2011/09/22

「六ヶ所あしたの森」から「東北あしたの森」へ 設立記念イベント

人と自然と未来世代との共生
森づくり&農的くらしから始まる新しい村づくり
青い森のエコビレッジづくりが始まっています。

あなたも、この新しい取り組みに参加してみませんか。
設立イベントで、原発の対極に位置する生き方について少し話をします。

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  六ヶ所あしたの森 設立記念イベント

 「六ヶ所あしたの森から東北のあしたを考える
    設立報告会&間伐材楽器製作ワ-クショップ」@東京都渋谷
 「六ヶ所あしたの森 設立記念交流会」@東京都三軒茶屋

    2011年10月1日(土) 13:30-16:30 / 19:00-21:00

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「六ヶ所あしたの森」から「東北あしたの森」

私たちは、青森県六ヶ所村と東北町の森林や田畑での活動を中心に、子どもからお年寄りまで、誰もが愉しめる「青い森のエコビレッジ」づくりを通して、持続可能な社会・暮らし・生業づくりを青森で実践し、全国へ発信しています。そして活動3年目の今年ついに正式設立します(団体名称を「NPO東北あしたの森」へ変更予定)

今回は正式設立にあたり、午後には、これまでとこれからの活動報告会と、
六ヶ所あしたの森の間伐材(六ヶ所村産)を使った「バードコール」という鳥
の鳴き声を奏でるミニ楽器の木工ワークショップを開催します。

夜には、これからのあしたの森、青森、東北、日本のことを、気軽に愉しく、
一緒に語らい交流できる場として、設立記念交流会を開催します。

当日は青森から、「農的暮らし」「半農半X」を実践しているスタッフと、
発電機づくりや木工づくりなど、様々なサポートをしてくれている地元のア
ドバイザーをお呼びしています。皆さんと一緒に愉しい時間を過ごしたいと
思います。是非いろいろお話しましょう!

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 「六ヶ所あしたの森から東北のあしたを考える
     設立報告会&間伐材ミニ楽器製作ワークショップ」
  2011年10月1日 13:30-16:30
  @地球環境パートナーシッププラザ:GEOC(東京都渋谷/国連大学1F)
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【日  時】 ■2011年10月1日(土) 13:30-16:30

【場  所】 ■地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)セミナースペース
  http://www.geoc.jp/intro/access.html#GEOC
  (東京都渋谷区/国連大学1F/表参道駅徒歩5分/渋谷駅徒歩10分)

【参 加 費】 ■両方参加:2,000円(材料費など込み)
       ■活動報告会のみ:500円
       ■ワークショップのみ:1,500円(材料費等込み)

【プログラム】■13:30-15:00 設立報告会 /15:00-16:30 ワークショップ

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■設立報告会 13:30―15:00

  ◇設立のご挨拶

・中村隆市(弊会代表/ウィンドファーム代表/ナマケモノ倶楽部世話人)
・六ヶ所あしたの森スタッフ&理事&アドバイザー

◇活動のご報告(あしたの森のこれまでとこれから)
・六ヶ所あしたの森スタッフ
・キーワード:農的暮らし/半農半X/自然栽培/不耕起栽培/炭焼き/
 皮むき間伐/滑車/丸太カヌー/ツリーハウス/森林療法/手しごと/
 小型自然エネルギー/フェアトレード/おたのしみ科学実験/などなど

◇質疑応答/休憩
・あしたの森のこと、青森県での暮らしのこと、お答えします!

<代表紹介>中村隆市(なかむら りゅういち)
六ヶ所あしたの森共同代表/ウィンドファーム代表/環境=文化NGOナマケモノ倶楽部世話人/スロービジネススクール校長/フラジル・マッシャード市名誉市民。20代から有機農業や環境運動に取り組み、87年フェアトレード事業開始。90年からチェルノブイリ医療支援に関わる。『考える絵本 しあわせ』(著:辻信一/大月書店)のモデル。

■ワークショップ 15:00―16:30

◇あしたの森の間伐材でミニ楽器をつくろう!
・作品:バードコール(鳥の鳴き声を奏でるミニ楽器)
・講師:萠出浩(お楽しみ科学実験出前屋/ゆびぶえ演奏家)

<作品紹介>:バードコール
音を出すとまるで鳥の鳴き声のように聞こえます。これを鳴らすと鳥が仲間の鳥と勘違いして寄ってきます。これを人混みで使うと,人も勘違いしてしまいます。

今回は特別に、六ヶ所あしたの森産の”ニス”を仕上げに使ってみます。完成したら、皆で鳥になった気分で、鳥の鳴き声で話し合いましょう♪

<講師紹介>萠出 浩(もだし ひろし)
1960年青森県東北町生まれ。教育を根本から考え直し、授業をたのしくする「仮説実験授業」との出会いから、科学の実験やものづくりを始める。出前講座の依頼が増え、94年、歯科技工士を経て「お楽しみ科学実験出前屋」に専念する。著書に『気分はアルキメデス ボクはお楽しみ科学実験出前屋』(仮説社)。ゆびぶえ演奏家。

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【申込/問合】■六ヶ所あしたの森事務局へ

以下のフォームを使って、可能な方はメールでお申し込み下さい。
「六ヶ所あしたの森」設立準備委員会 事務局 担当:山本
・電 話:0175-62-3616 (FAX兼用) / 080-5099-8062 (山本)
・メール:info☆ashitanomori.net (☆を@に変えて下さい)

□■□■□■□■□■申込みフォーム ここから□■□■□■□■□■

 1.お名前:
 2.ご住所:〒
 3.お電話:
 4.メールアドレス:
 5.お申込み人数 :
 6.参加部分:(全部/活動報告会のみ/ワークショップのみ) 
 7.その他ご連絡ご質問

□■□■□■□■□■申込みフォーム ここまで□■□■□■□■□■

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「六ヶ所あしたの森 設立記念交流会」
 2011年10月1日 19:00-21:00
 @from Earth Cafe “OHANA”(東京都世田谷区/三軒茶屋駅徒歩2分)
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【日  時】 ■2011年10月1日(土) 19:00-21:00

【場  所】 ■from Earth Cafe “OHANA”
        http://www.cafe-ohana.com/access.html
       (東京都世田谷区/三軒茶屋駅徒歩2分)

【参 加 費】 ■1オーダー+投げ銭(お気持ち分で大丈夫です)

【プログラム】■ご挨拶/簡単な活動紹介/ミニライブ/歓談

       ・゜・☆。・゜。・。・゜・☆。・゜。・゜・☆。・゜。・。・゜・☆。・

■ご挨拶/簡単な活動紹介
・六ヶ所あしたの森スタッフから

■ミニミニライブ
・ゆび笛コンサート(あしたの森のゆかいな仲間たち)
・世にも珍しい、持ち運び自由自在。自分の指が楽器になる!
・山岳レスキューや災害レスキューの技術としても大活躍。

