2012/01/11

ドイツ紙:放射線被曝に詳しいジーデントプフ医学博士インタビュー

重要な記事がありましたので、紹介します。

ドイツTAZ紙:デルテ・ジーデントプフ医学博士インタビュー
(2011年2月27日 Canard Plus)
から転載
ソース:TAZ:Ärtztin mit sozialer Verantwortung (社会的使命感を負った女医)

女医デルテ・ジーデントプフは、20年来、チェルノブイリの子供達を療養滞在のためドイツに招聘し続けて来た。彼女は、福島事故に対する措置に、ただただ唖然としている。(ガブリエレ・ゲートレ取材)

***

12月初旬、ジーデントプフ博士は私達取材班を、ベルリン・パンコフの市民公園沿いにある彼女の小さな屋根裏のアパートに迎え入れてくれた。 お茶とクッキーをはさんで、今までの救援活動や経験について語ってくれる。

一番ひどいのは、責任者達がチェルノブイリから何一つ学んでいないことです。チェルノブイリ事故よりもさらに規模の大きい福島原発事故に対する対応ぶりには、私は茫然自失としています。日本政府が避難地区を事故に見合った範囲に拡大しなかったこと、女性や子供達を即座に安全な南部に避難させなかったことに対しては、ただただやり場のない怒りを感じるだけです。そうした適切な措置を取る代わりに、国民はシステマティックに騙されてきました。実際の危険に関する情報は伝えられない、あるいは伝えられても誤った情報である。なんという無責任でしょう。これから日本の方々を襲おうとしている健康問題は想像を絶します。しかも政治と原子力産業はそのことを黙認しているのです! 世界中で!

チェルノブイリの先例を見れば、事故の規模についてはある程度想像が出来るでしょう。多くの人々がチェルノブイリははるか昔のことだ、ウィキペディアで調べられるような過去の事故だと考えています。しかし汚染地域の住民達は1986年から現在までチェルノブイリ事故と共に生活してきているのです。事故による被害は収束するということを知りません。自然災害と違って、原発事故の被害は時間の経過と共に減少していく代わりに増大していくのです。しかもその期間は今後少なくとも300年間にも及びます。このことに関しては後ほどもっと詳しくお話しましょう。(Gesundheitliche Folgen von Tschernobyl, 20 Jahre nach der Reaktor- Katastrophe )」

人々は何十年にも渡って汚染地域で生活してきた

「その前にまず 何故私達が援助活動をベラルーシーで始めるようになったのか、手短にお話しましょう。チェルノブイリ事故による汚染地域の大部分はベラルーシーにあるのです。当時のソ連邦に降下した放射性物質の70%が当時の旧ソ連ベラルーシー共和国に降り注ぎ、国土のおよそ四分の一が放射能汚染されました。ベラルーシーの国境は原子炉から約15キロの距離にあります。

それだけではありません。事故後、風向きが変わって放射能雲がモスクワに向かい始めたとき、ヨウ化銀を用いた人工雨によって、大急ぎで放射性物質のベラルーシー領域への降下が促進されたのでした。もちろん住民には何も知らされませんでした。五月初旬のよく晴れた日、突然空からべとべとした黄色い雨が落ちて来たと人々は語ります。 このことは長年の間住民に明らかにされず、ただ移住が行われ、指令が出され、人々をなだめすかせるようなことが行われただけでした。計測器は厳重に禁止されていました。

特に汚染がひどかったのがゴメルとモギリョフでした。このモギリョフ地方にあるのが、私が20年来足を運び続けている小都市コスジュコヴィッチなのです。ゴメルとモギリョフ両地方は大きな面積が放射能汚染され、約百万人が移住させられましたが、移住を実行するためにはまず大きな都市や区域に家々を建設しなければなりませんでした。ミンスク(ベラルーシー首都)周辺には大きな街が建てられました。新しい住居に移住できるようになるまで、多くの人々は十年間も汚染地域に住み続けなければなりませんでした。そして今でも多くの人々が汚染された土の上に住み、農業に従事しています。

ソ連邦が崩壊した後には、こうした措置の責任はすべてベラルーシーが負うことになりました。私達の「区域」だけでも8000人の住民が移住させられました。26の村が取り壊され、土に埋められました。放射能汚染地域の村々の多くは、空っぽのまま取り残されています。そこには老人達が帰郷したり、町で生活していけないアフガニスタンやチェチェン戦争の旧軍人達が住み着いたりしています。

チェルノブイリ周辺の閉鎖区域でも似たような光景が見られます。古い村に人々は電気も水道もないまま住み続け、自分達の手でなんとか生き延びています。この地域の地面は砂地です。ベルリンと同じで、白樺の森はベルリンからモスクワまで続いています。この土地では地下水は浅く、放射性物質が年に2センチずつ沈下していくと考えると、現在では地下50センチまで達していることになり、地下水まであとわずかです。

国家予算の半分

そういうわけですから、彼の地では大々的な変革が起こりました。ベラルーシーは莫大な医療費を負担しなければいけませんでした。チェルノブイリ事故後十年、十五年に渡って行われてきた国土に対する対策、校庭の除染ですとか、取り壊しなど。いったいその汚染土がどこに運ばれていったのか私は知りません。こうした費用はすべてベラルーシーが負担しなければなりませんでした。おそらく国家予算の半分はチェルノブイリ事故処理のために消えていったと思われます。

とうとうある時期、ソ連時代のような比較的気前の良い措置を実施し続けることは望まれなくなり、また続けることも不可能になったのです。ルカシェンコ大統領がチェルノブイリ事故は収束したものであり、博物館に収めるべき過去の出来事であると発表したのはそのためです。放射能汚染されていたベラルーシーの地域はすべて安全になったと公式表明されました。

旧リキダートア達(事故処理作業員)で証明書を保持する者には、事故後20年間、「石棺費」と呼ばれる補償が支払われてきました。また移住をさせられた人々も請求権を所持していました。こう言った手当てが広範囲に中止されてしまったのです。決して多額ではありませんでしたが、その他に無料に施されていた医療手当ても廃止されてしまいました。またチェルノブイリ事故の影響と認められてきた幾つかの病気も、現在では容易には認められなくなりました。

事故を起こしたチェルノブイリ原発とその周辺地域には、およそ百万人の「事故処理作業員」 が送られました。ほとんどが若者です。そして多くがベラルーシー出身でした。今日こうした作業員のほとんどが身障者です。肺癌、甲状腺癌、心臓疾患、腎臓や胃腸の障害、白血病のほか、精神病を病んでいる者もあります。すでに約十万人が40~50代で亡くなっています。自殺をした者も数多くあります。それなのにあっさりと「チェルノブイリは過去のものだ」といわれるのです。ミンスクでは抗議運動が起こりました。そして現在キエフでも旧リキダートア達が、ウクライナ政府が目論んでいる年金や手当て打ち切りに対してハンガーストライキを行ったところです。

例えばベラルーシーでは、被害者達は幼稚園や学校給食が無料だったり、子供達は特別のヴィタミン剤や保養を受けることも出来ました。保養こそ今でも年に一度受けることが出来ますが、その他の措置はすべて打ち切られてしまいました。ヴィタミンたっぷりの給食もです。被害者達は今でも証明書を所持していて私達に見せてくれますが、実際には価値がなくなってしまったわけです。事故当時の請求権はすべて廃止されてしまったのです。

そもそも収入が少ない上に体も壊している人々にとって、こうした廃止や短縮はすぐに響きます。今もちょうど毎年恒例の地方税増税を行ったところです。つまり水道代と暖房費。例えばこの暖房ですが、田園地帯を通って耐寒措置の施されていない配管から都市や大きな住宅、団地に送られるので、途中で多くの熱が失われてしまいます。そして人々は失われた暖房分も支払わなければなりませんから、村に住んだ方が安くあがることになります。

国民の生活を圧迫する国家巨大赤字は、確かにチェルノブイリ事故処理を原因とする面もありますが、ずさん極まりない経済体制によるところも大きいのです。ベラルーシーのハイパー・インフレは目下113パーセントにも昇ります。国民の平均所得は月々150~300ユーロ(約1万5千円~3万円)です。外国での就労は認められていません。

反対運動はまったく存在を許されない

ベラルーシーと新たなEU参加国であるポーランドやラトヴィア、リトアニアへの国境は非常に近いです。しかし問題はお金や国家破綻の脅威だけではありません。20年間この国はどうにも民主主義を樹立させられずにいるのです。政権に対する反抗はまったく許されません。それでもなお抗議運動が起こるのです。新しい原発建設と言うとんでもない政治決定に対する抗議です

ベラルーシーは原発を所持しません。しかし福島原発事故後間もなくルカシェンコは、ロシアの支援を受けて、リトアニアとの国境から20キロの場所にあるオストロヴェッツに原発を建設すると発表しました。その後ルカシェンコとプーチンの間で契約も締結されました。建設費用は50億ユーロ以上掛かると言われていますが、この新型でまったく安全な原発により、クリーンで安価なエネルギーの供給が可能になり、雇用も増加するというお決まりのプロパガンダが行われています。東でも西でも原発産業はまったく変わりません

(中略:デルテさんのベラルーシー訪問や支援活動について語られますが長いのでいったん略させていただきます)

さて、現地の人々の健康状態についてお話しましょう。ドイツでは耳にすることのない内容です。次のことをよく念頭に入れておくことが重要です:事故から時間が経過するとともに、人々の健康と生物学上の被害は甚大になっていくのです。ドイツ政府もマスコミも、ルカシェンコ大統領と同じ様にこの事実から目を逸らそうとしています。事故は過去のもの、博物館入りしたものと言う政治決定がなされたからです。

身を隠す母親たち

チェルノブイリ事故後、様々な異なる被害の波が発生しました。最初の波はまず成人に襲いかかりました。リキダートア達、放射能汚染した村を訪れた医者やその他の人々、そしてそう言う場所に住んでいた人々の多くが間もなく癌で亡くなったのです。またもう一方で、間もなく子供達も被害を受け始めました。ベラルーシーではヨード不足が蔓延しています。ベラルーシーには海岸がありませんから。その点日本は幸運でした。蔓延するヨード不足のため、ベラルーシーの子供達は甲状腺に大量の放射性ヨウ素を取り込んでしまいました。放射性ヨウ素は半減期が短いので、最初の十日間で取り込まれたことになります。

またチェルノブイリ事故後、被害を受けた妊婦を全員堕胎させる試みが行われました。しかし一部の妊婦達は身を隠してしまったのです。そしてその翌年生まれてきた子供達の間にも、甲状腺癌が現われたのでした。甲状腺癌はチェルノブイリ事故以前には子供にはまったく見られなかったのに、今では4000人の子供の甲状腺癌がベラルーシーでは公的に認められています。この子供達は手術を受け、放射性治療を受けました。それでも一生ホルモン投与を続けなければ、クレチン病 (甲状腺機能低下による先天性の病気; 体の奇形・白痴症状を伴う)を患ってしまいます。こうした一連の治療は、後年発症した機能障害のケースも含めて、事故から25年が経過した今日でも無料で行われるべきです。

続く世代には血液の病気が増発しました。ですから私達は「チェルノブイリは遺伝子の中で荒れ狂っている」と表現するのです。そしてこの現象はあと300年間続くことになるでしょう。これはストロンチウムとセシウムの半減期30年を十倍して計算した大まかな期間です。そして少なくとも7から8世代を意味します。半減期が2万4千年のプルトニウムには言及しません。糖尿病も問題の一つで、成人のみならず子供や特に新生児に見られます。かつてはありえなかったことです。

糖尿病に対して、ベラルーシーは二種類のインシュリンを購入して、すべての患者に対応しようとしています。しかし子供には少なくとも三種類のインシュリンが必要です。これはNGOが面倒を見なければ、手に入らない状態です。NGOはまた、不足している知識を人々に広める役割も果たしていますさらなる問題としては、子供の視力障害、白内障が挙げられます。また女性の間では乳癌が増加し、患者の多くは5年以内に命を落としてしまいました。もしかしたら被曝によって引き起こされる癌は、通常の生活の中で発生する癌よりもタチが悪いのでしょうか?

