2014/09/05

チェルノブイリで急増した心筋梗塞が、福島でも急増している。他の病気も加えると、2年で1200人以上も死者が増えている

チェルノブイリでも福島でも、原発事故の後に心臓や血管の病気で亡くなる人(循環器系疾患)が急増し、その他の病気も増えています。福島県の急性心筋梗塞による死者は、原発事故前は2009年1355人、2010年1372人でしたが、2011年は1500人(2000年+128人)2012年は1591人(+219人)と2年間で347人も増加。さらに、結腸がんは108人増、消化器系の疾患119人増、腎不全101人増など8種類の病気も加えると(重複している可能性がある悪性新生物を除いても)原発事故の前年より1219人も死者が増加しています。

2012年福島県の死因ワーストランキング
(データは宝島から拝借 クリックすると画像が拡大できます)

チェルノブイリのように被害が拡大する前に、被ばく対策をとる必要があります。

北ウクライナの循環器系など病気増加グラフ

ベラルーシ科学アカデミーのミハイル・マリコ博士はこう言っています。「チェルノブイリの防護基準、年間1ミリシーベルトは市民の声で実現されました。核事故の歴史は関係者が事故を小さく見せようと放射線防護を軽視し、悲劇が繰り返された歴史です。チェルノブイリではソ連政府が決め、IAEAとWHOも賛同した緩い防護基準を市民が結束して事故5年後に、平常時の防護基準、年間1ミリシーベルトに見直させました。それでも遅れた分だけ悲劇が深刻になりました。フクシマでも、早急な防護基準の見直しが必要です


チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告 第2回 ウクライナは訴える (2012年9月23日 NHK ETV特集)から抜粋と補足

ウクライナ政府報告書 未来のための安全

チェルノブイリ原発事故の25年後に公表された「ウクライナ政府報告書」は、年間0.5~5ミリシーベルトの汚染地帯に住む人々に深刻な健康被害が生じていることを明らかにした。

(低線量汚染地の住民には)心臓疾患や膠原病(リウマチ性疾患)など、さまざまな病気が多発し、特に心筋梗塞や狭心症など心臓や血管の病気が増加している

(2012年4月、取材班は)汚染地帯のひとつ、原発から140キロにある人口6万5千人のコロステン市を取材した。(この地域は、年間0.5から5ミリシーベルトの被ばく線量

コロステン中央病院のガリーナ・ミハイロブナ医師「チェルノブイリ事故前はリウマチ患者は6人だったのに、2004年には22人、2011年は45人になりました」(中村注:福島では、慢性リウマチ性心疾患の死亡率が全国平均の2.53倍

この町で半世紀近く住民の健康を見続けてきた医師ザイエツさんは、事故後、目に見えて心臓病の患者が増えたことを実感してきたという。

現場の医師だけでなく、放射線医学研究所のウラジーミル・ブズノフさんも「低い線量の放射線の影響が現れていると言えるのは、心臓や血管の病気です」と循環器系の病気の多発を証言している。

(1)低い線量の放射線の影響が現れていると言えるのは
(2)心臓や血管の病気です
    (放射線医学研究所 ウラジーミル・ブズノフさん)

もう一度、同じグラフを示しますが、最も急増している循環器系の病気に心臓や血管の病気が入ります。同じ循環器系の病気を複数かかえている人や、様々な病気をあわせて抱えている人がたくさんいます。

北ウクライナの循環器系など病気増加グラフ

そして今、最も危惧されているのが、事故の後に生まれ汚染地帯で育った子どもたちです。ウクライナ政府報告書も子どもの健康悪化について多くのページを割いています。

コロステンの学校には、日本の小学校から高校に当たる子どもが通います。事故の後、生徒の健康状態が悪化。体力のない生徒が増えました。3月の健康診断では、甲状腺などの内分泌疾患が生徒の48%、脊椎が曲がっているなどの骨格の異常が22%から見つかりました。そのため全校生徒485人のうち正規の体育の授業を受けられるのは14人。他の生徒は軽い運動しかできません。

最近生徒の訴えで多いのは心臓の痛み。保健室にはそれを抑える薬が常備されています。

看護教諭:心臓の薬です。血圧を測り、脈を見ます。それで判断します。

Q:救急車を呼ぶ時はありますか?

看護教諭:多い日は1日3回呼ぶこともあります。

ウクライナ政府報告書は、汚染地帯の住民など被曝した人から生まれた32万人を調べ、健康状態を報告しています。1992年子どもの22%が健康でした。ところが2008年、それが6%に減少しました。逆に慢性疾患を持つ子どもは20%から78%に増加しました。

ウクライナ 健康な子ども 慢性疾患のある子ども グラフ

報告書で子どもの健康状態について執筆した国立放射線医学研究所のステパーノバさん。汚染地帯全域で子どもたちの病気が増え続けていることは統計的に見ても明らかだと主張しています。原発事故被災者の子どものうち病気を持つ割合は17年間で、内分泌系の疾患が11.6倍、筋骨格系が5.34倍、消化器系が5.00倍、循環器系が3.75倍に増加したと言います。


(NHK ETV特集「チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告」を12分に編集された動画) 

動画の書き起こし全文

こうしたチェルノブイリでの出来事と同様なことが福島でも起こっており、原発事故から4年目の福島で心臓病や脳血管疾患が急増、その他の病気も大幅に増えています。


福島県で急増する「死の病」の正体を追う! 
 ―セシウム汚染と「急性心筋梗塞」多発地帯の因果関係―

 (2014年08月26日 宝島)から抜粋

■甲状腺ガンだけではない? 過酷原発事故の健康被害

 東京電力・福島第一原発事故の発生から、はや3年5カ月が過ぎた。原発事故に伴い放出された放射性物質の影響ではないかとして、小さな子どもや若い福島県民の間で発生が確認されている「甲状腺ガン」が昨今、注目を集めている。だが、原発事故による健康面への影響は「ガン」だけに限られるのだろうか。

 実は、原発事故の発生を境に、福島県内で多発・急増している病気がある。厚生労働省の「人口動態統計」データを精査した結果、その事実が明らかになった。急性心筋梗塞(こうそく)──。それが、福島県で現在、急増している「死の病」の正体だ。

福島「セシウム汚染」と「急性心筋梗塞」の増加・地図
    (画像をクリックすると拡大されます)

 人口動態統計とは、人口や出生、死亡、死産、婚姻、離婚といったデータを県別、あるいは市町村別にまとめたデータである。
 【表1】と【表2】を見てほしい。これらの表は、原発事故発生以降に福島県内で増えている「死因」を、人口動態統計をもとに多い順から並べたものだ。いわば、死因別の「増加数ランキング」である。

2011年と2012年の福島県の死因ワーストランキング
     (画像をクリックすると拡大されます)

 【表1】は、原発事故が発生した2011年に増加した死因で、【表2】が事故翌年の2012年に増加した死因だ。ここで私たちが着目したのは、「循環器系」の疾患である。

 11年の【表1】を見ると、地震や津波が急増の原因と考えられる「不慮の事故」や「傷病」に続き、「循環器系の疾患」と「心疾患」が4位と5位にランクイン。10位には「心不全」も入っている(注1)。そのいずれもが、原発事故前である10年の発生数を大きく上回っていた

 それが12年になると、循環器系疾患の代表格である「急性心筋梗塞」がランキングのトップに躍り出る(【表2】)。10年と比較した場合、11年で128人増。翌12年はさらに増えて219人もの増加と、100人単位で増え続けているのである。

 ちなみに、急性心筋梗塞による死者の発生を全国規模で見た場合、年々減少する傾向にある。11年の東日本大震災および福島第一原発事故の発生以降も一貫して減り続けている。

セシウム汚染と急性心筋梗塞に「正の相関関係」が

 「人口10万人当たり●人」という言い方は、病気発生の頻度を表す物差しであり、専門的には「年齢調整死亡率」と呼ばれる(注2)。

 この死亡率を福島県内の市町村ごとに計算した上で、文部科学省による福島県内の「セシウム汚染値」の濃淡と、相関関係が見られるかどうかを調べたのである。この作業では、福島県内のセシウム汚染分布に詳しい沢野伸浩・金沢星稜大学女子短期大学部教授の全面的な協力を得ることができた。

 今回の解析では、福島第一原発事故後、高汚染のためにすべての住民が避難した原発直近の7町村(双葉町・大熊町・富岡町・楢葉町・浪江町・飯舘村・葛尾村)を、解析対象から除外した。

 年齢調整死亡率は、原発事故前年の10年のものと、事故翌年の12年のものを、それぞれ計算して求めた。こうすることによって、セシウム汚染によって数値が上がったのか否かの区別がつくからである。

 ようするに、汚染の高いところで年齢調整死亡率も同時に高くなるという「正比例の関係」が見られれば、被曝との因果関係が強く疑われる──ということになる。

セシウムと土壌汚染と急性心筋梗塞

 その解析結果が、【図1】と【図2】である。沢野教授が導き出した結論は、「セシウム137の土壌汚染密度分布と年齢調整死亡率の分布との間には、原発事故後、弱いながら統計的には有意(r = 0.36、注4)と言える正の相関関係が生じている」というものだった。

 すなわち、セシウム汚染が濃いところほど、急性心筋梗塞の年齢調整死亡率が高いという傾向(=正比例の関係)が見られたのである。

(注2)都道府県ごとに年齢構成には差があるため、死亡数を人口で除した(割り算した)通常の死亡率で単純に比較しようとすると、高齢者の多い県では高めの数値が弾き出され、若年者の多い県では逆に低めの数値となる傾向がある。そこで、年齢構成の異なる地域間でも死亡状況の比較ができるよう、年齢構成を調整した死亡率が「年齢調整死亡率」(人口10万対)なのである。この調整を加えることによって、年齢構成の相違を気にすることなく、地域同士の比較や年次ごとの比較ができるようになる。

福島県の「周辺県」でも急性心筋梗塞が「上昇」

 セシウムは体内に取り込まれた後、筋肉に集まりやすい性質があるとされる。そして心臓は、そんな筋肉(心筋)の“塊(かたまり)“のような臓器である。

 気になることは、これだけではない。この「上昇」傾向が福島県にとどまらず、福島の周辺県でも見られるのだ。

 原発事故の起きた11年に顕著な上昇が見られる県(茨城県・群馬県)や、顕著ではないにせよ上昇が見られる県(宮城県・東京区部)、そして、福島県と同様に右肩上がりで増え続けている県(山形県・栃木県・埼玉県・千葉県)もある。今後、当連載では、こうした周辺県の検証作業も同時に進めていく所存である。

取材・文 明石昇二郎(ルポルタージュ研究所)+本誌取材班
(月刊誌『宝島』2014年10月号より)

全文


ウクライナ政府(緊急事態省)報告書
『チェルノブイリ事故から25年 ”Safety for the Future”』

2014/09/01

福島県の「慢性リウマチ性心疾患」 死亡率が急増 全国1位

福島県の「慢性リウマチ性心疾患」 死亡率

◆福島の「慢性リウマチ性心疾患」死亡率が全国平均の2.53倍

福島の子どもの甲状腺がんが57人に増え、「がんの疑い」46人を含めると103人になったこと(通常の100倍以上)、急性心筋梗塞で亡くなる人が急増して、死亡率が全国平均の2.4倍(全国1位)になっていることは先週書きましたが、「慢性リウマチ性心疾患」の死亡率も急増しています。甲状腺がんは「発病数」ですが、2つの心臓病は「死亡率」です。

急性心筋梗塞の2013年2014年1月~3月のデータも見つかったので、その数字も加えた表をつくりました。

福島県の急性心筋梗塞死亡率 2009~2014.3

*2014年1~3月 福島の477人は、3か月間に急性心筋梗塞で亡くなった方の実数。全国の実数は12436人。福島県の人口は、全国の1.53%なので、12436×0.0153=190人 全国平均なら福島は190人ですが、その2.51倍の477人が亡くなっています。

