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2015/01/22

子どもの甲状腺がん スクリーニング効果? 過剰診断?

スクリーニング効果?
小児甲状腺ガンが多発していることについて福島県立医大の鈴木眞一教授は、「がんが見つかった理由は、症状のない人も含めて精度の高い検査を行っているため」であり、将来発症するガンを早めに見つけている(スクリーニング効果)に過ぎないと主張している。

確かに、症状がない中での一斉検診によって、ガンを早めに見つけている面はあるが、いま見つかっているガンは、通常の数十倍以上の発症率であり、それがすべてスクリーニング効果ということはありえない。

チェルノブイリでは、甲状腺がんの異常多発は「スクリーニング効果ではない」という結論がでている。その理由の一つとして、チェルノブイリでも小児甲状腺ガンのスクリーニングが実施されたが、事故発生時にすでに誕生していた子どもたちの間では小児甲状腺ガンが多発していたのに対し、「事故の1年後以降に誕生した子どもたち9472人の間では小児甲状腺ガンの発症がゼロだった」 ベラルーシ全体では、事故後に生まれた子どもにも甲状腺がんが少し出ているが、福島ほど多くない。こうしたことからチェルノブイリ原発事故後の甲状腺がんの異常多発は、原発事故の影響だと認められている。

いま日本では、どれだけ甲状腺がんが増えても「原発事故の影響とは考えにくい」という結論に導こうとする「専門家」が多い。さらに、甲状腺のスクリーニング検査自体を止めるべきだと主張する「専門家」も出てきた。

過剰診断?
祖父江友孝・大阪大学教授は、「甲状腺がんのように進行がゆっくりだと、完治できないほど進行するまでに何年もかかる。放っておいても、がんが原因で命を落とすまでに至らないことが少なくない。そのようながんを見つけるのを過剰診断という」と言ってスクリーニングを批判しているが、子どもの甲状腺がんは、大人より進行が速いことを米国のCDC(疾病管理予防センター)が公表している。「CDCレポート」によれば、小児甲状腺ガンの最小潜伏期間は、1年(大人は2.5年)である。  問題なのは、平均潜伏期間ではなく最小潜伏期間である。そして、チェルノブイリでも福島でも原発事故の翌年に小児甲状腺ガンが発症している。

ベラルーシの小児甲状腺がん 州別と全国の発症人数

心配なのは、子どもの甲状腺ガンは転移が早いことだ。(ベラルーシの知人の息子さんは、9歳で被ばくして、甲状腺ガンだと分かったときには、すでに肺に転移していて、21歳で亡くなっている

どうする 被曝と健康 甲状腺検査に利益と不利益
(2014年10月31日 朝日新聞 福島)

 ●祖父江 友孝・大阪大学教授/過剰診断避けるため「希望者のみ検査も」

 ―東京電力福島第一原発事故に伴い、どのような健康管理や医療支援が必要か環境省の専門家会議で議論している。そこで祖父江さんは「甲状腺検査には利益と不利益がある」と指摘しているが?

 福島県の甲状腺検査に限らず、あらゆる検査には利益と不利益がある。何でも検査するのはいいことだと信じている人は医師も含めて少なくないが、検査にはマイナス面もあることを理解して欲しい。

 不利益を承知した上で自費で検査を受けるのは受診者の自由だ。しかし公費を使う検査では、検査する側が受診者の利益と不利益を比較し、検査の対象と頻度を検討するべきだと思う。

 ―甲状腺検査にはどのような不利益があるのか?

 本来なら治療しなくてもいいがんまで見つけて治療する「過剰診断・治療」が起こる可能性があるほか、本当はがんではないのに、がんの疑いがあると診断される「偽陽性」の問題などがある。

 ―「過剰診断・治療」とは?

 甲状腺がんのように進行がゆっくりだと、完治できないほど進行するまでに何年もかかる。放っておいても、がんが原因で命を落とすまでに至らないことが少なくない。そのようながんを見つけるのを過剰診断、そうしたがんの治療を過剰治療という。福島の甲状腺がんの、これまでの治療が不適切だったと言っているわけではない。

 ―甲状腺がんにも進行が速いものもあるのでは?

 進行が遅いがんの方が多い。成人は、検診で見つけられる大きさになってから症状が出るまでに、10~50年かかるとみられている。 

(★中村コメント:いま検査しているのは、成人ではなく子どもであり、子どもの甲状腺がんは、転移が早い。チェルノブイリ原発事故で被害を受けたベラルーシの国立甲状腺がんセンターの統計では、15歳未満は3人に2人がリンパ節に転移し、6人に1人が肺に転移している。そして、福島県では、甲状腺がんの手術を受けた85人の子どものうち74%がリンパ節に転移し、2人が肺に転移していた。)

―どの甲状腺がんが進行が速いかわかるのか?

 超音波検査ではわからない。甲状腺に針を刺して細胞の形態を診る検査をすればわかることもあるが、わからないこともある。

 ―万が一、進行の速い場合を考え、早期発見を優先して、できるだけ多くの人を検査した方が安心なのでは?

 公費による大規模な検査では、数がかなり少ないが進行の速い甲状腺がんを早く見つける利益と、過剰診断などの不利益のバランスを考慮するべきだ。

 ―「偽陽性」は、具体的にはどんな人のことか?

 甲状腺検査も含めたがん検診は、大勢の人を比較的簡単な最初の検査で調べ、がんの疑いがあれば精密検査を行う。最初の検査もそれなりの精度はあるが確定診断できるほどではない。偽陽性とは最初の検査でがんの疑いがあるとされたが、最終的にがんではなかった人のことだ。

 福島の甲状腺検査では、1回目の超音波検査で5ミリより大きな結節(しこり)などが見つかり、精密検査が必要とされたが、結局、がんではなかった偽陽性の人が、検査を受けた約30万人中、6月末現在で1744人いた。うち381人は、甲状腺に針を刺す検査も受けた。

 ―福島の甲状腺検査を今後、どうすればいい?

 事故直後の状況を振り返れば、検査の実施はやむを得なかったと思う。ただ、1巡目の検査で、原発事故当時18歳以下の約30万人のうち約百人もがんが見つかった。被曝の影響は考えにくいが、予想外に多い。

 これらの人や偽陽性の人たちは、がんと診断された、あるいはがんの疑いがある、と告げられた時、どう感じただろうか。甲状腺検査が無ければ一生、甲状腺がんを意識しないで寿命をまっとうしたかもしれない人たちだ。過剰診断や偽陽性は、理論上だけのものではなく、実在する。

 疫学の専門家として、今後は希望者だけを検査してもいいと考える。だが福島の場合、原発事故による被曝という特殊事情がある。がんと診断された人や偽陽性だった人の思いも聞いた上で、最終的には30万人の検査結果を踏まえて専門家らが決定すべきだ。

 ◆そぶえ・ともたか 1983年、大阪大学医学部卒業。国立がん研究センターがん対策情報センターがん統計研究部長などを経て現職。東電福島第一原発事故に伴う医療支援を議論する環境省専門家会議のメンバー


福島県でなぜ「ガン死」が増加しているのか?
―誰も書けなかった福島原発事故の健康被害―【第2回

(2014年09月26日 宝島)から抜粋

■福島県で増えているガンは「甲状腺ガン」だけではない

 山下俊一・長崎大学教授(現・福島県立医大副学長)も内閣府原子力委員会のホームページで書いているように、チェルノブイリ原発事故では発生の1年後、高汚染地域(ベラルーシ共和国ゴメリ州)で4人の子どもたちに甲状腺ガンが発症している。ゴメリ州の甲状腺ガン患者は、2年後に3人、3年後に5人、4年後には15人と増え、その後は爆発的に増加し、98年までに400人を超えるほどの多発状態に陥っていた。

 米国のCDC(疾病管理予防センター)では、2001年9月の世界貿易センター事件(同時多発テロ事件)を受け、ガンの潜伏期間に関するレポート『Minimum Latency Types or Categories of Cancer』(改訂:13年5月1日。以下「CDCレポート」)を公表している。これに掲載されている、ガンごとの潜伏期間を短い順に示すと

【白血病、悪性リンパ腫】0.4年(146日)
【小児ガン(小児甲状腺ガンを含む)】1年
【大人の甲状腺ガン】2.5年
【肺ガンを含むすべての固形ガン】4年

 などとなっている。

 小児甲状腺ガンの潜伏期間は1年ほどということになり、前掲の山下報告とも矛盾しない。県立医大の唱える「発ガンは原発事故発生から4年目以降」説など、CDCからは全く相手にされていないのである。

 にもかかわらず県立医大は、一見して多く見えるのは無症状の人まで調べたことによる「スクリーニング効果」によるものであり、将来発症するガンを早めに見つけているに過ぎない、などと頑(かたく)なに主張している。

 だが、こうした「スクリーニング効果」説は、科学の定説として確立している話でもなく、単なる仮説に過ぎない。
 実は、チェルノブイリ原発事故でも「小児甲状腺ガンのスクリーニング」が実施されている

 行ったのは、前出の山下・長崎大教授らである。小児甲状腺ガンの発症率を、事故発生当時に0歳から3歳だった子どもたちと、事故後に生まれた子どもたちとの間で比較したのだという。

 その結果は昨年3月、米国放射線防護協会の年次大会の場で山下氏が報告している。それによると、事故発生時にすでに誕生していた子どもたちの間では小児甲状腺ガンが多発していたのに対し、事故の1年後以降に誕生した子どもたち9472人の間では小児甲状腺ガンの発症がゼロだった――というのである。つまり、「スクリーニング効果」仮説は山下氏によって葬り去られていた。

 それでも「スクリーニング効果」仮説に拘(こだわ)り続けるという皆さんは、福島原発事故の1年後か2年後くらいに生まれた福島県の子どもたちに対し、山下氏がやったのと同様の「小児甲状腺ガンのスクリーニング」を行い、現在の「多発」状態と大差ない発症が見られることを実証しなければなるまい

全文


福島の小児甲状腺ガンについての公式見解を読み解
ピアーズ・ウィリアムソン Piers Williamson
(2014年12月8日 アジア太平洋ジャーナル)より抜粋

福島県立医科大学は2011年10月9日、福島県内の2011年3月11日時点で18歳以下だった子どもたち368,000人の甲状腺を検査する2段階の調査を開始した。第1段階は「先行検査」であり、「高レベル被曝地域」の住民から実施しはじめ、やがてすべての市町村に広げていった。当初の計画では、事故から3年後に始めることになっていたが、親の不安に応えて検査を前倒ししたのである1。

福島医大は2014年4月、380,000人の未成年者を対象に第2段階の「本格調査」を始め、この時から2011年3月11日の時点で胎児だった子どもも対象に含めた。該当する子どもは20歳になるまで2年に1度、その後は5年ごとに生涯、検査を受けることになっていた。検査は高性能の超音波機器を使う前例のない規模のものである。これは、人口が約200万人の福島県民全員の被曝線量レベルを見積もって、健康状態を評価することをめざした幅広い健康管理調査の一環である。80,000人の子どもたち検査し終えた段階の2012年9月12日、初めて甲状腺癌の症例が報告された2。

その後、その数は着実に増えている。本稿執筆の時点では、56名が甲状腺癌、1名が良性腫瘍、47名が癌の疑いと診断されている。これで、検査を終えた296,026名の未成年者のうち、合わせて103人がほぼ確実に癌であるということになる3。これまでのところ、当初に癌の「疑い例」とされていた子どものほとんどすべてが、後に悪性と診断されている。

子どもの甲状腺がん検査
          甲状腺検査

「通常」であれば、小児甲状腺癌の発症率は100万人に1人か2人である4。しかし、このデータにあてはまるのは、症状があって、医者にかかる子どもだけである。福島医大が症状のある症例のデータを公表していないけれど、ふつう甲状腺癌は進行が遅いので、癌が潜伏したまま、生涯の遅い時期まで問題を起こさないケースを福島県の検査が見つけているのかもしれない。そこで、見つかった癌は福島第1原発由来の放射線被曝が原因なのか、そうじゃなくて、医師たちがハイテク装置を駆使して見つけただけなのか、熾烈な論争が繰り広げられている。福島医大の立場は、その最も名の売れた顔、山下俊一、鈴木眞一両教授が代弁する、被曝の影響とは考えにくいというものである。

山下俊一 健康への影響は考えにくい

山下俊一は、被爆二世にして、甲状腺癌の「権威」である。最近まで日本甲状腺学会の理事長を務め、1990年代はじめにチェルノブイリで甲状腺癌に取り組んでいた。山下は2011年7月、福島医大の副学長および県民健康管理調査を統括する放射線医学県民健康管理センターのセンター長に就任するために長崎大学を休職し、同年3月の災害時に福島医大の助言役をするとともに、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーにも就任していた。また、放射線緊急時医療準備・支援ネットワークWHO協力センター長も務めている。山下は福島に移った時から、ニコニコ笑っている人に放射線の影響が来ないことが動物実験でわかっているとか、毎時100マイクロシーベルまで大丈夫などと公言するなど、なにかと物議をかもす人物である5。

山下は2013年6月、福島県民健康調査検討委員会の公開審議のお膳立てをする「秘密会」(後述)の存在が暴露されたあと、他の3名とともに福島医大の職を辞した。山下はその翌月、子どもたちにヨウ素剤を処方しないようにと事故の少しあとに福島医大に助言したのは間違いだったと認めた6。

もう一方の中心人物、鈴木眞一は甲状腺外科医で福島医大教授、スクリーニング[一斉検査]の実施を担当し、検査手順実演会に出たり、福島県民向けの説明会を開いたりしてきた7。「秘密会」の実態が発覚するまで、鈴木もそれに関与していた。

鈴木真一と山下俊一

山下と鈴木は示し合わせて、彼らの放射線被曝の関連否定論を支える4つの「事実」を挙げる。第1に、検査の前例のない規模が見つかる癌を説明すると彼らは考える。これが、いわゆる「スクリーニング効果」である8。鈴木と山下は第2に、チェルノブイリ事故後、少なくとも4年後まで甲状腺癌が現れなかったので、判断するのは早過ぎると述べる9。福島県の当初の計画では3年後まで検査しないことになっていたのも、これが理由である10。第3に、福島の放射線レベルはチェルノブイリより低いと彼らは主張する。第4に、チェルノブイリ事故後の甲状腺癌の主因は、汚染食品、とりわけミルクの摂取だったという。日本は対照的に、迅速かつ有効な食品規制を実施した11。

さらに、二人揃って健康調査の目的は県民に安心してもらうためであると発言12し、問題ないという予断的な結論をあからさまに喧伝していた。だから、山下と鈴木にとって、放射線の本当のリスクは心理的なものである。この姿勢は、調査が「問題ない」という前提に立って進められているとして、福島県民の批判を巻き起こした13。福島大学の経済学者、清水修二教授は2014年5月19日に開かれた福島県の検討委員会で、この姿勢に公然と異議を唱えた。清水は、100ミリシーベルト(放射能放出即時の結果)以下では影響がないという前提で健康調査が進められているが、100ミリシーベルトを超えるような被曝をした住民はいないので、結論が出てしまっていることになり、「健康調査をしなくてもいいということに論理的になってしまうんじゃないかというふうに思う」と主張した14。

したがって、問うべきことは――山下と鈴木が断言する「事実」が、放射線被曝と福島で見つかっている甲状腺癌との関連に対する彼らの全否定を裏付けるほど強固なものなのか? 筆者はそうではないと主張し、4つの「事実」のひとつひとつが懐疑的に見られるべきであることを示したい。「それに替わる議論」が提示する「事実」を挙げ、専門家たるもの、もっと慎重になる必要があると考える。

鈴木や山下のような専門家は科学的中立性を唱えるかもしれないが、その実、論法が非科学的で、中立からほど遠い。科学の手順は、不十分な情報しかない状況では、判断を控え、裏に潜む知識不足を隠すために結論を誇らしげに開陳してはならないと要請しているはずである。しかも、時期尚早な結論の喧伝は、非政治的どころではない。日本の国は原発を再稼働する公然たる政策を掲げている。病気の子どもたちと原子力の関連が、確定までされなくとも、可能性として公的に認められるだけで、政府の方針が、国家規模の災害を招いたテクノロジーの再興に大半が反対している日本国民の支持を勝ち取るのが明らかにもっと困難になる。

主題の性格が微妙であり、賛否両論に分かれるので、また誤解を避けるために、本稿には筆者の主張ではない記述もある。筆者はまさしく、これまでに見つかった甲状腺癌の症例が福島第1原発原子炉の爆発の結果であると提唱するものではない。知らないし、現時点で誰も知らない。だが、まったくありうることだし、だから、つながりを深く考えずに却下すべきではないと考える。

筆者の立場を示しておくと、まず初めに、4年間の「事実」が日本のメディアによってあまねく報道され、国民に確定的なものとして伝えられていると確認する。次に、山下と鈴木があげた4点について検討する。手始めに「スクリーニング効果」を取り上げる。この論拠が、チェルノブイリ事故後に捏造されたこと、そして福島医大に不必要な手術の形でジレンマを負わせていることを示す。見つかった甲状腺癌が、検査しなかった場合は子どもたちが大人になるまで、おそらく数十年先まで症状をもたらさず、だから決して見つかることもなく、ひょっとすれば他の病気で死ぬまでそのままということになれば、医療行為の標準に照らして、手術は時期尚早となるからである。筆者はまた「スクリーニング効果」に対する異議と、さかんに唱えられ、本来的に楽観的な「統計的有意性」概念に対する批判も検討する。次いで、関連する論法だが、チェルノブイリで甲状腺癌が事故後4年目まで増加しなかったという説を取り上げ、これが偽りの断定であることを示す。

さらに、福島の放射線レベルが絶対的な意味で低く、だからチェルノブイリより低い、したがって甲状腺癌を引き起こしたはずがないという言い分に対立する他の証拠を検証する。最後に、呼吸について考察すると共に、あの地域の子どもたちは汚染牛乳を飲んでいないので、リスクを負っていないという憶測を吟味する。福島の放射線被曝による健康リスクの検証に関与している国際および国内団体の政治的優先事項を手短に検証し、考察を終えることにする。

4年間の「事実」の普及

メディアによる世論形成を知る手がかりであり、またチェルノブイリで子どもたちの甲状腺癌が増えているのが目に見えるようになるまで事故後4年かかったと筆者も考えたので、日本の「3大手」新聞、朝日、読売、毎日がこの「事実」をどれぐらい報道してきたのか、興味をもった。この3紙を選んだのは、購読者数がトップ3だからだ。朝刊の全国販売部数でいえば、読売が9,868,516部、朝日が7,543,181部、毎日が3,350,366部である15。ちなみにニューヨーク・タイムズ日曜版の平均発行部数は1,257,958部16。日経、産経、東京新聞など、他にも大手紙があり、マイナーな雑誌や定期刊行物、オンライン・メディアがいろいろあることは、もちろん知っている。したがって、筆者の知見が日本のメディア全般に決定的にあてはまるとまでは言えないが、それでも何百万人もの国民を相手にした重要な報道機関であり、大手メディアの適正なバロメーターになるとみなしてもよいだろう。

新聞各社のオンライン・データベースを用いて、期間を2011年3月11日から2014年6月30日までと設定し、キーワード(日本語)「甲状腺ANDチェルノブイリ」で検索してみた。ヒットした数は、朝日が206ヒット、読売が105ヒット、毎日が85ヒットだった。ヒットした記事のうち「実体のある記事」(つまり、事項に関する事実を伝える記事)は、朝日が189本、読売が96本、毎日が78本だった。

子どもたちが放射線に被曝してから甲状腺癌になるまでの期間という「事実」を報道した回数は、朝日が計19回、読売が35回、毎日が25回だった。朝日と毎日の記事が最も多く採用していた期間は「4?5年」だった。期間に言及する記事の総数に占める、その割合は、朝日が58%、毎日が48%だった。読売の場合、最も一般的な期間は「5年」で、その割合は37%だった。朝日記事の最短期間は「3?5年」で1回だけ、読売は「1年」で1回だけ、毎日は「即時」で1回だけ。残りの記事の期間はすべて4?5年を超えており、いくつかの記事では、表現があいまいながら(つまり、「数年」の類い)、同様な遅れを伝えていた。

福島県と福島医科大学につながる情報源が、朝日と毎日の記事で最も多く引用されていた。両紙揃って、そのような情報源が全情報源の57パーセントを占めていた。読売記事の情報源はもっと多様だったが、福島県と福島医大につながる情報源が最大の単一情報源であり、32%を占めていた。結局、チェルノブイリ事故後、子どもたちの甲状腺癌が現れる期間が最短4年ないし5年であったという「事実」を3大手紙すべてが伝えていたのである。

チェルノブイリ事故後、子どもたちが甲状腺癌を発症するまで少なくとも4年かかったとする「事実」が幅広く報道されたにしても、その反面、報道されることは滅多にないが、この4年間仮説の根っこを掘り崩す2つの要素がある。これら2つの要素は、災害の3周年にあたる2014年3月11日、TV朝日の夜のニュース番組、報道ステーションで明らかにされた。この番組の鍵になる部分を下に埋め込んでおいた。英語の字幕も付けてある。

事実1:スクリーニング効果

逆流

TV朝日は、キエフのウクライナ内分泌・代謝研究センター所長、ミコラ・トロンコ博士に取材した。番組は触れなかったが、トロンコは1995年に誉高いネイチャー誌に掲載された論文で、甲状腺癌の問題を分析していた17。その当時、公に認められていた医学の見識は、ヒロシマ・ナガサキ原爆被爆者から得られたデータにもとづくもので、甲状腺癌は被曝後8年たつまで現れないとされていた。8年より前に見つかった癌は、「スクリーニング効果」の結果として、つまり、大規模な検診の結果、疾病が見つかる比率が上昇するという事実の表れとして、ないものとされた。トロンコは振り返って、自分も8年より前の症例はありえないと考えていたという。彼はいま、自分が間違っていたと考えている。だから、京都大学の核工学教授、今中哲二が番組で指摘したように、留意しておくべき一番めの要素は、「スクリーニング効果」論はチェルノブイリ事故後に作られたものであり、後に間違いであると判明したということである。

このことは、当代の報告に目を通せば、確認できる。たとえば、1992年のネイチャー誌に掲載された諸論文は、甲状腺癌はおそらく「スクリーニング効果」の例だろうと論じていた18。それどころか、1991年4月20日付け毎日新聞によれば、IAEAの重松逸造が「『広島・長崎の被ばくデータは』、のどにある甲状腺のがんが増えたのは十年目からだった。チェルノブイリは一度の大量被ばくではないため、影響はもっと遅く出る。周辺で患者が増えたのは、病院に行く人が増えたことも関係している」19と発言している。ヘラルド・サン紙は翌年の4月21日、子どもたちの甲状腺癌の増加が「多大に懸念」されており、「ヒロシマ・ナガサキの経験によれば、こうした(甲状腺の)癌が現れるまで7年から10年はかかるはずである」20と報道して、当時の一般良識を開陳している。

5か月後の1992年9月3日付けニューヨーク・タイムズ紙は、ヴァシリー・カザコフ博士が率いる調査団による甲状腺癌増加を示す調査結果を報道した。記事は「甲状腺癌の増加は以前から報じられていたが、西側の保健当局者らはデータの信頼性に懸念を表明していた。ゴールドマン博士は早くも1991年5月、国際原子力機関の調査に参加し、その調査は『放射線の直接的な影響でありうる健康不調はない』と結論づけた」と報じていた。