奇形の数も増えました。堕胎は大きなテーマです。ベラルーシーには避妊費用を負担できる人がほとんどいないのです。ですからこれは大きな問題です。また逆に不妊に悩む夫婦の問題も発生しています。コスチュコヴィッチでは30%の夫婦が、望まない不妊に悩んでいます。また現在6,7,8,9歳の子供達の間で悪性腫瘍が増加し、新たな問題となっています。脳腫瘍や骨の腫瘍です

まだまだ問題はあります。放射能汚染した地域では、傷口がなかなか癒えないのです。これはドラマチックでした。原因は免疫力の低下骨に取り込まれたストロンチウムのせいです。骨の中では血液が製造されますが、それが常に被曝を続ける状態になるわけです。ちょうどエイズと同じような状況で、抗体が製造されなくなるために予防接種が効かないのです。そのために予防接種にも関わらず急性灰白髄炎(ポリオ)が増加しました。予防接種が効かなくなったせいと栄養状態が悪いせいで結核も増加しました。その上人々は自家菜園に雨水を撒き、秋になると今でも汚染度の極めて高いキノコや野いちごを収穫します

傷ついた細胞

被曝が直接引き起こす健康被害にはまた、身体又は精神に障害を持つ子供の増加があります。女性の卵巣は胎児の状態ですでに形成されることをよく知っておかなければなりません。そして細胞の多くは約8百万個の卵胞に発達します。母体が受けている傷はすべてこうした細胞に伝達されます。胎盤という保護膜がありますが、よりによって放射性物質はこの部分に凝縮しやすいのです。傷ついた卵子は修復されることができません。誕生時に1~2百万個が傷ついていることになります。思春期では約40万個がまだ残っています。依然傷ついたままの卵子を持った母体が妊娠すると、それに応じた障害が引き起こされるのです。もう一つ知っておかなければならない大事なことがあります。こうした遺伝子の障害や癌と言った症状の原因はすべて低線量被曝 だということです。これはリキダートア達を襲った被曝症状とは別物なのです。そして責任者達はこのことを頑なに認めようとしていません。

身体に取り込まれた人工放射性物質が内臓器官を傷つけるのは、波長の短い放射線を発するためです。放射性物質が細胞を傷けた場合起こりえる現象は四通りあります:

1)細胞は死亡する 
2)細胞の機能が障害を受ける
3)細胞は劣化し癌に変わっていく
4)細胞は修復される

4)が可能なのは成長した細胞だけです。胎児には修復機能は全く備わっていませんし、子供の細胞も修復はできません。子供の細胞は成長と分裂を行うように出来ているだけで、修復機能は徐々に取得されていくものなのです。そのため、子供達はひときわ被曝の脅威にさらされています。福島の妊婦と子供達が即座に避難させられなければいけなかったのもそのためなのです!

原子力産業の規模というものは、私達などにはまるで想像も及ばないほど巨大なものです。あまりに多くの経済的利権、お金が背景に絡んでいます。そして原子力産業とそのロビイスト達(これに含まれるのは政治家や関連組織ですが)は、徹底して冷笑的な存在であり、それに見合った行動を取ることだけは私達にもわかります。まずは被曝許容基準量が一番の例です。ベラルーシーとウクライナでさえ、被曝許容基準は私達(ヨーロッパ)よりも低いのです。とにかく世界には完全に中立の機関が一つとして存在しないのです。WHOには、放射線防護の専門家はたった1人しかいません。 それにどっちみちWHOは発言なんてできないのです。放射線問題に関しては完全に口を封じられてしまっているからです。1957年にIAEA(世界原子力機構)との間に結んだ協定によって、WHOは、本当の放射能危機に関するいかなる報告を行うことも阻止されているのです。私達はこの口封じの協定を断固として弾劾しなければなりません。IPPNWはこの協定の破棄を求めています!この協定を破棄することで、WHOはようやく自らの憲章前文を正当に実施することが出来るようになるかもしれません:「最高水準の健康に恵まれることは、 あらゆる人々にとっての基本的人権のひとつです。」

IPPNWは、2011年8月に公表したFoodwatch リポートにおいて明白な表現を行っています:「許容基準の設定とは、結局のところ社会が許容する死亡者数を意味するのである。」

***

医学博士デルテ・ジーデントプフ。1942年オルデンブルグ(北ドイツ)生まれ。同地でアビトゥア(大学入学資格)まで学び、1961年からヴュルツブルグ、ベルリン、ゲッティンゲンで人間医学を学ぶ。1966年学位取得試験、1968年博士号取得。1967年結婚し、子供二人を持つ。1970年からはヘッセン州ディーツェンバッハの共同診療所に一般医・心理セラピストとして常勤。2003年現役引退。

ジーデントプフ博士は1981年の創設当時からIPPNW(核戦争防止国際医師の会)に所属する。
90年代はじめ「ディーツェンバッハ・コスチュコヴィッチ友の会財団」を設立。年二回、ベラルーシに医療器具、衣服、自転車、ミシン、コンピューターなどの支援物資を送付
するなどしている。

ドイツでは20年来、チェルノブイリの子供達のための療養滞在が組織されて来ている。ディーツェンバッハ市ではホストファミリーが毎年夏にベラルーシーの子供達を迎える。今では「友の会」はメンバーの数も増え、コスチュコヴィッチ市との間に数々の交友を実現させてきた。何人かの実行グループのメンバーが世話を一手に引き受け、寄付金や物資支援も募集している。2009年チェルノブイリ事故から23周年の日には、両市は姉妹都市となった。ジーデントプフ博士は医師の夫を持ち、子供が二人いる。父親は地方医、母親は教師で主婦だった。

2012/01/08

「除染費用1兆円を被災者に渡しては」と江崎玲於奈氏提言

「除染費用1兆円を被災者に渡しては」と江崎玲於奈氏提言 から抜粋
(2012.01.07 07:00 NEWSポストセブン)

東日本大震災後、国を挙げて復旧・復興に取り組んでいる途上ですが、復興以外の「第二の選択肢」もぜひ検討してほしい。

たとえば、放射線量が非常に高い土地を完全に除染するとなると全国で1兆円を超えるお金がかかるといわれています。巨費を投じて除染をし、ふたたびその地に暮らせるようにすることもひとつの選択肢ですが、その費用を被災者に渡し、新しい土地で生活を始めるための資金として活用させる道を考えてもいいのではないでしょうか。

故郷で再び暮らしたいという気持ちもわかりますが、限られた資金を有効利用すれば、この災害を、まったく新しい産業を生み出す好機にも変えられるのです。

●江崎玲於奈:1925年、大阪府生まれ。東京帝国大学卒。東京通信工業(現ソニー)において、1957年になされた半導体内のトンネル効果発見の功績で、1973年にノーベル物理学賞受賞。1960?1992年の間渡米し、ニューヨークIBM中央研究所主任研究員。1992?1998年まで筑波大学学長。現在は横浜薬科大学学長、茨城県科学技術振興財団理事長を務める。

※週刊ポスト2012年1月13・20日号

脱原発が進まない理由→東電、与野党議員からパーティー券を購入

東電、10議員を「厚遇」 パーティー券を多額購入
(2012年1月8日5時0分 朝日新聞)

 東京電力が電力業界での重要度を査定し、自民、民主各党などで上位にランク付けしてパーティー券を購入していた計10人の国会議員が判明した。電力会社を所管する経済産業省の大臣経験者や党実力者を重視し、議員秘書らの購入依頼に応じていた。1回あたりの購入額を、政治資金収支報告書に記載義務がない20万円以下に抑えて表面化しないようにしていた。

 また、東電の関連企業数十社が、東電の紹介などにより、多数の議員のパーティー券を購入していたことも判明した。

 複数の東電幹部によると、東電は、電力業界から見た議員の重要度や貢献度を査定し、購入額を決める際の目安としていた。2010年までの数年間の上位ランクは、いずれも衆院議員で、自民では麻生太郎、甘利明、大島理森、石破茂、石原伸晃の5氏、元自民では与謝野馨(無所属)、平沼赳夫(たちあがれ日本)の2氏。民主では仙谷由人、枝野幸男、小沢一郎の3氏だった。

2012/01/07

みんなで決めよう「原発」国民投票に向けて、大阪があと一歩!

みんなで決めよう「原発」国民投票

大阪があと2日で「5000筆」集まれば、必要な法定署名数を達成できそうです。
大阪の皆さん、どうぞよろしく!

事務局からのメールを転送します。
朝日新聞の「社説」と東京新聞の「筆洗」も読んでみて下さい。

◆仲間のみなさんへ、報告とご案内(2012年1月7日)

【大阪】カンパをくださったり、大阪までサポートに来て下さったり、
    この間、様々な形でご支援いただき、本当にありがとうござ
    います。明後日9日で署名収集期間は終わりますが、今夜、
    必要な法定署名数(42,670筆)に達する見込みです。私たちは、
    ほぼ1割の「無効」が出ると見込んでおり、なお5千筆の署
    名を獲得すべく、あと2日間全力で奮闘します。

【東京】署名収集期間が2カ月の東京は、まもなく「折り返し」とな
    ります。昨日現在の獲得署名数は概算で7万筆。必要な法定
    署名数(214,236筆)獲得を目指し、これから本格的に署名収
    集活動を展開しますが、弾みをつけるべく、1月9日(月・祝)
    に下記の集会を催します。
    
新春ジャンプイベント~「原発」都民投票請求署名中間報告会~
請求代表者の千葉麗子さんや俳優のいしだ壱成さん、DELIさんも
参加します。みなさん、ぜひお越しください。

『朝日新聞』が「原発」国民投票支持宣言!

朝日新聞が本日付の社説で、「国民投票支持」を高らかに宣言しました。

『朝日新聞』2011年11月27日(日)付社説
「原発の将来みんなで決めよう」

ご存知のように、社説は一人の論説委員が自由に書くのではなく、他の論説委員との
合議によって内容を固めるものです。
したがって本日の社説は、朝日新聞の社の姿勢として、「原発」国民投票や住民投票を
原則支持すると表明したということ。
これは実に心強く、私たちの運動を広げるにあたって、大いにプラスになると考えて
います。

もう一つ。今朝の東京新聞の[1面コラム「筆洗」]に、カタログハウス『通販生活』の
「原発」国民投票特集号のCMがテレビ局に放送を拒まれた件および私たちが進めている
「原発」都民投票、市民投票のことが書かれてます。これもすばらしい内容です。
ぜひご一読ください。

『東京新聞』【コラム】筆洗
俳優の大滝秀治さんのナレーションが、とても味わい深く響く…

〒160-0021
東京都新宿区歌舞伎町2-19-13
ASKビル5階
市民活動共同事務所
みんなで決めよう『原発』国民投票
電話番号:03-3200-9115 / FAX:03-3200-9274
e-mail : info★kokumintohyo.com
(★を@に変えて下さい)

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『朝日新聞』2011年11月27日(日)付社説

提言 政治を鍛える 
国民投票―原発の将来みんなで決めよう

 自分の声を政治に届けたい。国の命運にかかわる選択には、私のこの一票を投じたい。国民のあいだに、こんな機運が高まりつつある。東日本大震災のあとも、いがみ合うばかりの与野党に任せてはおけない。主権者として、もっと政治と真剣に向き合おう、という思いの表れだろう。

 東京と大阪では市民団体が音頭をとって12月から、原発の是非を問う住民投票の条例制定を求める署名運動を始める。いずれは、日本全体での国民投票の実施をめざすという。国民投票は、日本ではなじみが薄い。憲法改正には必要だが、実施の見通しはない。

 しかし、海外では直接民主主義の手段として使われている。欧州連合(EU)のほとんどの国に制度がある。ことし6月、イタリアが原発再開凍結を決めたことは記憶に新しい。ただ、過去には独裁者がみずからの支配を正当化する隠れみのとして、国民投票を利用した悪例も多い。このため「○か×か」を問うような単純な手法が、ポピュリズム(大衆迎合政治)をあおりかねないという慎重論は根強い。

民主主義の教室に

 だが、それでもなお、私たちはいまこそ、日本も国民投票を導入すべきだと考える。主な理由は三つある。
 第一に、いま直面している原発問題は国民投票にふさわしいテーマであるからだ。国の将来を10年単位で左右する。国民のだれもが影響を受ける。しかも世論が割れている。これぞ、みんなで議論し、学びつつ、考えて答えを出すべき課題ではないか。