おいしい食事と飲み物を片手に、あしたの森のスタッフが、青森での暮らしと活動をリラックスした雰囲気でお話しします。六ヶ所あしたの森のこと、青森のこと、そして東北、日本のことなど、フリーでお話出来る場として、来場してくださった方々とゆっくりお話できたらうれしいです。
 
当日は、あしたの森の秘蔵映像と動画を流しながらの時間になります。また、あしたの森スタッフによるスペシャルゆび笛ミニライブがあるかも!?
ゆび笛、みなさんしってますかー?実はレスキュー技術の一環なんです!
       ・゜・☆。・゜。・。・゜・☆。・゜。・゜・☆。・゜。・。・゜・☆。・

【申込/問合】■六ヶ所あしたの森事務局へ

以下のフォームを使って、可能な方はメールでお申し込み下さい。
  「六ヶ所あしたの森」設立準備委員会 事務局 担当:山本
 ・電 話:0175-62-3616 (FAX兼用) / 080-5099-8062 (山本)
 ・メール:info☆ashitanomori.net (☆を@に変えて下さい)

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 1.お名前:
 2.ご住所:〒
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『朝日』と対がん協会に抗議が集中―山下俊一氏に「朝日がん大賞」

『朝日』と対がん協会に抗議が集中――山下俊一氏に「朝日がん大賞」
(2011 年 9 月 21 日 6:19 PM 週刊金曜日)

 九月二日、鹿児島市で開かれたがん征圧全国大会(日本対がん協会など主催)は、市民による抗議のビラ配りを受けるという異例の幕開けとなった。大会で、山下俊一・福島県立医科大学副学長に「朝日がん大賞」が贈られたからだ。

 朝日がん大賞は、日本対がん協会に朝日新聞社が協力し、将来性ある研究者に贈られるもの。山下氏は、長崎で放射線と甲状腺がんの治療と研究に従事してきた研究者だが、福島原発事故後、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーに就任。「一〇〇ミリシーベルトまでは大丈夫」など、安全神話を県内で振りまいた。

 こうした御仁に、なぜ賞を贈るのか。対がん協会は「業績として評価されたのは主に長崎大学時代のこと。福島での先生の言動への社会的批判は、詳細を承知していない」(事務局)と弁明に躍起だ。

 子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク(中手聖一・代表世話人)は三日、「(山下)氏の発言は、多くの方の避難を躊躇させ、また、福島に住み続けることについて安心感を得させ、家族不和まで生んでいる」とする抗議声明を発表した。対がん協会にも「二日夕方までに九四件の抗議や問い合わせ」(事務局)があった。

 全国大会会場前のビラ配りに駆けつけた鹿児島市議の小川みさ子さんは、「脱原発を社説で打ち出した朝日新聞社が、なぜなんでしょう。大会は民生委員やPTAなどの動員が目立ち、原発のセレモニーに似た嫌な感じでした」と話す。

 朝日新聞社は「朝日がん大賞は、日本対がん協会が選考し、(中略)弊社はご質問にお答えする立場にございません」とした。だが、対がん協会理事長は、武富士裏金(広告費)問題で社長を辞任した箱島信一・朝日新聞社顧問。対がん協会事務局によれば、朝日新聞社は協会に社員を四人出向させ、昨年度は四六七一万円もの寄付をしている。朝日新聞社は今回の授賞を、他人事では済まされまい。

(北健一・ジャーナリスト、9月9日号)

原発事故直後に77万テラベクレル放出 再処理工場は年間33万テラベクレル

福島原発の放射能 事故直後だけでチェルノブイリの15%を放出

福島では原発事故直後に「77万テラベクレル」放出
チェルノブイリでは合計で「520万テラベクレル」放出

保安院は、これまでの放出量はその1割程度だとして
「チェルノブイリとは相当異なる」と説明していた

国際原子力事象評価尺度(INES)では、「数万テラベクレル相当の放射性物質の外部放出がある場合をレベル7」と定めており、事故直後にすでにレベル7の基準を1桁上まわっていた。にもかかわらず、保安院がレベル5をレベル7に修正したのは、事故から1ヶ月が過ぎた4月12日であった。

そして、その後も「積算放出量はチェルノブイリの1割程度だ」と過小評価を続け、人々の避難を遅らせ、放射線被ばく量を増やし続けた。


福島原発事故、最悪のレベル7 チェルノブイリと並ぶ


六ヶ所村の再処理工場→33京Bq
(06月19日 古性隆の「陽はまた昇る」)から抜粋

福島原発事故で放出された放射性物質の総量は77万テラベクレルだったと経済産業省原子力安全・保安院は発表している(毎日jp)。
当初、37万テラベクレルと発表していたが、6月6日に上方修正した。
国際原子力事象評価尺度(INES)では、数万テラベクレル相当の放出がある場合、「レベル7」とされている。
チェルノブイリ原発事故は520万テラベクレルと推計されている。

ところで、77万テラベクレルというのは77京ベクレルということになる。

私が小学生・中学生の頃は「兆」の単位までしか学校では習わなかった。今は「京」の単位まで習っているようだが、とにかく大きな数値である。
その数値の大きさに国民の多くが驚き、福島原発事故の深刻さを改めて思い知らされた。

さて、みなさんはご存知だろうか???
実はこの日本の中で年間33京ベクレルまでの放射性物質の放出が認められているところがあるということを・・・。
恐らくご存知の方は少ないのではないだろうか?
私も先日のエネルギーシフト勉強会のネット中継で、公明党加藤修一参議院議員が「下北の六ヶ所村では年間出してもよいという(放射性物質の濃度は)管理目標値は33京ベクレルだ。33京ベクレルまで出してよいことになっている。」と話をされるまではまったく知らなかった。

ニュースにはならない、知る人ぞ知る、問題意識を持った人しか知らない・・・こういう事実が既にあるのだ。

私は耳を疑った。33京ベクレルと言ったら77京ベクレルの半分よりちょっと少ないくらいの値だ。

77京ベクレルで日本国家が揺るぎかねないほどの重大事になっているのに、33京ベクレルの方はほとんどニュースにも出てこない。
ごくごく普通に何事もないようにサラリと流されている。

福島第一原発事故では、大気中にも海水中にも放射性物質が流れ出た。
青森県六ヶ所村の再処理工場からも、実は大気中にも、海水中にも放射性物質が放出されているのである。

福島原発から排出される放射性物質は危険だが、六ヶ所村の再処理工場から排出される放射性物質は安全だなどと言うことはまったくない。
放射性物質に変わりないのだ。

※全文はコチラ

浜岡原発の永久停止決議へ

「浜岡原発永久停止を」 牧之原市議会、決議書提案へ
(9/22 08:31 静岡新聞)