◆「急性心筋梗塞」と「慢性リウマチ性心疾患」の死亡増加数 600人超
原発事故の翌年から急増している「急性心筋梗塞」2年後から急増している「慢性リウマチ性心疾患」の死亡増加数を合わせただけで、すでに600人以上が原発事故以前より多く亡くなっていることになります。

◆2013年、全国平均より福島の死亡率が1.4倍以上高い病気
内分泌、栄養及び代謝疾患(1.40倍) 皮膚がん(1.42倍)
脳血管疾患(1.44倍) 糖尿病(1.46倍) 脳梗塞(1.60倍)
急性心筋梗塞(2.40倍)慢性リウマチ性心疾患(2.53倍)

人口動態統計より)

チェルノブイリでは、原発事故から5年後に「被ばくを減らすための法律」がウクライナ、ベラルーシ、ロシアの3つの国にできました。年間1ミリシーベルト以上は「避難の権利」があり、5ミリシーベルト以上は「移住の義務」があることを柱とする「チェルノブイリ法」は、移住のための費用や医療費などの手厚い補償があります。移住を選んだ住民に対して国は、移住先での雇用を探し、住居も提供。引越し費用や移住によって失う財産の補償も行われています。

日本では、原子力規制委員会が「20ミリシーベルト以下は健康影響なし」と言っています。

福島民報:20ミリ以下、健康影響なし

ベラルーシ科学アカデミーのミハイル・マリコ博士はこう言っています。「チェルノブイリの防護基準、年間1ミリシーベルトは市民の声で実現されました。核事故の歴史は関係者が事故を小さく見せようと放射線防護を軽視し、悲劇が繰り返された歴史です。チェルノブイリではソ連政府が決め、IAEAとWHOも賛同した緩い防護基準を市民が結束して事故5年後に、平常時の防護基準、年間1ミリシーベルトに見直させました。それでも遅れた分だけ悲劇が深刻になりました。フクシマでも、早急な防護基準の見直しが必要です


福島、被ばく対策不十分と提訴 親子88人、健康に深刻な不安
(2014/08/29 18:54 共同通信)

 原発事故の被ばく防止対策が不十分で精神的苦痛を受けたとして、事故時に福島県に住んでいた親子88人が29日、国や県に対し、1人当たり10万円の慰謝料を求め、福島地裁に提訴した。
 訴状によると、国や県は事故発生後、空間放射線量の正確なデータを速やかに伝えないなど、住民の被ばくをできる限り抑える職務上の義務を怠り、子どもに無用な被ばくをさせた。その結果、親子に今後の健康へ深刻な不安を抱かせたとしている。
 原告のうち、今も福島県に住み小学校や中学校、特別支援学校に通う計24人は、居住地の自治体に対し安全な環境で教育を受ける権利があることの確認も求めた。

原発事故 国家はどう補償したのか ~ チェルノブイリ法23年の軌跡~ ETV特集

被ばく対策がほとんど取られていない日本にとって、非常に重要な番組の一部を抜粋しました。

原発事故 国家はどう補償したのか ~チェルノブイリ法23年の軌跡~ ETV特集
(2014/08/23 NHK ETV)から抜粋

1986年4月26日、チェルノブイリ原発が爆発事故を起こしました。膨大な量の放射性物質が放出され広い地域が汚染されました。ウクライナ政府が現在被災者と認めている人は213万人。被災者に対する補償はウクライナ政府によって続けられてきました。補償の根拠となっているのが事故の5年後に制定されたチェルノブイリ法です。

そこには「国が被災者の生活と健康を世代を超えて守り、被害の補償を続ける」と規定されています。

チェルノブイリ法:被災者の生活と健康 世代を超えて国が守る

チェルノブイリ法は事故後の長い議論を経て生まれました。しかし、チェルノブイリ法の制定から20年以上が経った今、被災者への補償は2割以下しか実施されない事態に陥っています。ウクライナ政府は内戦の前から深刻な財政難に陥り補償にあてる予算を捻出できなくなっていたのです。高い理想を掲げながら大きな壁にぶつかったチェルノブイリ法。その成立過程を明らかにする資料が去年初めて公開されました。

2013年10月、ウクライナのキエフで「チェルノブイリの経験をフクシマへ」と題されたワークショップが開かれました。これまで日本から多くの政治家や研究者がウクライナを視察に来ています。今回ワークショップを主催したのは元環境大臣ユーリ・シチェルバクさん。ウクライナが原発事故の被災者をどのように救済してきたのか報告されました。

チェルノブイリ法の特徴は事故による被ばくが5年後の時点で年間1ミリシーベルトを超えると推定された地域を補償の対象としていることです。

チェルノブイリ法 第1章 第1条 汚染地域とされるのは、年間1ミリシーベルトを超える被ばくをもたらし・・・

被災者をどこまで救済するかは、日本が現在直面している課題です。

チェルノブイリ原発の西120kmにあるコロステン市には、チェルノブイリ法が補償の対象とした地域があります。被災者には年1回、症状に合わせた保養所の旅行券が支給されます。また両親が被災者であれば事故後に生まれた子どもも被災者として認定されます。コロステン市社会保護局イゴーリ・エシン局長は「旅行もできるし薬も無料、歯医者も無料、公共料金にも免除があり、全部合わせれば国は住民をとても助けていると思う」と言っていました。

チェルノブイリ法:非汚染食料の配給 有給休暇の追加 サナトリウムの旅行券

年間被ばく線量が、法律を制定した時に1ミリ~5ミリシーベルトのこの地域では住民に移住の権利が与えられました。チェルノブイリ法は移住しなかった住民への補償を次のように定めています。

・毎月の補償金(給料の1割分を上乗せ)
・年金の早期受け取り
・電気代やガス代など公共料金の割引
・家賃の割引
・公共交通機関の無料券
・医薬品の無料化
・毎年無料で検診が受けられる
・非汚染食料の配給
・有給休暇の追加
・サナトリウムへの旅行券
・大学への優先入学制度
・学校給食の無料化

それでも、この街からの移住を決断した人は4000人にのぼりました。当時、教師だったビクトル・ホダキフスキーさんは法律制定後すぐに移住を決めました。低線量の放射線は大人にとっては何ともなくても、子どもにとっては危険かもしれないと思ったからです。そして新しい家、新しい仕事も補償されるということだったため移住を決めたと言います。移住を選んだ住民に対して国は、移住先での雇用を探し、住居も提供しました。また引越しにかかる費用や、移住によって失う財産の補償も行われました。

チェルノブイリ法:移住先での雇用と住宅提供 引っ越し費用の補償 喪失財産の補償

ソビエト連邦から独立したウクライナは1996年、新たな憲法を制定しました。そこにはチェルノブイリの被災者を救済することは国家の責務であると明記されました。

ウクライナ憲法第16条 チェルノブイリ事故への対策に取り組むこと ウクライナ民族の子孫を守ることは国家の義務である

チェルノブイリ原発で事故が起きたのは旧ソビエト時代の1986年です。原子炉が爆発し、おびただしい放射性物質が拡散しました。しかし、国民に放射能汚染の情報は知らされず事故から5日後にはソビエト全土でメーデーのパレードが行われました。コロステン市でも屋外でメーデーのお祝いが行われました。ソビエト政府はその後も放射能汚染の情報を隠し続けました。冷戦時代、社会主義諸国の盟主だったソビエトにとって原発事故の情報は西側に知られたくない国家機密とされたのです。

そんな中、ソビエト連邦の15ある共和国の一つウクライナから批判の声が上がりました。被ばくによって病気になったと訴え出たのは原発で事故処理にあたった作業員たちでした。チェルノブイリ原発の事故処理にはソビエト全土から兵士、消防士、警察官など80万人が動員されたと言います。放射線に対する知識もなく不十分な防護服で原子炉の消火や瓦礫処理にあたりました。人々はゴルバチョフ書記長に窮状を訴えました。やがて事故処理の作業員とウクライナの市民が一丸となってソビエト政府に抗議するように。この運動を率いたのがユーリ・シチェルバクさん。真っ先に求めたのは事故の情報公開でした。

事故から3年後、ソビエト政府はようやく汚染の情報公開にふみ切りました。汚染は北西部にまだらに広がり、原発から110km離れたコロステン市にまで届いていました。コロステン市では体の不調を訴える住民が相次いでいました。事故の翌年に始まった住民検診で9人に甲状腺がんが見つかりました。ウクライナだけでなく隣国のベラルーシでも子供たちから甲状腺がんが次々と見つかりました。

汚染地域の住民から次々に寄せられた強い要求にウクライナ政府はモスクワの指示を仰ぐことなく独自に被災者の救済に乗り出しました。当時のウクライナ最高会議レオニード・クラフチュク議長は被災者救済の法律を作る決断をしました。1990年6月、12人の代議員でチェルノブイリ委員会が結成され法案作成がスタート。法律の完成までには8ヶ月の時間を要しました。いかなる議論が繰り広げられたのでしょうか?

去年、初めて委員会の議事録が公開されました。委員会が最初に取り組んだのはソビエトが決めた被災地の範囲を見直すことでした。事故後、ソビエト政府によって汚染レベルの高いエリアの住民は強制的に避難させられていました。そして年間の被ばく線量が5ミリシーベルトを超える地域は、被ばく量を下げる対策が必要とされていました。この方針を決めたのはソビエト科学アカデミーのレオニード・イリインさんです。イリインさんは放射線学の権威で、ソビエトの政策決定に大きな影響力を持っていました。

イリインさんが住民対策の基礎にした被ばく限度量は事故後1年間は100ミリシーベルト、2年目は30ミリシーベルト、3年目は25ミリシーベルト、それ以降は年間5ミリシーベルト。これは平常時の値として生涯350ミリシーベルト、70歳まで生きるとすると年間5ミリシーベルトが限度だとしたからです。イリインさんたちは被ばく線量とがんの関係を計算して、その結果それ以下の放射線量なら自然に発生するがんの範囲内におさまると結論付けました。

しかし、当時世界には放射線の被ばく限度量について異なる見解も存在していました。1985年に国際放射線防護委員会(ICRP)が平常時の被ばく限度量を年間1ミリシーベルトとすると声明を出していたのです。ウクライナのチェルノブイリ委員会は被ばく限度量をどこに定めるのか討論を行いました。基準を5ミリシーベルトから1ミリシーベルトにすれば、被災者と認定する住民の数は100万人以上膨れ上がります。将来にわたる補償の規模が大幅に変わる問題でした

委員会発足から8ヵ月後、チェルノブイリ法は採択されました。その第1章第1条には「放射性物質の汚染地域とされるのは、住民に年間1ミリシーベルトを超える被ばくをもたらし、住民の放射線防護措置を必要とする地域である」と記されています。法律の冒頭に被ばく限度量を年間1ミリシーベルトとすることが明記されたのです。

チェルノブイリ法に基づきウクライナの被災地は4つの区域に分類されました。

チェルノブイリ法:強制移住区域5ミリ超 移住選択区域1?5ミリ 放射線管理区域0.5?1ミリ

チェルノブイリ法の基準

強制避難区域:事故直後から住民を強制的に避難させた汚染レベルの高い区域
強制移住区域:年間被ばく線量が法律制定時に5ミリシーベルトを超える区域
移住選択区域:年間被ばく線量が法律制定時に1~5ミリシーベルトの区域
放射線管理区域:年間被ばく線量が法律制定時に0.5~1ミリシーベルトの区域

チェルノブイリ法が施行されて20年以上が経ちました。今、その運用はどうなっているのでしょうか?
コロステン市の人口は6万2000人。そのうち5万8000人が被災者として登録されています。コロステン市にはウクライナ政府からチェルノブイリ法のための予算が配布されています。去年は日本円で5億円が配布されました。現在、無料検診、無料給食、公共料金の割引などは引き続き行われていますが、給付金はインフレのため大幅に目減りしています。給料の上乗せ金は1人月額10.5グリブナ(87円)、食料費補助は2.1グリブナ(17円)です。わずかしか支給されない補償金に不満を抱き裁判に訴える人も出ています。原発事故の処理作業にあたったワシーリー・ボフスノフスキーさんは補償金を全額受け取っていないと提訴。勝訴しましたが、補償金はまだ支払われていません。

2011年にウクライナ政府がまとめたチェルノブイリ事故の報告書の中でチェルノブイリ法の運用について検証しています。チェルノブイリ法で支出すべき予算のうち、実際にどれだけ実現されたのかです。1996年に57%だった実施率が2010年には14%にまで落ち込んでいます。

現在、ウクライナで被災者として登録されている人は213万2251人。人口の5%にあたり政府は補償と財政の板ばさみになっています。ウクライナの国家予算は2000億グリブナ(1兆6000億円)ですが、チェルノブイリ法で定められた補償を完全に実施すると800億グリブナ(6600億円)もかかります。これは国家予算の40%にのぼります。去年、実際に予算を組めたのは110億グリブナ(900億円)でした。法律制定当時、ウクライナのチェルノブイリ委員会では財源についてどのような計算がなされたのでしょうか?