 ギリシャがやろうとして撤回した「経済救済策」とは訳が違う。あれは一刻を争う危機管理の問題であり、時間をかけて議論を詰める国民投票には、そもそもなじまなかったのだ。

 二つめは、国民と政治との失われた接点を取り戻す機会になるからだ。衆参ねじれのもとで動かない政治に、人々はいらだち、疎外感を募らせている。もっとモノ申したいし、政治参加の実感がほしい。その具体策になり得る。

 三つめは、制度を導入する過程が、民主主義の教室になるからだ。政権交代は実現したものの、政治風土は旧態依然だ。原発問題を考える国民投票は、議論の技術や、合意のつくり方を学ぶよい好機になる。

諮問型で時間かけて

 具体的には、諮問型を提案する。投票結果に法的な拘束力はないが、政治は結果を重く受け止めるタイプだ。国政は「正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」(憲法前文)する間接民主主義が基本だ。現代の複雑な課題に敏速に対処するには、議員が議論して決める議会制が適している。諮問型は、この路線を崩さない。

 憲法を改正する必要もなく、導入しやすいのもいい。実施するには、二つの大きな前提が欠かせない。
 ひとつは、慎重かつ丁寧な制度の設計だ。だれが発議をするのか。国民に問う文章をどこでどう確定させるか。周知期間をどれほど設けるか。拙速は禁物であり、すべてを詰めるには、2年くらいはかかるだろう。

 スウェーデンの先例が参考になる。投票はスリーマイル島事故の翌年の1980年。「新設を含めて容認」「新エネルギー開発を強化する条件つき容認」「早期全廃」という三つの選択肢で問うた。その結果、2010年までの全廃が決まった。

 ところが30年後には、議会が古い原発を建て替える方針に転換した。国民と議会が対話しながら試行錯誤していくのだ。

問われるメディア

 もうひとつの前提は、議論する作法を国民一人ひとりが身につけることだ。この20年間、日本の世論は時として大きく振れ、政治が興味本位の劇場型になった面は否めない。個人が自由に意見を発信するインターネットが、政治をめぐる言論空間を大きく変えつつある。

 冷静に国民投票をするには、国民もメディアも、まずは民主主義は時間がかかることを覚悟する必要がある。政治家の気の利いた表現に飛びつくのではなく、人物像や政策の中身に目を凝らそう。その判断材料を提供するメディアの力量は、いっそう厳しく問われる。

 民主主義が古代ギリシャで生まれてから2500年になる。都市国家の直接民主主義から、主権国家単位の議会制民主主義を経て、いまはグローバル社会のなかで、発信する有権者と向き合わねばならない。

 新しい議会制民主主義の時代だからこそ、政治を鍛える視点で国民投票を考えよう。
 自分たちのことは自分たちで決める。その責任感を国民が持つことが大事なのだ。

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筆洗(東京新聞 2011年11月27日)

 俳優の大滝秀治さんのナレーションが、とても味わい深く響く。<原発、いつ、やめるのか、それとも いつ、再開するのか。それを決めるのは、電力会社でも 役所でも 政治家でもなくて、私たち 国民一人一人。通販生活秋冬号の巻頭特集は、原発国民投票>▼声と字幕だけの短いテレビCMが今、話題になっている。「通販生活」を発刊しているカタログハウスがテレビ朝日の夜の番組で流そうとしたが、拒否され幻になったCMだ▼原発をこれからどうするのか。政府や官僚任せではなく国民投票をして決めよう―。そんな特集の記事を宣伝する「商品広告」とカタログハウス側は考えていた。どこかタブーに触れたのだろうか▼テレビ朝日側は「民放連の放送基準などに則(のっと)った当社の基準をもとに考査、判断している」と説明。個別のCMの判断については「お答えしておりません」という▼原発の是非を国民投票で決めようという市民運動が広がっている。ただ政治家の関心は鈍く、批判的な声すらある。そこには、理性的な判断は国民にできない、という蔑視が潜んでいるように思える▼原発稼働の是非を問う住民投票条例の制定を求める署名活動が、来月から東京都と大阪市で始まる。電力消費地の住民が自らの問題として受け止めようという思いから始まった。主権者が意思を示す第一歩に注目している。

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2012/01/05

「チェルノブイリ原発 事故処理作業員」にどんな病気が増えているか

チェルノブイリ原発事故のあと、除染作業などに携わった人たちに
病気が激増している。
★ガン以上に他の病気が大幅に増えている
★福島の除染作業に携わる人も知っておいた方がいい

< 技術と人間 一九九七年五月号 >
チェルノブイリ原発事故によるその後の事故影響 今中哲二 から抜粋

ロシアのリクビダートル(原発事故処理作業員)の罹病率
(1993年、ロシア)一般人と事故処理作業員との比較

悪性腫瘍     1.6倍

内分泌系疾患  18.4倍

血液・造血系疾患 3.6倍

精神疾患     9.6倍

循環器系疾患   4.3倍

消化器系疾患   3.7倍

【1月15日】 脱原発世界会議 2012 YOKOHAMA

————————《拡散希望!》—————————

【1・15】脱原発世界会議 2012 YOKOHAMA
福島の子どもたちを守るために私たちにできること
―具体的行動を起こしていこう―

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東京電力福島第一原発事故後、10か月になろうとしています。
いまだに第一原発からは放射能が漏れ出し、被ばく影響について過小評価されている上に、除染のめどがなかなか立っていません。こうした中、政府は、避難区域の縮小・解除に向けて動いています。

福島市の避難問題の最前線、渡利地区ではいま何が生じているのでしょうか?
福島の子どもたちを守るために、私たち一人ひとりは何ができるのでしょうか?

ご関心のある方は、どなたでもご参加ください。一緒に議論していきましょう。
みなさんのご参加を心よりお待ちしています。

◆日時:2012年1月15日(日)11:50~13:20
◆場所:パシフィコ横浜 211・212号室
(〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい1丁目1-1)

◆定員:50名
◆参加費:「脱原発世界会議」チケットをご購入ください
     前売り券15日1,500円~
     詳細 

◆主催:国際環境NGO FoE Japan
福島老朽原発を考える会(フクロウの会)

◆内容:
・福島からの声
・国の賠償方針は?
・福島市・渡利の現状と「わたり土湯ぽかぽかプロジェクト」
・全体討論:私たちは何ができるか?

◆報告者(予定)
福島市在住の方にお話しをいただく予定です。
阪上武(福島老朽原発を考える会)
満田夏花(FoE Japan)

◆問い合わせ先:
国際環境NGO FoE Japan 
Tel: 03-6907-7217(平日10:00~21:00、12/28~1/4休館)
Fax: 03-6907-7219
E-mail: finance★foejapan.org
★を@ にかえて下さい

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脱原発世界会議について

未来をつくる、世界とつくる
福島の原発事故による放射能の被害が広がる中、私たちは何を学び、どこへ向かうのか。世界の中で考えましょう。原子力に別れを告げ、自然エネルギーを中心とする新しい社会をつくりだすときです。国境や世代をこえて、集い、学び、一歩踏み出しましょう。

「脱原発世界会議」がめざすもの
世界へのメッセージ: 福島から学び、世界中の経験を交流させながら、原子力からの脱却を発信します。
行動の提言: 世界の叡智を結集させ、日本や各国がとることのできる行動計画をつくり、提言します。
できること発見: くらしの中で生かせる実践例にあふれ、新しいアイデアやプロジェクトが生まれる場をつくります。

開催趣旨
2011年3月11日に発生した東日本大震災と東京電力の福島第一原発での事故は、世界に大きな衝撃を与えました。地震、津波、核災害という三重苦の中で日本の人々は、命の重みをかみしめながら、復興へ歩もうとしています。しかし原発はいまだ安定せず、労働者は過酷な業務を余儀なくされています。放射能汚染が広がり、子どもたちを含む多くの人々が被ばくを強いられ、政府の支援がないために避難もできずに、健康被害におびえています。地域経済は破壊されました。 →続きはこちら

「人権侵害の決定にNO!世界市民法廷の開催にYES!」

「ふくしま集団疎開裁判」からのメールを転送します。

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本日、疎開裁判の最初のアクション「人権侵害の決定にNO!世界市民法廷の開催にYES!」の「ネット賛同」がスタートしました。

是非、ネット賛同に参加していただくと同時に、他の人たちに賛同に参加するように広く呼びかけてていただけたら幸いです。

以下は、昨年暮れの27日、高裁への抗告(異議申立)にあたっての皆さんのコメントです。

申立人のお母さん「私たちは仙台高裁に抗告して必ず子どもたちを守ってみせます」

私たちは仙台高裁に抗告して必ず子どもたちを守ってみせます
12月16日の夕方、判決がでるということで原告の一人である私は柳原弁護士と郡山地裁へ駆け込みました。裁判所の方が私たちに差し出した書類に「却下」という文字が書かれてあるのを見て、一瞬目の前が真っ暗になりました。
 本来なら10月末に判決がでるはずだったものが、約45日も遅れて出された結果がこのようなものだったことに対して次第に私はフツフツと怒りがこみ上げてきました。将来、福島県、いや日本を担う子どもたちを皆殺ししてしまうのか、と。今現在、子どもたちの体に症状が出ていないことをいいことに、司法は行政のやり方に同調しているではないか。100ミリシーベルトを持ち出してきたのには私も驚いてしまいました。

 6月24日に提訴してはや半年、その間、中学3年の息子は体育の授業で外でソフトボールをやったりしていました。中学3年なので、部活動は6月に終わりましたが・・・。でも、中学1、2年生は外の部活動の子どもたちは普通に部活動をしているのです。聞くところによると鼻血が出てきている子どもたちもいるそうです。
 子どもたちにも少しずつ何らかの変調が見られてきているのは確かです。早くて4ヶ月から症状が出てくるとも聞きました。チェルノブイリでは事故から4~5年後に甲状腺がんが多発してきています。どうして日本は、この福島はチェルノブイリの二の舞になろうとしているのだろうか。この判決を受けて私は司法へ怒りから恨みの感情へと変わってきました。
 子どもたちを守ってやれるのは大人しかいないのではないか。郡山地裁の清水裁判長は子どもたちよりも国の方針に従った犯罪者ではないか、とまで思えてきました。

 私たち原告は仙台高裁に抗告して必ず子どもたちを守ってみせます。
                                 抗告人の母

支援者の井上利男さん(疎開裁判の会代表)「疑ってはいけない」

3.11東日本大震災に端を発した東京電力第一発電所の大崩壊からこのかた、わたしたちの福島県は放射性プルームによる汚染に覆われただけでなく、政界・財界・学会が三位一体となった利権集団、いわゆる「原子力ムラ」勢力による放射能汚染地・戒厳令体制にも覆われてしまいました。利益共同体の一翼を担うマスメディアの協力によって、この戒厳令体制は、放射能や放射線と同じように不可視、裸の目には見えなくされています。

福島県内では、戒厳令体制下にあって、憲法や教育基本法、放射線健康障害防止法などのあらゆる国内法規、国連人権宣言、子どもの権利条約など、あらゆる国際法が無視され、県民の命、とりわけ子どもたちの身体生命が放射線被曝による危険にさらされたまま、顧みられることはありません。

12月16日の福島地方裁判所郡山支部による決定――郡山市内の小中学生14人が安全な場所での教育の実施を求める仮処分の申し立てに対して、裁判所は(1)御用学者たちの言説に頼って、「100ミリシーベルト未満の放射線量を受けた場合の癌などの晩発性障害の発生確率に対する影響については、実証的に確認されていない」と一方的に断定し、また、(2)訴訟の趣旨である債権者14人の生存権救済の訴えに対して、郡山市内の小中学生約3万人全員の強制疎開を求めるものであると勝手気ままに曲解して、「棄却」決定で応えました。法の番人たちが民事法制の原則をねじ曲げた結果、暗闇の戒厳令体制を照らすはずだった一筋の光が漏れでる扉が閉ざされてしまいました。

世も末だといいますが、3.11原発大震災以降のこの国は暗闇 …… 一寸先も見えない暗闇に閉ざされてしまいました。司法までもがグルになった戒厳令下の暗闇にあって、未来は見えない。しかし、一寸先が見えない世界だからこそ、希望の胚芽も宿るはずです。