 東日本大震災の福島第1原発事故を受けて、浜岡原発(御前崎市佐倉)に隣接する牧之原市の市議会は21日、26日の最終本会議に「浜岡原発の永久停止を求める決議」案を議員発議で提案することを市議会全員協議会で決めた。永久停止を求める決議書の提案は地元4市(御前崎、牧之原、掛川、菊川)では初めて。
 決議案では「国でいう『原発は安全である』という神話が根底から崩れ去った」と指摘。「まず第1に市民の生命・財産を守ることを考えなければならない」と強調した上で、「東海地震の震源域に立地している浜岡原発は確実な安全・安心が将来にわたって担保されない限り、永久停止にするべき」としている。
 市役所相良庁舎で開かれた全員協議会で、「国や県の調査が終わってからでも遅くない」「4市対協(浜岡原発安全等対策協議会)で協力して方向性を決めてきた。なぜ今、牧之原だけが独自に出さなければならないのか」「全面停止している中で、あえて永久停止を求める決議をする必要があるのか」などとする反対意見も出た。出席議員16人のうち、4分の3以上の12人が賛成に回り、決議案は採択された。
 田村兼夫議長は「近々、近隣3市の議長に報告して、理解していただきたい。市民意識調査でも6割の市民が再稼働について反対している。議会としても市民の要望に応えたい」と述べた。

浜岡原発の永久停止決議へ
(2011年 09月 22日 00:49 ロイター)

 中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の10キロ圏内にある同県牧之原市議会は22日までに、浜岡原発に関し「東海地震の(想定)震源域真上に立地しており、確実な安全・安心が将来にわたって担保されない限り、永久停止すべきだ」とする決議案を26日の本会議に提案することを決めた。議会事務局によると、定数17人中12人が賛成しており、可決の見通し。10キロ圏内の4市で永久停止の決議は初めて。

9月24日大分県で講演 「原発と子どもたち、本当の経済」について

「原発のこと、子どもたちを守ること、本当の経済と幸せ」について
9月24日、大分県豊後高田市で講演します。

江戸時代の哲学者である三浦梅園の故郷で、彼の言葉をかみしめてみたい。
「経済には、2通りの経済がある。 経済の語源である『経世済民』と、独り占めの『乾没』という経済」

「分かち合いの経済」が縮小し、「独り占めの経済」が拡大した現代
独り占めの経済は、子どもたちのことや未来世代のことなど考えはしない
その象徴が原子力発電

100万年も毒性が消えない「放射性廃棄物」を生み出す原発
日常的に、原発の300倍も放射能を放出する核燃料再処理工場
子どもたちやこれから生まれてくる人々に尊敬されない私たちの生き方

そうした現実を乗り越える新しい生き方を語り合いたいと思っています。


ONE EARTH 国東源帰プロジェクト
地球を想い、地域でつながる夏のプロジェクト
「ONE EARTH 国東源帰」の情報を発信する公式サイトです。

<イベント予告> 9/24 中村隆市さんトークライブ
中村隆市さんトークライブ 〜世界は変わる、みんなで変わろう〜

3月11日、日本は変わりました。
私たちにとって本当に大切なものは何なのでしょう。

チェルノブイリから原発に向き合い、警鐘を鳴らし続けてきた中村隆市さんをお招きして、福島の子供たち、原発の事故処理にあたっている人たち、そして未来世代に想いを馳せます。

命を脅かす原発に焦点をあて、彼がすすめるフェアトレードやスロービジネスのムーブメントについても学び、私たちに今何ができるのか考えてゆきたいと思います。

日時:9月24日(土) 午後6時〜(当日は午前10時からお花の教室も開催されます。みなさんが埋けた花々が会場を飾ります。
詳しくは→阿南美和 090-7538-9837)

場所:里カフェ百種(ももくさ) 
当日は夜8時まで営業しています豊後高田市松行9-1  

料金:1000円 ※参加費2割をピースボートを通じて地震・津波の被災者支援にあてさせて頂きます

定員:50名(お早めにご予約ください)
主催:百種問合せ090−3882−5813
(マリオ)0978−25−8890

http://www.momokusa.com/

info★momokusa.com (★を@に変えて下さい)

中村隆市プロフィール(なかむら・りゅういち)
1955年福岡生まれ。(株)ウィンドファーム代表取締役。
70年代後半から環境運動と有機農業運動に取り組む。
86年チェルノブイリ原発事故による放射能汚染食品が途上国に回されたと知り、中南米やアジアの農民と提携して有機コーヒーと紅茶のフェアトレードを始める。
90年からチェルノブイリ原発事故被害者の医療支援を続けている。
ナマケモノ倶楽部をはじめ様々な市民団体に関わり、代表や世話人を務める。
この10年「いのちを大切にする仕事」を広めるために、南米を含め十数社の会社設立に関わり、若い経営者たちと協働を楽しんでいる。
2004年5月、スロービジネス・スクールを設立し校長となる。

http://www.windfarm.co.jp/

「さようなら原発5万人集会」 福島の武藤類子さんのスピーチ

【 福島からの、ひとりでも多くの人に伝えたいスピーチ 】

9・19 さようなら原発5万人集会での、ハイロアクション福島・武藤類子さんのスピーチをご紹介します。(動画 36分35秒から武藤さんのスピーチ。鎌田慧さん、大江健三郎さん、内橋克人さん、落合恵子さん、澤地久枝さん、FoEドイツ代表、山本太郎さんに続いて

ふくしまの想いを、ひとりでも多くの方に、伝えたい。

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(「福島の皆さん、どうぞ一緒に立ち上がって下さい」との呼びかけに数百人の福島からの参加者が拍手の中で立ち上がる)

みなさんこんにちは。福島から参りました。

今日は、福島県内から、また、避難先から何台ものバスを連ねて、たくさんの仲間と一緒に参りました。初めて集会やデモに参加する人もたくさんいます。福島で起きた原発事故の悲しみを伝えよう、私たちこそが原発いらないの声をあげようと、声をかけ合いさそい合ってこの集会にやってきました
はじめに申し上げたい事があります。

3.11からの大変な毎日を、命を守るためにあらゆる事に取り組んできたみなさんひとりひとりを、深く尊敬いたします。

それから、福島県民に温かい手を差し伸べ、つながり、様々な支援をしてくださった方々にお礼を申し上げます。ありがとうございます。

そして、この事故によって、大きな荷物を背負わせることになってしまった子供たち、若い人々に、このような現実を作ってしまった世代として、心からあやまりたいと思います。本当にごめんなさい。

皆さん、福島はとても美しいところです。東に紺碧の太平洋を臨む浜通り。桃・梨・りんごと、くだものの宝庫中通り。猪苗代湖と磐梯山のまわりには黄金色の稲穂が垂れる会津平野。そのむこうを深い山々がふちどっています。山は青く、水は清らかな私たちのふるさとです。