同紙はまた、WHOのキース・ベーヴァ―ストックが「癌がこれほど早く出現したことに、とりわけ驚いていた」と伝えた。記事は彼の「通常であれば、固形癌が現れるのは(放射線に)被曝してから10年かそれ以上たってからだとわれわれは予想している」という発言を紹介している。同じ日の英紙インディペンデントは、ベーヴァーストック博士が「これほど早いとは、予想外だ。これは、なにかもっと大変なことが始まろうとしている兆候かもしれないし、あるいは母集団のなかに特に感受性の強い下位集団が存在しているということかもしれない」と感想を述べたと伝えた22。

ニューヨーク・タイムズ紙とインディペンデント紙は揃って、研究者たちが腫瘍の「侵襲性」にも驚いていたと書いた。
ベーヴァ―ストックは6年後に振り返って、次のように語った――「1992年、小児甲状腺癌の頻発として、チェルノブイリ事故の影響が最初に報告されたとき、放射線専門家の内輪では、懐疑論で迎えられた。懐疑論の一部は疑う余地なく科学的だった(「ヨウ素131の発癌性は低い」)が、一部はそうでなかった…これは科学的直感なるものが誤解を招きうることを諭す教訓話である。このような論争さえなければ、救援の手をもっと早く差し伸べることができただろう」23

ウクライナ内分泌・代謝研究センター所長、ミコラ・トロンコ博士
        ミコラ・トロント

だが、レトリックが進歩しないにしても、知識は28年前から進歩した。たとえば、アメリカ疾病管理予防センターが9・11攻撃の被災者を支援するために設立した世界貿易センター保健プログラムによって、人の甲状腺癌は「低レベル電離放射線」被曝後4年より早く発症するのかもしれないということが認知された。ジョン・ハワード医学博士は2013年5月1日付け改訂版報告で、甲状腺癌の「最短潜伏期間」を2年半と記録している。この結果は、米国原子力規制委員会などの統計モデルにもとづいている。「小児癌」は「20歳未満の人に生じる、あらゆるタイプの癌」と定義されており、これに甲状腺癌も含まれるので、全米科学アカデミーの文献にもとづき、「最短潜伏期間」は1年と記載されている24。

さらに、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の2013年報告(紛らわしいことに公表は2014年4月)に対する、ノーベル受賞団体、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)のいくつかの支部が――日本人はひとりも関与していないが25――2014年6月に公表した批判的分析に、「いくつかの国際研究では、また、小児甲状腺結節の悪性率は、(電離放射線被曝の結果である場合)成人よりも2〜50%高い」と特筆されている26。じっさい、さらに最近の2014年、未成年期にチェルノブイリ由来のヨウ素131に被曝したベラルーシ国民12,000人を対象にした調査(査読論文誌キャンサー10月号に掲載)は、放射線に起因する甲状腺癌の攻撃的な特性を立証した。論文の筆頭著者である医師、疫学・生物統計学部(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)の准教授、リディア・バブロツカは、福島の未成年者を検査する案を支持し、「児童期または青年期にフォールアウトで被曝した人たちは最高のリスクを負っており、これらの癌が悪性であり、実に速く拡散しうるので、おそらく甲状腺癌のスクリーニングを定期的に実施すべきである…臨床医師たちは放射線関連腫瘍の悪性さに気づいているべきであり、リスクの高い人たちを綿密に監視すべきである」と書いた。研究は、ヨウ素131被曝が良性腫瘍の原因になりうることも示した27。また、子どもたちは成人より放射線被曝に弱く、女性は男性より弱いことも忘れてはならない。

全米科学アカデミーのBEIR VII Phase 2報告[イオン化放射線の生体影響に関する諮問委員会第7・第2局面報告]に定式化されているリスク・モデルによれば、「(発癌)リスクは、性別および(外部放射線)被爆時の年齢に依存し、女性および若年時に被曝した人のリスクが高い」28。すなわち、他の要因が不変である場合、女の乳幼児が最も弱く、次に男の乳幼児、女性成人、最後に男性成人の順になる。しかしながら、これらの違いは公的に支持されているリスク・モデルから抜け落ちていることが多い。

ミズーリ大学臨床検査学プログラム部門長、スティーヴン・スターが書いているように、「…30歳の男性に比べて、女の乳幼児が放射線誘発癌を発症するリスクは7倍高く、5歳女児のそれは5倍高い。現在、一般的に認められている放射線安全基準はじっさいに20歳ないし30歳の男性を基準の基礎になる『標準男性』として用いているが、これでは乳幼児や児童の線量を過小評価することになる」29。

この性別によるリスクの不均等は、核実験、チェルノブイリ放射性降下物、稼働中の原発の周辺で生活することに由来する、いわゆる「低レベル」放射線による被曝が、人の誕生時における「男女比」の変化を引き起こすという知見、つまり、女の子に比べて、男の子が生まれる確率が高くなるという認識にも、やはり明らかにあてはまる30。そうは言っても、甲状腺癌は女性が男性よりも常に弱いという事実の例外なのかもしれない。

日本甲状腺外科学会の前理事長であり[福島県民健康調査]検討委員会の第3回「甲状腺検査評価部会」部会長、清水一雄によれば、通常、女性の甲状腺癌罹患率は男性のそれより女8に対して男1の割合で高いが、これまでの福島では、男の子の割合が36%になっていた。女性に比べて、男性の甲状腺癌罹患率が通常の比率より高くなる現象は、チェルノブイリ後にも認められている31。

「スクリーニング効果」に縛られる治療

考察の前提として、鈴木眞一が断言するように、甲状腺癌が見つかったのは「スクリーニング効果」の結果であるとすれば、このことから、不必要だった手術という妖怪が呼び出される。東京大学大学院医学系研究科の渋谷健司教授は2014年6月10日、福島県「県民健康調査」検討委員会・第3回「甲状腺検査評価部会」に出席し、見つかった甲状腺癌が「スクリーニング効果」の結果であるなら、症状が出るまでは、手術すべきでないと多くの専門家が考えていると主張した。手術をすると、心身両面の傷を残すし、その後の一生、ホルモン療法も必要になる。福島医大は、腫瘍のサイズ、リンパ節や遠隔臓器への転移、反回神経や気管との距離など、外科徴候にもとづいて、手術の可否を判断していると主張する。しかし、渋谷が、癌が反回神経まで拡張して、声が出なくなった子どもは何パーセントになるのかと質問すると、鈴木は、これは個人情報なので、「プライバシー」保護の観点から、公表するわけにはいかないと応じた32。要するに、結論は公表するが、結論が依拠しているはずのデータはダメというわけだ。

さらに最近の2014年8月28日、鈴木は第52回日本癌治療学会学術集会で講演をおこなった。彼は、54例の手術のうち、45例で直径10ミリ超の腫瘍またはリンパ節か他の臓器への転移があり、うち2例は肺への転移だったと明かした。残りの9例のうち、7例は[腫瘍が]気管に近接し、2例は本人や家族の意向に応じたものだった。しかし、鈴木はまたもやリンパ節転移の症例数と症状のある患者の数の公表を拒んだ33。

どうやら鈴木は、キャッチ22[あちらを立てれば、こちらが立たず式のジレンマ状況]に陥っているようだ。鈴木が言い張るように「スクリーニング効果」のせいで検出されたに過ぎない、症状のない甲状腺癌の子どもたちに不必要な手術をしているのか、あるいは、その子どもたちに症状があり、スクリーニングをしなくても、ほどなく受診しに来るはずなので、「スクリーニング効果」説明の真っ赤なウソが露呈するのか、そのどちらかである。もっと単純明快にいうなら、「スクリーニング効果」であれば、手術するべきではない。手術するべきなら、「スクリーニング効果」ではない

鈴木は2012年3月13日付け朝日新聞紙上で甲状腺癌手術の可否を論じ、予防線を張っていた。早期診断と早期治療が癌に対する標準的対応であるが、甲状腺癌の場合は違うことに留意しなければならない。なぜなら、手術中に周辺の神経を傷つけると、患者が声を失うリスクがあるからであり34、症状が現れるまで、手術を控えるべきであり、癌の進行が遅いので、症状が出るとしても、生涯の非常に遅い時期になるかもしれない。ところで、2011年10月12日付け毎日新聞に、山下俊一が「現時点で異常が見つかる可能性は低いが、不安を和らげたい」と語った発言が引用されている35。これでは、「スクリーニング効果」に期待されるものとまるっきり合致しない。

「統計的有意性」と「スクリーニング効果」に反論する

「スクリーニング効果」が福島県と福島医大が掲げる公式見解の中核を成していたが、岡山大学の医師で疫学者、津田敏秀教授は2014年7月16日、環境省の第8回「福島第1原発事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」で、これに異議を唱えた36。津田は、ICRP2007年報告およびUNSCEAR2008年報告はヒロシマ・ナガサキの100ミリシーベルト未満の被爆者コホート[群、集団]に統計的に有意な癌の増加が認められないと言っているだけだと述べた。これは社会通念と相反して、日本で100ミリシーベルト未満の被曝による癌が発生しないとか、影響が見られないとかを意味していないと彼は指摘した。問題は、多用される「統計的有意性」概念にある。これでは、現実に増加していても「統計的に有意」ではないと切り捨てられ、合計値が十分に大きくなく、統計学が因果関係を認めるために求める要件に届かない場合、なにが現実にあっても問題でなくなる。また、この手法は影響を平均化し、放射線量の地域的な違い、人びとの(性別、年齢、全身の健康状態などによる)放射線に対する感受性の違い、その他の要因を過小評価する。

IPPNWは同じように、UNSCEARが「福島で将来の癌罹患率と遺伝性疾患に識別できる変化はない」という決まり文句に内在する問題をあげた。IPPNWは「…この言い方は、一般に使用されている疫学手法では、変化を見つけられないと言っているだけで、健康への影響がないとは言っていない」と指摘した。さらに、UNSCEARが「本委員会は『識別可能な上昇なし』という表現を使用し、現在利用できる方法では放射線照射による将来の疾患統計での発生率上昇を実証できるとは予想されないことを示唆した。これは、リスクがない、あるいは、放射線照射による疾患の症例が今後付加的に生じる可能性を排除するものではないと同時に、かかる症例の発生に伴う苦痛を無視するものでもない」37と述べたとき、このことを認識していたと記した。

さらにIPPNWは、日本における過剰な癌症例を4,300ないし16,000例(うち、死亡を2,400ないし9,000人)とするIPPNW独自の推計値が「…全国疫学統計では気付かれないかもしれない」38と注意を促した。つまり、たとえ福島で癌が増えても、「日本の比較的高い癌症例基準値」(年間630,000例内外の新たな発癌)に埋没し、全国規模では「統計的に有意」でないことになってしまって、したがって、たとえ福島第1原発由来の放射線被曝が原因であっても、そうではないと却下されてしまう。

津田敏秀

キース・ベーヴァ―ストックは2014年11月20日、日本外国特派員協会で講演したさい、誤解に導く見出しの役割に注意を促した上で、UNSCEARのプレスリリースのタイトルが「福島での被ばくによるがんの増加は予想されない」となっていたが、その報告にある線量推計に「標準リスク・モデル」を適用すれば、爆発事故後の初年と半年だけで10ミリシーベルトを超える被曝をした作業員の過剰死が50例になり、被曝初年だけの線量にもとづく日本の人口全体の過剰癌が2500ないし3000症例になると指摘した。これらの癌は考えられないものではなく、予想されるものなのに、福島第1原発事故に起因する癌と識別されることはないだろう39。
こういうのが、公的調査が強調し、メディア報道がしきりに取り上げる「識別できる影響」の本質なのだ。「識別できる影響」という概念とその確率はまた、病状の促進の問題から注意を逸らしてしまう。カリフォルニア大学ロサンジェルス校の疫学者、サンダー・グリーンランド教授によれば、「失われた生存年数」に注目すれば、不完全であっても、「原因結果確率」(たとえば、被曝[原因]による癌[結果]の確率は1/10,000)に注目するより「被害者の数を大幅に過小評価する」恐れを減らすことができ、後者の場合、「確率限界を引き下げる」性質があり、それでも「現実に即した確率」として繰り返し伝えられ、また「被曝によって病状が促進されることはない」と暗に決め込んでいる40。たとえば、あなたが70歳で癌のために死ぬ定めにあるとして、放射線被曝のために65歳で亡くなったとするなら、あなたが本来の死亡年より5年前に殺されたという事実は、「原因結果確率」を用いる手法にもとづくリスク増大に数えられなくなるし、さらに言えば、事例全体に注目して、「識別できない影響」を考えれば、「過剰死」から抜け落ちてしまう。

津田もまた、環境省の専門家会議は影響を判断するにあたって、原因(すなわち、被曝線量レベル)を強調していると論じた。これは研究室の手法であり、原因に関連する情報が不足している現場では役に立たない。その結果、明白な原因の欠如のため、影響が否定されている。アウトブレイク[感染症にかかった人間、またはその他の生物の小集団]疫学の国際標準手順は対照的に、影響(すなわち、疾病率)に注目して、早まった否定と手遅れの医療対応を避けている。津田は、福島で入手可能なデータがすでに局地的なクラスター[統計学で属性を共有する個の集団の意]の存在を示しており、これを「スクリーニング効果」で説明し切れないと言い切った。したがって、当局は福島県内外で住民の一斉健康診断を早急に実施することで、時間の経過とともに拡大する疾病急増に備え、被曝を最小限に抑えるために今以上のことをなし、妊娠中の女性や未成年者など、弱者集団の放射線防護対策に資金を手当し、福島県内のこれら弱者集団の放射線レベルの低い地域への疎開を考慮し、定期的に放射線レベルを広報し、住民と協力して信頼関係を構築するべきである

津田はさらに、チェルノブイリのデータによれば、甲状腺癌が単に子どもたちだけでなく成人にとっても深刻な問題であることが示唆されており、100ミリシーベルト未満の放射線レベルの被曝(たとえば、小児科CTスキャン、背景放射線、航空機搭乗員)でも、癌が統計的に有意に増加していることを示すデータが数多くあると指摘した。妊娠中の女性は特に弱いのに、福島では、引き上げられたレベルの放射線に被曝しつづけている。

津田の意見に対し、他の会議出席者らは批判をたっぷりと浴びせ、とりわけ鈴木元(UNSCEARの委員)、それに長崎大学で山下の先輩にあたる専門家会議の座長、長瀧重信が反発し、長瀧は津田を挑発して、「がんが増えているということが、ここの委員会の結論になると、大変なことになる!」と言い放った。長瀧はその後にも、会議の目的は被曝線量レベルに注目することだと頑固に言い張り、津田の意見を退けた。

鈴木元の反論のひとつは、福島県外の3県、すなわち、青森、山梨、長崎各県に対照群を設定するために実施されたスクリーニングに据えられていた。環境省の援助を得て実施され、鈴木眞一と山下俊一が参加した、これらの研究は、[甲状腺の]結節と嚢胞[のうほう]が見つかる割合が福島のそれより低くなかったと結論していた41。3?18歳の子どもたちの合計4,365人のうち、嚢胞が56.88%、結節が1.65%の被験者に見つかっていた。津田は、年齢層が違うので、これらの調査は本当の比較にならないと応じた(すなわち、対照群の年齢層は3?18歳であるのに対して、福島医大のスクリーニング対象者は1?18歳)。だが、年齢層の違いを調整してみると、福島の割合が統計的に有意に高くなる。つまり、対照群の子どもたち4,356人のうち、癌が見つかったのは1例であり、それに対して、福島の地域別統計の最高値では、1,633人のなかから、癌が1例見つかっている。

IPPNWはUNSCEAR2013年報告に対する批判的分析のなかで同様な所見を表明しており、「…(青森、山梨、長崎の)対照群は、年齢、性別、その他の人口統計学的属性が一致しておらず」、また国立大学に付属する教育機関の生徒で構成されていて、「一般人口集団を代表するものではない」と書いている。さらにまた、検査時間が福島医大の実施する時間より長かったと言われていると指摘した。IPPNWはおまけに、UNSCEARが福島医大の調査結果は通常値の範囲内に収まっていると断言するために、最近の入手可能な福島医大の調査結果を使わずに、臨床的に不顕性の(つまり、無症状の)小さな甲状腺乳頭癌の罹患率が35%になったという、フィンランドの調査を引用しているとして注意を促した。実をいえば、その調査結果は27%であり、しかも18歳未満の未成年者の癌は特に見つかっていなかった。IPPNWは、「これはスクリーニング効果仮説と矛盾するので、UNSCEARはこの事実に言及していない」42と結んだ。要するに、IPPNWは、報告の執筆時点で福島医大が見つけていた33症例の癌が有病数(総数)を表すだけであり、発症数(年ごとの増加数)を表していないと考えているが、それでも、この数値は「懸念すべきものであり…甲状腺癌の検出数は予想値よりも多い」という43。

事実2:4年
装置もなく、検診もしない

TV朝日は、チェルノブイリから10キロ西にある診療所の副所長にも取材しており、その彼は、1990年まで診療所に超音波検査機器がなかったと指摘した。だから、最初の4年間、医師たちは手で触診していたのである。副所長は、もっと早くから癌が発症していたとしても、検出できなかったということもありうると認めた。トロントも、1989年から1990年ごろにアメリカの裕福な篤志家たちが贈った装置を医師たちが受け取るまで、ソ連に超音波検査機器がなかったと同調した。

菅谷昭(長野県松本市の市長であり、1996年から2001年までベラルーシで医師として働いていた)が、福島の一斉検査プログラムの話に関連して、「触診で子どもたちのしこりを見つけるのは難しい」44と言ったように、これは決定的に重要である。したがって、トロンコ自身も番組で認めたように、[原子炉]爆発後4年より前に癌が発症していたが、装置がないために検出できないままだったというのはありうることである。これが、留意しておくべき第2の要素である。

チェルノブイリ事故の4年後までソ連に超音波検査機器がなかったことを報道ステーションが明らかにし、この報道が4年という事実の妥当性に大きな疑問符を投げかけたので、朝日、毎日、読売で時間間隔についての記事があれば、このことが報道されるだろうと期待して当然である。ところが、TV朝日と同じ系列であるはずの朝日新聞は、TV朝日の放送から3日前の2014年3月8日付け記事で、一言、ソ連の診断機器の不足について言及しただけだった。ところが、鈴木眞一がまるで示し合わせたかのように、同じページに彼自身の短文をかついで顔を出していた。鈴木は、甲状腺癌の進行が遅いこと、スクリーニングに前例がないことを理由に、福島で見つかった甲状腺癌の原因が放射線被曝であることを否定した。彼は4年の「事実」には触れなかった。朝日は奇妙なことに、3日後にニュース番組が浮き彫りにした疑問を進んで報道しようとしなかった。だが、これでも朝日は、診断装置の不足についてなにも報道しなかった読売よりはマシだった。

結局、放送の内容を報道したのは朝日ではなく、毎日であり、2か月遅れの2014年5月12日付けだったが、日野行介が記事を寄せ、ニュース番組を論じた。彼は記事に自分自身をさらけ出し、福島県は人口の回復と産業の復興を目論んで、情報を独占していると主張した。毎日はそれに加えて、以前にも2度、チェルノブイリ事故後のソ連における超音波検査機器の不足を報道していた。長野県の諏訪中央病院の院長、鎌田實は2013年8月13日付けの寄稿記事で、4年「事実」にもとづく鈴木眞一による関連の否定を「おかしな理論である」と表現した。鎌田はチェルノブイリ事故の4年半後、ベラルーシの汚染地域を訪れたとき、国も医師たちも甲状腺癌を重視しておらず、甲状腺検査どころではなかったと振り返った。だが、鎌田は小さな村で甲状腺癌の急増に気づいた。彼と他の何人かで病院に超音波検査機器を提供し、検査を始めた。約2年後、WHOとIAEAが関連を認めた。鎌田は、「チェルノブイリで4年後まで小児甲状腺がんが少なかったのは、単に発見できなかっただけだった可能性がある」45と結論した。鎌田は2013年2月23日付け毎日にも寄稿しており、同じ趣旨の意見を語っていた46。したがって、1990年ぐらいまでソ連に超音波検査機器がなかっただけでなく、医師の多くは甲状腺癌を見つけようとすらしていなかったのだ。4年の「事実」をご承知だった読者のみなさんは、自分はチェルノブイリ事故後のソ連に甲状腺癌にかかわる装置も医療上の関心もなかったことを知っていただろうかと自問なさるとよろしい。筆者と同じく、多くの人が知らなかったとしても、これら肝心な点が公的な論議から抜け落ちていたので、驚くほどのことでもないだろう。

甲状腺潜伏にまつわる秘密の知識

チェルノブイリにおける山下の活動を思えば、山下と鈴木が4年の「事実」を断言しているのは、彼らの本当の知の限界を反映しているのだろうかと訝っても許されるだろう。そうではないと思わせる証拠がある。TV朝日の番組に対する福島医大の反論(後述)は、現時点(2013年末)までに甲状腺癌と診断された子どもたちの平均年齢が16.9歳であり、これは通常時の傾向と合っているが、チェルノブイリ事故後のほとんどの事例は0歳ないし5歳の範囲内に収まっており、また福島県内で検出率の地域的な違いはなかったと主張している。ところが、ある鋭いブロガーが指摘した47ことだが、ベラルーシのゴメリ州でチェルノブイリ事故後4年以内に5歳以上の子どもたちの甲状腺癌が見つかっていた。しかも、この知見を記録したのは、山下俊一だった。

日本の原子力委員会のウェブサイトでアクセスできる山下の報告に、手術後に確認された甲状腺癌の事故時年齢別の症例数データが収録されており、それによれば、その数は1986年が1例(13歳)、1987年が4例(11、12、14、16歳)、1988年が3例(6、8、17歳)、1989年が5例(1、5、14、15、16歳)だった。前述したように、1990年にスキャナーがついに届いて、合計数が15症例に跳ね上がり、5例は事故時の年齢が5歳以上だった(6歳2例、8歳2例、13歳1例)ものの、5歳未満の子どもたちに集中していた。その後、症例の年間合計数は35例以上で推移して、1997年に66例の最大値に達し、5歳未満の増え方のほうが大きかったが、5歳以上でも増えていた48。

以上のことから、山下は4年以内に見つかった5歳以上の11症例を知っていたのであり、鈴木も仕事上の密接な関係から考えて、知っていたのだ。山下は結局、5歳以下の子どもたちの発症が4年で2例だったのに対して、5歳を超える子どもたちは11例だったことを知っていたのであり、仕事上の緊密な関係から考えて、鈴木も知っていておかしくなさそうだ。それでも、二人とも何も言わない。さらにまた、ジャパン・フォーカス寄稿者、落合栄一郎が記しているが、子どもたちの甲状腺癌のほとんど即時の増加を2011年にウクライナ政府が報告していた49。落合は、「この途切れない増加から考えて、ヨウ素129、セシウム137など、ヨウ素131以外の放射線源も関与しているのかもしれない」と書いた。要するに、放射性ヨウ素が、ほとんど即時に発症しはじめた甲状腺癌の唯一の原因ではなく、放射性セシウムもまた原因であるのかもしれない

それなのに、福島医大サイトは2012年11月30日発行のパンフレットを掲載し、甲状腺スキャンに関する情報を提供している。鈴木眞一は挨拶文で、チェルノブイリ事故当時、乳幼児であった人たちに4年後から甲状腺癌発症の増加が認められていたと述べる50。言い回しが巧みである。4年後に甲状腺癌が発症しはじめたと言わず、増加しはじめたと言っている。だが、受ける印象では、(「増加」は「正常」レベル以上の増加のはずなので)問題になる症例は4年後になって初めて現れたということになる。したがって、それより前に福島で見つかった甲状腺癌は放射線関連のものではありえないことになる。