実は当時ソビエト政府はチェルノブイリ事故の対策に特別な予算を組もうとしていました。予算の主な配布先は汚染がひどかったロシア、ベラルーシ、ウクライナです。それらへの対策費として総額150億ルーブル(3兆7000億円)必要としていました。この試算に基づきソビエトの閣僚会議はチェルノブイリ対策費を検討。その結果、103億ルーブル(2兆5000億円)を投じることを決定しました。しかし、チェルノブイリ法制定の時、世界は大きく動き始めていました。1989年にベルリンの壁が崩壊し、東欧の社会主義諸国で民主化が広がり、その波はウクライナにも及びました。

チェルノブイリ法制定から半年が経った1991年8月24日、ウクライナは独立を宣言。ソビエト政府の財政も危機的状況にあり1991年12月にソビエト連邦は崩壊。その後誕生したロシア連邦はソビエトの方針を引き継がないことを表明。チェルノブイリ関連支出に関しては今後各国が自ら支出するようにと通達しました。こうしてチェルノブイリ法実施の費用をあてにしていたウクライナの目論見が崩れたのです。自らの予算でチェルノブイリ法の遂行を担うことになったウクライナ政府。初代大統領のレオニード・クラフチュクは予算の配分に頭を痛めました。そして彼は教育や科学への予算よりもチェルノブイリ法の予算を優先させました。しかし1990年代後半、世界的な経済危機がウクライナにも波及。国の財政難から被災者への補償は当初の予定の3割しか支給できなくなりました。政府は今も補償と財政の狭間で苦しみ続けています。

経済危機の中、去年のくれから始まったウクライナの反政府運動。2月には首都キエフ中心部での銃撃戦に発展。大統領は国外に逃亡しました。新たに就任したポロシェンコ大統領ですが、内戦の収束、経済の建て直しなど難題が山積しています。新政権はチェルノブイリの被災者に対し、これまで通りの補償を行っていくと表明しています。

http://tvmatome.net/archives/628

内閣官房参与の辞任にあたって(辞意表明)

進行する放射線被曝とチェルノブイリ法・基本的人権

「チェルノブイリ法」の避難基準と放射能汚染マップ

低線量長期被ばくの影響 「チェルノブイリ 28年目の子どもたち」

2014/08/29

福島 子どもの甲状腺がん(疑い含め)103人

福島県の「県民健康調査」が、県下全域でひと通りの検査を終えて、甲状腺がんの子ども(震災当時18歳以下)が57人、疑い46人の合計103人となった。この重要な出来事をマスコミはどのように報道したかを記録しておきたい。

発症割合地域差なし 子どもの甲状腺がん 
県内0・028〜0・036%

(2014/08/25 11:54 福島民報)

 東京電力福島第一原発事故発生時に18歳以下だった37万人を対象に実施している県の甲状腺検査で、6月末までに受診した約30万人のうち甲状腺がんやがんの疑いと診断された人は104人になった。原発周辺で避難措置などが取られた13市町村、浜通り、中通り、会津地方に分けた地域別の発症割合が初めて公表され、0・028〜0・036%と地域差はほとんど見られなかった。

 福島市のコラッセふくしまで24日に開かれた県「県民健康調査」検討委員会で、県が県内をほぼ一巡した検査結果を報告した。細胞や血液などの精密な2次検査を受け、甲状腺がんと確定した子どもは57人で3月末時点より7人増えた。1人は手術の結果、良性だった。「がんの疑い」は46人で7人増えた。

福島民報:地域別・子どもの甲状腺がん発生率

 検査を受けた子どものうち、がんの疑いを含めた地域別の発症割合は【図】の通り。原発周辺の13市町村は0・034%で、原発周辺を除いた浜通り(いわき市・相馬市・新地町)は0・035%、中通りは0・036%と地域差は見られなかった。原発から遠い会津地方は0・028%とやや低めだが、福島医大は「2次検査を終えた子どもが他の地域に比べ少ないため」と説明し、検査完了後はさらに差が縮まるとの考えを示唆した。

 検討委の星北斗座長(県医師会常任理事)は甲状腺がんの発症割合に地域差がないことから、現時点で原発事故との因果関係は考えにくいとの従来通りの見解を示した。一方で「詳細な分析が必要」とも述べ、年齢や検査時期、被ばく量との関係など、さまざまな条件を加味して今後も調べる考えを示した。

福島民報:県民健康調査甲状腺検査の流れ


福島:甲状腺がんの子ども57人に 健康調査
(毎日新聞 2014年08月24日 20時25分)

 ◇疑いケース含めて計103人に

 東京電力福島第1原発事故の健康影響を評価する福島県民健康調査の甲状腺検査で、甲状腺がんの診断が確定した子ども(震災当時18歳以下)が、前回5月の公表から7人増の57人に、疑いがあるケースを含めた人数は14人増の計103人(良性を除く)となった。調査を担当する福島県立医大は、地域別発症率に差がないことや被ばくの影響を受けやすい0〜5歳の発症が少ないことなどから、「被ばくの影響は考えにくい」としている

 福島市内で24日開かれた同調査検討委員会で県が報告した。

 県内4地域別の内訳が公表され、10万人当たりの疑いを含めた発症割合は▽避難区域になるなどした13市町村▽いわき市など浜通り▽福島、郡山市などの中通り−−の3地域が33.5〜36.4人とほぼ同じだった。会津地方は27.7人と低かったが、検査が進んでいないためとみられるとしている。【深津誠】

福島県発表「放射線影響みられず」
(2014年8月25日 中日新聞)

 東京電力福島第1原発事故による健康への影響を調べている福島県は24日、震災当時18歳以下の子ども約37万人を対象に実施している甲状腺検査で、甲状腺がんと診断が確定した子どもは5月公表時の50人から7人増え57人に、「がんの疑い」は46人(5月時点で39人)になったと発表した。

 福島市内で開かれた県民健康調査の検討委員会で報告した。地域による発症率に差がないことも報告され、委員会の星北斗(ほしほくと)座長は、現時点で放射線の影響がみられないことが裏付けられたとした上で「今後、詳細な分析が必要だ」と述べた。

中日:福島県の地域別 甲状腺がん発症率

 調査を担当する福島県立医大は、今回初めて県内を4つに分けた地域別の結果を公表。検査を受けた子どものうち、疑いを含めた甲状腺がんの発症割合は、第1原発周辺で避難などの措置がとられた「13市町村」では0.034%。県中央の「中通り」は0.036%、沿岸部の「浜通り」は0.035%と地域差はなかった。

 原発から一番遠い「会津地方」は0.028%とやや低めだったが、医大は検査を終了した子どもが、ほかの地域に比べ少ないためと説明した。

 国立がん研究センターなどによると、10代の甲状腺がんは100万人に1〜9人程度とされてきたが、自覚症状のない人も含めた今回のような調査は前例がなく、比較が難しい。

 疑いも含めた甲状腺がんの子ども計103人のうち、最年少は震災当時6歳。原発事故から4カ月間の外部被ばく線量の推計値が判明した人のうち、最大は2.2ミリシーベルトだった。

子ども甲状腺がん57人に 5月発表から7人増
(2014年08月25日 河北新報)

 福島第1原発事故による放射線の影響を調べる福島県の県民健康調査検討委員会は24日、福島市で会合を開いた。原発事故発生時18歳以下だった約36万7000人のうち、甲状腺がんの確定診断を受けた子どもは57人で5月の発表時から7人増えたと報告した。がんの疑いがあると判定された子どもは7人増の46人だった。

 2011年10月〜14年6月に受診した約29万6000人(対象者の80.5%)の検査結果を集計した。

 「疑いがある」を含めた地域別の甲状腺がんの発症割合(暫定値)を初めて公表。双葉町など第1原発周辺の13市町村は0.034%、福島市など中通り26市町村は0.036%、いわき市など浜通り3市町は0.035%で地域差はなかった。会津地方17市町村は0.028%だった。

 検討委の星北斗座長(福島県医師会常任理事)は「(原発事故の)影響はデータが出そろった時点で判断したい」と話した。

 県は1回目の検査をほぼ終了。4月から2年間の計画で、12年4月1日までに生まれた子どもを含め、約38万5000人を対象に2回目の検査を始めている。

福島の子供の甲状腺がん、57人に 「放射線の影響はみられず」福島県
(2014.8.25 08:53 産経新聞)

 東京電力福島第1原発事故による健康への影響を調べている福島県は24日、震災当時18歳以下の子供約37万人を対象に実施している甲状腺検査で、甲状腺がんと診断が確定した子供は5月公表時の50人から7人増え57人に、「がんの疑い」は46人(5月時点で39人)になったと発表した。

 福島市内で開かれた県民健康調査の検討委員会で報告した。地域による発症率に差がないことも報告され、委員会の星北斗座長は、現時点で放射線の影響がみられないことが裏付けられたとした上で、「今後、詳細な分析が必要だ」と述べた。

 調査を担当する福島県立医大は、今回初めて県内を4つに分けた地域別の結果を公表。検査を受けた子供のうち、疑いを含めた甲状腺がんの発症割合は、第1原発周辺で避難などの措置がとられた「13市町村」では0・034%。県中央の「中通り」は0・036%、沿岸部の「浜通り」は0・035%と地域差はなかった。

 原発から一番遠い「会津地方」は0・028%とやや低めだったが、医大は検査を終了した子供が、ほかの地域に比べ少ないためと説明した。

甲状腺がん、疑い含め104人 福島の子供30万人調査
(2014年8月24日07時04分 朝日新聞)大岩ゆり

 東京電力福島第一原発事故の被曝(ひばく)による子どもの甲状腺への影響を調べている福島県の検査で、受診した約30万人のうち104人が甲状腺がんやその疑いと判定されたことがわかった。県は「被曝の影響とは考えにくい」としている。この結果は24日に公表される。

 甲状腺検査は事故当時18歳以下だった県民を対象に実施。県内全域を一巡した今年6月30日現在の結果(暫定値)がまとめられた。

 甲状腺がんやその疑いとされた104人のうち、がんと確定したのは57人、良性が1人だった。104人の事故当時の平均年齢は14・8歳で、男性36人、女性68人。腫瘍(しゅよう)の大きさは約5〜41ミリで平均14ミリ。

 疑いも含めると10万人当たり30人以上の割合でがんが見つかった計算になる。事故前から実施されている宮城県などのがん登録では、10代後半の甲状腺がんの発生率は10万人当たり1・7人。これに比べると今回の福島県の30人以上はかなり高いが、無症状の人を網羅的に調べてがんを見つけており、症状がある人を調べたがん登録より発生率は高くなるため、単純に比較できない。

 また、青森、山梨、長崎の3県で計約4400人の無症状の子どもを調べた環境省の甲状腺検査では、1人ががんと診断され、約3千人に1人の福島の発生率に比較的近かった。だが、調べた人数が少なく、科学的な根拠は弱い。

