の量は、東京電力発表の水量と濃度[76]に基づけば330京 Bqである(詳しい計算とレベル7のチェルノブイリ原子力発電所事故などとの比較は、#原発内の水の放射能汚染と海・地下への放出 参照)。一部は海洋や地下水に漏れた[77][78]。

[79]^ “Fukushima nuclear cesium fallout equals 4,023 Hiroshima bombs”. examiner.com. (2012年3月25日)

Fukushima nuclear cesium fallout equals 4,023 Hiroshima bombs


福島原発事故によるキセノン133の放出量は16700ペタBqでチェルノブイリの2.5倍!!
(2013年03月13日 正しい情報を探すブログ)

オーストリア気象庁が福島原発事故のデータを解析した結果、福島原発事故によるキセノン133の放出量は16700ペタBqということが判明しました。この1万6700ペタBqという数字はチェルノブイリ事故の時に観測された値の2.5倍に匹敵する数値で、マスコミなどが報道している数値よりも遥かに高い数値となります。

オーストラリア気象庁 福島原発事故によるキセノン放出データ


<単位の読み方辞典>から抜粋
・テラ(T)tera 10の12乗
・ペタ(P)peta 10の15乗

NHKスペシャル メルトダウンFile5. 「知られらざる大量放出」
(2014年12月21日(日)午後9時15分~10時13分 NHK)

史上最悪レベルとなった東京電力福島第一原子力発電所の事故から3年半。私たちは果たしてこの事故を検証し尽くしたのだろうか?
事故直後から、独自の取材と専門家による科学的検証を重ね、事故の真相に迫り続けてきたシリーズ「メルトダウン」。今回は、いよいよ“レベル7”とされた深刻な「放射能大量放出」の全貌に迫る。これまで「吉田調書」で知られる政府などの公的な事故調査は、1号機から3号機、3つの原子炉が次々にメルトダウンした3月15日午前中までを重点的に分析してきた。しかし公的調査では、「放射能大量放出」の全体像の一部しか明らかにならなかった。NHKが独自につかんだ新たなデータが示したのは、これまで検証されてこなかった放射能大量放出の事実。その放出によって、大熊町・双葉町の住民の帰還を阻む高濃度の汚染や、3月末の首都圏での飲料水の汚染など深刻な事態が引き起こされていたのだ・・・。いったい現場では何が起きていたのか?番組では、この「知られざる大量放出」を徹底検証。これまで分かった事実と併せて、事故の全貌を浮かび上がらせ、今に突き付けられた課題を探っていく。

セシウム放出4京ベクレル 従来推計の2倍 気象研
(2012年2月29日 朝日新聞)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故によって大気中に放出された放射性セシウムの総量は、最大約4京(けい)ベクレル(京は兆の1万倍)に上るという試算結果を気象庁気象研究所などがまとめ、28日公表した。

 旧ソ連のチェルノブイリ原発事故での放出量の約2割に相当し、従来の国内外の機関による推計値の約2倍だ。今回は北太平洋79地点で採った海水の放射能の実測値をもとに計算したのが特徴で、これまでの試算に比べ、より実態に近いと期待される。

 原発事故で放出された放射性物質の3割は陸、7割は海に広がったとされる。そのため、海のデータを考慮しないと、正確な放出量を試算することは難しい。

 気象研の青山道夫主任研究官らは昨年4~5月時点の海水のセシウム濃度を測定。これをもとに、大気や海洋での拡散モデルを用いて原発から大気中への放出量を計算したところ、セシウムの総量は3京~4京ベクレルとなった。

 このほか、このうちの約7割にあたる大気から海への降下分と、東京電力が原発から海に放出した汚染水の放射能を合わせると、推定約2.4京~3京ベクレルが海に流出したと推定された。

 セシウム137の大気への放出量(1.5京~2京ベクレル)で比較すると、日本原子力研究開発機構の値は0.88京ベクレル。国内外の研究者が出したデータは0.7京~3.5京ベクレルとばらついていた。

 研究結果は茨城県つくば市内で開かれている「環境放射能」研究会で発表された。(岡崎明子)

     ◇

 東京電力は28日、福島第一原発の港で、作業船から海底に試験的にセメントを流し込む工事を始めた。海底を覆い、たまった放射性セシウムが巻きあがって沖合に広がるのを防ぐ。3~4カ月で完了させる。