3.11・原発事故を境に、その風景に、目には見えない放射能が降りそそぎ、私たちはヒバクシャとなりました

大混乱の中で、私たちには様々なことが起こりました。

すばやく張りめぐらされた安全キャンペーンと不安のはざまで、引き裂かれていく人と人とのつながり。地域で、職場で、学校で、家庭の中で、どれだけの人々が悩み悲しんだことでしょう。 毎日、毎日、否応無くせまられる決断。逃げる、逃げない?食べる、食べない?洗濯物を外に干す、干さない?子どもにマスクをさせる、させない?畑をたがやす、たがやさない?なにかに物申す、だまる?様々な苦渋の選択がありました

そして、今。半年という月日の中で、次第に鮮明になってきたことは、

・真実は隠されるのだ

・国は国民を守らないのだ

・事故はいまだに終わらないのだ

・福島県民は核の実験材料にされるのだ

・ばくだいな放射性のゴミは残るのだ

・大きな犠牲の上になお、原発を推進しようとする勢力があるのだ

・私たちは棄てられたのだ

私たちは疲れとやりきれない悲しみに深いため息をつきます。

でも口をついて出てくる言葉は、「私たちをばかにするな」「私たちの命を奪うな」です。

福島県民は今、怒りと悲しみの中から静かに立ち上がっています。

・子どもたちを守ろうと、母親が父親が、おばあちゃんがおじいちゃんが・・・

・自分たちの未来を奪われまいと若い世代が・・・

・大量の被曝にさらされながら、事故処理にたずさわる原発従事者を助けようと、労働者たちが・・・

・土を汚された絶望の中から農民たちが・・・

・放射能によるあらたな差別と分断を生むまいと、障がいを持った人々が・・・

・ひとりひとりの市民が・・・ 国と東電の責任を問い続けています。そして、原発はもういらないと声をあげています。

私たちは今、静かに怒りを燃やす東北の鬼です。

私たち福島県民は、故郷を離れる者も、福島の地にとどまり生きる者も、苦悩と責任と希望を分かち合い、支えあって生きていこうと思っています。私たちとつながってください。私たちが起こしているアクションに注目してください。政府交渉、疎開裁判、避難、保養、除染、測定、原発・放射能についての学び。そして、どこにでも出かけ、福島を語ります。今日は遠くニューヨークでスピーチをしている仲間もいます。思いつく限りのあらゆることに取り組んでいます。私たちを助けてください。どうか福島を忘れないでください。

もうひとつ、お話したいことがあります。

それは私たち自身の生き方・暮らし方です。 
私たちは、なにげなく差し込むコンセントのむこう側の世界を、想像しなければなりません。便利さや発展が、差別と犠牲の上に成り立っている事に思いをはせなければなりません。原発はその向こうにあるのです。 

人類は、地球に生きるただ一種類の生き物にすぎません。

自らの種族の未来を奪う生き物がほかにいるでしょうか。 
私はこの地球という美しい星と調和したまっとうな生き物として生きたいです。ささやかでも、エネルギーを大事に使い、工夫に満ちた、豊かで創造的な暮らしを紡いでいきたいです

どうしたら原発と対極にある新しい世界を作っていけるのか。
誰にも明確な答えはわかりません。できうることは、誰かが決めた事に従うのではなく、ひとりひとりが、本当に本当に本気で、自分の頭で考え、確かに目を見開き、自分ができることを決断し、行動することだと思うのです。ひとりひとりにその力があることを思いだしましょう。

私たちは誰でも変わる勇気を持っています。奪われてきた自信を取り戻しましょう。 そして、つながること。原発をなお進めようとする力が、垂直にそびえる壁ならば、限りなく横にひろがり、つながり続けていくことが、私たちの力です。

たったいま、隣にいる人と、そっと手をつないでみてください。見つめあい、互いのつらさを聞きあいましょう。怒りと涙を許しあいましょう。今つないでいるその手のぬくもりを、日本中に、世界中に広げていきましょう。

私たちひとりひとりの、背負っていかなくてはならない荷物が途方もなく重く、道のりがどんなに過酷であっても、目をそらさずに支えあい、軽やかにほがらかに生き延びていきましょう。

内部被曝:セシウムは直接吸入より、地面からの再浮遊の吸入が10倍

舞い上がりは内部被ばく10倍=放射性セシウム
直接吸入と比較―原子力機構解析

(2011/09/20-11:05 時事通信)

 東京電力福島第1原発事故で、一度地面に降下し風で舞い上がるなどした放射性セシウムを取り込んだ場合の内部被ばく量は、大気から直接吸入するのに比べて約10倍多いとの解析結果を、日本原子力研究開発機構(茨城県東海村)がまとめた。北九州市で開催中の日本原子力学会で22日、発表される。

 同機構安全研究センターの木村仁宣研究員(放射線防護学)は「地面からの再浮遊を防ぐための除染が重要となる」と指摘している。

 東電や文部科学省などの調査データを基に、福島県南相馬市の測定地点で、ヨウ素131、セシウム134、137が空気から直接体内に入った場合(3月20日~5月19日)と、地面に降下した分が再び浮遊して取り込まれた場合(4月3日~6月4日)の内部被ばく量を算出した。

 その結果、セシウム134、137は直接吸入で0.0076~0.0099ミリシーベルトだったのに対し、再浮遊では0.077~0.09ミリシーベルトと約10倍に上った。一方、半減期の短いヨウ素131は直接吸入0.071ミリシーベルト、再浮遊0.045ミリシーベルトと大きな差はなかった。

 セシウム134の半減期は約2年、137は約30年で、再浮遊の影響が長く続くとみられる。木村研究員は「放射性物質の種類によって、被ばく経路に大きな違いがある」としている。(2011/09/20-11:05)

2011/09/21

原発周辺住民は「ヨウ素剤飲むべきだった」 識者が指摘

原発周辺住民は「ヨウ素剤飲むべきだった」 識者が指摘
(2011年8月27日21時8分 朝日新聞)

 東京電力福島第一原発の事故で周辺住民が飛散した放射性ヨウ素を空中や食品から体内に取り込むことによる甲状腺の被曝(ひばく)は、健康被害を予防する安定ヨウ素剤を飲むべきレベルだった可能性があることが、27日、埼玉県で開かれた放射線事故医療研究会で指摘された。

 今回、政府は原発周辺住民にヨウ素剤の服用を指示しなかった。しかし研究会では、原子力安全委員会の助言組織メンバー、鈴木元・国際医療福祉大クリニック院長が「当時の周辺住民の外部被曝の検査結果などを振り返ると、安定ヨウ素剤を最低1回は飲むべきだった」と指摘した。

 3月17、18日に福島県で実施された住民の外部被曝検査の数値から内部被曝による甲状腺への影響を計算すると、少なくとも4割が安定ヨウ素剤を飲む基準を超えていた恐れがあるという。

 放射性ヨウ素は甲状腺に集まりやすく、甲状腺被曝では放射性ヨウ素の中では比較的、寿命が長い放射性ヨウ素131(半減期約8日)だけが考慮されていたが、広島大原爆放射線医科学研究所の細井義夫教授は「半減期が2時間と短いヨウ素132も考慮が必要」と指摘。理化学研究所などが3月16日に原発30キロ圏外の大気を分析した結果、放射性物質の7割以上が放射性ヨウ素132や、約3日で放射性ヨウ素132に変わる放射性物質だったという。(大岩ゆり)