 専門家の間では、いま福島県内の子どもで見つかっているがんは、被曝の影響ではないとする意見が多い。チェルノブイリで子どもの甲状腺がんが増えたのは事故後約4年目以降であることや、甲状腺がんは成長が遅いためだ。一方、放射線の影響を指摘する研究者もいる。

 今回の結果では、福島県内の地域別のデータが初めてまとめられた。10万人当たりのがんの発生率をみると、原発から約80キロ以上離れた会津地方は27・7人。原発周辺の「避難区域等」と福島市などの「中通り」、いわき市などの「浜通り」はいずれも35人前後だった。県は、会津地方は精密検査が終わっていない人が多いため、今後、がんと診断される人が増える可能性があるとみている。

朝日新聞:地域別、子どもの甲状腺がん発生率

 福島県の県民健康調査検討委員会座長の星北斗・星総合病院理事長は「地域別の発生率などを厳密に比較するには、年齢構成などを考慮する必要がある」と指摘する。近く検討委員会の甲状腺部会で、結果を詳しく解析する予定という。

 甲状腺検査は、まず超音波検査で結節(しこり)や嚢胞(のうほう=液体が入った袋状のもの)の有無などを調べ、一定以上の大きさがあれば精密検査に進む。

 県は、今回のデータを将来の変化をみる基準にし、検査を生涯にわたって続ける方針。(大岩ゆり)

子どもの甲状腺検査 がん・がん疑い103人
(2014年8月24日18時29分 NHK)

東京電力福島第一原発の事故を受けて、福島県が行っている子どもの甲状腺検査で、これまでに検査を受けたおよそ30万人のうち、103人が、がんやがんの疑いと診断されました。
福島県などは、原発事故による被ばくの影響とは考えにくいとしていますが、今後も検査を続けることにしています。

原発事故で拡散した放射性ヨウ素は、甲状腺にたまるとがんを引き起こすおそれがあるとされ、福島県は、事故当時18歳以下だったすべての子どもを対象に甲状腺の検査を進めています。

24日は、福島市で開かれた専門家の委員会で、事故後3年間に県内全域で実施した検査結果が公表され、これまでに検査を受けたおよそ30万人のうち、がんと診断されたのは57人だったということです。

また、46人が、がんの疑いがあるとされ、がんやがんの疑いのある子どもは合わせて103人で、10万人当たりおよそ30人の割合になります。

地域別では、原発周辺の13の市町村と、福島市やいわき市などの中通りや浜通りの別の自治体では、がんやがんの疑いがあるとされた割合はほぼ同じでした。

検査を担当する福島県立医科大学の鈴木眞一医師は「がんが見つかった理由は、症状のない人も含めて精度の高い検査を行っているためで、これまでのところ、原発事故による被ばくの影響とは考えにくい。年齢が上がれば通常でも甲状腺にしこりが見つかる確率が高くなるので、慎重に見続ける必要がある」としています。

福島県では今後も検査を継続し、長期にわたって子どもへの健康影響を調べることにしています。

甲状腺がんの子供「原発影響考えにくい」 福島の検査で学会
(2014/8/28 22:05 日本経済新聞)

 福島県立医大の鈴木真一教授は28日、東京電力福島第1原発事故を受け福島県が実施している甲状腺検査で、がんの疑いが強いと診断、手術した子供の具体的な症例を横浜市で開かれた日本癌治療学会で報告した。

 がんは原発事故の影響とは考えにくいとの見方を示した上で、過剰診断や必要のない手術との声が上がっていることに触れ「基準に基づいた治療だった」と強調した。

 福島県の甲状腺検査は震災発生当時18歳以下の約37万人が対象。これまで甲状腺がんと確定した子供は57人、「がんの疑い」は46人に上る。子どもの甲状腺がんが急増した1986年のチェルノブイリ原発事故と比較し、鈴木氏は「症状も年齢分布もチェルノブイリとは異なる」とした。

 がんの57人のうち県立医大が手術した54人について、8割超の45人は腫瘍の大きさが10ミリ超かリンパ節や他の臓器への転移などがあり、診断基準では手術するレベルだった。2人が肺にがんが転移していた。

 残る9人は腫瘍が10ミリ以下で転移などはなかったが、7人は「腫瘍が気管に近接しているなど、手術は妥当だった」。2人は経過観察でもよいと判断されたが、本人や家族の意向で手術した。

 手術した54人の約9割が甲状腺の半分の摘出にとどまった。

 福島の甲状腺がんをめぐっては一部の専門家から「手術をしなくてもいいケースがあったのではないか」との指摘があり、患者データの公開を求める声があった。〔共同〕

甲状腺がんの子103人〜福島で10万人に30人

<福島県子どもの甲状腺がん>「癌と癌の疑い合計103人に!」 手術した57人中2人は肺に転移、45人は10mm以上リンパ節や他の臓器に転移!!それでも「放射線の影響は見られない」

2014/08/24

福島県の「急性心筋梗塞」死亡率 全国1位 全国平均の2.4倍

NHK:甲状腺がん・がんの疑い103人

福島の子どもの甲状腺がんが57人に増え、「がんの疑い」46人を含めると103人になったと公表されましたが、増えている病気は甲状腺がんだけではありません。原発事故のあと、急性心筋梗塞で亡くなる人が急増しています。

福島県の急性心筋梗塞死亡率は全国1位
 *都道府県別に見た死因簡単分類別死亡率(政府統計)

福島県の「急性心筋梗塞」死亡率は全国1位

放射性セシウムは心筋に蓄積することが分かっていますが、2009~2012年の「都道府県別の死因別死亡率」を調べたところ、福島県は原発事故後に、急性心筋梗塞の死亡率が急増しています。また、原発事故以前から全国1位という数字を見て思い出すのは、原発周辺では事故を起こさなくても白血病やがんが多いというドイツ政府の発表福島には原発が10基もあったこと、そして、2011年の原発事故前から「小さな事故」が多発していたことです。多くの事故が隠ぺいされてきましたが、特に、1978年11月2日に福島第1原発3号機で起きた臨界事故は「日本で起きた最初の臨界事故だった」とされていますが、発生から29年間も隠蔽されました。

今、日本政府は、「年20ミリシーベルトまで住んでいい」としていますが、1ミリシーベルト以上の地域は避難の権利と補償がある「チェルノブイリ法」が日本にも必要です。チェルノブイリ法では、外部被ばくと内部被ばくの比率を6:4で計算し、外部被ばくが0.6ミリシーベルトの場合、内部被ばくの0.4ミリシーベルトを加えて、被ばく総量は1ミリシーベルトになります。これは、外部被ばく× 1.67 で計算できます。

チェルノブイリ法の基準

ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの3カ国にある「チェルノブイリ法」では、内部被ばくも含めて「1ミリシーベルト以上は避難の権利」と補償があり、「5ミリシーベルト以上は強制移住と補償」がセットになっています。しかし日本には、そのような権利がなく、補償もほとんどありません。飲食や呼吸から体内に取り込む放射性物質を考慮しないだけでなく、「20ミリシーベルト以下は健康影響なし」と言っている日本の状況は異常です。政府は、このまま健康被害の拡大を放置するつもりでしょうか。

福島民報:20ミリ以下、健康影響なし

体内にセシウム 心臓疾患まねく ゴメリ医科大・元学長
(2013年7月29日 東京新聞 朝刊)

東京新聞:体内にセシウム 心疾患招く バンダジェフスキー

チェルノブイリ原発事故による放射能汚染地で亡くなった人の臓器から検出されたセシウムの量

97年に死亡した成人と子どもの臓器別 放射性元素濃度

セシウムは心筋に蓄積する(セシウムの量が多いほど心電図が異常になる)

放射性元素濃度(アップ)グラフ


ユーリ・バンダジェフスキー博士(元ゴメリ医科大学学長)の警告

子どもの体重1kgあたり、セシウム137が10ベクレル(体重5kgの子どもなら50ベクレル)蓄積するだけで遺伝子に影響を与え、不整脈を引き起こす可能性がある(不整脈は、心臓病につながる)と警告していまます。
体重5kgの幼児が、セシウム137を毎日0.32ベクレル摂取し続けると体内10ベクレル/kgになります

バンダジェフスキー研究 セシウム濃度と不整脈

体重1kgあたり0~5ベクレルのセシウム137が蓄積している子どもでは、80%の子どもたちは正常な心電図です。しかし、体重1kgあたり12~26ベクレルのセシウム137が蓄積している子どもたちでは、正常な子どもは40%になります。60%の子どもたちが不整脈を引き起こしています。

この割合は、セシウム137の体内蓄積量が大きくなるほど、深刻な影響を与えていることをデータは示しています。子どもの体重1kgあたり74~100ベクレルのセシウム137が蓄積すると、正常な心電図の子どもは12%に激減します。

国際放射線防護委員会(ICRP)は一度に1000ベクレル摂取した場合、毎日1ベクレル摂取した場合、毎日10ベクレル摂取した場合の体内セシウム137蓄積量のグラフを公表しています。(ICRP Publication 111)

セシウムの1回摂取と長期摂取による体内残存量

毎日1ベクレル摂取しただけで、700日後(約2年後)には体内蓄積量は200ベクレル近くになります。毎日10ベクレル摂取していると、700日後(約2年後)には体内蓄積量は1400ベクレルを超えます。

チェルノブイリと同様に、日本の放射能汚染地で心臓病が急増

福島原発事故後に、心不全、心筋梗塞など心臓病が増加

ドイツ政府調査 原発周辺で小児白血病が2.19倍の発症
原発は事故を起こさなくても、日常的な放射性物質の漏出により、原発から5km以内で、全小児がん、小児白血病とも他地域と比べて高い発症率を示している。全小児がんの発症率は1.61倍。小児白血病は2.19倍となっている。

「チェルノブイリ法」の避難基準と放射能汚染マップ

都道府県別に見た死因簡単分類別死亡率(人口10万対)

http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001111208
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001101860
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001101722

2014/08/14

「イマジン」 ユダヤ人とアラブ人がデュエット

兵士と子どもが手をつないでいる

John Lennon – Happy Xmas (War Is Over)

2014/07/22

チョムスキー「無防備な子どもたちが、放射線の危険にさらされている」

福島の子どもの甲状腺ガンが80人を超え、リンパ節転移が多発している今、チョムスキーの言葉に耳を傾けたい

無防備な子どもたちが、放射線の危険にさらされている。恐ろしいことだ

チョムスキーは、福島の子どもたちの「集団疎開裁判」を支援してきた。
最も弱い立場の子どもがどう扱われるかで社会の健全さが測られる

日本は広島、長崎の原爆を経験し、放射線の怖さを知っているはず。それなのに、政府が被災者の不安に寄り添わないとは。言葉にならない

今後のアドバイスとして、「政府に対する外圧を上手に使うことだ」 「核戦争防止国際医師会議(IPPNW)などの権威のある国際的な団体と健康被害の調査について連携し放射線の被害を広く訴えることもできる。日本政府に被害を隠すことは恥ずかしいと思い知らせられればよい

また、集団的自衛権に関しても言及。「日本の超国家主義者は平和憲法を無くそうとしている。安倍首相らが靖国神社に参拝し、従軍慰安婦を否定しようとするのは、日本を帝国の時代に戻そうという狙いがあるのではないか。ヒトラーが権力を掌握していく過程を思い起こさせる


チョムスキー氏 福島の親子らに語る 被災者になぜ寄り添わぬ
(2014年3月8日 東京新聞)から抜粋

チョムスキー「被災者になぜ寄り添わぬ」

東京電力福島第一原発事故から3年がたとうとしている。来日した米国人の言語学者ノーム・チョムスキー氏(85)が、自主避難を余儀なくされた福島の親子らの訴えに耳を傾けた。いまだに不安や恐怖にさらされている被災者たち。「世界最高の論客」と評されるチョムスキー氏の目に、この状況は、どう映るのか。