1955年12月1日のことです。アメリカ・アラバマ州モンゴメリーの混みあった市営バスのなかで、42歳の黒人女性、ローザ・パークス夫人が、白人に席を譲るために立つように運転手に命じられましたが、彼女は屈服することにうんざりして拒否しました。運転手が警察を呼び、彼女はモンゴメリー市条例違反で逮捕されました。
この時、彼女は予見していたでしょうか? この事件がマーティン・ルーサー・キングJrの目に止まり、やがて市バス・ボイコット運動が燃え上がって、全米規模の公民権運動が勃興するきっかけとなることを…

あるいは、1989年12月21日、ルーマニアの首都ブカレストの共産党本部庁舎前広場の官製集会で、一人の青年が得意顔のチャウシェスク大統領に向かって「人殺し!」と叫びました。この一声が広場を埋め尽くす民衆の抑圧された怒りに火をつけ、次々と波及した結果、ルーマニア革命の流れが決定し、やがて独裁者は銃殺されるまでになりました。

また、2010年12月17日、チュニジア中部の街シディ・ブジドで一人の青年が警察の横暴に抗議して焼身自殺を図りました。この事件が、ジャスミン革命勃発のきっかけとなり、アラブの春を経て、現在でもオキュパイ運動として全米各地、さらにはヨーロッパ、プーチンのロシアに飛び火し、そしてこの日本でも虐げられた人びとの運動に影響を与え続けています。

一寸先は闇。でも、明日には、世界がどのように動き出すのか、わたしたちの誰にも予測することができません。わたしとしては、予見不可能性のなかにこそ、希望の胚芽を見つけだしたいと思います。
たったいま、わたしたちを覆い尽くしている暗闇の只中で、たったいま身体の内外から放射線で撃たれている子どもたち、孫たちを守るために、新たな一歩を踏み出しましょう。

米国の人類学者、マーガレット・ミードの言葉「疑ってはいけない。思慮深く、献身的な市民のグループが世界を変えられるということを。かつて世界を変えたものは、実際それしかなかったのだから」――この言葉にならって、わたしたちは子どもたち、孫たちが生きてゆける世界を要求し、またみずからの手で創造してゆきましょう!

マーティン・ルーサー・キングJrはワシントン記念塔広場で「I have a dream! わたしは夢を見ている。ある日、不正と抑圧という熱で苦しんでいる不毛の州、ミシシッピーでさえ、自由と正義というオアシスに変わることを」と訴えました。

わたしたちも夢見ようではありませんか。12月16日、福島地方裁判所郡山支部が下した不正と抑圧を告げる棄却決定でさえ、いつか、子どもたちの命を守れと叫ぶ声が天下に満ちるきっかけだったと振り返る日の来ることを。

訴訟代理人

安藤雅樹「裁判官の独り相撲判決」

私はこの決定を、「裁判官の独り相撲判決」と呼びたいと思います。

裁判官は、この仮処分申立には、望まない人も含めて郡山市の全員の子どもの疎開を求める「意図」があると勝手に判断し、その意図からすると要件を厳しく解する必要がある、と述べています。
しかし、私たちはそのような主張をしているわけではないのです。完全に、裁判官の独り相撲です。

裁判官は、いったい何と向き合っているのでしょうか。どこを見ているのでしょうか。
裁判官は、なぜ独り相撲をせざるを得なかったのでしょうか。
私は、裁判官が子どもたちと、また私たちの将来と、向き合っているとはとても思えません。

ただ、絶望してはいけないと思います。
この決定への怒りを次の動きへのパワーにしないといけない、そう考えます。
                          

井戸謙一「ふくしま集団疎開裁判 抗告申立に際しての所感」

1 私は、本件仮処分事件で敗訴決定を受けるとすれば、直接の加害者は東電であって郡山市ではないこと、子供たちは自主的に転校できること等から、子供たちには、郡山市に対し、疎開を求める権利はないという理由付けだと思っていました。その点を乗り越えることができ、裁判所が、子供たちに対する健康被害の危険性の有無という実質的争点の判断に入れば、負けるはずはないと考えていました。それは、債権者側が、矢ヶ崎先生、松井先生、沢田先生、ヘルファンド医師等の意見書を提出し、詳細な主張、立証をしたのに対し、郡山市は、空間線量が下がってきていること、除染に努力していること等を主張するのみで、実質的な反論をほとんどしなかったからです。

2 しかるに、福島地裁郡山支部は、「債権者らの生命身体に対する切迫した危険性があるとは認められない」として、実質的争点の点で債権者らの主張を認めませんでした。その判断の過程は、都合のいい事実だけを拾い出し、債権者側が主張したチェルノブイリ事故被害との比較には全く触れない等、恣意的なものですが、特に、債権者らの申立は「実質的には、郡山市のすべての小中学生に対する教育活動の実施を求めるものである」として、被保全権利が認められるハードルを高くしたのは、不当であると考えます。私たちが求めたのは、債権者らを避難させることであって、児童生徒全員を避難させることではありません。裁判所が審理するのは、債権者らを避難させる必要があるか否かであって、児童生徒全員を避難させる必要があるか否かではありません。債権者らを避難させよという決定が出た場合に、債権者らだけを避難させるのか、債権者ら以外の希望者も避難させるのか、児童生徒全員を避難させるのかは、行政が考えることであって、裁判所が考えることではありません。

3 東大の児玉龍彦教授は、その著書「内部被ばくの真実」(岩波新書)において、「危険を危険だとはっきりいうのが専門家である。原子力政策の失敗の原因は科学者が科学者の矜持を捨て、政治家になってしまったことにある。」と喝破されました。私は、郡山支部の決定に同質の問題を感じます。裁判官がすべきことは、求められた事項について、提出された証拠だけから曇らない目で事実を認定し、認定した事実を率直に評価して結論を出すことであって、決定が出た後の社会的混乱を慮って政治的判断をすることではありません。

4 郡山の子供たちの大部分は、我が国の法律で、18歳未満の立入りが禁止される「放射線管理区域」とされる基準をはるかに超え、チェルノブイリ周辺で住民が避難を義務付けられた地域と同レベルの線量の中で生活しています。年20ミリシーベルトまでは安全であるなどというのはとんでもない話です。子供の8割が病気を抱えているというベラルーシやウクライナの今を、明日の郡山や福島にしてはなりません。今からでも遅くはありません。子供たちを逃がすべきです。
仙台高裁が賢明な判断をされることを期待しています。
                                     

柳原敏夫「『愛子さま』は疎開しないだろうか」

異議申立にあたって、1つだけ感想を述べます。

 疎開裁判をやる前からずっと疑問だったことは、福島市や疎開裁判の被告となった郡山市は福島第一原発からほぼ60キロ圏内ですが、もし都内から60キロ圏内の場所で福島第一原発と同様の事故が発生したなら東京の小中学生の扱いはどうなっただろうか、ということです。

 「愛子さま」は間違いなく避難したでしょう。天皇の直系で二親等の皇族を、今の郡山市(汚染マップ参照)のようにチェルノブイリ避難基準で強制的に避難させられる移住義務地域に住まわせておくわけには到底いかないからです。

 また、都内には元官房長官ほか政財界の子供たちが数多く住み、または通学していますから、彼らもまっさきに避難したでしょう。なにしろ年間1mSvだけでも「毎秒1万本の放射線が体を被曝させるのが1年間続くもの」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授)ですから、毎秒5~20万本の放射線の被ばくが1年間継続する年間5~20mSvのような強制移住地域で自分の子供を教育させておくわけにはいかないと正しく認識する政財界の人たちが自分の子供を避難させるのは当然だからです。

 その結果、政財界の子供たちが通っている有名私立小中学校も学校ごと疎開せざるを得なくなるでしょう。
 そしたら、私立が疎開するのに公立の小中学校はなぜ疎開しないのか、という問題が議論になるでしょう。
 そのとき、ソ連崩壊直後の混乱の中で、ロシア、ウクライナ、ベラルーシのような貧しい国ですらできた集団避難が経済大国の日本でなぜできないのか?60年前、日本が人権保障に最も薄く経済的にも最も困窮していた軍国主義末期の時代ですらできた集団疎開が、基本的人権の保障を基本原理とする経済大国の今日においてなぜできないのか?という議論になるでしょう。その結果、東京では、チュルノブイリ周辺国や軍国主義末期の日本のときのように集団疎開が実現したにちがいない。

 であれば、なぜ、それが福島県で実現できないのか、不思議でならない。
 チョムスキーによれば、偽善者とは「他人に対して自分が適用する基準を、自分自身に対しては適用しない人間のこと」です。東京と福島で扱いを異ならせる政府と自治体は偽善者ということになります。
のみならず、「ふくしまのこどもたちは死ね」と宣言するにひとしい不条理極まりない差別です。

それは基本的人権の保障を基本原理とする国において政府と自治体の手で行われた「国家もしくは集団によって一般の国民に対してなされた謀殺、絶滅を目的とした大量殺人、奴隷化、追放その他の非人道的行為」(人道に対する罪)に該当する集団人権侵害行為です。それは、国際刑事裁判所によって裁かれなければならない「国際法上の犯罪」を意味します。

 そのような異常事態に対し、この人権侵害の暴走にストップをかけるのが「人権の最後の砦」である裁判所の本来の任務です。しかし、今回、裁判所は、政府と自治体の人権侵害の暴走をストップさせるどころか、その反対にこれにお墨付きを与えたのです。その結果、国際刑事裁判所の被告席に並ぶ席が増えました。

 政府と自治体と裁判所が、こういう無気力・無関心・無責任で機能不全に陥っているとき、これまで、人類の歴史はどういう決着をつけてきたでしょうか。それは「退場」です(今日風の言い方をすれば「廃炉」です)。そのことは、近代の人権宣言の中にはっきりと表明されています。

「政府は人民、国家または社会の利益、保護および安全のために樹立される。いかなる政府も、これらの目的に反するか、または不十分であると認められた場合には、社会の多数の者は、その政府を改良し、変改し、または廃止する権利、いわゆる革命権を有する。この権利は、疑う余地のない、人に譲ることのできない、また棄てることもできないものである。」(米国ヴァージニア憲法3条)

 そして、この廃炉のあとに来る、きたるべき紛争解決機関が、「愛子さま」も福島の子どもたちも人間としてひとしく人権が尊重される、普遍的な原理に立脚した「市民の、市民による、市民のための市民法廷」です。
 
 その最初の一歩を私たちは、勇気を奮って歩み出すことにしました。それが来年開催が決まった、疎開裁判の世界市民法廷の設置です。全世界からの注目と支持に恥じない世界市民法廷を開催する決意です。皆さまの注目をお願いいたします。
                               (弁護団 柳原敏夫)

「人々をマインドコントロールできたとしても、放射能をマインドコントロールすることはできない」

昨年10月15日、郡山駅前から郡山市役所まで、疎開裁判支援のデモをやったとき、デモ終点の郡山市役所前で、「郡山市への申入書」を読み上げましたが、その中で、郡山市のお母さんの次の言葉が紹介されました。

「風の便りで、市長さんには中学生のお孫さんがいらっしゃると聞きました。そのお孫さんを放射能から守るために自主避難させているということを知りました。私にも同じ中学生の息子がおります。しかし、主人の仕事のため自主避難はできずにいます。せめて、市長さんが、ご自分のお孫さんと同様に、郡山の子どもたちも放射能から守るために集団避難させることにしてくださり、子どもたちの命を守ってくださればどんなにいいだろう、と願わずにはいられません」

郡山市長が自分の孫を自主避難させている事実は、その後、市議会でも質問されましたが、市長は笑ったまま答弁せず、その質問自体が議事録から抹消されました。

郡山市長が自分の孫を自主避難させたのは全く正しい。なにしろ、今の郡山市(汚染マップ参照)のようにチェルノブイリ避難基準で強制的に避難させられる移住義務地域に住まわせておくわけには到底いかないと考えるのは真っ当な判断だからです。そして、それは、郡山市が疎開裁判の中で、終始、「自分たちも被害者なのだ」と述べた主張と首尾一貫しています。