事実3:低レベル被曝線量
有効期限切れのデータ

トロンコは福島に関して、彼の知る限り、放射線レベルが低いので、甲状腺癌が事故に関連している可能性はたぶん低いと説いた。しかし、その可能性は切り捨てず、吟味するべきであるとも付け加えた。このことから被曝線量レベルの問題が浮上する。トロンコは福島の放射線レベルが低いと決めつけた根拠を示しておらず、これには反論の余地がある。たとえば、京都大学の核物理学者、小出裕章は次のように書いている――
「セシウム137は、広島に投下された原子爆弾が放出した放射性物質のなかで最も危険なもののひとつだった。日本政府が国際原子力機関に提出した報告によれば、福島第1原発の1、2,3号機が大気中に放出したセシウム137の量は広島原爆のそれの168倍だった。これは過小評価である。福島第1原発の事故のため、それ以来、広島原爆が放出した量の400ないし500倍の放射性セシウムが大気中に放出されてきたのである」51
その結果、関東と東北の1000万人ほどの人びとが日本の法律で避難すべきとされている地域で、避難もせずに生活しつづけていると小出は述べる。彼は「ほぼ同じ量の放射性物質」が海に入ったと付け加える。

市民グループが実施した、さらに最近の研究(ヤマダ、ワタナベ[2014年])によれば、福島の事故によって放出された放射性物質の量はチェルノブイリ事故によるものと同じか、それ以上ですらあると論じられている52。しかしながら、パヴェル・ポヴィネクら(2013年)は、大気中放出、汚染滞留水、海中排出量を計算に入れて、データを見なおした。彼らは、チェルノブイリの場合に比べて、ヨウ素131の総放出量が50%から60%、セシウム137のそれが20%から40%であったと結論づけた53。ヤマダとワタナベ(2014年)もまた、福島の人口密度がチェルノブイリ被災地域の3倍なので、福島の癌症例はチェルノブイリより多くなるだろうと示唆している54。

放射性降下物で被曝した場合の健康への影響の予測は議論の渦中にあるので、相異なった前提にもとづく様々な数値があり、反原発の独立系科学者たちは公的機関よりも悲観的なことが多い。WHOはリスク拡大のあいまいな計算を控えている(後述)が、UNSCEARの線量推計を標準リスク・モデルに適用して得られる癌リスク見積では、初年の被曝による過剰癌が2500ないし3000例、初年と半年の被曝による作業員の過剰癌が50例となる

放射線生物学者、イアン・フェアリー博士は、地表のセシウム(グラウンド・シャイン:地上沈着放射性物質による被曝)による癌だけで、今後70年間の過剰死を3000件と見積もっている55。その対極にあり、非常に物議をかもすのが、欧州放射線リスク委員会(ECRR)のクリス・バズビー博士であり、過剰癌を推計するのに、彼は2種類の異なった方法を使った。第1の方法は、スウェーデンの医師で科学者、マーティン・トンデルがチェルノブイリ事故後におこなった観測にもとづくもので、最初の10年間の過剰癌を224,223例と予測していた。第2のECRRモデルを用いた方法では、50年以内の過剰癌が416,619例と推計され、そのうち、208,310例が最初の10年間に現れるものである。両方とも、福島第1原発から200キロ以内の人びとを対象にしており、永住と避難しないことを前提にしていた56。

しかしながら、全般的な推計より、個人の被曝の精密な記録のほうが望ましい。TV朝日は、そのような記録は可能だったが、県によって止められたと伝えた。番組は、国会が福島第1原発事故を調査するために設置した東京電力福島原子力発電所事故調査委員会の委員を務めた放射線医学総合研究所の元上席研究員、崎山比早子に取材した。崎山は内閣府原子力災害対策本部が原子力安全委員会(NSC)に送付した文書を示し、実施中の甲状腺被曝検査を止める力が働いたと見解を述べた。その文書には、モニターは相当の重量物であり、移動が困難であるとか、関係する人びとに不安と差別を与える恐れがあると書かれていた。つまり、当局機関は真のリスクが心理的なものであり、放射性降下物による被曝にはないと主張しているのだ。この論法が福島医大の立場でありつづけている。

崎山比早子

TV朝日は、爆発直後に被曝線量レベルの測定を試みた弘前大学の床次真司[とこなみしんじ]教授にも取材した。放射性のヨウ素131の半減期はほんの8日なので、早期の記録が重要である。彼は浪江町で測定を始めたが、福島県が不安を煽っているととがめ、やめさせた。床次は災害時の研究者の世界におかしな雰囲気があったと振り返った。甲状腺検査をやらなければならないことは、だれにもわかっていたはずだが、誰も言わず、ましてや行動も起こさなかった。番組は福島県の役人に県の立場を釈明する機会を与えたが、その彼は、床波にストップをかけたことをあいまいに否定するだけだった。国会事故調査委員会は、原子力安全委員会が福島県原子力災害多作本部宛てに送信したファックスでヨウ素剤の調剤を助言していたのに、このファックスが不可解にも行方不明になり、末端の市町村長に届いていなかったことを突き止めていたが、このことについても彼は言及しなかった。結果として、福島県民でヨウ素剤を服用したのは、10,000人だけだった57。対照的なことに、何千もの錠剤が、福島第1原発から60キロ離れた福島医大で心配している職員とその家族に配られた。福島医大副学長の小児科医、細矢光亮[ほそやみつあき]もまたヨウ素剤を住民に配布したいと願っていたが、福島県がそれを差し止め、決定を山下俊一に委ねたところ、その彼は配布を不必要と考えていた58(後述)。後になって、福島医大職員たちの不安が正当なものだったと判明した。3月15日に福島医大前の県道114号交差点の雑草からキログラムあたり190万ベクレルのヨウ素131が検出されたのである59。

さて、床次は引っ込んでいることなく、爆発の1か月後、進んで福島県民65人の検査をした60。弘前大学の検査と福島医大の検査のどちらも、半減期が2時間のヨウ素132を反映することはできないが、広島大学原爆放射線医科学研究所の細井義夫は、床波の検査のほうが福島医大で実施した検査よりも正確であると見ている61。結局、床波は65人のうち、50人(77%)の甲状腺に放射性ヨウ素を見つけた。彼は次に、2011年3月11日の呼吸を想定して考えられる被曝線量を計算した。20人の推定被曝線量は20ミリシーベルト未満だったが、5人は50ミリシーベルトを超える被曝をしていた。最高記録は87ミリシーベルで、2番目が77ミリシーベルトだった。床波は、ヨウ素レベルが高い地域に残っている乳幼児は100ミリシーベルトを超える被曝をしているかもしれないと言った。

床次真司

UNSCEARによれば、チェルノブイリの平均甲状腺被曝線量は490ミリシーベルトであり、これより低いにしても、50ミリシーベルトのレベルはやはり重大である。IAEAは2011年6月、ヨウ素剤配布を勧告する被曝線量レベルを甲状腺の等価線量で100ミリシーベルトから50ミリシーベルトに引き下げた。これは、チェルノブイリの最新データが50ミリシーベルトを超えると甲状腺癌のリスクが高くなることを示したからである62。それにひきかえ、WHOは1999年以来、乳幼児、18歳以下の子どもたち、妊娠女性、授乳女性の限度を10ミリグレイ(一般人にとって、10ミリグレイは10ミリシ?ベルトと等価63)に据え置いたままである64。そういうことで、日本政府は2011年12月、指針を100ミリシーベルトから50ミリシーベルトに引き下げた。さらに言えば、チェルノブイリ事故後、甲状腺癌は子どもたちだけに発症したというのが「事実」とされてきたので、ヨウ素剤の服用は40歳未満の人たちだけに推奨されていた65が、細井は、最新の疫学データが40歳以上の人びとも影響されていることを示していると注意を促した66。その結果、日本政府は2012年12月、指針を変更し、40歳以上の人びとへの錠剤の配布を認めた。そうは言っても、政府は原発近辺の住民は家庭内で保管してもよいと言いながら、WHO指針に違反して、事前配布に反対する姿勢を維持しており、この問題で新潟県の泉田裕彦ともめている(その他にも、原子力規制委員会(NRA)、再稼働のための新安全基準や法制、緊急対策の設定〔または不設定〕など、両者で衝突する問題は多い)。新潟県は世界最大規模の柏崎刈羽原子力発電所を抱えており、2007年に、原発から震源が20キロ離れているだけの地震でパイプが破損して、3号機で火災が発生した67。この原発は現在止まっているが、東京電力は国の政策に沿って再稼働に動いている。

要するに、これまでの20年ばかり「専門家」が強く断言してきた2つの「事実」が、最近になってウソとわかり、突如として「事実」でなくなった。40歳以上の人びとは、放射性ヨウ素に対して、以前にIAEAが容認できると考えていたレベルの半分でも弱いのである。

事実4:呼吸ではなくミルク
呼吸と摂食

福島医大はウェブサイトのQ&Aコーナーで、福島第1原発事故で放出された放射線量はチェルノブイリのおよそ7分の1であり、チェルノブイリの原発事故でも外部被曝による甲状腺の健康被害は認められなかったことから、福島県でも外部被曝の影響により甲状腺に健康被害がおよぶとは考えにくく、チェルノブイリでは「多く」の人に内部被曝による甲状腺への影響が認められたと明言している70。内部被曝を汚染食品の摂食によるものと定義し、事故後の食物等の出荷規制や摂取制限が早い段階で実施されたので、内部被曝による甲状腺への影響も考えにくいと結んでいる。最終行は「ですから、現時点においては、放射線による甲状腺の健康被害はないと考えられております」と断定している。呼吸は考慮されていない

山下は呼吸を無視しておきながら、呼吸が甲状腺癌の原因になりかねないと気づいており、心配していた。山下は当初の2011年3月18日、福島医大にヨウ素剤を配布しないように奨め、「安定ヨウ素剤で甲状腺がんが防げるという誤解が広がっているが、『ヨウ素剤信仰』にすぎない。日本人が放射性ヨウ素を取り込む率は15?25%。4、5割を取り込むベラルーシとはわけがちがう」71と述べた。山下は2011年3月21日付け朝日の記事で、チェルノブイリでは汚染されたミルクや食べ物を摂食したので甲状腺癌になったと主張した。だが、山下はその前のパラグラフで、福島の空気中にある放射性ヨウ素の量とそれが甲状腺におよぼす影響について考察している。1時間あたり100マイクロシーベルトのレベルを安全だと考えていたが、そのような地域に乳幼児が留まるのを容認するのは望ましくないと述べた72。さらに2011年3月24日付け朝日は、放射線の検出値が高いなら、放射性ヨウ素が甲状腺に影響を及ぼす恐れがあるので、福島第1原発から30キロ以上離れた地域でも、乳幼児と妊娠中の女性を避難させるようにと助言している山下の発言を伝えている73。

山下は2011年3月23日、SPEEDIの汚染レベル予測地図を見たとき、いや増しに募る不安を煽られたはずだと今になって思える。SPEEDIは放射線モニタリングと天候パターンにもとづいて放射線の放出を予測するコンピュータ・システムである。2013年11月8日付け朝日の記事は次のように伝える――
山下を驚かせたのは、11年3月23日に国が公開したSPEEDI(放射能拡散予測システム)の計算図だった。当時のヨウ素剤服用基準は、甲状腺の被曝線量が100ミリシーベルトになると予測されたとき。計算図では100ミリを超える地域が原発30キロ圏外にも大きく広がっていた」74

記事は、山下の発言をこう伝えている――「ありゃー、と思いました…日本の原発にはヨウ素とかを取り除くフィルターとかがきちんと付いているものだと思っていた。まさかこんなに広範囲に汚染されているとは思わなかった」75。それでもなお、上記の英訳を掲載したブログが指摘するように、爆発やベントの前に錠剤を配布しないとなれば、最終責任は政府と福島県にあった。だから、福島の甲状腺癌の原因が放射線であることを否定するために、福島医大がミルク説を使ったのは、詭弁のように思える。さらに、WHO2012年報告は、呼吸を「経路」に挙げていた。たとえば、災害の初年に浪江町と飯舘村で被曝線量のうち、呼吸が占める割合は、10歳児がそれぞれ60%と50%、1歳児が50%と40%、成人が50%と40%だった76。

福島医大の事例は、福島第1原発爆発後の放射線が「低レベル」であるという前提にもとづいているようだ。だが、前述で示したように、この前提は疑わしく、当初の測定が信頼できるどころでなかったのだから、なおさらである。たとえば、2011年3月12日付け朝日新聞夕刊は福島第1原発のオンサイト放射線モニター8基のすべてが壊れ、東京電力は手持ち式の携帯モニターを頼りにしていたと伝えていた77。 さらにまた、TV朝日が見せたように、もっと重要な個人被曝線量レベルを測定する企ては差し止められた。また前述したように、ヨウ素剤を特定の地域で投与すべきだったと山下自身が後になって認めたが、ヘマなことに、彼がそれに反対する助言をしたのだ。

さらにまた、IPPNWはその批判的分析で、UNSCEAR2013年報告が「環境測定値に基づいて外部被曝線量を評価するには、放射能プルーム通過時の大気中のガンマ線量率と放射性核種の測定が不十分であった」と述べていると記した。福島医大と反対に、日本の食品規制が摂食を経由した被曝を防止したかといえば、やはりそうではなかった、UNSCEARはまた「最初の1?2か月間の食物の測定値は比較的少なかった」とも述べ、「日本で生産された食品への放射性核種の経時的な移行に関する情報が不足している」78と続けた。じっさい、IPPNWは、UNSCEAR自体の推計にもとづき、福島の子どもたちの甲状腺は事故後の初年に15ないし83ミリグレイの放射線に被曝したが、「その内、約半分が食物内の放射能の経口摂取によるものだった」79 と知ることになった。東京大学・アイソトープ総合センターのセンター長、児玉龍彦は2011年7月、国会で政府の中途半端な除染や食品検査の対応を追求したとき、すっかり日本の茶の間の顔になった80。

IPPNWはさらに甲状腺の背景放射線による通常の年間被曝線量が1ミリグレイであると指摘し、UNSCEAR 2013年報告の第213節を参照文献として引用した。これは、最初の年だけで福島県の乳幼児の甲状腺癌が天然背景放射線の15ないし83倍の危険な放射線に被曝したことを意味する。IPPNWは、「控えめ」と考えながらも、UNSCEAR2013年報告の数値を用いて、放射線被曝の結果、福島県で発症する甲状腺癌の合計数を1,016症例と計算し、患者のほとんどが子どもであるとした。侵襲的治療と生涯にわたる手当てに伴うトラウマとリスクに加えて、IPPNWは、米国放射線防護測定委員会が甲状腺癌の死亡率を7%としていると報告した。これは、70人が死亡することを意味する81。IPPNWが示唆するように、これでも過小評価であることが十分考えられる。

科学の政治性
過小評価と国際機関の政治性

山下と鈴木など、国内の代表に加えて、UNSCEARやWHOのような国際機関は、東京電力災害が健康におよぼしかねない結果をめぐる論争の、権威あり、幅広く引用される当事者団体である。しかし、その関与は政治党派色が強いようだ。キース・ベーヴァ―ストック(東フィンランド大学、WHO欧州地域事務局の元放射線・公衆衛生地域アドバイザー。既述を参照のこと)は、UNSCEARとWHOが作成する被曝線量レベルが「著しく信頼性に欠け」、「まさにフィクション」であり、UNSCEARは科学団体というより、政治団体であって、その構成員は核擁護「専門家」で、核保有諸国に指名され、彼らの適性と裏にある利益相反は開示されないと警告する82。

キース・ベーヴァ―ストック

WHOが1959年に署名した協定(WHA12-40)に縛られ、放射線問題に関してIAEAと協力する義務を負っていることを考えれば、その中立性も疑わしい。ベーヴァ―ストックは2014年11月20日、日本外国人特派員協会でおこなったスピーチで、彼の13年間のWHO経歴を反省した。彼は、協定そのものは国連機関の標準的な慣例に即しており、常軌を逸しているとは思わないが、それでも、WHO・IAEA間の管理レベルの関係は「著しく歪める要因」だと考えるといった。要するに、IAEAは使える資金を潤沢に保有し、ベーヴァ―ストックによれば、WHOの幹部は、部内の専門家の助言よりも、IAEAの方針に従う傾向がある

ベーヴァ―ストックはさらに続けて、次のように論評する――
「数か月前、福島市で国際シンポジウムがありました…そこにいたWHO広報官が、WHOは、公衆の健康防護に関して何が理に適っているかを決めるさい、原子力の経済的側面を考慮しなければならないみたいなことを言っていました。その発言はわたしをゾッとさせ、びっくりさせました。原子力産業の経済的健康を看護するのは、彼女の仕事ではありません。彼女の仕事は住民の公衆衛生の面倒を見ることです。ですから、そこには混乱があり、それも根強いようでした。IAEAは、チェルノブイリ事故で学んだ教訓にもとづいて、甲状腺癌を発症させるヨウ素131による子どもたちの被曝を防止するためのヨウ素防護法に関するガイドラインの公表を妨害しました。IAEAは、そのガイドラインの策定に協力した後、支持を撤回し、WHOによる公表を阻止しようとしたのです(彼は後ほど、ガイドラインがやがて2003年ごろに公表されたと述べた)」83

おそらくこの問題を反映しているのだろうが、WHOは、2003年のイラク侵攻が健康におよぼした影響の検証が遅れたこと(ファルージャにおける遺伝子損傷と癌の率は原爆被爆者より高かった)、次いで2013年の最終報告が、それに先立つ(イラク保健省とWHOの「共同事業」であり「共同出資」されていると喧伝されていたのに、実はイラク側の事業であり、WHOは後援団体として名を連ねていただけ84の)調査事業プレスリリースに反して、原因としての劣化ウラニウム(DU)、鉛、水銀を考察していなかったことで厳しい批判にさらされた85。ベーヴァ―ストックは、劣化ウラニウムを検証しなかった怠慢を「由々しい切り捨て」と表現し、「WHOの幹部管理職がDUの公衆の健康におよぼす影響を検証する義務を疎かにしたことには疑いの余地がないというのが、わたしの考えです」と述べた86。

WHOは2004年に、ベーヴァーストックが主導して劣化ウラニウムの影響に踏み込んだ研究の公表を阻止していたその研究は機密指定のままである87。クイーンズ大学のカナダ研究部門長、スザンヌ・ソーダーバーグ教授はベーヴァーストックに同調して、「WHOが、たいがいの国際機関と同じように、中立的な団体ではなく、加盟国の地政学的な勢力の影響を受けているとわたしは固く信じています…だから、そうです、非常に賢い科学者のグループが、その研究で『なぜか』という疑問を探求しないことには理由があります」と語った88。

WHO2013年報告は福島に関して、最も汚染された地域で乳幼児期に被曝した女の子の甲状腺癌が70%増加すると計算していた。これは高く思えるし、これまでで最大の増加であるが、実際には0.75%の基準線生涯リスクに0.5%加算されるにすぎない。つまり、WHOは通常の状況の女性が癌になる確率を4分の3パーセントと見積もっているのだ。東京電力の災害が最も汚染された地域の女の乳幼児のリスクを0.5%上昇させたが(基準0.75%×70%の増加=0.525%)、合計生涯リスクはやはり極めて低く、1.25%に過ぎない。だから、大見出しになる結論は「予測されたリスクは低く、基準比率を超えるような甲状腺癌の目立つ増加は予想されない」となる89。ここで「目立つ」は「統計的に観察できる」の意味なので、ご注意のほどを。

国際放射線防護委員会(ICRP)は国連機関ではないが、やはり政治的圧力を免れているわけではない。この団体は被曝線量レベルを設定し、多くの政府方針がそれにもとづいて決められ、国連機関もそれに頼っている。ICRPが策定するモデルの妥当性が、議論の対象になっている90。

崎山比早子は国会事故調査委員会の知見を報告したとき、電気事業連合会(電事連)が「…国際放射線防護委員会(ICRP)や原子力安全委員会のメンバーを含む放射線の専門家に働きかけ、放射線防護基準を緩和させようとしていた。残念ながら、日本の放射線専門家の多くは所属団体の従順な召使であり、電事連によるロビー活動の要求項目のすべてがICRP2007年勧告に盛り込まれていると、ある文書に記されていた。電事連が要求を達成する方法のひとつは、ICRP委員が国際会議に出席するさいの旅費を肩代わりすることである」と書いている91。これを直言すれば、古き良き時代の賄賂。

秘密会と検討委員会の政治性

東京電力の災害を調査する科学団体の政治的なふるまいは、国際レベルだけでなく、国内レベルでも見受けられる。日野行介は毎日の2012年10月3日付け記事(同僚記者と共同執筆)と2013年2月9日付け記事で、検討委員会の「秘密会」の存在を明るみに出した。最初の記事は、「秘密会」が県庁で開かれていたと暴露していた。その会合は、公開される本会議の議論の成り行きを想定したうえで、そのシナリオを裏でお膳立てし、間違いなく全出席者が甲状腺癌と放射線被曝の関連を否定することに同意するように仕向けるためのものだった。毎日の挑戦を受けた福島県は、混乱を避けることで、住民の不安を招かないようにするためだったと釈明したが、それにしても不適当な方法であり、もうやらないと認めもした92。

第2の記事は、公開の委員会の場では、福島県外避難者の検査をできるだけ早く実施することが求められたが、「秘密会」では、それを遅らせるように合意されていたことを明らかにした。遅らせる理由は明確でなかった。鈴木眞一は、福島県外で専門医が不足しており、できるなら福島に戻って検査を受けてほしいと言ったので、明らかに遅らせるように求めていた。だが、鈴木は2012年4月の公開の場では、準備が整ったので、2012年5月に始められると発言していた。結局、診断システムは11月まで設置されず、福島県外の診療所は2012年3月から同年6月まで福島県から連絡がなかったと明かした。内部被曝の参考資料を作成する作業も公表前の会合の記録にあった93。

検査を福島県外に拡大することを嫌がる姿勢は、後の2014年6月25日に環境省が開催した専門家会議にも反映されていた。アワー・プラネットTVによれば、(ヒロシマ・ナガサキ)被爆者の公的な資格要件の拡大を求める訴訟事件で政府側に立っていた専門家たちは、健康検査を福島県外に拡大することに先頭に立って懸念を表明した94。

TV朝日に対する政治的対応

前述したように、TV朝日はいくつかの辛辣な疑問を投げかけた。前に触れなかったことで、スクリーニング調査の子どもたちの扱い方を不満に思う親たちのシーンがあった。この批判は気づかれないままでは済まず、気がかりな反撃に遭った。日野は2014年5月23日付け記事で、福島医大と環境省が揃って報道ステーションの番組に対する反応をホームページで公開したが、それでも、双方ともTV朝日が間違った主張をしていたとは非難していなかったと解説した95。環境省は同意しない旨の書簡をTV朝日に直接送りつけていた。彼らの反駁の内容は、番組が「誤解を生ずるおそれもある」があるといいながら、かねてからの立場の繰り返しに過ぎなかった。彼らは、一般人からの問い合わせがあったことを根拠にして、常軌を逸した介入を正当化した。