【ノーム・チョムスキー】
言語学者、哲学者。1928年、米国フィラデルフィア生まれ。ペンシルベニア大を卒業し、61年からマサチューセッツ工科大(MIT)教授。50年代に、言語学における革命的な理論を発表し、「現代言語学の父」と呼ばれる。

一方で、ベトナム反戦運動に携わり、人権や平和に関して積極的に発言。今年1月には、米軍普天間飛行場の沖縄県名護市辺野古への移設について、「沖縄の軍事植民地状態を深化、拡大させる」と反対する声明をほかの有識者とともに発表している。 著書に「統辞構造論」 「メディアとプロパガンダ」 「秘密と嘘と民主主義」などがある。

政府は常にウソで言い含める

無防備な子どもたちが、放射線の危険にさらされている。恐ろしいことだ」。4日に東京都内のホテルで福島の親子らと面会したチョムスキー氏は嘆いた。

チョムスキー氏と会ったのは、福島市に住む武藤恵さん(40)と小学3年生の長女玲未(りみ)ちゃん(9つ)の母子、福島県郡山市から静岡県富士宮市に自主避難した長谷川克己さん(47)の3人。長谷川さんは妻、小学2年生の長男(8つ)、長女(2つ)の4人暮らしだ。

恵さんの自宅は福島第一原発から約60キロ。「政府は換気扇を閉めて、外出する時はマスクを着けるように、ということしか教えてくれなかった」と、当時の混乱を振り返った。

山形県に週末だけ自主避難していた時期もあったが、経済的な問題もあり、やめた。「事故後、子どもの体調が良くない」という。国は緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による放射能汚染の情報を隠していた。それなのに「『安全宣言』をした。周りは事故前と変わらない日常に戻ってたように見えるが、そうではない」と、放射能の恐怖にさらされている現実を訴えた。

長谷川さんは、郡山市内で介護事業を営んでいたが、事故の5カ月後に自主避難した。「将来、健康被害が出たら、お金で償われても元には戻れない。子どもを守ろうという思いだけだった」。避難先の静岡での生活については「日雇いの工事現場の作業員をして食いつないだこともある。経済的に安定せず、心もとないです」と切々と語った。

自主避難者は十分な補償が受けられない。東電からの補償金も避難区域内に住んでいた避難者に比べて乏しく、経済的な負担が重くのしかかる
(中村補足:福島県いわき市から避難している11歳児童の訴え

チョムスキー氏は、両手をテーブルの上で組んだり、沈思するように右手をあごに当てたりしながら、静かに親子らの会話に耳を傾けた。話の合間に「ほかの親はどんな対応をしているのでしょうか」 「放射線の被害に理解のある医師からケアを受ける機会はあるのでしょうか」と問い掛けた。

子どもらがどんなに不安でも、政府というのは心配するなとウソで言い含めようとするものなのです

最も弱い子どもらがどう扱われるかで 社会の健全さ問われる

最も弱い子どもらがどう扱われるかで社会の健全さ問われる

チョムスキー氏は、ベトナム反戦運動に関わって以来、外交や大企業優遇の政策で米政府がろうするウソや秘密のやり口を徹底的に批判してきた。

米中枢同時テロの後、米国のアフガニスタン侵攻やイラク戦争について強い反対意見を表明。最近では、米国内の貧困問題でも積極的に発言している。

福島第一原発事故の後、2011年9月に東京都内で開かれた脱原発集会の際、支持を表明する連帯メッセージを寄せた。福島の親子らと面会したのは、福島の子どもたちの「集団疎開裁判」を支援してきた縁からだ。12年1月、「最も弱い立場の子どもらがどう扱われるかで社会の健全さが測られる。私たち世界の人々にとって裁判は失敗が許されない試練だ」と集団疎開裁判を支持するメッセージを寄せている。上智大での講演を機に来日したチョムスキー氏が、「ぜひ、親子と会いたい」と会談を要望し、実現した。

集団疎開裁判では、郡山市に住む児童と生徒14人が、空間線量が年間1ミリシーベルト未満の地域に疎開して教育を受ける措置を市に求め、仮処分を申し立てた。

司法の判断はつれなかった。福島地裁郡山支部は11年12月、申し立てを却下。仙台高裁は13年4月「福島原発周辺の児童・生徒の健康に由々しい事態の進行が懸念される」としながらも抗告を却下した

福島の親子らは4月にも、約10人の子どもを原告として、地元の自治体を相手に集団疎開を求める行政訴訟を起こす予定だ。

チョムスキー氏は、親子らに「政府に対する外圧を上手に使うことだ」とアドバイスした。「核戦争防止国際医師会議(IPPNW)などの権威のある国際的な団体と健康被害の調査について連携し放射線の被害を広く訴えることもできる。日本政府に被害を隠すことは恥ずかしいと思い知らせられればよい

日本は広島、長崎の原爆を経験し、放射線の怖さを知っているはず。それなのに、政府が被災者の不安に寄り添わないとは。言葉にならない」と日本政府の対応を厳しく批判した。

チョムスキー氏は、「こちら特報部」のインタビューに、安倍政権についての懸念も表明した。「日本の超国家主義者は平和憲法を無くそうとしている。安倍晋三首相らが靖国神社に参拝し、従軍慰安婦を否定しようとするのは、日本を帝国の時代に戻そうという狙いがあるのではないか。ヒトラーが権力を掌握していく過程を思い起こさせる

集団的自衛権の行使容認についても「集団的自衛権と言えば聞こえは良いが、実態は侵略戦争だ。米政府も戦争を国防と言い換えるが、それに似ている。だまされてはならない」と指摘。自民党の石破茂幹事長が特定秘密保護法の抗議活動に対し、「テロ行為と本質は変わらない」と言い放ったことに触れ、「政府は市民の反発を恐れている。テロリストというのは、権力側が反対する市民にレッテルを貼っているだけだ。強制や弾圧を正当化する言い訳にすぎない」と話した。

政府の過ちをただせるのは市民だけだ。困難だろうが、福島や日本全体で、政府が無視できない運動をつくり出してほしい。地域の市民のつながりを強化してほしい。それこそが状況を改善していく道だ


低線量被ばく 危険性認める 福島の「集団疎開」裁判
(2013年5月3日 中日新聞 東京新聞)から抜粋

東京新聞:福島の集団疎開裁判 「低線量被ばくの危険性を認める」

訴えは却下でも、画期的な決定内容−。福島県郡山市の小中学生が市に対し、「集団疎開」を求めていた抗告審で、仙台高裁(佐藤陽一裁判長)は先月24日、仮処分申請を却下した。だが、低線量被ばくの危険に日々さらされ、将来的に健康被害が生じる恐れがあるとはっきり認めた。(出田阿生、中山洋子)

この決定の特徴は、低線量被ばくの危険性を強い口調で認定していることだ。それについては大きな成果といえる」福島の子どもたちの支援を続ける元裁判官の井戸謙一弁護士は同日、こう内容を評価した。

決定の事実認定の文章は歯切れよい。「低線量の放射線に長期・継続的にさらされることで、生命・身体・健康に対する被害の発生が危惧される」とし、「チェルノブイリ原発事故後に発生した子どもの健康被害をみれば、福島第1原発周辺で暮らす子どもにも、由々しい事態の進行が懸念される」と明言した。

行政の責任、「自己責任」にすり替え

ただ、結論は「現在の空間線量では、直ちに健康に悪影響を及ぼす恐れがあるとは認めにくい」と逆転。井戸弁護士は「決定文は、異なる2つの文書が組み合わさっているように見える。裁判官同士で議論があったのでは」と推測する。

この裁判を担当する柳原敏夫弁護士は「決定文の後半は、読んでいるとキツネにつままれたような感じだ」と話す。

そこには「郡山市内に住み続けるならば、学校外での生活で年間1ミリシーベルトを超える被ばくをする計算になる。学校だけを疎開させても意味がない」ので却下するといった理屈が展開されている。

そうなると、低線量の地域に移住するしかないが、それは「自主避難すればいい」という。しかし、原告側は「疎開」は「子どもらの安全確保のために行政が果たすべき義務」と訴えた。行政の責任が「自己責任」にすり替えられた形だ。

とはいえ、低線量被ばくの危険を司法が認めた意義は小さくない。昨年6月、「避難の権利」などを定めた「子ども・被災者生活支援法」が国会で成立した。だが、その後、政権が再交代し、いまだ具体的な避難の施策は講じられていない。

柳原弁護士は「決定では『集団疎開は被ばく被害を回避する1つの抜本的方策として教育行政上考慮すべき選択肢』と指摘した。国や自治体は子ども被災者支援法の運用で、この決定の指摘した内容を生かさなければならない」と訴えた。

・・・東京新聞中日新聞はいい記事が多いですね・・・・・

松下竜一さんの思いを継ぐ 最後の「竜一忌」に300人 大分・中津

原発再稼働について「父が生きていたら『まだ分からんのか。人の犠牲の上に成り立つ豊かさなんかいらん 』と言うのが目に浮かぶ 」と松下さんの息子さん。

「最後の竜一忌」に東京から参加した22歳の女性の言葉がうれしい。
原発や憲法に関心を持たなければいけないのは私たちの世代。常に弱者の視点に立ってきた思いを継ぎたい

「松下さんの思い継ぐ」 最後の「竜一忌」に300人 大分・中津
 (2014年06月07日 西日本新聞)

西日本新聞:第10回竜一忌

 反原発などの市民運動に取り組み、2004年に67歳で亡くなった大分県中津市のノンフィクション作家、故松下竜一さんをしのぶ年1回の集い「竜一忌」が7日、同市の小幡記念図書館で開かれた。主催者団体の高齢化により、10回目の今回で幕を閉じることになり、ファンら約300人は反骨を貫いた松下さんの生きざまに思いをはせた。

 あいさつに立った松下さんの長男健一さん(45)は原発再稼働をめぐる動きに触れ「父が生きていたら『まだ分からんのか。人の犠牲の上に成り立つ豊かさなんかいらん』と言うのが目に浮かぶ」としのんだ。

 ノンフィクション作家の下嶋哲朗さん(73)は講演で、松下さんが豆腐店を営んだことにちなみ、「社会を見るまなざしは豆腐のように鋭角だが、中身は非常に柔らかい。とことん優しい人だからこそ、社会に訴える力強い作品を書き尽くせた」と評した。

 参加者によるリレートークもあり、東京の会社員小島佑加莉さん(22)は「原発や憲法に関心を持たなければいけないのは私たちの世代。常に弱者の視点に立ってきた思いを継ぎたい」と語った。


その遺志は生きる 最後の「竜一忌」に最多320人
(2014年6月8日 大分合同新聞 朝刊)

大分合同新聞:最後の「竜一忌」その遺志は生きる

 執筆活動をしながら、市民運動にも取り組んだ中津市の作家松下竜一さん=享年(67)=をしのぶ「第10回竜一忌」が7日、同市の小幡記念図書館であった。元支援者らが毎年、命日に合わせて開いてきたが、高齢化などを理由に今回が最後。過去最多の約320人が参加し、松下さんの生きざまや教えを胸に刻んだ。

 「草の根の会」(梶原得三郎代表)の主催。梶原代表がこれまでの支援に感謝し、松下さんの長男健一さん(45)が「原発や憲法の問題は、父が生きていたら『一部の犠牲の上に成り立つ豊かさはいらない』と言ったのではないか」と述べた。

 第1部では、親交の深かった作家下嶋哲朗さんが「松下センセとお豆腐―どうしてこんなに懐かしいのか」の演題で講演。「作品を読み返してみたが、一つ一つに思いが込められ引きずり込まれた。本物の作家だった」と振り返った。

 第2部では松下さんと一緒に、日出生台演習場での米軍訓練や航空自衛隊築城基地(福岡県)での反対行動に加わった人へのインタビュー映像を紹介。梶原代表らが「弱者の視点を失わず、権力への異議申し立てを続けたい」などと松下さんの教えを語った。