そうだとしたら、なぜ、郡山市長は、被害者である郡山市民にむかって、子どもたちを安全な場所に避難させよう、と呼びかけなかったのか。

そこには、様々な圧力、利害打算が交錯し、最終的に、郡山市長は自分の孫と自分たちの市民とで二枚舌を使う羽目となりました。これが可能だったのは、ひとえに、ミスター100ミリシーベルトなどの様々な科学者集団やマスコミ等の尽力によって、人々を「子どもたちを郡山市に住まわせても心配ない」とマインドコントロールすることに成功したからです。これがチュニジアやエジプトだったら、そんな訳にはいかなかった筈です。

また、昨年12月16日の裁判所の判決(決定)の日、裁判所の周辺は、機動隊の装甲車が止まり、警察がものものしい警備をするという、いまだ見たことがなかった光景だったと裁判所の近所に住むお母さんが証言しています。というのは、裁判所は、この判決が何を意味するか、正しく見抜いていて、もし多くの人たちがこの判決の中身を知ったら、憤激した市民が裁判所に押しかけ、何をしでかすか分からないと予期して、厳重な警戒態勢を敷いたのです。裁判所のこの認識は全く正しい。ところが、実際に裁判所に現れたのは数名の裁判関係者だけでした。

その上、この判決は、福島県のゴルフ場が東電に除染を求めた仮処分申立の却下決定のような泡沫事件ですら全国報道するNHKや朝日など既成の大手マスコミによって報道されず、多くの市民の目から隠されてしまいました。つまり、疎開裁判もまた多くの人々をマインドコントロールすることに成功したのです。

しかし、疎開裁判の最も恐ろしいところは、御用学者やマスコミを動員して多くの人々をまんまとマインドコントロールすることに成功したとしても、放射能をマインドコントロールすることだけはできないということです、神のごとき活躍をしたミスター100ミリシーベルトも放射能の前では無力です。

これは放射能に限らず、すべての科学技術の宿命です。科学技術のトラブルが発生するたび、国側の決り文句は「ただちに安全上問題が生じることはない」が飽きもせずくり返されてきましたが、それは、かつて祭司や坊主共が神のお告げと称して神の権威で神政政治をおこなったように、今日では「科学者」が科学のお告げと称して科学の権威で政治決定をおこなっているのです、しかも、その科学はジャンク科学、似非科学と同然のインチキなものです(狂牛病に端を発した2005年の米国牛輸入再開に至る一連のドタバタ騒ぎの経過を思い出せば一目瞭然です。自分たちが引き出したい政治的決定の理由づけとして科学を用いるのですから、似非科学になるのは当然です)。

そして、それは善意だったり、無知だったりする市民をまんまとマインドコントロールすることに成功しました。しかし、人間界をマインドコントロールできたとしても、自然界はマインドコントロールすることは決してできません。自然界が沈黙しているので、人間界と同様にマインドコントロールできたかと思い込んだとしても、いつか必ず、自然界からのしっぺ返しが来ます。それが3.11の福島第一原発の事故そのものです。

そして、それは福島第一原発の事故発生後の今も続いています。「100ミリシーベルト以下なら心配ない」というマインドコントロールは放射能には通用しません。放射能は情け容赦なく、己の自然法則を貫徹するだけです。その結果が必ず出ます。この意味で、私たちは見えない、臭わない、味もしない放射能を畏れるほかありません。ましてや、どんなに感覚を研ぎ澄ませても決して感じることができず、長い潜伏期間を経て初めてガン等の健康障害が明らかになる今回の低線量被ばくの放射能は畏れるしかありません。

思想家の柄谷行人は、放射能のおそろしさについて、こう語っています。

「福島原発事故は、片づいていない。今後もすぐには片づかない。むしろ、今後に、被曝者の病状がはっきりと出てきます。また、福島の住民は永遠に郷里を離れることになるでしょう。つまり、われわれが忘れようとしても、また実際に忘れても、原発のほうが執拗に残る。それがいつまでも続きます。原発が恐ろしいのはそのことです。それでも、人々はおとなしく政府や企業のいうことを聞いているでしょうか。もしそうであれば、日本人は物理的に終り、です。」(デモが日本を変える)

「100ミリシーベルト以下なら問題ない」ことを最大の論拠にして、申立を却下した裁判所もまた、放射能を畏れない人たちの席に加わることを表明しました。このような席には未来はありません。

私たちは放射能を正しく畏れる必要があります。そして、人間どもに決してマインドコントロールされない放射能からあざ笑われないだけの判断を持つ必要があります。それだけが正しく生き延びる道です。

それを明らかにする試みが、この冬、東京とふくしまで開催される世界市民法廷なのです。
                               (弁護団 柳原敏夫)
☆今すぐ、世界市民法廷設置を支持するネット賛同にあなたの一票を!

2012/01/04

原子力安全委員が原子力業界から「寄付」を受け取っていた

安全委員長らに原子力業界が寄付 310万~400万円
(2012年1月2日 16時59分 東京新聞)

 原発の設置許可申請などについて、安全審査のダブルチェックとして2次審査を担当する原子力安全委員会の5人の委員のうち、班目春樹委員長と代谷誠治委員が、就任前の3~4年間に、原子力関連企業や業界団体から310万~400万円の寄付を受けていたことが2日、分かった。

 安全委の下部組織の専門審査会で、非常勤で審査を担当する複数の委員も、審査対象企業などから寄付を受けていた。いずれも審査の中立性への影響はないとしている。

 班目氏は2010年4月に東京大教授から安全委の委員長になった。同氏によると、09年までの4年間に三菱重工業から計400万円の寄付を受けた
(共同)


★言葉の勉強
寄付と賄賂は違う。上記の「お金」は、以下のどちらに近いでしょう。(国語辞書―goo辞書―より)

き‐ふ【寄付/寄附】
[名](スル)公共事業や社寺などに、金品を贈ること。「―を募る」「被災者に衣類を―する」「―金」

わい‐ろ【賄賂】
1 自分の利益になるようとりはからってもらうなど、不正な目的で贈る金品。袖の下。まいない。「―を受け取る」
2 公務員または仲裁人の職務に関して授受される不法な報酬。金品に限らず、遊興飲食の供応、名誉・地位の供与なども含む。

「地位の供与」も賄賂・・・保安員など経済産業省の官僚が「天下り」するのも賄賂にあたる

2012/01/03

米原発で微量の放射性トリチウムが地下水を汚染し、ガンが急増した・・・大量にトリチウムを放出する六ヶ所再処理工場はどうなる?

★アメリカでは原発から流れ出た微量の放射性トリチウムが地下水を汚染し、周辺地域でガンが急増(NHK)

★六ヶ所再処理工場からは大気中に年間1900兆ベクレル、液体で太平洋に年間1京8千兆ベクレル放出 ★2006年~2008年の試運転で既に、空に19.5兆ベクレル、海に2200兆ベクレルをも放出している

追跡!真相ファイル(NHK 12月28日放映)から抜粋

世界一の原発大国アメリカ。ここではより影響を受けやすい子供たちに深刻な問題が起きていました。イリノイ州シカゴ郊外。周辺に3つの原発が集中しています。原発から排出される汚水には放射性トリチウムが含まれていますが、アメリカ政府は国際基準以下なので影響はないとしてきました。しかし近くの町では子供たちがガンなどの難病で亡くなっていました

6年前に建てられた慰霊碑。足元のレンガにはこれまでに亡くなった100人の名前が刻まれています。

ソウヤーさん夫妻はガンと原発との関係を証明するため、州政府からあるデータを取り寄せました。過去20年間、全住民1200万人がどんな病気にかかったかを記した記録です。小児科医の夫ジョセフさんが分析したところ原発周辺の地域だけが脳腫瘍や白血病が30%以上増加。なかでも小児ガンは、およそ2倍に増えていました。

“生涯100ミリシーベルトとされる被ばくの基準で、本当に健康への影響はないのか?”

福島をはじめ、全国の人々が現実に直面している放射能の脅威。国は「直ちに体への影響はない」と繰り返すばかりだ。その拠り所としているのが、ICRP(=国際放射線防護委員会)の勧告。
広島・長崎の被爆者の調査データをベースに作られ、事実上の国際的な安全基準となっている。

しかし関係者に取材を進めると、1980年代後半、ICRPが「政治的な判断」で、被ばくでガンになるリスクを実際の半分に減らしていた事実が浮かびあがってきた。

当時ICRPには、原子力産業やそれを監督する各国の政府機関から、強い反発が寄せられていたのだ。
そしていま、世界各地で低線量被ばくの脅威を物語る、新たな報告や研究が相次いでいる。

アメリカでは原発から流れ出た微量の放射性トリチウムが地下水を汚染し、周辺地域でガンが急増。
25年前のチェルノブイリ原発事故で、大量の放射性セシウムが降り注いだスウェーデンでは、ICRP基準を大きく上回るガンのリスクが報告されている。

いま、誰もが不安に感じている「低線量被ばく」による健康被害。
国際基準をつくるICRPの知られざる実態を追跡する。


生涯100ミリシーベルトの基準で、本当に健康への影響はないのか?
NHK 追跡!真相ファイル「低線量被ばく 揺れる国際基準」文字起こしから抜粋

アメリカでは原発から流れ出た微量の放射性トリチウムが地下水を汚染し、周辺地域でガンが急増している。(NHK)六ヶ所再処理工場からは大気中に年間1900兆ベクレル、液体で太平洋に年間1京8千兆ベクレル放出すると推定されている

2006年~2008年の試運転で既に、空に19.5兆ベクレル、海に2200兆ベクレルをも放出している。

六ヶ所再処理工場 7・8月の放射能海洋放出
原発の濃度規制値の770倍もの濃度で放出

(美浜の会)

 六ヶ所再処理工場から7月と8月に海洋へ放出した日と排水量(放出廃液量)と放射能量が明らかになった。ただし、放射能量はトリチウム以外は、8月26日のヨウ素129を除いてND(Not Detectable:検出不能)である。
 このデータは、青森県の9月29日定例県議会における鹿内議員の一般質問に対して、三村知事からの10月10日付答弁書で示されたものである。すでに4~6月放出分は、7月20日臨時県議会での鹿内議員の質問に対する高坂環境生活部長の回答で明らかにされていた。しかしこのときは排水量(放出廃液量)が示されていなかったので、濃度の正確な値が分からなかった。今回は公表データから毎回の濃度が正確に計算できる。
 トリチウムについてのデータを下表に示そう。参考までに6月の最後の2回分の放出について、1回当たり平均放出量等も書いておいた。ただし排水量は正確な値が分からないので、放出前第1貯槽の容量である600立米を仮定している。

 再処理工場からの海洋放出については、法的濃度限度は存在していない。このことは現在では、2000年(H12)科学技術庁告示第13号によって規定されているが、その基は、多くの審議を経た後、1971年(S46)総理府令第10号「使用済燃料の再処理の事業に関する規則」によって初めて導入されている。なぜ濃度規制が適用できないのかは、上記の表1から明らかである。

 最大で一般原子力施設の濃度限度(原発に適用されている濃度限度)の770倍もの濃度でトリチウムが放出されている。もし濃度規制が適用されたらどうなるだろうか。770倍の水で薄めて放出しなければならい。そうすると、現在は1回約600立米の放出を6時間かけて行っているが、1回に4620時間=193日、すなわち半年以上かかるようになる。これを避けて現在のペースを守ろうとすれば、放出口やそのための排水ポンプなどをいまの770倍に増やさねばならない。そうなると放出口から1時間に77000立米が放出され、放出口付近は放射性廃液だらけになってしまうだろう。
 さらに、再処理の本格運転が始まれば、1年間に1.8×1016Bqのトリチウムを放出することになっており、新聞報道によれば、2日に1回の放出頻度になるという。そうすると、1回分(600m3)の平均濃度は1.6×105Bq/cm3となるので、トリチウム濃度限度の約2700倍となる。これを濃度限度の枠内に収めることは事実上不可能であるのは明らかだ。それほどまでに、再処理工場からは大量の放射能が、高濃度で海洋に放出されるということを意味している。このような放出を許さなければ再処理工場の運転ができないことこそが異常なのである。
 なお、今回初めて検出限界値以上のヨウ素129の放出が確認された。8月26日に4.1×105Bqが放出されている。この日の排水量で割れば、濃度は6.9×10-4Bq/cm3であり、検出下限値である5×10-4 Bq/cm3(7月7日付原燃報告書34頁)を確かに超えている。少し奇妙なのは、このときのトリチウム濃度が7月や8月初めに比べて高くないことである。つまり、ヨウ素129濃度はトリチウム濃度に比例してはいない。これはおそらく、ヨウ素129は独特のルートで集められるため(例えば事業変更許可申請書平成3年7月第4.2-2図)、放出の仕方・時期も独特になるためではないだろうか。
 他に、8月後半の放出量が比較的小さいのは、8月は6体だけで使用済み核燃料のせん断がストップしたためであろうと推察される。