福島の子ども、半数近くが甲状腺被曝 政府調査で判明
(2011年8月17日21時26分 朝日新聞)

写真:子どもの甲状腺の検査について国の原子力被災者生活支援チームが開いた説明会=17日午後6時41分、福島県いわき市内、西堀岳路撮影拡大子どもの甲状腺の検査について国の原子力被災者生活支援チームが開いた説明会=17日午後6時41分、福島県いわき市内、西堀岳路撮影

 東京電力福島第一原子力発電所事故をめぐり、政府の原子力災害対策本部は17日、福島県の子ども約1150人を対象にした甲状腺の内部被曝(ひばく)検査で、45%で被曝が確認されていたことを明らかにした。17日、同県いわき市で開かれた説明会で発表した。すぐに医療措置が必要な値ではないと判断されているが、低い線量の被曝は不明な点も多く、長期的に見守る必要がある。

 検査は3月24~30日、いわき市と川俣町、飯舘村で0~15歳の子どもを対象に実施した。原子力安全委員会が当時、精密検査が必要だと決めた基準は甲状腺被曝線量が毎時0.20マイクロシーベルト以上。1150人のうち、条件が整い測定できた1080人は全員、0.10マイクロシーベルト以下だった。

 この日、説明会には、検査を受けた子どもの保護者ら約50人が参加した。対策本部原子力被災者生活支援チームの福島靖正医療班長は「問題となるレベルではない」と説明した。

 全体の55%の子は検出限界も含み測定値が「0」だった。「0」超では、0.01マイクロシーベルトが26%いた。0.02マイクロシーベルトが11%で、最高は0.10マイクロシーベルトだった。

 3月の検査時に、その場で「健康に影響はない」とする結果が保護者らに伝えられた。ただし数値は通知されず、説明を求める声が上がっていた。

 対策本部は、当時18歳以下の県内の子ども36万人について、福島県が一生涯続ける予定の甲状腺の超音波検査への協力を呼びかけている。(林義則、大岩ゆり)

山下俊一氏への朝日がん大賞の疑問  新聞社は「読者目線」が欠落

以下の記事(朝日がん大賞の疑問)は、よく書いてくれたが、1つだけ気になるところがある。それは、「山下氏のこれまでのチェルノブイリなどでの活動や功績を否定するものではない」という部分だ。

「山下氏のこれまでのチェルノブイリなどでの活動」もまた、深層をしっかりと検証する必要がある。なぜなら、山下氏は、チェルノブイリの被害を過小評価しているからだ。そして今、福島の被害をも過小評価しようとしている。

日本に「原子力村」があることは、多くの市民にも知られるようになったが、世界にも「国際原子力村」があることは、まだまだ知られていない。原発事故を起こした電力会社や国は、原発事故被害者への補償金や自分たちの責任を小さくしたいために被害を過小評価しようとする。そして、原発を推進している国々や国際原子力機関(IAEA)も「脱原発」の声が広がらないように過小評価に取り組む。世界保健機関(WHO)はIAEAとの協定があるためIAEAに同調している

こうした組織とつながっている山下氏は、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーとして「安全発言」に終始して、ヨウ素剤を飲むべきときにアドバイスもしていない

「国際原子力村」について解説している動画「チェルノブイリ・百万人の犠牲者」

現代ビジネス「ニュースの深層」
朝日がん大賞の疑問
新聞社は「読者目線」が欠落しているのではないか
から抜粋
(2011年09月18日 井上久男)

 朝日新聞社の外郭団体である公益財団法人・日本対がん協会(箱島信一理事長)が9月1日付で、今年度の「朝日がん大賞」に福島県立医科大副学長の山下俊一教授(長崎大学を休職中)を選出したことが物議を醸している。

 福島県では、山下氏は「100ミリシーベルトまでなら大丈夫だ」と言って避難を遅れさせた張本人とされ、こんな賞をもらっていいのかといった声が出ているからだ。「朝日新聞社には抗議の文書や電話も殺到している」(朝日新聞関係者)という。

罷免と求める記事と同じに「ひと欄」で紹介

 朝日新聞は9月1日付の朝刊ひと欄で山下氏を「がん大賞」受賞者として紹介。記事では、山下氏が旧ソ連のチェルノブイリ原発事故後の医療協力に現地に100回を超えて出向いたことや、福島第一原発の事故直後から現地入りして、福島県放射線健康管理リスク管理アドバイサーとして住民に放射線の健康影響を語ったことなどに触れている。

 一方で、同日付朝日新聞福島版では、3つの市民団体が福島県に対して県民健康調査の見直しを求める要請書と、放射能汚染で県民に退避を呼びかけなかったなどとして山下氏のアドバイザー罷免を求める6662筆の署名を8月29日に提出した、と報じている

 ひと欄では受賞を称える記事県版では罷免要求の記事を同じ日の紙面にそれぞれ載せるとは、それがニュースという価値判断であったとしても何となく不自然に感じる。

 市民団体のひとつである「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」事務局は筆者の取材に対してこう説明した。

「震災直後から山下氏は福島県内で講演しており、ラジオなどメディアにも頻繁に登場していました。山下氏が『大丈夫だ』と言ったおかげで、本当だったら避難して被ばくしなくて済んでいた人が被ばくしてしまった可能性があります。『がん大賞』受賞には、ふざけるなという気持ちです。抗議文を朝日新聞社や他メディアに送りました」

 また同ネットワークのホームページには9月6日付で「朝日がん大賞に山下俊一氏を選んだ朝日新聞に抗議します」と題する文書も掲載されている。その一部を以下に紹介する。

なぜ、山下俊一氏の行っている行為がこのような形で評価されるのか、理解に苦しみます。氏の発言が、子どもを守ろうとしている福島の親たちをどれだけ苦しめてきたのか、またこれからも福島医大の副学長として福島県民を苦しめるつもりなのか、貴社の選考基準には入っていなかったのでしょうか」

山下俊一氏は、3月下旬から福島県に入り、『年間100ミリシーベルトでも問題ない。妊婦でも子どもでも危険はない』という発言をくりかえしてきました。当時の同氏のこの発言は、福島市政だよりにも掲載され、福島県で『安全神話』を築き上げてきました。同氏は医学系の雑誌には、低線量被ばくのリスクを指摘する記事を書きながらも、福島では逆に低線量被ばくのリスクを全く否定する言動をとったのです」

記者は読者目線という基本に返るべし

 筆者も、多くの福島県民から罷免を求める要求が出ている山下氏が「がん大賞」を授けることは不適切ではないかと思う。日本対がん協会と記事を大きく取り上げた朝日新聞の見識に疑問を感じる。ただ、山下氏のこれまでのチェルノブイリなどでの活動や功績を否定するものではない