日野が記事に引用した、専修大学の言論法専門家、山田健太教授は「(番組の)批判が意図的に一方に偏ったものでないことは、環境省の文面からも明らかだ。原発のような政府の最重要課題については批判を許さず、一歩も譲らないという強い意思を感じる」と語った。日野はまた、新たな秘密保護法を懸念する法律家のグループ、「秘密保護法対策弁護団」が4月、「『誤解を生じる恐れがある』という理由で、政府が報道内容にコメントするのは、『国策に反する報道は許されない』とのメッセージに他ならない。メディアの報道姿勢を萎縮させ、市民の知る権利を侵害しかねない」とする抗議文を環境省に提出したことも伝えた96。環境省のふるまいは、秘密保護法の施行前という時期でもあり、日本の開かれた批判的言論の未来と相容れはしない。

結論

福島医大のスクリーニング調査で見つかった甲状腺癌と東京電力福島第1原子力発電所からの放射性フォールアウトによる被曝のいかなる関連をも否定する公式論がある。山下俊一と鈴木眞一がこの論法の主唱者だ。彼らは、福島で見つかっている甲状腺癌は「スクリーニング効果」によるものだとか、チェルノブイリでは事故後4年たつまで甲状腺癌は出なかったとか、福島の放射線レベルは絶対的な意味でもチェルノブイリと比較しても低いとか、チェルノブイリ事故後の甲状腺癌はミルクを摂取したためであり、福島の子どもたちは照射された牛乳を飲んでいないので、守られているとか、繰り返し言い張ってきた

筆者は、甲状腺癌が現れるのにチェルノブイリ事故後4年かかったと聞いて、この「事実」が2011年3月11日から2014年6月30日までにどれほど広く報道されているのかを調べるために、日本の3大手新聞、すなわち、朝日、読売、毎日の記事を調査した。時間間隔に触れた回数のうち、それを「4~5年」とするものは、朝日が58%、毎日が48%だった。読売で最も一般的だった時間間隔は「5年」で、割合は37%だった。各紙それぞれ1つの例外を除いて、他のすべての言及は5年以上であり、「数年」というあいまいな表現が2つあった。

筆者は4年間の「事実」が商業紙で一般市民に一貫して伝えられていることを確認したあと、さらに続けて、この「事実」を揺るがしたTV朝日のニュース報道が提示したものなど、情報を検討した。ソ連の医師たちがチェルノブイリ事故から4年ばかりたつまで超音波検査機器を受け取っていなかったことを示した。だから、最初の4年間、検査は手による触診でおこなわれ、これは小さな腫瘍を見落とすような、非常にあてにならない診断法であるさらに、当時、ヒロシマ・ナガサキ原爆被爆者の生涯調査にもとづいて、甲状腺癌は放射線に被曝してから8年たたなければ現れないと考えられていたので、多くの医者たちは見向きもしなかった。4年後に甲状腺癌の症例数の増加が報告されはじめると、公式見解の最初の反応は、「スクリーニング効果」を持ちだして、報告を退けることだった。その後、この却下は誤りとわかった

筆者は福島に関して、疫学者の津田敏秀が福島医大のデータに地域群が含まれ、これは「スクリーニング効果」で説明できないと結論したことを伝えた。公式見解は福島県外の対照群が福島の結果が異常でないことを実証していると主張しているが、津田とIPPNWが揃って、対照群が比較にならないと指摘している。津田はまた、年齢層の違いを調整すると、福島県外の子どもたち4,365人に癌1症例は、福島の一地域で見つかった最高の発症率、1,633人に1症例より有意に低いと主張する。福島医大が保有している症状のある症例の情報にアクセスしなければ、「スクリーニング効果」が働いている程度を確認することが不可能であるのに、それを開示するのを拒否しているなら、仮説を裏付けると言われているデータの健全性に自信があるとはとても言えない。しかし、「スクリーニング効果」に間違いないとすれば、福島医大は必要もない手術をやってきたのかもしれない。

潜伏期間4年を主張する鈴木と山下にはあいにくながら、全米科学アカデミー発の甲状腺癌に関する最新の知見によれば、未成年の場合、電離放射線被曝の1年後、成人の場合、2年半後に甲状腺癌が現れることがある。また、電離放射線被曝による甲状腺癌が特に侵襲性であることが、チェルノブイリ事故後に判明し、医学誌キャンサーに掲載された最新の研究論文で再確認された。現実に、ベラルーシでチェルノブイリ事故後4年以内に13例の甲状腺癌が現れた証拠があり、山下自身がこれらの症例を記録していた。ウクライナ政府もまた、つい最近の2011年、甲状腺癌がチェルノブイリ事故のほぼ直後に発症した事例を報告している。

それにまた、これ以下なら40歳未満の人に影響しないとIAEAが以前に言っていたレベルの半分の被曝線量で、成人に影響することもあるようだ。2011年にIAEAがチェルノブイリの最近のデータに照らして、ヨウ素剤服用の基準を100ミリシーベルトから50ミリシーベルトに引き下げ、日本政府もこれに従い、40歳以上の人のヨウ素剤受け取りも容認することになったのはいいが、相変わらずWHO指針に反して、事前配布を拒否している。そのうえ、WHOは1999年以来、乳幼児、18歳までの子どもたち、妊娠中と授乳中の女性の限度を10ミリグレイ(一般人にとって、10ミリグレイは10ミリシ?ベルトと等価)に定めていた。このような被曝線量レベルが過小評価であるか、ほんとうのところは定かでないが、肝心な点は、政府が拠り所にしていた重要な「事実」が最近になって、ウソに変わってしまったということである。

もう一つのデタラメな主張は、汚染されたミルクがチェルノブイリの甲状腺癌の原因であり、日本の食品規制が厳格だったので、福島の子どもたちは大丈夫という論法である。現実には、UNSCEARが日本の食品規制をお世辞にも適切とは言えないと考え、WHOが呼吸を福島の子どもたちの「被曝経路」に認定していた。福島の放射線量レベルが低いという同類の論法も疑わしい。山下は、ヨウ素剤を配布しないよう忠告したのは間違いだったと認めた。SPEEDIデータを見て、間違っていたことに気づいたのである。ところが、福島医大の教職員はヨウ素剤を受け取っており、後に高レベルの放射線が大学の近くで検出されたのだ。国会の福島原発事故調査委員会はさらにまた、原子力安全委員会がヨウ素剤配布を勧告していたが、そのファックスが見失われて、大多数の市町村が勧告に従わない結果になった実情を突き止めていた。最近おこなわれた様々な調査は互いに矛盾しており、疑問が残るが、どちらかと言えば権威的な説明の場合、福島第1原発からのヨウ素131放出量をチェルノブイリの50%ないし60%とする姿勢が維持されている一方で、福島の放射能放出量はチェルノブイリ事故のそれと同量またはそれ以上であったと示唆する研究もある。

個人被曝線量レベルが記録されるべきだったときに記録されなかったので、被曝線量レベルにまつわる深刻な疑念に捕らわれるばかりである。床次真司が爆発の少し後に測定しようとしたとき、福島県当局は待ったをかけた。彼が1か月ほど後にようやく集めたデータは、最近、IAEAが掲げる50ミリシーベルトの閾値を超える被曝線量レベルを示していた。それに加えて、UNSCEARが甲状腺の被曝線量レベルを最大83ミリグレイと見積もっており、これでは、IPPNWがいう通常時の背景放射線による甲状腺の年間被曝線量である1ミリグレイ(1ミリシーベルト)の83倍になる。

UNSCEAR2013年報告の数値を使えば、甲状腺癌罹患数は1,016症例になり、そのほとんどが子どもたちであり、死亡者は70人内外に達する。

鈴木や山下のような否定論者は、デタラメな主張を押し付けてきただけでなく、「秘密会」に関与したり、チェルノブイリにまつわる知見を隠したり、「スクリーニング効果」仮説の根っこを掘り崩しかねない福島の症状のある症例の開示を忌避したり、強引な政治的行動に終始してきた。残念なことに、この類いの政治的なふるまいは、ICRP(収賄集団)、IAEA(露骨な核推進機関)、WHO(イラク劣化ウラニウム調査を遅らせ、不十分なままで終わらせたIAEA従属機関)、UNSCEAR(適性申告や利益不相反宣言を求められないまま、核保有諸国から派遣された役職員が主体の寄せ集め)といった、権威ある国際機関に付きものである。これらの尽きることなく楽観的な見解は、他の独立調査に照らして、批判を免れない。

しばしば見落とされることだが、全米科学アカデミーが示すように、女性は男性より弱く、子どもは成人より弱い。スティーヴン・スターは、こうした違いがリスク・モデルから抜け落ちているといって、注意を促している。しかしながら、福島の男の子たちの比率が、チェルノブイリ事故後にわかったように高くなっていることに清水一雄が注目しており、甲状腺癌は例外なのかもしれない。もうひとつの頻繁な見落としは、津田とIPPNWが浮き彫りにするように、「観測できる増加がない」だろう(WHO)とか、「認識できる変化がない」だろう(IAEA)という断言である。このような結論は否応なくメディアの大見出しになって垂れ流され、問題はないという印象を伝える。これはじっさいに、増加しないことを意味していないが、「統計的有意性」概念の下で起こっていることを隠すのに役だっているのである。このような観測が、天命より早死にするかもしれないので、被災した人びとのリアルな関心事である病気の増加に留意しているのでもない。公式・非公式の全般的な過剰癌の推計は、実に2000から数十万までばらついている。違いは非常に大きく、核反対派、推進派の分断を挙げることができるが、要点は、UNSCEARやWHOの大ニュースが流れても、健康への影響がないと実際に予測する人などいないことにある。このことは、「不安」の増加を心配しているだけの福島医大の公的な立場と相反する。

要するに、説明責任に訴える要求、権力の強固なシステムに対する異議申立てを招きかねない心理状態である「不安」を抑えるための情報管理が、利権を脅かすかもしれない、開かれて正直な検証より優先されたのである。ざっと160,000人の人びとの強制避難がつづき、福島第1原発をコントロール下にもっていけないままであり、個々の暮らしも地域社会も破壊され、大気、土壌、海、農産物、海洋生物、牛、野生生物が汚染され、それらをひっくるめた結果として、農地と漁場に依存する農水産地域を特に荒廃させ、避難する道中の死97と避難後の自殺をまねき98、地震と津波の後、瓦礫のなかで身動き取れなくなった人びとを救助隊が捜索し、手当てしたくても、立入禁止区域に入れなかったことによって、死をもたらし99、子どもたちの肥満、児童虐待、孤独死、家庭内暴力など、(原発からだけとは限らないが)避難者たちのストレスや運動不足による健康や家庭内の問題100を招いた後でさえ、しぶとく生き残る方針である、国の核エネルギー政策を望ましくない知見が揺るがしかねないので、放射線による健康への影響の範囲と性格に関して、当局機関が積極的になるのは、とてもありそうもないことである。これでもまだ足りないかのように、数十万人の子どもたちが実施中の一斉検査のトラウマに耐えており、最も不運な数十人が、手術、高くなった健康リスク、生涯つづく処方薬依存に直面している。

しかしながら、筆者は本稿の執筆を終えるにあたり、甲状腺癌は、たぶん主だった国際機関が認定した唯一のチェルノブイリ事故後遺症だったため、最大の注目を浴びているが(逆に言えば、それが比較的に致命的でない疾病なので注目を浴びることになったのだろうが)、その他にもベラルーシとウクライナの子どもたちに、白血病、心臓疾患、免疫力低下、出生率低下、死亡率上昇、脳梗塞、高血圧、慢性疲労など、明らかにチェルノブイリ事故関連の健康問題に言及した現地の報告がたくさんあると記しておかなければならない101。こうした問題が日本でこれから具体化するのか、あるいはすでに具体化しているのか、これは本稿の意図を超えた未解答の問いである102が、傲慢な絶対否定論支えるために、いかなるそのような展開をも政略的な「統計的有意性」のベールで隠そうとする輩たちに警戒を固めておくべきである。

【筆者】
ピアーズ・ウィリアムソンPiers Williamsonは、北海道大学メディア・コミュニケーション研究院の特任准教授。著書“Risk and Securitization in Japan, 1945-1960”[『1945~1960年の日本におけるリスクと証券化』]Routledge(2013年)、長島美織、 グレン・D・フックと共著『拡散するリスク政治性:外なる視座・内なる視座』萌書房(近く刊行)。

全文

本当の原発のコストは高い。本当に電力自由化されたら淘汰されるので、廃炉費用や再処理費用を新電力会社から電気を買う人からも徴収する 

これまで政府は、「原発のコストは、他の発電方法より安いから推進する」と言ってきました。しかし、原発のコストは本当は高いので、本当に電力自由化してしまうと淘汰されます。そこで、原発を続けたい政府は、「原発を持たない新規参入の電力小売会社」から電気を買う消費者にも「原発の廃炉費用」や「使用済み核燃料再処理費用」を負担させようとしています。具体的には、送電線使用料(託送料金)に原発関連費用が上乗せされます。このような原発を優遇するやり方は、本当の電力自由化とは言えません。原発を利用しない消費者から廃炉費用や再処理費用の徴収はやめるべきです。

西日本新聞(2014年12月)廃炉費 全電力利用者に   

※2014年12月18日 西日本新聞

廃炉費全利用者が負担 有識者会議決定
(2015年1月14日 東京新聞夕刊)

 原発の廃炉会計制度見直しに関する経済産業省の有識者会議は14日、報告書案をまとめ、2016年の電力小売り全面自由化後も、原発の廃炉費用を電気料金に転嫁することを決めた。14年度内に関連省令を改正する方針。新規参入の電力小売会社からの購入も含め、原則として全ての利用者が負担する方向となる。全利用者に負担を求めることには反対意見もあったことから、例外規定を設けるなどの詳細は今後検討する。

 大手電力が抱える老朽原発の廃炉を円滑に進めるため、費用を確実に回収する。利用者は原発に頼らない新規参入事業者から電力を購入しても、負担を迫られることが想定される。

 現在の制度は、原発を持つ大手電力が廃炉費用を電気料金の原価に算入し、利用者から徴収している。電力小売り全面自由化により、原価を基に料金を決める「総括原価方式」がなくなるため、新しい仕組みにする。

 具体的には、大手電力から分離してできる送配電会社が、送電線の利用料(託送料)に廃炉費用を織り込む。大手電力と新規参入の電力小売会社のいずれも送電線を使うため、利用者は原則として、どの事業者を選んでも廃炉費用を支払うことになる。

 一方、有識者会議の委員からは、原発に批判的な電力小売会社や利用者から廃炉費用を徴収することに異論も出ていた。

 また、原発のタービンなど廃炉になると役割がなくなる設備を資産にできるよう、会計ルールを改める。十年で減価償却できるため、大手電力の負担が軽くなる。

原発の電気価格、国が保証? 自由化後も優遇策
(2014年8月22日 東京新聞 朝刊)

 経済産業省は21日、電力の完全自由化後も、原発を持つ電力会社に損失が出ないよう支援する制度を検討していることを明らかにした。電力会社をつぶさないための現在の総括原価方式は自由化で撤廃されるが、新制度案は原発を特別扱いした「第二の総括原価」となりかねない。 (岸本拓也、吉田通夫)

 家庭用の電気料金は現状では、国の認可制度の下、電力会社が原発などの発電費用をすべて回収できるように設定できる総括原価方式で決まっている。だが、2016年4月に始まる電力の完全自由化策の一環として、総括原価方式は18~20年をめどに廃止され、料金は電力会社が自由に決められるようになり、競争による企業努力で消費者にとっては安くなることが期待されている。

 しかし、経産省がこの日の有識者会議で示した案では、原発で発電した電気の基準価格については、完全自由化後も国と電力会社が決定し、市場価格が基準価格を下回った場合は、差額を電気料金などで穴埋めする。基準価格は総括原価方式と同様に、原発の建設費や使用済み核燃料の処分費用などの投資額を基に決めるため、大手電力は損をしない。

 原発にはこれまでも手厚い優遇策が取られており、会議では九州大の吉岡斉教授が「原発は極端な優遇策を講ずるに値しない」とする意見書を提出。原子力資料情報室の伴英幸共同代表は「国や電力会社が繰り返してきた『原発は安い電源』との主張に矛盾する」と批判した。

「原発のコストが一番安い、うそだった」小泉元首相
(2014年10月22日 朝日新聞)から抜粋

小泉純一郎元首相
 ほかの国に比べて日本は地震、津波、火山の噴火が多い。原発をやってはいけない国だと確信した。政府は『日本の原発は世界一、安全基準が厳しい』と言うが、米国やフランス、アイルランドと比べてどこが厳しいのか、全然示していない。廃炉の費用、賠償費用、安全対策の費用。最終処分場なんて千年万年作らない。これを入れてないんだから、原発のコストが一番安いというのは、とんでもないうそだった。

古賀茂明 「(原発は)実は高いんですよ」

そもそも原発は“安いから使う”ということではなかったのか 電力自由化で売れなくなったら「消費者が差額負担」(2014年9月11日 そもそも総研)

政府や原子力ムラは、原子力発電は安いから使うと言い続け、だから九州電力の川内原発も再稼働させるとしている。ところが、経済産業省の総合資源エネルギー調査会・原子力小委員会は「原発は高くつく」という前提で議論が行われていた。

論点は「原発の価格保証」だ。電力自由化の方向は決まったが、そのなかで原子力だけに価格保証を考えるという議論だ。政府・経産省が心配する「このままでは自然淘汰で原発ゼロ」

そもそも総研 「ほおっておくと淘汰されるんです。原発は高いから」

伴委員「原子力は電力自由化と合わないですよ。コストが高い。原子力を生き残らせるためには支援が必要だということで支援策の議論をしています」

電力の小売りを全面自由化する「改正電気事業法」が6月(2014年)に成立した。これが電力自由化だ。従来はコストに利益を上乗せする総括原価方式で電気料金を決めてきたが、自由化によって市場が決めることになる。ただ、原発だけは特別扱いしようというのだ。

伴「基本的には高いことが明らかになっています。放っておくと淘汰されるので守ろうと?いうことです。『差額決裁契約』といいます。市場の価格との差額を補填しましょうとい?うことですね」

玉川「だれが補填するんですか」

伴「第3者機関を作って消費者から電気料金から資金を集めるわけです」

玉川「結局、消費者が負担するということですね」

伴「消費者が負担する」

・・・以下は、後日掲載した参考記事・・・

電力自由化 電力会社 「原発はコスト面で不利だ」(2002年12月27日 毎日新聞)

原発ゼロへ再考を 原子力は高くつく(2015年11月19日 中日・東京新聞【社説】)

送電料の1割が原発費用 九電などが上乗せ申請 再生エネ業者も負担
(2015年11月28日 西日本新聞)

西日本新聞(2015年11月)送電料1割 原発費用

 電力小売り全面自由化に向け大手電力9社が経済産業省に申請した送電線使用料(託送料金)に、使用済み核燃料再処理など送電と無関係な原発関連費用が上乗せされ、原価の1割近くを占めていることが分かった。

2015/01/13

チェルノブイリ法は1ミリから被ばく対策 日本は20ミリまで安全

福島県の子どもの甲状腺がんが57人から84人に増えました。
「がんの疑い」28人を加えると112人にもなります。

甲状腺検査 112人(今回4人含む)がんやがんの疑い 対象38万人中30万人受診 

通常、子どもの甲状腺がんは、100万人に1人か2人、
未成年の甲状腺がんも100万人に2~3人と言われていました。
しかし、福島県では38万人に112人もがんが見つかっています。

福島県小児甲状腺がん及び疑い112人 発生地図

手術した54人のうち8割超の45人は腫瘍の大きさが
10ミリ超かリンパ節や他の臓器への転移などがあり、
2人は肺にがんが転移
していました。

そして、福島で増えている病気は、甲状腺がんだけではありません。
2013年の統計で、全国平均より福島の死亡率が1.4倍以上高い病気は、内分泌・栄養及び代謝疾患(1.40倍) 皮膚がん(1.42倍 ) 脳血管疾患(1.44倍) 糖尿病(1.46倍) 脳梗塞(1.60倍) 特に、急性心筋梗塞、結腸がん、腎臓病、消化器系の疾患などが原発事故の後に急増しています

2012年福島県の死因ワーストランキング
   (表は宝島から拝借 クリックで拡大)

チェルノブイリと同様に最も急増しているのが、セシウムが蓄積しやすい心臓の病気で、急性心筋梗塞の死亡率が全国平均の2.40倍慢性リウマチ性心疾患の死亡率が全国平均の2.53倍で、どちらも全国1位になっています。(これは発病率ではなく死亡率です)

放射能汚染地は、福島だけではありません

空間線量汚染地図:東洋経済
(出典www.toyokeizai.net

ウクライナでは「チェルノブイリ法」の第1章第1条に「放射性物質の汚染地域とされるのは、住民に年間1ミリシーベルトを超える被ばくをもたらし、住民の放射線防護措置を必要とする地域である」と明記し、年間被ばく量が1ミリシーベルト以上の地域には「移住の権利+補償」があり、5ミリ以上には「移住義務+補償」があります。しかし日本政府は「20ミリ以下は安全」として、子どもたちや妊婦さんも含めた避難者を放射能汚染地に戻そうとしています。

「チェルノブイリ法」の地図は、外部被ばくと内部被ばくの合計で作成
(地球の子ども新聞 2012年11月号)チェルノブイリ基準に基づく区分

地球の子ども新聞:チェルと日本の汚染地図比較

トリミング:汚染地図・移住権利・義務ゾーン

地球の子ども新聞2012年11月号から抜粋)

IAEA(国際原子力機関)、WHO(世界保健機関)を超えて
年間1ミリシーベルトを提唱したミハイル・マリコ博士(ベラルーシ科学アカデミー)
チェルノブイリの防護基準、年間1ミリシーベルトは市民の声で実現されました。核事故の歴史は関係者が事故を小さく見せようと放射線防護を軽視し、悲劇が繰り返された歴史です。チェルノブイリではソ連政府が決め、IAEAとWHOも賛同した緩い防護基準を市民が結束して事故5年後に、平常時の防護基準、年間1ミリシーベルトに見直させました。それでも遅れた分だけ悲劇が深刻になりました。フクシマでも、早急な防護基準の見直しが必要です


(参考:TV番組の書き起こし)
原発事故 国家はどう補償したのか ~チェルノブイリ法23年の軌跡~ ETV特集(2014/08/23 テレビまとめ)

NHK・Eテレの「ETV特集」で原発事故 国家はどう補償したのか ~チェルノブイリ法23年の軌跡~ が放送されました。1986年4月26日、チェルノブイリ原発が爆発事故を起こしました。膨大な量の放射性物質が放出され、広い地域が汚染されました。ウクライナ政府が現在被災者と認めている人は213万人被災者に対する補償はウクライナ政府によって続けられてきました補償の根拠となっているのが事故の5年後に制定されたチェルノブイリ法です。そこには「国が被災者の生活と健康を世代を超えて守り、被害の補償を続ける」と規定されています。チェルノブイリ法は事故後の長い議論を経て生まれました。しかし、チェルノブイリ法の制定から20年以上が経った今、被災者への補償は2割以下しか実施されない事態に陥っています。ウクライナ政府は内戦の前から深刻な財政難に陥り補償にあてる予算を捻出できなくなっていたのです。高い理想を掲げながら大きな壁にぶつかったチェルノブイリ法。その成立過程を明らかにする資料が去年初めて公開されました。

2013年10月、ウクライナのキエフで「チェルノブイリの経験をフクシマへ」と題されたワークショップが開かれました。これまで日本から多くの政治家や研究者がウクライナを視察に来ています。今回ワークショップを主催したのは元環境大臣ユーリ・シチェルバクさん。ウクライナが原発事故の被災者をどのように救済してきたのか報告されました。チェルノブイリ法の特徴は事故による被ばくが5年後の時点で年間1ミリシーベルトを超えると推定された地域を補償の対象としていることです。被災者をどこまで救済するかは、日本が現在直面している課題です。