 この他、元一橋大学教授の山家悠紀夫さんが「暗闇の思想とアベノミクス」と題して講話。10人ほどがリレートークをした。

 全国から訪れた参加者からは、竜一忌の終わりを惜しむ声や、松下さんの教えを再確認すべきとの声が聞かれた。冤罪(えんざい)事件の支援活動を通じて40年来の付き合いがあった岡添貞子さん(85)=北九州市=は「最後と聞き、自分の命が終わるよう。若い人たちが思いを継承してほしい」。


第八回竜一忌 『暗闇の思想』から学ぶ 小出裕章さん講演
(2012年6月16日 大分県中津市での講演)

朝日新聞:草の根「竜一忌」終章


チェルノブイリの子どもたちの作文集 
 「わたしたちの涙で雪だるまが溶けた」

(2011/06/18 風の便り)から抜粋

(1995年6月に発行された)この本の解説を「100万人のキャンドルナイト」のキッカケをつくった松下竜一さんが書いている。東京電力の原発事故が起こったいま読み直してみると、出版当時も印象深かった次の文章が当時以上に響いてくる。

 チェルノブイリの事故は、「原発をやめるべきだ」という天の声ともいうべき人類への警告であったのではないか。

 日本政府は「日本の原発技術は卓越している」と過信して、いまや世界でも突出してしまった原発推進政策を改めようとはしない。先の兵庫県南部地震によって、日本の技術神話など吹き飛ばされたというのに。

 ベラルーシの少年少女たちが紙背に涙をにじませて綴った本書を、一番心して読むべきは私たち日本人でなければなるまい。

松下竜一さん逝去によせて(辻信一)

松下竜一さんのスローライフ(中村隆市)

2014/07/13

東大名誉教授「戦前と似ている」 中学生「僕は戦場で人を殺せません」

集団的自衛権をめぐって若い世代やお母さんたちと話す中で、話題になった記事をピックアップしてみました。

東大名誉教授・石田雄氏 「戦争に向かった戦前と似ている」
 (2014年7月7日 日刊ゲンダイ)から抜粋

学徒出陣した私には首相のいかがわしさがすぐ分かる

 先月、朝日新聞の「声」欄に、「人殺しを命じられる身を考えて」という投書が載った。末尾には大学名誉教授 石田雄(東京都 91)とある。

朝日新聞「声」 石田雄 大学名誉教授「人殺しを命じられる身を・・・」

この投書が話題になったのは、石田氏は戦争の生き証人であるだけでなく、その生涯をかけて、「どうしたら、二度と戦争を繰り返さないか」を研究してきた学者であるからだ。投書した老学者の目に、いまの安倍政権はどう映っているのか。

――なぜ、投書を書かれたのか。やむにやまれぬものがあったのでしょうか?

 私は軍国青年だったんですよ。自分がなぜ、そうなったのか。それを明らかにするために研究者になったんです。二度と戦争を起こさせないために政治学、社会科学を研究してきたつもりでしたが、こういう時代が来ちゃった。

――こういう時代とは?

 戦前、戦争に向かっていった時代と非常に似ていますね。しかし、この年ですから、デモにも行けないし、官邸前で大きな声を出すわけにもいかない。社会科学者として何ができるか。切実に考えて、やむなく、朝日新聞に投書したのです。

――具体的には、どの部分が戦前と似ているのでしょうか?

 私は「日本の政治と言葉」という本を書いた際、「平和」という言葉が歴史上、どういうふうに使われたかをフォローしたことがあるんです。平和というのは最初は、非暴力という意味で使われる。しかし、日本においては次第に東洋平和という使い方をされて、日清、日露、日中戦争において戦争の大義にされていく。これは日本の戦争に限った話ではなく、ありとあらゆる戦争の言い訳、大義名分に「平和」という言葉が利用されてきたのです。唯一の例外がナチス・ドイツの侵略ですね。こういう歴史を見ていれば、安倍首相が唱える「積極的平和主義」という言葉のいかがわしさがすぐわかるんですよ。

――平和という言葉の使い方がまず、そっくりだと。

 それと排外的なナショナリズムのあおり方ですね。積極的平和主義と排他主義が重なり合うと、非常に危険な要素になります。平和とは非暴力であり、非暴力とは敵を憎まないことです。敵を理解することで、問題を解決しようという考え方です。しかし、今の安倍政権は中国、韓国を挑発し、緊張をつくり出している。そこに積極的平和主義が重なるものだから、危ないのです。

――政府は集団的自衛権の行使についても、限定的であって、戦争する国になるわけじゃないと主張しています。

 海外の邦人を保護するため、と言っていますね。この理屈も戦前と似ています。1932年の第1次上海事変の直前、日本人の僧侶数人が殺傷される事件が起こった。日本政府は邦人の生命を守るという名目で、上海の兵力を増強し、戦闘が拡大。その後、本格的な日中戦争になりました。個別的自衛権であれば、「日本の領土内に攻め込まれたとき」という歯止めがかかりますが、邦人保護という名目で海外に出ていけば、歯止めがなくなってしまうのです。

――駆けつけ警護はどうですか?

 アフガニスタンで援助活動をしているペシャワール会の中村哲代表は「自衛隊が邦人救助に来るのは危ないからやめてほしい」と言っています。実際、ペシャワール会は日本がインド洋の給油活動をする前は、車両に日の丸を掲げて活動していた。それが守り札になったからです。しかし、給油活動を境に日の丸を消した。米国と一体と見られる懸念があったからでしょう。集団的自衛権による武力行使や集団安全保障による制裁措置に自衛隊が参加すれば、ますます、憎悪と攻撃の対象になる。もうひとつ、集団的自衛権で海外に出ていけば、おそらく、米軍の傘下に入る。邦人がいなくなったから帰ります、なんて言えるでしょうか。米軍は無人機で攻撃する。一般市民が巻き添えになれば、その恨みは陸上で展開している自衛隊に向く。こうなる可能性もあるわけです。 

――戦後70年間、せっかく平和国家としての地位があるのに、あえて、それを捨てて、恨みを買う必要があるのか、ということですね。

 言葉がわからない地域で武力行使をするのがいかに危ないか。イラクに駐留する米軍が「止まれ」という制止を振り切った車両を攻撃したら、殺されたのは、お産が近づき、病院に急ぐ妊婦だったという報告もありました。相互理解がなければ、どんどん、紛争は激化してしまう。それよりも、日本は戦後一人も海外で人を殺していないというプラスの遺産を生かすべきです。非武装の支援に徹すれば、外交的パワーもついてくる。その遺産を今、食い潰してしまうのは誠に愚かなことです。

――先生は殺せと命じられた身にもなってみろ、と投書で書かれましたね。

 私の父親は二・二六の直後に警視総監になったものだから、寝るときも枕元に拳銃を置いていた。父親は神経がもたず8カ月で辞任しましたが、私も武器恐怖症になって、不眠症が続いた。学徒出陣となって、徴兵検査のときは兵隊に行くべきだと思っていたが、人を殺す自信がなかった。東京湾の要塞重砲兵に配属になったのですが、軍隊というのはいつでも誰でも人を殺せる人間を作る。そういうところなんですね。敵を突き殺す訓練をやらされ、「そんなへっぴり腰で殺せるか」と殴られる。命令があれば、それがいいか悪いかを考えちゃいけない。なぜ、それをやるのかを聞いてもいけない。幸い、負け戦でしたから、敵が攻めてきて殺されるのを待っているような状況でした。そんな中、東京空襲に来た米軍の戦闘機が東京湾に墜落して、パイロットが泳いできたんですね。捕まえて司令部に報告すれば、「殺せ」と命令されるかもしれない。捕虜を殺すのは国際法違反です。しかし、命令に背けば、陸軍刑法で死刑です。これは大変なことになったと悩みました。

――しかし、命令する側は平気で「殺せ」というわけですね。憲法解釈を変えれば同じような境遇に自衛隊員も置かれる。殺される方もたまらないが殺す方も大変だ。そういう国に戻そうとしている安倍首相という政治家をどう見ていますか?

 自分よりも不利な人の立場で物事を考えられないのだと思います。他者感覚の欠落、共感能力の欠如というか、ずっとチヤホヤ育てられると、そうなっていくのかもしれません。デンマークの陸軍大将、フリッツ・ホルンは戦争絶滅法案なるものを提唱していて、開戦後10時間以内に元首、首相、閣僚、議員を最前線に行かせる。そういうことを決めれば戦争はなくなると言っています。そういう立場に立たされれば、積極的平和主義なんて、簡単に言えるわけがないのです

――国民も正念場ですね。

 一番恐れているのは沈黙の螺旋です。出る杭は打たれるからと黙っていると、その沈黙がだんだん広がって誰も声を出せなくなる。若い人の方が「出る杭は打たれる」と心配するでしょうから、ここは年長者が声を出さなければいけないと思います。


自衛隊来るほうが危険 
アフガンで人道支援 ペシャワール会 中村哲氏
(2014年5月16日 西日本新聞)

中村哲 自衛隊来る方が危険

アフガニスタンで医療活動や灌漑水利事業などの人道支援を30年間続けている非政府組織『ペシャワール会』(事務局・福岡市)の現地代表中村哲氏(67)=写真=は15日、西日本新聞の電話取材に応じ、集団的自衛権が行使された場合、安倍晋三首相の主張とは逆に、海外で邦人が危険に巻き込まれる可能性が高まることを指摘。憲法9条の存在が国際社会での日本の立場を高めていることを強調した。

アフガニスタン人にとって、日本は軍事行動に消極的な国だと思われています。一言で言うと、敵意のない国。これは、自衛隊の行動を縛ってきた、憲法9条の威力です。

アフガニスタン人も、日本には他国の戦争に加担しないという『掟』があることを知っています。

アフガニスタンで活動する中で、米軍のヘリコプターに撃たれそうになったり、米軍に対する反政府側の攻撃に巻き込まれそうになったりしたことはありますが、日本人だからという理由で標的にされたことはありません。この『掟』があるからです。

今、活動拠点のアフガニスタン東部のジャララバードには私以外、外国人はいません。大勢いた欧米の人は逃げ出しました。米同時多発テロの後、米国を中心とする多国籍軍が集団的自衛権を行使し、軍服を着た人々がやって来てから、軍事行動に対する報復が激しくなり、国内の治安は過去最悪の状況です。

アフガニスタン人は多くの命を奪った米国を憎んでいます。日本が米国に加担することになれば、私はここで命を失いかねません。安倍首相は記者会見で「(現状では)海外で活動するボランティアが襲われても、自衛隊は彼らを救うことはできない」と言ったそうですが、全く逆です。命を守るどころか、かえって危険です。私は逃げます。

9条は数百万人の日本人が血を流し、犠牲になって得た大いなる日本の遺産です。大切にしないと、亡くなった人たちが浮かばれません。9条に守られていたからこそ、私たちの活動も続けてこられたのです。私たちは冷静に考え直さなければなりません。


【集団的自衛権を問う】 志願は激減 徴兵制も
 元防衛官僚・加茂市長 小池清彦さん(77歳)
 (2014年6月25日 朝日新聞)

 集団的自衛権の行使にひとたび道を開いたら、拡大を防ぐ手立てを失うことを自覚すべきです。日本に海外派兵を求める米国の声は次第にエスカレートし、近い将来、日本人が血を流す時代が来ます。自衛隊の志願者は激減しますから、徴兵制を敷かざるを得ないでしょう。

 米国の要求は原則として断れません。防衛庁勤務時代、当時悲願だった国産戦闘機の製造プロジェクトに関わりました。いざ作ろうという段で米大統領から首相に「日米共同開発で」と電話があり頓挫しました。日米関係はそんなものです。

 平和憲法は国の宝です。9条があったから、朝鮮戦争にも、ベトナム戦争にも参戦しなくて済みました。そう自覚したのが1990年、イラクのクウェート侵攻後、自衛隊を初めて海外出動させる国連平和協力法案が議論された時です。