 海洋へ大量の放射能を流すことは多くの人々にとって、その生活にとってきわめて重大な問題である。それにもかかわらず放射能放出の実態が、前回と今回のように、県議会での質問がない限り公開されていない。青森県はデータをもっていながら公開しない。まずは、このような姑息な状態が早急に改められるべきである。


六ケ所村の核燃再処理工場:ガラス固化体試験、知事「安全第一に」 /青森
(毎日新聞 2011年12月29日 地方版)

 官公庁の仕事納めとなった28日、三村申吾知事は記者会見し、日本原燃が使用済み核燃料再処理工場で高レベル放射性廃棄物ガラス固化体の製造試験を来年1月下旬から始めると発表したことについて「長い間中断している影響を十分踏まえ、安全を第一にしっかり取り組んでほしい」と述べた。【吉田勝】


日本原燃:再処理工場、来月から製造試験 社長「工程は変えない」 /青森
(毎日新聞 2011年12月28日 地方版)

 日本原燃の川井吉彦社長は27日の定例記者会見で、08年のトラブルで停止している使用済み核燃料再処理工場で、高レベル放射性廃棄物ガラス固化体の製造試験を来年1月下旬にも始めると表明した。同10月の完工予定については「工程的には厳しいが、目標を変えずに努力していく」と強調した。

 製造試験は、全国の原発から搬入された使用済み核燃料を裁断、溶解してガラスと混ぜ合わせ、容器に閉じ込める完工前の最終試験。川井社長によると、1月中旬からガラス溶融炉の熱上げなど事前準備に入り、同下旬~2月上旬に製造試験を始める。

 同社は福島第1原発の事故を受け、非常時の電源確保などの緊急安全対策を実施。三村申吾知事が26日に対策を了承したのを受け、試験再開を決めた。川井社長は「県から一定の理解が得られた」との認識を示した。

 また、福島の事故後に建設工事が中断しているMOX(ウラン・プルトニウム混合酸化物)燃料工場についても再開する方針を表明した。川井社長は「掘削工事なので、雪が解ける春から再開したいと考えている」と説明した。【山本佳孝】

日本原燃:使用済み核燃料処理で製造試験 1月から再開
青森・六ケ所村の核燃再処理工場:原燃、試験再開へ 知事、緊急対策を了承
青森・六ケ所村の核燃再処理工場:試験、来月下旬に再開 日本原燃が発表
原子力事業:再開、実質的「ゴーサイン」 三村知事、緊急安全対策を容認 /青森

2012/01/02

岩井俊二映画祭 「スタジオジブリは原発抜きの電気で映画を作りたい」

映画は世界に警鐘を鳴らし続ける

日本映画専門チャンネルでは、岩井俊二監督が主催するオフィシャルHP「岩井俊二映画祭」との共同企画として、岩井俊二監督が独自の視点で選定した作品を1/5(木)毎週木曜よる11時より、2カ月にわたり放送いたします。

また、各作品の放送前には自らが書きおろした作品解説が特別に収録されます!

さらに、その放送に合わせて、「スタジオジブリは原発抜きの電気で映画を作りたい」と表明をしたスタジオジブリ プロデューサーである鈴木敏夫や、音楽・映画・出版・広告、更には自然エネルギー利用促進を提唱するアーティストの団体 artists’powerを創始するなど、多岐に渡る活動を行うミュージシャン・坂本龍一との対談番組もあわせて放送いたします。

映画を見て、私たちは現在の世界に何を思うのだろうか・・・。どうぞご期待ください。

岩井監督からのコメント
放射能に汚染された世界。と言ったらまるで映画のような世界と思う人は多いだろう。3.11の地震、津波、そして福島原発の水素爆発、それらの映像を観てまるで映画のようだとため息をついた人たちは多かったのではないだろうか。政府やメディアは民衆がパニックが起きるのを怖れた・・・

ふくしま集団疎開裁判が「世界市民法廷」の開催を決定

ふくしま集団疎開裁判が「世界市民法廷」の開催を決定した。

「世界市民法廷」開催決定

2012年1月1日
【速報】今すぐ、命の危険にさらされているふくしまの子どもたちを救うために 十二人の怒れる市民による「ふくしま集団疎開裁判」世界市民法廷の開催を決定

「私たちは100%」チェルノブイリ避難基準の強制避難地域で教育を受ける子どもたちです。
「0%の人たち」の手によって、私たちの命が危険にさらされるという不正義を、昨年暮れ、裁判所もお墨付きを与えました(12月16日決定)。私たちはこのような理不尽な不正義を許す訳には行きません。 
正義の裁きを下すため、2012年冬、「ふくしま集団疎開裁判」の世界市民法廷を開催することにしました。

以下、生原稿ですが(今後、詳細を公表)、発表します。

3.11以来、6.24の申立までのふくしまの現実と子どもたちの状況

頬を真っ赤にして、風の中を走りぬけ、木イチゴをほおばり、虫取りに胸を躍らせ、雪原をころげまわる・・・。それが、ふくしまの子どもたちでした。

3・11福島第一原発の巨大事故により、ふくしまはすっかり変わってしまいました。 疎開裁判の申立人である14名の子どもたちが住む郡山市では、安定ヨウ素剤の配布もなく、放射能測定値が公表されない中で、多くの市民が目には見えない放射能に曝されたのです。

息子を給水車の列に並ばせてしまった父親がいました。毎日屋外での部活に出かけた高校生がいました。卒業式を行うという学校の指示に従い、避難先から娘を連れて戻ってきた母親がいました。

SPEEDIのデータをはじめとする情報は隠され、「安全キャンペーン」により、事故は矮小化されました。文科省の年間20mSvの基準に象徴されるように、さまざまな基準値が突然引き上げられました。

不安と恐怖の中で、親たちは必死で子どもを守ろうとしてきましたが、行政による子どもたちの命と健康の確保は、除染という方法しかなされませんでした。避難区域に指定されていない郡山市の子どもたちには命と健康を確保するためには自主避難という方法しかありませんでした。しかし、自主避難は、子どもたちにとっては、友だちと別れ、知らない世界に飛び込まなければならないことでした。親たちにとっては、大きな経済的負担や家族が別れ別れになることが余儀なくされるため、その選択を誰もができた訳ではありません。

そのような中で、申立人となった14名の子どもたちはやむにやまれぬ思いで、「ふくしま集団疎開裁判」を起こしたのです。

申立の理由とその意味

(1)、なぜ、申立をしたのか?

文科省は、福島県の父母たちの抗議を受けて、2011年5月27日に、福島県内の学校について、空間線量の値が年間20mSv以下なら教育OKという基準を改め、年間1mSv以下を目指すと訂正しました。

しかし、現実に福島県内の学校は殆ど全てが年間1mSv以上の汚染状況であり、それどころか郡山市中心部では殆ど全てがチェルノブイリ避難基準で強制的に避難させられる移住義務地域(年5mSv以上)に該当する極めて危険な状態でした(汚染マップ参照)。これに対し、文科省と自治体は、福島県の父母たちが強く求めたにもかかわらず、子どもたちを安全な場所に移して教育を実施しようとしませんでした。そもそも政府は福島第一原発事故の加害者です。加害者という身でありながら、いわれなき人災のために命と健康の危険にさらされている子どもたちをこのまま放置しておくことは、過去に例を見ない凶悪な人権侵害行為であるのみならず、国際法上の犯罪である「人道に対する罪」に該当する重大犯罪です。

そこで、苦しみの中で救済を求めている市民の声に耳を傾けようとしない政府と自治体の人権侵害行為をただすため、「人権の最後の砦」として政府等の病理現象を正すことを本来の使命とする裁判所に救済を訴え出ました。それが2011年6月24日、郡山市の小中学生14名が郡山市を相手に訴えた「子供たちを安全な場所で教育せよ」を求める裁判(仮処分申立)です。

(2)、申立の意味とは

この疎開裁判が最終的に目指すのは、福島第一原発事故のために命と健康の危険にさらされている全ての子どもたちが安全な場所で教育を受けられるようにすることです。しかし、今の裁判制度ではそれを直ちに実現することは不可能です。そこで、まず、郡山市の14名の小中学生がいわば先駆けとなって、救済を求める裁判を起こしました。もしこの訴えが認められたら、次に、14名の小中学生と同様の危険な環境に置かれている全ての子どもたちの救済を、「子供たちを安全な場所で教育せよ」という裁判所の命令を踏まえて、市民による対行政交渉を通じて実現するというプランでした。その意味で、この14名は被ばくにより命と健康の危険にさらされている全ての子どもたちを事実上代表して、訴訟に出たのです。

審理の経過

疎開裁判は過去に例を見ない裁判のため、形式的な理由で門前払いされるおそれがありましたが、裁判所は門前払いせず、子どもたちの被ばくの危険性という裁判の主題の検討(実体審理)に入りました。

当初、2011年9月9日で審理を終え、結論を出す予定でしたが、当日、私たちが提出した書面により審理は異例の延長となりました。8月末に文科省が公表したセシウムの土壌汚染のデータにより、初めてチェルノブイリ事故との具体的な対比が可能となったからです(セシウムの汚染度が郡山市と同程度のルギヌイ地区を取り上げ、チェルノブイリ事故以後、その地区で発生した異常な健康障害が、郡山の子どもたちをこのままにしておくと、今後、同様の健康障害が発生することが予測されると指摘した矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授の意見書など)。

これに対し、郡山市は、チェルノブイリ事故との対比について「不知」と答えるのみで、転校の自由があるのだから危険だと思う者は自主的に引っ越せばよい、安全な場で教育を受ける権利を侵害したのは東電であって自分たちではない、だから郡山市は子どもたちを安全な場所に避難させる義務を負わないと反論しました。これは人権宣言の正反対とも言うべき人権侵害の宣言です。

これに対し、私たちは、その後もチェルノブイリ事故との対比に関する証拠を精力的に提出し、万全を期しました。こうして、延長戦の審理は10月末に終了しました。

12.16判決(決定)の結論と理由

仮処分申立は本来、緊急に救済を実現するためのものですが、今回、裁判所が判断を下したのは審理終結から45日経過した、奇しくも、野田総理大臣が福島第一原発事故の原子炉は「冷温停止状態」になったと宣言したのと同じ12月16日でした。結果も同じく「避難停止状態」、子どもたちの申立を却下するものでした。

理由のエッセンスは、14名の申立は郡山市の全ての小中学生を有無を言わせず一律に疎開を求めるというものであるから、その要件は厳格に解する必要があること、そのためには14名の子どもたちの生命身体に対する具体的に切迫した危険性があること、その危険性を判断する上で最大の論拠となるのは空間線量の値が年間100mSv以上であること、ところが、14名の子どもたちが通う学校の空間線量の値が年間100mSv以上であることの証明はない、というものでした。

他方で、私たちが最も力を入れて主張・立証した「チェルノブイリ事故との対比」に対して、裁判所は一切応答せず、これを黙殺しました。

また、申立却下の最大の根拠となったいわゆる100mSv問題(100mSv未満の放射線量を受けた場合における晩発性障害の発生確率について実証的な裏付けがないかどうかという問題)について、審理の中では一度も当事者からも裁判所からも取り上げられたことがなかったにもかかわらず、裁判所は判決の中で、いきなり、なおかつ当事者が提出した証拠に基づかずに認定しました。つまり、裁判所は、処分権主義、弁論主義、証拠裁判主義といった「人権の最後の砦」を支える近代裁判の基本原則をことごとく踏みにじることで申立却下という結論を導き出したのです(その詳細は、裁判所の判決(決定)に対するコメント(1) コメント
(2) コメント(3))。

判決を是正し、今、命の危険にさらされているふくしまの子どもたちを救うために必要な取組み

裁判所の判決(決定)は「人権の最後の砦」である司法の自殺であり、政府と自治体の凶悪な人権侵害行為にお墨付きを与える重大犯罪です。そのため、ふくしまの子どもたちは今、命の危険という重大な危機にさらされています。これを救うために、私たちは再び、人類普遍の価値を有する近代の人権宣言の原点に帰って行動を起こすことにしました。その原点の1つがアメリカ独立革命のヴァージニア憲法3条です。

「政府は人民、国家または社会の利益、保護および安全のために樹立される。いかなる政府も、これらの目的に反するか、または不十分であると認められた場合には、社会の多数の者は、その政府を改良し、変改し、または廃止する権利を有する。この権利は、疑う余地のない、人に譲ることのできない、また棄てることもできないものである。」

私たちは、今から「市民の、市民による、市民のための市民法廷」を開催し、世界中の市民から構成される陪審員の手によって、上記の裁判所の判決が正しいかどうか、過っているならばその正しい判断と理由は何かについて、人類普遍の価値を有する人権宣言とそれを子どもに適用した「子どもの権利条約」に基づいて裁くことにしました。それが「ふくしま集団疎開裁判」世界市民法廷の開催です。

この世界市民法廷を通じて、今、命の危険にさらされているふくしまの子どもたちを救うために、世界中の良識ある市民から支持される正しい裁きを下したいと思います。

以 上

私たちの未来は大丈夫?〜子どもが考える原発と被曝〜

<転送します>
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         1月2日!今晩24時〜新春特番
      私たちの未来は大丈夫?〜子どもが考える原発と被曝〜

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今なお、放射性物質が放出を続けている福島第一原子力発電所。本来、封じ込められるべき放射性物質は、瓦礫、食品など、あらゆるルートを通じて、全国に広がっている。
この状況を、もっとも被害を受ける子どもたちはどう見ているのか?