チェルノブイリ原発の西120kmにあるコロステン市には、チェルノブイリ法が補償の対象とした地域があります。被災者には年1回、症状に合わせた保養所の旅行券が支給されます。また両親が被災者であれば事故後に生まれた子供も被災者として認定されます。コロステン市社会保護局イゴーリ・エシン局長は「旅行もできるし薬も無料、歯医者も無料、公共料金にも免除があり、全部合わせれば国は住民をとても助けていると思う」と言っていました。年間被ばく線量が法律を制定した時に1ミリ~5ミリシーベルトのこの地域では住民に移住の権利が与えられました。チェルノブイリ法は移住しなかった住民への補償を次のように定めています

・毎月の補償金(給料の1割分を上乗せ)
・年金の早期受け取り
・電気代やガス代など公共料金の割引
・家賃の割引
・公共交通機関の無料券
医薬品の無料化
毎年無料で検診が受けられる
非汚染食料の配給
・有給休暇の追加
サナトリウム(保養所)への旅行券
・大学への優先入学制度
・学校給食の無料化

それでも、この街からの移住を決断した人は4000人にのぼりました。当時、教師だったビクトル・ホダキフスキーさんは法律制定後すぐに移住を決めました。低線量の放射線は大人にとっては何ともなくても、子供にとっては危険かもしれないと思ったからです。そして新しい家、新しい仕事も補償されるということだったため移住を決めたと言います。移住を選んだ住民に対して国は、移住先での雇用を探し、住居も提供しました。また引越しにかかる費用や、移住によって失う財産の補償も行われました。

ソビエト連邦から独立したウクライナは1996年、新たな憲法を制定しました。そこにはチェルノブイリの被災者を救済することは国家の責務であると明記されました。チェルノブイリ原発で事故が起きたのは旧ソビエト時代の1986年です。原子炉が爆発し、おびただしい放射性物質が拡散しました。しかし、国民に放射能汚染の情報は知らされず事故から5日後にはソビエト全土でメーデーのパレードが行われました。コロステン市でも屋外でメーデーのお祝いが行われました。ソビエト政府はその後も放射能汚染の情報を隠し続けました。冷戦時代、社会主義諸国の盟主だったソビエトにとって原発事故の情報は西側に知られたくない国家機密とされたのです。

そんな中、ソビエト連邦の15ある共和国の一つウクライナから批判の声が上がりました。被ばくによって病気になったと訴え出たのは原発で事故処理にあたった作業員たちでした。チェルノブイリ原発の事故処理にはソビエト全土から兵士、消防士、警察官など80万人が動員されたと言います。放射線に対する知識もなく不十分な防護服で原子炉の消火や瓦礫処理にあたりました。人々はゴルバチョフ書記長に窮状を訴えました。やがて事故処理の作業員とウクライナの市民が一丸となってソビエト政府に抗議するように。この運動を率いたのがユーリ・シチェルバクさん。真っ先に求めたのは事故の情報公開でした。

事故から3年後、ソビエト政府はようやく汚染の情報公開にふみ切りました。汚染は北西部にまだらに広がり、原発から110km離れたコロステン市にまで届いていました。コロステン市では体の不調を訴える住民が相次いでいました。事故の翌年に始まった住民検診で9人に甲状腺がんが見つかりました。ウクライナだけでなく隣国のベラルーシでも子供たちから甲状腺がんが次々と見つかりました。汚染地域の住民から次々に寄せられた強い要求にウクライナ政府はモスクワの指示を仰ぐことなく独自に被災者の救済に乗り出しました。当時のウクライナ最高会議レオニード・クラフチュク議長は被災者救済の法律を作る決断をしました。1990年6月、12人の代議員でチェルノブイリ委員会が結成され法案作成がスタート。法律の完成までには8ヶ月の時間を要しました。いかなる議論が繰り広げられたのでしょか?

去年、初めて委員会の議事録が公開されました。委員会が最初に取り組んだのはソビエトが決めた被災地の範囲を見直すことでした。事故後、ソビエト政府によって汚染レベルの高いエリアの住民は強制的に避難させられていました。そして年間の被ばく線量が5ミリシーベルトを超える地域は被ばく量を下げる対策が必要とされていました。この方針を決めたのはソビエト科学アカデミーのレオニード・イリインさんです。イリインさんは放射線学の権威で、ソビエトの政策決定に大きな影響力を持っていました。イリインさんが住民対策の基礎にした被ばく限度量は事故後1年間は100ミリシーベルト、2年目は30ミリシーベルト、3年目は25ミリシーベルト、それ以降は年間5ミリシーベルト。これは平常時の値として生涯350ミリシーベルト、70歳まで生きるとすると年間5ミリシーベルトが限度だとしたからです。イリインさんたちは被ばく線量とがんの関係を計算して、その結果それ以下の放射線量なら自然に発生するがんの範囲内におさまると結論付けました。しかし、当時世界には放射線の被ばく限度量について異なる見解も存在していました。1985年に国際放射線防護委員会(ICRP)が平常時の被ばく限度量を年間1ミリシーベルトとすると声明を出していたのです。ウクライナのチェルノブイリ委員会は被ばく限度量をどこに定めるのか討論を行いました。基準を5ミリシーベルトから1ミリシーベルトにすれば、被災者と認定する住民の数は100万人以上膨れ上がります。将来にわたる補償の規模が大幅に変わる問題でした。

委員会発足から8ヵ月後、チェルノブイリ法は採択されました。その第1章第1条には「放射性物質の汚染地域とされるのは、住民に年間1ミリシーベルトを超える被ばくをもたらし、住民の放射線防護措置を必要とする地域である」と記されています。法律の冒頭に被ばく限度量を年間1ミリシーベルトとすることが明記されたのです。チェルノブイリ法に基づきウクライナの被災地は4つの区域に分類されました。

【強制避難区域】
事故直後から住民を強制的に避難させた汚染レベルの高い区域

強制移住区域】
年間被ばく線量が法律制定時に5ミリシーベルトを超える区域

移住選択区域】
年間被ばく線量が法律制定時に1~5ミリシーベルトの区域

放射線管理区域】
年間被ばく線量が法律制定時に0.5~1ミリシーベルトの区域

チェルノブイリ法が施行されて20年以上が経ちました。今、その運用はどうなっているのでしょうか?
コロステン市の人口は6万2000人。そのうち5万8000人が被災者として登録されています。コロステン市にはウクライナ政府からチェルノブイリ法のための予算が配布されています。去年は日本円で5億円が配布されました。現在、無料検診、無料給食、公共料金の割引などは引き続き行われていますが、給付金はインフレのため大幅に目減りしています。

2011年にウクライナ政府がまとめたチェルノブイリ事故の報告書の中でチェルノブイリ法の運用について検証しています。チェルノブイリ法で支出すべき予算のうち、実際にどれだけ実現されたのかです。1996年に57%だった実施率が2010年には14%にまで落ち込んでいます。現在ウクライナで被災者として登録されている人は213万2251人。人口の5%にあたり政府は補償と財政の板ばさみになっています。ウクライナの国家予算は2000億グリブナ(1兆6000億円)ですが、チェルノブイリ法で定められた補償を完全に実施すると800億グリブナ(6600億円)もかかります。これは国家予算の40%にのぼります。去年、実際に予算を組めたのは110億グリブナ(900億円)でした。法律制定当時、ウクライナのチェルノブイリ委員会では財源についてどのような計算がなされたのでしょうか?

実は当時ソビエト政府はチェルノブイリ事故の対策に特別な予算を組もうとしていました。予算の主な配布先は汚染がひどかったロシア、ベラルーシ、ウクライナです。それらへの対策費として総額150億ルーブル(3兆7000億円)必要としていました。この試算に基づきソビエトの閣僚会議はチェルノブイリ対策費を検討。その結果、103億ルーブル(2兆5000億円)を投じることを決定しました。しかし、チェルノブイリ法制定の時、世界は大きく動き始めていました。

1989年にベルリンの壁が崩壊し、東欧の社会主義諸国で民主化が広がり、その波はウクライナにも及びました。チェルノブイリ法制定から半年が経った1991年8月24日、ウクライナは独立を宣言ソビエト政府の財政も危機的状況にあり1991年12月にソビエト連邦は崩壊。その後誕生したロシア連邦はソビエトの方針を引き継がないことを表明チェルノブイリ関連支出に関しては今後各国が自ら支出するようにと通達しました。

こうしてチェルノブイリ法実施の費用をあてにしていたウクライナの目論見が崩れたのです。自らの予算でチェルノブイリ法の遂行を担うことになったウクライナ政府。初代大統領のレオニード・クラフチュクは予算の配分に頭を痛めました。そして彼は教育や科学への予算よりもチェルノブイリ法の予算を優先させました。しかし1990年代後半、世界的な経済危機がウクライナにも波及。国の財政難から被災者への補償は当初の予定の3割しか支給できなくなりました。政府は今も補償と財政の狭間で苦しみ続けています。

経済危機の中、去年のくれから始まったウクライナの反政府運動。2月には首都キエフ中心部での銃撃戦に発展。大統領は国外に逃亡しました。新たに就任したポロシェンコ大統領ですが、内戦の収束、経済の建て直しなど難題が山積しています。新政権はチェルノブイリの被災者に対し、これまで通りの補償を行っていくと表明しています。

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ウクライナ政府は財政難の中でも被災者への補償を続けています
一方、日本政府は20ミリシーベルト以下の地域を「汚染地」としない政策を進めています。

「年20ミリシーベルトを超えない」として南相馬の避難勧奨を解除 住民反発

福島で甲状腺がん 6歳10歳15歳17歳 2巡目検査で増加 84人がん確定+がん疑い28人

子どもの甲状腺がん検査

星北斗 県民健康調査検討委 座長「放射線の影響を証明することも難しい」

「マスコミはどのように報道したか」今後のための記録

「がん・疑い」4人 福島県民甲状腺検査2巡目
(2014年12月26日 河北新報)

 福島県立医大は25日、東京電力福島第1原発事故に伴い事故当時18歳以下の県民を対象に4月から実施している2巡目の甲状腺検査で、新たに4人が「がんまたはがんの疑い」と診断されたと公表した。福島市で開かれた県民健康調査検討委員会で明らかにした。

 4人は原発事故当時15歳だった女性1人と6、10、17歳の男性3人。避難区域があった田村市と大熊町、避難区域外の伊達、福島両市で各1人だった。2巡目の検査を受けたのは10月末現在、8万2101人。

 2011年10月から実施された1巡目の検査では、全員が結節や嚢胞(のうほう)がないか小さいため2次検査は必要ないと診断されていた。県立医大は、今回の検査までの最長2年半の間に発症したとみている。

 検討委の星北斗座長は記者会見で「現時点で放射線の影響の有無は断定できない」と述べた。

 1巡目で甲状腺がんの確定診断を受けた子どもは8月の発表から27人増え、84人になった。1巡目の受検者は10月末現在、29万6586人。

 1巡目の検査で甲状腺がんと診断された23人から摘出された腫瘍の遺伝子の解析結果も発表された。チェルノブイリ原発事故後に現地周辺で子どもの甲状腺がんが増加した際に多く見つかった遺伝子変異はなく、成人の甲状腺がんと同じ変異パターンが多かった。

2巡目検査でがん疑い4人 甲状腺、福島県検討委報告
(2014.12.25 23:52 産経ニュース)

 東京電力福島第1原発事故の影響を調べる福島県の「県民健康調査」の検討委員会が25日、福島市で開かれた。子供の甲状腺検査で事故直後の1巡目検査では「問題ない」とされた4人が、4月からの2巡目で「がんの疑い」と診断されたことが報告された。

 調査主体の福島県立医大によると、4人は事故当時6歳男子、10歳男子、15歳女子、17歳男子で、腫瘍の大きさは7~17・3ミリ。会合では「1巡目でがんを見逃した可能性がある」「1巡目の後に急激に大きくなった腫瘍が見つかったのではないか」「(検査を受ける子供の)平均年齢が上がれば、がんの人数が増えるのも不思議ではない」などの意見が出た。

 終了後の記者会見で検討委の星北斗座長は「(がんの疑いが4人見つかったが)放射線の影響は考えにくいという見解を変える要素ではない」と話した。

福島で甲状腺がん増加か 子ども4人、放射線影響か確認
(2014/12/24 02:00 共同通信)

 福島県の全ての子どもを対象に東京電力福島第1原発事故による放射線の影響を調べる甲状腺検査で、事故直後の1巡目の検査では「異常なし」とされた子ども4人が、4月から始まった2巡目の検査で甲状腺がんの疑いと診断されたことが23日、関係者への取材で分かった。25日に福島市で開かれる県の検討委員会で報告される。

 甲状腺がんと診断が確定すれば、原発事故後にがんの増加が確認された初のケースとなる。調査主体の福島県立医大は確定診断を急ぐとともに、放射線の影響かどうか慎重に見極める。

 1986年のチェルノブイリ原発事故では4~5年後に子どもの甲状腺がんが急増した。

子供4人、甲状腺がん疑い 原発事故直後「異常なし」
(2014年12月24日 2:00 日本経済新聞)

 福島県の子供を対象に東京電力福島第1原発事故による放射線の影響を調べる甲状腺検査で、事故直後の1巡目の検査では「異常なし」とされた子供4人が、4月から始まった2巡目の検査で甲状腺がんの疑いと診断されたことが23日、関係者への取材で分かった。

 25日に福島市で開かれる県の検討委員会で報告される。調査主体の福島県立医大は確定診断を急ぐとともに、事故による放射線の影響かどうか慎重に見極める。

 検査の対象は1巡目が事故当時18歳以下の約37万人で、2巡目は事故後1年間に生まれた子供を加えた約38万5千人。1次検査で超音波を使って甲状腺のしこりの大きさや形状などを調べ、程度の軽い方から「A1」「A2」「B」「C」と判定し、BとCが血液や細胞などを詳しく調べる2次検査を受ける。

 関係者によると、今回判明したがんの疑いの4人は震災当時6?17歳の男女。1巡目の検査で「異常なし」とされていた。4人は今年4月からの2巡目検査を受診し、1次検査で「B」と判定され、2次検査で細胞などを調べた結果「がんの疑い」と診断された。

 また、1巡目で、がんの診断が「確定」した子どもは8月公表時の57人から27人増え84人に、がんの「疑い」は24人(8月時点で46人)になったことも新たに判明した。〔共同〕

福島の子4人、甲状腺がん疑い 2巡目検査で診断
(2014年12月24日 12時33分 中日新聞)

中日新聞:甲状腺検査 2巡目 4人がんの疑い

 福島県の全ての子どもを対象に東京電力福島第1原発事故による放射線の影響を調べる甲状腺検査で、事故直後の1巡目の検査では「異常なし」とされた子ども4人が、4月から始まった2巡目の検査で甲状腺がんの疑いと診断されたことが23日、関係者への取材で分かった。25日に福島市で開かれる県の検討委員会で報告される。

 甲状腺がんと診断が確定すれば、原発事故後にがんの増加が確認された初のケースとなる。調査主体の福島県立医大は確定診断を急ぐとともに、放射線の影響かどうか慎重に見極める。

 1986年のチェルノブイリ原発事故では4~5年後に子どもの甲状腺がんが急増した。
(共同)

福島で子どもの甲状腺がん増?4人が疑い
(2014年12月24日9時8分 日刊スポーツ)

 福島県の全ての子どもを対象に東京電力福島第1原発事故による放射線の影響を調べる甲状腺検査で、事故直後の1巡目の検査では「異常なし」とされた子ども4人が、4月から始まった2巡目の検査で甲状腺がんの疑いと診断されたことが23日、関係者への取材で分かった。甲状腺がんと診断が確定すれば、原発事故後にがんの増加が確認された初のケースとなる。

 1986年のチェルノブイリ原発事故では4~5年後に子どもの甲状腺がんが急増した。このため県立医大は、事故から3年目までの1巡目の結果を、放射線の影響がない現状把握のための基礎データとしてとらえ、2巡目以降でがんが増えるかなどを比較し、放射線の影響を調べる計画。

 また、1巡目で、がんの診断が「確定」した子どもは8月公表時の57人から27人増え84人に、がんの「疑い」は24人(8月時点で46人)になったことも新たに判明した。

福島の甲状腺がんは原発事故原因が決定的に
(2014年12月24日 15時57分 ヤフーニュース)から抜粋

団藤 保晴 | ネットジャーナリスト、元新聞記者

福島の子どもたちに発見されている甲状腺がんが原発事故による発症である疑いが決定的になってきました。原発サイトからの放射能流出が長期に渡った点も新たに判明、原因でないと否定していた行政側見解が崩壊です。事故直後の甲状腺検査で異常なしだった子ども4人に、今年になって2巡目の検査で「がんの疑い」が報じられました。

日経新聞の《子供4人、甲状腺がん疑い 原発事故直後「異常なし」》がこう伝えました。《今回判明したがんの疑いの4人は震災当時6~17歳の男女。1巡目の検査で「異常なし」とされていた。4人は今年4月からの2巡目検査を受診し、1次検査で「B」と判定され、2次検査で細胞などを調べた結果「がんの疑い」と診断された。

《幻の放射性ヨウ素汚染地図を復活させる【福島県版まとめ】》から引用させていただいた汚染分布地図です。米国の航空機モニタリングが原データで福島県の東半分しか描かれていませんが、セシウム134に比べてヨウ素131の分布が南部にも西部にも厚く広がっている点が見て取れます。

どうしてこのような差があるのか不思議でした。21日放映のNHKスペシャル「メルトダウン File.5 知られざる大量放出」が謎を解いてくれました。これまで政府事故調などが調べてこなかった2011年3月15日以降に大量放出が続いていたのです。1号機や3号機の水素爆発、2号機の格納容器破損による放射能流出は全体の25%ほどに過ぎず、15日以降こそが流出本流だったと言えます。その中にヨウ素131が特異に多い流出もあり、南に西に福島県内に広く流れたようです。地図は土壌に沈着した分だけであり、揮発性であるヨウ素は空気中に大量に拡散したでしょう。甲状腺に蓋をするべきヨウ素剤は配布されませんでしたから子どもたちは無防備のまま置かれていました。

報告されている甲状腺がん患者の分布は福島県全域に広がっており、原発サイトから北西方向に汚染の主流がある状況と差がありましたが、この疑問も解消です。福島県はチェルノブイリ事故での甲状腺がん増加が4、5年経ってから起きたことを論拠に、福島での甲状腺がんは多数の検査をしたため普段は見つからない例が掘り起こされたもので事故とは無関係との見解でした。最初の爆発が圧倒的だったチェルノブイリに比べて、福島では放射性ヨウ素への被ばく状況は大きく違ってきました。チェルノブイリ後の再現でないから原発事故の影響でないと否定するのは非科学的です。


NHKスペシャル メルトダウンFile5.「知られらざる大量放出」
2011年3月13日、東北沖に展開していたアメリカの空母が放射線量の上昇を捉えていた。東京電力福島第一原子力発電所の事故。空母は、事故で放出された放射性物質のデータをその後も記録し続けていた。今回、こうした新たなデータを解析すると、これまで知られることのなかった大量放出の実態が浮かびあがってきた。

世界最悪レベルとなった原発事故。福島第一原発は、巨大津波によってすべての電源が失われ、3つの原子炉が次々とメルトダウンした。さらに1号機と3号機の建物が爆発。これまで放射性物質の大半は、事故発生から最初の4日間で放出されたと考えられてきた。今年公開された吉田調書など国がこれまでに行った事故調査は、この4日間が中心だった。しかし、その放出は全体の一部に過ぎなかった。今回新たなデータを解析し、専門家とともに映像化。結果は衝撃的なものだった。最初の4日間で放出された放射性物質は、全体の25%に過ぎなかった。その後2週間にわたって全体の75%もの放出が起きていた。

この知られざる大量放出は、なぜ起きたのか。その原因として強く疑われたのは原発に潜む構造的な弱点だった。
【事故解析の専門家のコメント:事故の現象が長引いたというところが最大の問題。原子炉の専門家のコメント:もともと(放出を止める)マニュアルなんて全然できていない。】

事態は収束に向かうどころか、むしろ悪化していた。人々の帰還を阻む深刻な汚染、その新たな原因が見えてきた。
【事故対応にあたった東電社員のコメント:のちの復帰を考えると(3月15日以降は)かなり(放出による)汚染が高い時期でしたので、(環境への)影響は変わってきたのではないかと。】

事故から3年9か月。いま浮かび上がる新たな真実。

これまで全体の放出量は概ねわかっていたが、それがいつどのように出たのかという詳細な部分はわかっていなかった。それが今回新たにわかってきた。まずこれまでにわかっていたことを時系列でみる。

あの時、福島第一原発では、6つある原子炉のうちの運転中だった3つの原子炉が次々とメルトダウンした。
まず事故発生当日の3月11日、1号機がメルトダウンして翌日に水素爆発。
その次が3号機。3月13日にメルトダウンして翌日に水素爆発。
最後が2号機。3月14日にメルトダウンし、爆発はしなかったが格納容器が損傷。
そこから放射性物質が大量に放出されたと言われている。ここまでが事故発生から4日間(3月15日の午前中まで)の出来事。

これまでの調査は、なぜ事故が起きたのかという原因の調査に重点が置かれいた。その意味で、最初の4日間が重要だと考えられてきた。しかし、全体の75%の大量放出があった15日の午後以降2週間の間、水面下で新たな危機が起きていた。

福島第一原発事故の影響で大規模な停電が続いていた2011年3月15日東京。枝野官房長官「1号機、2号機、3号機とも注水作業を継続している。冷却の効果が生じているものと思われる」。事故発生から4日間で次々とメルトダウンした3つの原子炉。現場は事故の収束を急いでいた。原子炉はなおも高い温度の状態が続いていた。このまま圧力が高まり、原子炉を覆う格納容器が大きく損傷すれば、大量の放射性物質が放出されかねない。原子炉を冷やすために行われていたのが、消防車による注水。 本来、消火用の設備だった配管を使って原子炉に水を注ぐという全く想定していなかった対応だった。

事故対応の最前線の免震重要棟。このころ、600人を超す社員らが一時的に避難していたため、吉田所長以下、およそ70人が事故対応にあたっていた。3月15日。消防車からの注水が本格化したことで、現場は、最悪の事態は切り抜けたと感じていた。【免震重要棟に戻ってきた東電社員のコメント:「精神的に疲れていた。私自身もそうだったが、なんとか早く復旧をして、安全な状態に福島第一をもっていくと。」

新たな情報は、原子炉がある建物から放射性物質の放出が続いているというものだった。消防車による注水が届いていない可能性が浮かび上がった。

現場の放射線量が高いため、消防車は無人の状態でまる2日間、注水を続けていた。消防車は順調に水を送り出ていた。一方、3号機中央制御室に確認に向かった運転員たち、水は原子炉に届いているのか、バッテリーを使って水位計を復旧。水位を確認。すると、TAF-2300。燃料が露出していた。炉心損傷割合は30%まで上昇。現場は、原子炉で起きている事態をつかみきれずでいた。

【免震重要棟で事故対応にあたった東電社員のコメント:「手足をもがれて、目も見えないみたいなそのような状況の中でみんな必死になって対応している。やれることを一生懸命やっていながらも、なかなか思い通りになってくれないし、そういった流れが怖かった。」】

原子炉の中で何が起きていたのか。2013年のFile3の放送では、消防車注水が一部別の場所に抜けていたことを突き止めた。複雑な配管の途中にあるポンプ。本来動いているはずのこのポンプが止まっていたため、水が別の場所に流れ込んでいた。その後、東電の検証で抜け道は1号機から3号機、合わせて18箇所にのぼっていたことが明らかになっている。