 防波堤の内側の海底約7ヘクタールを覆う予定。試験注入では、どれぐらいの厚さで覆うと効果が出るかを確かめる。悪天候で海が荒れ、工事が中断していた。

※追加資料

危機後の大量放出で汚染深刻化
(2014年12月21日18時36分 NHK)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故で放出された放射性物質は、核燃料のメルトダウンや水素爆発が相次いだ事故発生当初の4日間ではなく、その後に全体の75%が放出され汚染を深刻化させていたことが、日本原子力研究開発機構の分析で分かりました。政府などの事故調査はこの時期に何が起きていたかを解明しておらず、専門家は「放射性物質の大量放出がなぜ長期化したのか、原因の解明が求められる」と話しています。

福島第一原発事故の規模は、放射性物質の放出量からチェルノブイリ原発事故と同じ「レベル7」とされていますが、放出の詳しい全体像は明らかになっていません。

日本原子力研究開発機構の茅野政道所長代理らの研究グループは、原発周辺などで観測された放射線量の新たなデータを集め、大気中への放出状況を詳しく分析しました。その結果、事故が起きてから放出がおおむね収まった3月末までに放出された放射性物質の量は47万テラベクレルと推定され、このうち、核燃料のメルトダウンや水素爆発が相次いだ3月15日の午前中までの4日間の放出量は全体の25%で、むしろ、その後の2週間余りで全体の75%を占める大量の放出が続いていたことが分かりました。

さらに、当時の気象条件を基に拡散の状況を解析したところ、15日の夕方から深夜にかけて起きた大量放出で、今も帰還困難区域となっている原発周辺の汚染が深刻化していたほか、20日の夜から翌日にかけての放出が関東地方など広範囲に広がり、一部の水道水の汚染などにつながったとみられることが分かりました。

今回の分析結果は、事故の進展を食い止められず危機的状態とされた当初の4日間のあとも放射性物質の大量放出を抑え込めていなかったことを示していますが、政府などによる事故調査は当初の4日間に重点が置かれ、その後の放出の原因については解明されていません。

茅野所長代理は、「今後の原発事故の防止や事故の早期の収束のためにも、なぜこのような放射性物質の大量放出が長く続いたのかを解明していかなければならない」と話しています。

福島県では12万人余が避難生活
福島県では、今も12万人余りが避難生活を余儀なくされているほか、深刻な汚染が残る「帰還困難区域」は、大熊町や浪江町など6つの市町村に広がっています。

大熊町で畜産業を営んでいた池田美喜子さん(57)は、今も自宅や牧場周辺で年間50ミリシーベルトを超える被ばくが想定されていて、およそ50頭の牛を残したまま避難生活を続けています。池田さんは、20キロ離れた避難先から牧場に通って餌を与えていますが、出荷することはできず、悩んだ末、生き物への放射性物質の影響を調べている大学の研究チームに、牛を提供することを決めました。

池田さんは、「牛がかわいいので、本当につらいですが、寿命が来るまで十分に栄養を与えられないまま育てているよりも、せめて人の役に立つならばと研究に協力しています。帰りたいのに帰れない。原発事故が悔しいです」と話しています。

「完全にやり残してしまった」
東京電力福島第一原子力発電所の事故を巡っては、政府や国会が設置した調査委員会のほか、東京電力も調査を行い、それぞれ報告書をまとめています。しかし、いずれも核燃料のメルトダウンや水素爆発が相次いだ3月15日の午前中までに調査の重点が置かれていて、今回、放射性物質の大量放出が明らかになった15日午後以降に何が起きていたのかは、ほとんど触れられていません。

政府の事故調査・検証委員会の委員長代理を務めた作家の柳田邦男さんは、「15日以前のことに圧倒的に重点が置かれていて、15日以降については、付随して起こったことくらいの意識しかなかった。いちばん謎の多い原子炉からの放射能漏れのような点は、さらに継続して調査するという点では、完全にやり残してしまった」と期間がおよそ1年に限られた当時の調査を悔やんでいます。

そして、政府が常設の調査機関を作るべきだとしたうえで、「被害を受けた人たちは、なぜ自分がこんな目に遭うのか、原因をはっきりさせてくれと考えている。こういうニーズに対して、国も電力会社も応えていかなければならない」と述べ、被災者に寄り添った調査を続けていく必要性を強調しています。

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