 山下氏を取り上げるひと欄を書いた記者は、朝日社内でも見識のある科学ジャーナリストとして知られる。こうした記者が何も問題意識がなく書いたとは思えない。「対がん協会」という朝日新聞の「社業」とのタイアップで書かされたのではないかと勘繰りたくなる。

 読者に迎合しろというわけではないが、「読者目線」がもう少しあれば、朝日新聞の中に山下氏の記事を目立つひと欄で掲載することを止める見識があってもいいのではないかと、筆者は言いたいのである。

 そもそも日本対がん協会の理事長を務める箱島信一氏は朝日新聞社長時代に、「武富士問題」を起こした張本人である。「武富士問題」とは、消費者金融の武富士から週刊朝日が多額の編集協力費をもらって記事を書こうとした話で、記事と広告の見境がなくなると問題視された。

 この頃からコスト管理を優先するような風潮も跋扈し、朝日のジャーナリズムはおかしくなり始め、「長野支局虚偽メモ事件」なども発生した。朝日新聞は「ジャーナリスト宣言」などの広告を打ち出し、名誉挽回に努めていたが、取材体制や取材力の弱体化は否めない。

 ある現役記者は「今や競合紙の読売新聞と比較しても朝日の地方総局の記者数は半分程度のところもあり、事件報道でも負けるケースが多い」と嘆く。同じくひと欄では、被災地の宮城県石巻市で医師免許がないのに医者として活動し、助成金を詐取しようとしていた人物を紹介し、お詫びしたばかりだ。

朝日ファンが離れる理由

 ジャーナリズムの基本は、読者の知る権利に応えることにあると筆者は思う。だから、「読者目線」は記者活動の原点にあるべきだとも感じる。今回のように、新聞社の外郭団体が、市民や読者が不信感を抱くような人物に賞を出し、新聞社がそれを大きく報じること自体、「読者目線」が欠落しているのではないか。

(中略)

山下俊一氏のひと欄は、読者離れを加速させる記事であろう。

(後略)

2011/09/20

「子どもは食べる量が少ないから安心」に唖然

「子どもは食べる量が少ないから安心」に唖然
――安全な給食求める母親ら省庁に質問

(週刊金曜日 9月20日(火)18時21分配信)

 子どもたちの放射能被害防止に取り組んでいる市民団体「いのちを守るお母さん全国ネットワーク」は8月26日、国会内で各省庁の担当者を招いて「安全なお米を給食に!目指せ子どもの内部被曝ゼロ」と題した集会を開いた。

 同「ネットワーク」は、給食に使われる食材の安全性に疑問を抱き、最初、七月に農林水産省と交渉した。だが、担当者は「給食は文部科学省の担当」「食品の安全基準値は厚生労働省」「産地表示は消費者庁」と回答するだけで、国民の命にかかわる問題が「縦割り行政」によって処理されている。

 そこで農水省と厚労省、文科省、消費者庁、そして食品安全委員会の担当者を一堂に集めて要請することになったもの。この日の集会には、母親ら60人が参加。省庁側からは16人が出席した。

 集会では、米の安全性に焦点をしぼり、最初に「ネットワーク」側が「主食である米のセシウムの基準値が、500ベクレル/Kgなのは高すぎるのではないか。ベラルーシでは100ベクレル/Kgだ」と質問した。

 これに対し厚労省は、「子どもは、食べる量が少ない。本来、幼児は1686ベクレル/Kgまで大丈夫だが、大人の基準である554ベクレル/Kgに合わせているので安心だ」という、驚くべき答えが返ってきた。子どもは大人より放射能の影響を受けやすいにもかかわらず、基準値が三倍以上も高いというのはなぜなのか。

 さらに厚労省側は、セシウム以外の放射性物質について、三月に発表した基準値のなかに、「世界で初めて」プルトニウムやウランといった核種の食品包有量として10ベクレル/Kgと定めていると発言。これに対し会場から、「10ベクレル以下なら体に猛毒のプルトニウムを入れて大丈夫というのか」との抗議があがった。省側は「まだ食品のウランやプルトニウムの値は測っていない。文科省が原発の敷地内で測ったデータで、測る必要がないと判断した」などと語り、実際に測る予定がないという矛盾した答弁をした。

 今秋以降、米の産地の偽装表示が大きな問題になることが予想されるが、「偽装を防ぐための新しい工夫は考えているのか」という質問に対し、消費者庁側は「通年通り」としか回答しなかった。

(増山麗奈・画家、9月9日号)

最終更新:9月20日(火)18時21分

週刊金曜日

菅前首相インタビュー「首都圏3000万人避難も想定した」

菅前首相「首都圏3000万人避難も想定した」【インタビュー要旨

 菅直人前首相は18日までに共同通信のインタビューに応じ、3月11日の東京電力福島第1原発事故発生を受け、事故がどう進行するか予測するよう複数の機関に求め、最悪のケースでは東京を含む首都圏の3千万人も避難対象になるとの結果を得ていたことを明らかにした。

 発生直後には、現場の第1原発の担当者と意思疎通できないなど対応が困難を極めたことを強調。原因究明を進める第三者機関「事故調査・検証委員会」(畑村洋太郎委員長)は菅氏から事情を聴く方針で、事故対応をめぐる発言は、再発防止の鍵になりそうだ。

 菅前首相インタビューの要旨は次の通り。

 【発生直後】

 3月11日午後2時46分、参院決算委員会に出ていたがすぐ官邸に戻った。地震・津波については、すぐ緊急災害対策本部を設置したが、東京電力福島第1原発については約1時間後に「全電源喪失」と報告を受けた

 全電源が喪失して冷却機能が停止することがどういうことを意味するかについて、私なりに分かっていたので「これは本当に大変なことになった」と思った。冷却しなければメルトダウン(炉心溶融)に陥る。どうにかしなければということで、原子力緊急事態宣言の手続きと同時に、官邸危機管理センターに関係者を集め態勢をつくった。

 【電源車】

 いろいろなシミュレーションが事前にあったのに、ほとんど機能しなかった。地震と津波と原発事故が同時に起きることを全く想定していなかった。例えば、オフサイトセンターに関係者が集まって対策を進めるということだったが、東京から人が行こうにも、車も電車も走らない。

 官邸で掌握できることとして「対策として、まず何があるのか」と聞くと、東電からは「電源車を持っていけば冷却機能が回復し、何とかなる。政府も協力してくれ」との話があった。関係機関を通じていろいろ探して、ヘリコプターでの輸送も調べた。

 12日午前0時ごろ、電源車が着いたので「これで大丈夫だな」と思ったが、結局、電源はつながらなかった。「一体、どうなってるんだ」と思った。そういうことが次から次に繰り返された

 【メルトダウン】

 当時は、少なくとも経済産業省原子力安全・保安院から、メルトダウンの可能性について体系的な説明はなかった。ただ、私もいろんな専門家にセカンドオピニオンを聞いていた。かなり早い段階から「これはもうメルトダウンしている」と言った人はいた。