今回、新たな取材から、実際に原子炉に注がれていた水の量に関する手掛りもみつかった。東電の内部資料では、1トン/時。これに対して、消防車から出ていた水の量は30トン/時。現場の誰もが想像し得なかったわずかな量だった。この水の量は原子炉にどのような影響を与えていたのか?【原発事故解析の専門家 エネルギー総合工学研究所 内藤正則氏:「(わずかな)水を入れたことによって、溶けていなかった燃料の温度がさらに上がる。で、また溶け出す。」】 専門家による3号機のシュミレーションでは、メルトダウンによって核燃料の43%が溶け落ちたものの、半分以上は中心部に残っている状態だった。溶け残った燃料のメルトダウンを防ぐためには、すべての燃料を水に浸す必要があった。しかし実際には水はわずかしか入っておらず、注がれた水はすぐ蒸発。このわずかな水を注ぎ続ける状態が、かえって事態を悪化させていたのではないかと指摘されている。

核燃料を覆っている特殊な金属を使って実験。まず1200度まで加熱し、わずかな水を蒸発させて流し込む。すると金属は冷やされるどころか、急速に温度が上昇。わずか2分で温度は78度上昇。これは、核燃料を覆っている金属と水蒸気が化学反応を起こし、激しく熱を出すためだ。表面の温度が急上昇すると亀裂が生じ、放射性物質が漏れだす。 メルトダウンを止めるはずの水が、逆に放出を長引かせていた。

【内藤正則氏:「核燃料を覆う金属と水の反応の発熱量が大きいので、燃料はゆっくりと溶け出す。高温の持続時間がかなり長引いた。そうすると放射性物質が流れ出る時間がどんどん長引く。」】

今回明らかになった全体の75%を占める大量放出。3月15日午後からおよそ2週間続いた。その間、原子炉内部では注水が原因で放射性物質が出続けていた。それが格納容器の隙間からじわじわと漏れだし、長期間の放出につながっていたとみられる。

そもそも原発がすべての電源を失って、注水が出来なくなるという事態は全く想定されていなかった。消防車による注水も、いわば吉田所長が考え出した苦肉の策だったが、まさかこれほどの水が別の場所へ抜けるとは思ってもみなかった。さらに、わずかな水が原子炉の状態をこれほど悪化させるということも考えていなかった。想定外のことが次々起きて、対応がその場しのぎにならざるを得なかった。そのことが、放射性物質の放出に拍車をかけた。今回の分析では、大量放出の原因がこれだけではないということもわかってきた。3月15日の午後から始まる大きな放出のやまがある。このやまは、全体の10%を占める極めて大きなやまであった。このやまは、これまで考えられていた汚染の実態をくつがえすものだった可能性が浮かび上がってきた。

今回新たに入手したデータをもとに、原発周辺の汚染をシュミレーションした。帰還困難区域となっている北西方向に深刻な汚染が広がっている。これまで、この汚染の大半は事故発生から4日間の放出で広がったと考えられてきた。しかし、専門家と共に時間ごとの汚染の広がりを調べたところ、驚くべき事実が明らかになった。15日正午までの汚染の状況では、放射性物質は広範囲に広がるものの汚染はそれほど集中していない。15日午後以降、翌朝までの時間帯を見ると、北西方向に放射性物質の濃度が極めて高い場所が現れた。この汚染をもたらしたのが、今回新たに分かった全体の10%を占める放出だった。なぜ放出が起きたのか?再び専門家と読み解く。

【日本原子力研究開発機構 茅野政道氏:「大きな線量上昇があるところの時間帯は(15日の)夜中。」】
【エネルギー総合工学研究所 内田俊介氏:「問題は、ある時期だけヨウ素が出やすい。それが何かというのが今回のポイントの一つ。」】
専門家が注目したのは、この時間帯に放出された放射性物質の種類。なぜかこの時間帯だけ、放射性ヨウ素が大量に放出されていた。格納容器から直接漏れていたとすれば、放射性ヨウ素ばかりがこれほど大量に出るはずがない。ではどこから放出されたのか?15日午後以降の記録を徹底的に洗いなおすと、放出の少し前、3号機である操作が行われていたことがわかった。ベントである。

この時間、3号機では格納容器の異常が検知されていた。3月15日午後4時3号機中央制御室、ウェットウェルベント開。【中央制御室で事故対応にあたった元東電運転員のコメント:「まずは格納容器の保護。そこを第一に考えなければいけないので、(格納容器の)健全性を失わないためにも保護するためにもベントは必要だった。」】ベントは、圧力が高まった際に格納容器を守る操作。格納容器内部の蒸気を水にくぐらせ、放射性物質の量を1000分の1に下げた上で外に放出するというものだった。しかし、ベントの後、敷地内で放射線量が急上昇。メルトダウンFile.4では、ベントに潜む弱点を指摘した。ベントでは、格納容器の下に溜められた水に放射性物質を取り込む。しかし、水が高温になるとその機能を失い、大半の放射性物質を逃してしまうことがわかった。ただ、その場合でもここまでの放射性ヨウ素が出るこ とは考えにくい。そこで、ベントによる放出経路を全て調べることにした。注目したのは、30mに及ぶ地下の長い配管。実はこの配管は、ベントで放射性物質を出す際、最終的なフィルターの役目も果たす。ここまでに水で捉えきれなかったヨウ素などの放射性物質が、配管の内側に吸着される。記録によれば、3号機はそれまでに4回のベ ントを行っていた。大量放出は5回目のベントのタイミングで起こっていた。

【エネルギー総合工学研究所 内藤正則氏:「1回目、2回目、3回目と5回目のベントとは、かなり様子が違う。」】それまでのベントで配管に溜まった大量のヨウ素が、5回目のベントで一気に放出されたのではないか? 地下配管の構造を再現し、実験で確かめる。放射線を出さないでヨウ素 を管に入れ、それが混じった蒸気を格納器側から流し込む。 この時、ヨウ素が配管に付着する。しかし、予想外のことが起きた。ベントを繰り返すうちに、管に水がたまり始めた。その状態でベントによる蒸気が流れ込むとどうなるか?蒸気が水を押しこむ。しかし、水によって押し戻される。しばらく水と蒸気が押し合う状態が続く。そして、水が加熱されて霧状となり、外部へ押し出されていく。排出されたヨウ素の量を測ると、1回目の10倍以上になっていた。

地下に埋設された配管は、水がたまりやすい構造になっている。ベントを繰り返すうちに配管は水で満たされ、付着したヨウ素が水に大量に取り込まれていたとみられる。5回目のベントによる蒸気がここに流れ込み、本来配管にとどまるはずの大量のヨウ素をこれが一気に放出したと専門家はみている。

【エネルギー総合工学研究所 内田俊介氏:「こういうところ(配管)にトラップ(吸着)されたものが、ぶわっと出てくるということは事実としてわかったので、こういう現象が起きないようにするということは考えていかないといけない。」】

【エネルギー総合工学研究所 内藤正則氏:「事故の時間経過が、何日間にも渡るということは今まで想定していなかった。例えば格納容器ベントだって、それ(配管)を付けた時はもっと短時間の現象しか想定していなかった。」】

ベントを繰り返したことで起きたとみられる10%の大量放出。 事故の収束が長引く中で浮かび上がった思わぬ事態だった。

「スタジオ:これまで、浪江町や飯舘村など原発から北西方向の汚染というのは、15日の午前中に2号機から放出された放射性物質が原因ではないかと言われてきた。しかしまだ放射線量の埋もれたデータがあって、これを専門家が改めて分析したところ、今回のこの3号機のベントも大きく影響していた可能性というのが浮かび上がった。私たちが取材した東京電力の元幹部は、ここまで対策をすれば絶対安全だというふうに考えた途端に同じ過ちを繰り返すことになるというふうに話していた。つまり、原発に100%の安全はないということだ。実際アメリカやヨーロッパでは、スリー マイル島原発事故やチェルノブイリ原発事故を境に、原発にはリスクがあるもの、つまり原発は絶対安全なものではないという前提に立って規制を行っている。これに対して、事故が起きる前、日本では重大事故は起きないという前提 にたってきた。そのことが、原発の弱点や落とし穴を見逃すことにつながった。

放出が概ねおさまったというのは、3月末。その後、電源が回復して仮設のポンプが動き始め、原子炉が安定して冷やせるようになって放出が収まっていった。75%の放出の裏には、原発の構造的な問題だけではなく、事故の対応にあたる人の判断も大きく関わっていた。今回の取材で、そこにも原発事故特有の難しさがあったということが明らかになった。」

2011年3月16日。事故から5日が経ち、なおもメルトダウンが続く3つの原子炉。現場はが急いでいたのは、津波によって失われた電源の復旧。電気があれば強力なポンプを使い、原子炉に大量の水を注げる。核燃料を冷やすことが出来れば、放射性物質の放出も抑えることができる。【事故対応にあたった東電社員のコメント:「非常用の冷却機器を動かすもととなるものは電源。その電源がなくなったということは、何もできない、何も動かせない。バルブの一つも動かせない。それ(電源)を確保するということを最大に考えていた。」】

その一方で、原子炉とは別の懸念も膨らみ始めていた。1号機から4号機の燃料プール(核燃料を冷やして保管するための設備)で、冷却装置が止まっていたため水が蒸発し、核燃料が最悪メルトダウンするおそれがあった。現場が最も不安を抱いていたのは4号機のプール。 ここにはもっとも多い1,500体を超す核燃料が保管されていた。4号機は、3号機から流れ込んだ水素による爆発で、天井が吹き飛んでいた。プールの核燃料がメルトダウンすれば、東日本全体に深刻な汚染が広がるおそれがあった。しかし、プールの周辺は放射線量が高く、水があるかどうか近づいて確認できずにいた。

3月16日午後、燃料プールの状況を確認するため、自衛隊のヘリコプターが原発上空へ向かった。3号機は、爆発の瓦礫が積み重なり、水蒸気を吹き上げていた。その隣の4号機。免震重要棟にもその映像がすぐ届けられた。崩れた壁の隙間から、一瞬、光の反射が見えた。プールの水面ではないか?

当時の東電内部のやりとりを示した内部資料:「燃料プールに水があるように見える。」

プール周辺の線量のデータも入ってきた。毎時100mSv。それは、プールにまだ水が残っていることを示す数字だった。プールの映像を確認した後、東電は作業の優先順位を決めていた。翌朝の現場での作業は、電源復旧作業を急ぐ計画になっていた。3月17日朝。電源復旧を担う応援部隊が福島第一原発に向かった。関東各地から400人を超す電気工事の技術者が集められていた。しかし、福島第一原発の手前10kmの地点で止められた。最優先と位置づけられたはずの電源復旧。なぜかすぐに始めることができない。急遽進められていたのは、自衛隊ヘリによるプールへの放水。さらに地上からも放水。放水中はケーブルがぬれるため、電源復旧作業はできない。

【当時の自衛隊トップだった折木良一元統合幕僚長:「統合本部が判断されて、まずこちらが優先だよねということで、ヘリの放水をやった。専門的な判断とか分析は、我々にはわからない。」】

3月17日夜、「その日は作業中止、翌朝から再開」との本部決定が技術者たち告げられた。

【電源復旧にあたった東電社員のコメント:「危機的状態だったので、待ち時間というのは自分たちの命にも関わることに直結した時期だったので、なかなかイライラ感はぬぐえなかった。」】

なぜプールへの放水が優先されたのか?この頃、事故の指揮命令系統に大きな変化が生じていた。東電本店に設置された政府・東京電力事故対策統合本部。事故対応の判断を本部が下すようになった。プールへの放水は、本部が急遽決定したものだった。

【当時、首相補佐官:「もともと予定していた形(電源復旧)と異なる形になって、現場には大変ご迷惑をお掛けすることはお詫び申し上げます。ただ政府として効果を最大限に出すためにどうすればいいかということを菅総理、北澤防衛大臣を含めて、朝、緊急協議をした結果であります。ぜひご理解いただき、ご協力いただけるようお願い申し上げます。よろしくお願いします。」】

東電では、原発事故の際、対応の優先順位を現場が決めることが原則。本店は物資の補給など現場を支援する役割。しかし、統合本部が設置された3月15日以降、その役割は逆転し、東京の本部から現場に指示が出るようになっていた。プールを優先するという本部の判断の背景には何があったのか?事故直後、アメリカが日本に送り込んだ専門家チームの代表 米国・原子力規制委員会のチャールズ・カストー氏。 カストー氏は総理大臣官邸で、自衛隊ヘリから撮影された4号機の映像を見せられたという。

【チャールズ・カストー氏:「日本政府は非常に短い映像を見せてきて、そこに映っているのは水面の反射だと考えていると言った。しかし、人の命がかかっているときは慎重になるべき。我々は決定的な証拠がない限り、燃料プールには水がない、もしくは限りなく少ないと考える。そこが日本との判断の違いだった」

米国・原子力規制委員会の当時の議事録:4号機の燃料プールは干上がっているようだ。激しく蒸気を出している3号機のプールも水がないだろう。限られた情報しかない中で、アメリカは最悪のシナリオを想定。原子炉に加え、4号機のプールでメルトダウンが起きるおそれがあるとして、日本政府が指示した範囲よりはるかに広い、80km圏内からの避難を呼びかけた。自衛隊ヘリによる放水の前日、アメリカは日本政府に強い危機感を伝えた。

【東アジア地域の責任者だったカート・キャンベル元国務次官補:「かなり不安だったので、今すぐ本国に危機を伝えるべきだと大声で訴えた。’大使、今はこの60年で日本が直面する最大の危機です。すぐに行動をとるべきだ’」 】
キャンベル元国務次官補が危機感を伝えたのは、藤崎一郎元駐米大使。

【藤崎一郎氏:「アメリカが、3号機も4号機も水がないんじゃないかと心配していると。すぐ外務省に伝えて、外務省が官邸に伝えていると思う」】

プールを優先するという統合本部の判断は、国内外の危機感を重く受け止めた結果だった。電源復旧作業はプールへの放水のたびに中断を繰り返す。その間に も、放射性物質の放出は続いていた。3月21日には南向きの風に運ばれ、関東一円を汚染。東京の水道水の一部からも放射性物質が検出。4号機プールへの放水が終わり、 電源復旧作業が本格化したのは3月22日。「キリン」と呼ばれるポンプ車でプールへの安定的な注水ができるようになったためだった。4号機の燃料プールの様子がカメラで直接捉えられたのは4月。プールに水があるという決定的な証拠だった。ひとたび原発事故が起きれば、正しく状況を把握し対処することがいかに難しいか。突きつけられた重い課題だ。

スタジオ:「当時は東京電力の中でも、プールに本当に水があるのか慎重な考え方もあった。ひとたびメルトダウンが起きてしまうと、極めて高い放射線量というものに阻まれて現場に近づくことが出来なくなる。そうなると、重要な情報も確認が出来なくなる。情報がなければ判断が分かれた時に決断を下すことが難しくなる。判断を誤れば、極めて深刻な事態に陥りかねない。それが原子力災害の難しさであり、原発が宿命的に抱えるリスクでもある。いま原発再稼働へ向けた動きがある中で、今回のことは安全対策にしっかり生かされていくのか?ベントに関して言えば、配管の途中に放射性物質を取り除くフィルターを取り付けるなど安全性を高める取り組みが行われている。またこの原発の事故の後に作られた新しい規制基準の中でも、ベントは7日間は性能を維持できるということが要求されている。ただ、それ以上に事故が長期化する可能性はないのか、その点は考える必要がある。一方、消防車による注水だが。福島第一原発の事故の後、全国の原発で原子炉に水を注ぐ最後の手段として消防車の配備が広がった。ただ、これも万が一の際に本当な充分な水が入るのか、こういったことも検証が必要だ。

現状として、事故の全貌はどのくらい明らかになっているのだろうか?
放射性物質の大量放出については、まだ埋もれているデータもあり、検証は道半ば。さらにメルトダウンを起こした原子炉だが、これは近づくことさえ困難で、内部の状況が確認できていない。全体像の解明には数十年かかると考えられている。原発に絶対の安全はないという原点を見つめ続ける。そのことは、将来に向けた私たちの責務。

事故から3年9ヶ月。原発の周辺では、専門家による汚染の調査が続く。今も点在するホットスポット(放射線量が高い場所)。今回わかった3号機からの知られざる大量放出の影響が大きいとみられている。故郷に帰ることができない12万人を超す人たち。事故前、畜産業を営んでいた女性。原発周辺に残していった牛の世話をするため、いまも避難先から通っている。
【女性:「なんとも言えないね。帰りたいのに帰れない。」】

事故の悲劇を繰り返さないために、過去の教訓に学び、生かしていけるのか。 問いかけは続く。

おわり

2015/01/10

「年20ミリシーベルトを超えない」と南相馬の避難勧奨を解除 住民反発

ウクライナ、ベラルーシ、ロシアでは、原発事故から5年後には、「チェルノブイリ法」を制定し、年5ミリシーベルトを超える地域は、「移住の義務」+補償があり、年1~5ミリシーベルトの地域には、「移住の権利」+補償があるため、避難しやすくなりました。しかし、福島原発事故からまもなく4年になる今、日本では、「住民を被ばくから守ろう」という姿勢がなく、年間20ミリシーベルト(毎時3.8マイクロシーベルト相当)を下回り、「健康に影響ないレベルになった」(高木陽介経済産業副大臣)などと、チェルノブイリでの健康被害(5ミリシーベルト以下でも凄まじい健康被害が出ている)を無視して、「20ミリシーベルトを超えない」地域に住民を戻そうとしており、補償も打ち切る予定です。

避難勧奨、最後の解除・南相馬
(2014年12月29日 河北新報)

 南相馬市内の152世帯が指定された東京電力福島第1原発事故に伴う国の特定避難勧奨地点が28日午前0時、解除された。福島県内の勧奨地点は全てなくなった。市によると、指定世帯の約7割が現在も避難を続けている。国の決定を「一方的だ」と非難する声も強く、地元ではさらなる環境改善を訴えている。

 勧奨地点はもともと往来の制限が無く、解除時に、バリケードの撤去作業などはなかった。

 国は全世帯が指定基準の年間20ミリシーベルト(毎時3.8マイクロシーベルト相当)を下回り、「健康に影響ないレベルになった」(高木陽介経済産業副大臣)として解除に踏み切った。指定時に平均毎時2.4マイクロシーベルトだった線量は、除染で同0.4マイクロシーベルトに下がった。しかし、同1マイクロシーベルトを超える世帯もあり、地域には原発20キロ圏内より線量が高い場所が散見される。

 勧奨地点があった行政区長は、再除染と住民の被ばくを管理する健康手帳の発行などを国に求めてきたが、実現しないまま解除を迎えた。解除に伴い、慰謝料は来年3月で打ち切られる。避難の継続は家計の負担増にもつながる
 地区30世帯の半数を超える17世帯が指定されていた同市原町区の大谷行政区の場合、指定世帯だけでなく、非指定世帯の避難者もいる。藤原保正区長(66)は「まだ空間線量が高く、特に若い住民の不安が消えない。解除は納得できない」と憤る。

 藤原区長は、国の対応次第では法廷闘争も辞さない構え。住民らと解除差し止めの訴訟についても検討しているという。

 原町区の自宅が勧奨地点になり、子ども3人と新潟市に避難する杉由美子さん(45)は「子どもに不必要な被ばくはさせられないので、慰謝料がなくなっても戻れない。解除で周囲に『戻れるんでしょ』と思われるのがつらい」と話した。

[特定避難勧奨地点] 福島第1原発20キロ圏外の比較的放射線量が高い地域で、世帯ごとに指定。避難区域のような強制避難ではなかったが、国が避難を勧奨したため、避難区域と同様に1人月額10万円の慰謝料の対象。伊達市と福島県川内村の計129世帯は2012年12月に解除された。

南相馬の避難勧奨地点を解除
( 2014/12/28 福島民報)

 政府の原子力災害現地対策本部は28日、東京電力福島第一原発事故に伴い放射線量が局所的に高いために指定した南相馬市の特定避難勧奨地点142地点(152世帯)を解除した。県内の特定避難勧奨地点は全てなくなった。ただ、住民からは「除染が不十分」などの根強い反発があり、指定されたうち約8割に上る避難世帯の帰還が進むかどうかは不透明で、住民の不安払拭(ふっしょく)が課題となる。

 南相馬市には、放射線の年間積算線量が20ミリシーベルトを超えるとみられ、特定避難勧奨地点に指定された地点が橲原、大原、大谷、高倉、押釜、馬場、片倉の7行政区にあった。対策本部が7、8の両月に実施したモニタリング調査で、年間積算線量が20ミリシーベルトを下回ることが確実となったため、県、市に指定解除を通知。市を通じて住民に通知された。

 しかし、住民の放射線に対する懸念は払拭されておらず、「宅地内に放射線量が高い場所がある」と再除染を求める声もある。市除染対策課は「帰還促進のため対応する必要がある」としているが、実施時期は市の除染計画に基づいた20キロ圏外の除染が完了する29年3月以降にずれ込む可能性があるという。

 さらに、宅地周辺の林野部の除染は周辺20メートルまでと限定的な対応となっている。林野全体の除染は、政府の方針が定まっておらず、手付かずの状態だ。特定避難勧奨地点があった行政区長らでつくる南相馬特定避難勧奨地点地区災害対策協議会の菅野秀一会長は「自分が知る限り、解除されたから帰るという住民はほとんどいない。徹底的な除染が必要だ」と指摘する。

 市は住民の帰還促進対策として、専門家による健康相談やホールボディーカウンターによる継続的な内部被ばく検査を行う考えだ。原子力災害現地対策本部の担当者は「生活再建の時期や方法は各世帯で異なる。地元である市の取り組みを支援していく」としている。


南相馬の避難勧奨すべて解除 住民反発「線量まだ高い」
(2014年12月28日 朝日新聞)から抜粋

 東京電力福島第一原発事故の避難指示区域外で局所的に放射線量が高い地点を政府が指定し、住民に避難を促していた「特定避難勧奨地点」が28日午前0時、全て解除された。だが今回、指定が解除された福島県南相馬市の152世帯の住民の多くは「線量がまだ高い」などとして解除に反対し、「すぐには帰還しない」と話している。

 同地点には年間積算線量が20ミリシーベルト(毎時換算3・8マイクロシーベルト)を超える恐れがあった同市や同県の伊達市、川内村の一部で計281世帯が指定されたが、南相馬市以外では2年前に既に解除された。

 政府は解除の理由について、今夏に実施した現地調査をもとに「指定基準値(20ミリ)を十分に下回り、健康被害は考えにくい」と住民らに説明。東電から住民への精神的賠償支払いを今年度末まで続ける・・・

原発事故による健康被害の現状と 「9歳の小学生の願い」

東京電力福島第一原発事故から3年10カ月、福島県では様々な病気が増えてきていますが、マスコミが報道しているのはその一部だけです。

甲状腺検査 112人(今回4人含む)がんやがんの疑い 対象38万人中30万人受診 

通常、子どもの甲状腺がんは、100万人に1人、未成年の甲状腺がん年間発生率も100万人に2~3人と言われていました。2006年の統計では、甲状腺がんと診断された20歳未満の人は、【全国で46人】でした。これは【未成年2250万人に46人】であり 【100万人に2.0人】です。
しかし、2014年に福島県では【38万人に58人】も甲状腺がんと診断されています。