番組では小学生、中学生が自らの疑問を実際に取材。原発政策はどうなるのか?
被曝の被害はあるのか? 子どもたちが、自分たちの未来を問う。

◎朝日ニュースター:初回1月2日(月)24時~
          再放送:3日(火)12時/5日(木)5時・23時/8日(金)20時
◎インターネットhttp://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1285
 
◎ゲスト:雨宮処凛(作家)
     川根真也(さいたま市立三室中学校理科教師/内部被曝を考える市民研究会)
     藤波心(中3・兵庫県在住)/かなる(小5・兵庫県在住)
     西片海斗(小6・ 福島市から米沢へ避難)/渡邉刀麻(中1・福島市から札幌に避難)
     菅野安佑(小6・福島市)/武田りえ(小6・福島市)
     仲田気良(小6・東京都武蔵野市)/白石穂(小6・東京都文京区)
     椛木亜実(中1・東京都豊島区)/眞嶋叙脩(中1・東京都新宿区)
     大谷空我(小2・埼玉県)/西片風(小3・福島市から米沢に避難)
◎司会:白石草(OurPlanetTV)
  
◎VTRの内容
「原発続ける?やめる?」原宿と渋谷で、子どもたち70人に街頭インタビュー
原発のことをもっと知りたい〜浜岡原発を見学(案内:東井玲さん)
電気はほんとに足りないの?飯田哲也さんにインタビュー
本当のことを知りたい!森ゆう子文部科学副大臣にインタビュー
被曝時代を生きぬく家庭科!(料理の先生:吉度日央里さん)

◎番組は海外での放送する予定です。
この番組にご賛同いただける方を募集しています。
◎賛同募集について
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1273

原子力業界が安全委24人に寄付 計8500万円

原子力業界が安全委24人に寄付 計8500万円
(2012年1月1日3時1分 朝日新聞)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故時、中立的な立場で国や電力事業者を指導する権限を持つ内閣府原子力安全委員会の安全委員と非常勤の審査委員だった89人のうち、班目(まだらめ)春樹委員長を含む3割近くの24人が2010年度までの5年間に、原子力関連の企業・業界団体から計約8500万円の寄付を受けていた。朝日新聞の調べで分かった。

 うち11人は原発メーカーや、審査対象となる電力会社・核燃料製造会社からも受け取っていた。

 原子力業界では企業と研究者の間で共同・受託研究も多く、資金面で様々なつながりがあるとされる。中でも寄付は使途の報告義務がなく、研究者が扱いやすい金銭支援だ。安全委の委員へのその詳細が明らかになるのは初めて。委員らは影響を否定している。(続きは朝日新聞デジタルでご覧いただけます)

・・・以下、関連情報・・・

原子力業界が安全委24人に寄付 計8500万円(朝日新聞、1月1日1面)

班目委員長を含む3割近くの24人が、原子力関連企業・業界団体から寄付を受けていた。うち11人は原発メーカーや、審査対象の電力会社・核燃料製造会社からも受け取っていた。

とりわけ重大なのは、現在経産省・保安院が原発再稼働のための手続きと位置づけて進めている「ストレステストに係る意見聴取会」の委員であり、司会進行役(保安院が一方的に指名)を務めている【岡本孝司・東大教授】に三菱重工業から200万円が寄付されていたという事実。この間、ストレステスト報告書があがってきたのは、ほとんどが三菱重工業製の加圧水型原子炉(PWR)。これでは、利益相反の疑念を払拭することはできない。

(朝日記事より)
◆岡本孝司・東大教授 三菱重工業(200万円)
 多忙につき答えられない(大学広報を通じて回答)

岡本教授は前回12月22日の第5回意見聴取会で、後藤政志、井野博満両委
員によるストレステストや意見聴取会に対する根源的な問いかけに対して、
「技術的なことに限って評価を行うのが我々のミッション」と繰り返し発
言し、議論の封殺を図りました。これに対して井野委員から、「技術は社
会の中に存在する。技術的問題と同時に社会的問題も議論すべきだ。客観
的事実の認識をしっかりやり、最後に社会的判断が加わって技術は実現す
る」との反論がなされました。傍聴席からも、議論したというアリバイを
作ろうと急ぐ岡本委員の強引な進行に強い抗議の声が上がりました。

 12月22日:意見聴取会(経産省本館、保安院)記録動画
 「発電用原子炉施設の安全性に関する総合評価に係る聴取会」
 (204分:特に冒頭1時間10分)

2012/01/01

生涯100ミリシーベルトの基準で、本当に健康への影響はないのか?

追跡!真相ファイル(NHK 12月28日放映)から抜粋

“生涯100ミリシーベルトとされる被ばくの基準で、本当に健康への影響はないのか?”

福島をはじめ、全国の人々が現実に直面している放射能の脅威。国は「直ちに体への影響はない」と繰り返すばかりだ。その拠り所としているのが、ICRP(=国際放射線防護委員会)の勧告
広島・長崎の被爆者の調査データをベースに作られ、事実上の国際的な安全基準となっている。

しかし関係者に取材を進めると、1980年代後半、ICRPが「政治的な判断」で、被ばくでガンになるリスクを実際の半分に減らしていた事実が浮かびあがってきた。

当時ICRPには、原子力産業やそれを監督する各国の政府機関から、強い反発が寄せられていたのだ。
そしていま、世界各地で低線量被ばくの脅威を物語る、新たな報告や研究が相次いでいる。

アメリカでは原発から流れ出た微量の放射性トリチウムが地下水を汚染し、周辺地域でガンが急増。
25年前のチェルノブイリ原発事故で、大量の放射性セシウムが降り注いだスウェーデンでは、ICRP基準を大きく上回るガンのリスクが報告されている。

いま、誰もが不安に感じている「低線量被ばく」による健康被害。
国際基準をつくるICRPの知られざる実態を追跡する。


NHK 追跡!真相ファイル「低線量被ばく 揺れる国際基準」文字起こしから抜粋

ナレーション:福島第一原子力発電所の事故から9カ月、私は作家の室井佑月さんとともに千葉県の柏市を訪ねました。原発からおよそ200キロ、一部の場所で今も放射性物質が検出されています。

食品に含まれる放射性物質の量を調べる民間の施設です。国は生涯100ミリシーベルトを上限に食品の安全基準を定めています。しかし人々の反応は・・・母親の声「子どもに関しては、この数値でも心配だなと思っています」「みなさん今の(国の)基準を信じている方はいらっしゃらないと思います」

国が根拠としているのがICRP(国際放射線防護委員会)が定める基準です。100ミリシーベルト以下の低線量の被曝のリスクは極めて小さく、ほとんど影響がないとしています。本当にそうなのか?

低線量被曝の実態を調べるため、追跡チームは海外を取材しました。チェルノブイリ原発事故の影響を受けた北欧スウェーデン。放射線のレベルはあまり高くなかったこの地域でも、ガンが増えていました。食べ物を通して被害が広がったと見られています。

これまで、ほとんど影響がないとされてきた低線量被曝。それに疑問を投げかける事態が世界で起きています。スウェーデン北部ベステルボッテン県。古くから少数民族サーメの人々が暮らしてきました。

住民:いま周辺でガンが増えています。放射能が原因ではないかと疑っています。

<ナレーション> 原因と見られているのは、25年前に起きたチェルノブイリ原発事故。放射性物質を含んだ死の灰は、1500キロ離れたサーメの町まで降り注ぎました。当時の放射線レベルは、年間およそ0.2ミリシーベルト。国際基準の5分の1程度の低いレベルでした。

 しかし今、ガンになる住民が増えています。事故の前と比べると、34%増加しました。事故直後スウェーデン政府は、食べ物に含まれる放射性物質の安全基準を設けました。人々がよく食べるトナカイの肉は1kgあたりの上限が300ベクレル。現在の日本の暫定基準値(500ベクレル)より厳しい値です。サーメの人々は食べる肉の量も減らし、身体への影響を抑えようとしてきました。

なぜガンが増えたのか。住民の調査を続けてきたマーティン・トンデル博士は汚染された食べ物を体内に取り込んむことでリスクが高まったのではないかと見ています。トンデル博士は汚染地域で暮らすすべての住民110万人のデータを解析。ガンになった人の被曝量を調べると、事故後10年間の積算でいずれも10ミリシーベルト以下だったことがわかりました。ICRPがほとんど影響がないとしている低線量でも、ガンになる人が増えていたのです。

トンデル博士:この結果に驚きました。明らかになったリスクがICRPより高かったからです。リスクは外からの被曝だけでなく、内部被曝に左右されるのです。


<ナレーション> 次に追跡チームが向かったのは、世界一の原発大国アメリカ。ここではより影響を受けやすい子供たちに深刻な問題が起きていました。イリノイ州シカゴ郊外。周辺に3つの原発が集中しています。原発から排出される汚水には放射性トリチウムが含まれていますが、アメリカ政府は国際基準以下なので影響はないとしてきました。しかし近くの町では子供たちがガンなどの難病で亡くなっていました。

ソウヤーさん夫妻はガンと原発との関係を証明するため、州政府からあるデータを取り寄せました。過去20年間、全住民1200万人がどんな病気にかかったかを記した記録です。小児科医の夫ジョセフさんが分析したところ原発周辺の地域だけが脳腫瘍や白血病が30%以上増加。なかでも小児ガンは、およそ2倍に増えていました。

ソウヤーさん夫妻は全住民の徹底的な健康調査を求めました。しかし国は「井戸水による被曝量は年間1マイクロシーベルトと微量で健康を脅かすことはない」と回答してきました。

<NHKのスタジオ>
室井:いまのVTRはショックでしたね。基準値内だと「リスクは低い」って言い方をするんですけど…ガンにかからない人もいるだろうけど、セーラさんみたいにかかってしまう人もいるわけで。だから「リスクは少ない」という言い方は、逆にして言うと「リスクを背負い込む人もいる」ということですね。

西脇:これはどれだけ被曝したらガンで亡くなるリスクが高くなるかということを示したグラフです。ICRPでは100ミリシーベルトでは0.5%ガンになるリスクが高くなるとしています。一見すると「大したことないじゃないか」と思われるかもしれませんが、例えば1万人の人がこれを浴びた場合は50人が、100万人の人が浴びた場合は5000人がガンで亡くならなくてもいい方がリスクを負ってしまうと。