 【ベントに至る経緯】

 官邸にいた東電担当者や保安院、原子力安全委員会も「格納容器の圧力が高くなったからベントすべきだ」という意見で全員一致していた。「じゃあやりましょう」ということで、東電担当者に「やってください」と伝えたら「分かりました」ということだった。

 しばらくして「どうなった?」と聞くと「まだやってません」と。「なぜやってないの?」と聞くと返事がない。こういう理由でできませんという返事が東電側からない。それで「もう一回言ってみて」と伝えると「また言いました」。その後「だいぶ進んだ?」「進んでません」「なぜできないのか?」ということが繰り返された。海江田万里経済産業相が午前1時半に指示を出したが、それでもできなかった。

 なぜやらないのか、官邸にいた東電関係者も十分な説明ができない。本当に本店から現場に意思が伝わっているのか確信が持てなかった。

 結局、いくら官邸に関係者を集めても、現場とコミュニケーションが取れていなかった。やはり、現地の責任ある人間とコミュニケーションが全然取れなかったら、作戦の打ちようがない。それが一番大きかった。

 【原発視察】

 震災と津波の現状を空から見たいというのもあったが、併せて第1原発に降り立って現場の関係者と話をしようと思った。単にベントができなかったから行ったのではない。「ベントをやります」と言っているのに、できない理由が分からない。コミュニケーションが届いているかどうかさえ分からない。現実に行ってみて、吉田昌郎所長に私が「ベントをやってくれ」と言ったら「はい、分かりました」と動きだした。私が行くまで東電本店から「やれ」という指示が正式に下りていたのかどうか分からない。

 【東電撤退】

 3月15日午前3時ごろ、海江田氏から「東電が第1原発から撤退したいと言ってる。どうしましょうか」という相談があった。あり得ないことだと思った。「一体どういう事なのか」と尋ねると、社長から話があったと言うので、社長を呼んだ。「どうなんだ」と聞いたら、はっきりしたことを言わない。「撤退したい」とも「するつもりはない」とも言わない

 放置していたらグリップが効かなくなると思ったので、政府と東電の統合連絡本部をつくることを提案し、東電本店に置くことに決めた。午前5時ごろ、東電本店に行き「とにかく撤退なんてあり得ない。大変なのは分かっているが、何としても皆さんで頑張ってもらわないといけない」と強く言った。それから情報が極めてスムーズに流れ始めた

 第1原発だけで六つの原子炉があるのを放置して遠巻きに見ていたら、チェルノブイリどころではなくなる。撤退すれば、事故を起こした原発を放置することになり、あり得なかった。100キロ、200キロ、300キロが全部高濃度の放射能にやられ、住めなくなれば、日本という国が本当に機能するかどうか。本当に瀬戸際だった

 【最悪の想定】

 いくつかのところに最悪のシミュレーションを頼んでいた。いろんな段階でいろんな報告が来た。最悪のシミュレーションはちゃんとやっておかなきゃだめだ。最悪をちゃんと想定して、そうならないように。かなり早い段階からやっていた。(200キロ圏内の避難が必要との試算があったが)200キロといったら、もう東京圏が入る。250キロといえば、ほとんど首都圏全部だ。3千万人だ。避難というレベルを超えている。大混乱だ。日本が社会的に機能しない状況に陥る。国が国として成り立つかという瀬戸際だった。

 【SPEEDI】

 緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムの「SPEEDI」は、事前に考えていた利用想定が事故の現実にそぐわなかった。

 【最大の危機】

 一番危ないと思ったのは、最初の10日間ぐらいだ。東電撤退が一つの象徴だ。最初は水素爆発なんて起きないと言っていたが、実際に起きた。今になって検証すると、全部後追いだ。状況把握ができていなかった。事故がどんどん拡大していったのが最初の10日間。その途中、撤退ということが出てきた。

 【原子力安全神話】

 原発を「危険だ」という人がいたのだから神話ではない。つくられたものだ。安全性を高めるという努力ではなく、原発を「危険だ」という人の口をふさぐ努力を電力業界はしてきた。

 【浜岡原発停止】

 30年以内に巨大地震が起きる可能性は80%台と極めて高い。これだけの危険性を指摘しながらそのままにしておくのは論理矛盾だ。

 【脱原発】

 核(廃棄物)は無毒化できず封じ込めるしかないが、完成した技術とは思えない。事故のリスクを取れないならば、原発に依存しないやり方しかない。最悪の状況では国そのものが機能しなくなるかもしれない。そんなリスクをカバーできる安全性とは何か。その答えは原子力に依存しないことだ。

 経済産業省原子力安全・保安院の判断だけで原発再稼働を認めることを、国民が納得できるわけがない。そこで原子力安全委員会も関与させ、安全評価を導入した。玄海原発で経産省は再稼働の既成事実を急いでつくろうとしていたようだ。

 【福島県民に】

 福島の皆さんには、本当に申し訳ないと思っている。単に前首相ということを超えて、日本が進めてきた原子力政策を受け止めてもらった中で、これだけの事故が起き、これだけの(深刻な)ことになった。

 その中で、福島で実行したいことがある。大規模な自然エネルギー研究所を設けるとか、それに基づいた再生可能エネルギー発電や、再生可能エネルギー産業を現地で広げることなどだ。

 それらを2011年度第3次補正予算案含めて積極的に進めるべきだし、私の立場で、いろいろ提案している。徹底的にやりたい。これは(政治家としての)責任だ。

「命懸けて。逃げても逃げ切れぬ」 前首相の東電訓示
(2011年9月9日 東京新聞朝刊)

 東京電力福島第一原発事故で、本紙は、菅直人前首相が三月十五日未明に東電本店に乗り込んだ際の訓示の記録全文を入手した。現場からの撤退を打診した東電側に「放棄したら、すべての原発、核廃棄物が崩壊する」と警告し、「命を懸けてください」と迫っていた。菅氏は本紙のインタビューで「東京に人がいなくなる」ほどの強い危機感があったと明かしていたが、訓示の内容からもあらためて裏付けられた。 (宮尾幹成)

 第一原発では当時、1、3号機が水素爆発を起こし、2号機も空だき状態の危機が続いていた。政府関係者の記録によると、菅氏は「(撤退すれば)チェルノブイリ(原発の事故)の二?三倍のもの(放射性物質の放出)が十基、二十基と合わさる。日本の国が成立しなくなる」と危機感をあらわにした。

 その上で、「命を懸けてください。逃げても逃げ切れない」と、勝俣恒久会長や清水正孝社長(当時)ら東電側に覚悟を要求。「六十歳以上が現地に行けばいい。自分はその覚悟でやる。撤退はあり得ない」と訴えた。

 菅氏は海江田万里経済産業相(当時)から「東電が撤退意向を示している」と報告を受け激怒。清水社長を官邸に呼び政府と東電の統合本部設置を通告し直後に東電を訪れた。

 東電の松本純一原子力・立地本部長代理は今月六日の記者会見では「撤退を申し上げた事実はない。七十人程度が事故対応のために残り、それ以外は(対応拠点の)『Jヴィレッジ』や福島第二原発に退避することを考えていた」と説明した。