福島 子どもの甲状腺がん

日本の全人口の約1.5%の福島県で、通常の全国の発生数より多い58人が甲状腺がんという異常事態です。原発事故当時 0歳から18歳までの子どもたちは、この3年間で84人が甲状腺がんとなり、「がんの疑い」28人を加えると112人になっています。

3年間の子どもの甲状腺検査結果を見て心配なのは、福島原発事故の後、甲状腺がんが増えただけでなく、がんになる可能性がある結節やのう胞が年ごとに急増していることです

罫線入り表 甲状腺 結節のう胞 H26年6月30日現在

5ミリ以上の結節がある人が、0.5% → 0.7% → 0.9% と、この2年で1.8倍に急増し、のう胞がある人も、36.2% → 44.7% → 55.9%に増加。精密検査が必要な子どもは1.8倍になっています。

子どもの甲状腺がんで特に心配なことは、転移が早いことです。
がんを手術した54人のうち8割超の45人は腫瘍の大きさが10ミリ超かリンパ節や他の臓器への転移などがあり、2人は肺に転移しています。
チェルノブイリ原発事故で大きな被害を受けたベラルーシの国立甲状腺がんセンターの統計では、15歳未満は3人に2人がリンパ節に転移し、6人に1人が肺に転移しています。

ベラルーシの統計 甲状腺がんの転移 リンパ節67.5% 肺16.5%

チェルノブイリ原発事故の健康影響調査に関わった山下俊一氏も福島原発事故が起きる前は、「大人と異なり、小児甲状腺がんの約4割は、この小さい段階(1センチ以下、数ミリの結節)でみつけてもすでに局所のリンパ節に転移があります」と話しています。

1990年代に医療支援のために度々チェルノブイリ原発事故の汚染地を訪問していた私は、ベラルーシに福祉作業所(工房)をつくったナターシャさんという女性に出会いました。彼女は2人の子どもをガンで亡くしていますが、息子さんは9歳で被ばくし、甲状腺がんが肺に転移して21歳で亡くなっています娘さんも胃ガンが全身に転移して亡くなっています

このような状況で、「未成年の甲状腺検査は2年に1回」というのは、少な過ぎます。チェルノブイリのように毎年行い、津田敏秀教授が「市民科学者国際会議」で提言されたように原発事故当時19歳以上の人たちと福島県外の汚染地での健診も早急に開始する必要があります。

福島で増えている病気は、甲状腺がんだけではありません
福島県立医大で治療数が増えている病気」を見るとチェルノブイリでも増えた病気が増えています。

*膀胱腫瘍が2倍(66 → 79 → 138)
福島県立医大で治療数が増えている病気

『チェルノブイリ膀胱炎』 尿から内部被ばく
(2011年9月14日 東京新聞)
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「福島県立医大で治療数が増えている病気」
*心臓弁膜症が3倍(35 → 54 → 103)
福島県立医大:弁膜症の増加

体内にセシウム 心臓疾患まねく ゴメリ医科大・元学長
ユーリー・バンダジェフスキー博士の研究データから セシウムが甲状腺や心筋(心臓を構成する筋肉)に多量に蓄積している
心筋や甲状腺にセシウムが蓄積する

「福島県立医大で治療数が増えている病気」
*「胆のう、肝外胆管の悪性腫瘍」が3.5倍(32 → 94 → 115)
福島県立医大:胆のう、肝外胆管の悪性腫瘍の増加

一つの病院のデータだけでは、福島県で実際に病気が増えているのか判断できないので、他の都道府県と比較してみました。2013年の人口動態統計で、全国平均より福島の死亡率が1.4倍以上高い病気は、内分泌・栄養及び代謝疾患(1.40倍) 皮膚がん(1.42倍 ) 脳血管疾患(1.44倍) 糖尿病(1.46倍) 脳梗塞(1.60倍) 特に、急性心筋梗塞、結腸がん、腎臓病、消化器系の疾患などが原発事故の後に急増しています

2012年福島県の死因ワーストランキング
   (表は宝島から拝借 クリックで拡大できます)

チェルノブイリと同様に最も急増しているのが、セシウムが蓄積しやすい心臓の病気で、急性心筋梗塞の死亡率が全国平均の2.40倍慢性リウマチ性心疾患の死亡率が全国平均の2.53倍で、どちらも全国1位になっています。

福島県の急性心筋梗塞死亡率 2009~2014.3
*2010年以前から全国1位。原発事故が起こった2011年から急増 2014年1~3月 福島の477人は、3か月間に急性心筋梗塞で亡くなった人の実数。全国の実数は、12,436人。福島県の人口は、全国の1.53%なので、12436×0.0153=190人 全国平均なら福島は190人ですが、その2.51倍の477人が亡くなっています。

原発事故以前から全国1位という数字を見て思い出すのは、原発周辺では事故を起こさなくても白血病やがんが多いというドイツ政府やフランスでの発表福島には原発が10基もあったこと、そして、2011年の原発事故前から「小さな事故」が多発していたこと、さらに事故の隠ぺいが日常化し、29年間も臨界事故が隠されていたほどですから、どれだけの放射性物質が放出されてきたか分かりません。

同じ心臓病の「慢性リウマチ性心疾患」は、急性心筋梗塞より1年遅れの2012年から死亡率が急増しています。

福島県の「慢性リウマチ性心疾患」 死亡率

グラフにするとその急激な増加がよくわかります。
赤色が全国平均、紺色が福島県です。

慢性リウマチ性心疾患のグラフ

こうした状況にありながら日本政府は、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアが制定している被ばく線量を減らすための法律(「チェルノブイリ法」)をつくろうとしません。年間1ミリシーベルト以上は、「避難の権利」があり、5ミリシーベルト以上は「移住の義務」があることを柱としている「チェルノブイリ法」は、移住のための費用や医療費などの手厚い補償があります。移住を選んだ住民に対して国は、移住先での雇用を探し、住居も提供。引越し費用や移住によって失う財産の補償なども行われています。

*衆議院チェルノブイリ原発事故等調査議員団報告書

チェルノブイリ法の基準

日本にもできるだけ早く「チェルノブイリ法」をつくる必要があります。ところが、原発の輸出や再稼働に熱心な安倍首相は、健康影響を無視するだけでなく、東京五輪招致に当たり、福島原発事故による健康への影響について「今までも、現在も、将来も問題ないと約束する」と、信じられない発言をしました。

安倍首相「健康問題については、今までも現在も将来も問題ないと約束する」

安倍首相に同調するかのように原子力規制委員会も「年20ミリシーベルト以下は健康影響なし」と発表。被ばく対策が進むどころか、避難した住民を20ミリシーベルト以下の放射能汚染地に戻そうとしています

日本赤十字社は、原子力災害時の医療救護の活動指針として、累積被ばく線量が1ミリシーベルトを超える恐れがあれば退避するとしています。

ロシア科学アカデミー会員で、報告書『チェルノブイリ―大惨事が人びとと環境におよぼした影響』(日本語訳書『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店 2013年発行)をまとめたアレクセイ・ヤブロコフ博士はこう言っています。
偽りのないデータというのは、1キュリー/平方km(年約1ミリシーベルト)以上に住むすべての人々に何らかの健康被害が出ていることです。5キュリー(5ミリシーベルト)に住む人はさらに被害が増大します。健康被害は汚染レベルが高くなるにつれ明確に増大します

ヤブロコフ博士「自然放射線も含めて年約1ミリシーベルトに住む全ての人に健康被害が出ている」

また、1985年にノーベル平和賞を受賞した米国の「社会的責任のための医師団(Physicians for Social Responsibility)」も次のように警告しています。

PSR ノーベル賞受賞 医師団

「日本で危機が続く中、人に発がんの危険が生じるのは最低100ミリシーベルト(mSv)被曝したときだという報道が様々なメディアでますます多くなされるようになっている。これまでの研究で確立された知見に照らしてみると、この主張は誤りであることがわかる。100 mSv の線量を受けたときの発がんリスクは100人に1人、10 mSv では1000人に1人、そして1 mSV でも1万人に1人である」

そして、2011年4月に内閣官房参与の小佐古敏荘・東京大学教授(放射線安全学)は、年間20ミリシーベルトを基準に決めたことに「容認すれば私の学者生命は終わり。自分の子どもをそういう目に遭わせたくない」と抗議の辞任をした会見で、「年間20ミリシーベルト近い被ばくをする人は原子力発電所の放射線業務従事者でも極めて少ない。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」と発言しています。

福島民報:20ミリ以下、健康影響なし

そして、「20ミリシーベルト以下は健康影響なし」とした原子力規制委員会が川内原発1、2号機を審査し、「新規制基準に適合している」と判定。国民の同意がないままに「原発の再稼働」が決定されようとしています。

私たちは、ベラルーシ科学アカデミーのミハイル・マリコ博士の言葉に謙虚に耳を傾ける必要があると思います。
チェルノブイリの防護基準、年間1ミリシーベルトは市民の声で実現されました。核事故の歴史は関係者が事故を小さく見せようと放射線防護を軽視し、悲劇が繰り返された歴史です。チェルノブイリではソ連政府が決め、IAEAとWHOも賛同した緩い防護基準を市民が結束して事故5年後に、平常時の防護基準、年間1ミリシーベルトに見直させました。それでも遅れた分だけ悲劇が深刻になりました。フクシマでも早急な防護基準の見直しが必要です

※ウクライナでは、年間被ばく線量が5ミリシーベルト以下の汚染地帯に事故以来25年以上、約500万人が住み続けていますが、「Safety for the future 未来のための安全」と題されたウクライナ政府報告書によれば、そうした汚染地帯で心臓疾患や膠原病(リウマチその他)など、さまざまな病気が多発し、特に心筋梗塞や狭心症など心臓や血管の病気が増加しています。福島県の病気のデータは、ウクライナに似てきています。

ウクライナ政府報告書 未来のための安全

子どもの健康悪化も深刻で、2008年のデータでは、チェルノブイリ原発事故後に生まれた子どもたちの78%が慢性疾患を持っていました。「子どもや妊婦さんまで含めて、年間20ミリシーベルトまで安全」としている日本の汚染地に住む人々は、どうなるのでしょうか・・・こんな人体実験は、決してやらせてはならないと思います。

「年20ミリシーベルトを超えない」として南相馬の避難勧奨を解除 住民反発

◆避難勧奨、最後の解除・南相馬
(2014年12月29日 河北新報)から抜粋

 南相馬市内の152世帯が指定された東京電力福島第1原発事故に伴う国の特定避難勧奨地点が28日午前0時、解除された。福島県内の勧奨地点は全てなくなった。市によると、指定世帯の約7割が現在も避難を続けている。国の決定を「一方的だ」と非難する声も強く、地元ではさらなる環境改善を訴えている。

 国は全世帯が指定基準の年間20ミリシーベルト(毎時3.8マイクロシーベルト相当)を下回り、「健康に影響ないレベルになった」(高木陽介経済産業副大臣)として解除に踏み切った。指定時に平均毎時2.4マイクロシーベルトだった線量は、除染で同0.4マイクロシーベルトに下がった。しかし、同1マイクロシーベルトを超える世帯もあり、地域には原発20キロ圏内より線量が高い場所が散見される。

 勧奨地点があった行政区長は、再除染と住民の被ばくを管理する健康手帳の発行などを国に求めてきたが、実現しないまま解除を迎えた。解除に伴い、慰謝料は来年3月で打ち切られる。避難の継続は家計の負担増にもつながる。

 地区30世帯の半数を超える17世帯が指定されていた同市原町区の大谷行政区の場合、指定世帯だけでなく、非指定世帯の避難者もいる。藤原保正区長(66)は「まだ空間線量が高く、特に若い住民の不安が消えない。解除は納得できない」と憤る。

 藤原区長は、国の対応次第では法廷闘争も辞さない構え。住民らと解除差し止めの訴訟についても検討しているという。

 原町区の自宅が勧奨地点になり、子ども3人と新潟市に避難する杉由美子さん(45)は「子どもに不必要な被ばくはさせられないので、慰謝料がなくなっても戻れない。解除で周囲に『戻れるんでしょ』と思われるのがつらい」と話した。

原発は事故を起こさなくても周辺住民の病気を増やしている
(2014/11/13 風の便り)から抜粋

「原発は事故を起こさなくても(日常的な放射性物質の放出によって)周辺住民の病気を増やしている」ということが、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、韓国などでの調査でわかっています。

ドイツ政府の調査では、原発から5km圏内の小児ガンは全国平均の1.61倍、小児白血病は2.19倍となっており、フランス国立保健医学研究所の発表では、15歳以下の子どもは白血病の発症率が1.9倍高く、5歳未満では2.2倍高くなっています。

韓国の調査では、原発から5キロ以内に住む女性の甲状腺がんの発生率は、全国平均の2.5倍になっています。

こうした「原発の日常的な放射性物質の放出」によって周辺住民に病気が増えている中、福島では原発事故が収束していない(通常の運転中より多量の放射性物質を放出している)状況で、危険な地域に住民を戻しています。

加えて原発は、燃料のウランを掘る段階で採掘地の環境を破壊し、放射能で汚染して、鉱山作業員と住民に被曝させ原発で働く人たちの被曝労働や海の生態系を破壊する温排水吸水の問題核燃料再処理工場からの膨大な放射能の排出問題。さらに、100万年後まで毒性が消えない「放射性廃棄物」の問題を原発は生み出しています。

原発問題 神様知恵をください 小学生9歳

原発問題 神様知恵をください
小学生 藤澤 凛々子 (東京都武蔵村山市 9 )
(2012年7月14日 朝日新聞 投稿欄)

この前、ギリシャ神話を読みました。
人間に火を与えた神プロメテウスに、全能の神ゼウスは言いました。
「人間は無知で、何が幸せで何が不幸かわからないからだめだ」

私はずっと人間は他の動物よりかしこいと思っていました。
火を使い、便利で幸せな生活を送っているのは人間だけだからです。

でも、大い原発が再稼働したというニュースに、
ゼウスの言う通り人間は無知なのかもと思いました。
福島第一原発事こは、まだ終わっていません。
放しゃ能で大変な事になってしまうのに、
この夏の電力や快てきな生活を優先したのです。
大い原発は幸せな未来につながるのでしょうか。
私が大人になるまでに日本も地球もだめになってしまうのではないかと心配です。

神様、どうか私に目先の事だけでなく未来のことまで考えて
何が幸せで何が不幸かわかる知恵をください。
その知恵で人も他の動物も幸せにくらせるようにしたいです。

2015/01/09

甲状腺がんに関する 2009年の山下俊一氏の発言

福島原発事故が起きる2年前の山下俊一氏の発言
日本臨床内科医会会誌(第23巻第5号 2009年3月)に記載

2009年山下講演1

(講演録から一部抜粋)

 日本では思春期を超えた子供の甲状腺がん
 まれにみるぐらいです。
 その頻度は、年間100万人に1人といわれています。
 これは欧米、日本、ほぼ変わりません。

 大人では、結節をさわるとだいたい100人に1人か2人に
 がんの可能性がありますが、子供の場合には約20%が
 がんでした。

山下俊一「小児甲状腺がんの約4割は、リンパ節に転移があります」

「大人と異なり、小児甲状腺がんの約4割は
 この小さい段階(1センチ以下、数ミリの結節)で
みつけてもすでに局所のリンパ節に転移があります」

(中村コメント:この発言は、山下氏が小児甲状腺がんは転移しやすいことを理解している重要な発言です。ベラルーシ国立甲状腺がんセンターの統計では、15歳未満は3人に2人がリンパ節に転移し、6人に1人が肺に転移しています。今、福島の子どもたちの甲状腺がんがリンパ節や肺に転移していることが分ってきた中で、甲状腺の検査が2年に1回というのは、少な過ぎます。)

放射線と健康影響を考えるときに、
広島、長崎の外部被ばくの様式と異なり、
この地域(チェルノブイリ)の一般住民には
内部被ばくの放射線影響があることを示唆しています。

いったん被ばくをした子供たちは生涯続く甲状腺の
発がんリスクをもつということも明らかになりました。

山下俊一「5000例の子どもの甲状腺がん手術、早期発見と早期診断を続けていく必要がある」

 これからもがんが起こりうるハイリスクグループの検診
 活動、早期発見と早期診断を続けて行く必要がある
 考えています。

 チェルノブイリの原発事故後の甲状腺がんの遺伝子
 変異の特徴が明らかにされつつあります。
 小児甲状腺がんのほとんどは、染色体が二重鎖切断
 された後、異常な修復で起る再配列がん遺伝子が原因
 だということがわかりました。

山下俊一「10~100mSvの間で発がんが起こりうる」

主として20歳未満の人たちで、過剰な放射線を被ばくすると、
10~100mSvの間で発がんが起こりうるというリスクを否定できません

(中村コメント:山下氏は、原発事故後は一転して「100mSvまでは安全」と言い続けています)

以上、山下俊一氏の発言は日本臨床内科医会会誌
(第23巻第5号 2009年3月)に記載されている

山下俊一講演「放射線の光と影」2009年3月 日本臨床内科医会

山下俊一講演「放射線の光と影」その3

2009年山下講演4

2009年山下講演5

2009年山下講演6

2014/12/12

寂聴さんと文太さんからのメッセージ

「表面上は普通の暮らしなのに、軍靴の音がどんどん大きくなっていったのが戦前でした。 あの暗く、恐ろしい時代に戻りつつあると感じます。自民党の改憲草案では自衛隊を『国防軍』にするとしました。日本は戦争のできる国に一途に向かっています。戦争が遠い遠い昔の話になり、いまの政治家はその怖さが身にしみていません。私は、残りわずかな命を秘密法反対に捧げます。でも、私たちのように戦争を生き残った一握りの人間たちだけだと、とても戦えません。若い人たちこそ、歴史の過ちをもう一度振り返ってみてほしい。そして、『これは間違っている』と立ち上がってほしい」

瀬戸内寂聴

秘密法反対「残りわずかな命を捧げる」 瀬戸内寂聴さん
(2014年1月11日 朝日新聞)から抜粋

「若い人たちのため、残りわずかな命を反対に捧げたい」

  表面上は普通の暮らしなのに、軍靴の音がどんどん大きくなっていったのが戦前でした。あの暗く、恐ろしい時代に戻りつつあると感じます。

 集団的自衛権の行使容認・・・自民党の改憲草案では自衛隊を「国防軍」にするとしました。日本は戦争のできる国に一途に向かっています。戦争が遠い遠い昔の話になり、いまの政治家はその怖さが身にしみていません。

 徳島の実家にいた母と祖父は太平洋戦争で、防空壕(ごう)の中で米軍機の爆撃を受けて亡くなりました。母が祖父に覆いかぶさったような形で、母は黒こげだったそうです。実家の建物も焼けてしまいました。

 自分が死ぬと知りながら戦闘機に乗り込み、命を失った若い特攻隊員もたくさんいました。

 私は「生き残っているのが申し訳ない」という気持ちを心の底に抱えて、戦後を生きてきました。だからこそ、戦争を再び招くような法律には絶対反対なのです。

 日本人はあまり自分の意見を言いません。「お上の言うまま」という感覚が身についていて、「辛抱するのが美徳」とする風潮もあります。でも、もっと一人ひとりが、こういう風に生きたい、生きるためにこうしてほしいと心の欲求を口に出すべきです。

 私は、残りわずかな命を秘密法反対に捧げます。でも、私たちのように戦争を生き残った一握りの人間たちだけだと、とても戦えません。若い人たちこそ、歴史の過ちをもう一度振り返ってみてほしい。そして、「これは間違っている」と立ち上がってほしい。

日テレとNHKが菅原文太の反戦・脱原発発言を自主規制で封殺!?
(2014年12月6日 LITERA)から抜粋

 高倉健と菅原文太。相次いでこの世を去った二人の映画スターが自分の死を伝えるテレビニュ―スを見ていたら、いったいどんな感想を抱いただろう。もしかすると健さんは自分のイメージが守られたことに安堵したかもしれない。だが、文太兄ぃのほうは対照的に、相当な不満を感じたのではないか。

 なぜなら、多くのテレビ局が故人のプロフィールについて自主規制をかけ、彼のもっとも伝えたいことを伝えなかったからだ。

 菅原文太といえば、後年は俳優というより、むしろ市民運動に精力的に取り組んでいた。メインテーマは反戦、憲法改正阻止、反原発。集団的自衛権や特定秘密保護法、原発再稼働にもきっぱりと反対の姿勢を見せ、安倍政権を徹底批判していた。その情熱は、死の1ヶ月前に病身をおして沖縄県知事選の翁長候補(新知事)の総決起集会にかけつけ、演説で戦争反対を語ったことからもうかがいしれる。

 ところが訃報当日、こうした姿勢をきちんと伝えたのは『報道ステーション』(テレビ朝日系)と『NEWS23』(TBS系)のみだった。フジ系の『ニュースJAPAN』は夫人のコメントを紹介して、反戦への思いは伝えたものの、脱原発や集団的自衛権反対など、具体的な問題にはふみこまなかった。

 さらに、日本テレビの『NEWS ZERO』にいたっては、映画俳優としての功績を紹介しただけで、政治的な発言について一切紹介なし。最後にキャスターの村尾信尚が「晩年、社会に対して発言し続けた」と語っただけだった。

 また、NHKは沖縄県知事選での演説を一部流して、社会活動に関心をもっていたことはふれたものの、なぜか夫人のコメントを一部割愛・編集していた。

 実際の夫人のコメントは以下のようなものだった。

〈七年前に膀胱がんを発症して以来、以前の人生とは違う学びの時間を持ち「朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり」の心境で日々を過ごしてきたと察しております。
 「落花は枝に還らず」と申しますが、小さな種を蒔いて去りました。一つは、先進諸国に比べて格段に生産量の少ない無農薬有機農業を広めること。もう一粒の種は、日本が再び戦争をしないという願いが立ち枯れ、荒野に戻ってしまわないよう、共に声を上げることでした。すでに祖霊の一人となった今も、生者とともにあって、これらを願い続けているだろうと思います。
 恩義ある方々に、何の別れも告げずに旅立ちましたことを、ここにお詫び申し上げます。〉

 ところが、NHKはこのコメントから「無農薬有機農業を広める」というくだりと「日本が再び戦争しないよう声を上げる」というくだりを丸々カットし、以下のように縮めて放映したのだ。

〈「落花は枝に還らず」と申しますが、小さな種を蒔いて去りました。今も、生者とともにあって、これらを願い続けているだろうと思います。〉

 これでは、どんな種を蒔き、何を願ったのか、まったくわからない。いやそれどころか、「これら」が「落花は枝に還らず」という言葉をさしているように解釈されてしまう。少し前、川内原発再稼働の報道をめぐって、原子力規制委員会の田中正一委員長の発言を編集した『報道ステーション』がBPOの審議対象になったが、もし、あれがBPO入りするなら、このNHKの菅原夫人コメント編集も明らかにBPOの対象だろう。

 いったいなぜこういうことが起きてしまったのか。

「例の自民党からの通達の影響です。公示期間中なので、選挙の争点に関わるような政治的な主張を取り上げると、後で何を言われるかわからないと、各局、びびってしまったんでしょう。ただ、日テレの場合はそれを利用した感じもしますね。読売はグループをあげて、安倍首相を応援していますから、通達を大義名分にして、自民党に不利になるような報道をやめさせたということでしょう」(民放関係者)

 しかも、この自主規制は翌日のワイドショーをみると、さらにひどいことになっていた。日本テレビ系の『スッキリ!!』や『情報ライブ ミヤネ屋!』が一切触れないのは予想していたが、TBS系の『ひるおび!』でも映画俳優としての足跡のみを特集し、政治活動については全く報道しなかったのだ。