鎌田:我々がいつも疑問なのは、じゃあこれ(100ミリシーベルト)より低い場合は…これが正しいかどうかも含めて、本当にこれでいいのかどうかわからない。

室井:しかも幼児や子供はもっとリスクが上がるじゃないですか。

西脇:そうですね、実はそのICRP自身がこの基準を見直すべきかどうか議論を進めていることがわかってきたんです。

<ナレーション> 10月、アメリカでICRPの会議が開かれました。ICRPはおよそ30カ国250人の科学者や政府関係者でつくるネットワークです。会議の一部だけが音声での取材を許可されました。

福島第一原発での事故を受けて低線量被曝のリスクの見直しを求める意見が相次ぎました。
会議での発言:「8歳や10歳の子供がなぜ原発労働者と同じ基準なのか。福島の母親や子供たちは心配している」「ICRPの低線量リスクがこのままでいいのか、大きな疑問が持ち上がっている」

ICRPは低線量のリスクをどう見直そうとしているのか。カナダのオタワにある本部に直接聞くことにしました。事務局長のクリストファー・クレメンス氏です。すでに作業部会を作り、議論を始めているといいます。

クレメンス:問題は低線量のリスクをどうするかです。

<ナレーション> クレメンス氏は私たちに驚くべき事実を語りました。これまでICRPでは低線量の被曝のリスクは低いとみなし、半分にとどめてきたというのです。

クレメンス:低線量のリスクを半分にしていることが本当に妥当なのか議論している。

<ナレーション> 低線量のリスクをめぐる議論は、実は1980年代後半から始まっていました。基準の根拠となっていた広島・長崎の被爆者データがこの頃修正されることになったのです。それまで原爆で1000ミリシーベルトの被曝をした人は5%ガンのリスクが高まるとされてきました。それが日米の合同調査で、実際はその半分の500ミリシーベルトしか浴びていなかったことがわかったのです。半分の被曝量で同じ5%ということは、リスクは逆に2倍になります。しかしICRPは低線量では半分のまま据え置き、引き上げないことにしたのです。

なぜ低線量のリスクを引き上げなかったのか。私たちは議論に関わったICRPの元委員に取材することにしました。当時の主要メンバーは17人。そのうち13人が核開発や原子力政策を担う官庁とその研究所の出身者だったのです。その一人、チャールズ・マインホールド氏。アメリカ、エネルギー省で核関連施設の安全対策にあたっていた人物です。電話での交渉を重ねて、ようやく私たちの取材に応じました。チャールズ・マインホールド氏、1970年代から90年代半ばまでICRPの基準作りに携わってきました。

低線量のリスクを引き上げなかった背景には、原発や核関連施設への配慮があったといいます。

マインホールド:原発や核施設は、労働者の基準を甘くしてほしいと訴えていたその立場はエネルギー省も同じだった。基準が厳しくなれば核施設の運転に支障が出ないか心配していたのだ。

<ナレーション> マインホールド氏は自らも作成に関わったという、エネルギー省の内部文書を取り出しました。1990年、ICRPへの要望をまとめた報告書です。低線量のリスクが引き上げられれば、対策に莫大なコストがかかると試算し、懸念を示していました。

マインホールド氏はアメリカの他の委員と協力し、リスクの引き上げに強く抵抗したといいます。

マインホールド:アメリカの委員が低線量では逆に引き下げるべきだと主張したのだ。低線量のリスクを引き上げようとする委員に抵抗するためだった。

<ナレーション> その後ICRPは、原発などで働く労働者のために特別な基準を作ります。半分のまま据え置かれていた低線量のリスクをさらに20%引き下げ、労働者がより多くの被曝を許容できるようにしたのです。

マインホールド:労働者に子供や高齢者はいないので、リスクは下げてもよいと判断した。科学的根拠はなかったが、ICRPの判断で決めたのだ

<ナレーション> いまアメリカでは原発や核関連施設で働いていた人たちが、相次いで健康被害を訴えています。女性たちは核燃料の再処理施設で、長年清掃の仕事をしていました。

元労働者:乳がんと喉頭がん、そして顔に皮膚がんを患っています。健康への影響はないと信じて働いてきた女性たち。いま国に対して補償を求める訴えを起こしています。

元労働者:私たちはモルモットでした。どんなに危険かも知らされませんでした。

NHKのスタジオ

室井:ICRPの人が出てきましたけど、「根拠がない」って。「半分に減らしてもかまわない」みたいなことを言ってましたけど、「根拠がない」って初めて聞いたんで驚いちゃったんですけど。

西脇:こちらをご覧いただきたいんですけど、これは2010年のICRPの予算がどこから来ているのかを示したものなんですけども、アメリカの原子力規制委員会を筆頭に、原子力政策を担う各国の官庁から・各国政府からの寄付によって成り立っているんですね。

西脇:日本も原子力を推進する日本原子力研究開発機構が毎年それなりの額を寄付している

室井:そうするとICRP自体が原発を推進したい人たちの側が作ったものだから、安全基準値を決めるわけだから…それじゃいけないんですよね。自分で判断していくしかないと思うんです。しかも安全な方に。

最後のVTR

<ナレーション> 原発の近くで暮らし、幼いころ脳腫瘍を患った18歳のセーラさんです。治療の後遺症で右手が麻痺し、いまも思うように動かすことができません。被曝から健康を守るための基準があるのに、自分のような被害が後を絶たないことにやりきれない思いを感じています。

セーラ:科学者には私たちが単なる統計の数値でないことを知ってほしい。私たちは生きています。空気と水をきれいにして下さい。たくさんの苦しみを味わいました。誰にも同じ思いをしてほしくはありません。

3月、国と県は放射性物質の拡散予測を公表せず、住民が大量被ばく

★保存しておきたい記事(1)

【浪江町の津島避難】 
線量情報なく町民孤立 国と県、予測伝えず 安全信じ…空白の4日間
(2011年12月11日 福島民報 3.11大震災・検証)

 東日本大震災から11日で9カ月を迎える。震災と東京電力福島第一原発事故により、今も多くの県民が県内外で避難生活を送る。原発から北西に約25キロ離れた浪江町津島地区。事故後の3月12日から4日間にわたり、多くの町民が避難生活を送った。国は12日、津島地区がある原発から北西方向への放射性物質拡散を予測し、13日には地区の10キロほど東側で高い線量を計測していた。しかし、国、県からは何も伝えられず、町は線量を把握できずにいた。

■避難者あふれる

 「津島に行こう。支所があるし学校を避難所として使える」。国の避難指示が原発から10キロ圏に拡大した3月12日、浪江町災害対策本部会議で幹部職員の意見が一致した。町内の津島地区は誰もが安全だと信じていた。

 原発から29キロほどの距離にある町津島支所。固定電話は一切使用できず、無線もない。通信手段は時折つながる携帯電話だけだった。根岸弘正町総務課長(58)は放射性物質の飛散を心配していた。12日午後には国の指示は20キロ圏内の避難に拡大された。「まだ、それよりは10キロほど離れている」。不安を打ち消した。

 人口1400人ほどの津島地区は約8000人の町民であふれた。津島小、津島中の体育館では避難住民が肩を寄せ合う。馬場績町議(67)の自宅にも22人が寝泊まりした。見知らぬ顔もあった。避難者は井戸水や沢の水を飲み、しのいだ。

 避難者の多くは津島地区で避難生活を続けた。車のガソリンが底を突くケースもあった。馬場町議は「町の災害対策本部がとどまっていたため、避難住民は安全だと思っていた」と振り返った。

 14日夜、津島地区の南に隣接する葛尾村で「全村避難する」との防災無線が流れた。静かな山あいにある津島地区にもその声が届いた。「ここにいて本当に大丈夫なのか」。避難住民に動揺と不安が一気に広がった。

■伏せられたデータ

 原子力安全技術センター(東京)は震災直後から一時間ごとの「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」の試算を開始した。12日には津島地区への放射性物質飛散を示すデータもあった。

 根岸課長は後に公表されたSPEEDIを見て目を疑った。住民が避難した津島地区は茶褐色の線に囲まれ、高線量を示していた。「(線量の)情報さえあれば…」

 国は試算が不正確で誤解を招くとして公表を見送った。しかし、早い段階で公表していれば避難の参考になったと国の対応を非難する声もある。

 県は13日にSPEEDIの試算結果をファクスで32枚、国から受け取っていたが、公表しなかった。その理由について「予測の前提となる放射性物質の放出量が現実と懸け離れていると考えられた」と説明する。

 12日の県の調査で町中心部の酒井、高瀬地区は高い線量が計測されていた。津島地区から10キロほど原発寄りの町内室原地区は13日に国の調査が行われ、線量計は毎時30マイクロシーベルトを振り切った。しかし、国や県から放射線の情報が町に伝えられることはなかった。

 14日正午ごろ、根岸課長は3号機の爆発を伝えるニュースに言葉を失った。これまで漠然と抱いていた不安が一気に強まった。

 町は線量計2台を保有していた。12日、町は線量計が必要になると想定せず、町役場に線量計を置いたまま移動していた。「数日後には役場に戻れると思った。事態がどんどん悪化するとは…」。町の関係者は今も悔やむ。

町民被ばくどれほど 不安、悔恨、憤り… 浪江町の津島避難

 浪江町の避難は3月14日午前11時1分、東京電力福島第一原発3号機の爆発で急展開する。津島地区に滞在していた住民には不安が渦巻いていた。

■苦情相次ぐ

 浪江町は3月14日午後から断続的に対策本部会議を開き、再避難するかどうかを協議した。「一刻も早く避難すべきだ」。周辺の放射線量の情報は全くなかった。それでも避難の必要性を訴える意見が相次ぎ、移転先は二本松市に決まった。

 15日朝、馬場有町長が二本松市に受け入れを要請した。同日午前10時、町は津島地区の区長を集め、住民らに避難を呼び掛けるよう求めた。

 町の移転とともに、住民の避難がせきを切ったように始まった。町のバスで二本松市に向かう避難者もいれば、会津地方や県外に車を走らせる町民もいた。ただ、家畜の世話などを理由にとどまる住民がおり、町は支所に職員数人を残し、避難の説得に当たった。

 津島地区は16日の測定で毎時58.5マイクロシーベルトの放射線量が計測され、4月22日に計画的避難区域に設定された。局地的に放射線量が高い場所も見つかった。7月26日時点で、赤宇木は最大毎時26.3マイクロシーベルト、南津島は同40.1マイクロシーベルト。避難の目安となる年間積算線量「20ミリシーベルト」を短期間で上回る線量が計測された。

 津島地区で過ごした住民は再避難後も被ばくの恐怖におびえる。「なぜ危ない津島地区に避難したんだ」。町には春から夏ごろにかけ、このような苦情が多数寄せられた。

 「町職員の誰1人、津島地区の放射線量を把握していなかった」。苦情の対応に当たった担当者は、放射線量の情報が全くない当時の状況を繰り返すしかなかった。

■子どもの将来は

 「子どもの将来は大丈夫なのか」。県北地方の仮設住宅で暮らす40代女性は不安に駆られる。8月に茨城県東海村で受けた内部被ばく検査で、高校生の子どもから微量の放射性物質が検出された。

 女性の家族は町の避難指示に従って3月12~15日まで津島地区の避難所で過ごした。水はミネラルウオーターを飲んだが、野菜などの食材は沢の水で洗っていた。

 検査の担当者から「体に影響はない」と説明されたが、結果を知った子どもは食事を取らずにふさぎ込んだ。子どもを励ます言葉は見つからなかった。「何を根拠に津島にとどまらせたのか。線量が計測できていれば、安全か、危険かの判断はついたはずだ」。国、県、町の対応に憤る。

 自身を責める母親もいる。津島地区に一家4人で避難した女性(40)は「一生、子どもに謝り続けなければならない」と表情をこわばらせる。夫(41)、中学2年の長女(13)、次女(3つ)の4人で15日まで津島地区の親戚宅に滞在した。

 退屈する次女を外で遊ばせていた。次女は内部被ばく検査の対象年齢に達していないため、検査を受けることはできない。「ごめんなさい。遊んだあの場所の線量が高かったかもしれないの」

※内部被ばく検査 警戒区域と緊急時避難準備区域、計画的避難区域、特定避難勧奨地点の住民のうち4歳以上を対象に6月から始まった。3歳以下の乳幼児は、行動を共にしていた保護者が対象。10月31日現在、6608人が検査を受け、浪江町では2618人が受けた。また、甲状腺検査は10月から始まり、3月11日時点で18歳以下だった全県民を対象にしている。

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