国の再稼動説明会、佐賀県がやらせ投稿指示 九電第三者委認定

国の説明会、佐賀県がやらせ投稿指示 九電第三者委認定
(2011年9月20日17時39分 朝日新聞)

 九州電力の委託で「やらせメール」問題を調べている第三者委員会(委員長・郷原信郎弁護士)は20日、佐賀県の関与について調べていた弁護士チームの調査結果を発表した。5月にインターネットで配信された国の原発説明会について、佐賀県がやらせ投稿を指示していたと認定した。

 玄海原発の運転再開について説明する国のテレビ番組を巡るやらせも、古川康知事の発言が発端となったと改めて指摘。関与を否定している佐賀県側の主張を否定した。

 調査結果によると、5月17日にネット配信された国の原発説明会について、九電の社内メモに佐賀県側から「中継をしているユーストリームへの書き込みが反対派からのものばかりなので、賛成意見も書き込むように」との協力要請があったと記されていた。

「こうして、全国初のプルサーマル発電が開始された」

九電やらせ:佐賀県「仕込み質問」関与か 05年討論会
(毎日新聞 2011年9月20日 7時44分)

 九州電力の「やらせメール」問題で、玄海原発(佐賀県玄海町)へのプルサーマル導入に関する佐賀県主催の討論会(05年12月)を巡り、九電が賛成意見を表明させるために質問者を仕込むことについて、事前に県側と協議していたことが関係者への取材で分かった。九電第三者委員会(郷原信郎委員長)は、県側の仕込み質問への関与の度合いについて調査している。

 第三者委が8日にまとめた中間報告では、九電が社員ら約40人に対し、討論会で推進や中立的な質問をするよう依頼。さらに1カ所に固まらないよう会場内に散らばって座るよう要請していたことが明らかになっている。

 関係者によると、九電は開催前、県との打ち合わせで賛成派の質問者を準備していることを説明。会場の座席表も示し、質問者がどこに座るかも伝えた。やらせ問題発覚後、九電が廃棄しようとした資料の中に、座席表など県との協議を示す資料が含まれていたという。

 討論会には717人が参加し、県が質問者を選ぶ形で18人が質問し、うち7、8人が九電側が用意した質問者だったという。

 ある九電関係者は「県との打ち合わせの場で、(05年10月に開かれた)国主催のシンポジウムで反対派の質問が相次ぎ収拾がつかなくなり、二の舞いは避けたいという話が出た」と述べた。

 玄海原発へのプルサーマル導入について、古川康・佐賀県知事は討論会までは賛否を明らかにしていなかったが、討論会終了後、初めて「安全性への理解はある程度深まったのではないか」と理解を示し、翌06年3月に九電に同意書を提出。09年11月、全国初のプルサーマル発電が開始された。【福永方人】

毎日新聞 2011年9月20日 7時44分

919脱原発集会とデモの海外報道

「子どもを放射能から守ろう」というプラカードを掲げる子ども

*独シュピーゲル紙 

*仏ルモンド紙 

*伊レプッブリカ紙 

「さようなら原発5万人集会」を伝えた世界のニュースを、原子力資料情報室 @CNICJapan さんが集めてTweetしたまとめ

放射能基準 場当たり的・・・暫定値に疑問の声

9月20日 西日本新聞朝刊から
牧草、海水浴場・・・暫定値に疑問の声
放射能基準 場当たり的
「合理的」見直し難しく

 東京電力福島第1原発事故で放射性物質によって汚染された食品や家畜の餌、土壌などについて、国はさまざまな暫定基準値を場当たり的に打ち出した。一見すると、ばらばらな数値が混在し「飲料水よりも、海水浴場の海水の基準値が厳しいのはなぜか」といった疑問や不満の声が根強い。放射性セシウムは30年後でも4分の1程度にしか減らない。日本は今後、長期にわたって基準値をどう設定するかという難題に取り組むことになる。

 ▽逆算して決定

 「牧草の基準値を聞いたとき『1桁間違えているんだろう』と思った。どうして人の主食のコメより牛の餌の方が厳しいのか理解できない」

 牧場を覆う牧草の代わりに、今年は輸入干し草を牛に与えている福島県相馬市の酪農家の男性(65)は、厳しい表情で語る。搾った乳は廃棄を続けている。

 今回の事故まで、食品の放射性物質の基準値はなかった。このため厚生労働省は、原子力安全委員会が決めた緊急時の摂取制限の指標をコメや野菜、肉などの基準値に急きょ援用。これらの食品の放射性セシウムの基準値は1キログラム当たり500ベクレルだが、乳牛の餌となる牧草の暫定基準値同300ベクレルの方が厳しい。

 牛は大量に牧草を食べる。牧草の基準値は、餌に含まれるセシウムがどれだけ牛乳に移行するかを示した国際原子力機関(IAEA)のデータを踏まえて算定した。所管する農林水産省は「厚労省が示した食品の安全基準を守れるよう逆算し、牧草の数値を決めた」と説明する。

 ▽異なる根拠

 海水浴場の海水について、環境省が定めたセシウムの基準値は、水1リットル当たり50ベクレル。飲料水の1キログラム当たり200ベクレルより4倍も厳しい。

 環境省が6月24日に全都道府県に通知した指針では、子供が7?8月の62日間に「毎日5時間遊泳する」「遊泳中に水を1日1リットル摂取する」「毎日遊泳中に1回けがをする」と、ほぼあり得ない想定をした。毎日、大量に海水を飲み、傷口から海水が染み込む。こうした「極端な利用者の場合」でも、被ばく線量は通常時の年間限度とされる「1ミリシーベルト」の1割に満たないと、環境省は安全を強調した。

 環境省が1ミリシーベルトを基準の根拠とする一方、厚労省が飲料水の基準で根拠としたのは、原子力安全委員会の指標。この指標は、緊急時を想定し、食品・飲料水を通じた年間被ばく線量限度を「5ミリシーベルト」と定め、そこから数値を逆算している。

 ▽市民の納得

 厚労省は「応急処置ではなく、長期的な視点から新たな基準を設ける必要がある」とし、食品・水の新たな基準策定を近く本格化させる。

 国際的な放射線防護の考え方は、被ばく線量に「これ以下は安全という値はない」という前提で「合理的に達成可能な限り低く」という英語の頭文字「ALARA」の原則が基本とされる。だが、どの水準を「合理的」と社会が受け入れるか決めるのは難しい。

 米政府は原発事故時の被ばく線量基準を日本と同じ年間20ミリシーベルトとしているが、こうした基準の見直し作業を現在進めており、策定過程で「市民の意見を聞く機会を設ける」(米環境保護局広報官)という。日本でも一般市民の納得を得る手続きが重要になりそうだ

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