 このとき、「日本が世界の警察になってはだめだ」と事務次官に直談判しました。結局、廃案になりました。3ヵ月後、当時の防衛長官に「廃案になって良かった。通っていればと思うと、いまでもぞっとする」と耳打ちされました。

 全国の多くの首長たちが首相のやり方に異論を唱えていると聞きます。私も防衛庁内で上申して左遷させられた経験があり、国に盾突くのには勇気がいることはわかっています。それでも、集団的自衛権の問題は日本の将来に関わる話。声を上げることは、今を生きるものの責任だと思います。

元防衛官僚・加茂市長 志願は激減 徴兵制も


僕らの未来 大人が決めるな 中学生 中村 伊希 (香川県 12)
 (2014年7月6日 朝日新聞 「声」)

 憲法の解釈を変えて集団的自衛権の行使を認める閣議決定がなされました。新聞やテレビのニュースを見るたびに、危機感を覚えます。学校では歴史の授業で「戦後」日本の不戦の歩みについて学んできました。でも、いま自分が生きているこの時代が、「戦前」のように思えてなりません。憲法9条の改正に向け、着々と準備が進められているように思えるからです。

 平和憲法が骨抜きにされれば、僕たちは大人になったとき戦争に行かなければなりません。僕は、戦争には行きたくないです。人を殺したくないです。紛争の解決には武力行使以外の方法があると思うし、そういう姿勢を世界に示せる日本であってほしいのです。

 「子どもたちに夢を」と口癖のように言う大人が、僕たちが戦争に行かなければならないような判断をするのは許せません。子どもを、孫を、戦争に行かせたいですか。政治家のみなさん。一度立ち止まって、未来を生きる僕たち若い世代のことを考えてください。

僕らの未来 大人が決めるな


僕は戦場で人を殺せません 中学生 福島佑樹(東京都15)
(2014年6月25日 朝日新聞 「声」)

 日本が憲法の解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認し、戦争ができる国になる可能性が日々ましています。おそらく戦場へむかわされるであろう世代のひとりとして、気持ちを述べさせていだだきます。

 僕の友人の中にも、集団的自衛権の行使が必要だと考える人はいます。しかし僕は反対です。徴兵され、戦場に送られ、人を殺したくないからです。

 人を殺すことは、通常の世界では最も重い罪です。しかし戦場では、その一番重い罪である人殺しを命令されるのです。命令に従うのがよいことで、命令に背けば罰せられます。この矛盾が僕には理解できず、受け入れられません。

 それに、人は何のために生まれてくるのでしょうか。戦いで人を殺したり、殺されたりするためではないはずです。全ての人間に与えられる人生は、たった一度です。人を殺した罪を引きずって生きたり、自分が望まない時に命が無理やり終わったりすることは、あまりにも残念で、悲しいことです。

 集団的自衛権の行使は、海外で人を殺すことを伴います。僕には、それは絶対できません。集団的自衛権の行使の意味を、国全体で考え直す必要があると強く思います。

僕は戦場で人を殺せません

       *       *

イラク戦争で奪われた莫大な人命の犠牲- 総括をしないのは人類の汚点 
(2013年3月20日 yahooニュース)から抜粋

2003年3月20日にイラク戦争が開始されてから10年がたつが未だこの戦争の過ちについて十分な総括が国際的になされていない。イラク戦争は、国連安保理の許可を得ない武力行使であり、明らかに国連憲章違反であったし、その理由とする「大量破壊兵器」は存在しなかった。この誤った戦争により、イラクはあまりにも壊滅的な打撃を受け、人命を奪われた。

アメリカ、ジョンホプキンズ大学ブルームバーグ公共衛生大学院の研究では、2003年のイラク戦争の結果として約65万5千人のイラク人が死亡したと推定、WHOはイラクで2003年3月から2006年6月までに15万1千人が暴力によって死亡したと推定している。

子どもたちの遺体を前に涙をぬぐう男性

2004年4月と11月の米軍によるファルージャ総攻撃では、戦争犯罪に該当する「民間人攻撃」が行われたとされ、多数の民間人が殺害されたという。白リン弾や劣化ウラン弾等残虐兵器が民間人の居住地で、市民に対する危害を最小限に抑える手段を一切講ずることな大量に使われ、おびただしい死者が出た

白リン弾使用については、イタリアのドキュメンタリーでその残虐性、極めて残酷で深刻な被害が暴露されている。アメリカ軍がアブグレイブやその他の刑務所で、拷問・非人道的取り扱いに該当する身体的虐待や侮辱などの行為をイラク人拘留者に対して行ったことは多くの証拠に裏付けられている。

こうした行為は何より戦争犯罪の可能性が高いが、きちんとした調査は行われず、ほとんど誰も責任を問われていない。訴追されるのは少数の末端の兵士だけ。意思決定に関わったトップレベルの人々、ブッシュ元大統領やラムズフェルド元国防長官、拷問を正当化した司法省、国防省関係者等の責任は全く問われていない

超大国が大規模かつ残虐な人権侵害をして幾多の罪もない人を殺害しても誰も責任を問われない、そのようなことでは、大国の都合でおびただしい虐殺が今後も果てしなく繰り返されるだろう。

伊藤 和子(弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長)
    
        *         *

戦争が繰り返されるのを喜ぶのは誰か

2013年、米紙ワシントン・ポストは、「昨年(2012年)自殺した現役米兵が349人と過去最多を記録し、アフガニスタンでの昨年の戦死者(229人)を上回った」と報じた。

東京新聞は「イラク帰還の陸上自衛隊員の自殺率は日本平均の14倍以上」と報じていた。

イラク戦争で、若い米兵がこう言っていた。
「イラクでは大人も子どもも敵だと思わないといけないんだ」

米兵「イラクでは子どもも敵と思わないといけないんだ」

手を合わせて泣いているイラクの女の子

イラク戦争 犠牲になった子どもを抱く米兵

兵士たちは、「もう戦争は嫌だ!もう人を殺すのは嫌だ!」と叫んでいるのだと思う。

ここで、大きな疑問が生じる。
では、いったい誰が戦争を望んでいるのか。

それは、自らが戦場に出向くことなく、戦争で儲けている者たちだろう。
例えば、軍需産業の経営者たち。「世界の軍需産業収益ランキング」2007年のデータでは、米国の企業がベストテンの中に7社も入っている。そして、世界1位のロッキード・マーティン社だけで、385億ドル(約4兆5000億円=当時の為替レート)も収益を上げている。

世界の軍需産業収益ランキング 2007年

こうした軍需産業は、世界に戦争や紛争が増えるほど兵器を増産して利益を増やすことができる。
日本の軍需産業も 安倍政権になって、いとも簡単に「武器輸出」ができる国に変更された。
そして、戦争ができなかった国を戦争できる国に変えようとしている。

2014/06/20

子どもの甲状腺がん50人 疑い39人 リンパ節転移が多数

子どもたちが何人甲状腺がんになっても「被曝の影響は考えにくい」で済ませてしまう福島県と国。そして、そのコメントをそのまま報道するマスメディア

甲状腺がんと福島原発事故の関係を認めるのに何年かかるのだろうか?

チェルノブイリ原発事故の後、IAEA(国際原子力機関)などが原発事故と甲状腺がんの因果関係を認めたのは事故から10年後だった。それと同じことが福島原発事故でも繰り返されている。

安倍首相は、オリンピック誘致のプレゼンで福島原発事故の影響について質問されたとき、「健康問題については、今までも現在も将来も全く問題ないと約束する」と信じられないことを世界にむけて公言した。

安倍首相「健康問題については、今までも現在も将来も問題ないと約束する」

しかし現実は、放射能汚染地の子どもたちに病気が急増している

心疾患死亡に関する人口統計において、福島県の心疾患死亡率が全国1位(原発事故前年の8位から1位)になっている。

福島と周辺県の心疾患死亡率が増加

     2010年度  2011年度  増加率   
福島   197.6   226.0   14.4%  
宮城   141.3   160.0   13.2%  
茨城   150.1   165.9   10.5%  
岩手   202.6   219.3    8.2%  

全国平均 149.7  154.4    3.1% 

*2011年度は、2011年4月~2012年3月 

心疾患死亡率 2011年と2012年度の比較
(秋田県が公開したデータ)

また、心疾患につながる心電図の異常が放射能汚染地の子どもに増えている。

児童、生徒の心電図異常増加…茨城
(2013年1月4日 読売新聞)から抜粋

 茨城県取手市の市立小中学校の学校検診で、心電図に異常がみられる児童、生徒の数が、昨年度から増加していることが、生活クラブ生協取手支部など市内3団体の調査でわかった。検査は小中学校の1年生に実施し、毎年度5月に1600~1700人が受診。精密検査が必要とされた子供は、2010年度までは最高で1・79%だったのが、11年度は2・38%12年度は5・26%になった。

 また、精密検査で疾患や異常が見つかった子供は、10年度までは最高0・71%だったが、11年度は1・28%12年度は1・45%だった。ただし、12年度は「要精密検査」とされながらも、公表時点で受診していない子供が3分の1以上おり、3団体は「受診者が増えれば数値が上がる可能性がある」とみている。

そして、子どもたちの甲状腺がんが激増している。

チェルノブイリも福島も、事故の翌年から小児甲状腺ガンが増加

(2012年9月11日) 1人が甲状腺がんと判明 
(2013年2月14日) 2人増え、3人が甲状腺がん+「がんの疑い」は7人
(2013年6月05日) 9人増え12人が甲状腺がん+「がんの疑い」は15人
(2013年8月20日) 6人増え18人が甲状腺がん+「がんの疑い」は25人
(2013年11月12日)8人増え26人が甲状腺がん+「がんの疑い」は32人
(2014年02年07日)7人増え33人が甲状腺がん+「がんの疑い」41人
(2014年05月19日)17人増え50人が甲状腺がん+「がんの疑い」39人

通常、子どもの甲状腺がんは100万人に1~2人 
 福島県の子どもの甲状腺がんは約36万人で50~89人
 つまり福島では、100万人に140人~250人(通常の100倍以上)

福島県立医大の鈴木真一教授は、マスコミに対して毎回のように「チェルノブイリ原発事故では最短で4年後に発症が増加している」から福島県の甲状腺がんは、原発の影響ではないと発言し、マスコミもその言葉をそのまま記事にしているが、ベラルーシの統計では事故の翌年から毎年増えている

ベラルーシの甲状腺がん増加データ(86?2000)

77年から97年 ベラルーシの子どもの甲状腺がんの数
(「原発危機を考える」より)


18歳以下1人が甲状腺がん 福島健康調査8万人分析
放射線の影響は否定

(2012/09/11 共同通信)から抜粋

 福島県立医大の鈴木真一教授は「チェルノブイリでも甲状腺がんは(発生まで)最短4年。福島では広島、長崎のような外部被ばくや、チェルノブイリのような内部被ばくも起きていない」と述べ、放射線の影響を否定した。

発足当初から「秘密会」などを開いて信頼を失った福島県の「県民健康管理調査」検討委員会は、子どもたちに甲状腺ガンが見つかり始めたときから一貫して、「被ばくの影響は考えられない」と原発事故の影響を否定し続けている

福島健康調査で秘密会 県、見解すり合わせ 会合シナリオ作る
 (毎日新聞 2012年10月3日)

「秘密会」に対する批判を浴びて、検討委の座長を辞任した山下俊一教授に代わって甲状腺がん調査の中心人物となった鈴木真一教授は、「他県に比べ異常な数値は出ていないのか」という問いに対し「他県も同じような割合だ」と答えている

しかし、実際の統計はそうではない。
2006年の統計で、甲状腺がんと診断された20歳未満の人は【全国で46人】 
一方、2013年2月発表から2014年2月発表までの1年間で【福島県で32人】も見つかっている。(全国の70% 福島県の人口は全国の1.6%)
もしも本当に「他県も同じ割合」だったら、全国の20歳未満の甲状腺がんは46人ではなく2000人(2000×0.016=32人)になる。


「福島の小児甲状腺がん多発は統計的有意」津田敏秀・岡山大学教授
(2013年7月3日 My News Japan)から抜粋

福島県避難区域の子どもたちへの甲状腺検査で38,114人中10人の甲状腺がん(3人確定7人疑い)が見つかった。「疑い」は「10%の偽陽性=確定率9割」とされ、計9.3人となる。日本での小児甲状腺がんの発生率は年間100万人中1人で、単純比較で262倍。潜伏期間7年(今回の調査で7年間分のがんを見つけた)としても37.48倍だ。疫学エキスパートの津田敏秀・岡山大学教授は、これら様々な分析を行った上で「がんの潜伏期を考慮しても顕著な多発が起きている」「原因が被曝でないとすれば、原因不明の多発が起きている」とし、極端に甘い条件を当てはめない限り、統計的有意差は消えない、と結論付けた。

津田敏秀教授「小児甲状腺がんと被ばく 因果関係を否定できず」


すでにチェルノブイリ以上のペースで子どもの甲状腺がんが増加し続けているが、もしも安倍首相が、「公言した約束」を守るために、2020年の東京オリンピックが終わるまで因果関係を認めず、「福島県健康調査は不十分」と指摘している国連報告書を無視したり、被ばく対策が不十分なままに事態が推移したとき、健康被害はどれほど拡大するだろうか?