「前日の夜に『NEWS23』と『報ステ』が『菅原文太の死を政治利用している』『反戦プロパガンダだ』と大炎上したんです。抗議も殺到したらしい。それでTBSはビビったのかもしれません」(前出・民放関係者)

 驚いたことに、テレビの世界では「護憲」「反戦」がタブーになっているらしい。いっておくが現時点では日本国憲法が日本の最高法規であり、戦争に反対するというのは大多数の国民の願いでもある。ところが、それを軽視することがタブーになるならまだしも、逆に尊重することがタブーになってしまっているのである。

 おそらく、こうした状況に一番、無念な思いをしているのは当の菅原だろう。強いものにすり寄ることしかしないこの国のヘタレマスコミによって、命をすり減らしながら叫んだ言葉が葬り去られてしまったのだから。

 だったら、その無念の何百分の一でも晴らすために、最後に菅原が雑誌の対談やインタビューで語った発言を紹介しておこう。

「憲法は変えたらダメだと思っている。戦後68年間、日本がどこの国とも戦争をしないで経済を発展してこれたのは。憲法九条のおかげだよ。九条は世界に誇れる日本だけが持っている宝ですよ。」(カタログハウス「通販生活」)

「戦争を知らないバカどもが『軍備をぴっちり整えなくちゃダメだ』とか言いはじめている。そういう国情って、まったく危ういですよね。それを防ぐためにはやっぱり、筋金入りの反戦家が増えてこないといけないし、それが大きな力になると思うんです。」(小学館「本の窓」2012年9・10月号)

「安倍さんの本当の狙いも集団的自衛権というより、その上の憲法を変えることにあるのかと思うのだけど(中略)拳を振り上げ、憲法改正を煽りたてる人たちは、いざとなったとき戦場には行かない人たちじゃないですか。
 出て行くのは無辜の民衆だけで、その結果、沖縄戦で二〇万人。広島と長崎で三〇万人、戦地では何百万人とも言われる有為の青年たちが命を落とした。それを繰り返すのではあまりに情けない。」(「本の窓」2013年6月号)

「安倍首相が『日本人は中国で何も悪いことをしていない』というようなことを言ってるんだから。(中略)日本はドイツと違ってすぐに過去を忘れて、ニワカ民主主義者が反省もなく生まれて、戦後ずっと来てしまったじゃないですか。上がそうだから、若い連中まで『虐殺はなかった』なんて言ってる。なぜ謝罪をしないのだろうか?」(「本の窓」2013年7月号)

「まさに戦争を知らない安倍、麻生、石破の内閣トリオは異様な顔ぶれだね。この異様さに、国民も、マスコミも、もっと敏感になってほしいよ」(「本の窓」2013年12月号)

「平和憲法によって国民の生命を守ってきた日本はいま、道を誤るかどうかの瀬戸際にあるのです。真珠湾攻撃に猛進したころと大差ありません。」(「日刊ゲンダイ」2013年8月29日号)

 おそらく、これから先、日本は菅原が危惧した方向にどんどん向かっていくだろう。国民がそれに抗することができるかどうかはわからないが、少なくとも菅原文太という俳優が最後まで警鐘を鳴らし続けたことは心に刻んでおきたい。

菅原文太 日本は今、真珠湾攻撃をした時と大差ないよ

2014/12/09

鹿児島県で、「川内原発の再稼働反対」が年々増えている

川内原発の再稼働について、鹿児島県民の世論調査が行われ、再稼働反対が初めて50%を超えて55.7% 再稼働賛成は38%に減少。鹿児島県では、年々再稼働に反対する人が増えてている。

       2012年12月  2013年7月  2014年12月
再稼働反対   47.3%    48.7%    55.7%
再稼働賛成   40.7%    45.2%    38.0%

西日本新聞:鹿児島55%再稼働反対

川内原発再稼働、鹿児島の有権者55% 反対
(2014年12月5日 西日本新聞)から抜粋

 地元同意手続きが完了した九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働について、同県の有権者の55・7%が反対の考えであることが、西日本新聞社が衆院選公示に合わせて2〜3日に実施した電話世論調査で分かった。反対の比率は2012年の前回衆院選時、昨年の参院選時より増えた。伊藤祐一郎知事は同意の理由に「県民の一定の理解が進んだ」ことを挙げたが、立地県の有権者には不安がなお根強いようだ。

 調査によると、再稼働に「反対」は35.9%、「どちらかといえば反対」は19.8%。「賛成」は18.1%、「どちらかといえば賛成」は19.9%で計38.0%。反対派が賛成派より17.7ポイント多かった。

 12年12月の前回衆院選時は「政府が安全性を確認した原発の運転再開」を調査し、反対派は47.3%で、賛成派は40.7%。昨年7月の参院選時は「原発再稼働」を尋ね、反対派が48.7%、賛成派が45.2%だった。

——————————–記事の抜粋は以上————————-

再稼働反対と賛成の数字を整理すると以下のようになります。
2012年以来、すべての世論調査で再稼働反対が賛成を上回っています。
そして、世論調査をする度に再稼働反対が増えています。

       2012年12月  2013年7月   2014年12月
再稼働反対   47.3%    48.7%     55.7%
再稼働賛成   40.7%    45.2%     38.0%

伊藤祐一郎・鹿児島県知事は、再稼働同意の理由に
「県民の一定の理解が進んだ」と言ったが、間違いは訂正した方がいい。

「再稼働に反対する県民が増えて、過半数を超えた。県民の意思を尊重する知事として、県民が支持しない再稼働を強行することはできない」と。

2014/11/28

国連科学委報告書 「信頼性低い」 福島事故で専門家

福島)「国連科学委は非科学的」 元WHO欧州地域顧問
(2014年11月25日 朝日新聞)から抜粋

 旧ソ連・チェルノブイリ原発事故の健康影響調査などに携わってきた英国出身の放射線生物学者キース・ベーバーストック博士(73)が24日、東京都内で朝日新聞記者の取材に応じた。東京電力福島第一原発事故後のがんの増加に否定的な報告書を出した国連科学委員会(UNSCEAR)を「透明性、独立性を欠き非科学的」と批判し、「解散すべきだ」と訴えた。

 博士は取材に対し、科学委が今年4月に発表した福島第一原発事故の影響についての報告書で「被曝(ひばく)によるがんの増加は予測されない」などとしたことに、報告書が掲載している被曝線量でも「がんの過剰発生が予測される」と反論した。

 たとえば報告書は事故から約1年半後までに原発敷地内で働いた作業員で10ミリシーベルト以上被曝した人は1万人近くいるとしており、これだけで50人近くのがんが増えると主張した。

*2013年5月の記事
福島でがん増加「考えられない」 原発事故受け国連科学委調査
(2013/05/31 共同通信)

 【ウィーン共同】東京電力福島第1原発事故の健康への影響を調査している国連科学委員会は31日、放射性ヨウ素による周辺住民の甲状腺被ばく線量(等価線量)について、影響を受けやすい1歳児でも最大数十ミリシーベルトで、ほとんどが50ミリシーベルトを大きく下回ったとする推計を発表した。将来、事故による被ばくを原因とする「がん患者の増加は考えられない」とした。

 委員会は事故当時、周辺住民が素早く避難したことで、被ばく線量が10分の1程度に減ったと指摘。放射性物質で汚染された食品の摂取が早い段階で防げたことも被ばくの低減につながったとした。


国連科学委報告書「信頼性低い」 福島事故で専門家
(2014/11/20 共同通信)

国連科学委報告書「信頼性低い」 元WHOスタッフ ベイバーストック 
           (2014.11.24 福島民友)

第4回 市民科学者国際会議 
(2014年11月22日‐24日 国際放射線防護シンポジウム)から抜粋

キース・ベーヴァーストック講演
環境科学、 放射線生物学
東フィンランド大学環境科学学科

100 mSv未満の線量における放射線リスク

講演概要から抜粋

UNSCEARの線量評価は、日本でフォールアウト(放射性降下物)の影響を受けた地域のほとんどの住民の実効線量を、最初の1年で10 mSv未満とし、今後80年にわたって20 mSvを超えないとしている。しかし、外部被ばくの実効線量が年間20 mSvに下がった避難区域への帰還が実施されれば、実効線量はUNSCEARの推計値よりもはるかに高くなってしまう。

ここでは、100 mSv未満への被ばくのリスクについての疫学的証拠、および100 mSv未満でのリスクに関する理論的議論を考察し、100 mSv未満の被ばくが「安全」であるというのは科学的ではなくむしろ政治的な決断であり、科学的に正当な意味がないことを示す。

結論
100 mSv未満と100 mSv以上で、100 mSvあたりのリスクが量的・質的に異なるという仮定は、科学的に支持できない。十中八九、リスクの線量依存性は、ゼロ線量から上方に線的である。すなわち、線形しきい値なし(LNT)関係が適用される。
そして、公衆衛生政策を目的とするリスク推定においては、たとえどんなに微量であろうとも、集団が被ばくするかもしれないすべての線量を考慮することが不可欠である。

現在、事故後3年半経ったが、事故により一般市民に必然的に伴うリスクの細部にわたる実態は、いまだに完全に理解されていない状態である。

福島事故・国連科学委会報告をどう読むか
安心するのは早い 疫学調査の積み重ね必要

(2013年6月15日 東京新聞)

安心強調は早計 国連科学委

 福島原発事故の健康影響について、国連科学委員会は先月末、「被ばく線量は少なく、健康への明確な影響はないとみられる」ことを骨子とする報告書案を発表した。これまでも、世界保健機関(WHO)や民間団体が影響の推測をまとめてきたが、今回の報告は他と比べても「安心」の度合いが高い。この報告書をどう読むべきか。京都大原子炉実験所の今中哲二助教らに聞いた。(出田阿生、中山洋子)

 「国連科学委の報告書案に記された数字で計算すると、福島原発事故により、少なくとも日本全体で2050人のがんによる死亡が増えることになる。これを多いとみるか、少ないとみるか」

 京都大原子炉実験所(大阪府熊取町)の今中哲二助教はこう語る。今中助教は、原発事故直後から福島県飯舘村に入って放射性物質の測定などの調査を続けてきた。

 今中助教が注目したのは日本全土でどれだけ被ばくしたかを表す「集団実効線量」の推計だ。甲状腺の集団実効線量は11万人・シーベルト(生涯の被ばく線量)、全身でみると4万1000人・シーベルトとなっている。

 国際放射線防護委員会(ICRP)は「1万人・シーベルトで500人のがん死が起きる」とみている。全身の集団線量に当てはめると、がん死の増加は2050人だ。

 この数値をチェルノブイリ原発事故後の旧ソ連や欧州諸国の約六億人分のデータと比較すると、福島原発事故による被ばく量は甲状腺は約20分の1、全身が約10分の1という結果になる。

 「大したことはない」と安心したくなるが、こうした一連の数字をどう読むべきだろうか。
 「無視できる数とは言えない。当てはまった人は、事故という人為的な原因で死を迎えるのだから」(今中助教)

 健康影響を語る際、被ばくとの因果関係が明白ながんや白血病のみを取り上げがちだ。この報告案もそれを踏襲する。

 しかし、被ばくによる健康影響には、いまも不透明な部分が大きい。チェルノブイリ原発事故後には、子どもの免疫低下や心臓疾患の発生が見られた。今月初旬、ウクライナを視察してきた今中助教は「被ばくの人体への影響は多様だと実感している」と話す。

WHO報告は対照的な視点

 国連科学委の報告書案と対照的なのが、今年2月末にWHOが発表した報告書だった。

 「大半の福島県民にがんが明らかに増える可能性は低い」と結論する一方、一部の乳児は甲状腺がんや白血病などのリスクが生涯で数%から約70%増えると推計。15年後は1歳女児の甲状腺がんの発生率が浪江町で約9倍、飯舘村で約6倍になると予測した。

 WHOは前提条件を「計画的避難区域で事故後4カ月避難せず、県内産の食物だけを口にした」とした。この想定は論議を呼んだが、飯舘村では近い実態もあった。
 「想定は過大評価になるかもしれない。だが、過小評価よりも良い。過小評価の危険を最小化したかった」(WHOの公衆衛生環境担当マリア・ネイラ氏)という。

 国連科学委の報告書案でもう一点懸念されるのは、この推計の根拠とされたデータの信頼性だ。一例として、子どもの甲状腺被ばくについての数値がある。

 この数値は政府が2011年3月下旬、飯舘村や川俣町、いわき市などで、事故当時に県内に住んでいた15歳以下の子ども1080人を対象に実測し、まとめた。

 今中助教は同時期に飯舘村に入って調査していたが、空間線量を測定すると村役場の屋外で5マイクロシーベルト、室内で0.5マイクロシーベルトだった。ところが、政府の調査で子どもの首に測定器を当てて測った数値は「0.01マイクロシーベルト」などと記されていた。

 今中助教はこれほど周囲の放射線量が高い場合には、そうした微量の放射線は測定することは不可能だと指摘する。

 甲状腺に集まる放射性ヨウ素の半減期は8日。事故直後に測定しないと測れなくなる。今中助教は「真っ先に取り組むべきは、最も影響を受けやすい子どもの甲状腺被ばくなのに、検査数があまりに少なすぎる。旧ソ連でさえ、約40万人の子どもの甲状腺被ばくを調べた」と振り返る。

 健康影響に否定的とみられる報告書案だが、一方で100ミリシーベルト以下の低線量被ばくでも「がんの増加について科学的根拠が不十分でも、調査を長期間継続すべきだ」としている。今中助教は「被ばくの影響が完全に解明されていない以上、この姿勢は重要」と話す。

 「国連科学委員会は厳密さを追求する組織。だが、行政には健康を守るための予防原則が求められる。科学的な厳密さより、これからどんな影響が出てくるか分からないという視点が大切だ」

<デスクメモ> 「白黒つけずにあいまいなままにしておくこと」。復興庁参事官がツイッターに書き込んだせりふだ。時間がたてば、国民はフクシマを忘れるという「解決策」が政府の本音と感じてはいたが、実際そうだったわけだ。その先にあるのは今秋からの再稼働だろう。都議選、参院選は忘却との闘いである。 (牧)

<国連科学委員会> 被ばくの程度と影響を調べるため、国連が設置した。各国の核実験で放射性物質が拡散し、被ばくへの懸念が高まっていた1955年に発足した。関係者の間には「核実験の即時停止を求める声をかわす目的だった」という指摘もある。報告書はICRPの基礎資料になる。ICRPのメンバーと重複する委員もいる。


福島事故の甲状腺集団線量「チェルノブイリの1/30」
(2013年5月27日 朝日新聞)から抜粋

 【医療・被曝(ひばく)担当=大岩ゆり】東京電力福島第一原発事故について、国連科学委員会が報告書案をまとめた。集団でみた日本国民の総被曝(ひばく)線量(集団線量)は、甲状腺がチェルノブイリ原発事故の約30分の1、全身は約10分の1と推計した。個人の被曝線量も推計し、多くが防護剤をのむ基準以下で、健康影響は「(6千人の甲状腺がんが出た)チェルノブイリとは異なる」「(がんの発生は少なく)見つけるのが難しいレベル」と結論づけた。

 報告書案は、国連科学委員会の専門家ら約85人が2年かけてまとめた。27日からウィーンで始まる科学委員会総会で議論され、9月の国連総会に提出される。

 朝日新聞が入手した報告書案によると、事故は、米スリーマイル島などの事故より「はるかに深刻」とした。ただし、チェルノブイリに比べて、放射性ヨウ素131の総放出量は3分の1未満、セシウム137は4分の1未満で、ストロンチウムやプルトニウムは「非常に微量」と評価した。

『福島原発事故被害は過小評価されてる』 国連科学委員会(UNSCEAR)ベルギー代表
mardi 20 août 2013 Canard Plus)から抜粋

原子力事故や放射能の被害を評価する任務を負う国連機関 UNSCEAR内部で議論に火花が散っている。UNSCEARは最近ウィーンで開催された会議において用意された暫定報告書を、各国専門家の議論に委ねた。この報告書がベルギー代表団を激怒させたのだ。ベルギー代表団メンバーによれば「報告書全体が福島原発事故の被害を過小評価するために執筆、作成されている感が否めない。チェルノブイリやその他の研究から得られた情報のレベルからさえも後退している。」と言う。

ベルギー代表団を構成しているは、モル核エネルギー研究センターやさまざまな大学の専門家たちである。他国の多くの専門家たちとともに、彼らは五月にウィーンで開催された会議に参加した。UNSCEARは来秋、国際連合総会に報告書を提示しなければならない。

ブリュッセルに帰国後、ベルギー放射線防護協会(ABR)でのプレゼンテーションにおいて、代表団団長ハンス・ファン=マルケはUNSCEARの暫定結論に対する非常に批判的な意見を明らかにした。この批判はグリーンピースや反原発派からではなく、”原子力推進派内部”から噴出しただけに衝撃的である。我々の得た情報によると議論は過熱を尽くし、ベルギー代表団のショックはあまりに大きかったため、報告書への署名拒否さえちらつかせているそうだ。また何人かのメンバーは会議からの退場も考えたと言う。ベルギー代表団の発言と、またイギリスの専門家やその他何人かの専門家の発言の行われた結果、彼らの見解も改訂版を編集するうえで考慮に入れられる可能性はあると言う。しかし過去の歴史からこの手の組織においては、プログラムや文書の最終的な方向性は事務局と報告官によって決定されることがわかっている。最終稿が議論をきちんと反映しているかどうか、最大の注意が支払われることになるだろう。

批判

地上への放射性物質降下量は無視できる量ではなく、従って住民の健康や将来への被害も無視できるものではない。その上、放射性物質の降下は福島市や郡山市(人口30万人)のように人口密度の高い地域で起こっている

UNSCEARの報告書が提示しているデータの多くは不完全であり、また提示の方法に問題がある。一般市民が受けた被曝量は不適切な方法を使って少なく見積もられている。これは事故現場で働いている作業員数万人の被曝量に関してもまったく同様である。そして日本政府も東電もこの件に関する詳細の公表を拒んでいる。安定ヨウ素剤が配られなかったことも明白であり、甲状腺検査の実施は一般に遅すぎた。そのために現時点でUNSCEARの報告書が主張しているように将来事故の影響はほとんど現れないだろうと断言することはできない。

またUNSCEARによる分析は、速断で胎児や遺伝を脅かす潜在的な危険を強制的に除外してしまっている。発癌リスクに関しては、明白な病変を引き起こすには放射線量が低すぎるため、懸念をする必要はないと評価している。このような仮説はベルギー人も含め多くの専門家を激怒させた。というのも上記の通り、一方では被曝量の評価が適切でないうえ、他方ではチェルノブイリの情報や近年行われた数多くの研究から低い線量でも健康に影響の現れ得ることが示されているからである。

しかしながらUNSCEARはこのような放射線科学の発展から明らかに後戻りをしようとしている。各国からの代表者たちの一部は、今回の会議においてだけでなく、ここ数年間繰り返し、年間100ミリシーベルトという敷値の下ではいかなる健康被害も起こらないという考えを通そうと試みている。

しかし国際放射線防護委員会(ICRP)は、平常時においては一般市民は年間1ミリシーベルト、原子力産業従事者は年間20ミリシーベルトの被曝量を越してはいけないと勧告しており、また事故時においては、一時的な基準の超過は大目に見られるものの、超過は持続的であってはならないとしていることを今一度確認しておきたい。

最新の研究では様々な分野において年間10から100ミリシーベルトの間の低線量被曝でも、健康に影響のあり得ることが示されている。被害は癌だけではない。胎児への影響、遺伝のかく乱、心臓血液疾患や白内障なども問題となる。

チェルノブイリと同じ被害の否定が福島でも行われるのか?

いくつもの報告書が机上にあり、完成を待っている。そのひとつは子供たちについての報告書だ。子供は被曝が起こった場合、特別に保護し、監視しなければならない対象である。この子供たちについての報告書はフレッド・メットラー教授率いるアメリカチームが請け負ったのだが、メットラー教授と言えば、チェルノブイリ・フォーラムで公表された報告書の著者の一人である。当時の報告書はチェルノブイリ事故被害を過小評価しているとして、大変に議論を沸かし、批判を浴びたものである。彼はまたも臭いものに蓋をしようとしているのか? 少なくともメットラー教授による今回の子供についての報告書では、低線量被曝が子供たちにもたらす健康被害に関する一連の研究や発見、論点が先験的に除外されてしまっている。このテーマに関する欧州原子力共同体(ユーラトム)の専門家グループによる報告書さえ、メットラー教授は考慮に入れようとしなかった。

もうひとつ関連する報告書の中で無視され、ほとんど議論されていない非常に重大な問題がある:それは持続的な慢性被曝のケースである。これは例えばある身体器官が内部から被曝を受ける場合に起こるものだ。実際、放射性物質が体内に均等に分散するか、あるいは逆に特殊な部位に蓄積するかによって、現れる健康被害は異なるらしいことがますます明らかになっている。つまり同じ被曝量でも被曝が起きている部位によってその影響は異なるということだ。このことは既に何年も前にチェルノブイリ事故における数々の影響を研究したベラルーシの科学者ユーリ・バンダジェフスキーが発表した仮説と一致する。

分裂・・・

福島原発事故(そしてチェルノブイリ原発事故)の被害を過小評価し、放射線防護に関する最新研究がもたらした結果から後戻りしようとする試みはいったいどこから発生しているのか? それは主にロシア、ベラルーシ、アメリカ、ポーランドそしてアルゼンチンの専門家によって構成される派閥からなのである。彼らの多くはUNSCEARだけでなくIAEA、そしてICRPの中心人物でもある。その一人、アルゼンチン人のアベル・ゴンザレスの就いている役職はアルゼンチン国内の原子力産業のものも含めて数知れず、前回のセッションでは、ベルギーの専門家が利益の混同を批判する書面を送ったほどである。

しかしUNSCEARはこの批判書を議事録に記載することを拒否した。ゴンザレス、メットラー、ロシアのベラノフ(元IAEA職員であり、UNSCEAR報告書の一つの編集長)それに数人のポーランド人が、フランスのチュビアナ教授に代表される派閥とダイレクトにつながって、低線量被曝が起こしうるあらゆるネガティヴな影響に関する考えを頑なに拒絶しているのである。彼らは一丸となってこの路線を堅守しようとし、非常に活発な国際的拠点を築き上げている。彼らはUNSCEARやIAEA(UNSCEARの会議はIAEAの建物内で開催される)の事務局における戦略的なポストを占拠している。そして今日では日本人も彼らと見解を分かち合うようになっている。福島原発事故による影響を最小限に抑え、停止中の原発を再稼動させるのに懸命だからだ

かくして、一石を投じたのはベルギーの専門家たちだったのだ。イギリスの専門家たち、それにオーストラリア人の議長が彼らを支持した。またユーラトムの会議に参加しているヨーロッパの専門家たちは、UNSCEARの《過小評価派》に比べて、低線量被曝の影響をずっと気にかけている

いったいこれらの問題についての議論や科学的疑問はどこに行ってしまったのかと思わざるを得ない。少なくとも低線量被曝の影響を否定する一派は、来秋提示されるUNSCEARの報告書に彼らの見解が反映され、国連によって有効とされることを熱望している。それに対してベルギー人をはじめとするその他の専門家たちにとっては、それは放射線防護知識に関する最新の進歩に対する許しがたい後退を表すことになるだろう。

マルク・モリトール記
Marc MOLITOR
ベルギーRTBF(フランス語圏ベルギーTVラジオ局)

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