福島県の「県民健康調査」検討委員会が5月19日に開かれ、甲状腺がんであることが「確定」した子どもは前回(2月)の33人から17人も増えて50人になり、「がんの疑い」39人を合わせると「悪性ないし悪性疑いは89人」になった。

福島県民健康調査 甲状腺がん 確定50人疑い39人

それでも検討委の星北斗座長は、チェルノブイリ原発事故では事故から4~5年後に子どもの甲状腺がんが急増したというデータを基に「現時点では放射線の影響は考えにくい」と、これまでの見解を繰り返した。

それでは何が原因で、多数の小児甲状腺がんが見つかっているのか――検討委や政府は、スクリーニング効果(症状が現れていないのに多数を検査したからたくさんのガンが見つかった)と言っている。 それも増えた理由の一つであることは否定しないが、それだけでは説明がつかないほど異常な増え方をしている。

特に心配なことは、チェルノブイリと同様に甲状腺がんがリンパ節に転移している子どもが多いことだ。このことは、チェルノブイリ原発事故で汚染されたベラルーシのデータにもはっきりと現れている。

ベラルーシでのリンパ節への転移グラフ
(菅谷昭(医師、長野県松本市長)著 『原発事故と甲状腺がん』より)

ベラルーシでは、リンパ節への転移が14歳以下の子どもの3分の2に現れており、肺への転移も6人に1人の高率で現れている。(私がベラルーシで出会ったナターシャさんは、2人の子どもをガンで亡くしているが、息子さんは甲状腺がんが肺に転移して亡くなっている


福島、がんの転移数公表求める 子どもの甲状腺検査で
(2014年6月10日 東京新聞)から抜粋

東京電力福島第1原発事故の放射線による影響を調べている福島県は10日、子どもの甲状腺検査に関する評価部会を福島市で開いた。甲状腺がんの子どもが50人に上ることに関し、出席した専門家は過剰治療ではないかと指摘、検査を進める福島県立医大に対し、がんの転移があった人数などのデータを出すよう求めた。

 甲状腺検査は、震災時18歳以下の約37万人が対象。これまでにがんと診断が確定した子どもは50人、がんの疑いは39人に上る。


リンパ節転移が多数 福島県の甲状腺がん
 (2014年6月10日 ourplanetTV)から抜粋

(福島原発事故による)健康影響を調べている福島県民健康調査の検討委員会で10日、甲状腺がんに関する専門部会が開催され、スクリーニング検査によって、多数の子どもが甲状腺手術を受けていることについて、前回に引き続き過剰診療につながっているかどうかで激論となった。議論の過程で、手術している子どもに、リンパ節転移をはじめとして深刻なケースが多数あることが明らかになった。
 
手術を実施している福島県立医大の鈴木真一教授は、「過剰診療という言葉を使われたが、とらなくても良いものはとっていない。手術しているケースは過剰治療ではない」と主張。「臨床的に明らかに声がかすれる人、リンパ節転移などがほとんど」として、放置できるものではないと説明した。
 
渋谷教授が「リンパ節転移は何件あるのか」と追及すると、鈴木教授は「取らなくてよいがんを取っているわけではない」と繰り返しつつも、「リンパ節転移の数は、ここでは公表しない」と答えた。
 
こうした議論を受けて、日本学術会議の春日文子副会長は、現在、保健診療となっている2次検査以降のデータについても、プライバシーに配慮した上で公表すべきであると主張。また1次データの保存は必須であると述べた。
 
これについて、広島県赤十字病院の西美和医師も「部会として希望する」と同意。また、渋谷教授もデータベースを共有する必要があるとした。座長の清水教授もその必要性を認めたため、次回以降、手術の内容に関するデータが同部会に公表される方向だ。

 

問題なのは、甲状腺がんとその転移や心臓病だけではない。様々な病気が放射能汚染地で増えている。チェルノブイリ原発事故から26年後を取材したNHKでも詳しく説明している。

チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告
「第2回 ウクライナは訴える」
(NHK ETV特集)

2011年4月、チェルノブイリ原発事故25周年の会議で、ウクライナ政府は、汚染地帯の住民に深刻な健康被害が生じていることを明らかにし世界に衝撃を与えた

チェルノブイリ原発が立地するウクライナでは、強制避難区域の外側、年間被ばく線量が5ミリシーベルト以下とされる汚染地帯に、事故以来26年間、500万人ともいわれる人々が住み続けている。

公表された「Safety for the future未来のための安全」と題されたウクライナ政府報告書には、そうした汚染地帯でこれまで国際機関が放射線の影響を認めてこなかった心臓疾患や膠(こう)原病など、さまざまな病気が多発していると書かれている。

特に心筋梗塞や狭心症など心臓や血管の病気が増加していると指摘。子供たちの健康悪化も深刻で2008年のデータでは事故後に生まれた子供たちの78%が慢性疾患を持っていたという。報告書は事故以来蓄積された住民のデータをもとに、汚染地帯での健康悪化が放射線の影響だと主張、国際社会に支援を求めている。

また、チェルノブイリ原発事故から28年後を取材した独立系メディアourplanet-TVの映像報告「チェルノブイリ・28年目の子どもたち(2014年4月25日公開)も低線量長期被ばくの影響を詳しく伝えている。

東北や関東には、「チェルノブイリ法」で定められた年間0.5~1ミリシーベルトの「放射線監視地域」と、1~5ミリシーベルトの「移住(避難)の権利がある地域」に相当する汚染地域がたくさんある。そして、チェルノブイリ法では、そこに住むことが禁じられている年5ミリシーベルト以上の汚染地域に、今も多くの人々が暮らし続けている。

クリアな関東汚染地図・小出講演

小出裕章氏(京大原子炉実験所)「この青のところは、少なくても6万ベクレルを超えて汚れている。その周りのくすんだ緑のところだって、3万ベクレルから6万ベクレル汚れている。大地がみんな汚れている。メチャクチャな汚染だと私は思います。

福島県の東半分、
宮城県の南部と北部、
茨城県の北部と南部、
栃木県・群馬県の北半分、
千葉県の北部、埼玉県・東京都の一部、
あるいは新潟県の一部であるとか、岩手県の一部

そんなところまでが放射線の管理区域にしなければいけない、というほどの汚染を受けているのです。何度も言いますが、放射線管理区域というのは、私のような特殊な人間が特殊な仕事をする時に限って入ってよいという場所なのです。 普通の人は入ってはいけないし、子どもなんていることは、到底許されないという場所がこんなに広がっているということです」(全文はコチラ

小出さん・放射線管理区域・日本地図

こうした年5.2ミリシーベルト以上の「日本の放射線管理区域」よりも汚染レベルが低い(0.5~5ミリシーベルト)ウクライナのコロステン地区にある第12学校(小中学校)では、チェルノブイリ原発事故後、体育の授業を健康診断の結果に応じて4つのグループに分けるようになった。

645人の生徒のうち健康な子どもが参加する基本グループは157人(24%)、配慮が必要な子どもが参加するグループは385人(60%)、慢性的な疾患を持つ特別グループの子は90人(14%)、障害などがあり、体育を免除されている子どもは13人(2%)。体育の時間に突然死する子どもが増えたため、2年前から保健省が心肺機能を測定している。

チェルノブイリ原発事故で汚染されたウクライナ、ベラルーシ、ロシアの3つの共和国では、事故から5年後に「チェルノブイリ法」が制定された。

チェルノブイリ法」では、年間被ばく線量が0.5ミリシーベルト(土壌汚染が37kベクレル/m2)以上の地域で、医療政策を含む防護対策が行われる。1ミリシーベルト以上であれば、避難の権利があり、5ミリシーベルト以上の地域は、移住の義務がある

チェルノブイリ法の避難基準

日本でも2011年10月に5ミリシーベルト以上の地域は、避難(移住)させようとしたことがあったが、賠償額の増加を恐れて断念したままになっている。

福島の帰還基準、避難者と賠償額の増加を恐れて「年5ミリ」とせず

原発事故で避難した住民が自宅に戻ることができる基準を「年20ミリシーベルト以下」から「年5ミリシーベルト以下」にする案を政府が検討したが、避難者が増えることを懸念して見送っていた。

「多くの医者と話をする中でも5ミリシーベルトの上と下で感触が違う」と5ミリ案を検討。チェルノブイリ事故では、5年後に5ミリの基準で住民を移住させた。年換算で、5.2ミリ超の地域は 放射線管理区域に指定され、原発労働者が同量の被曝で白血病の労災認定をされたこともある。ところが、5ミリ案は実行されなかった。「20ミリ案は甘く、1ミリ案は 県民が全面撤退になるため、5ミリ案を検討したが、避難者が増えるとの議論があり、固まらなかった」 「賠償額の増加も見送りの背景にある」(2013年5月25日 朝日新聞)から要約

記事全文

こうして日本には、年間5ミリシーベルト以上でも避難させる法律がなく、1~5ミリシーベルトのエリアにも避難の権利がないまま放置されている。そして、心臓病が増えても子どもたちの甲状腺がんが激増しても「放射能の影響とは考えられない」で済ましている

もしも、安倍首相や政府が今後も「健康問題については、今までも現在も将来も全く問題ない」という態度を取り続けた場合、最大の犠牲者が子どもたちであることは間違いないだろう。

原発を輸出するため、原発を再稼動させるため、原発事故の被害を小さく見せたいため、被害者への補償額を少なくするため、「復興」のため、オリンピック開催のため・・・被害を直視せず、子どもたちの健康や生命を軽視し続けている

安倍首相や政府が憲法の解釈を変えたり、改憲してまで「自衛」しようとしている「国」とは、何なのか。最も大切な「子どものいのち」すら守らない「国防」に何の意味があるのか。

最後に、ベラルーシ科学アカデミーのミハイル・マリコ博士の言葉をかみ締めたい。
チェルノブイリの防護基準、年間1ミリシーベルトは市民の声で実現されました。核事故の歴史は関係者が事故を小さく見せようと放射線防護を軽視し、悲劇が繰り返された歴史です。チェルノブイリではソ連政府が決め、IAEAとWHOも賛同した緩い防護基準を市民が結束して事故5年後に、平常時の防護基準、年間1ミリシーベルトに見直させました。それでも遅れた分だけ悲劇が深刻になりました。フクシマでも、早急な防護基準の見直しが必要です
地球の子ども新聞 2012年11月号)

Copyright © 2009 株式会社ウインドファーム.  

中村隆市ブログ「風の便り」 コーヒー関連ブログ「豆の便り」 スタッフブログ「土の便り」 /abbr/li